仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

33 / 100
 今回、ちょっとだけきわどい描写があるかもしれません。気になったらごめんなさい


渚のバトル VS潮騒学園

 

 

 6月下旬、夏の暑さが本格的になり学校の制服が夏服になった頃、大きな試練である中間テストを無事に乗り切った勇たちは臨海学校で県外の海へとやって来ていた。

 燦々と輝く太陽の日差しを眩しく思いながら、その光を反射して輝く海を見た勇は両手を大きく上げ、解放感と共に大声で叫んだ。

 

「海だーーーっ!!!」

 

「勇、気持ちはわかるけど少しうるさいよ」

 

「わりぃわりぃ、無事にここに居ることが出来る事への喜びが激しくてな」

 

 冷静なツッコミを入れる謙哉に対して照れた様に笑った後で近くに居る光牙と櫂を見る。すでに水着に着替えた男子たちはどこか落ち着かない様子でそわそわとしていた。

 

「……皆、一体どうしたんだ? 今は自由時間だから海に遊びに行けばいいのに……」

 

「光牙、お前は男の期待ってもんが分かってねぇなぁ……」

 

「えっ!? ど、どういう意味だい?」

 

「簡単だよ……薔薇園、虹彩が抱える可愛い女子たちの水着姿に野郎どもは期待しまくってるって寸法さ!」

 

「なっ!?」

 

 勇の言葉を受けて顔を真っ赤にした光牙はあたふたと言った様子で腕を振り回す。ここまで堅物な男だったのかと感心していた勇に、光牙は怒ったような口ぶりで抗議をしてきた。

 

「な、何を考えているんだ!? 俺たちにはソサエティ攻略と言う使命があるんだぞ! それを蔑ろにして女の子の水着姿に見とれるだなんて……」

 

「それはそれ、これはこれだぜ光牙。お前だって少しは楽しみにしてるだろう?」

 

「おっ、俺はそんな事……!」

 

「みなさ~ん、お待たせいたしました~!」

 

 光牙が否定の言葉を口にしようとした時だった。背後から聞こえて来た声に振り向いた男子たちは正に絶景と言うに相応しい光景を目にする。

 

 そこに居るのは水着の女子たち……色とりどりの水着を身に纏った美少女たちが、自分たちの方へと歩いて来たのだ。

 

 アイドル活動をしている女子たちが通っている事もあり、薔薇園学園の女子たちは全員がかなりの美少女だ。グラビアを飾る事もある彼女たちの水着姿を生で見られることに心の中で感謝しつつ、見えない様にガッツポーズをしている男子たちも多い。

 

 一方、虹彩学園側も薔薇園に負けず劣らずの美少女揃いだ。普段見る事の出来ない彼女たちの露出の多い姿に鼻の下を伸ばす男子には容赦なく彼女たちからの冷たい視線が突き刺さるものの、その魅力には抗いがたいものがあった。

 そして、そんな彼女たちの中でも一際目を引く存在もいる訳で……

 

「やっほ~! 勇っち、この水着ど~お? この夏の新作なんだけどさ!」

 

 元気いっぱいに勇の前へと飛び出して来たのはディーヴァの元気印こと新田葉月だ。トロピカルカラーのビキニを身に纏い、その魅力的な体を余すことなく見せつける彼女の姿に誰もが唾を飲み込む。

 もともとグラビアで見る事も多い彼女だが目の前で太陽にも負けない位の眩しい笑顔を見せつけられると、雑誌からでは伝わらない眩さが感じられる。それを一心に向けられている勇には、他の男子からの恨みの視線もまた向けられていた。

 

「う、うぅ……バスに酔ったわ……」

 

 一方、後ろの方で青い顔をしているのは虹彩学園の誇る美少女の一人、美又真美である。黒色の競泳タイプの水着に身を包んだ彼女はスタイルこそ他の女子たちには及ばないもののそれとなく色っぽさを感じさせる出で立ちでもあった。

 バスで酔ってしまったせいかいつもの覇気は無いが、それがまたギャップとなって男心をくすぐられる。いつもの彼女を知るA組の男子たちは、真美のその姿に心をときめかせながらその隣に居る女子へと視線を移した。

 

「美又さん、大丈夫? 私、座れる場所探してくるよ!」

 

 ピンク色のワンピース型水着を着ている小柄な美少女、片桐やよいはそう言うと心配そうに真美を支えながら周りを見渡していた。

 子供っぽいデザインと色の水着だが、幼さの残る顔立ちと体つきをしたやよいが着ると非常にマッチしていて違和感はない。むしろ、そういう趣味がある方はこちらの方が喜ばしいだろう。と言うよりも、今のやよいの水着姿を見ている男子たちにもそう言う趣味に目覚めてしまいそうな奴がちらほらと見受けられた。

 

「……これじゃあ最初の見回り当番は無理そうね。仕方が無いから、私が代わりに行くわよ」

  

 やれやれと言った様子で提案したのは水無月玲だ。上にパーカーを羽織っているせいで詳しいデザインは分からないが、アンダービキニを見る限り水色と白のパステルカラーの明るい水着を着ている事は間違いないだろう。すらりと伸びた脚に目を行かせがちだが、今日の彼女にはそれ以上に目を見張る部分がある。

 どこがとは言わないが、大きい。パーカーの上からでもわかる位、大きい。いつもはそう言う事が分からないデザインの服を着ているせいなのか知らなかったが、クールな彼女が実はスタイル抜群だとは良いギャップ萌えである。

 

 そして最後の大本命。他の女子たちから少し遅れながらやって来た彼女を見た瞬間、光牙や櫂を含む男子たちの目は釘付けになった。

 

「み、皆さん、まってくださいよ~!」

 

 白い肌、それと同じ色の水着。大きめの麦わら帽子を被る彼女が歩く度に金色の髪がふわりと舞い上がる。

 フリルトップのビキニを身に纏ったマリアの姿を見た者は可愛らしさと美しさが絶妙に入り混じった不思議な感想を覚えていた。聖母からビーチサイドの女神へと変身したマリアはおずおずと勇たちに近づいてくると感想を求める。

 

「あ、あの……私、変じゃないでしょうか? ここまで来る間にすれ違った皆さんがずっと見てくるのから不安で……」

 

「ぜ、全然変じゃないよ! お、俺はすごく素敵だと思う!」

 

 その場に居た全員の意思を代表して光牙がマリアに答える。その言葉を聞いたマリアは嬉しそうに顔を赤らめると光牙へお礼を言った。

 

「ありがとうございます。でも、そうやって真っ直ぐに褒められると恥ずかしいですね……」

 

「~~~っっ!」

 

 どきっ、と光牙は自分の胸が高鳴るのを感じた。マリアの水着姿を見るのは初めてではない。なのに、どうしてここまで心臓がうるさく鼓動を刻むのだろうか?

 

「……な? 少しは浮つく気持ちもわかるだろ?」

 

「い、いや! 俺は、そんなつもりじゃ!」

 

「も~、そんなのどうだって良いから遊ぼうよ! 時間は限られてるんだしさ!」

 

 慌てる光牙をからかっている勇の手を葉月が引く、彼女の言う通りだなと考えた勇は振り返ると、生徒たちに先駆けて海へと走って行った。

 

「おっしゃ~! 今日は遊ぶぞ~っ!」

 

「その意気だ、勇っち!」

 

 勇を追いかける様にして葉月が後を着いて行く。その姿を見ていた生徒たちも一人、また一人と海へと駆け出して行った。

 

「私たちも行きましょう、光牙さん」

 

「あ、ああ……」

 

 いつもより眩しく見えるマリアに答えた後で、光牙は自分を落ち着かせながら海へと歩いて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ~っ!」

 

「おりゃ~っ!」

 

 遠くで勇たちのはしゃぐ声が聞こえる。砂浜でビーチバレーに興じる彼らの姿を見た真美は、そのまま無邪気にはしゃぐ光牙へと視線を移した。

 

 マリアとチームを組んで楽しく遊ぶ光牙、その姿を見ながら先ほどの彼の様子を思い出す。

 

 マリアに微笑みかけられた時の慌てた姿、顔を赤くして戸惑う光牙………それがどういう意味を持っているかなんて、恋愛に疎い自分でもわかっていた。

 

(……分かってた事じゃない。何よ今更、嫉妬なんて……)

 

 マリアは自慢の親友だ。優しくて聡明で意志の強い素敵な女の子だ。彼女の事を好きにならない男など居はしないだろう。たとえそれが、堅物の光牙だとしてもだ。

 だが、そんな彼女に対して醜い嫉妬を抱いてしまうのも確かだ。幼稚園の頃から一緒に居た光牙、父親を失った傷心の中で世界を救う勇者になると目標を定めて努力して来た光牙、そんな彼の傍に居続けたのは自分だ。

 

 何故自分では無いのか? 傍に居続けたせいだろうか? 自分は、恋愛対象にならないほどに光牙の近くまで来てしまったのだろうか?

 だとしたらそれは嬉しくもあり悲しい事だった。光牙にとって自分は特別な存在だが、誰よりも大切な人間では無い。故に、彼の生まれて初めての恋心は自分の親友へと向けられてしまったのだ。

 

 大好きな人が、大好きな親友と仲睦まじくなろうとしている。それを素直に祝福する覚悟は出来ていたはずだった。

 しかし、いざその時が来てみれば上手くは行かない。湧き上がる嫉妬心を抑え込むので精一杯な自分はなんて嫌な奴なんだろうと真美は思った。

 

「……美又さん、大丈夫?」

 

「っっ……!」

 

 考え事をして俯いていた自分に対してかけられた声に顔を上げてみれば、そこには心配そうな表情で真美を見つめるやよいの姿があった。手にはペットボトルの飲み物が握られている、真美の事を心配して来てくれたのだろう。

 

「顔、真っ青だよ? まだ気持ち悪い?」

 

「……ええ、少しバスの中で大声を出しすぎたみたい」

 

 半分嘘、半分真実の言い訳を口にしながらパラソルの下に敷かれたシートのスペースを空けてやよいに座る様に促す。軽いお辞儀の後にそこに腰かけたやよいは、手に持った飲み物を真美に渡して話を切りだす。

 

「……光牙さんの事を見てたの?」

 

「……そうよ」

 

 バレてたか、と思いながら自分の分かりやすい行動を恥じる。すでにやよいには自分の恋心が知られているとは言え、うかつであったなと拳を握った。

 

「本当に良いの? 諦める必要なんて……」

 

「……良いのよ。きっとそうなるだろうって予想はついてたから、覚悟はしてたもの」

 

 またしても半分は本当で、半分は嘘の言葉を告げる。諦めきれないくせになんて強がりを言うのだろうと、真美は自分で自分に飽きれてしまった。

 

「……でもさ、自分の気持ちはちゃんと伝えた方が良いと思うよ。振られちゃったにしても、そっちの方がすっきりすると思うし」

 

「………」

 

「ああ、ごめんなさい! 私、勝手な事言って……」

 

「……そうかもしれないわね」

 

「へ……?」

 

 ぼそっと小さく呟いた真美の顔をやよいが驚きながら見つめる。その目を見つめなおしながら真美は言った。

 

「……確かにそう、何時までもうじうじ悩むよりもすっぱり振られた方が諦めがつくかもね……するかどうかは別の話だけど」

 

 言い切った後で貰った飲み物を一気に飲み干す。冷たい水が喉を降りていく感覚に頭をすっきりとさせながら、真美はやよいに礼を言った。

 

「ありがとう。あなたの言葉が無かったらいつまでも悩んでたかもしれないわ」

 

「そ、そんな! 私なんかが役に立てたなら、それで十分だよ!」

 

 はわはわと慌てるやよい、先ほどまで頼もしいアドバイスをしてくれていたと言うのに今の彼女はまるで子犬の様だ。それがなんだかおかしくって、真美はついついにやけてしまった。

 

「……えへへ、良かった。美又さん、やっと笑ったね」

 

「ふふ……ありがとう。あなたのお陰よ」

 

 久々に心が安らいでいる気がする。真美は目の前に居るやよいに対して感謝の気持ちを持ちながら深く息を吐いた。その時……

 

「ねぇねぇ、俺たちと一緒に遊ばな~い?」

 

 軽薄そうな声が耳に響く、声がした方向に顔を向けてみれば、そこにはいかにもな恰好の二人組の男が居た。

 

「俺ら地元の高校のもんなんだけどさ、君たち可愛いよね~!」

 

「……ってか、君、片桐やよい!? ディーヴァの!?」

 

「マジか!? アイドルなんて超大物じゃん! もう一人の君も負けない位に可愛いよ!」

 

 二人の男は勝手に盛り上がっている。無論、真美とやよいにはこの男たちの相手をする気は無いが、男たちは簡単に諦めるつもりは無い様だ。

 

「一緒に遊ぼうよ! 地元の奴しか知らない穴場とか教えっからさ!」

 

「こ、困ります! 私たち、学校行事で来てる訳ですし……」

 

「い~じゃん! ひと夏の思い出って事で、少しルール違反しちゃお? ね?」

 

 しつこい男たちに聞こえない様に舌打ちをする。自分がいつも通りの体調ならばこんな奴ら怒鳴ってやるのにと歯がゆい思いをしていた真美だったが、救世主は意外な所から現れた。

 

「……おい、お前ら何やってんだ?」

 

「あ……!?」

 

 自分たちにかけられた声に不機嫌そうな表情で振り返った男たちはすぐさまその表情を凍り付かせた。そこには、仁王立ちする大男である櫂が立っていたからだ。

 

「……そいつら、俺のダチなんだけどよ。何か用があんのか? あぁ!?」

 

「い、いえ、なんでもありませ~ん!」

 

「失礼しました~っ!」

 

 櫂の一睨みを受けた男たちはあっという間にトンズラしてしまった。何とも情けない姿だと思いながら真美は櫂に玲を述べる。

 

「サンキュね、櫂。あいつらしつこいから参っちゃったわ」

 

「潮騒(しおさい)学園って言うらしいぜ、地元の高校らしい。あいつらみたいなナンパ師ばっかりで、男も女もウチの生徒に声かけまくってるってよ」

 

「何よそれ? ったく、油断も隙も無いじゃない。さっさと見回りに行かないと……」

 

 立ち上がろうとした真美だったが、足元がふらついて再び座り込んでしまう。その様子を見た櫂とやよいは心配そうに顔を見合わせた。

 

「真美、見回りは水無月の奴が行ってるから大丈夫だろ? お前はここで休んどけよ」

 

「馬鹿、アイドルの水無月一人に見回りなんてさせてたら、ライオンの檻の中に肉を入れる様なもんじゃない。何かあってからじゃ遅いから、急いで合流しないと……」

 

「あ! それなら大丈夫だよ! 玲ちゃん男の人と一緒だよ! だから美又さんは安心して休んでてよ!」

 

 自分の言葉を受けて安心した表情を見せるやよいに促され、三度シートの上に座らされる真美。彼女の言葉を信じるならば、玲は誰か男と一緒に見回りをしていると言うのだが、それは誰だろうか?

 

(……考えるまでもないわよね)

 

 当然、あいつだろう。しかし、何とも頼りなく感じてしまうのだが大丈夫だろうか?

 目の前でニコニコと笑うやよいの心配を煽りたくは無かったため黙っていたが、真美は一抹の不安を感じながら玲の帰りを待っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世の中には、『どうしてこうなった?』と言う言葉が存在する。

 今の自分の状況が理解できないときに使う言葉だが、普通の人間はこの言葉を使う事はまずないだろう。

 なぜなら、その状況に至るまでの記憶がしっかりとあるはずだからである。

 

 何か問題点があってその状況に追い込まれたのだとしたら、それは間違いなくその問題点のせいだ。理由が分かっているのだから疑問に思うはずが無いのだ。

 しかし、この言葉を使う時と言うのは、本当に理不尽な状況なのだと言う事を今日初めて虎牙謙哉は理解した。

 

(……どうしてこうなった?)

 

 俯きながら歩く、疑問を抱えながら歩く、苦悶とも困惑とも言えない表情を浮かべている彼の背中には、愉快そうに笑う一人の女子の姿があった。

 

「ほら、早く歩きなさいよ。急がないと熱中症になるでしょ?」

 

 謙哉を煽るその女子は、一時間ほど前に生徒たちを代表して見回りの役割を担った水無月玲その人だ。謙哉はそんな彼女を一人で行かせるなど逆に危険だと判断して、彼女について行ったのであった。

 

 その予想は大当たりで、少し前からずっと玲に対して言い寄る男が絶えなくなってきていた。まぁ、ほぼ全員が玲による絶対零度の眼差しを受けて夏の砂浜で凍り付いていたが、中には猛者もいるものである。

 

 玲の拒絶にも負けずしつこく誘いを続けていた複数の男子が強硬手段とばかりに彼女の手を掴んでどこぞに攫おうとしたのだ。運悪く女子による逆ナンを受けていた謙哉が止めに入るまでに少し時間が開いてしまい、玲は足を捻挫してしまった。

 

 その後、本気を出して怒った玲と謙哉の働きで男たちは退散したが、玲の足の治療の為に一度本部まで戻ろうと言う話になったまでは良かった。しかし、何故自分は彼女をおぶっているのだろうか?

 

 肩を貸すくらいで良かったはずだ。なのに、何故おんぶ? 別に玲が重い訳では無い、むしろ予想以上に軽くて驚いた位だ。

 だが、問題はそこでは無い。謙哉を悩ませるのは両手に触れる柔らかな玲の脚の感触であったり、首筋に触れる吐息だったり、あるいは……

 

「……おぶって貰う様に言っておいてなんだけど、私、重くないわよね?」

 

「え、あ、うん! 大丈夫だよ!!」

 

「……そう、なら良いわ」

 

 安心した玲はそっと体を謙哉に預ける様にして重心を傾ける。となると、彼女の体は謙哉の背中に押し付けられる形になる訳で……

 

(~~~~~っっ!?)

 

 柔らかい二つの感触が謙哉の背中に当たる。先ほどから自分を悩ませるその感触に顔を赤くしながら謙哉はどうするべきかを必死に考えた。

 

(言うべきか、言わぬべきか……)

 

 目下最大の悩みはそれだ、素直に言って玲の冷たい視線を受けるべきか、はたまたこのまま何も言わずに流すべきなのか? (ちなみに彼の親友はかつて似た状況に陥った時に言わずにこの感触を楽しむ決断をした)

 

 必死に考えた末に謙哉は素直に告げる事にした。紳士的に行動したいと言う事もあったが、何より背中に当たる感触はパーカー越しでは無く、薄い水着一枚越しの結構生に近い物なのだ。

 単純に自分の理性が不味い。謙哉だって思春期の男の子なのである。その辺を理解していただく為にも謙哉は正直に今起きている事柄を告げた。

 

「え~……水無月さん、ちょっと体を離して貰っても良いかな?」

 

「……どうしてかしら?」

 

「それは、その……当たってる、から、です……」

 

「当たってる? 何がかしら?」

 

 玲にそう問われて謙哉は言葉に詰まる。完全に玲が自分で遊んでいると気が付いた謙哉は何とかして反撃を試みようとした。

 

 女性関係に疎い謙哉の弱点を見つけられて嬉しいのだろうがいつまでもやられっぱなしと言うのも癪だ、しっかりと釘を刺しておかないとこのまま事あるごとに弄られかねない。

 と言う訳でめったに見せない怖い表情を作ると、謙哉は玲に半分だけ振り向いて呟く様にして反撃の台詞を口にした。

 

「あのさ、僕をからかって楽しんでるのかもしれないけど、僕だって男なんだよ? そんな風に無防備に胸を当てて挑発されたら何するか分からないよ? 僕をそこまでのヘタレだなんて勘違いしないで欲しいな」

 

「………」

 

 自分の言葉を受けて沈黙する玲を見た謙哉は心の中でガッツポーズを取る。決まった……これで彼女にこれ以上調子づかせないで済む……!

 別段、こういうコミュニケーションが嫌な訳では無い。しかし、やっぱり節度と言うものがあるだろう。その辺を守らないと色々大変な事に……

 

「……へぇ、そうなの? 私、あなたに何かされるのね?」

 

「ふえっ!?」

 

 謙哉の思考はそこで止まった。ゆっくりと、先ほどまでとは違う様子で玲が自分にしなだれかかって来たからだ。

 体重をじっくりと時間をかけて移すその行動のせいで、先ほどまでとは違い思いっきり押し付けられた胸の形が変わる感触まで感じてしまった謙哉は顔をさらに赤くして玲の方を見ようとするが、それよりも早く彼女の顔が自分の耳元にやって来た。

 

「……謙哉、あなたが勘違いをしてるみたいだから訂正してあげるわ。よく聞いてね」

 

「な、何……?」

 

 ふぅ、と玲の吐息が耳にかかる。耳朶に唇が当たりそうになるほどに距離が近い。

 綺麗な声が出る玲のその喉から発せられたのは、今まで聞いたことの無い様な甘い声だった。

 

「これはね、当たってるんじゃなくて…………当ててる、って言うのよ」

 

「は……!? え……っ!?」

 

「それで? ヘタレじゃないあなたは私をどうするつもりなのかしら?」

 

 完全におかしい……あの玲が、こんな行動をするだなんて……

 夏の海の開放感のせいではないだろう、あのクールな彼女がこんな大胆な真似をするなんて考えられない。

 と言うよりも何で彼女はここまでするのだろうか? 最近やっと仲良くなり始めた玲は、元々こういう性格だったのだろうか?

 

 パニックとはこう言う事を言うのだろう。理解できない出来事の連続にオーバーヒートする謙哉の頭、玲はそんな謙哉にとどめを刺すべく最後の殺し文句を謳った。

 

「ねぇ……二人きりになれる所、行く? そこで楽しい事、する?」

 

 今の自分では玲には敵わない……謙哉はそう確信した後、理性が持つ間に皆の所へ全力で走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、お前ら止せよ!」

 

「うるせーな! 野郎はお呼びじゃないっての!」

 

 謙哉が理性の崩壊と必死に戦っている頃、勇と光牙もまた別の物と戦っていた。

 それは、マリアと葉月を目当てにしつこくナンパしてくる潮騒学園の男性生徒たちである。

 

 最初の内はまだ良かった。普通に勇と光牙の姿を見れば男連れと諦めて帰ってくれたからだ、しかし、今来ている男たちは違う。勇たちが居ても、マリアたちが何度断ってもしつこく誘いを続けて来るのだ。

 

 終いには勇と光牙を二人から引き離してどこかに連れて行こうとする始末、流石にこの行動は耐えかねたのか、光牙が彼らに抗議の声を上げた。

 

「もう止めるんだ! 俺たちは学校行事で来たわけであって遊びじゃない、君たちと一緒に過ごす理由は無い!」

 

「そんなのこの娘たちが良いって言えば問題ないじゃ~ん!」

 

「マリアも葉月も嫌だって言ってんだろ! いい加減その手を離せよ!」

 

 勇もまた怒りの表情を見せながら二人を男の手から救い出す。やっとしつこい男たちから離れられたことに安堵の表情を見せたマリアと葉月だったが、そんな彼女たちを見た潮騒学園の生徒たちは舌打ちをしながら仲間たちを呼び寄せた。

 

「……いい加減言う事聞けっての、めんどくせぇ奴らだな」

 

「なんだと!?」

 

 総勢6人の集団となった彼らは左腕にゲームギアを取り付ける。そして、カードを手にしながら大声で叫んだ。

 

「じゃあ、こっからはゲームと行こうぜ! 邪魔な男どもをぶっ飛ばした奴がこの娘たちをお持ち帰り出来るって事で!」

 

「イエーーーッ!!!」

 

<マーマン!>

 

 馬鹿丸出しの叫びと共にカードを使いモンスターを召喚する男たち、砂浜に呼び出された半魚人たちをみた光牙が信じられないと言う様に彼らに問いかけた。 

 

「何をやってるんだ!? こんなふざけた事でゲームギアとカードを使うなんて正気か!?」

 

「はぁ? 貰ったものをどう使おうと俺たちの自由だろうがよ! おめーらはボコられて女の子を差し出しときゃ良いの!」

 

「……何なんだ彼らは? それは、世界を救うための道具だと言う事が分かっていないのか?」

 

 潮騒学園の生徒たちの行動は光牙にとって理解できないものであった。光牙にとって、ドライバーを始めとする道具は、ソサエティを攻略し、エネミーと戦う為の兵器だ。間違っても遊ぶ為の玩具などでは無い。

 

 なのに彼らはどうだ? 自分たちの欲望を満たす為だけにゲームギアを使い、あまつさえ何の罪も無い人間を傷つけようとしている。その行為は、勇者を目指す光牙にとって到底許されざる行為であった。

 

「光牙、どうやらこいつらにはちょっとお灸を据える必要があるみたいだぜ?」

 

「ああ、その性根を叩きなおしてやろう!」

 

 勇が手荷物の中から二人分のギアドライバーを取り出すと一つを光牙に手渡した。それを腰に構えた二人は、カードを手に取ると叫ぶ。

 

「変身ッっ!!!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

<ビクトリー! 勝利の栄光を、君に!>

 

「な、なんだっ!?」

 

 自分たちの目の前で変身した勇と光牙に怯む潮騒学園の生徒たち、しかし、一人が気を取り直すと強がるようにして叫ぶ。

 

「へっ! 数ではこっちが有利なんだ! 一気にぶっ飛ばしちまえ!」

 

「お、おおっ!」

 

 その言葉に応じた男たちは自分たちのモンスターを操って二人に向かわせる。大きな三又槍を振るいながら接近するマーマンたち、だが、勇と光牙は何ら焦ることなく悠々と自分の武器を取り出してから迎撃を開始した。

 

「おらよっ!」

 

 手近なマーマンに前蹴りを喰らわせる勇、足場の悪い砂浜でのその攻撃の効果はてきめんで、マーマンは情けない悲鳴を上げて後ろにひっくり返った。

 

 その上を飛び越えて別のマーマンが接近する。槍を振り上げて勇の脳天にきつい一撃を繰り出そうとするマーマン、しかし……

 

「はっ! 甘いんだよっ!」

 

「ぎゃぎゅぃっ!?」

 

 その槍が振り下ろされる事は無かった。それよりも早く繰り出された勇の斬撃がマーマンの強固な鱗を切り裂き、肉を裂いたからだ。

 血の代わりに光の粒を噴き出したマーマンは、地面に落ちると同時にその場に崩れ落ちて動かなくなった。

 

「ばっ、馬鹿な!? 俺のモンスターがこんなにあっさりやられるなんて!?」

 

「……こいつのレベルどん位だよ? てんで話になりゃしねぇ」

 

「全く、その通りだねっ!」

 

 勇の言葉に同意した光牙もまた三体のマーマンに囲まれながらも余裕を見せていた。

 

 前方から繰り出された槍の切っ先を軽く受け流すと、それが自分の真後ろから攻撃を仕掛けてきている別のマーマンに当たる事をビクトリーブレイバーの演算能力で予知した光牙はホルスターから斬撃強化のカードを取り出し、それをエクスカリバーへとリードとした。

 

<必殺技発動! ビクトリースラッシュ!>

 

「たあぁぁっっ!!」 

 

 光が籠る剣を右手で掴み、そのまま左方向へと斬り抜ける。目の前のマーマンの胴を切り裂き、二体目のマーマンの体に突き刺さったその剣を、今度は自分の方向に引っ張る様にして力を籠める。

 

「グギャァァァッ!?」

 

 突き刺さっていた剣が抜けた瞬間に爆発四散したマーマンの悲鳴を聞きながら、光牙は最後に残ったマーマンの首を刎ね落とした。自分を中心に描かれたVの軌跡が輝いた途端、大きな衝撃と共に周囲が光の波動に包まれる。

 光が消えた時、その場にはエクスカリバーを構えて立つ光牙と、マーマンが姿を変えた光の粒だけが残っていた。

 

「おーおー、やるじゃねぇの! んじゃ、こっちも決めますかね!」

 

<ディスティニー! スラッシュ ザ ディスティニー!>

 

 『運命の剣士 ディス』のカードを使用してサムライフォームへと姿を変える勇。そのままブーメランモードにしたディスティニーエッジを構え、残り二体のマーマンに狙いを定める。

 

<必殺技発動! ブレードハリケーン!>

 

「これで終わりだぁっ!」

 

 繰り出される旋風の刃、黒の竜巻を巻き起こしながら迫りくるディスティニーエッジを見たマーマンは防御の姿勢を取ったが、時すでに遅し

 

「ギャァァァッ!!!」

 

 一体は瞬時に胴を分断され、もう一体は刃の嵐に巻き込まれて体をズタズタにされて崩れ落ちる。すべてのマーマンを光の粒へと還したことに満足した勇は、変身を解除して潮騒学園の生徒たちを追い払おうとした。

 だが、それよりも早く動いたのは光牙だった。変身したままの状態でエクスカリバーの切っ先を彼らに向けて脅迫する。

 

「今すぐゲームギアを捨てて何処かに消えろ、お前たちにそれは過ぎた物だ!」

 

「ひ、ひいぃっ!!!」

 

 その脅しに顔を青くした男たちはゲームギアを投げ捨てるとすたこらさっさと逃げ去ってしまった。砂浜に投げ捨てられたゲームギアを見ながら、光牙が悲しそうに呟く。

 

「……彼らにとって、これはその程度の物って事なのか。世界を救う為の武器だって自覚は無かったのか……っ!」

 

「光牙……」

 

 自分たちが必死に戦う中で、この様に与えられた力を間違った方向で使う者もいる。その事を悲しむ光牙だったが、その手を優しく包み込まれて顔を上げた。

 

「光牙さん、お気持ちは痛いほどわかります。ですが、ああ言った方が全てではありません。あの人たちが間違っていただけですよ」

 

「……そうだね。マリアの言う通りだ」

 

 マリアの手を握り返しながら光牙は頷く。そして、彼女の青い瞳を見つめた。

 

 自分の心を支え、正しい道を指し示してくれるマリア……彼女は、自分にとってかけがえのない女性だ。

 彼女の温もりに触れると心が落ち着く……暖かな光に包まれている様な温もりが、光牙の心を癒してくれていた。

 

「ありがとう、マリア。君の言葉は正しく綺麗だ。それが、俺にとっては何よりも美しく感じる」

 

「ふふ……なんだか恥ずかしいですね。光牙さんがそんな事を言うなんて……」

 

 ゆっくりと見つめ合う二人、沈みかけた太陽の朱が美しく映り、マリアの横顔を照らしている。

 その横顔に見とれながら、光牙がずっと彼女の手を握りしめていると……

 

「お~い、何時まで手を握ってんだよ~?」

 

「お二人さん、いい感じですな~!」

 

「あ、わわっ!?」

 

 からかう様な勇と葉月の言葉に慌てて手を放す光牙。その様子を見ていた勇と葉月、さらにマリアまでもが噴き出して笑ってしまった。

 

「ひ、ひどいじゃないか! そんなに笑わないでくれよ!」

 

「だってお前、相当慌ててたぜ?」

 

「本当に! あんまりにも珍しいからつい笑いが……ふふふ、駄目です!」

 

 声を上げて笑うマリアを見ながら、光牙は胸の内に湧き上がった心地よさを感じていた。

 先ほどまで彼女の手を掴んでいた手に温もりを感じながら、光牙もまた皆と同じ様に笑い始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嫌な女よね、私」

 

 心配だったから来た。戦いを見ていて安心だと分かっていた。守られる彼女を見ていた。

 

 羨ましかった、想い人の横で笑う彼女が

 

 妬ましかった、欲しい居場所を奪った彼女が

 

 そして思った、彼女さえ居なければと

 

 醜く湧き上がる嫉妬心を抑えながら、夕焼けが沈む空の下で笑う4人の姿を美又真美は見続けていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。