仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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一人ではできない事 皆となら出来る事

 

 

「……どうなったの!?」

 

 爆風が去った後の広場で葉月が叫ぶ。勇と謙哉の必殺技同士のぶつかり合いで吹き飛ばされた仲間たちの無事も確認しながら、彼女は視線を前にやった。

 

 激しい激突が起きた中心部分ではまだ煙が晴れていない。濛々と広がっている爆炎の中心に動く影が無いかと葉月は目を凝らす。それは残りのメンバーも同じだった。そんな二人の戦いの結果を見守る面々の耳に、電子音声が聞こえて来た。

 

<……DRAW!>

 

「ドロー……って、ことは……」 

 

「引き分け……?」

 

 その言葉を裏付けするように煙の晴れた中心地では勇と謙哉が変身を解除した状態で向かい合っていた。ひとまずは二人が無事な事に安堵した葉月たちだったが、勇はボロボロの体のまま謙哉へと挑みかかって行く。

 

「うっ、らぁっ!」 

 

「ぐっ! ……はぁっ!」

 

 勇の拳を受けてよろめく謙哉、しかし、すぐに体勢を立て直すと勇に殴りかかる。生身の体で拳をぶつけ合う二人はまだ戦うつもりなのだ、その事に気が付いた葉月は二人を止めるべく間に割って入る。

 

「何やってるの!? もう喧嘩は止めてよ!」

 

「退いてろ葉月! これは俺たちの戦いだ!」

 

 自分を止める葉月を押しのけて謙哉の胸倉を掴む勇。振り上げた拳をそのまま繰り出そうとした時、その腕を押しのけたはずの葉月に掴まれた。

 

「……勇っちの、馬鹿ぁっ!」

 

「でぇっ!?」

 

 バチン、と良い音がして勇は横に吹っ飛ぶ。強烈なビンタを繰り出した葉月は、倒れて頬を抑える勇に馬乗りになると涙目のまま叫んだ。

 

「こんなことして何になるのさ!? 勇っちと謙哉っちが戦ってもなんの解決にもならないじゃない! もう馬鹿な事は止めてよっ!」

 

「っっ……」

 

 いつも笑顔を絶やさない葉月が涙を流す姿を見た勇は冷静な思考を取り戻した。そして、罪悪感に胸を締め付けられる。

 

「……すまねぇ、熱くなりすぎてた」

 

「……馬鹿」

 

 自分の話を聞けるだけの冷静さを取り戻した勇に対して葉月は辛辣な言葉を向けるが、その言葉にはしっかりとした信頼も含まれていた。何とか冷静さを取り戻した勇は謙哉にも謝ろうとするが……

 

「ぐっ……!」

 

「謙哉っ!? ……光牙、何を……?」

 

「見ろっ、虎牙謙哉! これが……これが君の生み出した被害だ!」

 

 そこには、謙哉を殴り飛ばして周りを指さす光牙の姿があった。激情に駆られ、怒りの形相を見せたまま光牙は叫ぶ。

 

「エネミーは逃げた! 公園内は戦いの余波でボロボロ……君の一時的な感情のせいでこれだけの被害が出た上に、事態は何の解決も見いだせていないんだぞ!」

 

「………」

 

「こ、光牙、流石にそれは言い過ぎじゃあ……」

 

「黙っていてくれ櫂! 俺は、この責任を追及しなければならないんだ!」

 

 櫂の制止も振り切って謙哉に怒鳴り続ける光牙、謙哉はただうつむいたまま何も言えずにいる。

 

「何とか言ったらどうなんだ!?」

 

 胸倉を掴み謙哉を無理やり立たせる光牙。体中傷だらけの謙哉の事などお構いなしにそのままもう一発パンチをお見舞いする。

 

「謙哉さんっ!」

 

「光牙っ! もうよせっ!」

 

「放せっ! 放せぇっ!」

 

 流石にやりすぎだと判断した勇が光牙を抑える。少し迷った表情の櫂もそれに加わり、二人がかりで光牙を抑えるも彼は暴れてその手から逃れようとしている。現場ではいまだに混乱が続くかと思われたその時、その場に居る全員のゲームギアから声が響いた。

 

『落ち着いてください、皆さん!』

 

「お、オッサン!?」

 

『……何があったかは他の生徒から報告を受けています。状況の説明と確認の為、一度こちらに戻ってきてください』

 

 事態を前向きに解決する姿勢を見せつつ、全員に冷静になる様に促す天空橋。その言葉に光牙も一応の納得を示したのか、黙って動きを止めた。

 

「……分かりました。一度本部に戻ります。そこで状況の確認の後、もう一度あのエネミーの討伐に移る……それでいいですね?」

 

『……ともかく一度落ち着いてください。話はそれからです』

 

 天空橋は光牙の提案を肯定はせずに受け流す。その様子に光牙は眉を潜めたが、あえて言及はせずに本部の方向へと歩き出して行った。

 

「ぐっ……!」

 

「勇っち! 体、大丈夫!? アタシ、肩貸そうか?」

  

「いや……俺よりも謙哉の方を頼む」

 

「え……?」

 

 驚く葉月を背に勇は歩き始める。痛む体を引きずって歩きながら、勇は先ほどの戦いの最後の一瞬を思い出していた。

 

 お互いに最大の力で放った一撃、勇は跳び上がってからの振り下ろしで謙哉の身体を狙っていた。躊躇い無く、本気の一撃を喰らわせるつもりだった。

 

 しかし、謙哉はそんな勇自身を狙う事はしなかった。あろうことか、謙哉は勇の持つ剣に向かって自身の必殺技を繰り出したのだ。

 それは間違いなく手加減だった。真剣勝負の最中に行われたその行為に多少の苛立ちを感じつつも何処か納得してしまう。

 

 謙哉は勇に攻撃を躊躇ったのではない。自分が負ける可能性が高かったとしても勇を傷つけたくないと判断して、全力で勇のを攻撃封じに来たのだ。優しい彼ならば必ずそうする。そして、もしも謙哉が勇同様に相手の体を目がけて攻撃を繰り出していた場合の結末を考えて唇をかみしめた。

 

「多分、負けてたな……」

 

 勇は誰一人として死なせないと言い切り、その為に戦いながらも友の事を思いやる謙哉の強さを感じ、同時に自分の弱さを噛みしめる。

 そして、どこかへ消えてしまった悠子はどうなるのかと思いを馳せつつ、本部へと向かって行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員揃いましたね。では、話を始めましょう」

 

 数分後、公園内本部に集まった面々を見て天空橋が頷くと手持ちのPCを操作して何かの映像を画面に映し始めた。

 

 真っ黒なそれを見た勇たちは怪訝な表情をすると共に天空橋を見る。その視線に応える様にして彼は説明を始めた。

 

「……今回、人間の女の子がエネミーに変貌したとの報告を受けました。その原因は間違いなくこれです」

 

「何だよ、この黒いのは?」

 

「こいつの名は『エンドウイルス』……あのリアリティの元となった病原菌です」

 

「!?」

 

 天空橋のその言葉に全員が目を見開く。世界を崩壊させかけたウイルス「リアリティ」の元となった病原体……それに興味を惹かれないわけが無かった。

 

「ま、待ってくれよオッサン! リアリティはゲームのキャラクターに感染してそれを実体化させるコンピュータウイルスだろ? これは現実に存在する病原体じゃねぇか!?」

 

「その通りです……しかし、このウイルスはリアリティと非常に良く似た性質を持っているのです」

 

「リアリティと似た性質……?」

 

「……『現実に存在する物質をデータへと変換する』……では無いか?」

 

「……その通りです」

 

 大文字の言葉に頷いた天空橋は映像をスライドさせて横にリアリティと思われるウイルスの映像を出した。それを指さしながら話を続ける。

 

「リアリティとエンドウイルスは効果対象は真逆ですが、どちらも「物質を変換させる」という効果を持っています。世界で先に発見されたのがエンドウイルスであり、リアリティはこのエンドウイルスが変化したものだと考えられているのです」

 

「そんな……そんな恐ろしいウイルスが、何故発表されていないんですか!? 確実にリアリティよりも厄介な代物では無いですか!」

 

「落ち着いてください……それには、理由があります。先に言ってしまうと、このエンドウイルスには対処法があるのです」

 

「対処法……? それじゃあ、悠子ちゃんは助けられるの!?」

 

 天空橋の言葉に玲が目を輝かせて立ち上がる。悠子はエンドウイルスに感染したが、その対処法が確立されていると言うのならば助ける事は可能のはずだ。

 しかし、天空橋は暗い顔をすると申し訳なさそうに玲に言った。

 

「……助ける事は可能です。しかし……今すぐには、出来ないんです」

 

「なんで!? 対処法があると言うのならそれで……」

 

「……対処法はあります。しかし、それは完全に発症する前の人間にしか効かないんです」

 

「え……?」

 

「……15年前、とある人物がエンドウイルスの特効薬を開発しました。それを体の変貌が起きる前の患者に打てば、ウイルスを死滅させることが出来る……しかし、発症してしまった人間には効果が薄く、完全な治療には至らないのです……」

 

「そんな……」

 

 その言葉を聞いた玲は絶望の表情で椅子にへたり込む。せっかく希望が見えたと思ったのに……そう項垂れる彼女に対して、天空橋は慌てた様子で話を続けた。

 

「あ、安心してください! 今私がそのワクチンを強化して、ディスティニーカードのデータへと変換している最中です。そのカードを使えば、エンドウイルスに感染してしまった女の子とエネミーの部分を分離して助ける事が可能です!」

 

「そ、それを早く言いなさいよ!」

 

「すいません! なにぶん今大急ぎでやっているもので、すぐに助けられると言う訳では無いので……」

 

 しかし天空橋のその言葉は皆に十分な希望を与えた。悠子を死なせずに助ける事が出来るかもしれない。その可能性があると分かっただけで表情は明るくなったのだ。だが……

 

「……天空橋さん、一つ質問があります。そのワクチンカードを制作するまで、あとどれくらいの時間がかかりますか?」

 

「それは……まだ、何とも言えませんが……」

 

「……では、まだ時間がかかると言う事ですね?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 それを聞いた光牙は立ち上がると本部から出ようとする。慌てて櫂が彼を止めると、何をしようとしているのかを問い質した。

 

「待てよ光牙! お前、どうするつもりだ?」

 

「決まっているだろう……あのエネミーを駆逐する」

 

「っっ!? 白峯、アンタ話を聞いて無かったの!? 悠子ちゃんは救えるのよ!」

 

「ああ、だがその手段が採れるようになるまで時間がかかる。それまでの間に彼女が誰かを殺さないとは限らないだろう」

 

「待ちなさいよ! せっかく救える命を見捨てるつもり!?」

 

「……らしくないじゃないか水無月さん。冷静な君ならすぐにわかるだろう? 一人を救うよりも、多数を救う方が優先だって事を」

 

「でも! 悠子ちゃんは……」

 

「分からない人だな君も!」

 

 納得を見せない玲は光牙に抗議しようとするも、逆に彼に怒鳴り返されて口を閉ざしてしまった。そんな玲に対して光牙は言い聞かせる様にしながら叫ぶ。

 

「さっきも言った様に、ワクチンカードが作られる前に彼女が変貌したエネミーが誰かを殺さないとは限らないんだ! あの子一人を救うために百人の命を見捨てる事になったらどうするつもりだ!?」

 

「で、でも、救える方法はあるって……」

 

「ああ、有るさ! だが今回は間に合わない! 残念ながら彼女を救うために沢山の人を危険にさらすのはリスクが多すぎる。だから諦めるんだ」

 

「そんな……そんなのって……」

 

 首を振って呟く玲を突き飛ばした後で光牙は出口へと歩く。その扉に手をかけた彼は、振り向かずにこの場に居る全員に言った。

 

「……俺は今から俺の意見に賛同してくれる人たちを集めてエネミーを倒しに行きます。これは、決定事項です」

 

「ちょっと待って……」

 

「うるさい! こうしている間にも誰かが傷ついているかもしれないんだ! 俺はもう一秒たりとも無駄にはしませんよ!」

 

 そう吐き捨てると光牙は本部を出る。そして数歩歩いた所である男とすれ違った。

 

「………大文字、武臣っ!」

 

「……薄い男よな、お前は」

 

 巨大な体で光牙を見下す様にして呟く大文字に対して睨みをかけた後で光牙はその横を歩き去って行く。その後ろ姿に目もくれず、大文字は深い息を吐くのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういう事だ、天空橋?」

 

「……エンドウイルスのことですね」

 

 生徒たちが去った後の本部では命が天空橋を問い詰めていた。その内容はたった一つだ。

 

「……リアリティ及びソサエティ攻略に関する情報を引き受ける私ですらあのエンドウイルスというものは初耳だ。答えろ、なぜおまえはこんなものの事を知っている?」

 

「………」

 

「答えろと言っているんだ!」

 

 命は怒気を強めて叫ぶ。目の前に居る謎の多いこの人物は一体何を、どこまで知っているのかという疑問が止まる事は無い。

 やがて、背を向けたままの天空橋は絞り出すような声で答えた。

 

「すいません命さん……私は、まだ話すわけにはいかないんです……」

 

「……これ以上、何かを知っていると言う事は否定しないのだな」

 

「……ええ、その時が来たら私の知るすべてをお話ししましょう。ですから、今は……」

 

「……わかった。だが、約束しろ。すべてを話す時が来たら包み隠さず話すんだ。私にも、彼らにもな」

 

「……はい」

 

 命はそう言い残すと本部から出て行く。それを確認した後で天空橋は懐から一枚の写真を取り出すとそれを見ながら呟いた。

 

「……妃さん、どうやらあなたの遺した物が役に立つ日が来てしまったみたいです。本当に残念ながらね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇さんは、どうするおつもりですか?」

 

「………」

 

 マリアの問いかけに答えられないまま勇は俯く。悠子が変貌したエネミーを倒すと光牙が宣言してから十分ほどの時間が経とうとしていた。その間、仮面ライダーたちは各々の時間を取ってこれからどうするかを考えていた。

 

(どうすりゃいいんだ、俺は……?)

 

 勇は悩む。助けられる可能性があると聞いた以上、光牙の様に非常にはなれない。だが、彼の言う事もまた確かだ。

 自らが罪を被ってでも多数の命を取るべきなのか? それとも……

 

「……だいぶ浮かない顔しとるやないか、勇ちゃん」

 

「あん……?」

 

 自らにかけられた声に顔を上げれば、そこに居たのは光圀だった。手に持った缶を一つ投げて寄こしながら、彼はマリアとは反対側に座って勇に話しかける。

 

「聞いたで、謙哉ちゃんとやりあったんやろ? んで、勝負は分けやったと聞いたが……」

 

「……ちげぇよ。俺の負けだ」

 

「そうは言うても勇ちゃんも謙哉ちゃんもまだ戦えたんやろ? ほなら、やっぱ分けやないかい」

 

「違う……あのまま続けてたら、俺はきっと謙哉に負けてた……あいつは、俺なんかよりもずっと強ぇ……」

 

「勇、さん……?」

 

 肩を震わせながら呟く勇に対してマリアが心配そうに声をかけながら顔を覗き込む。勇は顔を上げないままに、自分の心の内を語り始めた。

 

「……俺、迷ってたんだ。本当はあの女の子を助けたいって思ってた。施設の子供たちと同じくらいの歳で、ダブって見えたんだ。だから、助けたいって思った……でも、出来なかった」

 

「怖かったんだ。身勝手な行動をした結果、何も救えなかったらって考えて……だから、間違いなく命を救う方法としてあの子を殺す道を選んだ……おかしいよな? 謙哉には俺がやってる事は正しいって言っておきながら、選びたくない道を自分で選んでたんだからよ……」

 

「でも、それは勇さんが悪い訳じゃ……」

 

 そう言って勇を慰めようとするマリアを光圀が止める。ゆっくりと首を振ってマリアを制止した彼は、ただ彼女に勇の話を聞く様に目で促した。

 

「でも謙哉は……あいつは、俺が怖くて選べなかった道を迷わず進んだ。絶対にあの子を助けるって言って、俺たちと戦ったんだ……そして、その行動は正しかった。あの子を救う方法は確かにあったんだ。俺たちは、仕方が無いって言いながらあの子を助けようともせずに殺そうとした……もし謙哉が居なかったら、俺はすげぇ後悔してたと思うんだ」

 

「だから……俺は謙哉に合わせる顔がねぇ、優しくて正しい道を選んだあいつを否定した俺に、あいつの友達でいる権利なんてねぇんだよ……!」

 

 勇は座っているベンチに拳を振り下ろす。鈍い音と共に振動を残したベンチに座りながらマリアは勇を見つめていた。

 

「……そんなん、関係ないやろ」

 

「え……?」

 

 不意に光圀が口を開く。空を見上げながら独り言をつぶやく様にして彼は話し続ける。

 

「友達とか仲間とか、俺にはようわからん。でもな、勇ちゃんと謙哉ちゃん見てると思うんや、ほんまに羨ましいってな」

 

「羨ましい……?」

 

「どちらかがもう片方を押さえつけとるわけやない。お互いが本気で考えて、本気で納得したことを二人で力を合わせてやって、一緒に笑っとる。本当の友達ってそういう奴の事を言うんやろなって思うんや」

 

「今回にしたってそうや。お互い本気で考えた末に意見がぶつかった。んで、本音を言いあってぶつかり合ったんや。……なれ合いで一緒に居るだけの奴にそんな事出来ん、ほんまの友達やからこそ本気でぶつかれたんやと俺は思うで」

 

「………」

 

 考え込むようにして下を向く勇を尻目に光圀は立ち上がるとその場を離れる。最後に振り向くと、笑みを浮かべて言った。

 

「ま、俺にはようわからんからな~、その辺はお二人に任せるわ」

 

「………」

 

 お互いに譲れなかったが故にぶつかり合った自分と謙哉。今、自分がすべき事は何なのだろうか?

 迷う勇の肩を叩いたマリアが優しく微笑む。そして、顔を上げた勇の頬を両手で挟むとまっすぐに目を見て言う。

 

「勇さん、私は勇さんが本当はとても強いってことを知っています。勇さんが謙哉さんに負けたと言ったのは、きっと勇さんが本気で戦って無かったからですよ」

 

「俺は、本気で謙哉を……」

 

「違います。勇さんだって言ってたじゃないですか、本当は悠子ちゃんを救いたかったんだって……本当は謙哉さんと戦いたくなかったから、全力で戦えなかったんですよ」

 

「あ……」

 

 マリアのその意見に関してはっとした表情を向ける勇、マリアはそんな勇に対して笑顔を見せると彼に聞いた。

 

「改めて聞きます。勇さん、今あなたが本当にしたい事は何ですか? あなたは、何のために戦いますか?」

 

「俺、は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめぇ、どういう意味だっ!」

 

 怒りと共に櫂が拳を繰り出す。剛腕の彼から繰り出されたその重い一撃を受け止めながら、大文字は答えた。

 

「言葉通りの意味だ、あの男は王足りえん」

 

「光牙の何が悪いってんだ!? あいつはすげぇ奴なんだよ! 親父さんの為に世界を救おうと……」

 

「……そこだ。そこがおかしいのだ」

 

「は……?」

 

 自分の親友を乏しめる大文字に対して怒りを見せていた櫂だったが、大文字のその一言を受けて表情を変える。大文字が光牙を馬鹿にして話しているわけでは無い事がわかったからだ。

 大文字は覇気を感じさせるその声で光牙について語り始める。

 

「王となる人間に必要な物、それは立派な大義名分でも理想でもなく……欲と、それを晒せるだけの覚悟だ」

 

「欲だと? そんな俗っぽい物が……?」

 

「ああ、我が戦国学園を見ればわかるだろう? 女、武、地位……そう言った分かりやすい物を求めて我らは力を磨く、強くなればそれを掴めると信じてな」

 

「お前らと光牙を一緒にすんじゃねぇ! あいつは、そんな下らねぇものの為に戦ってる訳じゃねぇんだよ!」

 

「……世界を救う勇者になる為、か……立派だが、その欲を自分の父親の為と言っている時点で薄いな」

 

「なっ!?」

 

「考えてみろ、親から託された悲願を達成できた武士が一体何人いる? それは、自分の意思では無く、ただ言われたからやっていると言う無欲の境地に達してしまったからだ。自分が真に求めるものの為に戦わねば、力など出るはずもない」

 

「ふざけんな! 勇者になるって言うのは光牙の……」

 

「夢か? なら、それを自分の夢だと言わねばならんな。少なくとも父親とのことなど関係ない、自分が勇者として崇められたいからと言わなくては話にならん」

 

「てめぇっ! 光牙を馬鹿にしてんのか!?」

 

「……いいや、これが我の正当な評価と言う奴さ。馬鹿にすると言えば……お前の方だな、城田櫂」

 

「うっ?!」

 

 突き飛ばされ、地面に尻もちをつく櫂。そんな櫂を見下ろしながら大文字は言う。

 

「……お前は二言目には光牙、光牙と言うが、お前自身の意思はないのか? 自分が何を成したいか? 何のために戦うのかを見出さなければ一生そのまま腰巾着のままだぞ」

 

「なんっ……だとっ!?」

 

「……哀れよな。お前は考える事を放棄している。自分より優れたものが居るからとその背を追うだけの負け犬だ」

 

「てっ、めぇっ!」

 

 勢いよく殴りかかる櫂だったが、その一撃は軽く大文字にいなされてしまった。地面に転がる櫂に一瞥をくれた後で、大文字は歩き出す。先ほどの光牙にした様にお前には価値など無いとでも言う様に……

 

「待ちやがれっ! 畜生!」

 

 立ち上がった櫂だったが、もうそこには大文字の姿は無かった。悔しさをにじませながら櫂は叫ぶ。

 

「俺が……負け犬だと……っ!? んなことある訳ねぇ! 俺は……俺はッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やよい、アタシたちはどうすれば良いのかな?」

 

 テントの下で静かに葉月が呟く。その隣に居るやよいは膝を抱えたまま何も答えない。

 

「……やよい? どうかした?」

 

 何も言わないやよいに対して葉月が怪訝な顔を向ける。そして、その横顔を見た葉月ははっと息を飲んだ。

 

「……駄目だ、私……私、駄目駄目だぁ……っ」

 

 やよいは泣いていた。目から大粒の涙を流しながら泣く彼女は徐々にその声を大きくして泣きじゃくって行く。涙する顔を可愛いなぁと不謹慎な事を考えながらも、葉月は親友を落ち着かせようと必死になって話しかけた。

 

「ちょ、ちょっと! 何が駄目なのさ? やよいだって頑張ってるよ! 今回の一件は色々と難しいとは思うけどさ……」

 

「ちがうよぉ……だって、私だけなにもしてないんだもん……」

 

「え……?」

 

「勇さんも謙哉さんも、光牙さんも城田さんも、玲ちゃんも葉月ちゃんも……みんなみんな、自分の考えを持って戦った。でも、私だけ……私だけ、見てる事しか出来なかった!」

 

「やよい……」

 

「ほんとはあの子を助けたいって思ってた! でも、でも……光牙さんの話を聞いて、それはいけない事なんじゃないかって思っちゃって……何が何だか分からなくなって、パニックになって、そのまま見てる事しか出来なかった! 喧嘩する二人も止められなかった! 私、仮面ライダーなのに……皆を守るヒーローなのに……」

 

 そう言って泣きじゃくるやよいを見ていた葉月もその思いは痛いほどわかった。自分だってやよいと変わりない。ただ、最後の最後で勇が謙哉と戦う姿を見たくなかったから体が動いただけなのだ。

 

 やよいは何も出来なかったと言って泣いている。だが、葉月にはそれが恥じる事だとは思えなかった。

 

「……ねぇ、やよい。アタシ、やよいはすごいって思ってる」

 

「え……?」

 

 そっと後ろからやよいを抱きしめながら葉月は言う。親友へ伝えたいことを伝える為に

 

「確かに、あの場所でやよいは見てるだけだったよ。でも、それはアタシたちの中で唯一誰とも争わなかったって言えるんじゃないかな? 皆が血走ってぶつかり合う中で、やよいはたった一人だけ優しい心を持ってたんだよ」

 

「でも……そんなの、私が臆病者なだけだよ……本当は、戦わなきゃいけなかったんだから……」

 

「……そうだね。でも、やよいはその事に気が付けた。何かと戦わなきゃいけないって気が付いたなら、やよいはやよいの戦いを始めるだけだよ」

 

「私の……戦い……?」

 

 涙を止めた彼女と見つめ合う。そして、葉月は笑顔を見せながら言った。

 

「さぁ、アタシはアタシの戦いを始めるよ! やよいも、自分が何と戦うか決めて、全力でぶつかってね!」

 

 それだけ言うと葉月は駆け出す。自分の戦いを始める為に。その後ろ姿を見ていたやよいもまた、小さく呟くと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっ……っくぁ……」

 

 ゆっくりと背にした壁に寄りかかりながら床に座る。全身が痛む中で時折遠くなりそうな意識を必死に繋ぎ止めながら謙哉は休んでいた。

 

「……守れなかった、な」

 

 ついさっき、光牙は悠子を倒す為にA組の生徒たちを率いてこの場から離れて行った。すでに元悠子であったエネミーは別の場所で暴れているらしい。

 

 助けに行きたかった。なんとかして時間を稼いで、ワクチンカードの完成まで彼女を殺す事の無い様にしたかった。

 だが、自分の勝手な行動を警戒した光牙に見張りを残されてしまい、ここから動くことは出来ない。無力さに打ち震えながらただ体を休める事しか出来ない謙哉は、悔しさに拳を握りしめた。

 

「………」

 

「あ……!」

 

 ふと顔を上げた時だった。いつの間にか自分の前に立っていた玲と目が合い、気まずい沈黙が流れる。彼女もまた勝手な行動をする可能性があるとして光牙に待機を命じられていたのであった。

 

「……何でよ」

 

「え……?」

 

「何で、あんな馬鹿な事したのよ!? あの子の事なんて放っておけば良かったでしょうに!」

 

 珍しく声を荒げる玲の姿を見ながら謙哉はただその叫びを聞き続けた。黙って自分を見ているだけの謙哉に対して怒りを募らせながら玲は叫び続ける。

 

「弱い者を救って良い気持ちになりたかった? それとも良い人ごっこをしたかったの? それとも……私が、哀れだったから……?」

 

 叫び続けていた玲は突如膝を付くと項垂れてしまう。今にも泣きそうな顔をしながら謙哉の胸倉を掴み、か細い声でわめき続ける。

 

「……あの子に、昔の自分を重ねてた私を見て憐れんだの? 可哀想な奴だから助けてやろうと思ったわけ? 情けをかけて、良い人ぶって……満足したかったんでしょう!?」

 

 それはまごう事無き罵声であった。だが、謙哉は怒りを見せる事無く玲の叫びを黙って聞き続けている。

 

「何とか言いなさいよ! こんな風に泣き喚く私を見て心の中で嘲笑ってるんでしょう!? 馬鹿な奴だって思って、それで……」

 

「……僕はただ、生きていてほしかっただけなんだ」

 

「え……?」

 

 玲の叫びがひと段落した時、謙哉が口を開いた。独り言の様に口から出た言葉に不意を突かれた形になった玲は驚き、口を閉ざす。

 

「たとえ今、どんなに苦しくても生きていれば幸せな事があるから、苦しい思いを抱えたまま悠子ちゃんに死んでほしくなかったんだ……きっと、明日には良い事がある。きっと、お父さんとお母さんは仲直りして幸せな毎日が戻って来るって……そう、伝えたかったんだ」

 

「……何よ、それ……あなたは一体、何なのよ……?」

 

 呆然としたまま玲は話す。心と口が直結した様に思った事を口にしてしまう。こんな状況になって初めて、玲は謙哉に自分の本心を伝える事が出来た。

 

「あなたを見てると心の中がぐちゃぐちゃになるのよ……羨ましくって、惨めで、憧れて、怖くって……あなたが、私の求めているものを全部持ってるから、見てると堪らなく悔しくって、でも温かくなるの……」

 

「……ごめん」

 

「何で謝るのよ……?」

 

「……守れなかった。僕は、悠子ちゃんを……守れなかったんだ……っ!」

 

 謙哉の声は弱々しかった。初めて聞く彼のそんな声に玲は驚く。

 勝手に思っていた、彼は強いのだと。弱みなんか無い、無敵の人間なのだと

 だが、そんな事は無かった。謙哉もまた自分と同じ、必死に強がっているだけの人間なのだ。

 

 だが、玲とは強がり方が違う。自分を強く見せる為に強がる玲と違って、謙哉は誰かを笑顔にする為に強がっている。自分がどんなに傷ついても、それを見た相手が罪悪感に苦しまない様に強がっているのだ。

 

 謙哉は本当に強い。自分なんかと違って、真の強さと言うものを持っている。そして、そんな彼が初めて自分に弱さを見せてくれた。

 その事を理解した時、玲は目の前の謙哉を抱きしめていた。

 

「水無月、さん……?」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!!」

 

 真に謝るべきは自分だった。悠子に会った時に強がらず、彼女に親身になって接してあげれば他の未来もあったかもしれないのだ。

 もっと前から謙哉に素直に接していれば……そうすれば、愚かな心の中にあるわだかまりなどとっくに溶けて、優しさを持った自分になれていたかもしれない。

 

「本当に、私は……っ!」

 

「……もう、良いんだ。水無月さんが自分を責める必要なんて無いんだよ」

 

 そっと自分の体から玲を放して謙哉が言う。どこか穏やかで、悲しみをたたえた瞳を見る玲の心の内には、いつもの不快感は湧かなかった。

 

「僕たちは悠子ちゃんを助けられなかった。もっといい方法があったはずなのに、僕たちはそれを見落としたんだ……」

 

「……そうね、きっとそう。私たちは、間違えてしまったのね……」

 

 悲しみと諦めを含んだ言葉、謙哉と玲はただひたすらに後悔しながら宙を見る。悠子を救えなかった悲しみを感じる二人、だが、そんな彼らに近づく影が3つあった。

 

「……な~に諦めてんのさ、まだ全部終わった訳じゃ無いよ」

 

「……あなたは!?」

 

 そこに立っていたのは薔薇園の生徒……橘ちひろ、夏目夕陽、宮下里香の三名であった。突如現れた彼女たちに驚く二人に対して、ちひろは笑いながら言う。

 

「なに諦めてんだよ。こちとらまだやることやってる最中だっつーの!」

 

「やる……こと?」

 

「うす! 自分たち、天空橋さんに協力しに来たんです!」

 

「アタシたちのゲームギアを使えばねー、足りない処理能力を補助して、ワクチンカードの完成を早める事が出来るんだってさー!」

 

「そ、そうなの!?」

 

「……でも、あなた達三人だけじゃ、その効果もたかが知れてるわ。無駄な足掻きよ」

 

「誰が協力しに来たのは私たちだけだって言ったのよ?」

 

「え?」

 

 その言葉の意味を理解できないでいる玲に対してちひろは悪戯っぽい笑みを浮かべる。後ろの夕陽と里香も同じようにして笑い続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、悠子が変身したエネミーの討伐へと向かう光牙一行は市街地を走っていた。彼に付き従う櫂とA組のメンバーを率いて先頭を走る光牙は強い意志を持って現場に向かう。

 

(俺は間違っちゃいない! これこそが勇者の選ぶ道なんだ!)

 

 世界の為に自分が罪を背負う覚悟……それこそが勇者に必要な物だと信じて疑わない光牙は悠子を殺すべく先へ先へと進む。何度目かの角を曲がり広い道路に出た時、彼らの前に立ちはだかる一人の人物が現れた。

 

「……何の真似だい? 新田さん」

 

「や~、何、ちょっと考えてみたんだけどさ、やっぱあの子を殺すのっておかしいと思うんだよね」

 

「……だから何だい? 悪いけど君に構ってる暇は無いんだ。この先で沢山の人が俺たちを待っている。だから行かなきゃならないんだよ!」

 

「ん~……やっぱそうなるよねぇ……んじゃ、ちょっと体張らせてもらいましょうか!」

 

 葉月はギアドライバーを取り出すと腰に付ける。戦いの構えを見せる彼女に対して、光牙は冷ややかに言い放った。

 

「……君も馬鹿な真似をするんだね。一時の感傷を胸に、沢山の人を殺す道を選ぶのか?」

 

「アタシは馬鹿だからさ、何が正しいなんて答えは出せないよ。でも、ハッピーエンドに繋がる道があるってのに、ちょっと難しそうだからってその道を選ばない軟弱者にはなりたくないんだよね!」

 

「だから俺たちに歯向かうと? 君は馬鹿だ! 勝機も正しさも無い戦いに身を投げ出そうとするただの愚か者だ!」

 

「それでも良いって言ってんじゃん! たった一人でもアタシは戦う! 私が信じるものの為に!」

 

 強く光牙たちを睨みながら葉月は言い放つ。その雰囲気に押されたA組の生徒たちだったが、自分たちの方が数が上だと言う事に気が付くと一堂にカードを構えだした。

 それでも葉月は怯まない。たった一人でも抗って見せると強い意志を見せる葉月だったが、後ろから近づく気配に振り向くと、目を見開いた。

 

「一人じゃないよ! 葉月ちゃん!」

 

「やよい!? アンタ、その人たちはどうしたの!?」

 

 驚く葉月、それもそのはずで、やよいの後ろには虹彩、薔薇園両校の生徒たちがずらりと並んでいたのだ。

 

「片桐さん……!? 一体、何を……?」

 

「ごめんなさい光牙さん! 私、光牙さんの言ってる事が間違いじゃあないって事は分かってるんです! でも……どうしても、あの子を救いたいって思っちゃいました!」

 

「だから、私と同じ思いを抱えてる人を集めたんです! ここに居る皆、あの子を助けたいって思って駆けつけました! 皆で悠子ちゃんを助けようって決めて来たんです!」

 

「ぐっ……! そんな、馬鹿な……!」

 

 自分たちよりも遥かに多い人数に気圧される光牙、A組の生徒たちも同様で、流石に慌てる様子が見える。

 

「凄いよ……凄いよやよい! こんなにたくさんの人を集めちゃうなんてさ!」

 

「えへへ……私、一人じゃ何にも出来ないから、皆の力を借りようって思っただけなんだ……でも、こうやってみんなの思いを繋げたのなら、私がやった事にも意味があるのかな?」

 

「当然だよ! やよいの戦い方、見せて貰ったからね!」

 

「……うろたえるな! ここで退く俺達じゃないだろ! この逆境を突破してこその勇者だ、一気にかかるぞ!」

 

「お、おーーっ!」

 

 やよいの手柄をたたえる葉月だったが、光牙の号令で息を吹き返したA組の生徒たちが戦闘態勢に入ったのを見て気を引き締める。ドライバーからカードを取り出しながら、頼りになる親友へと目を向けた。

 

「やよい、白峯をここで食い止めるよ!」

 

「うん! ワクチンカードが出来れば、きっと玲ちゃんが何とかしてくれる!」

 

「そういうこと!」

 

 光牙が変身してこちらに突っ込んでくるのが見える。櫂も同様に迫って来るが、今の二人には負ける気がしなかった。

 

「いっくぞー! 突撃ーっ!」

 

 迫るA組の生徒たちを迎撃する指令を出しながら、彼女たちもまた戦いの渦の中へと飛び込んで行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やよいと、葉月が……?」

 

「そうだよ。アンタの事を信じて時間稼ぎをするってさ」

 

「玲ちゃんならきっと悠子ちゃんを救ってくれる……そう、仰ってました!」

 

「二人とも、私の事を信じて……!」

 

 二人からの信頼を感じた玲は涙ぐみながら感激した。その様子を見ていた謙哉はドライバーを掴むとちひろたちに話しかける。

 

「お願いがあるんだ、僕を見張っている生徒たちの気を惹いて欲しい」

 

「……何する気だい?」

 

「悠子ちゃんが暴れている場所に行って被害を食い止める。その役目を果たす人間も必要だ」

 

「……それなら間に合ってますよ、謙哉さん」

 

「えっ?」

 

 自分にかけられた声に振り返ってみればマリアがこちらへと歩いて来ていた。A組の生徒である彼女がここに居る事に驚きながらも、謙哉は先ほどの言葉の意味を問い質す。

 

「間に合ってるって、どういう……?」

 

「言葉通りの意味ですよ。それと、言伝を預かっています」

 

「言伝……?」

 

「ええ……『俺もあの子を救うために戦う』……だ、そうですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さっきはごめんな。痛かっただろ? 謝るよ」

 

 エンドウイルスに感染した悠子が変貌したエネミーは公園の時と同じように雑魚エネミーを生み出し続けていた。その集団の真ん前に立ちながら、彼は悠子に話しかける。

 

「ガキどもの未来を守る。って言っておきながら、あいつらと同じ位の歳の女の子殺してちゃあ意味ねぇわな。ああ、そうだ、意味ねぇよ」

 

 ドライバーを構え、カードを取り出す。真っ直ぐに悠子を見ながら、勇は言った。

 

「もう迷わねぇ! 俺は誰も傷つけさせねぇし、君も助け出して見せる! 全部の命を救うために戦ってやるさ!」

 

「ええ顔しとるやないか勇ちゃん! ほな、俺も手伝うとしよか!」

 

 エネミーたちと相対す勇の脇から現れた光圀は愉快そうに笑いながらドライバーを取り出す。急に現れた彼に驚きながらも、勇もまた笑顔を返した。

 

「手伝ってくれんのか?」

 

「ああ! ぼろぼろの勇ちゃんに何かあったら戦えなくなるしなぁ! ……それに、言うたやろ? 俺、子供好きなんよ」

 

 照れくさそうにそう言った光圀は勇の横に並ぶ。肩を並べるに申し分ない相手が来てくれたことに感謝しながら、勇は悠子を指さした。

 

「さぁ、ゲームスタートだ! 君のその運命、ぶち壊してやるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇が……悠子ちゃんを?」

 

「はい、自分と謙哉さんに胸を張れるように今度こそ迷わない道を進む……そう言ってました」

 

「勇……君って奴は……!」

 

 謙哉も玲同様にかけがえのない親友に感謝と感激の思いを寄せる。悠子を救うために沢山の人が動いてくれている事を実感した二人の元に、天空橋が走って来た。

 

「皆さ~ん! ワクチンカードが完成しました! これもゲームギアを演算に貸して下さった皆さんのお陰です!」

 

 天空橋は白い十字架が描かれたカードを差し出して来た。少し悩んだ後で、謙哉はそれを玲へと手渡す。

 

「……水無月さん、君の武器なら遠距離攻撃でワクチンを打ち込めるはずだ。僕よりも君が持っている方が良い」

 

「見張りの生徒は私が追い払っておきました。今ならだれにも邪魔されずに悠子ちゃんの元へと向かえますよ!」

 

「マリアさん、皆……何から何まで、ありがとう!」

 

 皆にお礼を告げた後に謙哉は自分のバイク「コバルトホース」を呼び出す。玲を後ろに乗せて走り出し、全速力で悠子の元へと向かう。

 

「……ねぇ、聞いてくれる?」

 

「ん?」

 

 後ろに座る玲が不安げな声で話しかけて来た事に気が付いた謙哉は彼女の言葉に耳を貸す。普段とは違う弱々しいその言葉には、不安が滲み出ていた。

 

「……怖いの、皆がここまでやってくれて、私にバトンを渡してくれた。でも、その最後の役目を失敗してしまいそうで、心が押しつぶされそうになるのよ」 

 

 それは紛れも無い玲の本心だった。誰かを信じる事を知った彼女は、同時にその信頼に応えられなかった時の恐怖も知ってしまった。その不安に押しつぶされそうになる玲に対して、謙哉が優しく語り掛ける。

 

「……大丈夫だよ。水無月さんは一人じゃない。勇や新田さん、片桐さんを始めとして虹彩と薔薇園の皆が付いてる」

 

「でも……」

 

「それに、僕もいる……こんな僕じゃ頼りないかもしれないけど、君は一人じゃないって何度だって言えるよ。一人じゃ出来ない事も皆でなら出来る! 力を合わせて、悠子ちゃんを助けよう!」

 

 ヘルメットの下で人懐っこい笑顔を浮かべながら謙哉は言った。その言葉を受けた玲の心からは、不思議と不安な思いが消え去って行った。

 

(あぁ、そっか……私、一人じゃないんだ……ずっと、この言葉を待ってたんだ……!)

 

 見てくれる人が居る。信じてくれる人が居る。傍に居てくれる人が居る。

 それだけで力が湧いて来る。一人じゃない、誰かと一緒ならきっとこのピンチも乗り越えられる。

 

 そう、それが彼と一緒なら、どんなことだって…………!

 

「……改めてお願いするわ。私は悠子ちゃんを助けたい。その為にあなたの力を貸して、謙哉!」

 

「もちろんだよ! 僕たち、チームでしょ?」

 

 ようやく心を通じ合わせた二人は思いを一つに駆けて行く。孤独に震える少女に君は一人では無いと伝える為に、その心を救う為に、二人は進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっしゃ! これでどうだっ!」

 

 サムライフォームのディスティニーが手にした刀を投げる。ブーメラン状のそれは、数体のエネミーを斬り倒して再び勇の手に戻って来た。

 

「おらおら! いくらでもかかってこんかい!」

 

 妖刀・血濡れを手にした光圀が威嚇しながらエネミーを切り刻む。たった二人で戦う勇と光圀だったが、数の不利を感じさせない戦いぶりでエネミーを押し留めていた。

 

「もう少し、もう少しだ! あと少しで謙哉たちが来るはず……!」

 

 先ほどのマリアからの連絡によれば完成したワクチンカードを手にした謙哉と玲がこちらに向かっているはずだ。それまで何とか時間稼ぎを続けて行けば、悠子を救う事が出来るはず。そう考えた勇はディスティニーエッジを握って目の前の敵を斬り倒す。あと少しで信頼する友が駆けつけてくれると信じて……

 

「ウ……アァァァァァッ!」

 

「なっ!?」

 

 しかし、悠子が変身したカラス型エネミーは状況が不利だと悟ったのか、背中に生えた羽を広げるとこの場から飛び立ってしまった。逃がしてなるものかと勇もディスティニーエッジをブーメランモードにして投げつけるも、カラス型エネミーは器用にそれを躱すと飛び去ってしまった。

 

「くそっ! あと少しだってのに!」

 

 手出しできないほどの距離まで逃げ去ってしまったカラス型エネミーに対して悔しそうな顔を向ける勇、どうにかして追いかけなければと思っていた彼の耳に親友の声が聞こえて来た。

 

『大丈夫! あとは任せて!』

 

 同時に頭上を飛んで行く鉄騎の影、ドラゴナイトイージスに変身した謙哉がドラゴンのカードをバイクに使用して変形させた飛行可能の愛機『コバルトドラゴン』に跨ってエネミーを追いかけているのだ。

 猛スピードで飛んで行く謙哉と玲を見た勇は歯噛みをした。最後まで一緒に戦いたかったが、ここに光圀一人だけを残して後を追うことは出来ない。すべてを二人に任せてこの場で戦い続けようとした勇だったが、そんな彼の前に大柄な男が現れた。

 

<ロード! 天・下・無・双!>

 

「行け、龍堂勇! ここは我が引き受けた」

 

「大文字っ!?」

 

 変身した大文字が大太刀を振るいエネミーを打ち倒して行く。その姿を驚きと共に見ていた勇だったが、その背を光圀に押されて振り返った。

 

「行けや勇ちゃん! ここは俺達だけで十分や!」

 

「……すまねぇ!」

 

 一言そう残すと勇はマシンディスティニーに跨って謙哉たちの後を追う。その後ろ姿を見送りながらも光圀は戦いを続ける。

 

「そこはありがとうでええんやで、勇ちゃん」

 

 良き友を持つ勇を羨ましく思いながら、光圀は心躍る戦いの中へと飛び込んで行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水無月さん! 悠子ちゃんはすぐそこだ!」

 

「ええ! 皆が作ってくれたこのチャンス、絶対に決めて見せるわ!」

 

<キュアー!>

 

 ワクチンカードをメガホンマグナムに使用した玲はカラス型エネミーへと狙いを定める。縦横無尽に空中を動き回るエネミーに苦労しながらも、必死にその動きを追う。

 

(助けて見せる……皆の為に、私の為に、そして……悠子ちゃんの為に!)

 

 全神経を持って照準を合わせる玲、飛行するバイクの疾走音も自分を叩く風の衝撃も忘れてただ狙いを定めていく。

 すべては悠子を救う為……協力してくれたみんなの思いに応え、彼女の笑顔を再び見る為に!

 

「……今っ!」

 

 銃口が真っ直ぐに狙いを定めたその瞬間、玲は引き金を引いた。繰り出された白い弾丸はカラス型エネミーの背中に見事命中し、その動きを止める事に成功する。

 

「水無月さん、見てっ!」

 

 何かに気が付いた謙哉が指差した先には、エネミーの体から分離しようとしている悠子の姿があった。空中から真っ逆さまに投げ出された彼女を追って謙哉もバイクを操作する。

 

「悠子ちゃんっ!」

 

 悠子に手を伸ばした玲がそのままコバルトドラゴンから飛び出し、空中で彼女を抱きしめた。そのまま地上に落下した玲は変身を解除し、胸の中に抱く悠子に声をかける。

 

「悠子ちゃん! しっかりして!」

 

「ん……おねえ、ちゃん……?」

 

「私が分かるのね!? 大丈夫? 痛い所は無い?」

 

「平気だよ……ありがとう、お姉ちゃん……」

 

 弱々しくも笑顔を見せる悠子を玲が涙ながらに抱きしめる。確かに救えた命を胸の中に感じながら涙を流していた玲だったが、彼女たちの前に分離したエネミーが雄叫びを上げながら姿を現した。

 

「オォォォォォォッ!」

 

「くっ……! 悠子ちゃん、下がって!」

 

 かつての自分の分身である悠子に狙いを定めたエネミーは唸り声を上げながら二人に迫る。そんなエネミーから悠子を庇う様に立った玲の両脇を二つの風が吹き抜けた。

 

「折角の良い雰囲気を……」

 

「ぶち壊してんじゃねぇっ!」

 

「グオォォォォッ!?」

 

 エネミー目がけて突っ込む黒と蒼の鉄騎、その強烈な突進を喰らったカラス型エネミーは悲鳴を上げながら吹き飛んでいく。その場に残されたのはバイクに乗って駆けつけた二人の男だけだった。

 

「………」

 

「………」

 

 暫し、二人はお互いの顔を見つめ合う。仮面に隠された状態なので表情は分からないままだったが、二人は同時に口を開くと言った。

 

「「……ごめん」」

 

 同じタイミングで相手に謝り、同じタイミングで頭を下げる。その状態のまま固まっていた二人だったが、またしても同じタイミングで肩を震わせると顔を上げて笑い始めた。

 

「なんだよ、せっかく謝ったってのにそっちがそんなんじゃ調子狂うじゃねぇか!」

 

「勇こそ普段は強情な癖にさ、僕が謝らないと始まらないと思ったからそうしたのに、これじゃあもう少し待った方が良かったかな?」

 

「んだとぉ? 調子に乗りやがって!」

 

 そう言いあいながら笑う二人はいつもの二人だ。信頼し合い、協力して困難を打ち破るパートナー同士だ。

 ひとしきり笑った後で立ち上がって来たエネミーを見た二人はいつもの口調で相棒に声をかける。息をあわせて戦う友として、剣を構えた二人は駆け出す。

 

「んじゃ、いっちょコンビ復活祝いにあいつをぶっ飛ばしておくか!」

 

「賛成&異議なし!」

 

 走る二人の持つ剣に光が宿る。真っ直ぐにエネミーに突っ込んだ二人は、紅と蒼に光る剣から鋭い斬撃を繰り出した。

 

<合体必殺技発動! ダブルヒーロースラッシュ!>  

 

「うおぉぉっ!」

 

「はぁぁぁっ!」

 

 縦に走る紅の斬撃、横に走る蒼の光。十字に切り裂かれたエネミーはじたばたと腕を動かした後でそのまま後ろに倒れて爆散した。

 

<ゲームクリア!>

 

「よっしゃ! 完全勝利!」

 

「皆で掴んだ勝利だよ!」

 

 エネミーを撃破し、悠子も救い出した事を喜ぶ二人は互いに右手を出して相手の手に打ち合わせる。相棒と勝利の喜びを分かち合う二人の周りには、葉月や光圀を始めとしたこの作戦に協力してくれた各学園の生徒たちが集まってはしゃいでいた。

 

「玲ちゃん、やったね!」

 

「……ありがとう。二人の協力が無かったら悠子ちゃんは助けられなかったわ」

 

「お礼は言いっこ無しだよ! 誰か一人でも欠けてたらつかめなかった結果だもん! 皆のお陰だよね!」

 

 玲もまたやよいと葉月の二人と抱き合って喜びの表情を見せている。友達として協力し合った三人は一堂に笑顔を見せてこの結果に満足していた。

 

「……協力、か」

 

 虹彩、薔薇園、戦国……三校の生徒たちが共に笑いあう光景を目にした大文字は口元に笑みを浮かべたままその場から立ち去った。普段は戦う各学校の生徒たちが一丸となって動いたこの日の事を深く心に刻みながら彼を思う。

 

(王の器は我も含めて三人……正しき道を選べることを祈るとするか……)

 

 協力し合う、と言う自分の覇道とはまた違う道を指し示した勇たちに敬服しながら、彼は一人この場から立ち去ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……光牙、気にすることはねぇよ。お前が間違ってた訳じゃねぇんだ」

 

 騒ぐ集団の中に入れないままでいるA組の生徒たち、その中でも心配そうな顔をした櫂が光牙を案じて声をかける。

 だが、意外にも光牙はさっぱりとした顔をしており、櫂を驚かせた。

 

「ああ、俺は間違ってなかった。でも、今回は俺たちの負けだ。龍堂くんたちは協力して俺たちが不可能だと決めつけた事をやってのけたんだ、素直に彼らを称えよう」

 

「光牙……」

 

「……俺は後始末を引き受けるよ。彼らには栄誉を楽しむ権利があるからね」

 

 そう言ってA組の生徒たちから離れ、勇たちの輪にも加わらないままに光牙はこの場を去って行く。そんな彼を皆は心配はしていたが、すっきりとした態度を見る限りあまり気にしてはいないのだろうと考えていた。

 

 しかし……

 

(……俺が間違っていなかった? ……当然だ、俺こそが正しかったんだ!)

 

 光牙は内心では怒りに燃えていた。甘い幻想を追いかけたが故に多くの人を危険に晒した仲間たちに対して深い失望に似た感情を抱いていた。

 

(今回はたまたま上手く行った。だが、次もこうなるとは限らない。誰かが固い決意をもって、非常な判断を下す必要だってあるんだ!)

 

 それはきっと自分の役目だ。仲間たちが現実を知って打ちのめされる中、自分だけが世界の為に必要な行動を起こさなければならないのだ。

 

「そうさ、俺は正しい……正しいんだ……!」

 

 誰にも聞こえないその呟きを耳に光牙は歩む。その先に何が待っているのかも知らないままに……

 

 

 

―――彼女に悲劇が舞い降りるまで、あと??日……

 

 

 

 

 

 

 

 

『悠子ちゃんのご両親、離婚を考え直したみたい。自分たちの事ばっかりで悠子ちゃんを見てなかったって反省したみたいよ』

 

『そっか! それは良かった! 悠子ちゃんも喜んでるだろうね』

 

 夜、謙哉は玲とのLINEで悠子の近況を教えて貰い、彼女の身の回りの問題が解決したことに安堵していた。

 もうこれで大丈夫だろう。色々あったが、結果としては良かったと言える今日一日の出来事に思いを馳せていると、携帯から着信メロディが流れて来た。

 

(……電話? 水無月さんから?)

 

 珍しく、というよりも初めての玲からの着信。LINEをしていると言うのに通話をするとはどういう事だろうか?

 疑問に思いながらもその電話に出る謙哉、携帯を耳に当てるとどこか緊張した玲の息遣いが聞こえて来た。

 

「どうしたの? 電話だなんて初めてじゃない?」

 

『……まだちゃんと言ってなかったから』

 

「へ? 言ってないって、何を?」

 

 玲の言葉に首を傾げる謙哉。そんな彼の様子を知る由もない玲だったが、今まで彼が聞いたことの無い温かい声色で一言だけ呟くと電話を切った。

 

『……助けてくれてありがとう。これからもよろしくね、謙哉』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、あの馬鹿! あほ! にぶちん!」

 

 電話を切った後でベットに倒れ込んだ玲は目元を腕で隠しながら悪態をつく。しかし、どこか嬉しそうなその声は彼女の心の中を現していた。

 

「ったく、どうしてくれんのよ。気が付いちゃったじゃないの……」

 

 言い方は悪く、それでもどこか愉快そうに笑いながら玲は言う。ほんのり赤く染まった頬を空いている手で擦りながら心の中を整理する。

 

 もうとっくに分かっていた。ただそれを自分が認めなかっただけなのだろう。だからむしゃくしゃして、苛立っていた。

 認めてしまえば簡単だ。ちょっと戸惑いはあるが……意外と心地よくもある。

 

「……これが、『恋』かぁ」 

 

 温かくて、優しくて、ちょっぴりドジな彼を想うと胸が温かくなる。こんな感情を植え付けられたと言う事が少し腹立たしいが、まぁ許してあげよう。

 

 玲は親指と人差し指で銃の形を作ると天井に向けて傾かせる。そして、ベットの上にぽふりと音を立てながらその腕を下ろすとこの場には居ない彼への宣戦布告をした。

 

「見てなさいよ……今度は私が撃ち抜いてやるんだから……!」

 

 満足げに笑った後で電気を消す。ベットに潜り込みながら、とりあえず笑顔の練習から始めようと思い、玲は眠りについたのであった。

 

 

 

 

 水無月玲、16歳。恋する乙女、始めました

 

 


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