仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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ドキドキ!?お泊り会は嵐の予感!

 

 

勇たちと薔薇園学園の生徒が戦闘を繰り広げた翌日、虹彩学園の職員室では波乱が起こっていた。

 

「そ、それは本当なのですか校長!?」

 

「あ、ああ……今朝、学園長から連絡があってな……」

 

「まさか……昨日の今日で薔薇園学園と協力関係を結ぶとは」

 

「学園長も大胆な手を打たれる……!」

 

教師たちが騒ぐ理由、それは、校長の口から告げられた薔薇園学園とのソサエティ攻略に関しての協力関係の締結されたと言う事実であった。

昨日戦闘を繰り広げ、お互いに敵視しても仕方が無いと思われた学園との同盟……さすがのエリート教師陣もこの展開は予想できずにいた為、この話を聞いたときは驚いていた。

 

「……更に、互いの生徒たちの親睦を深める為に一泊二日の親睦会を開催すると言うのだ」

 

「そ、それは何時行うのですか!?」

 

「……明日」

 

「明日ぁっ!?」

 

まさかの超ハイスピード展開に教師陣は驚きの悲鳴を上げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えー!?ディーヴァの3人、噂の仮面ライダーに会ったの!?』

 

『うん!すっごく強かったよ!マジでびっくりしちゃった!』

 

『ねぇねぇ!どんな人だった?カッコいい?可愛い?』

 

『う~ん……二人ともカッコいい系で、王子様と騎士みたいな感じの人かな!』

 

『わ~お!それは凄い!いや~、私も会ってみたいな~!』

 

「……いや、マジかよこれ」

 

朝食を食べながらテレビを見ていた勇は呆然としながら呟く、現在朝6時半、テレビでは昨日の夕方に放送されたディーヴァのインタビューが放送されている。

問題なのはそのテロップだ、ただのインタビューならまだしも何故かテロップに踊っている文字には「ディーヴァ、まさかの熱愛か!?」という不穏な文字が躍っている。

 

『昨日のテレビ番組内でこの様に発言したディーヴァのリーダー、新田葉月さん。あまりにも高いテンションにネットではまさか噂の仮面ライダーと恋仲になっているのでは!?という憶測が流れています!』

 

「無い、無いから。昨日会ったばっかりだから!」

 

『ネットでの意見は祝福する声が半分、残り半分は仮面ライダー死ね!と言う恨みつらみが綴られていました!』

 

「怖っ!ネット怖っ!ふざけんな!濡れ衣で呪われてたまるか!」

 

聞こえるはずの無いツッコミをテレビのナレーションに合わせて入れながら勇はパンを頬張る。そして、時計を見ると慌てて制服に着替え始めた。

 

「ったく、話が急すぎんだよなぁ……」

 

ぼやきながらいつもより大分重い荷物を背負うと玄関のドアを開ける。寮から学校まではすぐだ、この時間なら遅刻は無いだろう。

 

「合同合宿かぁ……」

 

昨日、急に告げられたこの行事の内容を思い浮かべながら勇は呟く、そして深く溜め息を吐いた。

 

 

 

 

二校合同合宿……虹彩学園と薔薇園学園の同盟締結を機に、両校の生徒が親睦を深める為の機会として提案されたこの合宿は、たった2日の準備期間を経て今日行われようとしていた。

 

虹彩学園が所持する山岳部のキャンプ地へ行き、寝食を共にする事で互いの理解を深める……と言う建前の元で行われる合宿の真の目的は、7人のドライバ所持者の連携の強化だろう。

これからの戦いの中心になるであろうギアドライバー、そして仮面ライダー。その資格を持つ人間の相互理解を深める為に行われる合宿と言ってもおかしくない。

最初の出会いが最悪だった7人だ、自分と謙哉は多少打ち解けたものの、櫂と光牙はいまだわだかまりを持っている可能性が高い。

 

(そのわだかまりを解いて、かつ一緒に頑張りましょうって事なんだろうけど、そう上手く行くもんかね……?)

 

ドライバ所持者以外の反応はきっちり半分に分かれていた。曰く男子と女子で反応が全く違うのだ。

 

男子はかの御高名な薔薇園学園の女子たちとお近づきになれるチャンスが舞い降りた事に狂喜乱舞していた。健全な思春期男子だもの、仕方ないね!

 

対して女子は全員渋い顔だ、いきなり喧嘩を吹っかけてきた相手に警戒心を抱いている……と言うよりも鼻の下を伸ばしまくっている男子と共に何の罪もない向こうの女子生徒たちをやっかんでいるだけだろうと勇は思っていた。

 

ついでにここで一部の生徒の声を紹介しておこう。誰だかわからない様に個人名は伏せる。それはプライバシーの保護と言う奴だ

 

「え…?彼女たちと協力?構わないけど、俺たちと上手くやっていけるかな?」

 

「アイドル学校と協力ぅ?こっちの足を引っ張らないで欲しいわね!……男子!鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!」

 

「あいつらにやられた怪我がまだ癒えてねぇんだよ!合宿では逆にぶっ飛ばしてやる!」

 

「……水無月さん来るんだよね?やだなぁ……なんか僕に対してあたりが強いんだもの……」

 

……とまぁ、こんな感じである。誰だか分かっても明言はしないで欲しい。プライバシーの保護だ。

 

(……ま、なる様になんだろ!)

 

開き直った勇は考えるのを止めて学校へと向かう。この際、合宿を楽しむ為に全力を注ごうと思いながら勇は意気揚々と進んでいったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしてこうなった?」

 

数時間後、勇は深い緑に囲まれた山の中で誰にも聞こえない様な声で呟いた。その表情にはありありと疲れが見て取れる。

学校に行き、バスに乗ってこの場所まで来るだけなのに何故こんなに疲労しているのか?それはバスの中で性悪女こと真美に質問責めにされたからである。

 

「聞いたわよ龍堂!あんた、向こうのハニートラップにしっかり引っかかってんじゃ無いわよ!」

 

と言う謂れのない誹謗中傷から始まった攻撃ならぬ口撃は、バスが目的地に着くまでの数時間の間に渡ってみっちりと続けられた。

光牙は真美を止めるのを諦め勇を不憫そうな顔で見ていたし、櫂に至っては他のクラスメイト達と非常に愉快そうに勇が締めあげられる様を見ていた。

 

いつもなら庇ってくれるマリアも何故かそっぽを向いてフォローの一つも入れてくれなかったし、謙哉は別のバスだ。本当に散々な目に遭いながらも目的地に着いた勇はわずかな平穏な一時をたっぷりと楽しんでいた。

 

「……大丈夫、勇?」

 

「もう無理、帰らせてくれ……」

 

「あはは……」

 

力なく笑う謙哉もまた何かを恐れている様だ、予想は着くが勇は自分の事でいっぱいいっぱいであった為放っておくことにした。

 

そんな中、虹彩学園の生徒たちがざわめき始めた。どうやら薔薇園学園のバスが到着した様だ。美人揃いの女子生徒たちを一目見ようと男子たちは続々とバスの近くへと集まって行く

 

「あんまり近づくな!むこうさんの迷惑になるだろうが!」

 

教師の注意の声も聞こえない様子で生徒たちはバスの近くに陣取る。ややあってバスのドアが開くと、中から薔薇園学園の生徒たちが降りて来た。

 

「おおーーーっ!」

 

白い制服、短いスカート、そしてアイドル級の美少女たち……その一人一人が姿を現すたびに男子生徒たちから歓声が上がる。(その度に女子生徒たちの視線は厳しくなっていったが)

 

そして最後にディーヴァの3人が姿を現すと、男子生徒たちは今にも彼女たちに殺到するのではないかと言うほどの盛り上がりを見せたが……

 

「あ!勇っちだ!おーい!」

 

それよりも早く勇の姿を見つけた葉月が勇の元に駆け寄るのを見て虹彩学園の生徒たちが凍り付く、しかし、一番凍り付いたのはその雰囲気に耐えられなかった勇であった。

 

「よっす勇っち!いや~、この間は助かっちゃったよ!ありがとうね!」

 

「お、おう!そりゃよかった。んじゃ、今日からよろしくな」

 

「あ、あ、あの!りゅ、龍堂さん!」

 

さっさと会話を切り上げようとした勇だったが、葉月の後ろから聞こえたもう一つの声に注意を奪われる。よく見てみれば、ひょっこりと顔を出したやよいが顔を真っ赤にしながら必死に勇に話しかけていた。

 

「こ、こ、こ、この間は私が休んでいる間にエネミーの討伐に手を貸していただいて、本当にありがとうございました!あと、攻撃しちゃってすいませんでした!」

 

「い、いや、それは俺も言える事だろ。こっちこそ悪かったな」

 

「そ、そう言っていただけると嬉しいです……あの、戦闘データ見ました。龍堂さんも虎牙さんもとても強くって、私びっくりしちゃいました!これから先、お二人と協力できるなんて嬉しいです」

 

「俺も、お前たちと戦わなくて済んで良かったと思ってるよ。きっと謙哉もそう思ってる。これからよろしくな!」

 

「はい!……えへへ~、友達増えちゃいました!」

 

幸せそうに笑うやよいを見ると自然と笑みが浮かんでくる。こういうところが彼女がアイドルたる所以なのだろうと思っていた勇だったが……

 

「龍堂~?向こうの攻略を手伝ったってどういう事かしら~?」

 

「げっ……!」

 

かなりまずい相手に話を聞かれた様だ、振り返るとすさまじい表情で自分を睨む真美の姿が見える。

バスの中の尋問が再開されるのではないかと不安がる勇だったが、その前に薄ら笑いを浮かべた葉月が立ちはだかった。

 

「あ~、こないだ偉そうにしてた人じゃん!もしかしてあなたが攻略班のリーダー?」

 

「……だとしたら何?」

 

「ん~?大分無能なんだな~って思っただけ」

 

「何ですって!?」

 

煽る様な口調で真美をディスる葉月、周りの面々は戦々恐々と言った様子で事の成り行きを見守っている。

 

「だって勇っちと謙哉っちの二人が居て全然攻略が進んでないんでしょ?無能以外の言葉が見つからないよ」

 

「龍堂は転校生!虎牙はクラスが違う!私たちと連携が取れなくっても仕方が無いじゃない!」

 

「何それ良い訳?アタシたちは学校が違うけど二人と連携して強敵を倒したよ?」

 

「そうかもしれないけどそれはウチと関係ないわ!こっちにはこっちのやり方があるのよ!」

 

「……ふ~ん、勇っちの力を満足に扱えないやり方で攻略してるんだ。じゃあさ」

 

そこまで言った所で葉月はくるりと勇の後ろに回り込む。そして、両腕でぎゅっと勇を抱きしめその豊かな双丘を勇の背中に押し付けながら勇の右肩に自分の顔を置くと、挑発するように真美に提案する。

 

「……勇っちをアタシたちに頂戴、謙哉っちも一緒にさ。そっちの方が、絶対勇っち達にとっては良いって!」

 

「はぁ?あんた何馬鹿な事言ってんのよ?あんたたちの学校は女子校でしょ?」

 

「そんなの関係ないって!特例として認めて貰えば良いんだしさ!」

 

「お、おい!馬鹿な事言ってんなよ葉月……」

 

「え~!だって勇っちもそっちの方が良いと思わない?」

 

葉月は勇をさらに強く抱きしめると耳元に自分の顔を持って行き、囁く様にして勇に告げる。甘く、媚びるようでいて強かさも感じるその声に勇の脳は蕩けそうになっていた。

 

「……アタシたちと一緒に居て楽しかったっしょ?仲間外れにされるより、アタシたちと一緒の方が絶対に楽しいって!……ねぇ、勇っちもそう思うでしょ?」

 

「う、うおぉ……!」

 

背中に感じる柔らかい感覚、目と鼻の先に居る美少女とその甘い囁き声、ふわりと漂う良い香り、etc、etc……

 

(やばい!これは完全にやばい!)

 

どれか一つだけでも十分な威力だと言うのにそれをフルコンボでやられてはたまったのもでは無い。無論良い意味でだが、今の状況ではそれを素直に喜べないのは確かだ

 

もしも葉月と二人きりで同じ状況に置かれたらあっという間に頭がパーになっている自信がある。それほど今の状況は凶悪だ。

現役アイドルが自分を篭絡しようとあの手この手を尽くしている。そこには打算的な意味も含まれているのだろうが、それを分かっていても抗いきれない魅力がここにある。

 

勇を正気に至らしめているのは自分を見る生徒たちの冷たい視線だけだ、これがあるからこそ勇はなんとか自分を律しなければと必死になれる。

 

必死に耐える勇に対して葉月もまた自分の魅力を最大限に活かした攻勢を仕掛けるものの、それを見かねた真美が大声で叫んだ

 

「あんた!いい加減に……」

 

「離れて下さい!」

 

「ほえっ!?」

 

真美が叫ぶよりも早く葉月に飛んでくるチョップ、あわやと言うところでそれを回避した葉月は、その攻撃を仕掛けた相手を見やる。

 

「不謹慎ですよ!こんな風にやらしい真似をして!勇さんもデレデレしてないできっぱりと離れる様に言ってください!」

 

「わ、わりぃ……」

 

ぷんぷんと怒気を飛ばすマリアに向かって素直に謝る事しか出来ない勇、正直惜しかったと言う気持ちと助かったと言う気持ちが半々なのだが、真美に怒られるよりかはましな解決にほっと胸を撫で下ろす。

 

「……全員、おふざけはそこまでだ」

 

そうやってどたばたを繰り広げていた勇たちだったが、後ろから聞き覚えのある声を聞いてそちらへ振り向く。

そこには、薔薇園学園の学園長、園田が立っていた。

 

「コミュニケーションを取るのは結構だがまずは学校行事だと言う事を覚えておく事だ、集会を始めるから迅速に整列しろ」

 

「は、はいっ!」

 

園田に怒られた一行は急いで他の生徒に倣って列に並ぶ、全員が整列した事を確認した後で園田は口を開いた。

 

「……虹彩、および薔薇園学園の諸君、今日はこうやって集まってくれてありがとう。私は今回の合同合宿を指揮する園田だ。一応、薔薇園学園の学園長を務めている」

 

堂々としたその態度からはとてつもないオーラが漂っている。今回の合宿の日程を的確に開設した後で、園田はドライバ所持者の7人を前に呼んだ。

 

「両校共に知っているかもしれないが、ここにいる7名が君たちの戦力の中心となる者たちだ。共に協力し、サポートしてやって欲しい」

 

「……集会とかで前に出るのって緊張しねぇ?」

 

「わかる」

 

ひそひそ声で会話しながら緊張を紛らわす勇と謙哉、自分たちに注目が集まると言うのはあまり慣れていないものだ。昔から人の中心だった光牙や、アイドルの3人は別だろうが

 

「……解散する前にまず彼らの連携の確認を行いたい。おい、あれを」

 

「はっ!」

 

園田の指示で薔薇園の教員が何やら丸いものを持ってきた。室内プラネタリウム用の装置に似たそれを地面に置くと、園田は解説をする。

 

「これは訓練用の疑似エネミー生成装置だ、スイッチ一つで5体のエネミーを生み出せる。諸君らには、これを使って二人一組で模擬戦を行って貰う」

 

「二人一組って、一人余っちまいますけど?」

 

「ディーヴァの内誰かには二回戦って貰う。虹彩学園と薔薇園学園で一人ずつのチームを組んでもらうぞ」

 

カラカラと台車が音を立てて運ばれてくる。その上には簡易的なくじ引きの箱が置かれていた。

 

「チーム分けはくじで行う。これは誰と組んでも連携が取れる様にするための訓練だ。たとえ苦手な相手だとしてもやって貰う。良いな?」

 

「はい!これから先一緒に戦う仲間なんです、きっと協力できますよ!」

 

「よろしい、ではまず第一回目のペアだ!」

 

園田は光牙の元気な声に頷くとくじを引く、そして、そこに書かれていた名前を読み上げた。

 

「虹彩学園、城田櫂!薔薇園学園、片桐やよい!」

 

「わ、私!?」

 

「けっ!トップバッターかよ…」

 

緊張した顔つきのやよいとかったるそうな櫂、対照的な表情をした二人はドライバーを構えつつ前に出る。

 

「あ、あの!よろしくお願いしますね!」

 

「……足引っ張んじゃねぇぞ」

 

「それでは……模擬戦、開始!」

 

園田の号令と共に変身した櫂は速攻でグレートアクスを呼び出すと目の前のエネミーに斬りかかる。重い一撃が胴体にヒットし、そのままエネミーは砕け散った。

 

「はっ!なんだ、思ったよりも楽勝じゃねぇか!おら、次来い!」

 

振り向いて一撃、先に居る敵に一撃、飛び込んで一撃……と櫂は次々にエネミーを粉砕していく。最後の一体を踏み潰すと、櫂は自慢げに振り向いて園田に迫った。

 

「どうよ?これで全部、楽勝だぜ!」

 

「「「……はぁ~~~」」」

 

「あん?何だよおい!?」

 

が、しかし、櫂を出迎えたのは勇、光牙、真美の呆れた様な溜め息だった。

そのうち真美が本当に面倒くさそうにしながら口を開く。

 

「……アンタ、本当に馬鹿よね」

 

「なっ!?何でだよ!?」

 

「脳みそつるつるだなおい、むしろ脳みそあんのか?」

 

「龍堂!てめぇっ!」

 

「櫂、君って奴は本当になんていうかさ……」

 

「光牙まで!?俺が何をしたってんだよ!?」

 

櫂の叫びに謙哉、葉月、玲がある方向を指さす。櫂がその先を見てみると……

 

「え、ええっと……凄かったですね!」

 

変身したまま微動だにしていないやよいの姿があった。

 

「……私は互いに連携するための訓練だと言わなかったか?一人で全員倒してどうする!」

 

「げぇっ!?」

 

「やよい!お前もお前だ!ぼさっと突っ立ってないでコミュニケーションを取れ!」

 

「す、すみませぇん……」

 

雷が落ちたかのような一喝に櫂とやよいはみるみる小さくなっていった。そんな二人を見ながら溜め息をつくと、園田は二人の評価点を告げる。

 

「……100点満点中10点と言った所だな。問題なく敵を倒した事以外に評価する点は無い」

 

「「ううう……」」

 

「……次のペアはこうはならないで欲しいものだ」

 

一気に目つきが鋭くなった園田を見ながら残されたメンバーは背筋を凍らせる。勇はこの事態を引き起こした櫂に対して苛立ちを募らせながら、園田がくじを引くのを見守っていた。

 

「第二ペア、虹彩学園、龍堂勇!薔薇園学園、新田葉月!」

 

「おっ!」

 

「やった~!勇っちと一緒だ~!」

 

恐らく勇の考える中では最良の組み合わせになった事を喜びながら葉月と顔を見合わせる勇。たった一回とは言え共に戦った間柄だ、連携は比較的取りやすいだろう

 

「よろしくね勇っち!頼りにしてるよ!」

 

「こっちこそよろしく頼むぜ!」

 

加えて葉月の人柄的にも相性が良い。幾分かは楽に連携が取れるだろう、そう思いながら勇はドライバーを構えた。

 

「準備は良いな?……模擬戦、開始!」

 

合図とともに駆け出した二人はそのままお互いの武器を呼び出す。そして、すぐ傍まで迫った敵を前にして確認を取り合う。

 

「レディファーストだ、最初の一発は譲ってやるよ!」

 

「いやん!勇っちってば優しいんだから!んじゃ、お言葉に甘えてっ!」

 

ロックビートソードを戦闘の敵に振り下ろす葉月、火花が舞い散る中をさらに一歩踏み込むと次の敵に攻撃を仕掛ける。

その間、勇は体勢を崩した最初の敵の横を斬り抜けると振り返りながらもう一撃を喰らわせる。

 

連携攻撃を喰らった1体の敵が消滅した事を確認しながら、二人は背中合わせの陣形を取った。

 

「ここからは半分ずつ仲良く分けっこね!」

 

「へっ!そっちが手間取ってたら俺が取っちまうぞ?」

 

互いの死角をかばい合いながら前に居る2体の敵に攻撃を仕掛ける二人、もともと戦闘能力は高くは無いエネミーなのであっという間に決着がついてしまった。

 

「終わりだな。楽勝、楽勝!」

 

「いえーい!ハイターッチ!」

 

櫂・やよいペアとは違い見事な連携を見せた二人に周囲からは感嘆の声が漏れる。真美も隣に居るマリアに対して囁く様に声をかけた。

 

「あの二人やるわね。特にアイドルの方があそこまでとは思って無かったわ」

 

「そうでしたね……勇さん、薔薇園に行っちゃうんでしょうか……?」

 

「……マリア?」

 

心配そうに勇を見るマリアを見つめる真美、マリアの視線の先では、勇と葉月が園田から総評を受けている所だった。

 

「見事だ。この程度の敵、相手にならなかったな」

 

「アタシたちに関しては連携は完璧なんじゃないですかね!?」

 

「調子に乗るな。これから先、どれほどの強敵が現れるか分からん。その時の為に連携を磨いておけ、以上だ」

 

「はーい!」

 

園田に褒められて上機嫌の葉月はにこにこ顔で勇とハイタッチすると待機メンバーの元へ戻る。そんな中、出番がまだ来ていない光牙は同じく待機中の謙哉に声をかけた。

 

「残ってるのは俺達だね。片桐さんと水無月さん、どちらと組んでも今の二人の様な見事な連携を取ろう!」

 

「……うん、そうだね。そうだと良いなぁ……」

 

「…?虎牙君、何か心配事でもあるのか?」

 

「次!白峯光牙と片桐やよい、前へ!」

 

何故か顔色が浮かない謙哉に対して光牙が疑問を投げかけた時、丁度園田が自分の名前を呼んだ。光牙は会話を切り上げると、気合を込めて立ち上がる。

 

「良し!じゃあ行ってくるよ!虎牙君も頑張って!」

 

爽やかな笑顔を浮かべた後で駆け出して行った光牙は気が付かなかったが、謙哉はこの世の終わりの様な表情を浮かべていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「片桐さん、俺が前に出て戦うから君は銃を使った援護を頼むよ」

 

「わかりました!」

 

「よろしく頼む、行くよっ!」

 

現れたエネミーに対してエクスカリバーで斬りかかる光牙、やよいもまた光牙に纏わりつくエネミーを的確に撃ち倒して行く。

 

「流石光牙、誰かに指示しながら戦うって事ならだれにも負けないわね」

 

「確かに、光牙さんの勇者としての才覚は最高ですからね!」

 

マリアと真美の感想の言葉を受けながら光牙はやよいの援護を受けつつエネミーを撃破する。最後の一体を倒し切った後、変身を解除した光牙はやよいを労った。

 

「お疲れさま!良い援護だったよ」

 

「光牙さんこそ凄いご活躍でした!お役に立てて何よりです!」

 

「ふむ……まぁ、合格点だな。これからも連携を磨いていけ、以上だ」

 

「はいっ!」

 

待機スペースへと戻って行った光牙は既に出番を終えた葉月と、これから訓練を開始する玲の元へとやって来ると、二人に対してにこやかに挨拶した。

 

「やぁ!今回は機会が無かったけど、一緒に戦う時が来たらよろしく頼むよ!……水無月さん、頑張って!それじゃあね!」

 

最初から最後まで爽やかに締めた光牙はそのまま櫂たちが待つ虹彩学園側のスペースへと戻って行った。その後ろ姿を見ながらやよいが光牙を褒めちぎる。

 

「良い人ですよね!丁寧だし、責任感もあるみたいですし、光牙さんが向こうのリーダーで本当に良かった!」

 

「……そう?アタシはあんまり好きになれないな、あいつ」

 

「…同感」

 

「え?え?な、何で!?」

 

困惑するやよいを尻目に訓練へと向かった玲は会話を切り上げたが、葉月はペットボトルの飲み物を一気に飲み干すとその疑問に答える。

 

「だって、なんかナチュラルに人を見下してる所があるんだもん。あいつ、自分は特別だってどっかで思ってるよ」

 

「そんなことないよ!きっといい人だよ!」

 

「かもね。まだ出会って間もないし、白峯の事はよく知らないけどアタシが感じたのはそう言う事!これから先、好きになるかもしれないけどね~」

 

「むぅ~……葉月ちゃんは手厳しいなぁ…」

 

「あはは!アタシなんか全然優しい方だよ?勇っちみたいにはっきりした人が好きで、白峯みたいな良く分からないのは嫌いなだけ!本当に厳しいのは玲みたいな女の子でしょ」

 

笑いながらそう言っていた葉月だったが、ふと真顔に戻ると今の自分の言葉を思い返して再び口を開いた。

 

「……いや、違うな。玲は厳しくなんか無いや、あの子は自分以外の人間を信用して無いだけなんだ。だから、好きとか嫌いとか無いんだよ」

 

「そうかなぁ……でも、私たちの事は好きでいてくれるよね?」

 

「どうだろうね?あの子にとっては好きか嫌いっていう判別をする事すら特別だから」

 

「……じゃあさ、そのぉ…」

 

「うん、ある意味では、彼も特別かな?」

 

そう言いながら、残された二人は今にも死にそうな顔をしている件の彼の事に視線を向けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、よろしくね!」

 

「………」

 

ペアを変えて欲しい。切実にそう思いながら謙哉は必死に考えを切り替える。

玲が自分に良い感情を抱いていないのは知っている。だからこそ、この合宿中にそのわだかまりを解くことを目標としていたのだが、まさかその前に彼女と組む事になろうとは思ってもみなかった。

 

ちらりと視線を送ってみれば、玲は不機嫌そうにこちらを睨み返してくる。ここまで嫌われるほどの事を自分はしてしまっただろうか?

 

(落ち着こう、これは訓練だ。彼女だって私情を持ち込む事はしないはずだ……!)

 

それはそう思ったと言うよりかはそうであってほしいと言う願いだった。せめてまともに連携さえ取れれば、自分と彼女の戦い方は相当相性が良いはずだ。

 

「双方準備は良いな?では、模擬戦、開始!」

 

合図と共に現れるエネミー、謙哉はまず一歩前に出ると列をなして向かって来るエネミーの配置とスピードを頭に叩き込む。

 

(よし、これなら……!)

 

謙哉のプランはこうだ、まず接近される前に遠距離射撃が出来る玲がエネミーを攻撃しダメージを与える。相手の隊列が乱れ、距離が狭まってきたら自分の出番だ。

近づく敵から確実に撃破し、玲の安全を確保しつつ相手を倒す。接近されすぎたら盾持ちの自分が文字通り壁になって玲を守ればいい。彼女の銃なら一方的に攻撃できるはずだ。

 

この作戦に間違いは無いはずだ、あとは玲が攻撃を開始してくれるだけで良い。

そう考えた謙哉は玲の攻撃開始を待つ、期待通り銃を持ち上げた玲は引き金に指をかけるとそれを引いた。

 

「あいったぁぁっ!?」

 

直後、背中に猛烈な痛みを感じた謙哉は思いきり叫んだ後で玲を見る。彼女の持つ銃の銃口は何故か自分の方を向いていた。

 

「あ、あのさ……何で?何で僕を撃ったの?」

 

「エネミーと間違えた。ごめん」

 

「あ、そう……」

 

100%嘘だと思われる言い訳をしれっと口にしながら玲は再び銃を構える。もう痛い目に遭いたくない謙哉は急いでその場から離れるが……

 

「いだだだだっ!?」

 

「あ、ごめんなさい。てっきりエネミーかと思ったわ」

 

「……嘘だよね?君、僕の事を狙って撃ってるよね!?」

 

「何だ、わかってたの。それじゃあ遠慮はいらないわね」

 

「ちょっと待って、君何言って……あいたたた!」

 

「はぁ……模擬戦中止だ、装置を停止させろ」

 

非常に呆れた物言いで園田がエネミーを発生させていた訓練用装置の停止を命じる。エネミーが消えた後、その場には銃を構えている玲と地面に転がっている謙哉だけが残った。

 

「君さぁ!これは連携を取る為の模擬戦だって言ってるだろ!?何で僕を撃つんだよ!?」

 

「あなたが邪魔だから、嫌いだから、むしろ死んでほしいから」

 

「辛辣すぎ!僕、君に何かしたっ!?」

 

「……あなた、ゴキブリって好き?」

 

「え……?いや、嫌いだけど……」

 

「何で?ゴキブリに親でも殺されたの?」

 

「そんなわけないでしょ!特に理由は無いけどさ……」

 

「それと同じ、私にとってあなたはゴキブリって事」

 

「酷すぎない!?」

 

園田はもはやコントと化したそのやり取りをふか~い溜め息と共に見つめがら近づくと、静かな、されど確かに怒りを感じさせる口調で詰問する。

 

「……玲、何が不満だ?」

 

「私は誰の力も借りる事無く戦って見せます。あなたの指示だからこそディーヴァとメンバーとも連携を取っているだけで、本来ならば単独で戦わせて欲しい位です」

 

「彼らは味方だと前にも話したはずだが?」

 

「私の方もこれ以上誰とも組まないとチームの結成時に言ったはずですよ……義母さん」

 

「えっ…!?」

 

二人の間で交わされたやり取りの中で爆弾発言を聞いてしまった謙哉は小さく驚きの声を上げる。そんな彼を横目で見ながら、園田は怒りを強めた口調で玲を叱責した。

 

「……人前でそう呼ぶなと言ったはずだが?」

 

「私の言葉を忘れてしまったようなので、私もあなたの言葉を忘れてみました」

 

「……どうあっても同盟のメンバーとは組みたくないと?」

 

「ええ、ずっとそう言っているはずです」

 

「……わかった。善処させて貰おう。虎牙、この話は聞かなかったことにしろ、良いな?」

 

「は、はい!」

 

指揮官と部下でありながら義理の親子である二人の会話を聞いていた謙哉は園田の言葉に慌てて返事をする。それをちらりと見た園田は、生徒たちの方へと向き直り大声で告げる。

 

「……チームの振り分けを変える。龍堂・新田ペアはそのままに白峯と櫂で一チーム、そして片桐と虎牙でもう一チームだ……分かったな?」

 

「了解しました!」

 

「はい!分かりました!」

 

「へっ!光牙と一緒ならなんの心配もいらねぇな!」

 

「……今回の模擬戦は以上だ。明日、再び今言ったペアで模擬戦を行ってもらう。その際には今日よりも熟練された動きを見せてくれることを期待しているぞ。以上、解散!」

 

園田の号令に従って薔薇園学園の生徒たちは自分たちのコテージへと散り散りになる。その後を追いかける様にして虹彩学園の生徒たちも荷物を片手に散らばって行った。

 

「………」

 

「…何?そんなに信じられない?私と学園長が義理とは言え親子だって事」

 

「……そうじゃないよ。何で君は…?」

 

「れーいー!私たちもコテージ行こうよー!もう汗でびちゃびちゃだもん!」

 

葉月のその声に反応した玲は、一度だけ謙哉の方を振り向くとそのまま自分を待つ葉月とやよいの方へと向かう。謙哉は、その背中を見ながら寂しげに呟いた。

 

「……何で、君はそんなに人を遠ざけるんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、良かったじゃねぇか!これであの冷酷女と組まなくて済むんだからな!」

 

「そう、だけどさ……」

 

コテージに荷物を置き、昼食を作るために料理広場に向かおうとする勇と謙哉。自分たちと光牙と櫂の四人で一つのコテージを共有する事になっている様だ。

 

「にしてもあいつひでぇよな。訓練だってのにお前の事馬鹿みたいに攻撃してたもんな」

 

「……うん」

 

勇の言葉に謙哉は歯切れの悪い返事を返す。どうも彼女の事が気になって仕方が無い。

頑ななまでに他者を信じないその態度にはどんな理由があるのだろうか?そして何故、自分は特に彼女に嫌われているのだろうか?

 

(……やっぱ、このままじゃいけないよな)

 

例え嫌われていたとしても玲はこれから一緒に戦っていく仲間だ、まったくコミュニケーションが取れないままで良いはずがない。

今日一日で少しでも彼女に認められれば、これからの活動は大きくしやすくなるはずだ。謙哉は、何とかして玲とコミュニケーションを取ろうと決意した。

 

「よし!やってやるぞ!」

 

「うおっ!?いきなりなんだよ、大声出して……」

 

「あ、あはは、ごめんごめん…」

 

謝りながら歩いていたらいつの間にか目的地に着いていた様だ。各人ごとに材料が用意されている。これで昼食を作れと言う事なのだろう。

 

「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、肉、カレールー……やっぱそう来るよな!」

 

「ご飯は他で用意してあるみたい。僕たちはカレーを作ればいいんだね」

 

「任せろ、俺の得意料理だ!」

 

自信ありげに胸を張ると勇は手を洗って材料と器具のチェックを始める。謙哉もまた慣れた手つきでそれを手伝う。

 

「謙哉は料理できんのか?」

 

「趣味は料理だよ。そんなに手の凝ったものは作れないけど、カレーなら余裕余裕!」

 

「そっか、なら美味いカレーを作ろうぜ!」

 

戦闘だけでなく料理でも良いパートナーになってくれそうな謙哉に笑顔を向ける勇、しかし、その後ろから怪しい影が迫ってきていた。

 

「い~さ~む~っち~!一緒にカレー作ろうよ!」

 

「葉月か、別に構わねぇよ」

 

「や~りぃ!んじゃさぁ、ついでに何人か人を呼んで良い?」

 

「何人かって、数に限りはあるけどよ……」

 

「そんなに大人数じゃないよ。皆、来て来て!」

 

葉月が声をかけるとやよいを含む数人の女子が勇たちのテーブルへとやって来た。どの子もタイプは違うが可愛い子ばかりだ。

女の子たちに目を奪われていると、その中の一人の元気そうな子が手を挙げて自己紹介を始めた。

 

「はいっ!自分、夏目夕陽(なつめゆうひ)って言います!今日はよろしくおねがいしゃ~す!」

 

「あ、あのっ!私は橘ちひろです!よろ、よろ、よろ、よろしくお願いします!」

 

「私、宮下里香(みやしたりか)って言うんだ!カレー作り、よろしくね~!」

 

三者三様の自己紹介を終えた後でやよいが恥ずかしそうに顔を赤らめる。そして、謙哉を見ながら深々と頭を下げて挨拶をした。

 

「虎牙さん、色々あって大変だと思うんですけど、一緒にチームを組めて良かったです!明日の模擬戦、よろしくお願いします!」

 

「あ、えと、こちらこそよろしくお願いします。足を引っ張らない様にしますね」

 

「そ、そんな!玲ちゃんと渡り合える人が、私の足を引っ張るなんて無いですよぅ……むしろ足を引っ張るのは私の方です……」

 

「こらこら!戦う前にそんなネガティブになってどうするのさ!気楽に行こうよ、気楽にね!」

 

「……おい、ちょっと良いか?」

 

続々と自分たちの班に加わろうとする女子陣に対して、勇は気になっていたある事を質問した。

 

「お前たち、料理出来るのか?」

 

「うっす!自分、一切出来ません!」

 

「あの、あのあの……包丁握るとあ、汗が出て……」

 

「ん~……私は無理かな~!」

 

「私は簡単なお菓子作りならできますけど……」

 

「……葉月、お前は?」

 

「アタシ!?ふっふっふ……聞いて驚け!なんと、テレビ番組で手料理が死ぬほどまずいと酷評された事があるアイドルとは、この新田葉月ちゃんのことだーっ!」

 

「よし、放り出すぞ謙哉。二人でカレー作ろう」

 

「え?それは流石に可哀そうじゃない……?」

 

「わーわーわー!お願いだよ勇っち!アタシたちを受け入れてよ~!」

 

完全に自分たちに頼る気満々だと看破した勇は彼女たちを放置しようとする。しかし、それをさせるまいと葉月も必死に二人に頼み込む。

 

「お願いだよ~!アタシたちカレーの作り方も分からないんだってば~!このままじゃ、白米だけの寂しい食卓になっちゃうよ~!」

 

「白米食えるだけましだろ」

 

「お願い!仲間に入れてくれたらキスしてあげるから!ちゅっ、って!ね?ね?良いでしょ?」

 

「あのな、アイドルがそう言う事易々と……」

 

言うもんじゃない。そう言おうとした勇だったがその次の言葉を発する事は無かった。次の瞬間、近くのテーブルに何かが思い切り叩きつけられる音が聞こえたからだ。

一体何事か?そう思って振り返った一同の目の先には、ニコニコと笑いながらカレールーの箱をこちらに見せつけるマリアの姿があった。

 

「……カレーの作り方は箱の後ろ側に書いてありますよ?これを見ながら作れば簡単に作れるのではないでしょうか?」

 

笑顔で葉月たちにそう提案するマリアは彼女たちを気遣っている様に見える。しかし、見ている全員はマリアが絶対に怒っていると確信していた。

 

今見せつけて来るカレーの箱にはひしゃげた跡がある。思いっきり握りしめた証拠だ。もしくは、先ほど力いっぱいテーブルに叩きつけたかのどちらかだろう。

笑顔なのに目が笑ってないし、背後からは謎の威圧感がほとばしっているし、いつもの聖母の様な優しさを見せるマリアからは想像もつかない荒れっぷりである。

 

最大に怖いのはここまで怒っているのに平静を装うところだ、まだ真美の様に怒鳴り散らしてくれた方が救いがある。

総合判断で言えば、「今のマリア、マジ怖い」と言う所で一同の思いは一致したのであった。

 

「ね、ねぇ勇っち、アタシ、何かしたかな?」

 

「わ、分からねぇ。でも、あのマリアの怒りっぷり……何かやばいぞ」

 

「楽しそうですねお二人さん、私に聞かせられない事でも話しているのですか?」

 

「「滅相もございません!」」

 

絶対零度のその声に背筋が自然とピーンと伸びる。敬礼のポーズで固まっている一同を見回した後、マリアはニコニコと笑いながら(目は笑っていなかったが)皆に提案した。

 

「勇さん、料理初心者の方には私も教えますから、私も一緒の班に入れて貰って良いでしょうか?」

 

「お、おう!もちろんだぜ!」

 

良いでしょうか?の部分の後に駄目とは言わないよな?と言う恐怖の幻聴が聞こえた気がしたが、勇はそんな事を気にせずにマリアを仲間に加えた。そうしなきゃ死ぬ気がしたとか、そんな事は無いよ!

 

「……マリアさんが入るんだったら僕は抜けようかな。ちょっと、気になる事があるからさ」

 

「なっ!?謙哉、お前っ…!?」

 

逃げるつもりか?と言う言葉を発する前に謙哉は自分の材料を手に取ると人ごみの中へと駆け出してしまった。

この良く分からない修羅場の中に自分一人を置いて逃げた謙哉に対して憎しみを燃やすとともに、勇は軽い絶望感尾も覚えていた。

 

(け、謙哉…!早く戻ってきてくれーーっ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……居た!」

 

勇たちから離れた謙哉は玲の姿を見つけると彼女に近づく。玲は今、たった一人で料理に取りかかろうとしている所だった。

 

「………ふん」

 

まな板の上にあるジャガイモを上段に構えた包丁でたたき切る玲、その危なっかしいどう見ても料理とは思えない動きを見るに、彼女も料理は出来ないのであろう。

その上で、誰かと組む事もしないから我流の料理を披露する羽目になっているのだろう。謙哉は深く息を吐いて深呼吸すると、再び危なっかしい動きで包丁を振ろうとする玲の腕を掴む。

 

「……何?」

 

「そんなやり方じゃ怪我するよ?それに、ジャガイモの皮、剥いて無いじゃない。これじゃ食べられないよ」

 

「……余計なお世話」

 

あくまで自分に敵意を示す玲、だが謙哉は一歩も引かずに玲の手から包丁を奪い取ると自分の材料をテーブルに置き、出来る限りの笑顔を見せながら玲にこう言った。

 

「一緒に作ろう。やり方も教えるからさ」

 

「………」

 

「無言は肯定と判断するね!それじゃ、始めよっか!」

 

てきぱきと準備を始めながら謙哉は思っていた。このずけずけとした物言いと行動でまた玲に嫌われたとしても、それはそれで構わない。問題は、彼女が何を考えているかが分かるかどうかと言う事だ。

 

自分に対する敵意、一人ですべてをこなす事にこだわる理由……そう言ったものへの明確な答えが欲しい。それが分かれば、きっと玲と上手く付き合う方法だって見つかるはずだ。

 

そんな淡い期待を胸に抱きながら、謙哉の苦悩の一日が幕を開けたのであった。

 

 


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