仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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勝利の栄光 ビクトリーブレイバー

「……駄目だ、このままじゃあ、駄目なんだ……!」

 

 学生寮の自室で光牙は先日のガグマとの戦いを思い返すと、悔しさに満ちた顔でベットに拳を振り下ろす。苦い敗戦の記憶に歯を食いしばれば、頭に浮かぶのは自分の無力さばかりだ。

 

 最初からそうだった。初めての変身の時も、ディーヴァとの邂逅の時も、戦国学園との戦いもドラゴンのカード争奪戦の時もそう。自分は何も出来ていないのだ。

 敵を倒したのも仲間を救ったのもすべて勇だ、今まで何の訓練も積んでいないはずの彼に長い間英才教育を受けていた自分が負け続けている。

 勇は危険な戦いに身を投じて力を付けてきている。それに並び立つ謙哉もまた、非凡な才能を発揮している上にドラゴンのカードを手に入れた。どんどん離されて行く二人との実力の差に光牙は焦りを募らせていた。

 

「もっと強くならないと……こんなんじゃ、俺は勇者になれない。世界を救う男に、なれはしないんだ……」

 

 ベットの横、小さな棚に置かれたいくつかの写真立てを見た光牙はそこに映る幼い自分とそれを抱きかかえる男を視界に映す。家族全員で撮った写真に写るその男性に問いかける様に、光牙は小さく絞りだす様にして声を出した。

 

「俺はどうすれば良い?教えてくれよ、父さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これが天空橋のオッサンが解析してくれたガグマの戦闘データだ。と言っても、大した情報は無いんだけどよ」

 

「少しでも相手の事が分かるのはありがたいよ。頑張って対策を練ろう」

 

 虹彩学園のPCルームを貸し切った勇たちは、ジャパンTV占領事件の際に出会った強敵「強欲魔王 ガグマ」に対しての対策会議を開いていた。ディスプレイに映るのは天空橋が解析したガグマのスペック、その化け物じみた能力に勇たちは眉をひそめた。

 

「ブレイバーの必殺技をいとも容易く受け止めたガグマの防御力は、恐らくレベルで言えば50以上と考えられる……俺たちの倍以上じゃねぇかよ」

 

「正確にはブレイバーのレベル50以上ね、つまりはゆうに光牙の二倍は強いって事よ」

 

「しかもまだドーマみたいに第二形態を残しているかもしれないしね……」

 

「もっと言うならこのときのガグマが本気じゃなかったと言う事も考えられます。今分かっている限りでもこんな驚異的な能力を持っているという事ですね……」

 

 今まで戦って来たエネミーとは桁違いの強さを誇る敵の登場に勇たちの間には深刻な空気が流れていた。真美はPCからデータディスクを取り出すと、会議に集まっていたメンバーを見ながらこれからの方針を説明し始める。

 

「……敵は強大よ。今の私たちじゃどう足掻いたって倒せない程にね。だからまずは力を付けましょう、レベル上げと新たなカードの入手を目標にして戦力の底上げを図るのよ!」

 

「異議無しだ、ボス戦前のレベル上げと装備の見直しはゲームの基本だしな」

 

「僕も賛成だよ。もっと言うならみんなの連携も強化していかないと駄目だと思う」

 

「確かに……敵はガグマ一人ではありません。魔人柱たちも相手どらないといけないのですからね」

 

「まどろっこしいが……それが最適な作戦ってわけか」

 

 真美の提案に勇たちは異存無しに賛成する。自分たちの実力不足が分かっているからこその結論だったが、ただ一人光牙だけが不服そうな顔を見せると立ち上がった。

 

「俺は反対だ。ガグマは人間界に侵略を開始すると言っていた、という事は一刻も早くあいつを倒さないと尋常じゃない被害が出る可能性だってある訳だ」

 

「おいおい、落ち着けよ光牙。いくらなんでも今の状態でガグマと戦うっていうのは無謀にも程があるぜ」

 

「俺たちがのんびりしている間に世界が滅びる可能性だってあるんだ!時間をかけてはいられない!」

 

「だからこそ慎重に行くんじゃねぇか、確実に相手に勝つだけの力を蓄えて戦うのが上策。最低でも互角に戦えるだけの力量を身に付けないとただの自殺行為だぜ!」

 

「それだけの力を付けるまでにどれだけの時間がかかるのか分かっているのか!?それに、相手の真の実力も分かっていないのにどうやって互角に戦えるかどうかを判断するつもりだ!?」

 

「お前こそ少なくとも今の状態で戦ったら100%負けるって言うのが分かんねぇのかよ!?」

 

「ふ、二人とも落ち着いてください!」

 

 徐々に激しい口調になって行く二人をマリアが抑える。それでも自分をきつく睨む光牙を見た勇は彼を問い質した。

 

「……何を焦ってんだよ?確かにあんな強い奴が出てきてテンパる気持ちも分かるけど、こんな時こそ冷静にならなきゃならねぇだろ?」

 

「くっ……」

 

 勇のその言葉に応える事無く光牙はPCルームから出て行った。その背中を見つめていた真美が心配そうに呟く。

 

「光牙……やっぱり、焦ってるのね……」

 

「ガグマだけじゃねぇ、大文字の奴にも負けてるから自分の力不足を痛感してるんだろうな……」

 

「……なぁ、前から聞こうと思ってたんだけどよ。あいつが勇者にこだわる理由って何なんだよ?」

 

 勇のその質問に真美と櫂は顔を俯かせる。マリアと謙哉もまた知りたかったその質問の答えに対して興味を募らせていた。

 

「……確かに、白峰君のあの態度は普通じゃないよね。なんであんなに勇者って言葉にこだわるんだろう?」

 

「私と初めてお会いした時から光牙さんはあの性格でしたし……」

 

「……そうね。一度ちゃんと話しておくべきかしらね」

 

 やがて覚悟を決めた様に呟いた真美は真っ直ぐに勇たちを見ると口を開く、そして、光牙の過去について話し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光牙の父、「白峰大牙」は立派な警察官であった。市民の安全の為に懸命に働き、優秀な刑事として名を馳せていた。

 幾度となく警察から表彰される父の背中を見て育った少年時代の光牙は、当然の様に正義感溢れる父に憧れを抱いた。そして、いつか自分も父の様な立派な警察官になるのだと夢見ていた。

 

「……幼稚園に通ってた頃、光牙の親父さんにはよく会ったよ。すげー気さくで話しやすい人なのに、何かあったらすぐに真剣な表情に変わるんだ。俺も、大牙さんには憧れてたよ」

 

「本当に大牙さんは立派な人だったわ、警察官としても父としても素敵な人だった。でも、光牙が10歳の時……」

 

 その日、虹彩学園初等部は校外研修に出かけていた。博物館に行き、中を見学していた光牙たちだったが、そこにゲートが現れたのだ。

 当時はまだギアドライバーもゲームギアも開発されていない時代だった。すぐに駆け付けた警官隊も出現したエネミーに苦戦し、博物館内の民間人の救助は難航を極めた。

 

「……その時、陣頭指揮を執ったのが大牙さんだったの、的確な指示でエネミーを撃退してあと少しで全員が救助されるって時に悲劇は起こったわ」

 

 光牙たちが救助され安心したその時、隠れていたエネミーが子供たちに襲い掛かったのである。完全に油断していた警官隊はそれに対応できず、エネミーは子供たちの目前まで迫って行った。

 エネミーが鋭い爪を光牙に向けて振り下ろそうとしたその瞬間、光牙の前に立ちはだかった男が居た。それは、最後の瞬間まで油断せず、我が子やその友達を救おうとしていた大牙であった。

 

 子供たちを庇いエネミーに襲われた大牙は、その一撃で致命傷を負って間もなく息を引き取った。最後の最後まで子供たちを守るべく尽力した父の死は、少年時代の光牙に一つの決意を抱かせることになる。

 

「……父を殺したソサエティを攻略して、仇を取る。そして、自分を守ってくれた父親は素晴らしい人間だったと誰もが認めさせて見せるって、光牙は大牙さんの葬式の後で言ったわ」

 

「光牙の奴は大牙さんによく言われてたんだ。きっとお前は世界を救う存在になるって、世界の希望の象徴、『勇者』になれるって……」

  

「……それが、あいつが勇者にこだわる理由、か」

 

「ええ、光牙は自分が許せないんだと思う。命を懸けて自分を救ってくれた父に顔向けできない自分が、腹立たしくて仕方が無いのよ」

 

「……でも、焦ったってどうにかなる問題じゃあ無いですよ。こんな時こそ、皆の力を一つにしないと」

 

「……きっと、光牙もそれは分かってるわ。でも、どうしようも無いほど追い詰められてるんだと思う」

 

「俺達だってあの日大牙さんに救われたんだ。2-Aで大牙さんに感謝してない奴なんていねぇよ。だから、もう少し俺たちを頼ってくれても良いのによ……」

 

 櫂も真美もその言葉を最後に口を閉じた。光牙の過去を聞いた勇たちは、彼の心中を察したまま、何も言わずにただそれぞれの思いを胸に抱いていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそっ、何をやっているんだ俺はっ!」

 

 苛立ち紛れに大声を出しても気が晴れる事は無い、それどころか自分の愚かさが身に染みる。

 自分の実力不足などとうに分かっている。まずは堅実な策を取る事が正解だと言う事もだ。だが、焦りから無謀な策を提案し、さらに仲間内の雰囲気も悪くしてしまった。

 

「……これが勇者のやる事か」

 

 リーダーとして仲間を引っ張り、世界の為に行動するのが自分の考える勇者像のはずだ。しかし、今光牙がやっているのはその真逆の行動である。

 情けなくって仕方が無かった。光牙は拳を握りしめて壁を叩く。二度、三度と壁を叩く内に皮が破けて血が出て来た手を振り続けた光牙だったが、何度目か振り上げたその拳をそっと包み込まれて顔を上げた。

 

「駄目ですよ光牙さん。こんな事しても、痛いだけです」

 

「マリア……」

 

 スカートのポケットから可愛らしいピンク色の絆創膏を取り出したマリアは、光牙の手にそれを張っていく。彼女の柔らかい手が自分の手を掴んでいる事に緊張していた光牙だったが、ふいにマリアが口にした言葉に意識が傾いた。

 

「……真美さんから聞きました。光牙さんが勇者にこだわる理由」

 

「そうか、聞かれちゃったか……」

 

「光牙さんは、お父様の事を尊敬してらしたんですね」

 

「……あぁ、自慢の父だった。それに恥じない息子になろうと子供ながらに思って、その背中を追って来た。でも、父は……っ」

 

 思い返すのはあの日の事、光牙の目の前でエネミーから自分を庇って倒れた父の姿。

 泣きじゃくる自分の頭を撫でた父は、最後に笑顔で光牙に言った。

 

「きっと、お前はこの世界を救う勇者になれる」

 

 その言葉を胸に必死に努力して来た。父の思いに応える為、世界を救う勇者になる為。しかし、今の自分はそれとは程遠い所に居る。

 

「……情けないな、自分が情けなくて仕方が無い。龍堂くんや虎牙くんの戦いを見る度にそう思うよ。俺は、二人みたいに強くない。世界を蝕む悪意に抗って戦う事も出来ないんだ」

 

 俯き、悔しさを滲ませた声で呟く。もっと強くなりたい……そうでなければ、自分は勇者になどなれはしないのだから……

 

「……光牙さんは、私と初めて会った時の事を覚えていますか?」

 

「は?」

 

 だが、マリアはそんな光牙に向かって屈託の無い笑顔を向けるとそう尋ねた。突然の質問に言葉を失った光牙に対して、マリアはその時の事を懐かしむ様な口調で話し始める。

 

「……祖国から留学して来て、一人ぼっちで不安だった私に光牙さんは手を差し伸べてくれました。『これから一緒に頑張ろう』って……そう言ってもらえて、私はすごく嬉しかったです」

 

「そんなの誰だって出来るし、今必要な物じゃあ……」

 

「……光牙さん、あなたは少し背負いすぎなんですよ。私が光牙さんに感謝している様に、2-Aの皆も光牙さんを信頼しているはずです。皆さんと一緒に戦って行けば良いんです。光牙さんが全てを背負う必要なんて無いんですよ」

 

「マリア……」

 

「櫂さんも真美さんも、もちろん私だって一緒に居ます。だから、一緒に強くなって、一緒に世界を救いましょう!みんな一緒ならガグマだってへっちゃらですよ!」

 

 そう言って笑うマリアは光牙の手を優しく、しかししっかりと握りしめてくれていた。その手の温もりを感じながら光牙は思う。

 自分は焦っていた。一刻も早くソサエティを攻略し、世界を救わなくてはならないと思って一人で独走していたのだ。先頭に立って走り続ける事と、誰かを導くことは違う……ようやく、光牙はその事に気が付けたのだ。

 

「……ありがとう、マリア。俺はとんでもない思い違いをしていたよ」

 

 支えてくれる仲間がいてこその勇者だ。自分はそれを忘れていた。真美や櫂、マリアと言った自分を支えてくれる友人の事を蔑ろにしていては、目標に近づけるはずもない。

 

「……こんな情けない俺だけど、これからも一緒に戦ってくれるかな?」

 

「ふふふ……光牙さんは情けなくなんかありませんよ。一緒に過ごしてきた私が保証します!」

 

 そう言って胸を張ったマリアを見た光牙は、晴れやかな気持ちで笑みを浮かべた。その様子を嬉しそうに見ていたマリアだったが、ふと何かを思い出すと一枚のカードを光牙に差し出した。

 

「忘れてました。これ、勇さんから光牙さんに渡して欲しいって言われて預かってたんです」

 

「これは……?」

 

 マリアが差し出したカードには剣を掲げる「光の勇者 ライト」の姿が描かれている。見た事の無いこのカードに対して疑問を持った光牙に対して、マリアは詳しく説明をしてくれた。

 

「天空橋さんからの預かりものだそうです。ディスティニーカードの第二弾に収録されているライトのサポートカードで、きっと光牙さんの力になってくれるって言ってました」

 

「ライトの……?」

 

 マリアからカードを受け取りそれを眺める。力不足に悩む自分の助けとなってくれるカードをじっと見つめる光牙、そんな彼の耳に聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

「ずいぶんと余裕があるじゃねぇか、弱いくせに女と二人きりとはよ」

 

「お前は……!」

 

 数名の学ランを着た生徒たちの先頭に立つのは戦国学園のライダーの一人である仁科だ。光牙とマリアに対して嘲る様な視線を送った仁科に対して身構えた光牙はマリアの前に立つ。

 

「何の用だ?ここは虹彩学園の敷地内だぞ」

 

「決まってんだろ、カチコミって奴だよ。この間は油断してたせいであの青い奴にやられたが今回はそうはいかねぇ、きっちりお返しして、可愛い女の子はお持ち帰りさせてもらうぜ!」

 

「くっ……!また私欲の為にドライバーを使っているのか!」

 

「何が悪いんだよ?まぁ、丁度良い所で会ったから肩慣らしにお前をぶっ飛ばしてやるよ。んで、マリアちゃんも貰ってやる」

 

「ひっ……!」

 

「ふざけるな!お前の好きにさせて堪るか!」

 

 小さく悲鳴を上げたマリアを庇う様にして立ち、光牙は叫ぶ。仁科はそんな光牙を見ながらドライバーを取り出すとそれを身に着けた。

 

「……なら、俺に勝ってみろよ。それが出来なきゃお前には何も語る資格はねぇ、ただマリアちゃんを俺たちに差し出して這いつくばってろ」

 

「させるものか!マリアは俺の大切な仲間だ、お前たちの玩具にはさせない!」

 

 光牙もまたドライバーを取り出すと腰に付ける。二人は睨み合うと、同時にホルスターからカードを取り出して変身した。

 

「「変身ッ!」」

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

<メイジ! 暴れ壊して好き放題!>

 

 変身した二人は互いに武器を手に取ると相手に向かって駆け出す。光牙は剣、仁科は大槌を振り下ろして攻撃を仕掛ける。

 

「ははっ!どうした?そんなもんか!?」

 

「ぐっ……!」

 

 幾度となく武器を交える二人だったが、力の差か光牙は徐々に押され始めた。仁科は思いっきりハンマーを振るうと、防御する光牙を思い切りかち上げる。

 

「ぐわぁっ!!!」

 

「はっ、ざまぁねぇな!」

 

 宙へ舞い、地面に叩きつけられた光牙はその衝撃に呻いた。肺を潰されるような感覚に上手く呼吸が出来ず這いつくばる光牙を仁科は嘲笑う。

 

「結局、お前は弱いんだよ。カッコいい台詞を吐いた所で力が無けりゃあ意味がねぇ、勇者になるだとかお笑いでしかねぇってこった!」

 

「お、俺は……」

 

 倒れる光牙に近づいた仁科は大槌を振り上げた。最後のとどめを繰り出そうとする彼は、仮面の下で光牙を馬鹿にした笑みを浮かべながら呟く

 

「じゃあな勇者様、お前にゃ負け犬がお似合いだ」

 

 掲げた槌を振り下ろす。その場に居た誰もが見守る中、金属音が鳴り響いた。

 

「ぐ……あっ……!?」

 

 短い悲鳴を上げ、武器を取り落としたのは光牙では無く仁科だった。数歩後退りながら、彼は自分に突き出された光牙の剣を見る。

 

「……お前の言う通りだ。俺は弱い……だが、それは決して諦める理由にはならない!」

 

 立ち上がった光牙はマリアから受け取ったカードを取り出しながら叫ぶ。強い意志と覚悟を持って戦いに臨む光牙からは、今までに無かった闘気が発せられていた。

 

「今は弱くとも、何度倒れたとしても、俺は諦めない!最後の最後まで戦って、そして勝ってみせる!お前にも、大文字にも、ガグマにも……そして、ソサエティにもだ!」

 

「俺は……勇者になるんだ!」

 

<ビクトリー! 勝利の栄光を、君に!>

 

 決意の叫びと共に光牙は新たなカードを使う。銀色の鎧が光に包まれると黄金へと色を変え、その絢爛さを増していく。肩に備えられた部分にはVの装飾が追加され、全身にも堅牢さを増した追加装甲が装着されて行く、新たな力を得た光牙はエクスカリバーを握りなおすとそれを仁科に向けた。

 

「本当の戦いは……ここからだ!」

 

「クソが……なめるんじゃねぇ!」

 

 予想外の光牙の反撃に遭い怒りを覚えた仁科が大槌を手に向かって来る。しかし、光牙は一切焦らずに剣を構えた。

 右からくる大槌の一撃を容易く躱すと、その隙に左側から剣を振るって斬り抜ける。反転して再び攻撃しようとする仁科だったが、それよりも早く繰り出された光牙の攻撃を前に吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐわあっ!?」

 

 先ほどまでとは全く違う光牙の動きに圧倒される仁科、急に力を付けた敵を前にして困惑する彼に反して光牙は『ビクトリー』のカードの効果に驚愕していた。

 

(見える……見えるぞ!勝利の道筋が見える!)

 

 相手の攻撃に対してどう対応すれば良いのかが瞬時に導き出される。攻撃の際もどのタイミングで攻めれば良いのかが分かる。

 勝利の方程式を導き出すカード……それこそが、新たなカード『勝利の栄光』の効果であった。

 

「この力があれば、俺は……!」

 

「ごちゃごちゃと……うるせぇんだよ!」

 

 繰り出される仁科の攻撃を指示通りに躱す。光牙はバックステップして後ろに下がると見せかけて追撃に出た仁科を急な方向転換で前に出ると思い切り剣を突き出した。

 

「ぐおぉっ!?」

 

 仁科の胸に突き刺さるエクスカリバー、火花を撒き散らして吹き飛ぶ仁科。ここを勝機とみた光牙は、剣を構えて前へと駆け出す。

 

<必殺技発動! ビクトリースラッシュ!>

 

「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 エクスカリバーを左上から斜めに振り下ろし、次は右上に斬り上げる。Vの軌跡を描いて繰り出されたその斬撃は、仁科にとどめを刺すには十分だった。

 

「がぁぁぁぁぁっ!?」

 

<GAME OVER>

 

 変身を解除され地面に転がる仁科に他の戦国学園の生徒が駆け寄る。光牙は彼らにも剣を向けると、恫喝する様な口調で言った。

 

「……ここから立ち去れ、そして、もう二度とこんなふざけた真似をするな!」

 

「う、うわぁぁぁぁ……!」

 

 その言葉に怯えた戦国学園の生徒たちは仁科を抱えて走り去ってしまった。強さを頼りにしているものの、一度敗れてしまえばこんなものかと呆れていた光牙だったが、そんな彼の肩をマリアが叩く。

 

「やりましたね、光牙さん!」

 

「ああ!マリアの持ってきてくれたカードのお陰だよ」

 

「それだけじゃありませんよ、光牙さんの諦めない気持ちが生んだ勝利です!」

 

「ははは、そうかなぁ?」

 

「そうですよ!絶対そうですって!」

 

 自分を励まし、大切な事を気付かせてくれた女性を守れた光牙は安堵して息を漏らす。光牙は、自分に輝く笑顔を向けてくれるマリアを見つめ、手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーこうがさん……

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 何の前触れも無く、光牙は見て、聞いた。それは、ビクトリーのカードが与えた一種の啓示だったのかもしれない。

 

 助けを求める様な表情をしながら自分の名を呼んだマリアが、ゆっくりと闇に飲まれて行く……差し出された手すらもその闇に飲まれ、マリアはその闇に消えてしまった。

 

「ま、マリアッ!?」

 

 光牙は叫んだ、そして、その闇の中へ飛び込むと必死に走る。この中に居るはずのマリアの姿を探して駆けていた彼の目に、それは映った。

 ぐったりと項垂れ、気を失っているマリア。誰かが彼女を抱えて何処かへ連れ去ろうとしている。マリアを抱える謎の人影の背中に光牙は叫んだ。

 

「お前は誰だっ!?マリアを何処へ連れて行く気だ!?」

 

 人影は何も答えない。ただ闇の中へとマリアを連れて歩みを進めるだけだ。光牙は怒りに震えながらその人物へと駆け寄ろうとしたその時だった。

 

「……誰にも渡さない……誰にも……させない……!」

 

「え……?」

 

 マリアを抱える人物がそう呟く、その声に光牙の足が止まった。

 その声には聞き覚えがあった。最近よく聞くその声の持ち主の心当たりに光牙は首を振る。

 

「君……なのか?なぜ、君がマリアを……?」

 

 振り返ったその人物を照らす様に光が灯る。黒と紅の鎧に身を包んでいた彼は、ゆっくりと変身を解いて姿を現す。光牙は、信じられないと言った様子で彼の名前を口にした。

 

「龍堂、勇っ……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光牙さん?どうかしたんですか?」

 

「はっ!?」

 

 気が付けば自分は元居た虹彩学園の敷地内に戻っていた。心配そうに自分を見つめるマリアに笑みを向けると、光牙は返事を返す。

 

「だ、大丈夫だよ。すこしぼーっとしてただけだから」

 

「そうですか、やっぱり戦いの疲れが出たんじゃないですかね?」

 

 その言葉に納得したのか、マリアは振り返って歩き始めた。光牙はその背中を見ながら思う。

 

(あれは夢だったのか……?いや、とてもそうは思えない)

 

 あまりにも生々しいあのビジョンは、光牙に恐怖心を植え付けていた。あれがもし現実だとしたら、勇はマリアを闇の中へ連れ去ろうとしているのだ

 

(そんな事はさせない……絶対に、絶対にだ!)

 

 強い覚悟を持って光牙はマリアを見つめる。誰よりも大切な女性の背中を見ながら、光牙は決意を固める。

 

(マリア……君は俺が守って見せる……!どんな事があろうとも、君は、俺が……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー彼女に悲劇が舞い降りるまで、あと?5日……

 


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