「……撒けたかな?」
「ええ、何とかね」
大きな扉の影から外の様子を伺いながら謙哉と玲が言葉を交わす。そして、顔を見合わせて互いに苦笑した。
私服姿の二人は休日に二人で行動していた。だが、決してデートという訳では無い。ソサエティ絡みの調査である。
最近、女性ばかりが襲われる謎の怪事件が連続して発生していた。被害者は全員体から一滴残らず血を抜かれており、首筋には何かに噛まれたような跡が残っていた。
警察は愉快犯による連続殺人と判断して操作をしていたが、天空橋が被害者の遺体を調べたところそこからエネミーのものと思われるデータが残っており、この事件にソサエティ、およびエネミーが関わっている可能性が浮上して来たのだ。
すぐさまこの情報を勇たちに伝えた天空橋は彼らに調査を依頼した。数名のチームに分かれて事件現場周辺に何か手掛かりが無いか調べていたのだが……
「変装してた水無月さんの正体がバレてファンに追いかけまわされるなんてね……」
「ちょっと油断したわね」
運悪く玲がファンの一人に見つかってしまい、その場がパニック状態になってしまったのである。チームを組んでいたのが謙哉だったお陰でバイクで逃げだすことが出来たが、週刊誌にある事無い事書かれるのは正直嫌である。
それに逃げ回っていた間に夕方になってしまった。窓から見える夕焼け空を見ながら謙哉は溜息をつく。
「……ごめんなさいね。私のせいで大変な目に遭わせたわね」
「あ、いや! 別に大丈夫だよ!」
「……大変な目に遭ったって事は否定してくれないのね。少し傷つくわ」
「えっ!? あっ!? ごめん!」
「……冗談よ。なんであなたが謝ってるの」
そう愉快そうに言いながら玲は微笑んだ。玲のその年相応の可愛らしい笑顔に謙哉は少しだけドキッとしてしまう。
悠子の一件をともに解決してから、なんというべきかは分からないが玲は非常に砕けた態度を取る様になってきていた。皆の前ではいつもの辛辣な態度を取る事も多いのだが、それでも前に比べると格段に柔らかくなってきている
今回のチーム分けの時もそうだ。もとより謙哉と玲はチームとして決定されているのだが、珍しく彼女の方から一緒に行動を取る事を提案されたのだ。しかも
「今回の事件、狙われてるのは女性よ。しっかり私を守ってね、謙哉」
というお言葉つきである。前ならば、「気にかけるな、寄るな、一緒に来るな、あなたに守られるくらいだったら喜んで死ぬ」は言ったであろう玲のその態度の変化には正直謙哉も驚いていた。
(……やっぱり、この間の一件が大きいのかな?)
悠子を救うために皆と協力したこの間の事件、そこで玲は仲間と協力する事の素晴らしさを知ったのかもしれない。故に態度を軟化させてくれたのだろう。
それは謙哉にとっても喜ばしい事であった。何処か他人を寄せ付けない雰囲気のあった玲、それがディーヴァの二人ともコミュニケーションを取って今まで以上に良い関係を築けているらしい。
友達の力は偉大だ。この間自分もその事を良く実感した。玲もまたそうなのだろう。大きな変化を見せた玲の事を喜ばしい目で見守りながら、謙哉は大きく頷く。
しかし……それにしても玲の自分に対しての接し方は大きく変わったなと謙哉は思った。
悪意のある言葉を吐かれることも無くなったし、冗談を言われることも増えた。二人きりの時には名前で呼ばれる様にもなった。
(……まぁ、それだけ信用してくれてるって事だよね!)
あまり悩まずに結論を出した謙哉は楽観的な笑顔を浮かべた。幸か不幸かは分からないが、彼は今自分がどんな状況に陥っているのかを分かっては居ない。
国民的アイドルに好意を抱かれていると言う事は間違いなく幸運なのだが、それによる受難が彼を待ち受けている事を、今の謙哉は知る由も無かった。
「ところでここどこなんだろうね? 勢いに任せて入ってきちゃったけど……」
「……どうやら教会みたいよ」
そう言って玲が指を指した先にはステンドグラスと大きな十字架があった。今まで気が付かなかったが少年少女の歌う聖歌も聞こえ、ここに集まった沢山の人がそれを聞きながら幸せそうな表情をしている。
「……素敵な歌声ね。心が落ち着くわ」
「プロの水無月さんが聞いても上手いと思うの?」
「あら、心を込めて歌うって事はそれだけでも素晴らしいものよ? そこに上手い下手の価値は無いわ」
玲は謙哉にそう告げると胸に手を置いた。そして、教会に集う人々の顔を一人一人見る様にして視線を動かす。
「……素敵だと思わない?」
「え?」
「ここには子供から大人までたくさんの人が居るわ、その全てが穏やかで幸せそうな顔をしている。これって凄いと思わない?」
「……確かにそうだね」
玲の言葉通りだった。聖歌を歌う子供たちやその子供たちを見る大人や老人たちも皆一堂に幸せそうな表情をしている。神の元であどんな命も平等と言うが、これだけ多くの人を同じ様に笑顔にできるのならばあながちそれも間違いでは無いのだろう。
「……ねえ、教会って結婚式の会場にもなるのよね?」
「え? ……うん、確かにそうだね。それがどうかしたの?」
「そう考えると、ここって新しい家族や新しい幸せが生まれる場所なんだな~……って、思ったのよ」
「あぁ……そっか、そんな風にも考えられるのか……!」
「……私、幸せになれると思う?」
「え……?」
「親からも愛されなくて、家族の幸せってものがいまいちわからない私でも……何時か幸せな結婚が出来ると思う?」
試す様に、そして少し不安そうに玲は謙哉に問いかける。愛情と幸せと言う面に関して自分に自信が無い彼女のその質問に対して、謙哉は屈託のない笑みを浮かべながら答えた。
「もちろん、水無月さんは必ず幸せになれるよ! 良い人と一緒に幸せな家庭を作れるって!」
「……ふふ、ずいぶんと自信満々に言うのね? 根拠はあるの?」
「今の水無月さんを見てたらなんとなくね。笑った顔、可愛いよ」
「……あなた、女の子を口説くのが得意なの? 良くそんな台詞言えるわね?」
そう言ってくすくす笑う玲を見ながら、謙哉は今言った事はお世辞でも何でもないと彼女に伝えようとして……止めた。そこまで言うと、なんだか本当に口説いているみたいだったからだ。あと、少し恥ずかしかったのもある。
「それで? もしも私が結婚出来なかったらどうするの?」
「え!? ど、どうするって、何が?」
「あれだけ自信満々に言って私をその気にさせたんだから、上手く行かなかったら責任とりなさいよ?」
「せ、責任って……?」
「そうね……私が結婚できなかったら、あなたが貰い手になってくれるのとか、どう?」
「~~~~~~っっ!?」
ほとんどそのまま逆プロポーズなその言葉に謙哉は赤面した。玲はそんな謙哉の顔を悪戯っぽく笑いながら見続けている。
からかっているつもりなのだろうが、女性への免疫が無い謙哉からしてみれば返しに困る質問だ。早いとこ冗談でしたと軽く流して欲しいのだが……
「で、どうなの? 責任とってくれるのかしら……謙哉?」
「え、えと、その……」
間違いなく自分の顔からは湯気が出ているだろう。そんな事を冷静に思いながらも謙哉は回答に困っていた。
自分も軽く受け流すだけの要領が欲しいのだが、なんとなく今の玲からは『本気』の感じがするのだ。適当な返事は出来ない気がする。何故か
「ふふふ……冗談よ。あなた、こういう手合いには弱いのね」
「う……」
やがて焦る謙哉に対してやっとこさおふざけを止めた玲が話を切ると、謙哉はその場にがっくりと項垂れた。なんだかどっと疲れた気がする……そう思っていた時、彼の携帯電話が着信を告げた。
「……電話? ごめん、ちょっと外で出て来るね!」
「ええ、さっきの人たちに見つからないようにね」
玲に一言だけ告げて教会の外に出る。謙哉が外に出るのを見送った後で、玲は小さく呟いた。
「……流石に攻めすぎたわね。もう少し自重しましょ」
「勇? どうかしたの?」
『謙哉! お前今どこに居る!?』
「どこって言われても……」
正直分からない。逃げ回っている内に現在位置などわからなくなってしまっていたのだから
一度電話を切って位置を確認してからかけなおそうかと思ったが、勇はそんな謙哉の考えをよそに慌てた様子で話を続ける。
『いまさっきオッサンから連絡があったんだ! んで、今まで起きた事件の場所には規則性があるって事を教えて貰った!』
「規則性? って事は、次の事件現場がわかったの!?」
『ああ! 事件は一定間隔で渦を巻く様に移動している。ひとつ前の事件から推測される次の事件現場は、お前たちが居る町の……』
「きゃーーーっ!」
勇がそこまで言った時だった。突如謙哉の耳にガラスの割れる音と沢山の悲鳴が聞こえて来たのだ。真後ろから聞こえた声に一瞬気を取られた後、謙哉は勇に聞き返した。
「……勇、次の事件現場って、教会じゃない?」
「逃げて! 早く逃げるのよ!」
一方、教会の中に残っていた玲は恐慌する人々を誘導して避難させようとしていた。同時に、ステンドグラスを割って入って来た侵入者の姿を睨む。
真っ白で無個性なその姿……それが少し前に現れたカードを使えなくするエネミーの姿に酷似していたことに気が付いた玲は舌打ちをする。試してみたが、やはり変身が出来ない事に気が付き、玲はもう一度舌打ちをした。
<グロンギ……!>
白いエネミーはいつぞやと同じ様に取り出したカードを使用した。すると、その姿が見る見るうちに変わっていく。
前に見たアンデットとは全く違うその姿、まるで巨大な蝙蝠の姿をした怪人『ズ・ゴオマ・グ』へと姿を変えたエネミーを見た玲は、奴こそが一連の殺人事件の犯人である事に気が付いた。
「水無月さん!」
「謙哉! あれを見て!」
避難する人々を掻き分けて自分の元に駆けつけた謙哉に事の次第を説明した後で、二人は敵の前に立ちはだかる。変身は出来ないとしても何もせずに逃げるわけにはいかない……自分たちは仮面ライダーなのだから
「あなたが最近起きている殺人事件の犯人ね! 答えなさい、なぜこんなことをしたの!?」
「……すべては、ゲゲル、の為……!」
「ゲゲル……? なんだ、それは?」
「若い女……20人……今日までに殺す! あと一人……お前、丁度良い!」
不気味な笑い声をあげたゴオマは玲目がけて突進してくる。玲はひらりとそれを躱すも、ゴオマはしつこくそれを追って来た。
「くそっ! 水無月さんに近寄るな!」
「邪魔だ、リント!」
謙哉がゴオマを後ろから押さえつけるもあっという間に振りほどかれて吹き飛ばされてしまう。並ぶ椅子につっこんだ謙哉はすぐさま立ち上がると玲を助けるべくゴオマに立ち向かおうとした。
「くっ、なんてしつこい……!」
「諦めろリントの女……お前の命で俺は高みに行く!」
「はい、そうですか、ってあきらめる訳が無いでしょ? 精一杯足掻くわよ……っ!?」
襲い来るゴオマを何とかいなしていた玲だったが、突如血相を変えた。それは、自分の後ろの小さな少年が倒れている事に気が付いたからであった。
「ほぉ……!」
そしてそれはゴオマも知るところとなった。そのまま真っ直ぐに突っ込むゴオマを見た玲は、とっさに少年を庇ってその攻撃を受ける。
「ああっ!」
「水無月さんっ!」
吹き飛ぶ玲、とっさにその体をキャッチした謙哉だったが玲は思う様に動けなくなるほどのダメージを負ってしまっていた。
「終わりだな、リント……!」
ゴオマは振り向くと近くにある物をなぎ倒しながら謙哉たちの方向に向かって来る。燭台が倒れ、近くにあったカーテンや木製の椅子に火が燃え移り、教会はあっという間に炎に包まれた。
「くそっ、どうすれば……?」
玲と少年を抱えながら後退する謙哉、だが、手詰まりとなったこの状況で危機を回避する方法は全く思いつかない。
万事休すかと思われたその時、玲が痛みに耐えながら彼に一つの提案をしてきた。
「謙哉……私を置いて、逃げて……!」
「何言ってるの!? そんな事出来やしないよ!」
「あいつの狙いは私よ……私さえいなければあいつはあなたたちを追わない。この状況で二人だけは助かるの!」
「でも! そんな事をしたら君は……!」
「……ならここで三人まとめて死ぬつもり? あなたは覚悟のうえでも、その子はどうするつもりよ?」
「っっ……!」
玲の言う通りだった。謙哉は最後まで抵抗を続け、その結果死んだとしても本望かもしれない。だが、ここで気を失っているこの少年は巻き込まれただけだ。
彼の命を救わなければならない。それは、間違いなく自分たちの使命であった。
「私を置いて逃げて……そうすれば、あなたとその子は助かるわ!」
「くっ……!」
出来る訳が無い。玲を置いて逃げる事など……しかし、この少年の命も救わなくては……
悩む謙哉、その彼に向かって意外な人物が声をかけた。
「そうさ、その女の言う通りにした方が良いぞ、虎牙謙哉……!」
「なっ……!?」
自分たちに迫るゴオマが光ると共に、姿が白いエネミーへと変わった。そのままエネミーは謙哉に対して語り掛けて来る。
「逃げるが良い虎牙謙哉、お前はその方が幸せだ……!」
「お前……お前は何なんだ!? どうして水無月さんを狙う!? それに、僕に逃げろってどういう事だ!?」
「……君の質問に一つずつ答えよう。まずは私が変身したこの姿だが……これは、古代に存在した戦闘民族『グロンギ』の力を宿した物さ」
「古代種族、グロンギだって……?」
「その通りさ、そして邪悪な民族である彼らはゲゲルと呼ばれる殺人ゲームを行う事を生きがいとしている。私もその習性に従ってゲゲルを始めてみたよ」
「ゲーム……? ゲームで、人を殺すだって……!?」
「ああ、そうさ! これがなかなか楽しくてねぇ! 人の断末魔、命の消える瞬間を見る事はとても愉快だ! グロンギ族が嵌る理由もわかるよ!」
そう言いながら笑い転げていた白いエネミーは急に冷静さを取り戻すと再びゴオマへと姿を変えていく。その途中で謙哉に対して最後の忠告をした。
「虎牙謙哉、君は間違いなく英雄となる人間だ。故に私は悲しい……何故なら、君の末路は『死』あるのみだからだ」
「えっ……!?」
エネミーのその言葉に本人よりも驚きを見せたのは玲であった。目を見開きながら次の言葉を待っている。
「戦いを続けた結果、君は最後には命を落とす……それがどんな運命を辿ったにせよ、君は必ず死ぬのさ!」
「だから逃げろ。この場から逃げて二度と戦いの場に戻って来るな……それが出来ないと言うならば、私がここで君の命を終わらせてやろう!」
「っっ……! 謙哉、逃げてっ!」
間違いなくあのエネミーは謙哉が抵抗を続ければ彼を殺す。確信めいた予感に駆られた玲は謙哉に逃げる様に叫んだ。
もう自分などどうなっても良い、せめて彼には生き延びて欲しい……だが、謙哉は玲の傍に少年を横たえると、拳を握りしめてゴオマへと挑みかかった。
「うおぉぉぉっ!」
「謙哉、駄目っ!」
玲の制止を振り切ってゴオマへと飛び掛かる謙哉。だが、簡単に腕を掴まれて首を締め上げられてしまう。
「ふん……諦めの悪い……!」
「ぐあっ!」
腹を殴られ、そのまま投げ捨てられた謙哉は並ぶ椅子の中心に吹き飛ばされた。派手な音を立てながら崩れる椅子を見た後で、ゴオマは玲たちへと足を進めようととしたが……
「まだだっ!」
「なにっ!?」
再び飛び掛かって来た謙哉に殴られ、ゴオマは数歩後退る。しかし、謙哉のその行動に怒りを燃やしたゴオマはさらに激しさを増して謙哉へと攻撃を加えて行った。
「調子に、乗るなっ!」
「ぐっ、がはっ!」
殴られ、蹴り倒された謙哉は玲の傍まで転がって来る。涙ながらにその姿を見る玲はもう一度謙哉に懇願した。
「もう良いの……逃げて謙哉、このままじゃあなたが死んでしまう……」
「その女の言う通りだ、お前はよくやった。これが最後のチャンスだ、この場から去れ、さもなくば……」
「……ふざ、けるな……っ!」
最後の情けを持ってかけられたエネミーの言葉、しかし、謙哉はそれを怒りに燃えた瞳で遮ると再び殴りかかって行く。
「貴様、そんなにも死にたいのか! なぜ逃げない!? 死ぬことが怖くないのか!?」
「……怖いさ、死にたくないさ! もっと言うなら戦いなんて大嫌いだ! でも、でも……僕は戦う!」
「ぐおっ!?」
ゴオマの横っ面を謙哉が殴る。覚悟を秘めた力強さを持つその一撃を受けたゴオマは今度は数歩どころではなく後ろへと後退った。
「お前に殺された女の人たちには家族が居たんだ……一緒に暮らして、楽しく毎日を過ごして……きっとそんな毎日を過ごしていたんだ!」
「もしかしたら恋人だっていたかもしれない! 結婚だって控えていたかもしれない! 大切な人とこれから先、幸せを作って行こうとしていたかもしれないんだ……それを、それを!」
「お前が奪ったんだ! かけがえのない大切な毎日を! これから先の幸せを! 沢山の笑顔を! 下らないゲームなんかの為に、お前が奪ったんだ!」
「なんだ……何なんだ、お前のその気迫はっ!?」
謙哉の心の中にある感情、それは怒りであり……悲しみであった。
犠牲者たちの命と幸せはゲームという下らない理由で理不尽に奪われた。そして、その家族や友人、恋人たちは悲しみに暮れている。
彼女たちがどんな人生を送っていたかを謙哉は知らない。だが、生きていればたくさんの幸せが彼女たちを待っていただろう。彼女たちの周りの人たちはそれを願っていただろう。
しかし、その願いが叶う事は無くなった。他ならぬ彼女たちの人生の終焉をもって、彼女たちの光あふれる未来は消えて無くなったのだ。
憎かった。許せなかった。しかし、それ以上に悔しく、悲しかった。たくさんの笑顔が理不尽な理由で消されたことが、謙哉にとっては何よりも辛かった。
だから逃げない。ここで自分が逃げたらまた笑顔が奪われる。誰かが涙を流す。自分の身にどんなに辛い事が起きようともそれだけは許すわけにはいかない。
謙哉は戦う。拳を握りしめ、倒す為では無く守る為に。誰かの命を、未来を、笑顔を守る為に!
「僕は戦う! こんな奴らの為に、誰かの涙は見たくない! 皆に笑顔でいて欲しいんだ! だから、だから……」
(……そうだよね。どんなに自分が傷ついたって、皆には笑ってて欲しいって思っちゃうよね)
謙哉の肩に誰かが触れた。その感触を覚えた謙哉の手に光が灯る。
(憎しみでなく守る為に戦う君なら、きっと俺の力を使える! 受け取ってくれ、俺の2000番目の技!)
温もりを感じる男の声と共に謙哉の手には一枚のカードが握られていた。そのカードを握りしめながら、謙哉は叫ぶ。
「だから……そこで見てて、僕の、変身っ!」
<クウガ! NEW LEGEND! NEW HERO!>
謙哉の体が、腕が、脚が、徐々に変わっていく。赤を基調にしたいつもとは違うその姿。鎧を纏いながらも何処か生物めいた感じを覚える彼の腕の盾には、『戦士』の意味を持つ古代文字が刻まれていた。
「その姿……まさか、クウガ!?」
「クウガ……それが、僕に力を貸してくれた人の名前!」
炎を背に駆けだした謙哉は拳を振るう。派手さがある訳では無い、華麗な戦いでもない。だが、その一撃には守る者としての誇りと、確かな覚悟が籠っていた。
「はぁぁっ!」
「ぬぅぅっっ!?」
ゴオマの強力な攻撃も謙哉には通用しない。見事な格闘技の数々で受け流され、手痛い反撃を喰らうだけだ。業を煮やして飛び上がったゴオマだったが、謙哉はそれに追い付く様にして跳び上がると、拳でゴオマの羽を打ち破った。
「に、逃げられなくなるぞ……命を落とす運命から、お前はっ……!」
「構わない! 皆の笑顔を守れるなら、僕の命なんてくれてやるさっ!」
炎に包まれた謙哉の拳がゴオマに繰り出される。その一撃を喰らったゴオマは大きく吹き飛ぶと教会の壁に打ち付けられた。
「今だっ!」
<必殺技発動! マイティキック!>
右脚に力を込めて謙哉は駆け出す。一歩、また一歩と踏み出すたびにその力が強まって行くのが分かる。
最大限まで力が溜まったその時、謙哉は空中へと跳び上がると前方へと一回転した。
「おりゃぁぁぁっ!」
「ぬ……おぉぉぉぉぉっ!」
助走+宙返りの勢いを乗せた右足での跳び蹴りが炸裂する。込められた封印エネルギーを体へと打ち込まれたゴオマは断末魔の叫びを上げると爆発四散した。
「……そうさ、後悔なんてしない。僕は、守る為に命を懸けるんだ……!」
揺らめく炎を見つめ、拳を握りしめながら謙哉は誓う。この先にどんな未来が待っていようとも戦い続ける事を
そして、振り返ると目の前にある二つの命を救うために駆け出して行った。
「はぁ……はぁ……っ! あー、死ぬかと思った!」
「あなた、本当に無茶するわよね……」
教会の窓をぶち破り外へと脱出した謙哉と玲は、保護した少年を救急隊員へと引き渡した後で一息ついていた。玲も大した怪我はしていなかった様で、今では普通に動き回っている。
「逃げろって言ったじゃない、なんて無茶するのよ。今回は助かって良かったけれど、次もこう上手く行くとは限らないんだから気を付けなさいよ?」
「……しょうがないじゃないか、水無月さんが責任取れって言ったんだから」
「は?」
「……水無月さんが幸せな結婚をするまで、死なせるわけにはいかないよ。じゃなきゃ太鼓判押した僕の立つ瀬がないじゃないか」
「……呆れた。あなた、そんな事考えてたの?」
「僕、責任感強いの」
おどけた様にそう言いながら謙哉は横目で玲の様子を見る。怒ってはいないだろうかと心配になったが、玲はまんざらでもない顔をしていた。
「そうね、それじゃあその約束は守って貰いましょう。とりあえず結婚するまでは見守ってなさいよ」
「それじゃあ結婚式の招待状は出してね。僕、必ず出席するから!」
「……嫌」
「何で!? ひどくない!?」
時々辛辣になるところは変わってないなと思いながら謙哉は苦笑した。そして、完全に信頼されるまでにはもう少し時間がかかるだろうかと考えながら、何か協力出来ることは無いかと警官たちの元へと向かって行く。
そんな謙哉は気が付かなかったが、先ほどの言葉は「招待状を貰わなくても結婚式に出席できる立場になりなさい」という玲最大級のデレだったわけだが……まぁ、遠回し過ぎたのであった。
―――NEXT RIDER……
「過去が希望をくれる……あいつらにとって、笑顔で過ごせてる今がいつかかけがえのない思い出になるんだ」
「ガキどもの思い出を壊す奴は許さねぇ! さぁ、行くぜ! 今日の俺は最初から最後までクライマックスだ!」
次回『時を超えて、俺、参上!』