仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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受難の一日、謙哉危うし!?

「良い?まずはジャガイモと人参の皮を剥いて、お肉とタマネギと一緒に食べやすい大きさに切るんだ。その後はまた説明するから、まずは今言った手順で作業を……」

 

昼食の準備の説明をしながら必要な器具を用意する謙哉、一段落したところで振り返り、玲に下ごしらえをしてもらおうとするが……

 

「~~~♪~~~♪」

 

「……何してるの?」

 

そこには椅子に座り、自前の音楽プレーヤーで何かを聞いている玲の姿があった。その様子にやや脱力しながら謙哉が疑問の声を上げるも、玲は彼を見向きもしないで応える。

 

「あなたが料理してくれるんでしょう?私はパス、あなたに任せるわ」

 

「あのね、これそう言う問題じゃ……」

 

「~~~♪~~~♪~~~♪」

 

謙哉の言葉を聞こえていないふりをする玲に対してがっくりと肩を落とした後で謙哉は考える。これはきっと自分を遠ざける為の彼女の作戦だ、ならばそれに対抗してやろうじゃないか、と……

 

「……分かった。それじゃあそこで待っててよ。君を唸らせるほどおいしいカレーを作って見せるからさ!」

 

そう言うと振り返りてきぱきと作業を進める謙哉、数分後には女性の一口大にあったサイズに切られた材料と、火にかけられた鍋が用意されていた。

 

「二人分ならこのくらいの水とルーで大丈夫かな」

 

材料を炒め、カレールーと水を加える。少しずつとろみがつくと共にあたりに美味しそうな匂いが漂って来た。

 

(美味しいものを食べれば少しは機嫌が良くなるはずだよね)

 

美味しいものを食べるのは好きだ。でも、謙哉はそれ以上に美味しいものを嬉しそうに食べる人の笑顔が好きだ、それが自分の作った料理ならなおさらの話である。

 

「……よし、完成!」

 

十数分後、出来上がったカレーを見ながら満足げに謙哉は呟く。鍋の中の料理はとても良い匂いだ、これならきっと玲も喜んでくれるだろう。

皿に白米を盛り付け、綺麗にカレーと半分こにする。見た目にも美しくこだわり玲に不満を漏らさせないようにした。

 

「出来たよ!はい、召し上がれ!」

 

ことり、と座る玲の目の前に皿を差し出す謙哉。これで少しでも彼女との距離が縮まれば良いと言う願いを込めながら玲の反応を待つ。

 

「……ねぇ、そこのあなた」

 

しかし、玲は皿を一瞥すると近くに居た女子生徒を呼び止める。怪訝な顔をしながら近づいて来たその女子に向かって皿を差し出すと、玲は短く言った。

 

「あげるわ、あなたが食べて」

 

「えっ!?」

 

周囲の空気が凍り付く、謙哉も、皿を差し出された生徒も、二人の様子を見守っていた周りの人間も皆固まって玲の事を見やる。

 

「……何か不満なことでもあった?」

 

「私、刺激物は出来るだけ食べない様にしてるの、喉に悪いから」

 

新しく取って来た皿に白米だけを盛り付けるとそれを頬張りながら玲は答える。謙哉は、皿を差し出され困った顔をしている女子生徒を一瞥した後で自分を納得させようとしていた。

 

玲はアイドルだ、歌う事も大事な仕事の一つなのだ。その商売道具である喉を気遣う事は彼女にとって当然のことだし、プロとしての自覚があると言う事だろう。

そう言う事なら仕方が無い。自分の配慮が足りなかったのだ。そう思って謙哉は諦めようとした。

 

しかし、玲はそんな謙哉を見ながら冷酷に笑うと、嘲る様な口調で信じられない言葉を口にした。

 

「それに……ゴキブリが作った物を食べようと思える?」

 

しん、と辺りが静まり返った。玲の綺麗な、だが悪意の籠ったその声は良く通った。少なくとも、この場に居る全員がその言葉を耳にするくらいには

 

「……勇っち?」

 

勇は手にしていた包丁をその場に置くと、代わりに自分のドライバーを手にして玲の元へ駆け寄る。葉月の声にも応えず、ただ真っ直ぐに二人の元へたどり着いた勇は怒りの形相でテーブルを叩いた。

 

「今すぐドライバーを付けろ、その腐った性根を叩きなおしてやる!」

 

「勇!」

 

「謙哉、お前は黙ってろ!お前が許しても俺がこいつを許しちゃおけねぇ!」

 

謙哉の静止を振り払って勇は叫ぶ、親友の心を踏みにじり、あまつさえ侮辱したこの女を決して許すわけにはいかない。

思えば、本当にカレーが食べられないのなら玲は最初の時点で断っておくべきだったのだ。それをせず、謙哉に料理をさせた後で冷酷にもこの様な仕打ちをしたと言う事は、すべて玲の計算通りだったのだろう。

 

「今すぐ謙哉に謝れ!さっきの言葉も取り消せ!さもないと……!」

 

「さもないと何?私を痛い目に遭わせるっての?ふふ……面白いじゃない」

 

玲は挑発する様な物言いで言葉を返すと自分のドライバーを手にする。勇と睨み合い、すぐにでも戦いが始まろうとしていた一触即発の空気の中、誰もが動けないでいた。

 

「ちょっと待って!勇、落ち着いてよ!」

 

しかし、そんな空気の中でもいち早く動き出した謙哉は勇を落ち着かせようと声をかける。あまりにも人が良いその親友の態度に勇も若干の苛立ちを覚えながら言葉を返す。

 

「謙哉!どうしてお前はそんな……!」

 

「大丈夫、僕は気にしてないよ。だからこんな無駄な戦いはしないでよ」

 

「……本当、あなたって甘ちゃんね」

 

「そうかな?でも、本当に気にしてないから」

 

呆れた口調で自分にそう言う玲に対して笑顔で答える謙哉。玲はその顔を睨んだ後、小さく笑いながら言った。

 

「……見ていて苛立つわね、消えてくれればいいのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ!何なんだよあの女はっ!?」

 

熱いお湯に肩まで浸かりながら叫んだ勇は自分を落ち着かせる様に風呂の中に潜る。勢いよく立ち上がった彼の頭は残念ながら冷えてはいない様だ、冷たい水に浸かった訳でも無いのだから当然だろうが

 

「謙哉、お前もお前だよ!何でガツンと言い返してやらねぇんだよ!」

 

「……俺も協調性は大事だと思う。でも、水無月さんのあの態度は流石に目に余るよ。抗議くらいは十分認められると思う」

 

勇の言葉に光牙も同意しながら謙哉を見る。俯いたままの彼に向かって、櫂もまた玲と同じ様に嘲る様な口調で言い放つ

 

「はっ!どうせお前、あの女に言い返す度胸がねぇんだろ?一発ぶん殴らねぇとあいつはわかりゃしねえって!」

 

「櫂、言い過ぎだぞ!……隣の大浴場に女子たちが居る事を忘れてないだろうな?」

 

光牙のその言葉に櫂は一瞬やべっ!と言う顔をしたが後の祭りだ、またこれで薔薇園との溝が出来てしまうかもしれないと光牙が頭を抱えるが……

 

「……そんな事無いと思うよ。たぶん、彼女は十分罪悪感に苦しんでる」

 

「はぁ?」

 

謙哉のその言葉に話をしていた3人だけでなく他の生徒たちも振り返って唖然とした声を漏らす。どうして玲のあの態度を見てそう思えるのだろうか?大浴場の全員がそう思う中、謙哉はポツリポツリと語り始めた。

 

「だって、彼女は僕の料理を捨てなかったんだよ?」

 

「はぁ?だから何だってんだよ?」

 

「もしも本当に僕の事をゴキブリだと思うくらいに嫌ってるなら、当然彼女は僕の料理を捨てたはずだよ。でも、彼女はそうしなかった。他の人に僕の料理を渡したんだ」

 

「いや、だからそれが何だって……」

 

「……ポーズなんじゃないかって、そう思うんだ」

 

「え……?」

 

ゆっくりと顔を上げた謙哉を見る生徒たちは彼から目を離せないでいた。その状況の中、謙哉は自分の考えを語り続ける。

 

「……今までの行動全部、僕の事を嫌いだって思わせる為の演技なんじゃないかって思うんだよ。だから、せっかく自分の為に作ってくれた料理を捨てる事に躊躇して、他の誰かに渡すって言う行動に出たんだと思う。だから、水無月さんは本当は苦しんでるんじゃないかって思うんだ」

 

「謙哉、お前……」

 

「そう言う意味では僕の取った行動って一番残酷だよ。彼女にとってはあそこで勇に詰られた方が気が楽になったんだから、それを許さなかった僕の行動は堪えたんじゃないかな?狙ったわけじゃ無いけどさ……」

 

考えもつかなかった。確かに謙哉の考えには一種の筋が通っている。玲の気まぐれだと言ってしまえばそれまでだ、しかし、この心優しい親友の瞳は玲の本心を見抜いているのではないかと思わせるだけの説得力がある。

 

「な、何言ってんだよ?お前の事を嫌いだって思わせるって、誰にだよ?」

 

「……一人だけ、思い当たる人が居る。でも、それがどういう意味を持つのかが分からないんだ」

 

単純馬鹿な櫂ですら多少の緊張を持って口にしたその疑問に答えると、謙哉は大浴場から出て行った。誰もがその背中を見つめている中で、光牙が勇に声をかける。

 

「……虎牙君、凄いね。龍堂君は虎牙君の言う思い当たる人物って誰だか分かるかい?」

 

「さぁな、俺はあいつ程優しい訳じゃ無いから、あの女がどう思って様が関係ねぇしどうでも良い。でも、そうだな……」

 

そう答えた勇は脳をフル回転させる。謙哉の言う玲が謙哉を嫌いだと思わせたがっている人物……一通り悩んだ後で顔を上げた勇はさっぱりとした表情で答えた。

 

「わからん!」

 

「……だよね。俺も分からないよ」

 

「あいつもきっと心当たりなんかねぇんだよ、でも俺に言われて引き下がれなくなってあんな言い方したんだろ!」

 

「そうなのかな……?」

 

櫂の答えも光牙を納得させるものでは無かった様だ、悩み始めた光牙の横顔を見ながら勇は思う

 

(……あいつが言わなかったって事は、俺たちに話さない方が良いと判断したって事だ。俺はその判断と謙哉を信じるまでさ)

 

深く、それでいてさっぱりとした考えを持つ勇は再び湯船に頭を沈ませると、ブクブクと息を吐いて遊び始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……青春ですな!」

 

「青春だね~!」

 

所変わって女子風呂では、夕日と里香が顔を見合わせてババくさい事を話していた。自分たちだって同い年だろうに、感慨深そうに頷き合う二人は若いころを懐かしむ年寄りの様だ

 

「ねぇ、あのドライバ所持者の話、マジだと思う?」

 

「まさか~!でも、あそこまで考えられるってヤバくない!?」

 

きゃいきゃいと騒ぎ始める女子たち、されど男子風呂には聞こえない様に細心の注意を払いながらこの話題を楽しんでいる。流石、日々のお喋りで鍛えられていると言う事だろうか?

 

(……ホント、バカ騒ぎが好きね)

 

真美はそんな周りの生徒たちの様子を冷ややかに見つめながら溜め息をつく。そして、自分と同じように冷静でいたマリアに向かって声をかけた。

 

「マリア、あんたもこの騒ぎを馬鹿みたいだと思わない?虎牙の奴もやせ我慢しちゃって……」

 

「……良いですね。お互いの為の怒ったり、考えを尊重したり……男同士の友情って感じで、憧れちゃいます……!」

 

「……ま、マリア?」

 

おかしい、何かがおかしい。今日一日を振り返ってみればマリアの様子がおかしかったのは確かだ。ここでも話が通じていないところを見るに、何か変な物でも食べたのではないだろうか?

 

(待って、マリアの様子がおかしくなった時って、たしか龍堂とあの女が…)

 

「新田軍曹、エベレストに向かって突撃します!」

 

「ひゃぁん?!」

 

真美が考えを巡らせていた時だった。思い浮かんだ『あの女』こと葉月が突如現れるとマリアの胸を鷲掴みにしたのだ。妙に色っぽい悲鳴を上げるマリアを無視して葉月はその手を動かし続ける。

 

「うひょ~!流石おっき~!でも、アタシだって負けたもんじゃないよ!」

 

「も、もう!止めて下さい!」

 

葉月の手を振り払ったマリアが胸を張る葉月に対して顔を真っ赤にして抗議する。向かい合う二人の『とある部分』に注目した後、自分のモノとサイズを比べた真美は先ほどより死んだ目をしながら思った。

 

(……大丈夫、私だって平均くらいはあるわ。あの二人が規格外なのよ)

 

自分を落ち着かせるようにして深呼吸しながら真美は思う。自分だってサイズで言えばCくらいはあるはずだ、日本の平均、ビバ普通

EとかFとかある様な人間と比べる方が間違っている。片やスタイル抜群の外国人、片やグラビアだって撮るアイドルなのだ

 

「もぉ~!葉月ちゃん、よその学校の人に迷惑かけちゃ駄目だって!」

 

「………」

 

間に入って来たやよいにも注目する真美、若干怖いその表情を見たやよいは委縮しながらも真美に尋ねる。

 

「あ、あの……どうかしたんですか?」

 

(……目算B!勝った!)

 

自分よりちょい下の仲間を見つけた真美はやよいの肩をがっしりと掴むと真剣な表情で彼女の目を見ながら話しかける。

 

「……私、あなたとは仲良くなれそうな気がするわ。ええ、きっとそうよ」

 

「は、はぁ……?」

 

やよいはその言葉に困惑しながらもあいまいに返事を返したのであった。

 

一方、マリアと葉月の二人は少し睨み合った後で会話をする。話題はもちろん、勇の事だ

 

「ねぇねぇ、あなたは勇っちと付き合ってんの?」

 

「え!?あ、い、いえ、そんな……つ、つ、つ、付き合うだなんてそんなわけないじゃないですか!」

 

「そっか!それもそうだよね。勇っちって転校してきてまだ間もないんだもんね!それじゃあ、彼女無しって事ですか、うっしっし!」

 

嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った葉月はちらりとマリアを見る。その視線に何故かむっとしたマリアだったが、さらに口を開いた葉月の言葉にそんな感情は吹き飛んでしまった。

 

「……それじゃあさ、アタシが勇っちをもらっちゃっても良いんだよね?」

 

「ええっ!?」

 

驚愕の一言、葉月のその言葉の意味はもちろんそう言う事なのだろう。もしかしたらソサエティ攻略の戦力として欲しがっているのではないかと思ったマリアだったが、葉月の次の言葉にまたも考えを打ち砕かれる。

 

「カッコいいし、面白いし、強いし……勇っちみたいな男の人、アタシ好きだな!フリーなら気兼ねする必要も無いしね!」

 

「ででで、でも!あなたはアイドルじゃないですか!す、スキャンダルになりますよ!?」

 

「そんな事気にしてちゃ何も出来ないじゃん!人生も高校生活も一度きり、楽しまなきゃ損でしょ?好きな人には思いっきりアタックしなきゃ!」

 

「あわわわわ……!」

 

葉月の強気の押せ押せ宣言に完全に翻弄されるマリア、お風呂の熱さも併せて顔は真っ赤だ。口をパクパクさせながら、マリアは必死に言葉を紡ぐ

 

「な、なんでそれを私に聞いたのですか?そんな事する理由は……」

 

「……ライバル宣言、しないの?アタシ、あなたはてっきり勇っちの事好きだと思ってたんだけど」

 

「なっ!?なななっ!?」

 

その言葉を聞いたマリアは今度こそオーバーヒートしてしまった。頭から湯気を出しながら湯船へと沈んでいく前に、マリアは葉月の声を聞いた。

 

「……まぁ、手遅れにならない限りは受け付けるからさ、したくなったらいつでもしてよ。ライバル宣言!」

 

「ぶくぶくぶく……」

 

勇同様泡を吐きながら、マリアの意識は深く沈んでいったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でですか!?何やってるんですか光牙さん!」

 

「な、な、な、何!?どうしたのマリア!?」

 

一時間後、意識を取り戻したマリアは真美と一緒に光牙たちのコテージへとやって来ていた。本来は明日の模擬戦について詳しい戦闘方法を4人で話し合うつもりだったのだが、とある事を聞いたマリアの様子が一変して光牙を問い詰め始めたのだ。

 

「何で……何で勇さんを葉月さんたちのコテージに行かせちゃったんですか!?」

 

「だ、だって!龍堂君が新田さんに誘われたって言うから!」

 

「むむむむむ……!」

 

風呂場で言われた事が頭の中によみがえる。葉月はさっそく宣言通り行動を始めた様だ。

 

「……行かなくてはなりません!勇さんを救いに!」

 

「す、救う!?龍堂君たちの身に何が!?」

 

「光牙さん!真美さん!櫂さん!行きますよ!」

 

「ま、マリア!?」

 

宣言、行動、ダッシュ!の三拍子で駆け出したマリアを追ってコテージから出て行った光牙を溜め息と共に見つめる真美。櫂は心配そうに真美に問いかける。

 

「なぁ、追いかけなくていいのか?」

 

「……あいつら、ディーヴァのコテージの場所、しらないでしょ」

 

「あ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

暗く静かな誰も居ない大浴場の中で玲は湯船に浸かっていた。騒がしいのは好きじゃない。故に一人で湯浴みが出来る時を待っていたのだ。もちろん規則の範囲外だが、別に問題は無いだろう。誰かに迷惑かける訳でも無い。怒られるのは自分なのだから

 

(……あの男、本当に訳が分からないわ)

 

ちゃぷん、と音を鳴らしながら湯船に体を沈ませた玲は謙哉の事を思い返す。拒絶され、馬鹿にされ、痛い目に遭っても自分に接しようとする彼の事を思い返すと苛立ちが募る。しかし、それと同時にちくりと胸が痛むのを感じていた。

 

(優しい……人……)

 

窓の外に光る月明かりを見ながら、玲はとある人の事を思い出す。謙哉と同じ優しい人、自分を慈しみ、愛してくれたその人の事を

 

優しかった。温かかった。その大きな手で、何度も頭を撫でて貰った。

あの頃、自分は笑わない女神なんて呼ばれる事になるなんて思わないほど良く笑っていた。幸せだった。本当に…………

 

あの日が来るまでは

 

「っっっ……!」

 

ぞくりと体に震えが走る。暖かいお湯に浸かっているのに寒気が止まらなくなる。玲の目には自然と涙が溢れていた。

 

もう何度も夢に出たあの光景、いまだに自分を苦しめる悪夢となって現れるあの日の出来事

 

風なんて吹いてないのにゆらゆらと揺れる体、部屋中に広がる酷い匂い、生気を無くしたその瞳………

 

何かが自分の体を縛っている様に感じる。ねっとりとした暗いそれが、一生自分に纏わりついて離れない予感がする

 

「消えろ……消えろっ!」

 

全てを振り払うかのように立ち上がった玲の体を月が照らす。美しく白い肌、均整の取れたその体は一種の美術品の様だ

だが涙に濡れる青い顔は、玲の心中を現すかのように酷く暗かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリア!ちょっと待ってって!こっちで方向は合ってるの!?」

 

「しーっ!静かにしてください!」

 

暗い山道を走っていた光牙は突如マリアに制されて口を噤んだ。マリアの見る方向に視線を向ければ、そこには勇と葉月が二人で夜道を歩いているではないか

 

「あわわわわ……!」

 

何故か慌て始めたマリアを横目に光牙は二人の様子を観察する。勇たちは話しながらも周りをきょろきょろと見回している様だ。まるで何かを探しているその仕草に、光牙はつい二人の前に出て何をしているのかを聞きに行ってしまった。

 

「龍堂くん、新田さん。ここで何をしているの?」

 

「光牙、謙哉を見なかったか?あと、ついでに水無月の奴も」

 

「虎牙君と水無月さんを?悪いけど、俺とマリアは敷地内を大分走り回ってたけど二人は見なかったな」

 

「マリアと?走り回ってた?何で?」

 

「いや、それが……」

 

「お、お二人がどうしたのですか!?」

 

君が新田さんの所に行ったと聞いたら急に……と言おうとした光牙の口を塞ぎながらマリアが会話に参加する。その様子を楽しそうに見る葉月には気が付かないまま、心配そうな顔をした勇が説明した。

 

「結構前に水無月を探してくるって言って出てったきり戻ってこねぇんだよ。心配になって二人で探しに来たんだ」

 

「……何かあったのでしょうか?」

 

「わかんねぇ、単純に水無月に会えてないだけかも……」

 

そうやって会話をしていた4人だったが、その耳に騒ぎ声が聞こえて来た。何事かと周りを見渡す4人は、騒ぎの元となっている場所を探す。

 

「……大浴場の方から聞こえてくるみたいだね」

 

「行ってみよう、謙哉たちも来てるかもしれない」

 

そう言って駆け出した勇を葉月が追う、マリアと光牙も急ぎその後を追って駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……水無月さん、大丈夫?」

 

「ええ……大事ないわ」

 

「おい!どうしたんだ!?」

 

大浴場に辿り着いた勇は探していた玲の姿を見つけると彼女に詰め寄る。しかし、冷たい視線をした周りの女子生徒に引き剥がされると、信じられない言葉を告げられた。

 

「水無月さんは襲われたのよ!あなたの友人にね!」

 

「何だって!?」

 

勇と友人、と言えば一人しか思い浮かばない。その姿を探して周りを見渡した勇は、女子更衣室に繋がる扉の前でぐったりとしている親友の姿を見つけて駆け寄った。

 

「謙哉!何があったんだ!?謙哉!」

 

「ちょっと、こいつに近寄らないでよ!こいつは水無月さんを襲った犯人なのよ!」

 

「んなわけねぇだろ!おい、離せよ!」

 

自分を押さえつける女子生徒に怒鳴りながら勇は謙哉を見る。気を失い、顔に傷までついている謙哉の身に一体何が起こったのか?勇は必死に目を覚まさない親友の名前を呼び続けた。

 

 

 


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