「良い!?今後のソサエティ攻略の方向性を確認するわよ!」
薔薇園学園との合同合宿が終わってから2日間の時間が経った。合宿翌日は休日となった為、今日が久々の登校日という事になる。
しかし、A組の教室では真美がいつもと変わらぬ様子で熱弁を振るっている。学校へとやって来た勇はその光景にうんざりとしながら溜め息をついた。
「龍堂!丁度良い所に来たわね、あんたも私の話を聞きなさい!」
「やだね。俺はお前たちに追い出された身だ、攻略の手伝いをしなきゃいけない理由なんて無い」
「どっこいあるのよ。だって、今回はA組じゃなくて学校全体での攻略作戦なんだから」
不敵に笑う真美はそう言うと周りの生徒たちを指し示す。そこにはA組以外のクラスの生徒たちの姿がちらほらと見受けられた。
「薔薇園学園はソサエティ攻略において私たちの一歩先を行っているわ。それに追い付く為にも学校全体で協力することを決めたのよ」
「……本音は?」
「決まってるじゃない!私を無能呼ばわりしたあの女どもにぎゃふんと言わせてやるのよ!これ以上調子に乗らせてたまるもんですか!」
真美のその答えに勇は今日二度目の溜め息を吐く。私怨丸出しのその理由に頭痛を感じながらも、勇は真美のこの要求を断る事は出来ないのだろうと覚悟を決めた。
「とりあえず今日から関所の開放を当面の目的として動くわよ!全員、気張りなさい!」
「おー!」
真美に促されて鬨の声を上げる生徒たちを横目に見ながら勇は机に突っ伏す。どうやら今日は相当にこき使われる様だ、ならば少しでも体力を温存しておいた方が良い。
そう考えた勇は目を閉じると、そのまますやすやと寝息を立て始めたのであった。
そして昼休み、学食で昼食をとる勇は横に座る謙哉と会話をしていた。話題はもちろんこの後のソサエティ攻略についてだ
「……関所の開放を目標とするって言ったって、具体的に何するんだろうな?」
「さぁ?でも、薔薇園学園では敵のボスの手下を倒したら関所が開く様になったって言ってたよね?」
「ああ、あの機械魔王とか言う奴か……」
つい数日前の出来事を思い出す勇、園田達は確かにあのSF世界にはボス、「機械魔王」なる存在が居ると言っていた。
という事は、勇たちの知るこちら側のソサエティにもボスは居るという事だろうか?そいつはどんな奴なのだろうかと考えていた勇に対して、一人の少女が近寄って来た。
「勇さん、謙哉さん。少しお時間よろしいでしょうか?」
「おお、マリア。別に良いぜ」
「良かった!実は、真美さんから今日の作戦について話して来いと言われまして」
「今日の作戦?って事は、具体的に何をするのかが決まったって事か?」
「はい!実は休み時間の間に人を政府の作ってくれた情報収集施設に送って、ソサエティに何か動きは無かったか調べてみたんです。そうしたら、気になる情報を見つけましてね……」
「気になる情報?」
首を傾げる勇に対してマリアは自分の携帯電話を取り出すと、それを操作してソサエティの地図を映し出す。そして、それに印をつけると勇たちに見せながら説明を続けた。
「マークしたその地点にある洞窟から不気味な呻き声が聞こえる様になったと言う情報が入っていたんです。しかも、その周囲の村では失踪事件が相次いでいるとか」
「そりゃ怪しいな。呻き声ってのも気になる」
「ええ、ですから真美さんは今日の午後にそこを調べる事を決めたそうです。ドライバ所有者のお二人にも同行して欲しいと言ってました」
「どうせ嫌だって言っても拒否権無いからな。分かったよ」
「……勇、口ぶりに反してなんだか楽しそうじゃない?」
嫌々真美たちに付き合う様に言いながらも笑顔を浮かべている勇に対して謙哉が突っ込む。それに対して、勇は興奮したような口調で語り始めた。
「だってよ、今回初のダンジョン攻略だぜ!?ゲームらしくってワクワクするじゃねぇかよ!」
「ま、まぁ、確かに未知の場所を調べるのは好奇心が疼きますけど……」
「だろ?マリアもそう思うだろ!?」
「まったく……油断しないでよ?」
「分かってるって!」
そう言いながらも好奇心の高まりを隠し切れない勇はにやにや笑いながら腕を組んでこの後のソサエティ攻略に思いを馳せる。しかし、突如ポケットに手を突っ込むとそこから自分の携帯を取り出した。
「あ、やっぱLINE来てた。葉月の奴か」
「は、はいっ!?」
画面に映し出された通知を見た勇の呟きに対して大げさに反応したマリアはこっそりと勇の携帯を盗み見る。ちらりと見えたLINEの履歴には、大分長い会話の痕跡が見られた。
「……い、いつの間に連絡先を交換していたんですか?」
「いつって、この間の合宿の時に決まってんだろ。同じドライバ仮面ライダーとしてよろしくね~!って言われて連絡先を教えてもらったんだよ」
「一応、僕も教えて貰ったけど……」
「ひ、ひぃ……!」
マリアの脳裏に大浴場で葉月に言われた言葉が浮かび上がる。
勇の事を好きだとあけっ広げに言った葉月のあの言葉は冗談でも何でも無かったのだ、その証拠に彼女は実に積極的に勇に近づいてきている
目の前でたぷたぷと画面を操作して葉月に返事を返している勇はその好意に気が付いている節は無いものの、彼女は着実に勇に対して外堀を埋めながら接近しているのだ
(わ、私だって勇さんの連絡先を知らないのに……!)
頭の中に葉月の可愛らしくも何処か憎らしい笑顔が浮かんでくる。同時に自分に投げかけられた言葉である「ライバル宣言は何時でも受け付ける」という言葉もだ
(ああ、でも勇さんとは友達で、こんな風に思ってしまうのは私が浅ましいからで……でも、なんだか新田さんに勇さんが取られるのは釈然としないというか……)
目をぐるぐると回し、顔を真っ赤にしながら苦悩するマリア。どっこい勇はそんな彼女の様子に気が付く事も無く謙哉と談笑している。
「……そういえばお前、水無月と連絡先交換したのか?」
「一応……」
「まぁ、まったく使わないだろうけどな」
「いや、使ったよ。使わない方が良かったと思うけどさ……」
「え?何、何があった?」
「……テストも兼ねて最初に『これからよろしく』って送ったら、『さっさと死んで』って返信が帰って来た」
「うわぁ……」
遠い目をする親友に対して不憫な思いを抱いた勇は謙哉を励ますべく、明るい口調で彼の肩をばしばしと叩きながら話を始める
「ま、まぁでもよ!憧れのアイドルと連絡先交換できただけでもありがたいと思わなくちゃな!」
「……そうだね。普通はお近づきになれる訳が無い相手だもんね」
「そうだぜ!そういや昨日、葉月からこれからよろしくの連絡と一緒に写真が送られてきてさ!流石アイドルって言うの?自撮りも上手くて可愛く取れてるんだよな!」
「……対して僕は死んでの一言かぁ」
「あ、いや……そう言う事もあるって!な?ほら、葉月の写真見るか?可愛んだぜこれが!そうだ、マリアも見るか?」
必死に謙哉を励まそうとする勇はマリアに援護を求めて話を振る。しかし、そんな思いに反してマリアは自分を恨みがましい目で見て来ているではないか
「……マリア?」
不思議に思った勇が名前を呼ぶと、マリアはハムスターよろしく頬をぷくーっと膨らませて自分を睨んできた。たぶん怒っているのだろうが、その表情があまりにも可愛らしい為ついつい勇は噴き出してしまった。
「むぅ…!もう、勇さんなんて知りません!」
そんな勇を見たマリアはぷいっとそっぽを向くと椅子から立ち上がってその場から去ってしまった。その背中を見ながら勇は考える
「……なぁ謙哉、俺、マリアになんかしたかな?」
「……さぁ?僕もわからないなぁ…」
揃って首を傾げる勇と謙哉、実に不思議そうにマリアの後ろ姿を見つめながら、にぶちん二人はマリアが怒った理由について議論を重ねていたのであった。
そして午後のソサエティ探索の時間、勇たちは件の洞窟へとやって来ていた。
洞窟は思っていたよりも広く、中は暗そうだ。しかも聞こえてくる呻き声がとても不気味とくれば誰だって身震いする。
「……なにここ、怖っ」
「弱音はいてんじゃないわよ龍堂、ほら、さっさと行くわよ」
「待てよ真美!先に俺達が入って安全を確認しないと……」
真美は少数精鋭の探索メンバーを率いて一足早く中へと入って行く。その後ろを慌てて追う光牙を笑いながら見た勇は、洞窟の入り口で突っ立っていたマリアに気が付いた。
よく見れば多少顔が青い、彼女もこの洞窟を不気味だと思っているのだろう。そう考えた勇は彼女の緊張をほぐしてやろうと声をかける。
「大丈夫かマリア?確かにここお化けが出そうだしな~」
「……だ、大丈夫です。別に怖がってなんかいません!」
「いやいや、顔が青いぜ?本当は怖いんだろ?」
「違います!全然怖くなんかないですからね!」
そう言うとマリアは中へと駆け出して行ってしまった。マリアも多少意地っ張りだなと思いながらその背中を見送っていた勇だったが、気が付けば自分以外のメンバーは中に入った様だ。
置いてきぼりにならない様に自分も中に入ろうと思い、勇もまた洞窟へと足を踏み入れた。
「……中は意外と綺麗ね。足場も安定してるみたい」
「ああ、しかし何があるかはわからない。注意していこう」
先頭を歩く真美と光牙は注意しながら先へと進んでいく。二人とは対照的に後衛で後詰を務める勇と謙哉は、洞窟の中を見渡して観察する。
真美の言う通り洞窟の中は案外綺麗だ、決して明るいとは言えないが不気味な外観からは想像できないほどに片付いている。
舗装された足場、所々に設置された松明や扉など、洞窟とは思えない中身には驚かされるばかりだ。
「これ、本当に洞窟か?」
「どちらかと言えば秘密基地みたいな感じだよね?」
思い思いの感想を口にする二人はやはりこの洞窟に何らかの違和感を感じている様だ、しかめっ面の勇ときょろきょろと周りを見渡す謙哉は集団から離されていくが、同時にもう一人列から遅れて歩く人物もいた。
「……なぁ、マリア。お前やっぱり怖いんだろ?」
「いいえ!ぜんっぜん怖くなんてないです!」
「でも、脚が震えてるよ?」
「これはあれですよ!この先に居る強敵と戦う事を考えて武者震いがするだけですよ!」
強がるマリアはその場でシャドーボクシングの真似事をして二人を威嚇する。仲間に対してそんな事してどうするんだと心の中でツッコミを入れながら二人が顔を見合わせた時……
ーーーーうおぉぉぉぉん……
「ひぃっ!?」
洞窟の入り口で聞いたあの不気味な呻き声が響き渡り、その恐ろしさにマリアはびくっと震えて身を竦ませた。
人の物とは思えないその声は空気を振動させて長い間響き渡る。ここが洞窟の中というのもあるのだろう、反響する声は何割増しかで聞こえて来た。
「……今のはあれですよ、いきなり聞こえて来たから驚いただけで、決して怖かったわけではないです!」
「いや、まだなんも言ってないじゃん」
「言うつもりだったでしょう!?勇さん、いじわるですから!」
先んじて断ったマリアはそう言って自分の近くの壁をバンと叩く。それは彼女にとってはごまかす為の行為だったのだが、3人にとって驚きの結果をもたらした。
ーーーガキッ!
「え……?きゃぁっ!?」
「マリアっ!?」
突如マリアの姿が横倒しになって勇たちの視界から消える。驚いた二人が急ぎ彼女の傍に駆け寄ると、そこには一見すると分からない様に細工されたドアが開いていた。
「……隠し扉、ってやつか?」
「だね。マリアさんが叩いた部分がちょうどドアになってたんだ」
何かの罠にマリアが嵌った訳では無いと知った二人は一度は安堵した。しかし……
「……きゃぁぁぁぁぁっ!」
扉の奥から聞こえてくるマリアの悲鳴を聞いた二人は再び緊張した顔つきになると扉の先を見る。生き物が動く気配は無いもののマリアが悲鳴を上げた事を考えると何かあるのだろう。
謙哉が近くにあった松明を手に取り頷く、勇はそれを見て頷きを返すと一歩そのドアの先へと足を踏み入れる。むあっとした臭気が鼻を突き、勇は顔をしかめた。
「マリア!何処だ?無事なのか!?」
「い、勇さん……」
勇の呼びかけに応じた弱々しい声のした方向に謙哉が明かりを向けると、そこにはへたり込むマリアの姿があった。彼女の無事を喜ぶと、勇は急いでマリアを抱え上げる。
「大丈夫か?何があった?」
「あ、あれを……」
マリアが部屋の一部を指さす。そこに明かりを向けた二人は、驚きの光景を目にした。
「こりゃあ……」
「酷い……っ!」
形も不揃い、整列されている訳でも無く地面に転がる白い物。それが人の骨である事に気が付いた二人は顔を歪ませてそれを見る。
見ていてあまりいい気分はしないが、何故こんな物がここにあるのかを知る為には観察が必要だ。一歩足を進めた二人の耳に、マリアの震え声が届いた。
「も、もしかして……近隣の村で行方不明になっている人たちの……!?」
「……ありうる、な」
その想像が正しい可能性に気が付いた勇はさらに顔を不快感で染めた。本物の人間では無いとは言え、実に人に近い姿をしたソサエティに住まう人々のなれの果てがこれだと言うのならあまりにもひどすぎる。
中には子供ほどの頭の大きさの骸骨もある。それを見ていた謙哉も悲しそうに顔を伏せた。
「……食べられちゃった。って事なんでしょうか?」
「おそらくな……連れて来られた奴らは、ここに住む何かの餌にされたって訳だ」
「……酷い話だよ。たとえゲームの中とは言え、良い気分になるもんじゃない」
謙哉の言う通りだ、エネミーと言う存在が人を喰らうとは初めて知ったが、RPGの世界ではよくある話だ。
とは言え、ポリゴンやCGであらわされたゲームの世界と現実そのものと言っても差し支えないソサエティの中の世界では大きく感じ方が変わる。あまりにもリアルに示されたその『死』の形に恐怖と共に深い怒りが浮かんでくる。
「……ん?」
部屋中に散らばる骸骨を見ていた勇だったが、壁に刻まれた謎の文字を見てそちらに注意をひかれる。自分の声に気が付いたマリアと謙哉もそろって同じものを見ていた。
「これは……何かの暗号かな?」
「いえ、単純にこの世界での古代文字かなにかなんでしょう。記録して、拠点に帰ったら翻訳してみます」
そう言うとマリアはゲームギアを向けて写真を撮り始めた。松明の明かりを頼りに文字を映していくマリアに協力しながら、謙哉は勇に話しかける
「これ、一体なんて書いてあると思う?この洞窟の攻略のヒントかな?」
「………」
「……勇?どうかしたの?」
自分に対して言葉を返さない勇に対して怪訝な顔をする謙哉、しかし、勇はじっと文字を見つめて瞬き一つしない。
マリアも勇の妙な様子に気が付き写真を撮るその手を止める。二人の注目を浴びてから暫し立った時、おもむろに勇は口を開いた
「『ここは暴食の洞穴、6人の魔人の一人が住まう場所』……」
「えっ!?」
「勇、この文字が読めるの!?」
「……分かんねぇ、でも、なんか書いてあることが分かるんだ」
「そ、それで、続きはなんと!?」
「ええっと……『6人の魔人、1人の男の欲望が作り出した悪しき偶像なり。強欲より生まれしその6人は、それぞれ憤怒、色欲、怠惰、暴食、嫉妬、傲慢を司りし者なり。彼らすべてを倒すことが、この世界を救う事と知れ……』か…?」
「6人の魔人だって…?一体どういう意味なんだ…?」
勇がその文字を読めたことも驚きだが、それ以上に謎の残る文字の意味に頭を悩ませる三人
強欲より生まれた6人の魔人……謎の脅威を感じるその一文に勇が目を奪われていると、3人のゲームギアが同時に鳴った。
「通信…?真美さんから!?」
『ちょっと!あんた達今どこに居るのよ!?』
「な、何かあったの?」
通信が開始されると同時に聞こえてくる真美の怒号×3に耳を抑えながら訪ねた謙哉に対して、真美は深刻な顔つきで答える。
『ボスよ!しかも今までのとは大違いのボス!魔人よ!』
「ぐわぁぁっ!」
「光牙っ!」
攻撃を受けて吹き飛んだ光牙を庇う様にして櫂がその前に立つ、立ち上がりながらも今の攻撃の威力に驚きを隠せない光牙は敵を見ながら呟く
「なんて恐ろしい敵なんだ……!」
「ふん!ぬるいぬるい!その程度の腕前でこの『暴食魔人 ドーマ』に挑むとは愚かなり!」
そう言って光牙を挑発したその敵の姿は、一言で言えば巨大な蛙だ。ツルツルとした緑色の肌に飛び出しぎょろついている目、大きな口から見える舌はとても長い。
だが、人語を介しているこの巨大な蛙の戦闘力は今まで戦ったどの敵とも比べ物にならないほどに強い。まるで歯が立たない相手を睨みながら光牙は剣を構える。
「光牙!こいつ今までのエネミーとはなにかが違うぜ!」
「ああ、暴食魔人だなんて二つ名が付いてる位だ、とんでもない大物だよ」
そう言いながら駆け出した二人はそれぞれの武器を振るって攻撃を仕掛ける。しかし、ドーマはその攻撃を簡単に防ぐと、口から出した舌で二人を薙ぎ払った
「くっ!?」
「ちいっ!」
バシンっと体を打たれた二人は大きく吹き飛びながらも空中で体勢を立て直す。何とか地面に着地した二人だが、敵の強大さにどう攻撃を仕掛ければ良いのかがわからなくなっていた。
「どうした?もう仕掛けて来んのか?では、今度はこちらから行くとするか!」
「くっ……!」
言葉通りこちらに駆けて来るドーマの攻撃を何とか防ぎながら応戦する二人だったが、その戦いぶりにはまるで余裕がない。周りの生徒たちもすでにドーマによって攻撃されて動けない状況になっており、援護も望めない状況の中で必死に二人は戦いを続けている。
「光牙さんっ!櫂さんっ!」
「あれがここのボスか!?」
そこへやって来た勇たち三人はドーマのその恐ろしいまでの強さを見て愕然とする。魔人の名にふさわしい戦闘能力を見せるドーマは光牙を吹き飛ばすと、今やって来た3人へと視線を向けた。
「ほう……まだ仲間がいたか、しかし、何人増えても同じことよ!」
ぷっ、とドーマが噴き出した唾が水弾となって勇たちに襲い来る。マリアを庇いながらその攻撃を避けた勇は、同じく反対側に飛び退いて難を逃れた謙哉と顔を見合わせると、ギアドライバーを構える。
「気を付けろよ謙哉、あいつ、今までの敵とは一味違うぞ!」
「分かってる、勇も油断しないようにね」
互いに注意を呼びかけ合うとホルスターからカードを取り出す。自分たちを睨んで動かないドーマを睨み返すと、二人は同時に叫んだ
「「変身っ!!!」」
<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>
<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>
「面白い……お前たちも鎧を持つ戦士だったか!」
歓喜の声と共に二人に向かって駆け出してくるドーマに対して、まずは謙哉が仕掛ける。助走を付けた後に跳び上がると、振りかぶった拳を相手に向けて振り下ろす。
しかし、その一撃を躱したドーマは悠々と反撃を仕掛けて来た。拳、蹴り、手刀……次々に繰り出される鋭いその攻撃を謙哉は盾で防ぐと後ろへ飛び退く、そうしてできたスペースに向かって走り込んできた勇は、謙哉が稼いでくれた時間を使って呼び出したディスティニーソードを構えてドーマに斬りかかる。
「ぬうっ!?」
予想以上に早い勇の攻撃に堪らず引いたドーマは、長い舌を使った遠距離戦へと戦いを移そうとした。早速舌を伸ばして勇を吹き飛ばそうとするも、今度は謙哉がその前に立ち盾で舌を防ぐとそのまま舌を掴んで引っ張り上げたではないか
「うおおっ!?」
ぐいっ、と引っ張られたドーマはすごい勢いで二人の元へと近づいていく。勇はそれを見るや否や同じくらいの勢いでドーマに接近すると、その脇腹を剣で切り裂きながら駆け抜けた。
「せいやっ!」
痛みに耐えるドーマに対して舌を掴んでいた謙哉もまたその顔面に拳を繰り出す。二人の見事な連携にダメージを受けたドーマは大きく吹き飛んで壁にぶつかった。
「……謙哉、あいつは強いが倒せない程じゃねぇ!」
「ああ、前に戦った巨大ロボと比べれば簡単な相手さ!」
そう言いながら二人は怯むドーマに対して次々と攻撃を仕掛ける。勇が剣を振るったかと思えば、次の瞬間には謙哉の蹴りがドーマを捉える。ドーマの反撃も謙哉が盾で防ぎ、その間に出来た確かな隙を逃さずに勇が斬り付けて行く。
「な、なるほど……お前たちは先ほどの二人とは違う様だな…!」
「へっ!第二形態とか奥の手とかがあるんだったらさっさと出しな!じゃないと手遅れになるぜ!」
調子よく勇がドーマを挑発する。無論、単純な言葉での攻撃のはずでそこまで深い意味はなかったのだが……
「……なるほど、出し惜しみはしていられないと言う事か……ならば!」
「へっ…?」
何か嫌な感じを覚えるドーマの言葉に勇は間抜けな声を出す。そんな勇を放っておいて、ドーマは腕を交差すると何やら力を溜め始めた。すると……
「ぬおぉぉぉぉぉぉっ!」
「げえっ!?マジかよっ!?」
ブクブクと膨れ上がったドーマの姿は四足歩行の巨大な蛙へと姿を変えた。勇の言った通り奥の手である第二形態へと変貌したドーマは、口から先ほど繰り出した唾の水弾を連射していく。
「あぶねぇッ!」
先ほどより口の大きさが増したために巨大になった水弾は部屋中へと乱射されていく。倒れている生徒たちを庇いながら攻撃を避ける櫂は、勇に対して抗議の声を上げた。
「おい龍堂!お前何余計な事をしてくれてんだ!?」
「まさか本当に第二形態があるとは思わなかったんだって!」
攻撃を避けながら言い訳をする勇、連続して飛ばされてくる水弾に対して有用な反撃手段を思いつかない勇たちは必死になって攻撃を防ぎ続ける。すると……
「ぐっ……うぅ……っ」
ドーマが苦しそうな声で呻くと水弾の勢いが弱まった。巨大な体になったドーマは悔しそうに呟く。
「ぐぅ……やはりこの姿はいつもより早く腹が減る……このままでは……むぅ?」
「え……?」
ぎょろり、と動いたドーマの目が一人集団から離れていたマリアを見る。柔らかく、美味そうな彼女の姿を見たドーマはにたりと笑うと、すごい勢いで空中へと跳躍した。
「女ぁ…っ!丁度良い、我が糧となれ!」
「ま、マリア!逃げろっ!」
口を開いて彼女へと襲い来るドーマを見た光牙はマリアに対して逃げる様に叫ぶも彼女はその場から動けないでいた。もの凄い勢いで自分に迫りくるドーマを前にして、マリアも気が動転しているのだろう
マリアの脳内には先ほど見た無数の骸骨の映像が浮かび上がっていた。ドーマの行動を見るに彼らを食したのは他ならぬドーマなのだろう。そして、自分も今、同じ運命を辿ろうとしている。
「い、いや……っ!」
何とかして逃げようとするも脚に力が入らずにへたり込んでしまう。もはや絶体絶命のマリアは覚悟を決めて目を閉じた。が…
「マリアっ!掴まれっ!」
「え……?い、勇さん!?」
自分を抱きかかえる腕の感触に目を開いてみれば、勇が自分を救い出そうとして駆け寄ってくれていた。自分を抱きかかえて後は逃げるだけだが、ドーマはそれを許すつもりは無いらしい。
「逃がすかぁぁっ!!!」
「だ、駄目です勇さん!私を置いて逃げて……!」
「んな事出来るかよ!」
自分を抱えていては逃げきれない。そう判断したマリアは勇を突き離そうとするが、勇は決してマリアを離そうとしない。そうこうしている内にドーマに追い付かれた二人は、その大きな口の中に放り込まれてしまった。
「そんなっ!?」
「勇っ!マリアさんっ!」
「ぐはははは!まさか二人も食えるとはな!もうけたもうけた!」
真美と謙哉の悲痛な叫びとドーマの笑い声が響く、一連の出来事を見ていた生徒たちは言葉を失いその笑い声を聞き続けている。
「ぐははははは………ん?」
だが、笑い続けていたドーマに変化が現れた。なにか不思議な顔をしたかと思うと、急に苦しみ始めたのだ
「な、なんだ!?なにが……ぐぅぅっ!?」
<ディスティニー! シューティング ザ ディスティニー!>
「ぐえぉぉぉぉぉぉっ!?」
低く響く電子音声と共に苦しみの雄叫びを上げるドーマ、その口からは幾つもの光弾が吐き出されている。
「おらっ!早く外に出しやがれ、この蛙野郎!」
「おぼえぇぇぇっ!」
咳き込むようにして苦しんだドーマ、その口からマリアを抱えた勇が飛び出して来たではないか
ガンナーフォームへと姿を変えた勇は、飲み込まれたドーマの体内で滅茶苦茶に銃を撃ちまくったのだ
その攻撃に堪らず勇たちを吐き出してしまったドーマに対して、勇はしかめっ面で抗議する
「うげぇ……何汚い真似してくれてんだよ!あぁ、なんかくっせぇし……」
「この…っ!よくも人間ごときがぁっ!」
辺り一面に吐瀉物を撒き散らした後で立ち上がったドーマは、勇に対して雄叫びを上げる。しかし……
「黙ってろってんだ!こっちも飲み込んでくれた礼をしてやるよ!」
<マシンガンモード!>
近づこうとするドーマに対して繰り出される銃弾の雨、一発二発では済まない脅威の攻撃にドーマが怯んだのを見た勇は、ディスティニーブラスターを構えて狙いを定める。
「さぁ、ボーナスステージと行こうか!」
<必殺技発動! バレットサーカス!>
「ぐっ……がぁぁぁぁっ!!!」
ディスティニーブラスターに収束されていく紅の光が一際大きく輝くと、先ほどまで放たれていた弾丸をはるかに超える威力の光弾が発射される。
巨大な光弾を目や顔に受けたドーマはひっくり返り、文字通りもがく様にして苦しみ始めた。
「良しっ!今だっ!」
<パイル!サンダー!>
「必殺技発動! サンダーパイルナックル!」
ここを最大の好機と見た謙哉が走り出すと、カードを使って必殺技を繰り出す。雷光に包まれた彼の拳が苦しむドーマの腹にぶち当たると、ドーマはさらに大きく苦悶の声を上げた。
<パワフル!スロー!>
<必殺技発動! ブーメランアクス!>
「俺も行くぜっ!」
力の強化と投擲能力の強化のカードを使った櫂もまた己の武器であるグレートアクスを放り投げて必殺技を繰り出す。すさまじい回転と勢いを乗せたその一撃は、ドーマを追い詰めるだけの威力を誇っていた。
「光牙っ!後はお前が決めろっ!」
「あ、ああっ!」
櫂の言葉に反応した光牙は全速力で駆ける。そして、自分の剣に二枚のカードを読み取らせた。
<フォトン!スラッシュ!>
<必殺技発動!プリズムセイバー!>
「やああぁぁぁぁぁっ!」
跳び上がり、空中から剣を振り下ろす光牙。同時に剣に纏われた光のオーラも振り下ろされ、真正面からドーマの体を真っ二つに切り裂く。
「ぐおぉぉぉぉぉぉっ!ば、馬鹿なぁっっ!?」
4人の仮面ライダーの必殺技を連続で受けたドーマは、ついにその体を崩壊させながら断末魔の声を上げた。この恐るべき魔人との戦いについに決着がついたのである。
それぞれの必殺技を繰り出したライダーたちは並び立ちドーマを見つめる。最後の最後まで油断せず、敵が消滅するかを確かめているのだ。
その思いもあってか、ドーマは更なる変身や復活などの奥の手を使う事は無く。このまま消滅しそうであった。しかし、最後に彼は気になる事を口走る。
「……見ていろよ人間ども!この魔人ドーマは6人の魔人柱の中でも最弱、他の魔人たちがお前たちを抹殺するであろう!」
「魔人柱?他の魔人?それは一体どういうことだ!?」
「ふふふ……そのうちわかるさ、そして、その意味を知った時こそが、お前たちの死ぬ時だ!あーっはっはっは!」
最期の抵抗と言わんばかりに高笑いを続けたドーマはそのまま消滅した。その場に居た全員の耳にこびりついた笑い声だけを残して
後にはただ、虹彩学園の生徒たちの姿が残った。ゲームクリアのリザルトや勝利の栄光に身を任せる訳でも無く、彼らはただただ立ち尽くしていたのであった。
「……や、やっぱり離して下さい!恥ずかしいです!」
「気にすんなって、それに腰抜けて歩けないんだろ?」
「で、でもぉ……」
ドーマを倒した後の帰り道、マリアは勇に抱きかかえられながら恥ずかしそうに顔を手で覆っていた。今の彼女は勇にお姫様抱っこをされた状態となっており、周りの生徒たちもそんなマリアの事をちらちらと見ている。
「私、あの魔人に食べられちゃったからぬるぬるしてますし……それに、臭いですし……」
「んなもん俺だって一緒だっつの!」
「で、でも!勇さんは変身してたから装甲の部分が汚れただけじゃないですか!私なんて服がべたべたして気持ち悪いですぅ……」
ぐっちょりと濡れた制服を見ながらマリアが泣き言を零す。スタイル抜群の彼女が粘液性の高い液体に濡れている状態というのは非常にそそるものがあるのだが、勇はそんな煩悩を脳内ディスティニーブラスターで撃ち抜くと快活な笑みを浮かべた。
「まぁ、今日のソサエティ探索はこれで終わりだし、さっさと帰ってシャワーでも浴びようぜ」
「そう、ですね……それにしても……はぁぁ///」
「だから恥ずかしがんなって!誰も気にしてねぇよ」
「そうじゃなくってですね……その、なんと言うか……」
勇の言葉に対して深く何度も深呼吸をした後で、マリアは真っ赤になった顔をさらに赤くしながら、伝えたかったことを口にした。
「……助けてくれてありがとうございました。私、嬉しかったです」
「んな事気にすんなよ。仲間を助けんのは当然だろ?」
「そうかもしれないですけど、自分の身を顧みず私を助けてくれた勇さんは、その……すごく、カッコよかったです」
「……そ、そうか?」
「はい!とっても!」
マリアの柔和な笑みを浮かべた表情でそんなことを言われて照れない男など居はしないだろう。勇もまた顔を赤くしながら笑うと、抱えたマリアを落とさぬようにしっかりと抱きしめてから帰り道を歩いて行ったのであった。
「……まただ、また、俺は……っ!」
帰り道、一番後ろで光牙は悔しそうに呟く。今回の戦い、自分は何もできなかった。
大切な仲間を助けたのも、敵にとどめを刺す絶好のチャンスを作ったのもすべて勇だ。自分はただ、彼の後馬に乗ったに過ぎない。
「こんなんじゃ駄目だ……!こんなんじゃ俺は、勇者になれない……っ!」
自分の遥か前でマリアを抱きかかえながら笑う勇、悔しさをかみしめながら最後列に居る光牙との差をまじまじと現されている様で、その事にも光牙は悔しさを募らせた。
(超えなきゃ駄目なんだ……俺は、彼を……龍堂勇を……!)
深く心に刻まれたその思い。純粋な尊敬とも、超えるべき目標として設定するのともまた違うその感情は、清廉潔白な光牙の心の中に暗く淀んだ物として居座り始める。
勇を映すその瞳に黒い影が宿った事を、このときはまだ誰も知らなかった。