仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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戦闘も伏線も何もない完全なギャグ回です。それでも良い、って方はどうぞ!


女子の準備、男子の期待

 先日のチャリティーコンサートの一件から数日、仮面ライダーたちは新たなる脅威である「エンドウイルス」への警戒を強めていた。

 

 天空橋の作ってくれたワクチンカードがあるとはいえ、人間をエネミーへと変貌させてしまうウイルスに対しての恐怖が拭えるわけが無い。少しでも情報を集めようとしてくれている天空橋や命たちの努力の結果が出る事を祈っていた勇だったが、彼の前にとんでもない難敵が立ちはだかった。

 

 時は6月の中盤、夏の暑さを感じ始めた頃、勇はその敵の襲来を目の前にして険しい顔をしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、おぉ……」

 

 呻き声を上げながら勇は頭を抱える。この敵を前にして一体どう対処すれば良いのかがまるで分らない、とんでもない相手と戦っている勇は再び敵へと視線を移す。

 

「うぅ……」

 

 直視したくない現実、逃げ出したい状況……しかし、勇にそれは許されない。どうしようもなく孤独な戦いを強いられているのだ。

 

「……龍堂はなんであんなに死にそうな顔をしてるの?」

 

「ああ、どうしても勉強が難しいらしくてね」

 

 ひそひそ話をしている真美と光牙の声を聞いた勇は顔を上げて二人を見る。びくっ、と震えた二人に向かって、勇は思いの丈をぶちまけた。

 

「分かる訳ねーだろうが! こんなハイレベルな問題、二か月前までは普通の高校に通ってた俺にはちんぷんかんぷんだっつーの!」

 

 教科書とノートを乗せた机をバンバン叩きながら勇が叫ぶ。その様子をある者は憐れみの目で、またある者はざまあみろというような目で見つめていた。

 

「うぅ……ソサエティとかエンドウイルスに振り回されて、気が付いたら中間テスト一週間前だなんてあんまりだ……」

 

「げ、元気を出しなよ龍堂くん、そんなに試験範囲も広くないし、頑張れば大丈夫だよ」

 

「お前と俺の頭の出来を一緒にすんじゃねぇ! 難しすぎんだろーがよ!」

 

 机に突っ伏して泣き言を言う勇に対してどう慰めの言葉をかけるべきか悩む光牙。そんな時、大きな笑い声と共に勇に対する嘲りの言葉が飛んできた。

 

「だ~っはっは! 残念だったな龍堂! 俺たちが臨海学校に行っている間、お前は補修でも受けてな!」

 

「ぐうぅ……筋肉馬鹿が調子に乗りやがってぇ……っ!」

 

 勇が焦っている理由の一つを言い当てられて歯ぎしりをする。ここまで勇が困っている理由は、単純な成績の問題だけでは無かった。

 

 何を隠そう、この中間テストのすぐ後には薔薇園学園との合同臨海学校が予定されているのだ。暑い夏の海で皆がたっぷり楽しんでいる間、勇だけが学校で居残りなんて寂しすぎる。

 

「行きたい~っ! 俺だって皆と楽しく海で遊びたいよ~っ!」

 

「だ~っはっは! 一人寂しく校舎で補修でも受けてるんだな!」

 

 勇を嘲笑う櫂、だが、そんな彼に対して深く溜め息をついた真美が言う。

 

「櫂……あんた、人の成績をどうこう言える頭の良さしてないでしょ?」

 

「ぐっ!?」

 

 城田櫂、勇を除けばA組一の馬鹿……毎回赤点ぎりぎりの彼もまた補修候補の一人であることを冷静に指摘され、言葉を失った。

 

「ま、まぁ、二人とも頑張れば問題無いさ、うん、たぶん……」

 

「言い切ってくれよ光牙!」

 

「勉強、俺に勉強教えてくれ!」

 

 不安を煽る光牙に対して泣きついた二人、光牙は困った顔をしつつ櫂に勉強を教える事を約束する。

 

「流石に俺一人じゃ二人の面倒は見切れないよ。龍堂くんは他の人に教わって貰えるかい?」

 

「他の人って誰だよ~っ!? そんな性格の良い奴このクラスにはいねぇよ~っ!」

 

 勇の言葉通りだった。こんな時に頼りになる謙哉とは試験範囲が違う為に力を借りることが出来ない。特別クラスであるA組に入った弊害が出ていた。

 

 その他諸々のクラスメイトとはあまり仲良くない勇は勉強を教えてくれるような人に心当たりが無かった。涙に暮れながらその事を訴えていると……

 

「あの……よろしければ私がお教えしましょうか?」

 

「流石! マリア!」

 

 救世主もとい聖母が降臨した。その救いの手を取ってぶんぶんと振りながら勇が感謝の言葉を述べる。

 

「マリア! やっぱりお前は良い奴だ! どこぞの性格クソ悪い筋肉ダルマとは大違いだぜ!」

 

「おい! それは誰の事だ!?」

 

「お前以外に居る訳ねーだろ、このターコ!」

 

 喧嘩を始めた勇と櫂をA組のクラスメイト達が残念そうな表情で見守っている。なんだかんだで仲が良いなと思いながらその喧嘩を眺めていた一同だったが、マリアがおずおずと手を挙げて勇に言った。

 

「あの、他にも勉強を教えなければならない方がいますので、勇さんに付きっ切りと言う訳にはいきませんけど……」

 

「へ? 他にも誰か居んのか?」

 

「はい、実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、海だよ海! 心が躍りますなぁ!」

 

「皆と一緒に行けるの楽しみだね!」

 

 一方、薔薇園学園ではディーヴァの三人が来る臨海学校に対しての話で盛り上がっていた。楽しい事に目を向ける葉月とやよいだったが、玲の冷ややかな一言で現実に引き戻される。

 

「その前に中間テストがある事を忘れないでね。私たち出席日数ギリギリだから、赤点取ったら補修は免れないわよ」

 

「「ぐぅっ!!!」」

 

 大げさに胸を抑えてへたり込む親友たちの姿を見た玲が溜め息をつく。やっぱり勉強には自信が無いのだと思いながら二人が立ち上がるのを待つ。

 

「玲は良いよね~~……頭が良くってさぁ……」

 

「日頃の努力の成果と言って欲しいわね」

 

「私、数学と英語自信ないなぁ……」

 

「数式と文法覚えなさい、それでなんとかなるから」

 

 嫌な事を乗り越えないと楽しい事はやってこないと言う現実を親友に教える為にあえて冷ややかな言葉をかけた玲だったが、一応二人を心配してその様子を探る。立ち直れていなかったらどうしようかと考えたが、意外にも二人は笑顔を見せると玲にVサインを出した。

 

「なーんてね! 今回は強力な助っ人を用意しているのだ!」

 

「助っ人……?」

 

「マリアさんに勉強を教えて貰えるように頼んであるんだ! すごく頭が良いから、頼りになるんだよ!」

 

「そう、それは良かったわね」

 

 他校の生徒に頼るのはどうかと思ったが、二人がしっかりと準備をしていたことに安心した玲は胸を撫で下ろす。そんな玲に対し、葉月はにやにや顔で近づいて来た。

 

「玲もさぁ~、準備しておいた方が良いんじゃない?」

 

「え……? 私は問題無いわよ、予習は完璧よ」

 

「そうじゃなくって……こっちだって!」

 

「きゃっ!?」

 

 突如自分の胸を揉んできた葉月の行動に悲鳴を上げる玲。そんな彼女に遠慮せず、葉月はわしわしと手を動かす。

 

「玲、どうせ去年みたいに学校支給の水着で海に行くつもりなんでしょ? そんなの勿体ないって!」

 

「ちょっと葉月、止めてったら……」

 

「折角の海なんだよ!? 可愛い水着を着てみよーよ!」

 

「ええい、もうっ!」

 

 色々と煩わしい葉月を振りほどいた後で頭に拳骨をくれてやる。頭を抑えながら後退る葉月に対して詰め寄ると、彼女は慌てた様子で言い訳を始めた。

 

「だって玲、スタイル良いのにもったいないんだもん! グラビアも撮らないしさー!」

 

「確かに玲ちゃん、モデルとかのお仕事絶対にしないよね……」

 

「と言うよりむしろ歌以外のお仕事全然しないんだもん! せっかくの隠れ巨乳が泣いてるよ!」

 

「かくっ!?」

 

 身もふたもないその言い方に衝撃を受ける玲、そんな彼女に死んだ目をしたやよいが追い打ちをかける。

 

「……確かに一緒に着替えてるとさ、なんて言うか、経済格差ってものを教えられてる気分になるんだよね……」

 

「私的にDは固いと思うのですが、そこんところどうなんでしょうか!?」

 

「……あなた達、殴られたいわけ?」

 

「わー! 玲が怒った! 逃げろーっ!」

 

 好き勝手言いたい放題した後でその場から逃げる葉月とやよい、元々そこまで怒ってはいなかったので追う気は無いが、玲は言われたことに若干顔を赤くしていた。

 

「……せっかくのチャンスだし、アピールしてみれば? それは立派な武器ですぜ、旦那!」

 

「葉月、わざわざ殴られに戻って来たの?」

 

 怒気を孕んだ玲の言葉に再び逃げ去って行く葉月。その後ろ姿が消え去ったのを確認した後で、玲は自分の胸を見た。

 

 ぶっちゃけ、そう言う目で見られたことが無い為にどれだけ魅力的かと言うのは分からない。それに、彼が女の水着姿を見て鼻の下を伸ばす姿も想像できない。

 

 だが、ほんの少しばかりの悪戯心が湧き上がって来たのも確かだ。

 

「……たまには友人たちの忠告に耳を貸してみましょうか」

 

 一言呟いて歩き始める玲。その口元に笑みが浮かんでいる事に気が付いた者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って言う事があってさ~」

 

「それは……流石に水無月さんも怒るのではないでしょうか?」

 

 その数時間後、葉月とやよいは虹彩学園の女子寮に居た。マリアの部屋でノートを広げながら分からない場所を教えて貰っている二人は、土産話とばかりに先ほどの出来事を話している。

 

「玲ももうちょい素直になればいいのにね~、そしたら謙哉っちなんてイチコロだよ!」

 

「その表現はどうかと思うけど……でも、もう少し素直になった方が良いって言うのには賛成かな」

 

「謙哉さんは良い人ですからね。いいチームになれると思うのですが……」

 

 玲の態度に関して話し合う三人は知らない。自分たちの知らないところでは玲が大分素直になっている事を……

 

 やがてその話題にも飽きたのか三人の話題は別の物へと変わって行った。今の話題は臨海学校に着ていく水着だ。

 

「マリアっち……ど~んな過激な水着を選んだんですかね~?」

 

「か、過激な水着なんて選んでません! 普通の奴ですよ!」

 

「でもさ~、スタイル抜群なマリアっちが着たら、どんな水着もヤバくなるって!」

 

「うぅ……その胸を分けてもらいたい……」

 

「な、何をおっしゃっているんですか!?」

 

「……アタシも負けてる気はしないけどさ~、でも、やっぱりマリアっちの水着姿には勇っちもノックアウトされちゃうんじゃないかな~?」

 

「い、勇さんが……?」

 

「そうだよ! ドーン! ババーン! って感じじゃん? もうマリアっちは正統派にすごいじゃん! 男は放っておかないって!」

 

「はわ、はわわわわ……!」

 

 葉月の言葉を受けたマリアの脳内では、彼女の知る限りの恋愛情報をフルに使った妄想が繰り広げられていた。

 

 暑い夏、海と砂浜、そして開放感のある水着……そう言うものは人を大胆にさせると聞く、こんなにおあつらえ向きな状況は他にはないだろう。

 

 思えば夏の恋愛ものは海で繰り広げられると相場が決まっている。大胆な出来事が海で起き、相手を意識し始めたときからロマンスが始まるのだ。

 

『マリア、俺、お前の事……!』

 

 キラキラと夕焼けを照らす海、ムード満天な砂浜で真剣な顔をした勇は自分に何かを言おうとする。

 キリリとした眼差しと夕焼けで赤く染まった顔に見とれてしまうマリアに対して、勇は……

 

「はう……はうぅぅぅ……!」

 

「ちょ、マリアさんっ!?」

 

 妄想を繰り広げていたマリアの顔が真っ赤になり、突如湯気を噴き出した姿を見たやよいのツッコミが飛ぶ。未だにふらふらよ頭を揺らすマリアを心配していたやよいだったが、彼女の親友はこれ幸いにと何かを企んでいたようで……

 

「……じゃあ、マリアっち、ちょっと水着になってみよっか?」

 

 欲望丸出しの言葉と共に、悪戯を開始したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、やばいやばい。遅くなっちまったな」

 

 マリアにテスト勉強を教えて貰う約束をしたは良いが、クラスで足止めを喰らってしまった勇は葉月たちから大分遅れて彼女の部屋の前にやって来ていた。

 もう既に二人は来ているだろうかと心配しながら扉の前に立つ勇は、若干緊張していた。

 

(か、考えてみりゃあ、俺、初めて女の子の部屋に入るな……)

 

 同世代の女の子の私室、それも一人暮らしの部屋に入るなんて初経験だ。あのマリアの部屋だと言うのだから緊張もひとしおである。

 どんな感じなのだろうか? やっぱり整理整頓されて、無駄の無い部屋になっているのだろうか?

 

 そんな想像を繰り広げていた勇だったが、玄関の扉の鍵が開いている事に気が付いて眉を潜めた。

 

「不用心だな……いくら寮だからって鍵は閉めといた方がいいだろ」

 

 ちょっとだけ開いた扉を見ながら率直な感想を口にする勇、流石に勝手に入るのは不味いと考えた彼が呼び鈴に手を伸ばした時……

 

「きゃ、きゃあっ!? や、やめてくださいっ!」

 

「っっ!? マリアっ!?」

 

 部屋の奥から聞こえた悲鳴にも似たマリアの声、その声を聞いた勇の頭の中で悪い想像が繰り広げられる。

 

 まさか部屋の鍵が開いていたのは、この部屋の中に不審者が侵入したからではないのか? 今の声は、何らかの手段でマリアの部屋の中に入り込んだ不審者がマリアに襲い掛かった時に発せられたものでは無いのだろうか?

 

「ま、マリア! 大丈夫かっ!?」

 

 いてもたってもいられなくなった勇は大急ぎで部屋の中に飛び込む。玄関を開け、その先の廊下を駆け抜けて声のした部屋の扉に手をかける。

 どうか間に合ってくれと願いながら勇が扉を開けると、そこには驚きの光景が広がっていた。

 

「もう!葉月さん、胸を揉まないで下さいよ! おかげでビキニの紐がほどけちゃったじゃないですか!」

 

「ごめんごめん! でもやっぱり発育良いよねー!」

 

(だ、ダイナマイトだ……! エベレストだ……!)

 

 勇が見たもの、それは不審者に襲われるマリアの姿などでは無く、部屋の中できゃっきゃと騒ぐ女子たちであった。

 

 何故か水着姿のマリアは葉月に抱きしめられて顔を赤くしている。白いビキニは同じく白く陶器の様な彼女の肌と鮮やかな金色の髪との調和が素晴らしく、見る目を奪われた。

 

 それに絡みつく葉月は若干おやじくさい雰囲気を出しながら絡みついている。完全にセクハラ目的なのだろう、その表情には幸せが感じられた。

 

 そして最後にその二人の様子を頬を赤らめながら見ているやよいがいた。ちょっと唖然とした表情でマリアと葉月の豊かな胸元を見つめている彼女が何を考えているかは勇でもすぐにわかった。

 

「いや~満足、満足! 素敵な水着姿だね!」

 

「もう着替えますよ! まったく、勇さんが居たらなんて言うか……えっ!?」

 

 ぶつぶつそう言いながら顔を上げたマリアが勇を見て固まる。驚いたマリアを見た葉月とやよいも部屋の入口へと視線を移し、そこに居た勇を見て仰天した。

 

「よ、よう……」

 

「勇っち!? なんでここに!?」

 

「は、葉月さんっ!?」

 

 驚いて自分から離れた葉月の名前を呼んだマリアに全員の視線が集まる。その瞬間、世界がスローモーションになった。

 

 先ほどマリアは言った。ビキニの紐が解けてしまったと……その言葉通り、今のマリアの上の水着は葉月と接着していたことでその体に張り付いていたのだ。

 

 しかし今、その葉月が自分の体から離れてしまった事で水着は重力に従ってそのまま下に落ちた。ゆっくりとマリアの胸から滑り落ち、床へと落ちていく。

 

 そして勇にはその様子がはっきりと見て取れた。同時に、何も隠すものが無くなったマリアの胸もばっちりとみてしまう。

 

 時間にしてほんの数秒、しかし、あまりにも長い数秒であった。そして床に水着が落ちた瞬間、時間の流れがゆっくりになっていた部屋の中で、マリアの顔が羞恥に歪んでいく

 

「い、い、い……いやぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「ぐべらぼっ!?」

 

 叫ぶマリアは瞬時に近くにあった英和辞典を掴んで勇の顔に投げつける。その全てをしっかりと見ていた勇だったが、あまりの状況に脳がオーバーヒートしており、それを避ける事も出来ないまま直撃する。

 

 哀れ、廊下まで吹っ飛んだ勇は鼻血を垂らしながら目を回す。とりあえずすごい物を見たと言う事を理解して、その内容だけはしっかりと記憶したまま気を失ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な、なんでだ?」

 

 同時刻、男子寮の自室で虎牙謙哉は悩んでいた。それは、自分の部屋のベットで眠る一人の少女を見つけたからであった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 可愛い寝息を立てて眠るのは顔見知りである同い年の少女、水無月玲その人だ。何故彼女がここに居るのか? そして何で自分のベットの上で眠っているのか? 謙哉の疑問は絶えなかった。

 

(起こすべき、なのかな……?)

 

 どんな事情があるかは分からないがとりあえず起こさないと始まらないだろう。この部屋に居る理由も起きた彼女から聞けば良い。

 

 そう考えた謙哉は玲を起こすべく行動を起こす。出来るだけ近づくと彼女に対して声をかけた。

 

「み、水無月さ~ん。起きてくださ~い……」

 

「……すやすや」

 

 だが、謙哉の呼びかけにも玲は目を覚まさなかった。どうしようか悩んだ末に、謙哉は玲の肩を叩こうとしたが……

 

(……待てよ。これ、セクハラなんじゃないのかな?)

 

 眠っている女性の体に触ると言う行為に罪悪感を感じてしまい、それを行動に移せない謙哉。だが起こさないと話は進まないし……と、一人で葛藤していると……

 

「……ふふふ、面白いわね、あなた」

 

「へっ!? わっ!?」

 

 寝転がっている玲が目を開いてこちらを見ているでは無いか、その事に驚いた謙哉は声を上げると後ろに尻もちをついた。

 

「何驚いてるのよ? まぁ、家のベットで女の子が寝てたら、あなたはそういう反応するわよね」

 

「な、ななな、何で……?」

 

「ちょっと頼み事があってね、あなたに会いに来たのよ。部屋の鍵は寮長さんに頼んで開けて貰ったわ、ファンだったみたいで、サイン一枚で言う事聞いてくれたわよ」

 

 ここに住む生徒のプライベートをサイン一枚で売り渡した寮長には後で正式に抗議をしよう。そう考えた後で謙哉は玲に向き直る。彼女がわざわざ自分の所に来るなんて相当の事態があったのだろう、早くその話を聞かなければと思った謙哉は玲に尋ねた。

 

「それで? 僕への頼み事ってなんなの?」

 

「ああ、ちょっと見て欲しい物があるのよ」

 

「見て欲しい物? それって……?」

 

 何? と聞こうとした謙哉だったが、その前に行動を始めた玲の姿を見て絶句した。何故か彼女は自分の着ている制服のブレザーを脱ぐと、ワイシャツのボタンも外し始めたからだ。

 

「え? わ、わわっ!?」

 

 何故かいきなり服を脱ぎ始めた玲に対して驚きの声を上げた後で謙哉はすぐに目を反らす。後ろを向いて両目を手で覆うと、何故そんなことをしているのかと玲に問いかけた。

 

「な、ななな、何やってるの!?」

 

「……そんなに驚かないでよ。別に見ても構わないから」

 

「構わないって……僕が困るんだよ!」

 

「大丈夫よ、本当に平気だから振り向いて頂戴」

 

 妙に落ち着いている玲の言葉を聞いた謙哉もだんだんと落ち着いてきた。考えてみれば玲は何の意味も無く人の家で服を脱ぐ様な女性では無いはずだ。

 そう考えた謙哉が意を決して振り向いて見ると……

 

「……水着?」

 

「ええ、そうよ。どう? 似合ってる?」

 

 謙哉の目に映ったのは水着を着た玲の姿だった。明るい紺色の競泳タイプの様なデザインの水着を着た彼女の姿を見た後で少しだけ安心した謙哉は深く息を吐いた。そして、何故彼女がこんなことをしたのかを問い質す。

 

「で、でも何で僕に水着なんてみせるのさ?」 

 

「……感想を聞きたかったのよ。私、売れっ子アイドルでしょ? そんな私が臨海学校にスク水なんて着て行く訳にもいかないじゃない。アイドルっていつでも可愛い物なんでしょ?」

 

「ま、まぁ、確かにね……」

 

「それで今日、適当に見つけた水着を買って来たんだけど……いまいち自信が無いから、他の人の意見を聞きたくってね」

 

「そ、そんなの僕じゃなくて、片桐さんとか新田さんとかに頼めば……」

 

「私は男の人の意見が聞きたかったの、あなた以外にこんなことを頼める人が私に居ると思う?」

 

 いないと思う。その率直な意見を申し上げれば玲の怒りを買う事は必死だったので謙哉は黙る事にした。そして、少し躊躇しながらも水着姿の玲を見る。

 

 スクール水着よりは洗練されたデザインの水着は玲の恵まれたスタイルをばっちりと示していた。アスリート的な雰囲気も玲にあっているし、謙哉としては申し分ないと思える。

 

「……似合ってると思うよ。すごく」

 

「そう……その言葉、信用するわね」

 

 そう言いながら玲は謙哉を見る。心臓がバクバクしている謙哉はその目を見ることが出来なかったが、自分の答えに納得したのであろう玲は謙哉に背を向けた。

 

「えっと……もう、終わりだよね? それじゃあ服を着て……」

 

「……似合ってる。って事は、可愛いとは思って無いって事よね」

 

「え……?」

 

 玲のその一言に謙哉は凍り付く、そんな彼を見向きもしないままに、玲は自分の鞄の中身を漁り始めた。

 

「確かにこの水着、私の雰囲気にはあってると思うけどいまいち可愛くないのよね……やっぱり、こっちの方が良いかしら?」

 

「こ、こっち……?」

 

 恐る恐る玲の手を見た謙哉、その手には新たな水着と思わしきものが握られていた。

 

「それじゃ、こっちも着てみるから感想をお願いね」

 

「え……? き、着るって? だって、そんな……?」

 

 玲は今水着を着ている。なのに新たな水着を着ると言う。それはつまり着替えると言う事で、水着を着替えると言う事はつまり……

 

「……こっちを見られたままだと着替えにくいのだけれど、脱ぐわけだし」

 

「ひ、ひゃぁぁっ!?」

 

 謎の悲鳴を上げつつ蹲る謙哉、しゅるしゅると言う布の擦れる音を耳にしながら彼は叫ぶ。

 

「な、な、な、何やってるの!? お、おかしいでしょ!?」

 

「しょうがないでしょ、水着を着る為には脱がないといけないんだし」

 

「そこ! なんで堂々とはだ、はだ……裸になれるのさ!?」

 

「ここにはあなたと私しかいないんだし、別段困る事なんて無いでしょう?」

 

「困るよ! って言うか水無月さんは裸の状態で僕に襲われるかもって思わなかったの!?」

 

「ああ……思ったわよ。で、大丈夫だって結論を出したわ」

 

「馬鹿でしょ!? ねぇ、君馬鹿なんでしょ!?」

 

 明らかに役割が逆だと思いながら謙哉は叫ぶ。普通に考えて恥ずかしがるのは女の子で、怒鳴られるのは男の方だと相場が決まっていると言うのになんだこの状況は?

 

 そもそも大丈夫って言葉はずるい。どういう意味にだって取れるのだ。

 あなたの事を信用しているから大丈夫とでも、こいつには襲う勇気なんか無いから大丈夫だとも取れてしまう。そして、どちらとも判断が付かないから困りものだ。

 

 多分玲の気持ち的には半々なのだろうと考えながら謙哉は彼女の着替えが終わるのを待つ。その間、頭の中では延々と『じゅげむ』の呪文を唱えて気を落ち着かせていたのだが……彼は気が付かない。

 

 玲は謙哉に対して「見られたままだと着替えにくい」と言った。着替えられない、では無くだ。

 そして、彼女の言った大丈夫、は謙哉の考えたどちらの意味でも無く、「襲われても大丈夫」だと言う事に謙哉が気付く由も無かった。

 

「さて……着替え終わったからこっち見ても大丈夫よ」

 

「うぅ……なんで僕がこんな目に……」

 

 世の中おかしいと呟きながら振り向いた謙哉は別の水着に着替えた玲を見る。そして、さらに顔を赤くした。

 

「……どうかしら?」

 

 首を傾げながら感想を求める玲、謙哉はそれに対して何とも言えずに口を噤む。

 決して可愛くないわけでは無い。と言うよりもむしろ……

 

(……めちゃくちゃ可愛い……!)

 

 ホルターネックの水色と白のパステルカラーの水着を身に纏った玲は普段のクールな雰囲気はどこへやらと言う様に可愛らしかった。ドット柄の水着が柔らかな雰囲気を出してくれているのだろうが、それ以上に今の玲の表情はまずい。

 

 ちょこんと首を傾げ、悪戯っぽく、されど少し不安な笑みを浮かべながら謙哉を見る玲は非常に可愛い。水着の露出度と合わさって直視できないほどにだ。

 

「か、可愛いと思うよ……」

 

「……そう言う事は相手の目を見て言いなさいよ」

 

 顔を反らした謙哉の言葉にやや不満げな玲はジト目でこちらを見ている。ややヤケクソになりながらも謙哉は正直な感想を伝えた。

 

「……本当に可愛いと思う。僕がまともに水無月さんの目を見れない位に、素敵だと思うよ」

 

「……そう」

 

 短く言い捨てた玲の言葉を聞いた謙哉は、彼女の気分を害してしまったかと不安になった。恐る恐る、彼女の様子を窺ってみると……

 

「……ずるいじゃない、そんな事言われたら照れるに決まってるわよ……!」

 

 嬉しそうに、しかし顔を真っ赤にした玲が謙哉を見ながらそう言った。そして、急いで振り向くと顔を隠す。

 なんともまぁすごいデレっぷりなのだが、謙哉の頭の中では一つの事しか考えられなかった。

 

(ずるいって……どっちがだよ……!?)

 

 国民的アイドルである玲にあんな表情を見せられたら否が応でも意識してしまう。なんかもう色々な問題をすっ飛ばしたうえで、謙哉は悶々としながら玲が着替え終わるのを待ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――なお、色々と刺激的な体験をしてしまった二人はその事を思い出して到底眠れなくなり、その時間を勉強に当てたおかげで優秀な成績を取る事になった事と、櫂がぎりぎり赤点を免れた事をここに記しておく。

 

 




 臨海学校編、始まります

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