仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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告げられる絶望

 

 

「生きて帰る事が目的だと……?」

 

 謎の声の主の言葉を聞いた後、勇は暗いこのソサエティの中を走り回っていた。敵の口ぶりからするに、間違いなくこの世界には危険が満ちている。

 

 それがエネミーであるならば、戦う力を持たないマリアと真美が危険だ。急ぎ二人と合流する為に走る勇は、周りを注意深く見渡しながらも進み続ける。

 

「くそっ! 一体ここは何なんだよ!?」

 

 真っ暗な世界、生い茂る木々を見るにここは森の様だ。夜の森なんていう不気味な場所に放り出された事は怖いと言えば怖いが、今はそんな事で怯えている暇はない。

 

(とにかくマリアたちを見つけ出すんだ、何か危ない事が起きる前に……!)

 

 そう考えながら走っていた勇だったが、不意にその足が止まった。そして、遠くに見える明かりを目にして完全に立ち止まる。

 

「……なんなんだよ、あれ?」

 

 勇の視線の先には、古ぼけた洋館が迷い人を待ちわびるかの様にそびえていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光牙ーーっ! 真美ーーっ! マリアーーっ!」

 

 同じ頃、その洋館の近くを叫びながら走る男が一人いた。大柄な体格をしたその男は、城田櫂その人だ。

 

 親友たちの名前を呼びながら走り回る櫂。仲間の身を案じている彼だったが、足元に急に火花が散ったのを見てその場で跳び上がった。

 

「だっ、誰だっ!? 姿を見せやがれ!」

 

「……大声を出すんじゃ無いわよ」

 

 櫂の耳にぎりぎり彼に伝わる音量で女の声が届いた。絞り出すかのように放たれたその声の主を探していた櫂の目に、手招きする女子の姿が映る。

 

「城田さん! こっちです!」

 

「ぼさっとして無いでさっさと来なさい」

 

 大きく手を振りながらも小さな声で櫂を呼ぶのはディーヴァのメンバー、やよいと玲だ。周りを観察しながら櫂を呼び込む二人に対して大股で近づいた櫂は、その行動の意味を問い質す。

 

「おい! なんでそんなこそこそしてんだよ!?」

 

「だから、大声を出すなって言ってるでしょう!? あなた馬鹿なの!?」

 

「わわ! 玲ちゃん、落ち着いて!」

 

 苛立った様に吐き捨てた玲に対して怒りをあらわにする櫂、こんな女と組んでいる謙哉の気が知れないと思いながらも彼女たちに背を向けてこの場から去ろうとする。

 

「し、城田さん! どこに行くの!?」

 

「光牙たちを探しに行くんだよ! お前らのお守りなんて真っ平ごめんだ!」

 

「一人で行くなんて危ないよ! 私たちと一緒に行動した方が……」

 

「やよい、こいつが一人で行くって言ってるんだから止めなくて良いわよ。私たちもこいつみたいな厄介者が居ない方が助かるじゃない」

 

「誰が厄介者だ!? あぁっ!?」

 

 玲の言葉に不快感をあらわにした櫂が大声で叫んだ時だった。周りの草むらからガサゴソと物音がすると共に、三人を無数の気配が取り囲んだ。

 

「……な、なんだ? 何が起きたんだ……?」

 

「くっ、だから大声を出すなって言ったのよ……っ!」

 

「ま、不味いよ……何とかして逃げ出さないと……」

 

「お、おい! お前らさっきから何を……?」

 

 櫂がそこまで言いかけた時だった。目の前の草むらから何かが飛び出してくると、真っ直ぐに彼に向かって突き進み、そして……

 

「うおぉぉぉぉぉっ!?」

 

 森の中に櫂の大声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで14人目……」

 

 目の前にある青いリングに潮騒学園の生徒を入れた謙哉が呟く。どうやらこのリングの先は現実世界に繋がっている様だ、ここを通る事で帰還=ゲームクリアとなるらしい。

 

「……でも、通れてあと一人かな」

 

 最初に見つけた時よりも大分小さくなってしまったリングを見ながら再び謙哉が呟いた。どうやらこのリングには人数制限があるらしく、一定の人数を通すと消えて無くなってしまうらしい。

 

 この洋館に最も近い位置からスタートした謙哉は、誰よりも早くこの洋館内に入って調査を開始した。そして、幾つかの現実世界へとつながるゲートを発見したのである。

 

 洋館の中に居たエネミーを排除しながら迷い込んできた潮騒学園の生徒たちを現実世界へと送り込み続けて来た謙哉は、今新たに見つけ出した生徒をゲートへと送り込んで無事に脱出させる。

 

「15人目……他の皆は無事だと良いけど……」

 

 もうこれで自分が見つけ出したゲートは全部消えてしまった。また新たな脱出経路を見つけなければならないと判断した謙哉が廊下へと足を踏み出した時だった。

 

「……け、謙哉っち?」

 

「あ、新田さん!」

 

 廊下の向こう側に見える少女、自分を見つけた葉月が喜びの笑顔を浮かべながらこちらへと走って来た。

 顔見知りと合流出来た事に安堵した謙哉は今出たばかりの部屋に戻り、その中で葉月と情報を交換することにした。早速、自分の知る限りの情報と、この館の地図を彼女に与える。

 

「……そっか、出口になるゲートを探せばいいんだね?」

 

「うん。でも、小型の出口もそろそろ無くなると思う。だから、大元の出口を見つけないと……」

 

「大元の出口?」

 

「多分だけど、人数制限が無い出口がどこかにあると思うんだ。そこを見つけられれば脱出の可能性はぐんと上がるよ」

 

「でもさ、そう言う場所って大体ボスが出るよね? そう言う危険性を含めても探した方が良いの?」

 

「……うん、僕の考えが正しければ、このゲームは脱出方法が確保できてるかどうかで勝負が決まると考えても良いはずだよ」

 

 そう言いながら謙哉は自分の考える最悪の可能性を思い浮かべる。暗い森とその中にそびえる洋館、そして、その中に出現する敵………今まで自分が倒して来た敵の姿を見てきた謙哉は、このゲームの正体に気が付いていた。

 

「……わかったよ。謙哉っちがそこまで言うんだったらアタシも出口探しを手伝うよ!」

 

「ありがとう! あとは皆とどうやって合流するかだけど……」

 

 部屋の窓から外の景色を眺める謙哉。残念ながら真っ暗で何も見えない森の中を見つめた後で、大きく首を振って考えを改める。

 

「……まずは出口探しだ、同時にこの館の中の敵を倒して安全を確保しよう。この暗い森の中でならこの館は目立つはずだ、きっと皆ここに来る」

 

「皆の為にもアタシたちが頑張らないとね!」

 

 明るい葉月の言葉に笑顔で頷く。この深刻な状況でも明るい葉月のお陰で大分気が楽になった気がする。

 

 この陽気さが葉月の最大の武器だなと思いながら笑顔を浮かべた謙哉だったが、最も大事な事を伝えていなかったことを思い出すと慌てて彼女を呼び止めた。

 

「新田さん、ここを探索する時に注意して欲しい事があるんだ」

 

「注意事項? 何々? マッピングデータの確保とか?」

 

「ううん、違うよ。とても単純だけど、絶対に守って欲しい事なんだ」

 

 真剣な表情を見せる謙哉を見て、彼が非常に大事な事を伝えようとしていると判断した葉月もまた笑顔を消して彼の言葉に耳を傾ける。葉月のその態度に感謝しながら、謙哉は絶対に守って欲しい事を彼女に告げた。

 

「……この世界に出現するエネミーに噛まれないで欲しいんだ。変身して無い時は特にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いったぁ」

 

「大丈夫か、真美?」

 

 血が滴り落ちる右腕を擦る真美を心配げに見る光牙、そんな彼に向かって真美は強がった態度を見せる。

 

「大丈夫、ちょっとした怪我よ」

 

「……すまない。俺がもっと早く駆けつけていれば……」

 

「何言ってるのよ、私は光牙に守られるほどやわな女じゃないって事、知ってるでしょ?」

 

 俯き、歯を食いしばる光牙に発破をかけながら森の中を歩き続ける真美。光牙もまた彼女の様子を注意深く見守りながらその横を歩く。

 

「……ここのエネミー、強さは大したこと無いわ。問題は数の多さよ」

 

「ああ、基本的に集団で動いてる。囲まれたらまずい事になるかもしれないな」

 

 先ほど会敵したエネミーについての考察を伝え合う二人、そして同時に思い浮かべた事を口にする。

 

「早くマリアを見つけないと……あの子の持ってるカードは大半が防御系だから、エネミーを倒すこともままならないはずよ」

 

「もたついている間に他のエネミーがやって来て囲まれたら絶体絶命だ。その前に合流しないと……」

 

「ええ、私は『噛まれる』だけで済んだけど、マリアが噛み傷だけで済む保証は無いわ。早く見つけてあげないとね」

 

 真美はもう一度エネミーから受けた傷を擦った。じんじんと痛むそこを一瞥した後で、再び前を見据える。

 

 たかが噛み傷だ、弱音を吐くほどのものでは無い。仲間たちの足を引っ張らない様にしなければと思いながら歩いていた彼女の耳に叫び声が聞こえて来た。

 

「きゃーっ!」

 

「っっっ!? 光牙、今の!」 

 

「ああ、間違いない! マリアの声だ!」

 

 顔を見合わせて声のした方向へと走り出す。危機が迫っているマリアを救うべく、二人は息を切らして走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア……アア……ッ!」

 

「こ、来ないでくださいっ!」

 

 涙目のマリアが自分に迫るエネミーに対して叫ぶ。一体、二体では済まない数のエネミーが、彼女へ迫っていた。

 

 その足取りはとても機敏とは言えない、だが、マリアの逃げ場を無くすようにして集団で彼女を取り囲んでいるのだ。

 

「だ、駄目です……私、攻撃用のカードをほとんど持ってない……」

 

 盾を展開し続ける事は出来る。だが、あくまでそれは時間稼ぎだ。根本的な事態の解決にはなりはしない。

 

 そうやって時間をかけている間にエネミーの数はますます増えていた。自分がどうしようもない状況に追い込まれている事を感じたマリアは歯を震わせながら怯える。

 

(誰か……助けて……)

 

 目の前のバリアにひびが入る。そのひびは徐々に大きくなり、やがてガラスの砕ける様な音と共に自分を守る壁は消えて無くなった。

 

「アァァッ……!」

 

「いやぁぁぁぁっ!」

 

 迫るエネミー、逃げ場のない状況にマリアは大声を上げてその場に蹲った。数十体のエネミーがそんなマリアに向けて手を伸ばす。もはや絶体絶命かと思われたその時……

 

<必殺技発動! バレットサーカス!>

 

「てめえら、邪魔だあっ! 消えやがれっ!」

 

 電子音と銃声が響いた瞬間、マリアの周囲に居たエネミーの集団が次々と紅の光弾に撃ち抜かれて行く。あっという間にマリアを取り囲んでいたエネミーたちは消え去り、その場には静寂が戻った。

 

「……あ、あ」

 

「マリアっ、無事か!?」

 

「い、勇さん……?」

 

 蹲っていたマリアに延ばされた手は、冷たいエネミーの手では無く暖かな血が通った人間のものであった。

 

 自分の危機に駆けつけてくれた勇の姿を見止めた瞬間、マリアの目から涙が零れ落ちていく。

 

「あぁ、あぁぁぁぁぁんっ!」

 

「もう大丈夫だからな、安心して良いぜ」

 

「こ、怖かった……怖かったです……」

 

 泣きじゃくるマリアを抱きしめて慰める勇、そんな彼の優しさに感じ入ったマリアは涙を流し続けていたが……

 

「マリアっ! 大丈夫か!?」 

 

「無事なら返事をしてっ!」

 

 割と近くから聞こえて来た光牙と真美の声に驚き、びくっと震えあがる。急いで勇から離れると、そのタイミングを見計らっていたかのように二人が姿を現した。

 

「マリア! それに……龍堂くん!」

 

「良かった、無事だったのね!」

 

「はい! 勇さんに危ない所を助けて頂いたんです!」

 

「龍堂くんが? ……そうか、それは良かった」

 

 少しだけ面白くなさそうな顔をする光牙、しかし、彼のその表情の変化に気が付く者は居なかった。

 

「無事に集まれて良かった。一応確認するけど、怪我した奴は居ねぇか?」

 

 全員が集まった瞬間に間発入れずに質問を飛ばした勇のお陰か光牙の異変は誰にも気が付かれなかったが、代わりに真美の若干怪訝な表情の変化が全員の目につくことになった。

 

 何故そんな質問をしてくるのか? 訝しがりながらも三人は自分たちの状況を答える。

 

「俺は無事さ、行動に支障はない」

 

「私も、勇さんのお陰で無傷です」

 

「私は少しエネミーに噛まれたけど……でも、別に動けなくなるほどじゃ無いわ」

 

「……そうか、なら良いんだ」

 

 少しだけ……ほんの少しだけ悩んだ表情を浮かべた後、そう呟いた勇の顔を三人が見つめる。そんな彼らの視線を受けた勇は遠くに見える洋館を指さして言った。

 

「とりあえずあそこに向かおう、あんなに目立つ場所なんだから誰かいるだろうし、もしかしたら脱出方法があるかもしれない」

 

「……そうだね。まずは皆と合流することを最優先としようか」

 

 勇の言葉に同意した後、光牙は先頭をきって歩き出した。慌ててマリアと真美がその後に続く。

 

 三人の背中を見ていた勇は感じている懸念を心の片隅に置くと、その背を追って歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走って! あのドアまで走るのよ!」

 

「言われなくてもそうしてらぁ!」

 

 一方、勇たちが目指す洋館の近くでは櫂とやよい、玲が息を切らせながら走っていた。

 

 三人を追う様にして殺到する無数のエネミーはなおもその数を増やし続けている。どんなに歩くのが遅いとしてもこの数は驚異的だ、その恐怖におびえながらなんとか玄関までたどり着いた櫂が一目散にドアを開けようと取っ手を掴んだが……

 

「あ、あかねぇ!」

 

「嘘でしょ!?」

 

 押しても引いてもびくともしないドアに苛立ちを募らせる。ドアを叩いて動かないか調べてみようとするも、それが開く気配はない。

 

「くそっ! いっそぶち破るか!」

 

「馬鹿! そんなことしたらあのエネミーたちも入ってきちゃうじゃない!」

 

「だったらどうしろってんだよ!?」

 

「ふ、二人とも喧嘩は止めてよーっ!」

 

 言い争いを続ける面々の元には徐々にエネミーたちが迫ってきている。気が付いたときにはほんの数メートルの距離まで近づかれており、三人は顔を引きつらせた。

 

「こ、こうなりゃ全員ぶっ飛ばして……!」

 

「無理に決まってんでしょ! 少しは頭を使いなさいよ!」

 

「か、囲まれちゃってる……もう逃げ場が無いよ!」

 

 ドアを背にし、もう後退れる場所が無くなった三人が無数のエネミーを見る。戦っても無事に突破できるかどうか分からないほどの数のエネミーを前にした三人が覚悟を決めた時……

 

「……うおっ!?」

 

 情けない悲鳴を上げた櫂の姿が消えた事に気が付いた玲が顔を彼の居た方向に向けると、櫂が背にしていたドアが開いている事に気が付いた。光が漏れる館内の光景を目の前にした玲は、すぐさまドアから一番離れた場所に居るやよいの肩を掴んで開いたドアの中へと押し込む。

 

「わっ!?」

 

 やよいを前に押し込みながら玲もまた館の中へと飛び込む。だが、その背にはもはや目と鼻の距離にまで近づいたエネミーの魔の手が迫っていた。

 

 その黒い手が玲の体に伸びる。いくつもの手が彼女を捉えようとする中、一つの手が玲の肩を掴んだ。

 

「きゃっ!」

 

 その手に引っ張られた玲は勢いよく地面に引き寄せられ、そのまま床を転がった。ごろごろと勢いのまま地面を転がる彼女の目にドアが閉まる光景が映る。

 

 バタン、とドアが閉まる音が聞こえる。玲はその回転が止まった後に、自分を引っ張った人物へと小さく呟いた。

 

「……ありがと、謙哉。おかげで助かったわ」

 

「間一髪だったね、三人が無事で良かった!」

 

 自分を抱きしめる格好になった謙哉の声を耳にしながら背中を擦る。思い切り転がったせいで擦りむいたかもしれないが、そのおかげで彼に抱きしめられると言うおいしいシチュエーションを堪能することが出来た。

 

「本当に良かったよ! 謙哉っちと外の様子を伺ってたら、やよいたちがエネミーに追われながら走って来るんだもん。もうアタシたちも大慌てで玄関まではしってさぁ!」

 

「ありがとう葉月ちゃん、おかげで助かったよ……」

 

「気を抜くのは早いわよ、私たちが袋のネズミだって言うのは変わりないんだから」

 

「おい、お前ら光牙たちを見てないか!?」

 

 とりあえずの無事を喜ぶ面々の中、やはりと言うべきか櫂は光牙の安否を気遣った質問をする。その質問に謙哉たちが首を振ったのを見た櫂は、大きく舌打ちをした後で玄関のドアノブに手をかけた。

 

「ちょっと、何やってんのさ!?」  

 

「決まってんだろ、光牙たちを探しに行くんだよ!」

 

「この状況でドアを開けたらあいつらが入ってきちゃうじゃない!」

 

「うるせー! 全員ぶっ倒してやらぁっ!」

 

「この馬鹿! だから少しは頭を使えって言ってんでしょ!」

 

 一気に騒がしくなる館内、言い争いを続ける櫂たちをおろおろとした様子で見ていたやよいだったが、謙哉が玲の事を見つめている事に気が付いた。

 

 やよいの視線を受ける謙哉は、少し悩んだ表情を見せた後で見つめていた玲に近づくと彼女に手を伸ばす。そして……

 

「……ちょっとごめんね」

 

「ひんっ!?」

 

 首筋に触れられた玲が小さく悲鳴を上げる。そんな事もお構いなしに彼女の首周りを調べる謙哉に対して、玲が顔を若干赤くしながら問いかけた。

 

「な、何してるのよ!?」

 

「……勇や白峰くんたちなら大丈夫だよ、きっとここに向かってる。目立つ建物があったら、皆もそこに向かうでしょ?」

 

「私の質問に答えなさいよ!」

 

 質問をスルーされたことに怒った玲の叫びがホール響く。何ともまぁ恐れ知らずな事をするもんだと言う視線を謙哉に向けていた他の三人に対して、謙哉は玲を観察しながら声をかけた。

 

「……それよりも最優先して欲しい事があるんだけど、皆の中にエネミーに噛まれた人って居ない? 今のうちに調べて欲しいんだけど……」  

 

「だったらそう言いなさいよ! 何であなたがわざわざ調べるのよ!?」

 

「ごめん、どうしても心配だったから、つい……」

 

「なっ……!?」

 

 謙哉の言葉を受けた玲が顔を真っ赤にして黙り込んだ。天然でこんな行動が出来る謙哉を恐ろしく思いながらも、質問を受けた三人は各々体を確認した後で答える。

 

「もちろん、だいじょーぶ!」

 

「私も問題無かったよ!」

 

「俺もだ、つーか何でこんな質問をしたんだよ!?」

 

「……良かった、水無月さんも無事みたいだ。一応、安心かな」

 

 そう言ってほっと溜息をついた後、謙哉は櫂の顔を見る。そして、彼の質問に答えようとした時だった。

 

『やぁ、楽しんでるかい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この声、俺たちをこの場所に連れ込んだ奴の声だ!」

 

「こいつは一体何者なんだ? 何が目的で俺たちをここに……?」

 

 何処からともなく聞こえて来た声に対して周りを見渡して声の主を探す勇と光牙、だが、当然の如くその姿は見えず、二人は苛立ちの表情を見せた。

 

 勇たち四人は何とか館の裏口へとたどり着いていた。正面玄関の前には無数のエネミーがたむろしており、中に入る事は不可能だと判断した真美が別の入り口を探す事を提案したからだ。

 

 やや遠回りになったが、何とか目的地に辿り着けた四人が安堵した時に聞こえて来た声……当然、皆が緊張した面持ちでその声に聞き入っている。

 

『……そう固くならないで、ボクは親切心から声をかけただけなんだよ。今丁度、残ってるプレイヤー全員がこの洋館に辿り着いたから、攻略のヒントでも上げようと思ってね』

 

「……全員がこの館に? という事は、櫂さんたちもここに……!」

 

「待ってマリア、残ってる、って言葉が気になるわ。もしかしたら生き残ってるのは私たちだけなのかもしれないわよ」

 

「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ! 謙哉や葉月たちがそう簡単にやられる訳ねぇだろうが!」

 

「……そうね。不謹慎だったわ、ごめんなさい」

 

 若干の言い争いの後、再び聞こえてくる声に耳を澄ませる四人。声の主はまるで歌うかのように楽し気に話を続けている。

 

『……それでだね。君たちが探している現実世界への出口は、この館の中にあるよ。人数制限も無い、生き残っているプレイヤー全員が脱出できる正真正銘の出口さ』

 

「……やっぱりか、だが、そう簡単に帰して貰えるわけがねぇよな」

 

『館の中にはエネミーがそれなりに居るから気を付けて探索してね。でも、弱っちいから負ける事は無いと思うよ』

 

 その言葉を聞いたマリアと真美が胸を撫で下ろした。敵の強さ的にも、少なくとも戦いで脚を引っ張る事は無いだろう、そう判断したからだ。だがしかし、勇は油断ならないと言った表情で話を聞き続けている。彼が何かを感づいている事に気が付いた光牙もまた耳を澄まして話を聞き続けた。

 

『でもね、制限時間があるんだよ。だいたい一時間くらいかな? それでタイムオーバーになるね』

 

「「えっ!?」」

 

 安堵していたマリアと真美が同時に声を上げた。軽い舌打ちをした勇が裏口のドアを開け、慎重に中の様子を伺った後で皆に手招きをする。

 

「一時間でタイムオーバーだなんて……もしそうなったら、私たちはこのままここで過ごす事になるんでしょうか……?」

 

『……あぁ、タイムオーバーって言ったけどね。別に脱出できなくなるわけじゃ無いよ。ボクのゲームは時間無制限、死ぬまでプレイ可能だからね』

 

「え……?」

 

 言っている事が矛盾している。単純な疑問を思い浮かべた光牙が小さく声を上げた。タイムオーバーだと言うのにゲームオーバーでは無いとはどういう事だろうか? その答えが分からないのは光牙だけでは無い。この館の中に居る殆どの人間がそうだ。

 

 ただ二人……とある可能性に行き当っている勇と謙哉だけが、その言葉の意味を理解して歯を食いしばっていた。

 

『ボクの言うタイムオーバーって言うのはね。君たちの中の一人に該当する言葉なんだ』

 

「……一人だけ? どういう意味?」

 

『薄々感づいてる人もいると思うけど、ボクのソサエティ『ダークワールド』は、色んなゲームを基に作られてるんだよね。この場所もその一つ……何のゲームか分かるかな? 結構有名どころなんだけどさ』

 

「ゲームを基に作られた世界ですって……?」

 

『まぁ、その辺の話は良いや、君たちにとって大事な話をするよ。このソサエティで遭遇したエネミーたち居るだろう? 実はあれ……ボクのゲームをクリアできなかった人間たちのなれの果てなんだよ』

 

 しん、とその場が静まり返った。その言葉の意味が理解できなかった。

 

 先ほどから何度も見ているエネミーたちが、元は人間だと言う言葉。その事実を伝えられた勇たちの脳裏にエンドウイルスという単語がよぎる。

 

『エンドウイルスの事は君たちも知ってるでしょ? ボクはあれにちょっと手を加えてね、このゲームにぴったりの品種に改良したんだ。安心して! この世界でしか効果は発揮しないし、感染したら多少の時間を空けた後で発症して、感染者の命を奪った末にゾンビ型エネミーに変えるだけだから!』

 

「な……何が安心しろだ! 何も安心できる所なんてないじゃ……」

 

「ま、待ってください光牙さん! 感染したら、って言う事は、感染しなければ何の問題も無いんじゃないですか?」

 

「あ……!」

 

 マリアの言葉に納得した光牙が頷きかけるも、感染経路が分からなければ感染しているかどうかの判断が出来ない事に気が付いて再び声を上げかけた。

 

 だが、光牙の口は開かなかった。真剣な表情をした勇と、青ざめた顔で彼に声をかける真美の姿を見たからだ。

 

「……何時から気が付いてたの?」

 

「……エネミーとこの館を見た時だ。可能性はあると思ってたが、確信できなかった」

 

「だから言わなかったのね、不安を広げないために……」

 

「あ、あの……お二人は、何を話して……?」

 

 光牙同様、二人の会話に疑問を抱いたマリアが声をかける。だが、その声を打ち消す様にして、謎の人物の非情な宣告が響いた。

 

『気になる感染経路だけどね………エネミーに噛まれる事だよ! 心当たりのある人は気を付けてね、あと一時間位で死んじゃうからさ!』

 

「……え?」

 

 再び、光牙は言われた事の意味が理解できなかった。いや、理解は出来た。それが何を意味するのかが理解できなかった。

 

 ……いや、それも理解できたのだ。正確には理解したくなかったの方が正しいだろう。改めて考えた末に、彼はそう思った。

 

 エネミーに噛まれた人間は、あと一時間ほどで死ぬ。自分たちの中で、たった一人だけ存在するその人物の顔を光牙とマリアが信じられないと言った表情で見つめる。

 

「………」

 

 恐怖と絶望で染まった瞳をした美又真美が、先ほどエネミーに嚙まれた右腕を抑えながら立ち尽くしていた。

 

 


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