勇たちが薔薇園学園主催のチャリティコンサートの準備の手伝いを始めてから一週間の時間が経った。準備も大詰めを迎え、ついに明日にはコンサートが開催される事となったが、勇たちの仕事に終わりはない。ちゃんと当日の手筈を整える為に確認の最中であった。
「……このタイミングでコンサート開始のアナウンスを入れて貰える?」
「分かりました。じゃあ、次は避難経路の確認をしましょう!」
「出店の準備ってどうなってんだ?」
「料金設定は? どこで何を売るかは決まってるの?」
てんやわんやの騒ぎを繰り広げる虹彩学園の生徒たちに対して薔薇園学園の生徒たちはライブステージのリハーサルを行っていた。明日のメインイベントを務めるだけあって皆の表情は真剣である。そんな中、ディーヴァの三人は流石手慣れた様子でOKを出してステージから離れて休息を取り始めた。
「ぷは~っ! チャリティイベントとは言え大掛かりだからプレッシャーも多いねぇ~! でもま、それも楽しいんだけどね!」
「薔薇園の皆と立つ初めてのステージだもんね! 一緒に頑張ろうよ!」
やよいと葉月は感想を言いあいながら明日のステージに対して意欲を見せる。そんな中、玲は一人差し出された飲み物を口にしながら公園内の様子を伺っていた。
公園はイベントの開催が明日に迫っていると言う事もあって今日は関係者以外立ち入り禁止になっている。玲が探している人物がいないと言う事は分かっていたが、初めて会ったあの日から彼女が気になっていたのは確かだ。
親の離婚問題に巻き込まれた少女、悠子……彼女がここに来ないと言う事は、親が喧嘩を止めて仲良くしたという事だろうか? それとも、さらに仲が悪くなって悠子は家から出る気力さえも無いほど追い詰められているのかもしれない。
家の住所も電話番号も分からない。分かるのは彼女の名前だけ……自分には何も出来ない。それが分かってはいるものの、玲は彼女の事が気になっていた。
「……玲、どうかしたの? 休憩終わるよ」
「あ……ごめんなさい、ちょっと考え事してたわ」
「ふ~ん……珍しいね、玲が考え事なんて」
いつの間にか休憩時間は終わっていたらしい、玲は残っていた飲み物を飲み干すと葉月たちの後ろに付いてステージに向かう。先ほどまで考えていたことを頭から振り払いリハーサルに集中する玲、そんな彼女の姿を謙哉が心配そうに見つめていた。
「う……うぅ……」
夜の暗い道を少女が歩く、時折苦しそうに呻きながら壁を伝って歩いていた少女は、ついに力尽きると地面へと倒れ込んだ。
もう3日は家に帰っていない。食事もしていない。体が熱く、病気になってしまった様に思える。
だが、何よりも彼女が不安だったのはその3日間の所々の記憶が無い事であった。時折意識が遠くなり、次に気が付いたときには見た事の無い場所に居るのだ。
「おとぉさん……おかぁさん……」
両親を呼ぶ幼い少女の体に黒くなっていく。体全体を包み込む様に広がるそれに飲み込まれる前に少女は絞り出す様にして呟く
「だれか……たすけて……っ」
だが、その声を聞く者は誰もいなかった。
『……薔薇園学園主催チャリティーコンサート、生徒たちによるライブステージはもう間もなく開始されます。国民的アイドル「ディーヴァ」をはじめとする数々のユニットのパフォーマンスをどうか存分にお楽しみください』
会場に真美の良く通る声が響く。数時間前に始まったチャリティーコンサートは大盛況であり、公園内は出店の屋台が並び、華麗なアイドルたちのライブを見ようと駆けつけた人々で一杯だった。
「見てください勇さん、熊さんもいますよ!」
「本当だな。誰が手配したんだ?」
子供たちと戯れる着ぐるみの熊を見ながら勇とマリアは笑う。会場内の見回りをしていた二人だったが、大した問題は見受けられない為こうして中の様子を見ながら公園内をまわっていた。
「無事に今日を迎えられて良かったですね! あとは薔薇園の皆さんに期待しましょう!」
「ああ、後は余計な問題が起きなければ良いんだけどな……」
若干の不穏な予感を感じながら公園を歩く勇、特に何が起きるかは分かってはいないがこういう時の自分の勘は当たるのだ。
だから勇は用心していた。そんな彼に対して近づく影が多数…………
「勇兄ちゃん! デート!?」
「うおっ!? おまえたちっ!?」
勇の背中に飛び掛かる様にしてやってきたのは希望の里の子供たちであった。その重みに耐えきれずに地面に倒れた勇の横で、何人かのおませな女の子たちがマリアに向かって頭を下げながら挨拶をしている。
「勇兄ちゃん、乱暴でちょっとスケベだけど良い人なんです! だから、末永く付き合ってあげてください!」
「え? あ、は、はい!」
何事か良く分からないが丁寧にあいさつされたことに対して自分も頭を下げるマリア、ややあって、自分が勇の彼女と勘違いされている事に気が付いて顔を赤くする。
「だー! お前ら、何勝手な事してんだ!? マリアと俺はただの友達だっての!」
「えー!? ほんとー!?」
「嘘ついて何になるってんだよ!? ったく、マリアも悪かったな、こいつらすぐ調子乗るんだからよ……」
「い、いえ……別に、嫌ではありませんでしたし……」
マリアの呟きの後半は子供たちの相手をする勇の耳には届かなかった様だ。それでも良いお兄さんとして子供たちに接する勇の姿をマリアは頼もしそうに見つめる。
ぎゃいぎゃい騒ぐ勇と子供たち、そんな彼らにまたしても近づく影が多数…………
「楽しそうやな勇ちゃん! 俺も混ぜてくれや!」
「なっ!? おまえは!」
「久しぶりやな勇ちゃん! マリアちゃんもお久しぶりや!」
サングラスと革ジャンを身に着けた黒髪の男、聞き覚えのある妙な関西弁とハイテンションなその態度は勇の頭の中から消える事の無いものだ。
戦国学園の生徒たちを引き連れたその男、真殿光圀はにかにかと笑いながら勇たちの方へ歩いて来る。
「真殿……何の用だ?」
「そんな固くなんなや、こないだは仁科のアホンダラが世話になったなぁ」
「……まさか、お礼参りに来たのか?」
「ちゃうちゃう、仁科がやられたんはあいつが弱いからや! 勝った方に逆恨みとか、俺はせぇへん」
「じゃあ、何でここに来たんだ?」
「へへへ……それはやなぁ……」
その言葉を合図に光圀とその取り巻きが鞄の中に手を突っ込む。何か武器を取り出そうとしているのかと思った勇はとっさに身構え、彼らの動きを注意深く見張っていたが……
「応援にきたんや~~っ!」
「……はぁ?」
光圀が取り出したのは団扇とはっぴであった。アイドルを応援する為の道具を持ってきたその用意周到さに勇とマリアの目が点になる。
「ディーヴァをはじめとした薔薇園の女の子たちが歌って踊るんやろ? んなもん応援するに決まっとるわ!」
「え、は? お、応援?」
「そや! 見ろやこの一糸乱れぬ応援芸! めっちゃ練習したんやで!」
光圀の後ろでは取り巻きの生徒たちがそれは見事なヲタ芸を披露していた。強面の男たちが行うヲタ芸にポカンとした表情を向けていた勇だったが、顔を振って気をしっかりさせると光圀に確認する。
「じゃあ、今日は争うつもりは無いって事か?」
「当然や! 何の関係もあらへん人様に迷惑かける様な真似はせぇへんて! それに俺、子供めっちゃ好きやねん! 子供たちを傷つける事は絶対にせぇへんよ!」
「……なんつーか、お前だけは読めねぇわ」
屈託のない笑顔を見せて笑う光圀に対して呆れ半分でそう言いながら、勇もまた笑みを浮かべる。そして、光圀に向かって手を伸ばすと彼を歓迎した。
「ま、そう言う事なら楽しんで行けよ! 今日は学校の関係性も関係なしだ」
「おう! そうさせてもらうわ! ……ところで勇ちゃん、うちの大将見てへんか?」
「大将って、大文字のことか?」
「そや、俺らより先に会場に来てるっちゅう話やったんやけどなぁ……?」
そう言いながら周りを見渡す光圀だったが、大文字の姿は見受けられない。見上げるような大男である彼ならば、すぐに見つかるはずなのだが……
「……ま、ええか! どうせその内見つかるやろ! お前ら、会場の皆さんに迷惑にならんように場所取りすんでぇ!」
「はいっ!」
気楽に考えて大文字の捜索を止めた光圀は取り巻きの生徒たちに命じてずがずがと進んで行った。と言っても非常にきちっと一列になって邪魔にならない様に歩いて行く彼らの後ろ姿を見ながら勇はある意味での感心を覚えていた。
「……いつもああいう風にしていただければ良いんですけれどもねぇ」
「全くだな」
マナーのしっかりした彼らに対しての感想をこぼしたマリアの一言に同意した後で、勇は見回りの仕事に戻って行ったのであった。
『……まもなく、ステージにて薔薇園学園の生徒たちによるライブパフォーマンスが行われます。ご覧の方は他の方の迷惑にならない様にしながらお楽しみください』
「……来てない、か」
特設ステージに集まった人々の顔を見ながら玲は呟く。何故だか分からないが戦国学園の生徒と思われる男たちが列の整理と警備をしているのが気になったが、玲はそれをひとまず置いておいて悠子の顔を探していた。
もしも今日、彼女がここに両親と共に来てくれていたら自分の抱えている不安は無くなる。不幸な少女は居なくなったのだと安堵できると思いながら彼女の姿を探していたが、残念ながら悠子の姿は見えなかった。
ここから見えない場所に居るのか、あるいはここに来ることが出来なかったのか……
後者である場合、それは彼女の家族の離散を示しているのだろう。親と離れ離れになり、心を深く傷つけてしまった悠子の事を想像した玲は胸を痛めた。
(……いけないわ、これからステージが始まるんだから集中しないと……)
ゆっくりと首を振りながら一人の少女の事を考えて騒めいていた心を静める。自分はプロ、沢山の観客の前で常に100%のパフォーマンスをすることが仕事なのだ。
沢山の観客を前にして腑抜けた姿を晒すわけにはいかない。そんなことは玲のプライドが許さなかった。
「あ、居た居た。水無月さん、ちょっと良い?」
そんな時だった。薔薇園学園の女子生徒の一人が自分を見つけると駆け寄って来たのだ。一体何事かと思いながら玲は彼女に視線を向ける。
「えっとねぇ、良く水無月さんと一緒に居る彼、居るでしょ? ほら、虹彩の蒼いライダーの彼。伝言を預かって来たのよ」
「……伝言?」
どうやらこの娘は謙哉からのメッセージを預かって来た様だ。この間の一件から少しギクシャクしてしまっている彼の事を思い浮かべた後で玲は尋ねる。
「で、あいつはなんだって?」
「えっと……『必ず見つけて来るから、水無月さんはカッコいい姿を見せられる様にライブ頑張って!』……だってさ、見つけるって誰を見つけて来るの?」
「……さぁね、あいつの考える事が私にわかる訳無いじゃない」
「そう……まぁ、これで伝えたって事で、それじゃ……」
謙哉からの言伝を伝えた女子生徒はそそくさとその場から立ち去って行った。彼女の姿が見えなくなった後で、玲は自分の左胸にそっと手を置く。
(……また、見透かされたな)
謙哉は分かっていた。自分が悠子を探している事も、彼女の事を気にかけている事もだ。だから玲の為にもこの会場に来ているかもしれない悠子の姿を探しているのだろう。
それはただ悠子が幸せになっていると信じたい謙哉の独りよがりなのかもしれない。だが、それでも玲は嬉しかった。
(……何、これ?)
玲の胸がふわふわとして温かくなる。久しく感じていなかった故にどう言った感情であったか分からない思いが心の中で生まれる。
気にかけて貰えていると言う事、自分の為に行動してくれる誰かが居ると言う事、自分を思ってくれる人が居る事。その全てを理解した玲は、紛れもなく『嬉しい』と思ったのだ。
(私、どうしちゃったの? 何で、何でこんな……?)
理解不能の感情に包まれる自分自身が理解できない玲は珍しく動揺していた。早くなる心臓の鼓動を感じながらも必死に冷静になろうと努める。
生まれて初めての感情に翻弄されながら、定まらない思考でこの感情の答えを玲が探していた時だった。
「玲ちゃんっ! 大変だよっ!」
焦った顔のやよいがやって来た。その表情からただならぬことが起きている事を悟った玲は、一体何が起きているのかを彼女に問い始めた。
「なんだ!? 何があった!?」
「何かすごい音がしましたよね!?」
玲たちが異変に気が付く少し前、見回りをしていた勇とマリアは公園内で何か大きな音がしたことに気が付いてその正体を探っていた。周りを見渡し、何か異変が起きている場所が無いか探る二人、すると……
「グギギギギ……!」
「なっ!?」
会場の傍ら、入り口の方向から何体ものエネミーがやって来ているではないか。その光景に言葉を失ってしまった二人だが、エネミーたちがやって来た観客たちを襲っている姿を見てはっとすると行動を開始する。
「マリア、急いで避難警告を出してくれ! エネミーは俺が食い止める!」
「分かりました!」
急ぎこの非常事態を伝える為駆け出すマリア、勇はギアドライバーを取り出すとエネミー目がけて走り出す。
「変身っ!」
<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>
ディスティニーへと変身した勇は剣を片手にエネミーたちに飛び掛かる。目の前の一体を切り倒し、次にやって来た二体目を打ち倒す。それでも数が減らないエネミーたちに対して舌打ちをした勇は、ホルスターからカードを取り出すとディスティニーソードへとリードした。
<スラッシュ! フレイム!>
<必殺技発動! バーニングスラッシュ!>
「これでどうだぁっ!」
燃え盛る剣を振るって繰り出された斬撃は次々とエネミーを倒していく。合計6体のエネミーを倒した勇だったが、顔を上げると青い顔をして呟いた。
「……マジかよ?」
目の前に映るのは公園の一角を埋め尽くすほどのエネミーたち……これ全てを押し留めないと甚大な被害が出てしまう。意を決した勇は再びディスティニーソードを構えるとエネミーの集団へと斬りかかって行く。
「こっから先へは行かせねぇぞっ!」
自分の後ろに居るたくさんの人々と希望の里の子供たちの事を思いながら、勇は戦いへと身を投じて行った。
「櫂っ! そっちは大丈夫か!?」
「なんとかなっ! でも、なんつー大掛かりな侵攻だよこれは!」
所変わって中央広場付近、ここでは光牙と櫂がブレイバーとウォーリアに変身してエネミーの大群と戦っていた。
あまりの敵の多さに埒が明かないと判断した光牙はビクトリーブレイバーへとフォームチェンジしてこの状況を打破する方法を模索している。櫂は出来るだけ多くの敵を倒そうと必死だが、いかんせん敵の数が多すぎた。
「くそっ! どうすりゃ良いんだよ!?」
「ゲートは、ゲートは何処だ!? それさえ封じれば増援を止める事が出来るのに!」
減るどころか増えていく敵の数に対して辟易しながら二人が叫ぶ。そんな中、敵が数体まとめて吹っ飛ぶと、そこから紫色の剣客が姿を現した。
「ぐちぐち言っとらんで斬り倒せや! サボったらすぐにやられんで!」
「真殿光圀っ!? なんでここに!?」
「そんな事後でええやろ! 今はこの状況を斬り抜けんのが先や!」
仮面ライダー蛇鬼へと変身した光圀は愛刀の「妖刀・血濡れ」を振るってエネミーを斬り捨てて行く。流石は武闘派戦国学園のNo,2と言えるその強さを前にしてエネミーたちは次々と倒されていったが……
「ああ、こらアカン! 数が多すぎるわ!」
倒しても倒しても終わらない戦いに戦闘狂の光圀も難色を示した。早い所打開策を見つけないとまずい事になると分かっていた光牙たちだが、観客たちの避難も進めなければならない。襲い来るエネミーたちを倒して行く三人だったが、その目をすり抜けた一体のエネミーが逃げ遅れた子供たちに襲い掛かった。
「まずい!」
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
爪を振り上げて幼い子供を襲おうとするエネミー、光牙が走るも間に合いそうにない。もはやこれまでと恐怖に怯える子供は蹲り、震えている事しか出来なかった。
だが、そんな彼女に駆け寄る影が一つ。その影はエネミーを蹴り飛ばすと蹲る少女を助けおこして手で優しく逃げる様に促す。目を丸くしてその救世主の姿を見ていた少女だったが、思い出したかのようにお礼の言葉を口にした。
「あ、ありがとう。熊さん!」
その言葉に対して手で返事をした着ぐるみの熊は仁王立ちでエネミーたちの前に立ちはだかる。とてつもない威圧感でエネミーたちを威嚇し、近づく敵を見事な動きで打ち倒すその着ぐるみの熊に対して、光圀はまさかと言う表情で声をかけた。
「そ、その動き……まさか、大将なんか?」
「……否、我は今、子供たちに夢を与えるゆるキャラの『いくさっくま』だ。断じて大文字武臣などという男ではない」
「大将やん! なんでそないな恰好してんねん!?」
「……我は普段通りの姿で行くと周りを威圧する故この着ぐるみで姿を隠していたのだが、緊急事態と判断して戦闘に参加させてもらった」
「いや、それ脱いで変身せんかい!」
「……この着ぐるみ、一人では脱げんのだ」
何ともばつが悪そうな声で呟いた大文字に対して三人は残念な表情を向ける。だが、着ぐるみのままでも十分なほど強い大文字は次々とエネミーを吹き飛ばしていった。
「ああもう! 手伝ったるからはよそれ脱がんかい!」
「……すまぬ」
「あ! 光牙さん! 櫂さん!」
何やらコントの様なことをしている戦国学園の二人に対して呆れた視線を送っていた光牙と櫂だったが、今度は二人に向かってマリアが駆け寄って来た。
「マリア! 避難状況は!?」
「殆どが完了しました! あとはこの場所だけです!」
「良し、俺たちがなんとか踏ん張れば……!」
「お二人とも、入り口が一番敵の数が多くなっています。勇さんやディーヴァの皆さんもそこで戦っているので、出来れば加勢してあげてください!」
「……分かった! ここは戦国学園の二人に任せて、俺たちは入り口に向かおう!」
「はぁっ!? ちょ、ちょいまち! この状況の大将を置いて、俺にこの場を任せる言うんか!?」
光圀のその言葉は完全に無視されてしまい、光牙と櫂は公園の入り口へと駆け出して行った。残されたマリアが申し訳なさそうにお辞儀をしたのを見た光圀はため息交じりに呟く。
「……なんや、虹彩の奴らも結構滅茶苦茶やないけ。まぁ、ええんやけどなぁ!」
見渡す限りの敵、その全てを斬り倒せるなんて光圀にとっては心躍るもの以外の何物でもない。妖刀・血濡れを構えるとやって来たエネミーを高速の居合で切り捨てる。
「さぁ、行くでぇ……がっかりさせんなやぁっ!」
そう言いながら獰猛な笑みと共に駆け出した光圀を、どうにかして着ぐるみを脱げないかと頑張る大文字だけが見ていたのであった。
「これで、どうだっ!」
葉月が手にしたロックビートソードでエネミーを切り裂く、大きく振りかぶってから繰り出されたその一撃はエネミーを打ち倒すも、その後ろからまた別のエネミーが姿を現した。
「あ~もう! 終わんないよ~!」
「文句言って無いで戦いなさい!」
玲とやよいが後ろから援護射撃を飛ばす。その合間を縫って剣を振るう勇もまたエネミーを次々倒して行くも、その数が減る様子は一向に無かった。
「くそっ! ゲートは何処にあるんだよ!?」
「天空橋さんからの情報はまだないんですか!?」
「残念ながらな!」
やよいに大声で叫び返しながら戦う勇。戦い始めてから随分と時間が経っている。もう天空橋がゲートを見つけていてもおかしくないのだが、一向に連絡は無い。
そんな中、何かを見つけた葉月がエネミーの集団の一点を指さすと勇たちに叫んだ。
「ねぇ、あのエネミーを見て!」
「ああ? なんだぁ!?」
葉月が指さしたのは大量に出現している雑魚エネミーとは違う個体のエネミー……おそらく、今回のボスだと思われるそのエネミーは苦しそうにもがきながら天を仰ぐ、すると……
「アァァァァァァッ!!!」
「なっ!?」
叫ぶエネミーの周囲が波打ち、歪んだ次元から数体の雑魚エネミーが出現して来た。ゲートも無しにエネミーを召喚すると言うその行為に驚きの声を上げた勇だが、すぐに気を取り直すとそのエネミーに向き直る。
「あいつがゲート代わりって事か! なら、あいつさえ倒しちまえば……!」
「もう増援は来ないって事だよね!」
「二人とも、道を開けて! 私が一発で仕留めてやるわ!」
メガホンマグナムにカードを読み込ませた玲が勇と葉月に指示を飛ばす。その言葉に応えた二人は玲の射線上に居る敵を蹴散らした後でさっとその場から離れた。
「……そこっ!」
<必殺技発動! サウンドウェーブシュート!>
狙い澄まされた玲の一撃がエネミー目がけて飛んで行く。撃ち出された音波の弾丸は真っ直ぐエネミーへと向かい、その体にぶち当たった。
「アアァァァァァッ!!!」
悲鳴の様な叫びを上げてエネミーが吹き飛ぶ。地面に倒れて動かなくなったエネミーの周りでは、生み出された雑魚エネミーたちがもがきながら消滅していった。
「やった! 流石は玲!」
「これで一件落着だな」
「おーい! 龍堂くん!」
すべての元凶を打倒し、一息ついていた勇たちに駆け寄る光牙と櫂。そんな二人に向かって勇は笑顔で手を振る。
「遅かったな。丁度今終わったとこだよ」
「あれだけ居たエネミーがいきなり消滅するなんて、一体何があったんだい?」
「ああ、実は今回出現したエネミーは全部あいつから……っっ!?」
光牙に詳しい説明をしようとした勇は先ほど玲に打ち倒されたエネミーへと視線を向ける。しかし、そこで信じられない物を見た。
必殺技を受けて大ダメージを喰らったはずのエネミーが立ち上がり、こちらへと手を伸ばしているのだ。まだ戦うつもりなのかと勇たちはそれぞれ武器を構えてエネミーを迎え撃つ姿勢を取る。
「なかなかしぶといじゃん! でも、ダメージは受けてるみたいだね!」
「またエネミーを召喚されたら厄介だよ! その前に倒さないと!」
やよいと葉月が息も絶え絶えのエネミーを見ながらそう口にする。その意見に賛成した勇たちは相手が何か行動する前に倒してしまおうと攻撃を開始した。
だが……
「イ……イタイヨ……ォ……」
「……え?」
その場に居た全員の動きが止まる。聞こえた声は目の前のエネミーが発していた様に思える。何かの聞き間違いかと困惑する一同の前で、もう一度エネミーは声を発した。
「イタイヨォ……イジメ、ナイデヨォ……」
「エネミーが、喋った……?」
信じられない。と言った様子で光牙が呟く。その思いは皆一緒だった。だが、その中で一人だけ玲が首を振り続けながら目の前で起きている出来事を否定しようとしていた。
「うそ……うそよ、そんなこと、あるわけない……」
「玲、ちゃん……?」
玲には聞き覚えがあった。エネミーが発したその声は、つい数日前に聞いた少女の声だった。
恐ろしい怪物の姿をしているが、その声は間違いなく彼女の物だ。だが、そんなことある訳が無い。あってたまるものか
「あ……あ……!」
だが、玲のその思いを嘲笑うかの様にして現実がその牙を剥く。苦しむエネミーの体がまるで泡の様に弾け、徐々に小さくなっていく。そして、その中から姿を現したのは……
「悠子……ちゃん……?」
「いたいよぉ……くるしいよぉ……何で、私をいじめるの……?」
その光景に誰もが言葉を失った。エネミーが人へと変貌したのだ、驚かないはずが無い。
今まで見た事も聞いた事も無いこの現象に勇や光牙さえもが立ち尽くし、一体どういう事なのか理解できずにいた。
「なんでだよ……? どうしてこんな女の子がエネミーになるんだよ!?」
「落ち着くんだ! もしかしたらエネミーの擬態能力かもしれない!」
「いいえ……この子は悠子ちゃんよ。間違いないわ……」
敵の特殊能力かもしれないと言う光牙の意見を玲が否定する。根拠は何も無いが、玲には目の前に居る少女が本物の悠子である事が分かっていた。だからこそ、何故こんな事になっているのかが分からなかったのだ。
「どうするんだよ!? こいつはエネミーなのか? それとも人間なのか!? どっちなんだよ!?」
「……人間よ、人間に決まってるじゃない!」
「じゃあさっきまでの事はどう説明する気だよ!? こいつがエネミーを呼び出してたのは紛れも無い事実だろ!?」
「っっ……そ、それは……」
櫂の叫びを前に玲が言葉を失う。悠子の処遇を巡って勇たちが困惑する中、動きを見せたのは他ならぬ悠子自身であった。
「……また、いじめるの? 私の事、傷つけるの?」
「ち、違うわ! そんなことしないから落ち着いて!」
「いや……痛いのは嫌……! もう、嫌なのぉぉっ!」
玲の叫びも虚しく悠子の体が再び蠢きだすと、次の瞬間には異形の化け物へと変貌してしまっていた。先ほどとは違うその姿、色は黒、羽と爪が生えたその体はまるでカラスの様だ。
「悠子ちゃん!」
「イヤアァァァァァッ!」
悠子であったそのエネミーが絶叫する。それと同時に再び彼女の周りから出現するエネミー、勇は咄嗟に『運命の銃士 ディス』のカードを使ってガンナーディスティニーにフォームチェンジする。
<ディスティニー! シューティング ザ ディスティニー!>
「ちっくしょう!」
ディスティニーブラスターの引き金を引いてエネミーを撃つ。悠子自身には当てない様に彼女が生み出したエネミーだけを狙い撃つも、敵は次々出現していく。
そんな中、光牙が駆け出すと悠子が変貌したエネミー目がけて剣を振り下ろした。
「キャァァァァァ!!!」
「止めてっ! 何をしてるのよ!?」
「やむを得ない! このままでは甚大な被害が出ることに間違いは無いんだ!」
「白峰、アンタまさか悠子ちゃんを殺すつもり!? 駄目よそんな事!」
「このまま彼女を放っておくことなど出来ない! 可哀想だが……ここで始末する!」
そう言い切った光牙は再びカラス型エネミーを攻撃する。斬撃を受け、火花が散る度に悠子の叫びが木霊する。
「止めなさいって、言ってるのよ!」
「ぐわぁっ!!!」
悠子を守ろうとした玲が光牙目がけて弾丸を放つ。その攻撃を受けた光牙は吹き飛び、悠子の傍から吹き飛ばされた。
「てめぇ、何しやがる!?」
「きゃっ!」
玲の裏切りともとれる行動に憤慨した櫂が彼女を吹き飛ばす。すぐさま体勢を立て直した玲は、そのまま櫂に応戦した。
「だ、駄目だよ……仲間同士で、こんな事してる場合じゃ無いよ!」
「で、でも……どうすれば良いの?」
やよいが戦いを続ける二人を止めようとし、葉月は目の前で起きた事態をどう収拾すべきか分からずに混乱していた。勇もまた、必死にエネミーを押し留めようとするも出現する敵の数が多く徐々に押されて行ってしまう。
「龍堂くん! エネミーの大元を叩くんだ! 彼女を倒さないとこの戦いは終わらない!」
「駄目よ! あの子は何の罪も無い女の子なのよ! 殺したりなんかしないで!」
「ぐ、おぉ……」
光牙と玲が勇に対して言葉をぶつける。二人の叫びを受けた勇は戦いを続けながらも迷っていた。
(俺は、どうすれば良いんだ……?)
二人の意見はどちらも間違っていない。光牙の言う通り悠子を倒さなければこの戦いは終わらない。そうなればたくさんの犠牲者が出るだろう。
しかし、玲の言う通りただの少女である悠子を殺す事など出来はしない……悩み続ける勇だったが、光牙の叫びを耳にしてはっと、息を飲んだ。
「龍堂くん、君は言っていたじゃないか! 施設の子供たちの為ならどんな敵とだって戦うと! 皆の未来を守る為に戦い抜くと! 」
「っっっ……!」
「このまま彼女を放置していたらエネミーはあの子たちの所まで行ってしまう! それだけじゃない、親をエネミーに殺される子供たちだって生まれるんだ!」
「確かに彼女を殺す事は間違いなのかもしれない。でも、その罪を背負ってでもたくさんの人を救うのが真の勇者じゃないのか!?」
「う、う……っ!」
光牙の言う通りだった。このままでは自分が守ると決めている希望の里の子供たちの元までエネミーはやって来るだろう。子供たちが傷つく事は勇には我慢できない事だ。
そして、エネミーによって親を失う子供たちも生まれてしまう。自分や光牙の様な悲しい思いをする人間は、これ以上必要ない。
「う……おぉぉぉぉぉぉっ!」
叫びと共に覚悟を決めた勇は銃口をカラス型エネミーに向ける。紅と黒のエネルギーが溜まって行くディスティニーブラスターを見た玲が勇目がけて駆け出すも、櫂に取り押さえられてしまった。
「止めて龍堂! お願いだから止めてっ!」
「迷うんじゃねぇ! そいつを倒すんだ龍堂っ!」
「放しなさいよ! やよい、葉月、お願いだから龍堂を止めてっ!」
玲の叫びが木霊する。その願いを受けたやよいと葉月だったが、どうすることも出来なかった。
何が正しくて何が間違っているのか? 二人には判断することが出来なかったのだ。
ディスティニーブラスターに十分なエネルギーが溜まる。勇は一度だけ歯を食いしばり、辛そうな表情をした後で……その引き金を引いた。
<必殺技発動! クライシスエンド!>
撃ち出されるエネルギー弾は真っ直ぐにカラス型エネミーへと向かって行く。その場に居た全員にはその光景がスローモーションに見えていた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
玲の叫びをバックグラウンドに、繰り出された一撃は悠子へと飛んで行き、そして………爆発した。
轟音と衝撃が舞った。同時に悠子から生み出された雑魚エネミー達が再び消滅し、戦いの終わりを告げる。
着弾地点は煙で見えないが、この様子を見るに悠子が戦闘不能になった事は間違いないだろう。若干の苦々しさを感じながら勇はディスティニーブラスターを下ろす。
「あ……あぁ……」
煙が舞うその光景を見ながら櫂の腕から解放された玲はその場に崩れ落ちた。嗚咽を漏らしながら地面に拳を打ち付ける。
守る事が出来なかった。自分と同じ孤独を抱えた少女を、何の罪も無い女の子を……
すべてが憎かった。悠子を討った勇も、それを後押しした光牙や櫂も、見ているだけで何もしてくれなかったやよいと葉月も、そして……何も出来なかった自分自身も
「ごめんね……ごめんね……!」
もっと自分が強ければ悠子を守れた。そんな後悔を抱えながら泣きじゃくる玲に対して何も出来ずに全員が押し黙る。
何の罪も無い少女を殺してしまった。それしか方法が無かったとは言え、その事は勇たちに苦しい思いを植え付ける。
せめて自分の罪を刻み付けよう……そう考えた勇は自分が討った少女の亡骸を見る為に視線の先の煙が晴れるのを待つ。
その瞬間、風が吹いて煙が巻き上げられた。その先にあった光景を見た勇は再び目を見開く。
そこに広がっていたのは少女の死体でも光へと還って行くエネミーの姿でも無かった。悠子はまだエネミーの姿をしたまま、気を失っているかの様に地面に倒れ伏している。
間違いなく直撃したはずの攻撃、しかし、彼女は生きている。それは何故か?
その答えは簡単だ。『誰かが悠子を庇った』からだ。では、一体誰が? その答えも簡単だった。
「……こんなのおかしいよ。絶対に間違ってる」
ゆっくりと盾を下ろしながら彼が言う。力強いその言葉には、珍しく怒りが籠っていた。
勇は自分の前に立つ蒼の騎士の姿を認める。いつもは自分の隣で戦ってくれる彼と初めて相対しながら、親友の名を呼んだ。
「謙哉……なんで、こんな真似を……?」
「……それは僕の台詞だよ。勇、何でこんな真似をしたんだ!?」
真っ直ぐに自分を射抜くその視線に勇はたじろいでしまう。自分自身に後ろめたい事がある故の苦しさを覚える勇に変わって、光牙が謙哉に叫んだ。
「虎牙くん! 君は自分が何をしているのか分かっているのか!? その子はエネミーなんだぞ!」
「違うよ。この子は人間さ。一週間前からこの子の事は知ってる。僕は何でこの子がエネミーになってしまったのかを知る前にこの子を殺す事なんてしちゃあいけないと思ったから、この子を助けたんだ」
「だとしても、今その子のせいで沢山の人が危機に瀕しているのは確かだ! 早急に手を打たないと取り返しのつかないことになる!」
「ああ、だからこの子を殺さないでどうにかする方法を考えよう。誰も犠牲にならない方法だってあるはずだよ」
謙哉と光牙はお互いの意見をぶつけ合う。しかし、絶対に相容れない二人の考えに業を煮やした光牙は、エクスカリバーを構えると謙哉に斬りかかった。
「こ、光牙っ! 落ち着けよ、そんなことしても……」
「引っ込んでいてくれ、櫂! 今のうちに確実にとどめを刺さなければ、彼女は活動を再開してしまう!」
使命感と共に攻撃を繰り出す光牙。盾でその攻撃を防ぎながら謙哉は説得を続ける。
「白峯くん、君は誰かが犠牲になるこんなやり方が正しいと思っているのかい? 君の目指す勇者って言うのは、そう言うものなのかい?」
「……あぁ、その通りさ!」
「っっ!?」
防御をすり抜けて繰り出された一撃が謙哉の胴にぶち当たる。よろめき後退する謙哉に対して追撃しながら、光牙は叫んだ。
「沢山の人を救う為ならば俺はどんな罪でも背負おう! 一つの命を奪う事で百の命を救えると言うのならば喜んでそうしよう! 俺の正義は……勇者は、大勢の人の希望の為に存在するんだ!」
「ぐっ、うっ!」
切り裂かれ吹き飛ばされる謙哉、光牙は必殺技を発動するとエクスカリバーを構えなおす。
<必殺技発動! ビクトリースラッシュ!>
「……君と俺とでは覚悟が違う! 誰かを殺してでも平和を守る覚悟が、俺にはあるんだ!」
光を纏ったエクスカリバーを謙哉目がけて振り下ろす光牙。肩口まで迫った剣を見て、自分の勝利を確信したが……
「……それがおかしいって言ってるんじゃないか」
ガキンッ! という金属音と共に自分の攻撃が止まった。同時に腕を謙哉に掴まれて捻り上げられる。その力強さを前にした光牙は、何の抵抗もすることが出来なかった。
「確かにここで悠子ちゃんを殺せばたくさんの人が助かる。きっと君に感謝の声を寄せるんだろうさ、でも……悠子ちゃんの両親はどうなるの?」
「きっと大切な娘が戻ってこない事に涙するよ。これから先に待っていたはずの幸せな未来が途切れた事を悲しむよ。その小さな泣き声を……大勢の喜びの声に掻き消されて聞こえないからって、無視するつもりか!?」
「がぁっ!?」
初めて声を荒げた謙哉の拳が光牙に向けられる。無防備な胴に繰り出された一撃を受けてよろめいた光牙に向けて、謙哉はイージスシールドを構える。
「僕にも覚悟はある! 皆が何と言おうと悠子ちゃんは殺させない。僕は、この子を守ってみせる!」
<必殺技発動! コバルトリフレクション!>
「うわぁぁぁぁぁっっ!!!」
勇と光牙の必殺技を防いだ盾から、その攻撃力分の光線が放たれる。光の奔流に飲み込まれた光牙は大きく吹き飛ばされると同時にベルトが吹き飛び、変身を解除されてしまった。
「ぐ……うぅ……っ」
「光牙っ!!! くそっ、今度は俺が……!」
「……退いてろ」
光牙の敵討ちをしようとする櫂を抑えて勇が前に出る。櫂はそんな勇に嚙みつくと苛立ち紛れに叫んだ。
「龍堂! てめぇまさか虎牙の奴に肩入れするつもりじゃねぇだろうな!?」
「……良いから下がってろ。お前が謙哉に勝てる訳ねぇだろうが」
ピリピリとした緊張感をもって言い捨てた勇はホルスターから「運命の戦士 ディス」のカードを取り出すと謙哉の元へと歩き出す。謙哉もまたホルスターから「サンダードラゴン」のカードを取り出しながら勇に話しかけて来た。
「……意見を曲げるつもりは無いんだろう?」
「ああ、俺もこれが間違っちゃいないとは思ってねぇよ。でもな……俺達には責任がある! 力を持っているからこそ、勝手な判断で沢山の人を傷つける訳にはいかないって言う責任がな!」
「沢山の人の為なら一人を殺しても良いって言うのかい? そんなのおかしいよ! この子が施設の子供たちだったら勇だって守ろうとするだろうに!」
「………」
謙哉のその言葉に勇は何も答えない。代わりにカードをギアドライバーへと通して戦いの構えを取る。
<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>
「……謙哉、お前は優しい。誰一人だって死なせたくないって思うお前は本当に優しい奴だ。でも……優しさだけじゃ誰も救えないんだ!」
謙哉の意見を否定しながら剣を構える勇。謙哉もまたフォームチェンジするためのカードをドライバーへと通す。
<ドラグナイト! GO!ナイト!GO!ライド!>
「……勇、君の言っている事は正しい。きっと僕は間違っていて、身勝手なんだろう。でも……正しいだけで全てを救えるわけじゃ無い! たとえ間違ってたって、やらなきゃいけない事はあるんだ!」
櫂が、葉月が、やよいが、そして玲が二人を見守る。今にも爆発しそうな緊張感の中で、二人は同時に動いた。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
「はあぁぁぁぁぁっ!」
ディスティニーソードとドラゴファングセイバーがぶつかり合う。紅の火花と蒼の雷を舞い散らせながら二人は二合、三合と斬り合い続ける。
勇が繰り出す強烈な一撃を謙哉が盾で防ぐ。そのまま剣を振り払うと回転しながら攻撃を仕掛けた謙哉の攻撃は、惜しい所で空を切った。
「っっ、うおぉぉっ!」
<フレイム! クラッシュキック!>
<必殺技発動! バーニングクラッシュ!>
大きくバックステップした勇は膝を折り曲げると大きく宙へ跳ぶ。二枚のカードを使用した炎の跳び蹴りが繰り出され、謙哉は避ける間もなくその一撃を受けた。
「がはぁっ!!!」
盾で防いでも突き抜ける様に伝わる衝撃に肺から息が漏れていく。しかし、謙哉はその痛みを食いしばると自分も同じようにカードを使用した。
<サンダー! パイル!>
<必殺技発動! サンダーパイルナックル!>
「たぁぁぁぁっ!」
「ちっ……っぅぁっ!」
大技を放った後で避ける事の出来ない勇に謙哉の雷を纏った拳が迫る。勇はその攻撃を回避することを諦めると、手に持っていたディスティニーソードで謙哉を迎撃した。
勇の斬撃が謙哉の胴を切り裂き、謙哉の拳が勇の胸を打つ。互いに痛み分けに終わった攻防に膝を付くも、仮面の下の瞳からは闘志が消える事は無い。
「まだ、まだぁっ!!!」
「それは、こっちの台詞だぁっ!!!」
<必殺技発動! ディスティニーブレイク!>
<必殺技発動! サンダーファングバイト!>
ディスティニーソードに紅と黒の運命を打ち破る力が籠って行く。ドラゴファングセイバーに蒼の雷と龍の力が宿る。
周囲を明るく照らすほどの光を纏った剣を構え、二人は相手を睨む。相手は無二の親友……憎い訳では無い、倒したいわけでも無い。ただ自分の守りたい物を守る為に、譲れない信念の為に戦うだけだ。
「謙哉ーーーーーっ!!!」
「勇ーーーーーっ!!!」
互いの名を叫びながら最強の一撃を繰り出す二人。天から剣を振り下ろす勇、それを迎え撃つ謙哉。二人の剣がぶつかり合った時、すさまじい衝撃と共に爆風が生まれ、すべてがそれに飲み込まれたのであった。