仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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恐怖!女の本性!

 

「一体何があったってんだよ!?謙哉が水無月を襲っただと!?」

 

夜のキャンプ場に勇の声が響く、薔薇園学園の女子たちから聞かされた言葉をどうしても信じられない勇は事の詳しい説明を求めて彼女たちに詰め寄るが、女子生徒たちはそんな勇に対して冷ややかな視線を返すだけだ

 

「言ったでしょう、水無月さんはこの男に襲われたのよ!これはれっきとした犯罪よ!」

 

「すぐに園田理事長が来て、この男を処罰してくれるんだから!」

 

皆一丸となって口々に勇を責める。どうやら彼女たちの中では謙哉が犯人で間違いないと思われているらしい。腹立たしさと共に勇が反論をするよりも早く口を開いたのは、謙哉と同じD組の生徒達だった。

 

「謙哉がそんなことする訳無いだろ!あいつの事は一年から知ってる、女を襲うような真似をする奴じゃない!」

 

「何かの間違いよ!虎牙君はそんなひどい人じゃないわ!」

 

皆、口々に謙哉をかばう発言をして薔薇園の女子たちに立ち向かっている。その義理堅さに感謝しながらD組での謙哉の信頼の深さに感心していた勇だったが、一人の生徒がふと思い至った可能性を青ざめた顔で口にした瞬間、一帯の空気が激変した。

 

「……もしかして、お前が虎牙を嵌めたんじゃないのか?自分を襲ったって言って、虎牙を犯罪者にしようとしたんじゃ…!」

 

「なっ!?」

 

玲を睨みそう言った彼の発言に一同は驚いたが、同時にあり得る可能性だと言う事にも思い至る。玲は謙哉を嫌っていた。いつまでも自分にかかわろうとする謙哉を徹底的に排除するために非道な手段に出たのかもしれない。

 

騒めき立つ周囲の反応をよそに玲は表情一つ変えずに黙っている。勇はそんな彼女に詰め寄ると、険しい顔で彼女を睨みながら言った。

 

「どうなんだ?まさか本当に謙哉を嵌める為にこんな真似を……!」

 

「……ちょっと待ってよ。私だって程度は知ってるわ、そんな馬鹿な真似はしないわよ」

 

「嘘だ!虎牙に対してあんなに冷たく接してた癖に!」

 

「だから待ちなさいよ!そもそも私はあいつに襲われただなんて一言も言ってないわよ!」

 

「えっ……!?」

 

玲のその言葉に驚く勇、確かに自分が来てから玲が発言した覚えは無い。だとしたら何故謙哉は犯人に仕立て上げられているのか?その理由を探るべく勇は玲を問い質す。

 

「おい、じゃあ犯人は謙哉じゃないのか?誰がお前を襲ったんだよ?」

 

「……分からないわ」

 

「はぁ!?それじゃ困るんだよ!謙哉が犯人にされちまうだろ!」

 

「そんな事言ったって私だって分からないんだから仕方が無いじゃない!襲われた後、気を失って気が付いたらこんな騒ぎになっていたんだもの!」

 

必死に叫ぶ玲からは嘘をついている様子は見受けられない。だとしたら、まずは状況を完全に把握する事が最優先では無いのだろうか?

 

「……騒ぎを止めよ。状況はある程度聞いたが、まだ不透明な部分がある。詳しく話を聞くために、状況を知る者から話が聞きたい」

 

勇がそう思った時だった。園田がこの場に現れ、皆を纏めるべく発言したのだ。未だ興奮が収まらなかった面々だったが、園田のその一言に対してしぶしぶ納得すると一同に押し黙った。

 

「……よろしい。ならばまずは時系列の整理だ、玲、お前がここに来た時の事を話してくれ」

 

「……多分、今から一時間前くらいの事です。夜の自由時間になったのを確認した私は、この大浴場に来て入浴を始めました」

 

「何故指定された時間に入浴を済ませなかった?自由時間とは言え、この大浴場を自由に使って良い訳では無いんだぞ?」

 

「……騒がしいのが嫌いだったもので、それを避けたかったんです。すいません」

 

「今はその件は後回しにしよう。一時間前と言ったな?その時間に虎牙と行動していた者はいるか?」

 

「それなら俺っす。その時間、俺と謙哉は一緒に葉月たちのコテージに行ってました」

 

園田の質問に勇が手を挙げて答える。その言葉の後を継ぐように葉月とやよいが口を開いた。

 

「私たち、明日の模擬戦で組むペアなのでその時の作戦を話し合おうと二人を呼んだんです」

 

「その時には、もう玲はコテージを出てたと思います」

 

「……龍堂、虎牙とお前は3人のコテージに着いた後、どうしたんだ?」

 

園田のその質問に、勇はその時の状況を思い返しながら答える。

 

「謙哉は、コテージに着いてすぐに水無月と話がしたいって言いだしたんです。でも、その時水無月はコテージに居なかった、だから…」

 

「アタシが、もしかしたらその辺に居るかもしれないから探してくれば、って言ったんです。謙哉っちはアタシの勧めに従って玲を探しに出かけて、でも、なかなか戻ってこないから変だなって勇っちと話して」

 

「んで、留守番にやよいを残して謙哉と水無月を探しに出たんです。その時には、謙哉が水無月を探しに行ってから30分くらい経ってたと思います」

 

「ふむ……では、虎牙はその間に事件に巻き込まれたと考えるべきだな。玲、その時お前は何をしていた?」

 

勇と葉月の話を聞いた園田は今度は玲に質問を振る。玲は、少し悩んだ後でその質問に答え始める。

 

「……入浴していました。バレたらまずいと思ったので電気等は消したままで大浴場で過ごしていたんですが、その時に脱衣場から物音がして……」

 

「それで、どうした?」

 

「……気になった私は脱衣所へ行って、何があったのか調べようとしました。当然、真っ暗だったので電気を点けようとスイッチを探していたら………突然、頭に衝撃が走って……」

 

「気を失った。と?」

 

「……はい。目が覚めたら脱衣場にはたくさんの女子と気を失った彼が居て……今に至ります」

 

「なるほどな……では最後にその多数いた女子の話を聞かせて貰おうか」

 

「あ、はい!じゃあ、私が代表して!」

 

こほんと咳払いした一人の女子生徒が少し興奮した顔つきで立ち上がると、捲し立てる様にして自分の見た事を語り始める。その場に居た全員が、彼女に注目してその話を聞いていた。

 

「私たちは他の女子のコテージに遊びに行こうとしていたんです。それで、ここを通りがかったら男の人の声がしたんですよ!何処から聞こえてくるのかなと思って調べてみたら、女子の脱衣所から聞こえて来るじゃありませんか!だから、怖かったけど皆で中に入って、電気をつけてみたんです!そしたらなんと……!」

 

身振り手振りを大きく加えながら話す女子生徒、話にやや誇張が入っている気もするが今は何が起きたのかの大筋を理解するのが優先だと勇は黙っておいた。

 

「……そこには、裸の水無月さんを抱える男の姿があったんです!無論、そこで寝ているその人でしたよ。私たちは水無月さんが危ないと思ってあの人を取り押さえて、きつい一発をお見舞いしたんです!そしたら彼は気を失ってですね……!」

 

「なるほど、今に至ると言う訳か……大体の事情は分かったな。後は……」

 

「はい!この男を処罰するだけですよね!」

 

「は!?」

 

爛々と目を輝かせた女子生徒が得意げな表情で園田に意見する。その言葉を聞いて驚きの声を上げた勇に対して、女子生徒はこれまた得意げな顔を見せるとまるで難事件を解決する探偵の様に自分の考えを語り始めた。

 

「ふっふっふ……今の話で全部わかったでしょう?この男は、時間外に入浴していた水無月さんを闇に紛れて襲い、乱暴を働こうとしたんですよ!間一髪で私たちがやって来て犯行は阻止されましたが、こんな危険な生徒を放っておくわけにはいかないでしょう?即刻、処罰が必要です!」

 

「……そうね。確かに今の話を繋ぎ合わせるとそうなるわよね」

 

「水無月さんも悪いと思うけど、非力な女性を襲うなんて見下げた男よね!退学……いえ、逮捕されると良いわ!」

 

女子生徒の推理に彼女も周りに居た女子たちが次々に賛同する。だが、完全に謙哉が犯人だと思い込んでいる彼女たちに対して勇は軽くため息をつくと、親友の名誉を守る為に反論を開始した。

 

「……残念だがその推理は的外れだぜ、どこをどう取っても今までの話は繋がらねぇよ」

 

「何を言ってるんですか?あなたが親友を庇いたい気持ちはわかりますが状況証拠は十分すぎるほどに……」

 

「揃ってるかもな。どっこい、一つだけどうあがいても説明できない事があるんだよ」

 

「な、なんですか?どうせ苦し紛れのハッタリでしょう?」

 

「そっか……謙哉さんの顔の傷ですよ!」

 

「そうだぜマリア、それが説明つかねぇんだ」

 

マリアに対して人差し指を向けながら正解の意を示した勇は気を失ったままの謙哉に近づくとその顔に残る痛々しい傷を指し示しながら話を続ける。

 

「さっきも話した通り、俺は水無月を探しに行く前の謙哉と一緒に居た。その時、謙哉の顔にはこんな傷は無かった。って事は、この傷はこの30分くらいの間に出来たものだって事だろ?じゃあ、一体何で謙哉はこんな怪我をしたんだ?」

 

「そんなの簡単に想像がつくじゃない!この男が水無月さんを襲った時に反撃を受けて出来た傷よ!それ以外に何か考えられる!?」

 

「あ……そっか、そう言う事か!」

 

「ほら!新田さんだって納得したわよ!醜いあがきは止めて親友の罪を認め……」

 

「違う違う!勇っちの言う通りだよ!アタシも最初は勇っちが何言ってるか分かんなかったけど、確かに話は繋がんないね!」

 

「えっ!?な、何で!?私の考えは完璧なはず……?」

 

ショックを受けた女子生徒の前でへらへらと笑う葉月は、自分の今しがた理解したというのに妙に偉ぶりながら解説を始めた。

 

「良い?謙哉っちの顔の傷は玲に反撃を受けて出来たもの……そうは絶対に考えられないんだよ」

 

「な、何で!?」

 

「だって、玲は言ってたじゃない。スイッチを探してたら急に頭に衝撃が走ったって……これってつまり、不意打ちを喰らってそのまま気絶したって事でしょう?反撃、出来てないじゃん!」

 

「あっ!」

 

やっと自分の推理の矛盾点に気が付いた女子生徒は口を押えて周りの友達を見る。彼女の友人たちも葉月に指摘されてその事に気が付いたらしく、揃って言葉を失っていた。

 

「で、でも!それが何だって言うの!?この男が一番怪しい事には変わりないじゃない!」

 

「あ~……確かにそうだね。勇っち!これに対して意見は!?」

 

「お前ら馬鹿か?この時点でもう一人話を聞かなきゃいけない奴が浮かび上がってくるだろうが」

 

「だ、誰?」

 

「……今回の事件の容疑者、虎牙謙哉自身だ」

 

教え子たちの様子を見守っていた園田が呆れた様にして答えを言う。驚き彼女を見る教え子たちに向かって鋭い目をした園田は凍り付く様な声で彼女たちを叱責した。

 

「何故彼が傷を負ったのか?そこにはまだ我々が知らない事実があるはずだ、それを聞かずにして彼を犯人扱いするのは早計にも程がある。……そもそも、今の話を聞いてここまで考えが及ばないとは想像力があまりにも貧弱すぎる!」

 

「す、すいません……」

 

園田に怒られ小さくなっていく女子生徒たちを尻目に勇は謙哉の顔の傷を観察していた。

一体どういう経緯でつけられた傷なのだろうか?浅いが鋭く広い範囲に残っている跡を見るに、素手でつけられたものでは無いだろう

つまりはなんらかの凶器を使ってつけられた傷だと言う事だ、ではその凶器とはなんなのか?そこまで勇が考えていた時、謙哉の瞼がぴくりと動いた。

 

「う……ん……」

 

「謙哉!」

 

「……勇?僕は、いったい……?」

 

ゆっくりと目を開けた謙哉はぼうっとした表情で勇の顔を見ていたが、何かを思い出したかの様にはっとした表情になると、そのまま凄い剣幕で勇に話し始めた

 

「そうだ、大変なんだ勇!誰かが水無月さんを襲って、それで、それで……!」

 

「落ち着け謙哉、今その事を話している最中だ。まずい事にお前がその水無月を襲った犯人って事にされかけてるけどな」

 

「僕が……!?そ、そうか……僕はあの後、薔薇園の女の子たちに押さえつけられて……」

 

「……混乱している所悪いが、君の話を聞かせて欲しい。一体君は何を見たんだ?この一件、君が犯人だと断定するには不可解な事が多すぎる。よく思い出して話してくれ」

 

謙哉と勇の話に割って入った園田の言葉に顔を俯かせると、謙哉は自分の身に何が起こったのかを思い返しながら話を始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玲を探すために勇たちと別れてしばらくして、謙哉は大浴場のある広場までやって来ていた。コテージの近くに玲の姿は無く、探し回っている内にここまで来てしまったのだ。

 

(……どこかですれ違ったかな?一度戻ろうか)

 

玲との入れ違いを心配した謙哉が一度コテージに戻って確認しようとしたその時だった

 

ガラガラガラッ!

 

「!?」

 

自分のすぐ近く、大浴場の更衣室の向こう側で何かが崩れる音がしたのだ、その音に反応してそちら側を見た謙哉は首を傾げる。今の時間帯は入浴時間では無い、生徒はここには居ないはずだ。教師が使っているにしても電気が一切ついていないのはおかしい。

 

「……誰かいるの?」

 

一瞬迷った後で謙哉は女子更衣室の扉を開いた。誰もいなければ良し、だがこの状況で誰か居たのならばその理由を問い質さなければならないだろう。

 

「えっと……電気、電気と……」

 

謙哉は壁伝いに手を伸ばして電気のスイッチを探す。そろそろと歩いていた謙哉だったが、足に何か柔らかい物が当たったのを感じて動きを止めた。

 

(……なんだこれ?)

 

湿っているがほんのり温かくて柔らかい。すべすべしている様な気もする。どこかこれと似ている物をほぼ毎日触っている様な気がした謙哉はポケットから携帯を取り出し、ライトをつけてそれをよく見てみた。

 

「……水無月さん!?」

 

照らされたのは良く知る女子の顔、玲の横顔だった。目を瞑り、ぐったりとしているその様子をただならぬ事と感じた謙哉は彼女を揺さぶり起こそうとしたが……

 

「がっ!?」

 

自分の顔に鈍い衝撃、何か固い物で顔面を殴られた謙哉はよろめき後ろの棚に突っ込んでしまう。首を振りながら立ち上がった謙哉の耳に脱衣所の扉が開いて何者かが駆け出していく音が聞こえた。

 

「ま、待て!」

 

倒れている玲、自分を襲った何者かの存在。ここから導き出される事は一つだ。

玲はこの場で誰かに襲われ、その物音を聞きつけて自分がやって来た。その事に驚いた犯人はとっさに謙哉を殴りつけて逃げ出したのだ

 

「み、水無月さん!」

 

謙哉は迷うことなく玲に駆け寄る。重傷を負っていないか?何かされていないか?彼女の身を案じた謙哉は玲の事を抱きかかえ彼女の名前を呼び続けていたが……

 

「……だ、誰かいるの?」

 

その声と共に部屋に光が灯る。声の方向を見ていた謙哉はそこに現れた数名の女子を見て安堵した。

 

(良かった!これで先生を呼んでもらえる!)

 

危険人物が居るこの場に玲を置いて行くわけにはいかないと思い教師陣を呼ぶことを躊躇っていた謙哉だったが、これだけの人数が来てくれたのであれば安心だと胸を撫で下ろす。

早速彼女たちに助けを請おうとした謙哉だったが……

 

「き、きゃー!あなた、何してるの!?」

 

「へ……?あ、いや!これにはいろいろと事情が……」

 

彼は失念していた。何も知らないこの女子生徒たちが今の自分を見てどう思うかと言う事を

暗闇の中で裸の玲を抱きしめ、女子更衣室に侵入していた謙哉は何処をどう見ても不審者と呼ばざるを得ない。

 

「ち、違うんだ!僕は何も……」

 

「変態!不審者!水無月さんを離しなさい!」

 

「ぎゃふん!」

 

数名の女子生徒に突き飛ばされ倒れた謙哉の後頭部に衝撃が走る。徐々に遠くなっていく意識の中で、謙哉は玲に関わると碌な事が無いと嘆いていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という訳なんだ」

 

「なるほど、つまり君は玲を襲ったのは自分では無いと言いたいんだな?」

 

謙哉の話を聞いた園田がその顔に出来た怪我を眺めながら確認する。その鋭い視線を受けながらも謙哉は躊躇うことなく頷き、自分の意思を示した。

 

「ふむ……と言う事は、犯人はまた別に居ると言う事になるが……」

 

「待ってください!学園長、お言葉ですがその男が嘘をついている可能性だってあります!」

 

思案に暮れる園田に対し、謙哉を取り押さえた女子の一人が発現する。それに対して園田は軽く手を挙げて制した。

 

「無論その可能性も考えていない訳では無い。彼が犯人だとしてもそう言う他無いのだからな。しかし、可能性として彼が犯人で無いと言う事も十分考えられる。故に私はすべての可能性を考慮しておきたいのだ」

 

「……でも、顔の傷の事を除けばその男が犯人で終わりじゃないですか」

 

「だから謙哉はやってないって言ってんだろ!顔の傷を除けばって言うが、それが説明出来なきゃ謙哉を犯人にしたてんじゃねぇって!」

 

「傷……てて、これ結構痛いんだよなぁ……」

 

自分の顔面のケガをさすりながら困った様に謙哉が呟く、園田はその怪我を推察して口を開いた。

 

「……怪我の深さから察するに、これは刃物で傷つけられたのではないな。何か硬い物の鋭くとがった部分が君の顔に食い込んだのだろう」

 

「そうですね……確かに僕も切られたって感じはしなかったですし……」

 

「ふむ……問題は凶器が何かという事だ、それさえわかれば犯人を絞り込めるのだが」

 

「……すいません、真っ暗だったので何も見えなくて、僕が何で殴られたのかも分からないんです。でも……」

 

「でも?」

 

「なんだか、覚えがある感触でした。どこか最近、よく触ってるような感じのもので……」

 

それが何かを必死に思い出そうとしている謙哉は、事件の時の事を踏まえて自分を殴った凶器を探り始める。そんな中、一人の生徒が人ごみをかき分けて前に出て来た。

 

「園田学園長、すこしお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

そう言いながら手を挙げたのは虹彩学園A組の真美であった。何かを含ませたその物言いに園田は眉をひそめる。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、少しお時間を頂ければこの事件の犯人を探り当てられるかもと思いまして」

 

「ま、マジでっ!?」

 

真美の言葉に驚きの声を上げる勇、そんな勇を無視して園田は真美に対して頷くと彼女を見やる。

 

「構わん、そこまで言うのであれば君の話を聞こう」

 

「ありがとうございます……さて、ではまずこの事件が偶然起きたものなのか、それとも計画的な犯行なのかを考えてみましょう」

 

「けーかくてき?ぐーぜん?なにそれ?」

 

「つまり、水無月はたまたま襲われたのかそれともちゃんと目的をもって襲われたのかって話だよ」

 

真美の言葉に首を傾げる葉月に対して解説をした勇は、そのまま真美に対して自分の意見を伝える。

 

「……どっちかっつーと偶然じゃねぇか?いや、はっきりとはわからねぇけどよ」

 

「どっちかっつーととは?」

 

「上手く説明出来ねぇけど、もしも水無月の奴を襲うのが目的だとしたら風呂に入ってる所を襲うと思うんだよな。向こうは全裸で、抵抗する方法もないんだしよ」

 

「もしくは、一人になった山道で襲うわね。つまり、犯人は水無月さんを襲うつもりは無かったのよ」

 

「……じゃあ、何で私が襲われたのかあなたには分かるの?」

 

「……その答えは、たぶん虎牙が握ってるわよ」

 

「ぼ、僕!?」

 

真美からの突然の指名に驚く謙哉、周りの女子生徒たちはその言葉を受けて謙哉を取り囲む

 

「分かった!こいつはやっぱり犯人で、動機を締め上げて話させろって事ね!」

 

「え、ええっ!?」

 

「はぁ~……違うわよ。こいつが言ってたでしょう?何かが崩れる音がして部屋の中に入ったって、つまり、犯人は何かをするために脱衣所に忍び込んだんだけれど、その際に誤って物音を立ててしまった。それに気が付いたのが虎牙の奴と……」

 

「……私、ってことね」

 

玲の一言に真美は頷くと、人差し指を立てながらさらに詳しく説明を始める。

 

「犯人の目的は水無月さんじゃなくて、他の何かだった。結果的に水無月さんを襲う事になったのは、彼女が自分の存在に気が付いてしまったから」

 

「じゃあ、事件は偶然起きたって事?……あれ?でも犯人はこの場所に来たのは何か理由があっての事で……」

 

「そうよ、今回の事件のカギはそこなの。なんで犯人がこの場に来たのか?それさえわかれば完璧に犯人が分かるんだけど……」

 

「えっと……やっぱり、その、玲ちゃんの下着を目的としてたんじゃないでしょうか?」

 

「……下着泥棒ってこと?」

 

おずおずと口を開いたやよいに皆の視線が集中する。やよいは自分が言ったことが恥ずかしいのかやや顔を赤らめ、手をばたばたと振り回しながら言った。

 

「だ、だって!玲ちゃんはアイドルだし可愛いから、少しそんなことを思っちゃう人がいるんじゃないかな~って!」

 

「……あながち間違いだって言えるわけじゃ無いのよね。でも、それだとしっくり来ないのよ」

 

「待てよ……もしそうだとしたら……」

 

この話の流れの中で勇はゆっくりと今までの事件の概要を思い返しながら最後のピースである『犯人の目的』について推察していく

やよいの考え方だと、犯人は玲の下着を盗むためにこの場にやってきたという事になる。確かにそれはそれで貴重な物だが、本当に犯人の目的はそれだったのだろうか?

 

風呂に入るという事は、相当な事情が無い限りは裸になって荷物は脱衣所においておくことになる。つまり玲の私物はすべてこの場にあったという事だ。

その中で最も価値がある物………アイドルの下着よりも価値がある『何か』は本当に存在するのか?そう考えた時、勇の頭の中にひらめきが舞い降りた。

 

同時に謙哉もまた自分を襲った犯人が使った凶器についてその答えを見つけ出そうとしていた。あの感じ、最近よく触っている様なあの感触。そう、本当に良く触れている物だ

しかしこの場に謙哉が普段よく触れている様なものは何も無い。木の桶だったりかごだったりはあるが、自分に当てられたのはその様な物ではないと謙哉は分かっていた。

 

ではその凶器は何処にあったのだろうか?当然、犯人の私物だと思った方が良いのだろうが、話の流れからするに犯人がそのような武器を持っていたとは考えにくい。では、一体それは誰のものなのか?

 

(あの場に居たのは僕と犯人、それと……)

 

謙哉はそこまで考えて残る人物をちらりと見る。凶器はもう一人の被害者である玲、彼女が持っている物だったとは考えられないだろうか?

では今の彼女のどこに武器になる物が隠されているのだろうか?そもそもそんなものを彼女が所持しているのだろうか?そこまで考えた謙哉だったが、同時にある事を思い出していた。

自分が最近よく触れている物、そして彼女が持っている物で凶器になりそうな硬いもの……あるではないか、たった一つだけ

 

別の事を考えていた二人だったが、くしくも同時に叫んだのは全く同じ言葉だった

 

「「ドライバーだ!」」

 

そう叫びながら勇と謙哉はお互いを見る。人差し指を謙哉に向けた勇と立ち上がりその勇に近づく謙哉、興奮しながら二人は互いの考えを口に出した。

 

「そうじゃねぇか、水無月の持ってる物で一番価値があるものと言ったらギアドライバーしかねぇ!犯人の目的はドライバーを盗む事だったんだよ!」

 

「あの感触、固さ……僕の顔を殴った時に使ったのはドライバーだよ!だから最近よく触ってるものだと思ったんだ!」

 

その二人の様子を誰もがポカンとしながら見ていたが、真美はその状況から一足早く抜け出すと愉快そうに笑い、そして二人に対して礼を言った。

 

「ありがとう二人とも、おかげで全部わかったわ。この事件の犯人も、なにが起こったのかもね」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「本当よ、じゃあ、まずは犯人の行動をおさらいしてみましょうか」

 

高らかに宣言した真美に生徒たちの視線が集まる。そんな緊張する状況でも真美は顔色一つ変えずに推理を口にし始めた。

 

「……犯人は、今日の夕方に水無月さんが入浴してない事を知っていたのよ。それは、犯人が彼女の持つドライバーを盗もうとしてずっと彼女を監視していたから」

 

「何でそう思うんですか?」

 

「もしもドライバーを盗む事だけが目的なら、あなたか新田さんのドライバーでも良い訳でしょう?でも、犯人はそうしなかった。それってつまり、犯人が水無月さんのドライバーを盗むためにその機会をずっと窺ってたと考えた方が妥当じゃないかしら」

 

「……犯人は水無月がたった一人風呂に入ってない事を知ってたって事か」

 

「ええ、でも風呂に入らなかったのはたった一人じゃないわ。だって、ずっと水無月さんを尾行してたばっかりに自分自身もお風呂に入るタイミングを逃してしまったのだからね」

 

そう言いながら真美はとある生徒を睨む、そしてそのままその人物に向かって質問を始めた。

 

「私、記憶力はとても良いの、一緒にお風呂に入った人物は全部記憶できる位にね。でも、あなたは今日の入浴時間中に一度も顔を見なかったわ。あなたはその時間の間、何をしていたのかしら?教えてくれる……橘ちひろさん?」

 

「え……!?」

 

真美のその言葉にちひろの気弱そうな顔が真っ青になる。両脇に居た夕陽と里香も入浴時間の時の事を思い出しながら顔を見合わせる。

 

「たしかにお風呂の時……」

 

「ちひろの姿、見てないね……」

 

同じクラスで同じ入浴時間帯だったというのに二人はちひろの姿を見てはいない。その事に気が付いた二人は信じられないと言った様子でちひろを見る。

怯え切った小動物の様なちひろはそれでも必死に反論をして自分の身の潔白を証明しようとしていた。

 

「待ってください!私、確かにお風呂には入りませんでした。でもそれは、水無月さんと一緒で騒がしいのが苦手なだけでコテージのシャワーを使ったからなんです!」

 

「じゃあ、あなたが夜の時間に何をしていたか教えてくれる?特に事件が起きた時、あなたは誰かと一緒だった?」

 

「そ、それは………」

 

顔をさらに青くして俯くちひろ、夕陽と里香の様子を見るに、同じコテージの二人とは一緒だったわけでは無いらしい。

徐々に強くなる疑惑の視線、それに耐えきれない様にちひろは顔を覆うと肩を震わせて泣き始めた。

 

「ひ、酷いです……確かに私は怪しいかもしれないけど、何も証拠はないじゃないですか!そ、それなのに犯人扱いだなんて……酷すぎますよ…!」

 

しくしくと泣きながら必死に抗議の声を上げるちひろ、周りの生徒たちもその姿に同情の心が生まれ、憐れむ様にして彼女を見る。

同時に数名の生徒は謙哉を疑惑の視線で見始めた。やはりこいつが犯人なのではないかと暗に語るその目つきを受けて謙哉が動揺を見せる。

 

しかし、その状況の中でも冷静さを失わなかった園田がようやくと言った様子で口を開いた。

 

「……なら、決定的な証拠を示してみるか」

 

「え!?」

 

「警察を呼ぼう、そして玲のドライバーを調べて貰うんだ。そうすればすべてが分かる。もしもこの推理が正しければ橘の指紋や虎牙の顔の皮膚などがドライバーから検出されるだろう。そうしたら言い逃れは出来ないぞ」

 

園田のその言葉にちひろは固まる。彼女に向かって強い威圧感を示しながら、園田は話を続けた。

 

「どうなんだ橘、お前は玲のドライバーを盗もうとしたのか?それとも、まだ自分は潔白だと言い続けるのか?」

 

しん、とその場は静まり返っていた。もはや誰もが疑いと確信を持った視線をちひろに向けている。もはや逃げ場は無い、ちひろはどうするのかと見守っていた生徒たちの前で、その本人は意外な行動を取り始めた。

 

「……ったく、マジで腹立つわ。噓泣きまでしたのに意味無いじゃん」

 

「ち、ちひろ……?」

 

豹変、その言葉がしっくりとくるほどにちひろはその本性を現した。先ほどまで周りの人間に責められて泣いていた気弱の少女の面影は何処にも無い。そこに居るのはふてぶてしく笑う悪意を持った一人の人間だった。

 

「汗だくになりながら必死に尾行したのにこんなあっさりバレちゃうだなんてほんとむかつく、あの男が入ってこなければ全部うまくいったのにさ!」

 

「……それは犯行を認めるということだな?」

 

「ああ、そうですよ!私がそこのクソ女を襲った犯人ですよ!これで満足か?ええ!?」

 

「う、嘘……なんで、ちひろ…?あなたそんな子じゃあ……」

 

「何で?あははは!そんなの決まってんじゃん。むかつくからだよ、親の七光りでドライバーを手に入れたそこの女がさ!」

 

笑い、陽気に口を開いたちひろの顔が深い怒りを現しながら玲の方を見る。憎しみをぶつける様な声で叫ぶと、ちひろは周りの生徒たちに聞こえる様な大声で自分の犯行の動機を説明し始めた。

 

「知ってるんだよ、アンタが学園長の義理の娘だって事は!だから昔から良い教育を受けさせてもらって、その上でこのドライバーを手に入れたって事もさ!良いよね~、アイドルグループとしてお膳立てしてもらって、その上すごい力まで手に入れちゃってさ!本当、むかつくったらありゃしないよね!」

 

苦々しく吐き捨てる様にして玲に言葉を向けるちひろ、勇は犯人がちひろだった事よりも昼に見せたあの弱気な態度はすべて演技だったことに衝撃を受けていた。

 

(お、女ってこえー!)

 

優しく見えるマリアや裏表の無さそうな葉月もこんな風に本当の自分を隠しながら生きているのだろうか?そうであれば女性不振になりそうだなと思いながら隣にいる謙哉を見る。彼もまたちひろのこの豹変ぶりに驚いているのではないかと思っていたが……

 

「あれ…?」

 

意外な事に謙哉はちひろを見ていなかった。自分の事を陥れた犯人の事を放っておいて、彼が今見ているのはやはりと言うか何と言うかは分からないが、玲の姿であった。

 

玲はこんな状況だというのに顔色一つ変えていない。涼しい顔で自分を侮辱するちひろの事を見ている。勇は、彼女のそのクールさに少しだけだが尊敬の思いを向けた。自分だったら相当に怒り狂っているこの状況であんな態度がとれるとは、流石と言うべきなのだろう。もしくは、ちひろの言っている事が図星で反論できないかだ

 

「……そう、つまりあなたは私が憎くてこんな馬鹿な事をしたってわけね」

 

「そうだよ!でもま、バレたからにはしょうがない、罰を受けるよ。で?警察でも呼ぶ?それとも私をぶん殴ってみる?水無月さん?」

 

再び豹変、にこやかな年相応の笑顔を浮かべたちひろは可愛らしく首を傾げる。誰もが彼女に圧倒されていたその時、不思議と愉快そうな声を上げながら、玲が口を開いた。

 

「罰?うふふ……いいえ、それには及ばないわ。私、あなたみたいな人は好きよ。正直者で自分の欲望に素直……どこぞの偽善者よりは大分素敵よ」

 

『偽善者』、の部分で謙哉を見ながら玲は続ける。そして、ちひろの手を取りながらこう言った。

 

「だからチャンスを上げるわ。あなたには罰は与えない上に、ドライバーを手に入れるチャンスもあげちゃう。私、本当にあなたを気に入ったのよ」

 

それは玲の本心だった。自分を襲った人間に本気の好意を向けている彼女を二人の人間を除いて困惑した様子で見ている。

彼女の真意を理解している二人の人間の内一人……園田は玲の様子を見て仕方が無いという風に首を振った。まるでこの後に何が起きるのかを分かっているかの様にだ

 

「さぁ、着いてきて……やよい、あなたのドライバーを借りるわね」

 

「あ、うん……」

 

広場を後にする玲の後ろ姿を誰もがポカンとした様子で見守っている。勇もまた、玲の理解不能な行動に対して呆れた様にしながら謙哉に向かって話しかける。

 

「ったく、訳分かんねぇよな。相当変わってるぜ、あいつ」

 

「……ううん、そんなことないよ。彼女、滅茶苦茶怒ってる」

 

「は?」

 

勇はそう言った謙哉の顔を見る。今日一日玲の事を見続けていた謙哉はその本心を理解した様だ、疑問を持ちながら勇は謙哉との会話を再開する。

 

「するってーとあれか?本当はちひろの事を気に入って無くって、嘘ついてるって事か?」

 

「違うよ。本当に彼女は橘さんの事を気に入ってる。でも、それ以上に怒る何かを言ってしまったんだ」

 

「……やっぱ訳分かんねぇ」

 

首を傾げる勇に対して謙哉は何か思うところがある様だ、真っ直ぐな視線を玲に向けたまま、彼もまた彼女たちの後を着いて行った。

 




思ったより長くなったので一話を三分割してお届けしております

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