仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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共闘!護国の騎士、その名はイージス!

ソサエティ世界、町はずれの草原で夕焼けに照らされながら戦う一人の青年がいた。いや、正確には彼の横でエネミーに剣を振るう小さな騎士も一緒に居たのだが、人間としてこの場に居るのはその男子生徒一人だけだ。

 

「はぁぁっ!」

 

騎士に的確に指示を出しながら、自らも戦線に立ってエネミーに攻撃を喰らわせる青年。長きに渡る戦いを繰り広げていた両者だったが、ついに騎士の剣がエネミーの体を貫いた。

 

「ぐぎゃぁぁぁっ!」

 

断末魔の悲鳴と共に光の粒へと変わって行くエネミー、敵の影が見えなくなったことを確認した後、青年は自分の腕に嵌められたゲームギアを覗き込む。

 

<レベルアップ!>

 

「ふぅ……これでレベル14かぁ…」

 

先ほどまで一緒に戦っていた騎士のカードのレベルが上昇したのを見た青年はそう呟くと空を見る。この夕焼けだ、そろそろ今日のソサエティ探索は終了だろう。

 

「今日もお疲れさま……さ、帰ろうか」

 

手に持つカードにそう語りかけると拠点の城下町へと歩き出した青年は、今日一日の成果を確認しながら満足げに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、それじゃあ情報交換だ。と言っても俺の報告以外にはそこまで価値は無いだろうけどな」

 

初めてのソサエティ突入を経験した次の日、午後のHRで話し合いの機会を与えられた勇たち2-Aクラスの面々は光牙を中心にソサエティ攻略の方法を話し合おうとしていた。

しかし、リーダーである光牙はあろうことか勇に発言の機会を与えると、彼に知る限りの情報を与える様にとの指示をクラス中に与えたのだ、これには当然反発もあったが、いつも皆の中心である光牙にそう言われると結局は従う事を選んでしまうのが取り巻きの悲しい習性である。

 

仕方なく、Aクラスの面々は勇に知る限りの情報を教える。ここ2週間の間に自分たちが必死になって集めた情報を何もしていない勇に教える事は抵抗感があったが、その思いを押し殺して会議を続けて行った。

 

クラスメイト達の話をふむふむなどと言いながら聞いていた勇だったが、ある程度の情報を聞いた所で「大体わかった」と口にしてその話を遮る。

そして上記の台詞を発したわけであるが……正直、クラスメイト達は勇の事を馬鹿にしていた。情報交換などと言っても昨日来たばかりの勇に大した話が出来るとは思えない。例え何かを言ったとしても、それは恐らく自分たちの知っている事だろうと高をくくっていた訳である。

 

当然、その思いを口にする者もいた。勇に反感を持っている櫂がその思いを代表して勇に口を出したのだ。

 

「馬鹿か!お前の話こそ何の価値も無いだろうが!」

 

「いやいや、大人数集めて北の関所に攻撃を仕掛けた奴の報告には負けるよ。あれだろ?あそこまで大掛かりに作戦仕掛けて、時間もかけたって言うのに何の成果も得られなかったんだから、もう笑うしかないわな!」

 

どこぞの大きな人たちが進撃してくる漫画の一コマの様に、「何の成果もあげられませんでしたぁ!」と叫んだ勇の姿についうっかり噴き出してしまうクラスメイト達、だが、顔を真っ赤にしてこちらを睨む櫂を見るや慌てて目をそらしてしまった。

 

「……そこまで言うからには俺たちを唸らせるような報告が出来るんだろうな?下らない内容だったらただじゃ済まさねぇぞ!」

 

「分かったから黙って俺の話を聞け筋肉ダルマ。さて、そんじゃお待ちかねの俺の話だが……喜べ、俺たちが次にやるべき事が分かったぞ」

 

勇のその一言に教室内が大きくどよめく。自分たちが2週間もの間探し続けていたすべき事を勇は昨日一日で見つけたと言うのだ。

到底信じられることではないがそう言われると興味が湧く、自分にクラス中の視線が集中していることを感じながら、勇は話を続ける。

 

「昨日の事だ、俺と光牙はあの城下町……『ラクドニア』のお城に行って、そこの王様と話してきた。んで、その王様から頼み事をされたわけだ」

 

「ちょっと待てよ。あの城の中には俺たちも入ろうとしたけど、門番が居て中を通してくれなかったはずだぜ?勇者を連れて来いとか言ってさ」

 

「ああ、だから俺たちは勇者を連れて来たんだよ」

 

自分の話を遮った男子生徒の声に反応した勇は続いて光牙を見る。その視線に反応した光牙は自分のカードホルスターから『光の勇者 ライト』のカードを取り出すと机の上に置いた。

 

「龍堂くんに言われて俺はこのカードを門番に見せたんだ。すると、彼は俺たちの事を勇者と呼んで中に入れてくれた……どうやらディスティニーカードにはこんな使い方もあったみたいだ」

 

「嘘……でも、そんな事言ったら、今までソサエティを攻略して来た先輩たちはディスティニーカードを持ってないはずでしょう?なんてったってこの間発明されたばかりなんだもの。だとしたら先輩たちは全く攻略を進められてなかったって事?」

 

「……これはあくまで俺の考えだが、ソサエティは進化し続けるゲームだ。故にディスティニーカードの情報を得て、また進化したんじゃないのかな?攻略にディスティニーカードが必要になる世界へと変貌した。だからこれから先はカードを使って先に進んでいかなくちゃならないって事なんじゃないかな?」

 

「な、なるほど……」

 

光牙のその意見に皆一堂に頷く。彼らは知らないが、ゲームにはアップデートを繰り返すものもある。ソサエティもまたそのようなものでは無いかと光牙は予想したのである。

明確な答えは無いものの光牙のこの考えはある程度は納得できる。感心している皆を尻目に話を元に戻すべく勇が口を開く

 

「ま、そうして無事に城の中に入れた俺たちは王様と話したわけだが………その話は簡潔にまとめると、近くの村で暴れるエネミーたちを倒してくれって事だな」

 

「王はその村の事を『ムーシェン』と呼んでいた。地図で言うとこの位置の村らしい」

 

光牙は頭上に映し出されたお手製のソサエティのマップに×印をつけてムーシェンの場所を示す。そこまで話した所で、今まで黙っていた真美がおもむろに口を開いた。

 

「と言う事で私たちが次にやる事はこのムーシェンに向かう事。そしてそこで起きているエネミー絡みの事件を解決する事ね。皆、分かった?」

 

「はい!分かりました!」

 

その言葉に一斉に返事を返すクラスメイト達、勇は美味しい所取りされた事を不満に思いながらも話を終えて席に座ろうとする。しかし、そんな勇を真美は呼び止めるとクラスの真ん中で驚くべき事を話し始めた。

 

「……龍堂、あんたに言っておくわ。ここから先、あんたは単独で行動して頂戴」

 

「は、はぁ!?」

 

その言葉に素っ頓狂な声を上げる勇、当然だ、この発言は簡単に言えば2-Aのクラスメイトは勇に協力をしないと言っている事である。自分があまり歓迎されていないとしてもそれはあまりにも酷いのではないかと思った勇は反論を口にしようとするが、それよりも先に真美が自分の意見を話していた。

 

「良い?私たちは今までの活動の中で一種のチームワークが生まれている。そこにあなたと言う完全に異質な存在を入れるだけのスペースは無いの。あなたは私たちと違って訓練も受けていないし、考え方も違う。ちぐはぐな動きになるのは目に見えているわ」

 

「だとしても今回みたいに俺が役に立つことだってあるはずだぜ?」

 

「ええ、そうね。でもそれ以上にデメリットの方が大きいと私は判断したの。故にあなたを私たち2-A攻略部隊から追放するわ」

 

「……そんなに俺を除け者にしたいのか?」

 

「はっ!何勘違いしてんだよ!お前は元々俺達とは立場が違いすぎんだよ。俺たちは厳しい訓練を積んできた言わばエリート、大してお前は運よくドライバーを手にしただけの素人だ!ちょっと攻略に役立ったからって調子に乗るんじゃねぇよ!」

 

櫂の容赦ない一言にはクラス中の勇への思いが詰まっていた。勇の戦いを見ていない彼らにとって、あくまで勇は庶民寄りの考えを持つ凡人に過ぎない。故に多少役にたったとしてもここで排除した方が後々の為になると判断されているのだ。

 

「ま、待ってください!勇さんを邪魔者扱いするなんてひどいじゃないですか!」

 

「……良いよマリア、これが俺への評価だって事はよーく分かった。んじゃ、後は邪魔者抜きで話し合ってくれ」

 

「い、勇さん!」

 

マリアの言葉も虚しく、邪魔者扱いされた勇は教室を出て行ってしまった。勇の姿が無くなった教室の中では櫂が嬉しそうに話し合いの再開を促している。

 

「さぁ、これで邪魔者はいなくなったな!ここからは光牙が中心になって話し合うとしようぜ!」

 

険悪な雰囲気に一瞬だけ静まり返った教室内だったが、櫂のその一言を聞いて気を取り直したかのように活気が戻ってくる。

不安そうに勇の出て行ったドアを見つめるマリアと渋い顔をした光牙、そしてその両名を見つめる真美を除いたクラスの面々は勇の事など忘れて話し合いを続けて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、なんだよ。あいつら俺を邪魔者扱いしやがって……!」

 

苛立ちを隠せないままに廊下を歩く勇、決してクラスの面々から好かれたいと思っていた訳では無い。しかし、あそこまで露骨に邪魔者と言われるとショックなのは確かだ。

 

自分が何をしたと言うのだ、ただ自分は守りたいものを守るために戦い。その結果、このけったいな学園に入学することになった。別にエリートコースに乗りたかったわけでも、誰かを蹴落としてこの学校に入ったわけでも無い。

なのに、育ちが違うと言うだけで自分を追放したクラスメイト達を勇は許す事は出来なかった。

 

「あ~、ちくしょう!」

 

苛立ちを叫びにして現しながら勇は廊下を歩く、今日はもうこのまま寮まで帰ってしまおうかと思い下駄箱に足を運ぼうとしたその時だった。

 

「うおっ!」

 

「わっ!?」

 

廊下の曲がり角でちゃんと前を見ていなかったせいか反対側からやって来た男子生徒とぶつかってしまった勇、彼の手から一枚のカードが零れ落ちるのを見た勇は慌ててそれを拾うと男子生徒に謝罪しながら差し出す。

 

「わ、悪い!ちゃんと前を見て無くって……」

 

「いや、それは僕もだよ。ごめんよ。あと、カード拾ってくれてありがとう」

 

小さな騎士が描かれたそのカードを受け取りながら柔和に微笑んだ男子生徒は勇にお礼を言いつつ気さくに応える。その後で、少し驚いた顔をしてから勇に質問をしてきた。

 

「もしかして君、噂の転校生じゃない?特別待遇で転入して来たって言うあの……」

 

「どの噂かは知らないが俺が転入生なのは確かだな。特別待遇と言えば特別待遇だ」

 

「……君のクラス、まだミーティングの最中じゃない?出て来ちゃって良いの?」

 

「言ったろ?特別待遇だってよ、俺は今、クラスから追い出されて酷い扱いを受けるって言う大歓迎を受けている所さ」

 

「………なんだか複雑そうな事情だね」

 

心配そうに勇を見た男子生徒は、少し考え込んだ後で勇に向かってこう言った。

 

「僕は虎牙謙哉(こがけんや)、僕で良ければ話を聞くよ。飲み物も奢るから、少し話さない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどね。そりゃあ酷い話だ」

 

「だろ!?ったく、あいつら本当に性格悪いんだよなぁ……」

 

数分後、勇と謙哉は二人して食堂で駄弁っていた。正直、初対面の相手に色々と愚痴るのはどうかと思ったが、特に親しい友人もいない勇としてはこのモヤモヤした気持ちを聞いてくれると言う謙哉の申し出が非常にありがたく思えたのだ。

結果、こうやって先ほど自分が受けた仕打ちを謙哉に話している。誰かに聞いて貰えたことで少しだけだが胸の中のつかえがとれた気もした。

 

「悪いな。こんな愚痴に付き合わせちまってよ」

 

「良いんだよ、僕が言い出したことだしね。にしてもやっぱりA組はエリート意識が強いなぁ……」

 

「何だ?この学校全体的にそんな感じじゃないのか?」

 

謙哉のつぶやきを聞いた勇は抱いた疑問を正直にぶつける。謙哉もまた、勇のその質問に対して嫌な顔一つせずに答えてくれた。

 

「ああ、確かにこの学校はエリートとしての意識が強い人が多いけどA組は特にその傾向が顕著なんだ。なんてったって小学校から英才教育を受けている人たちの集まりだからね」

 

「うえっ!?このレベルの勉強を小学校から始めてんのか!?」

 

「うん、A組の多くは虹彩学園の付属小学校からのエスカレーター入学さ、だから人一倍エリート意識が強くって、排他的な思想を持ちやすいんだ」

 

「へぇ~…そう言う事だったのかぁ……」

 

「君に除隊勧告をした美又真美なんて幼稚園から英才教育を受けてるんだよ。その分クラスでも一目置かれてて、A組の中心人物の一人に数えられてるね」

 

「はぁ~、あの性悪強気女、言うだけあってただ者じゃないって事か」

 

色々と自分の知らない事を聞いた勇はちょっとだけA組のメンバーについて詳しくなった!……全く嬉しくないが

 

「にしても……お前変わり者だな。こんな話を進んで聞いてくれるなんてよ」

 

「あはは!丁度クラスのミーティングが早く終わって暇だったって言うのもあるんだけどね。君が酷い顔してたから、どうも気になっちゃってさ」

 

「そんなに酷い顔してたか?自分では全く自覚無いけどな……」

 

「そんな目に遭ったならショックを受けても仕方が無いよ。僕だったら泣いちゃうな」

 

「ぶはは!確かにな!ああ、俺もお前と同じクラスだったら良かったのになぁ~!」

 

「そうだね。確かに僕のクラス……D組は、A組みたいに成績は良くないけどその分皆の仲は良いかな」

 

「良いねぇ、幸せな学園生活を送れそうな環境じゃねぇの!今からでもクラス替えしてくんねぇかなぁ?」

 

冗談半分本気半分のその台詞を聞いた謙哉は大きな声で笑い始めた。勇もそれにつられて笑う。ひとしきり大笑いした二人は涙を拭きながら談笑を続けた。

 

「ありがとな。おかげで少し気持ちが楽になったよ」

 

「それは良かった。お役に立てて何よりだよ」

 

「もしこのまま帰るんだったら一緒に帰らねぇか?お前も寮暮らしだろ?」

 

「ああ、ごめん。僕はこの後ソサエティに用事があるんだ。ちょっと鍛えて行こうと思ってね」

 

「ふ~ん……んじゃ、今度は俺が付き合う番だな!」

 

謙哉の言葉を受けて椅子から立ち上がった勇はニヤリと笑うと懐からドライバーを取り出す。それを見せつける様にしながら、謙哉に向かって言った。

 

「ご覧の通りそんじょそこらの奴より役に立つぜ?お前のレベル上げに付き合わせてくれよ。ちょっとした恩返しだ」

 

「う~ん……そうだね。僕もドライバーの機能に興味があるし、是非とも手伝って貰おうかな!」

 

「良し、決まりだな!んじゃ、行くとするか!」

 

意気揚々と食堂から出て行った二人はゲートのある施設に向かう。ものの十数分前に出会った二人だがそんな事を感じさせない仲の良さを見せながら二人は歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲートの向こう側の世界、ソサエティ。虹彩学園では授業ではもちろん生徒が自主的にソサエティの攻略に向かう事を許可している。放課後、もしくは授業の空き時間にルールさえ守れば自由にゲートを行き来可能なのだ。

 

30分ほど前にソサエティにやって来た二人はさっそくエネミーを探してラグドニアの町から出ると周囲を探索し、数体の山賊ゴブリンを見つけ出した。

変身した勇と自前のカードを使って騎士を呼び出した謙哉はさっそくそのゴブリンたちに攻撃を仕掛ける。不意を突いたと言う事と元々の戦闘能力の差もあって、数分も持たずにゴブリンたちは消滅した。

 

「よし、あと少しでレベルアップだな」

 

ゲームギアを確認した謙哉が呟くのを見た勇は変身を解除して謙哉の見ている画面を覗き込む。先ほどまで謙哉が呼び出していた騎士……『見習い騎士 サガ』のカードの横に書かれているレベルを見た勇は驚きながら謙哉に声をかけた。

 

「14レベル!?マジかよ、俺のカードより10レベル以上上だぜ!?」

 

「ああ、これは低レアのカードだからね。その分レベルアップも早いんだよ」

 

「……そうなのか?」

 

「うん。ディスティニーカードには、コモン、アンコモン、レア、スーパーレア、ウルトラレア、そしてディスティニーレアと言った種類があってね。コモンが一番レア度が低くって手に入れやすいカード、逆に例外のシークレットレアを除いて一番手に入りにくいのがディスティニーレアのカードなんだ。レア度が低いカードは能力値が低い分レベルが上がりやすくって、レア度が高いカードは高い能力値や特殊能力を持っている代わりにレベルが上がりにくいんだよ」

 

「へぇ~……初めて知ったなぁ…」

 

「と言っても、僕たちD組は大したレアカードを持ってないからどれくらいの差があるかは分かってないんだけどね」

 

「いや、十分だろ!少なくともA組ではそんな話一切しなかったぞ!」

 

「あはは!それは彼らが良いカードをたくさん持ってるからだよ。元が強いカードを持ってるから、そこまでレベルの上がり方に興味が無いんじゃないかな?」

 

「なるほどなぁ……ん?そういえば謙哉、お前って他に持ってるカードは無いのか?」

 

「あ~……そうだね。僕が持ってるのはこのサガのカードだけだよ」

 

謙哉のその答えに勇は疑問を覚える。A組のメンバーはレアそうなカードを何枚も所持していたはずだ、大して謙哉が持っているのは一番レア度の低いカード一枚だけ、おかしくないだろうか?

この差は一体何なのだろうか?そう考える勇の疑問を察してか、謙哉はその答えを口にする。

 

「A組のメンバーは政府からも期待されてるんだ。だから秘密裏に開発されてたディスティニーカードを発売前から受け取ってるんだよ。僕らが持ってるカードはその余りものって所かな」

 

「うげ、そんな所にもエリート特権が出てやがんのかよ」

 

「仕方が無いよ。A組は本物のエリートの集まりなんだから多少優遇されて当然位の考えで行かないとね」

 

はははと笑いながら謙哉はサガのカードに視線を移す。暫し真剣な表情でカードを見つめた後、ボソッと一言呟いた。

 

「……それに、これで戦えないわけじゃ無い。見せてやりたいじゃないか、エリートに凡人の意地って奴をさ」

 

「謙哉……」

 

勇はその一言を聞いてほんの少しだけ虎牙謙哉と言う人間の事が分かった気がした。

柔和な笑みと朗らかな態度に隠されているが、その内面には熱い炎が燃え上がっている。エリートに負けて当然などとは考えていない。むしろそいつらを追い越すために努力を続ける負けず嫌いだ。

 

そのある種貪欲な姿勢を勇は気に入った。自分の非力さを認め、日夜努力を欠かさない謙哉にはエリートぶって自分たちが凄いと思い込んでいるA組の連中よりも何倍も好感が持てる。

静かに燃える青い炎の様な男……それが虎牙謙哉と言う男だと言う事を自分の頭の中にインプットすると、その努力を後押しするべく笑顔で声をかけた。

 

「そうだな、偉そうにあぐら掻いてるA組の奴らに思い知らせてやろうぜ、俺達だってやれば出来るって事をな!」

 

「勇……ああ!そうだね!でも、君もA組の人間じゃないのかい?」

 

「俺は実質ハブられてるからな。お前たち側の人間だよ」

 

「それもそうだね。んじゃ、協力して頑張るとしますか!」

 

軽く拳を突き合わせて意気投合する二人、このまま二人でレベル上げに勤しもうとしたがふと何処からか騒がしい音が聞こえてくることに気が付く。

その方向を見てみれば小さな村があった。謙哉が見せてくれた地図を目にした勇はその村が先ほどのA組の話し合いで出たリーザスの村である事に気が付き、少し村の様子が気になって来た。

目を凝らしてみても村の中で何が行われているのかは分からない。しかし、ちょくちょく見える顔ぶれから推察するにA組のメンバーがここに来ている事は間違いないようだった。

 

「どうする勇?ちょっと寄ってみるかい?」

 

「……そうだな。少し中の様子を見てみるか!」

 

別段A組と関わりたいわけでは無いがムーシェンの村の様子は気になる。城の中で聞いた話だとこの村では何かが起きている様だし、それを知っておいても損は無いだろう。

 

そう考えた勇は謙哉の提案に乗ってムーシェンへと足を運ぶことを決めた。幸いにも周りにエネミーの姿は無い。

善は急げと言わんばかりに二人は走ってムーシェンへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木でできた家、点々と見える畑、あまり広くない敷地……まさにRPGの序盤の村を体現したかの様なムーシェンの村にたどり着いた勇たちはその中で動き回るA組の生徒たちを見やる。

何人かのグループに分かれて村の住民に話を聞いている彼らを見るにようやくゲームの攻略方法を理解し始めたのだろう。新しい村に着いたら情報収集は鉄板の行動だ。

 

(ま、こいつらにそれを教えたのは俺なんだけどな……)

 

自分が居なかったら未だに関所に無意味な攻撃を仕掛けていたであろうA組の面々に複雑な気持ちを抱きながらも、勇は彼らに倣い村の様子を伺う。住民たちの顔を見ていた勇はある事が気になった。

 

何と言うか村の全員が暗い表情をしているのだ、しかも疲れているようにも見える。ラクドニアの王様が言っていたエネミーに関する事件が起きている事は間違いないだろう。問題は、どんな奴が何をしでかしているかだ。

その事に関しての情報を集めようとした勇の前に良く見知った女子が現れた。

 

「勇さん!あなたもここに来てたんですね!」

 

「マリアか、まぁ、色々あってな」

 

「ここで起きている事件について調べてるんですよね?私で良ければお話しますよ!」

 

「おっ!そりゃあ助かる。んじゃ頼めるか?」

 

任せてください!と胸を張って答えたマリアは一度咳ばらいをすると勇と謙哉の二人に対して、ここムーシェンで起きているとある事件について話し始めた。

 

「……最近、この村では夜になるとエネミーたちが群れを成してやってくると言う事件が起きているんです。最初の頃は数も少なく村の男性たちが頑張って退治していたんですが、最近は敵の数も増えてもう村に人間たちにはどうしようもない事態にまでなっているようで、皆さん夜になるとおっかなびっくりしながら朝を待っているそうですよ」

 

「なるほどな、つまり襲って来るエネミーたちから村を守れば良いって訳か」

 

「はい。先ほどこの村の村長さんとお話ししてきたんですが、勇さんの言う通りどうかこの村を守って下さいとお願いされてしまいまして……」

 

「で、どうしたんだ?」

 

「光牙さんはすぐにでも引き受けようとしたんですが、真美さんが今回は防衛戦になるだろうから村の地形を理解して十分な作戦を立ててから引き受けましょうと言って、その言葉に皆さんが従った形になりました。少なくとも今日は防衛線は行わないみたいです」

 

「……やっぱ分かってんなあの性悪強気女、あいつがA組のブレーン役ってとこか」

 

「ちょっと!マリア、あんた何してんの!?」

 

噂をすれば影とやら、話しをしていた3人の所に光牙と櫂を伴って真美も姿を現した。ものすごい剣幕でマリアに近づくとその勢いのまま捲し立てる。

 

「マリア!なんでこいつに全部喋っちゃうのよ!?折角の情報アドバンテージが台無しじゃない!」

 

「で、でも、勇さんに協力して貰えばこの戦いも楽になるはずですし……」

 

「私たちはこいつとは一緒に戦わないって言ったでしょう!A組はA組だけの力でソサエティの攻略を果たすの!」

 

「で、でも……」

 

「そんな怖い顔すんなよ性悪女、まだ若いのにしわが増えるぞ」

 

真美に叱られてだんだん小さくなっていくマリアを見かねた勇が助け舟を出す。その一言に真美は怒りの矛先を勇に変えて詰め寄って来た。

 

「あんたも何でここに居るのよ!?」

 

「おいおい、俺が自主的に訓練に来ちゃいけねぇってのか?」

 

「訓練するんのは結構だけどここじゃないどこか遠い場所でやってなさいよ!んで、私たちに近づくんじゃないわよ!」

 

「……大分嫌われてるな、俺」

 

「むしろどこか好かれる要素があるって言うの?」

 

「まぁまぁ、もう良いじゃないか真美」

 

一向に怒りが収まらない真美を見かねた光牙が彼女を窘める。真美と勇の間に割って入った光牙は、そのまま勇に向き直ると彼を真っ直ぐに見て話し始めた。

 

「龍堂くん、マリアから事情を聞いたと言うのなら話が早い。君も俺たちと一緒に戦ってくれないか?」

 

「駄目よ!絶対!」

 

「……聞いたか?俺が乗り気でもお仲間は断固反対みたいだぜ?」

 

「真美!どうして君はそんなに……」

 

「良い光牙?こいつは私たちにとってイレギュラーな存在なの。一緒に戦うとなるとどんな不確定要素をもたらすか分からない。私はそれを排除したいのよ」

 

「……つーわけだ、俺はこの件には関わらない方が良さそうだからそうさせて貰うよ。ま、頑張ってくれや」

 

「あ、龍堂くん!」

 

話し合いに自分が関わると碌な事にならないと判断した勇はそう言い残すとその場から去って行く。自分を呼び止める光牙の声も無視して歩を進める勇の背中を見た謙哉は、真美を見た後、不思議そうに呟いた。

 

「あのさ……君、何をそんなに怖がってるの?」

 

「…っっ!?」

 

謙哉のその一言に珍しく動揺を見せた真美を一瞥した後、謙哉もまた勇の後を追ってムーシェンの村を後にする。その場に残された光牙たち4人は黙ってその背中を見る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……あの馬鹿どもは人の気も知らないで好き勝手言ってくれちゃって……!」

 

その日の夜、寮の自室の窓際で風呂上がりの火照った体を覚ますために夜風に当たりながら真美は呟く。どこか苦々し気な含みを持ったその一言は誰の耳にも届かないまま夜の闇へと消えて行った。

 

(……光牙も光牙よ。あのぼんくらの事を高く評価するのは良いけど、その結果起きる事態って物を考えなさいよね!)

 

自分の支える勇者への不満を思い浮かべながら彼女が心配するのはあの転入生の事だ、彼の存在は光牙の地位を揺るがしかねない。

勇の実力は実際目の当たりにした自分もよく理解している。協力すればかなりの戦力になってくれるはずだ。

 

しかし、それは今のA組の関係性を崩壊させかねない諸刃の剣でもある。

 

2-Aの中心は光牙だ、幼稚園から英才教育を受け続け、世界を救うと言う目的意識の高い光牙は正にリーダーとしてうってつけの存在だ。高い資質、性格も相まって彼を中心としたグループはいくつも出来上がって来た。

A組もその一つだ、光牙と言う絶対的な存在を勇者としてトップに置くことで潤滑なコミュニケーションや作戦の実行が行えてきたのだ。故に、光牙はこれからもリーダーとして君臨し続けなければならない。光牙に匹敵する人物がいないのであれば、それは光牙に課せられた運命と言ったものであろう。

 

しかし、光牙が勇者としてソサエティを攻略し始めた今になって彼と同等……いや、それ以上の力を持つ男、勇が現れてしまった。

高い戦闘能力と状況判断力、そして自分たちとは違うものの見方が出来る洞察力、光牙とはタイプは違えど彼もまたリーダーとしての高い資質を持っている。

 

もしあのまま勇をA組の戦力として扱い続けていたらどうなっていたか?恐らく、A組は二つの派閥に分かれる事になっていただろう。光牙をトップとする派閥と勇をトップとする派閥……どちらが優れたリーダーとしてA組を牽引するかを決めるべく、本人たちの意思も無視して派閥員同士の争いが生まれていたはずだ。そうなってしまったらソサエティの攻略どころではない。

それに最悪の場合、勇が光牙に取って代わってリーダーとなる可能性もある。そうなった時、光牙は今までの地位を失いただの下っ端へと身を落とす事になるのだ。あの優秀な力を持つ光牙が、ぽっと出の男に負けて、リーダーから転落する……真美が最も恐れている事はそれであった。

 

太陽は二つもいらない。勇者は一人で十分だ。故に彼女は勇を全力でA組の攻略部隊から排除する。すべては光牙の地位と栄誉を完璧なものにするため………そのためならば、彼女はどれほど他人に憎まれたって構わない。

世界の安寧よりも光牙が英雄として生きられる事を優先した真美はきっとどこかおかしいのだろう。だが、彼女にとって光牙が頂点に立たない世界など何の価値も意味も持たない物である。

 

(光牙……私が守ってあげる。私が、あなたを世界を救う勇者にしてあげるわ、絶対に……!)

 

歪んだ、しかし真っ直ぐな献身を誓う彼女は夜の空に煌く星々を見ながらそう誓ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日はどうするかな?」

 

翌日の午後、今日はソサエティの攻略に授業時間が割り当てられている。しかし、勇はあまりその事に乗り気ではなかった。

当然昨日の事が後を引いている訳だが、別段勇は攻略部隊として活躍できないのが悲しい訳では無い。むしろ厄介事から逃れられてせいせいしている部分もある。

悔しくないとは言えないが、そこまで気にすることではない。無論A組の連中を手助けするつもりは無いが、勇の中では昨日の一件はその辺の位置づけで収められていた。

 

(真面目にレベル上げでもしておくか?まーた戦いに巻き込まれるかもしれねぇしな……)

 

自分は戦いの力を持っている。このドライバーがある限り戦いから逃れる事は出来ないだろう。ならば、その為の力を磨いておいた方が良い。

そう考えた勇は今日は謙哉に倣ってレベル上げに勤しもうと決心した。出来れば謙哉も呼んで二人で行動できれば良いなと思っていた勇だったが、その目の前に謙哉が姿を現したのを見て午後の活動を一緒にしようと誘おうとしたが……

 

「勇、ちょっと頼みがあるんだ」

 

「……な、なんだ?」

 

予想外に真面目な顔をして自分を見る謙哉に気圧されて誘いの言葉を飲み込む勇、自分の話に勇が乗って来た事を確認した謙哉は少し考えた後でその頼みを口にした。

 

「……僕たちの用心棒としてムーシェンの村に来てくれないかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、なんでお前がここに居るんだよ?この件には関わらないんじゃなかったのか?」

 

数十分後、勇はムーシェンの村に居た。到着と同時に不機嫌そうな顔をした櫂に詰め寄られ遠回しに出ていく様に言われるも、勇はその言葉を無視して村の中へと歩いて行った。

 

「おい!無視すんじゃねぇ!なんでここに来やがったかちゃんと理由を言え!」

 

「お前に話すよりかあの性悪女に話した方がはえぇ、同じことを二回も説明するのは手間だからな」

 

「ふざけるな!理由を話さねぇってんならこの先には行かせねぇ!」

 

「おいおい、別にお前の許可なんか必要ねぇだろ?どうしても理由が知りたいってんならそいつから聞けよ」

 

「そいつだと?一体、誰の事……?」

 

勇が指さした先を見た櫂は点々と散らばる生徒たちの姿を目にして、勇が一体誰の事を指しているのかを本人に聞こうと振り返る。しかし………

 

振り返った先に勇はおらず、地面に大きく『バカ』の文字が書かれているのを見た櫂は自分が見事に一杯食わされたのだと言う事を理解した後、大声で叫んだ

 

「あの……クソ野郎がーーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳だ、俺たちもA組だけに攻略を任せる訳にはいかない。この戦闘には各クラスから立候補した有志のメンバーも加えて貰おう」

 

「あなたたちの意見は分かったわ、でも、それを許可するわけにはいかないわね」

 

「何故だ!?A組は戦果を独占するつもりなのか!?」

 

「勘違いしないで、私たちがあなたたちの介入を許可しない理由は単純にあなたたちが弱いからよ。A組のメンバーと違ってまともなカードも持っていないあなたたちに今回の作戦は荷が重すぎるわ。しかも各クラスごとの混成チームじゃ連携もあったもんじゃない。それで私たちに迷惑をかけられても困るのよ」

 

村の中の一件の空き家、光牙たちA組のメンバーが作戦拠点として使っているその家の中では真美と数名の生徒たちが話し合いをしていた。

集まった生徒たちの代表と思われる眼鏡をかけたB組の男子生徒が自分たちの総意を真美に対して伝えるも彼女はそれを切って捨てた。なおも反論する生徒たちの様子を光牙とマリアは黙って見ている。

 

ムーシェン防衛戦の戦力に自分たちも加えて欲しい、それが集まった生徒たちの要求内容であった。彼らの要求は当然の事だろう。エリートのA組には劣るとは言え自分たちも虹彩学園の誇るソサエティ攻略チームの一員なのだ、この重要そうな作戦に参加したいと思う気持ちは誰しもあるはずだ。

だがしかし、その意見を足手まといになると言う理由で却下する真美、彼女の中ではこの作戦はA組だけで決行する事になっている様だ。

 

確かに人手は欲しい。しかし、この戦いをA組だけでクリアする事が出来たなら結果として大きなメリットが沢山あると言う事を彼女は理解していた。

 

まず第一にA組の周りからの印象が強固なものになると言う事、攻略最前線部隊として知名度を上げればその分学内での力は強まる。命の様な政府関係者からも更なる協力が得られるかもしれない。

 

第二に得られる経験値を独占できると言う事、再序盤のイベントとは言えこの戦いは今まで起こしてきた小さな戦いとは桁違いの大きな戦いになるだろう。何と言っても村一つが戦場になるのだ、その分、現れる敵も多くなると考えられる。

その敵たちが落とす経験値を全てA組で独占できたなら、それはA組全体の戦力の増強に繋がる。発売前に複数のレアカードを入手すると言うスタートダッシュを切ったA組がここでレベリングまでこなす事が出来たなら、それは他のクラス……もっと言うなら日本全国にあるソサエティの攻略部隊育成学校の生徒たちと大きな差を付けられることになる。上手く行けば自分たちは日本のソサエティ攻略部隊の中心になるかもしれないのだ。それが第三の理由である。

 

学校内外へのアピール、戦力の増強、これから先の覇権、以上三つのメリットを真美は独占したいと思っていた。無論、その為にはこの戦いをA組だけで乗り越える必要があるが彼女はそれは可能な事であると思っている。

今までの訓練、徹底した連携、そして練りに練った作戦……それらすべてが合わさればこの戦いをきっと乗り越えられると真美は信じていた。

 

(……絶対にこの作戦を邪魔される訳にはいかない。この作戦を上手くこなせれば、光牙は世界の勇者に大きく近づくのよ…!)

 

向けられる反論を切って捨て、相手の意見を否定する。すべては光牙が世界に認められる為に……

かくして明晰な彼女を前に徐々に意見が出なくなったクラス連合の生徒たちは諦めムードに入って行くが、そんな中一人の生徒が手を挙げて発言した。

 

「……美又さん、君は僕たちが弱いからこの作戦に参加させたくないって事なんだよね?じゃあ、僕たちが強くなったら許可を出してくれるの?」

 

「ええ、勿論よ虎牙くん。でも作戦は1時間後に決行するわ。今更頑張った所で遅いんじゃなくて?」

 

「ああ、そうだね。君の言う通り、今からレベルを上げに行くことも新たなカードを入手することも絶望的に不可能だ、だから……」

 

真美に意見した生徒…謙哉はそう言うとにっこりと笑う。自分が聞きたかった言葉は引き出せた。まぁ、真美の立場を考えるとどう足掻いたって「自分たちが強くなれば作戦に参加することを許可する」と言わざるを得ないのだ

その一言があれば十分だ、自分の思い描くシナリオの通りに事が運んでいる事を喜びながら、謙哉はドアの方を見る。謙哉の発言を待っていたかの様に開いたドアの前に立っていたのは、先ほど櫂のガードを突破して来た勇であった。

 

「だから僕たちは新しい戦力を加える事にしたよ。ドライバ所有者の龍堂勇、彼を僕たち混合チームの一員として迎え入れた。これで十分この戦いを乗り越えられるだけの戦力は整ったんじゃないかな?」

 

「……ちっ」

 

誰にも聞こえない位の大きさで真美は舌打ちをする。この謙哉の意見を退ける方法が自分にはない事が分かっているからだ。

 

光牙と櫂と言うドライバ所有者を戦力の中心として起用している以上、真美はドライバーを強力な兵器として認識していると言う事になる。その上で、勇は昨日6体のエネミーをたった一人で撃破して見せた。

そんな勇を強力な戦力として認めないわけにはいかない。そんな彼を仲間に加えた以上、混合チームには十分な戦力が入ったと認識しなくてはならない事も真美は分かっている。

 

ここから先に謙哉が何を言うかも分かっている。しかし、一応真美は形式上言わなくてはならない言葉を口にした。

 

「確かにドライバーを持つ龍堂を仲間に引き入れたのは大きいわ、でも、それでも混成チームとして連携が取れてないのは確かじゃない?」

 

「その問題もクリアしたよ。僕たちはこの戦いの間、すべて勇の指示に従う。勇はエネミーとの戦いも多く経験してるし、何より僕たちの中で一番強い。リーダーとして扱うのは当然の事でしょ?」

 

「……それは皆の総意なの?」

 

「多数決するかい?少なくとも、ここに居るメンバーの中で勇に従わない人間はいないと思うよ。そうしないと作戦に参加できないのはわかりきった事だからさ」

 

「……そうね。でも、それでも不安が残るわ」

 

「だったら、僕たちと美又さんたちでチームを分ければ良い。今回の防衛戦、区域を二つに分けて一つをA組が、もう一つが僕たち混成チームが守るようにするんだ。具体的には、中央にある村長の家を拠点にして東をA組が、西を混成チームが守るようにする。お互いをフォロー出来る状況にしつつ、戦線は独立した形を取ればA組にも迷惑をかける可能性は小さくなると思うんだけどな」

 

「……そうね。その通りね」

 

戦力の追加、リーダーの決定、作戦地域の分譲……勇が現れてからここまで話された内容は真美の予想通りであった。

謙哉は、真美が反論できず、かつ彼女が自分の思惑を達成するために譲歩できるぎりぎりのラインを狙って策を練って来たのだ。

 

この謙哉の意見に乗っかった場合、真美の目的は7割方達成される。本当に目指した成果より得られるものは減るが、それでも多くの物を手に入れられるだろう。

しかも、正直な話A組だけで戦うよりも作戦の成功確率は高い。十分メリットのある話だ。

 

ではこの話を蹴った場合はどうなるか?最大限の譲歩策を否定するだけの材料を今の真美は持っていない。どうしても認めたくないのであれば理由なしでA組だけで作戦を行うと言う意見をごり押すしかないだろう。

しかし、そうなったら混合チームは黙っていない。そちらが我を通すのであれば自分たちもと勝手に作戦に参加してくるだろう。そうなったら最期、この作戦で得られるはずだったメリットは雲散霧消する。

 

勇を仲間に引き入れられた時点で真美の負けは決定していたのだ、心の中で深くため息を吐きながら真美は謙哉を睨みつける。

 

(……こいつ、油断ならないわね)

 

真美の思惑を理解した上で自分たちの望みを達成する方法を見つけ出してきた謙哉の頭脳に警戒心を抱く真美、今回自分が犯してしまったミスは光牙を立てる為に勇を攻略チームから追放してしまったことだ、それが無ければ謙哉は勇を仲間に引き入れる事は出来なかった。取捨選択によって生まれたA組のデメリットを謙哉は的確に突いて来たのだ。

 

今は良い、謙哉には特筆すべき大きな力は無い。だからA組に歯向かうためには勇の様な強い力を持った仲間が必要になる。

だがもし彼が大きな力……例えば、ギアドライバーを手に入れたとしたら?その上で勇と手を組んだらどうなるか?

 

間違いなく強大な敵になる。同じソサエティを攻略する仲間であると同時に、自分の思惑を邪魔するライバルとして立ちはだかる可能性が高くなるのだ

真美は、そうなってしまう可能性を潰すための策をこの戦いが終わったら考えなくてはならないと確信した。

 

「……じゃあ、僕たちもこの戦いに参加させて貰うよ。よろしくね、美又さん」

 

「ええ、こちらこそよろしくね」

 

笑顔の裏で静かに謙哉に敵意を向ける真美、一刻も早くこの油断ならない男を消さなくてはならない。この男が力をつける前にだ

勇と一緒に部屋を出ていく謙哉の背中を見ながら、真美は再びその決心を固くした。

 

彼女は正しかった。誰よりも油断ならない男として謙哉を意識した事も、彼を強力な攻略チームの一員となる前に排除すると言う決心をしたこともだ

しかし、彼女はその思いを抱くには遅すぎた。今となってはどうしようも無い事だが、彼女は『勇と謙哉が出会う前に』どちらかに対して何か手を打たなければならなかったのだ。

まぁ、それが分かっていた所で彼女に何が出来たかと言われれば返答には困る。しかしながら、彼女は遅すぎた。故に、彼女が恐れていた事態は現実のものとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「策士だな、謙哉。まさかあの性悪女に一杯食わせるたぁな」

 

話し合いが終わった後、作戦拠点の家から出た勇はそう謙哉に話しかける。純粋な褒め言葉として言ったつもりだったのだが、その言葉を聞いた謙哉は何故か泣きそうな顔をして振り返るとその場にへたり込みながら情けない声を出した。

 

「そんな事言わないでよ……僕は美又さんの妥協せざるを得ないラインを突いて話を進めた訳であって、彼女を完全に納得させられたわけじゃないんだからさ」

 

「いいじゃねえか、あの女に俺たちの介入を認めさせた事はお前の手柄だろ?」

 

「そうかもしれないけど、それ以上に今回は美又さんがミスを犯した事が大きいよ。彼女が勇を追放しなければ僕は君を味方に引き入れられなかったんだからさ。だから、僕は彼女の失敗を突く形で今回の権利をもぎ取った訳なんだけど……絶対怒ってるよなぁ、美又さん。目の敵にされたらどうしよう…?」

 

先ほどまで強気で自分の要求を話していた男とは思えない様子で謙哉はがっくりと項垂れる。そんな彼の様子がおかしくてついつい笑ってしまった勇だったが、この後の戦いで自分が背負わなければならない責任を思い出して気を引き締める。

何と言っても、勇は数十名の生徒たちから成る混成チームを指揮しなければならないのだ、ぶっつけ本番で戦いになるかどうかは勇の指示にかかっている。その事を意識しながら、勇は自分の考えを謙哉に話してみた。

 

「謙哉、俺はこの戦いは戦力を集中させた方が良いと思っている。最初から中央付近に全員で陣取って最終防衛ラインを皆で守る形を取りたいんだが、それで良いと思うか?」

 

「僕もそれで良いと思うよ。広い範囲を守るとするとどうしても連携が必要になってくる。初対面の人間が多いこの混成チームじゃ綿密な連携はとてもじゃないけど無理だ。だったら、数で守って皆でフォロー出来る様にお互い近くで戦った方が良い。皆が集まっている方が勇の指示も通りやすいしね」

 

「お前にそう言って貰えて良かったよ。んじゃ、この作戦で行くか!」

 

「……当然、僕も出来る限りの援護はさせて貰うつもりだ。でも、このカード一枚で十分な活躍が出来るとは思えない。リーダーとしても戦力としても君に頼りっぱなしになると思う。申し訳なく思うけれど、どうか成し遂げて欲しいんだ」

 

「ま、俺に任せとけよ。一応それなりの考えと準備はしてきたからな」

 

勇はそう笑いながら言うと謙哉に手を差し出す。その手を黙って握った謙哉は固く勇と握手をすると、お互いに作戦を成功させようと無言で誓い合った。

 

「……さて、んじゃチームの皆と作戦会議と行きますかね!」

 

「そうだね。……ところでなんだけどさ」

 

「あ?何だよ?」

 

「そのバッグの中、何が入ってるの?今、必要な物?」

 

謙哉が指さしたのは勇がここに来る際に持ってきていたバッグだった。勉強用の道具などならば学園に置いてくれば良いものをここにまで持ってくるのだから何か大事な物なのかと謙哉は思ったわけである。

その質問に対して勇は軽く考えた後で

 

「まぁ、一応の保険みたいなもんだな」

 

とだけ答え、混成チームの生徒たちが待つ場所へと歩いて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一時間後、予定通りに作戦が行われようとしているムーシェンの村の中では真美が作戦の段取りを確認している。

光牙は村長の所へ行き、作戦の開始を告げる役目を担っているためここには居ない。それぞれの役目をこなす二人の姿を見ながら、櫂とマリアも作戦に備えていた。

 

「……初めての大規模な戦闘ですね。何事も無く終わればいいのですけれど」

 

「大丈夫だ、真美の考えた作戦に穴は無い。俺たちも力量は十分なはずだ。問題があるとすれば横やりを入れて来た他のクラスの連中とあの転校生位のもんだろ」

 

「おーおー、言ってくれんじゃねぇか。俺たちはどこぞの脳筋馬鹿がヘマしないか心配だがね」

 

話し合う二人の横から他クラスの生徒たちを伴ってやって来た勇たちが口を挟む。一気に不機嫌な表情になった櫂は一度だけ勇を睨みつけた後、黙ってその場から去ってしまった。

 

「……自分から俺の事を追い出したくせに俺が好きに行動すると不機嫌になるなんて、どういう神経してんだよあいつは?」

 

「まぁまぁ、彼も気が立ってるんだよ。流してあげようじゃないか」

 

ぶーたれる勇とそれを宥める謙哉、良好な関係を見せる二人はほど良い緊張感を持ってこの戦いに挑もうとしていた。

気負いすぎず、されど気楽にもならず。エリートならではのプレッシャーを抱えて戦いに臨むA組と違って混成チームの生徒たちの表情には余裕がある。発破をかけずやれることをやると言う方向性のリーダーシップを発揮した勇のおかげでチームのコンディションは最高に近いものになっていた。

 

「勇さん、こんなことを言えば真美さんから怒られてしまうかもしれませんが、私はあなたと一緒に戦えて嬉しいです。出来る事ならあなたの背を守りたいとも思っていましたが、残念ながらそれは出来そうに無いですね」

 

「A組の中でそんな事を言ってくれるのはお前位のもんだよ。ありがとな、マリア」

 

「どうかご武運を、そしてあなたに神のご加護がありますように……」

 

握手の後で目を閉じて祈りの言葉を口にしたマリアも自分の持ち場に着く、勇もまた軽く息を整えた後で自分をリーダーとして担ぎ上げた仲間たちに威勢よく声をかける。

 

「よっしゃ!こっからが正念場だ、A組の奴らに凡骨の意地ってもんを見せつけてやろうぜ!」

 

「おおーーっ!」

 

景気よく返って来た返事を耳にしながら勇もまた戦いへの覚悟を決めて前を見る。守るのは中央にある村長の家とその中に集まる村の人々、敵の数はどれくらいかは分からないが相当多い数だろう。

激戦は必至、自分の責任も重大。しかしながら少しばかり心が躍っているのも確かだ。

 

今は自分の出来る事をやるだけだ。そう決めた勇は的確に指示を出し仲間たちに戦いの準備を整えさせる。急場しのぎのフォーメーションも何もない陣形、されど今の自分たちが出来る最大限の戦いへの構え

 

A組、混成チーム、互いに戦いの準備が整った事を確認した真美が手を挙げると光牙がドアを開けて村長の家から出て来た。どうやら彼は戦いの開始を村長に告げた様だ。

その瞬間、周りの光景に異変が生じ始める。夕焼けが眩しかった空がみるみるうちに暗く染まり、村の中には篝火が燃え始めた。

 

魔物たちがやってくると言われた時間、夜に時間が切り替わったのだ。暗く視界が思うように取れない中でそれは始まった。

 

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ………!

 

何かが近づいてくる音、一つや二つのものでは無い大量の足音が自分たちに近づいて来る。緊張が一同を包む中、姿を現したのは黒光りする昆虫の様なエネミーだった。

エネミーたちは群れを成してムーシェンの村へ襲い来る。その数は到底数え切れるものでは無い。東と西、ムーシェンを挟み撃ちにするように迫りくる敵の影を見た勇、光牙、櫂の三人はドライバーを装着するとカードを手に取った。

 

「変身っ!」

 

<ディスティニー!チェンジ ザ ディスティニー!>

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

<ウォーリア! 能筋! 能筋! NO KING!>

 

一斉にカードを読み取らせて装甲を展開する三人は仮面の騎士へと姿を変える。そして、それぞれが陣営の先頭に立つと、目の前に迫りくるエネミーたちに向かって声を張り上げながら突撃していった。

 

「各員、戦闘開始!」

 

真美のその声を合図に後ろに控える生徒たちもカードを使ってエネミーとの戦いに身を投じて行く。ここにムーシェン防衛戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<運命剣 ディスティニーソード!>

 

「行くぜっ!」

 

ディスティニーソードを呼び出した勇は勢いをつけて振りかぶった剣を思いっきりエネミーへと叩きつける。その鋭い一撃を受けて倒れ込んだ一体を踏みつけて一歩踏み込んだ勇は再びディスティニーソードを振るった。

 

敵の集団に対する単騎での攻撃、襲い掛かるエネミーの勢いを削いでから自軍とぶつかる様にしようと言う勇の最初の作戦である。

その目論見通り数体の敵を足止めするやいなやエネミーのたちの進軍スピードは目に見えて遅くなった。これならば最初のぶつかり合いでこっちが有利になれる。

 

後ろを振り返れば混成チームの生徒たちがそれぞれカードを使って戦士やモンスターを呼び出したり、あるいは武器を手にして敵を迎え撃つ準備を完成させている。それを確認した勇は目の前の敵を蹴り飛ばすと大きく後ろに無向かってジャンプした。

 

「来るぞっ!全員、迎撃準備!」

 

わらわらとやってくるエネミーを迎え撃つ生徒たち、ある者は手に持った剣でエネミーを切り倒し、またある者は呼び出した怪物にエネミーを攻撃させる。集団で束になって一体の敵を屠る戦略は謙哉が提案したものだ。

 

勇たち混成チームはチームワークと言う点では未熟だ、しかし隣り合って戦う者同士で連携が取れないほど拙い生徒は居ない。常に複数で一体の敵を倒す事を意識して立ち回る事で被害の収縮と確実な勝利を求めた安全策だ。

しかし、勿論その作戦が完璧に上手く行くとは限らない。望まずして1対1の状況に陥ってしまう者もいるだろう。今、そうなってしまった一人の生徒がエネミーに首を掴まれて持ち上げられている所であった。

 

「うわぁぁぁぁっ!」

 

鋭い爪を光らせてその生徒を攻撃しようとするエネミー、だが、間一髪でその攻撃を中断させるべく勇が剣を振るう。

 

「おらぁっ!」

 

生徒を掴む腕を切り払うとそのダメージを受けたエネミーはたまらずその手を放した。一度、二度と斬撃を喰らわせて距離を取ると、地面に転がっているその生徒を助け起こす勇

 

「大丈夫か!?」

 

「あ、あぁ……すまない、助かったよ」

 

「無理はするなよ。絶対に多対一を狙え!」

 

そう忠告した勇は再び危機に陥っている生徒の元に駆けつけてはエネミーを蹴散らしていく、一撃離脱を繰り返して敵の攻めの姿勢を崩す事を続ける勇、それこそがこのチームの戦闘の要であった。

 

勇と謙哉はドライバーの力を主力として戦うのではなく、周りをフォローするために使う事を決めた。つまり、あくまで戦闘の中心は数多の生徒たちが引き受け、勇はピンチに陥った生徒たちを救う為に存在する用心棒としての位置付けを心掛けたのである。

こうすることにより殲滅力は消えるが戦線の維持が容易くなる。多対一での各個撃破とそれをフォローする遊撃部隊と言う組み合わせは防衛線において最適な組み合わせだ。

 

「はっ!てやぁっ!」

 

今また敵の体勢を崩した勇がその場を後にすると、やって来た数名の生徒が体勢を立て直したエネミーと相対する。壊れかけた戦線を復活させるための時間稼ぎを続ける勇は正に縁の下の力持ちである。

戦闘範囲を狭める事で可能になったこの戦法を続ける混成チーム、対してA組の戦略は正に王道を行くものであった。

 

「情報出ました!名称『アーミーワスプ』、昆虫型エネミーです!弱点は火!」

 

「了解!火属性の攻撃が使える人はそれで攻撃を!他は光牙と櫂の援護に集中して!」

 

「防御カード使います!消耗した人は休息を!」

 

慌ただしく情報をやり取りしながら戦闘を続けるA組の生徒たち、戦いの中心に居るのは光牙と櫂の両名だ

数体のアーミーワスプを相手取りながら戦闘を続ける二人、櫂は「怪力戦士 ガイ」の専用武器である「グレートアクス」を手に敵を切り裂く

 

<パワフル!>

 

「うおおおっっっ!!」

 

攻撃を強化するカードを使用した櫂はグレートアクスを薙ぎ払い自分の前に居る数体の敵をまとめて打ち倒す。そのまま次にやって来た敵を左手で掴むと振り回して遠くに投げ捨てた。

 

「がっはっは!もっとかかってこいやぁっ!」

 

周りに居る生徒たちからの援護を受けつつ戦う櫂はそう言ってエネミーを挑発する。その言葉が通じたかどうかは分からないが、数体のアーミーワスプが櫂を倒すべく飛び掛かって行った。

 

「総員、連携を取って戦闘を!危険な時は俺たちの傍から離れないで!」

 

光牙は自分を援護する生徒たちにそう告げると自分もまた大量に居るエネミーへと躍り掛かって行く、エクスカリバーを振るい敵を薙ぎ倒し、後ろから飛んでくる味方の援護を受けて敵を敵を撃破していく

 

「負傷した者は回復部隊に治療してもらう事!防衛隊は防衛ラインと回復部隊の防御を忘れない様に!」

 

「はいっ!」

 

真美は戦場を見ながら巧みに指示を送る。溢れかえる情報を整理し、その場で最適な戦略を選ぶことは相当に困難な事だ。

しかし、真美はそれを続けていた。自分に課せられた役目を全うする事がこの戦いの勝利へと繋がるからだ。

 

A組の戦略は「中央突破」、戦力の中心となる光牙と櫂の二人を全力で支援しつつ、最低限のサポート部隊で防衛、および回復を担う。

優秀なチームワークを誇るA組だからこそ出来るこの戦法は高い殲滅力と安定性を両立している。攻防問わず使えるこの陣形はA組にとっての基本戦略だ

 

ここまでの戦いでは双方苦戦することなく襲い来るエネミーを撃破している。しかし、やはりと言うべきかA組の方が敵を倒すスピードが速いようだ。

 

「敵の数が減ってきている!もう少しだ!」

 

光牙のその声にA組の生徒たちは全戦力を持って応える。次々と敵を撃破していった彼らは、やがて数体のアーミーワスプを伴って現れた上級エネミーと相対した。

 

「来たなボス級!皆、ここからは手筈通りに動けよ!」

 

A組の面々は現れたボス格の敵、『ソルジャーワスプ』に対して予定していた行動を取る。敵の周りに居る取り巻きを攻撃するとボスから引き剥がしてソルジャーワスプを単独で行動させるようにし、その前に光牙を送り出す。

エクスカリバーを構えた光牙は仮面の下で敵を睨むと、勢いよく駆け出して攻撃を仕掛けて行った。

 

「てやぁぁぁっ!」

 

「ギイイィッ!」

 

光牙が繰り出す剣戟をソルジャーワスプは右腕に付いている鋭い針の様な部分で受ける。ソルジャーワスプが剣を弾き、鋭い右の突きを繰り出せば、その一撃は針での強力な一撃になる。

何とかその一撃を躱した光牙は慎重に相手に仕掛ける隙を見つけ出そうとする。自分の方がリーチが長く、強力な一撃を繰り出せるだろう。しかし、相手の方がコンパクトに鋭い一撃を連続して放てる。

 

隙を見せて一撃を貰えば、その攻撃は一撃では済まない。畳みかける様に繰り出される連撃が瞬く間に自分の体力を奪っていくだろう。

攻撃を仕掛けるタイミングを間違えば待っているのは容赦のない反撃だ、光牙は剣を握りしめて守りを重視する姿勢を取った。

 

「光牙ぁ!雑魚は俺に任せとけ!」

 

「ああ、頼りにしてるよ!」

 

櫂の一言に感謝の意を示しつつ目の前の敵に集中する。ここで易々と負けるわけにはいかない。これから先、何回も繰り返さなければならない戦いの第一戦を勝利で飾らないと、自分は世界を救う事なんかできやしないだろう。

 

(落ち着け……大丈夫、きっと勝てるはずだ…!)

 

思い重圧を感じながらも、光牙の目には確かな光が灯っていたのであった。

 

一方、混成チームの中で戦い続ける勇の前にも左腕に針を付けたソルジャーワスプが迫っていた。

片手間で戦う事の出来ない中、強敵の出現に体を強張らせる勇、まだアーミーワスプの軍勢を蹴散らしきっては居ない。このまま自分が援護の役目を放棄すれば徐々に自軍は劣勢になって行くだろう。

非常に難しいが、勇はソルジャーワスプの相手をしつつ味方の援護をこなさなければならないのだ、目の前の敵だけに集中できないこの戦いは厳しい物になるだろう。しかし、それでもやらねばならない。自分はこのチームの皆の命を預かる身なのだから……

 

(……きっついな、こりゃ)

 

今現在、混成チームの戦力は大分削がれていた。戦いが始まったころと比べて負傷者や使役するモンスターが全滅して戦えなくなってしまった者が多く出ているのだ。

これに加えて強力なボス格モンスターの登場とくれば状況は最悪のものとなりかねない。全滅の可能性だってあるのだ。

 

無論、勇だってそうならない様にするための策は用意してある。非常に問題のある一手だが、必ずやこの状況を打破する事が出来るだろう。

目の前のアーミーワスプを切り捨てた勇は今自分が助けた生徒に向かって何やら指示を送る。勇の言葉を受けた生徒は、すぐさまその場からどこかに向かって走って行った。

 

「勇っ!後ろだっ!」

 

謙哉の声に振り返ってみれば、ソルジャーワスプが自分目がけて飛び掛かってくるのが見えた。何とかその一撃を剣で防ぐ勇だったが、その背をさらにアーミーワスプの軍勢が狙う。

 

「くそっ!させるかっ!」

 

謙哉が自分の操るサガに指示を送ると、サガはアーミーワスプの軍勢の中に飛び込んで剣を振るう。一体目の胸をその小さな剣で切り裂き、二体目の肩に剣を突き刺して時間を稼ぐ。

しかし元々の能力が低い事と数の差もあってか、三体目のアーミーワスプに反撃に遭うと最後の攻撃とばかりに繰り出した一撃で相手を道連れにしつつ、サガは光の粒へと還っていってしまった。

 

「サガっ!!」

 

自身の相棒が消え去った事にショックを受けながらも再びサガを呼び出そうとする謙哉、しかし、ゲームギアにカードを通しても何の反応も無い。一度倒されてしまったキャラクターやモンスターは一定の時間を置かないと復活しないのだ。

戦う術を無くしてしまった事に歯痒さを覚えながら謙哉は今の状況を整理する。徐々に減っている戦力、現れたボス格のエネミー、どうとっても状況は最悪だ。

 

この状況を打破するのに最善の策は、A組の力を借りる事だ。プライドや維持などは放っておいて、今はこの危機的状況を乗り越える事が最優先事項だ。なれば余力のあるA組に手助けしてもらう事が一番良い。

運良く櫂はアーミーワスプを蹴散らしてその全てを倒し切ったところだ、彼に援護を頼めばきっと……

 

「グギギギギギッ!」

 

謙哉がそこまで考えた時だった。ムーシェンに奇妙な虫の鳴き声が響き渡ったかと思うと、村の中心に新たなる敵影が現れたのだ。

先ほど現れたソルジャーワスプよりも固そうな装甲、両腕に取り付けられた鋭い針、大きな体……その姿を見た生徒たちは、こいつこそがこのムーシェン防衛戦のボスであると言う事に気が付く。

 

モンスター名『ジェネラルワスプ』、兵隊と兵士を纏め上げる将軍としての役目を持ったこのエネミーはワスプ系モンスターの中でも高い戦闘能力を持っている。

両腕に付いた針は強力な武器として固い岩や他のモンスターの毛皮、甲殻を打ち抜きダメージを与える。数多くの戦いを潜り抜けた者だけに生える両腕の針は、彼が強者であることの証明でもあるのだ。

 

「あいつがボスか、おもしれぇ!光牙、あいつは俺が貰うぜっ!」

 

ソルジャーワスプと戦いを繰り広げる勇と光牙に代わってジェネラルワスプに戦いを挑んだのは櫂だ、グレートアクスを振りかざし果敢に攻撃を仕掛ける。

 

「ギギィッ!」

 

短く、そして鋭く鳴いたジェネラルワスプはその場から飛び退いて櫂の攻撃を避ける。着地した彼はボクシングのファイティングポーズの様な構えを取ると櫂に対して目にも留まらぬラッシュを仕掛けて来た。

 

「ぐっ、うおっ!」

 

その攻撃を受けながらも斧を振る櫂、しかし、ジェネラルワスプの素早い動きに翻弄されて攻撃は当たりもしない。

パワフルな重い一撃を放つことを得意とする櫂にとって、素早い動きで的を絞らせない相手と言うのは非常に相性が悪い。良いように翻弄されて攻撃を受け続けるのがオチである。

やがてジェネラルワスプは櫂を大きく振りかぶって放った突きで吹き飛ばすと、拳を前に構えて一気に走り出した。

 

<ジェネラルワスプ の 必殺技だ!>

 

「う、うおぉぉぉっっ!?」

 

針を光らせながら自分目がけて突き進んでくるジェネラルワスプ、櫂はとっさにグレートアクスを前に出すと、繰り出された突きをそこで受ける。

鋭いラッシュが目にも留まらぬスピードで繰り出され、巨大な針が何度も自分の手を突き刺す。殺し切れなかった衝撃が自分を捉え、再び櫂は大きく後ろに吹き飛ばされた。

 

「か、櫂っ!」

 

「ギジャァァッ!」

 

「はっ!?し、しまったっ!」

 

光牙は一瞬だけ櫂を心配して目の前の相手から目を反らした。そして、その一瞬が致命的な隙となった。

手に持っていたエクスカリバーを蹴られ、遠くへと飛ばされてしまう。そのまま繰り出された右腕は、防御手段を持たなかった光牙の胸の中心へ吸い込まれるように伸びていった。

 

「ぐわぁぁっ!」

 

装甲に火花が散り、鋭い痛みが光牙を襲う。滑る様にして後退した光牙は立ち止まると胸元を抑えて地面に膝を付いてしまった。

 

「ぐっ……!ふ、不覚だ…こんな単純なミスを犯すなんて…っ!」

 

武器を失い、大きなダメージを受け、一気に劣勢へと追いやられてしまった光牙。それでもまだ戦う事は出来ると自分を叱咤激励して立ち上がると戦う構えを見せる。

しかし、格闘戦を得意とする相手に武器も無しに戦いを挑むのは無謀だと言う事を光牙は理解していた。エクスカリバーは遠くに吹き飛ばされ簡単には取りに行けそうにもない。残念ながらスペアの武器も用意していなかった。

 

徐々に近づいて来るソルジャーワスプに対しての対策が何も思いつかない光牙、ここは何とかクラスメイトがエクスカリバーを拾ってきてくれるのを期待するしかないだろう。

自分は何とか粘るだけだ、相手の隙を見つけて武器を拾いに行くことも視野に入れながら、光牙は再びソルジャーワスプとの戦いに身を投じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!これじゃあA組との連携も絶望的じゃないか…!」

 

現れた真のボス、ジェネラルワスプとの戦いに身を投じたA組の面々を見ながら謙哉は呟く。A組も決して被害が少ない訳では無い。その上で更なる強敵との戦いを開始したとあれば、もう自分たちに手を貸す余力は無いだろう。

と言う事は、あくまで自分たちだけでこの劣勢を覆さなければならないと言う事だ。残された戦力を確認しながら謙哉は必死に策を考える。

 

「……あれ?」

 

その時、謙哉は自分のゲームギアの画面が点滅している事に気が付いた。急ぎ画面を確認した謙哉の目に映ったのは、サガがレベルアップをしたと言う通知と、謎の!マークであった。

 

「なんだ、これ?」

 

疑問を持ちながらその!マークをタッチする謙哉、すると、軽快なファンファーレと共に画面にサガのカードが映し出された。

 

<レベルマックス! ランクアップ!>

 

15/15Lvの表記と共に響き渡った電子音声が流れた途端、ゲームギアに映っていたサガのカードに異変が生じた。画面内のカードに光が集まり、やがてものすごい速度で回転し始めたのである。

 

一体何が起こっているのか全く理解できないままに謙哉は画面を見続ける。回転を続けるカードはさらに勢いを増している。まるでこのままどこかに飛び去ってしまうんじゃないかとあまりの勢いに謙哉が不安を抱いた時だった。

 

飛び出してきたのだ、カードが

 

「うえっ!?ほっ、はぁっ!?」

 

自分でも意味不明な声を上げながらゲームギアから飛び出してきたカードを掴み取る謙哉、いきなり現れたと言うのにそのカードは何処をどうとっても本物のディスティニーカードそのものだ、背景が青く光るカードには見覚えのある顔をした騎士が鎧を纏い、盾を構えて立っている姿が描かれている。

<護国の騎士 サガ>……そのカードに書かれた文字を見た謙哉は自分の持つ持つカードの絵柄と見比べてみた。

 

<見習い騎士 サガ>のカードに比べて、今入手したカードに描かれているサガは大分背が伸びている。具体的に言うと大人と子供位の差があるのだ。

もしこれが同じ「サガ」を描いていると言うのなら、きっとこれは見習い騎士から立派な騎士へと成長を遂げたサガの姿を描いているのだろう。子供から大人になるにつれて力を付けたサガは見事に護国の騎士へと姿を変えたのだ。

 

(成……長…?)

 

そこまで考えたところで謙哉の脳内に先ほどの電子音声が思い出される。ランクアップ、とゲームギアは言っていた。確かにこのカードに描かれているサガはより上位の存在に昇格した様だ。

つまり、見習い騎士として十分な修練を積み、レベルが既定の数値に上がったからこのカードが出て来たと言う訳かと謙哉は納得……

 

「……いや、おかしいでしょ!?」

 

……出来なかった。どう考えてもいきなりゲーム画面からカードが出て来るなんておかし過ぎる。訳の分からない事が続いて起きて、謙哉の脳内は完全にパニック状態であった。

 

「あ!いたいた!おーい、謙哉ーっ!」

 

「い、勇!あの、その、ちょっと……!」

 

ゲーム画面からカードが出て来たんだけど、これ、なんだと思う?

そう聞こうとした謙哉は直前でその言葉を飲み込んだ。そんな事を聞いたらどう考えても頭のおかしな人扱いされるだろう。強く頭を打ったのかと心配されるかもしれない。

 

そう考えた謙哉は一度落ち着いてから自分の取るべき行動を決めようとして再びある事に気が付いた。

変身している勇は何故かあのバッグを持っているのだ。右手に剣を、左手に鞄を……どう考えてもおかしいその光景に謙哉の頭の中には再び?マークが浮かび上がった。

 

「あ、あのさ、何で君はその鞄を……」

 

「お前、怪我してねぇな?よし、OK!」

 

そんな謙哉の質問を無視して勇は謙哉の無事を確かめると何やらごそごそと鞄の中を探り始める。そうした後、中から何かを取り出すとそれを謙哉に押し付けた。

 

「んじゃ、お前それ使え」

 

「それ使え、って何これ…えぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

困惑、疑問、驚愕へと声色を変えて行った謙哉の叫びがムーシェンに木霊する。向かって来たアーミーワスプを切り伏せた後、勇は自分と手に持っている物を何度も見比べている謙哉の肩を叩いて軽く声をかけた。

 

「落ち着けって、使い方なら教えるからよ」

 

「い、勇?なに、なんで、なに、何でこれっ!?」

 

完全にパニック状態に陥った謙哉の手に握られているのは、何を隠そう虹彩学園の生徒ならば誰もが求めるギアドライバーであった。

何で一生徒である勇がこのお宝を持っているのか?ていうか何で自分にぽんと渡してしまえるのか?

その疑問でがくがくと震えている謙哉の腕からゲームギアを外すと、勇はたった今自分が手渡したドライバーにそれを嵌め込んだ。

 

「これで良し、後は腰に当てれば勝手にベルトが巻かれるから、そしたら持ってるカードを読み込ませろ。以上だ」

 

「以上だ、じゃないって!僕からしてみればこの状況は異常だぁっ!」

 

「お、駄洒落か?上手いな」

 

「そうじゃなくってさぁ!」

 

あくまで能天気に構える勇に謙哉は詰め寄る。色々と聞きたいことがありすぎて何から質問するべきか分からないでいた謙哉だったが、勇が少し真面目に話を始めたのを聞いて黙ってその話を聞くことにした。

 

「ま、正直な話、俺はあの中ボスエネミー相手にしながら雑魚の駆除なんて出来そうにねぇ。だから、混成チームの皆を守る役目はお前に任せたいんだ」

 

「いや、でも……」

 

「俺の指示には従うんだろ?遠慮すんな、それもくれてやるよ。同じ物二つ持ってても意味ねぇしな」

 

勇はそう言いながら再び謙哉の肩を叩くと向かって来る2体のエネミーを切り捨てる。そして、最後に一言だけ口を開いた。

 

「……ちょっと手を貸してくれよ謙哉、お前の力が必要なんだ」

 

勇のその言葉に謙哉は息を飲む、そして、ギアドライバーと自分の持つサガのカードに視線を移す。

 

自信がある訳では無い。状況も完全に把握している訳じゃ無い。今手に入れたばかりのこのカードの事だって良く分かっていない

だが、目の前で友達が自分の事を信じて、力を必要としてくれている。戦う覚悟を決める理由は、それで十分だった。

 

「……どうなったって知らないよ?覚悟の上かい?」

 

「はっ!構わねぇよ!デビュー戦を派手に飾ってやろうぜ!」

 

「ああ!」

 

右手に掴んだサガのカードは、篝火の明かりを受けて蒼く光っている。同じくらいの輝きを目に浮かばせながら、謙哉は高らかに叫んだ。

 

「変身っ!」

 

<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>

 

電子音声が流れると共にギアドライバーから光が発せられ謙哉を包む。一瞬後、騎士をモチーフにしたコバルトブルーの鎧を身に纏った騎士が姿を現した。

 

「これが、僕……!?」

 

細身の、それでいて十分な堅牢さを感じさせる鎧に身を包んだ謙哉。固そうなその防御を示すかの様に左腕には五角形の銀色に縁どられた青色の盾が装着されている。

宝石が中心に埋め込まれたその盾の裏にはカードを読みこませるためのスリットがあった。どうやら、これがこの戦士の専用武器の様だ。

 

「なかなかカッコいいじゃねぇか、さてと……行くか!」

 

敵の集団に紛れてこちらを見るソルジャーワスプを見据える勇、倒すべき敵を定め、集中し始めた彼を阻むものはもう居はしない。苦戦させられたが、ここからはこちらが攻める番だ

 

「やれることをやるだけだ……守ってみせるさ、皆の事を!」

 

固くそう誓った謙哉は仲間たちに襲い掛かるエネミーに視線を向ける。一緒に戦って来た仲間をこれ以上傷つけさせるわけにはいかない。構えた盾の如く、ここからは自分が皆を守る番だ

 

「任せたぜ、謙哉!」

 

「負けないでよ、勇!」

 

背中合わせのままで拳を打ち合わせた二人は自分の倒すべき敵に向かって走り出す。勇は打ち倒すために、謙哉は守るために、それぞれの思いを胸に戦いの舞台へ駆けて行く

二人に共通しているのは、背中を預ける相棒への強い信頼の心であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たぁぁっ!」

 

地面を蹴る勢いをそのままにジャンプした謙哉は仲間を襲うアーミーワスプの一体に殴りかかる。顔面に綺麗に決まったそのストレートを皮切りに、次々と拳を叩きこんでいく

 

「せっ!やっ!はあっ!」

 

防御を許さない苛烈なパンチのコンビネーションを前にアーミーワスプは抵抗する事も無く攻撃を受け続ける。

西洋の甲冑の様な鎧を身に纏った謙哉の拳は見た目通りに重く威力がある様だ、たちまちグロッキー状態になったエネミーに対して謙哉はとどめの一撃を叩きこむ。

 

「これでどうだっ!」

 

左腕を前にしてそのまま一回転、盾で相手の横っ面を叩く様にして繰り出された裏拳は的確に相手の顔を捉えた。

 

「ギギィッ……」

 

顔を叩かれて押し潰された悲鳴を上げたアーミーワスプはそのまま後ろに倒れ込むと光の粒へと還っていく、まずは一体を仕留めた謙哉の前に数体のエネミーが立ちはだかった。

 

「……来なよ、全員まとめて相手してやるっ!」

 

拳と盾を構えて敵を挑発する謙哉、自分に敵の意識を向ければその分仲間たちの負担が減る。撤退も援護もしやすくなれば自分たちの勝機が増えていくはずだ

そう考えながら謙哉は迫りくる敵を迎え撃つ。目の前の敵に拳を叩き込み、後ろに回り込んだ相手に肘鉄を喰らわせる。そのまま振り向き様に拳を一発、よろめく相手にもう二発、地面に膝を付いた敵を掴むとそのまま反対側からやって来ていたアーミーワスプの集団に投げつける。

 

「今だっ!全員攻撃っ!」

 

それを合図にしたかの様に仲間たちの攻撃が敵の集団に向かって飛んでいく、謙哉が放り投げたアーミーワスプに追突されて動けなくなっている所を攻撃されたエネミーの集団は次々と光の粒へとその姿を変えていく

 

「良し、この調子だ!勇があの敵を倒すまで、皆で協力してエネミーを駆除するんだ!大丈夫、僕たちならやれる!」

 

ソルジャーワスプとの戦いに集中する勇に代わってメンバーに指示を出す謙哉、自分たちも苦しい局面だがよく見れば相手も数は減ってきている。

ここが正念場だ、2体のソルジャーワスプを倒し、全員でジェネラルワスプに挑めば十分に勝ち目はある。そのためにはまず露払いだ

 

「ギ、ギギギィ…!」

 

謙哉の登場で息を吹き返した混成チームを前に後退るエネミーたち、少しずつこちらに傾いて来た流れを感じつつ、謙哉は不敵に笑った後、前へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっらぁっ!」

 

「ギギャァァッ!?」

 

1対1の勇とソルジャーワスプの戦いは勇の優勢で進んでいた。勇の振るったディスティニーソードに胴を切り裂かれてソルジャーワスプは悲鳴を上げる。そんなソルジャーワスプに向かって剣を伸ばしながら勇は挑発の言葉を口にした。

 

「どうした、そんなもんか?案外楽に終わりそうじゃねぇか!」

 

「ギ、ギギギャッ!」

 

胸を抑えつつも勇に殴りかかるソルジャーワスプ、しかし、その動きを読んでいたかのように攻撃を躱した勇はすれ違い様に剣を振るい強烈な一太刀を浴びせた。

 

「ガガァッ!?」

 

「へへっ、今まで片手間で相手してて悪かったな。でももう遠慮なくお前とやり合えるぜ!」

 

怯み後ろへ退くソルジャーワスプに追い打ちを仕掛ける勇、ディスティニーソードのリーチの長さを活かした猛攻を止める術は無く、ただただソルジャーワスプはダメージを蓄積させていく。

しかも勇はやみくもに攻撃を仕掛けているのではない。相手の反撃の芽を摘む様にして攻撃を重ねているのだ。これでは単独で逆転するのは難しい。

 

「おらよっ!こいつも喰らえっ!」

 

「ギャゴォォッ!」

 

強烈な剣での突きが胸元にヒットし、ソルジャーワスプは大きく後ろに吹き飛ばされる。完全に勇が優位に立って戦いを進める中、同じく戦いを続ける光牙と櫂の二人は反対に苦戦を強いられていた。

 

「ぐあぁぁっ!」

 

剣を失い素手で戦う光牙だったが、相手の素早い格闘と右腕の針での攻撃の凶悪な組み合わせに攻略の糸口を見つけられないでいた。

繰り出されたパンチを何とか躱すも、次いで繰り出された二発目の攻撃を肩に受けて悲鳴を上げる。周りの生徒たちの援護攻撃も大したダメージを与えられず、しかも皆がソルジャーワスプに集中したせいでアーミーワスプ達が好き勝手に行動できるようになってしまっていた。

 

「皆!まずは雑魚を確実に始末するの!このままじゃ立ち行かなくなるわよ!」

 

真美は指示を飛ばしながら自分たちの弱点が露呈してしまった事に舌打ちを打つ、高い戦闘能力とチームワークを誇るA組だったが、リーダーである光牙が劣勢になると途端にその勢いを失ってしまうのだ。

強大なリーダーに頼っている代償として抱えた弱点、真美は単純にそれが表に出ない様に自分が光牙を支えて行けば良いと考えていた。

しかし、それにも限界がある。ドライバーを持たない真美は光牙の様にエネミーと正面切って戦う事は出来ない。故に参謀役としてチーム全体を支える立場に立ち、戦いのフォローは櫂に任せる算段であった。

 

だが、その櫂も敵のボスであるジェネラルワスプによって叩きのめされ光牙の援護になど到底行けない状態だ、己の役目を果たせていない櫂に対して真美は苛立ちを募らせる。

 

(あの馬鹿、役に立つのは図体だけのくせして何でこんな時に何も出来ないでいるのよ!)

 

自分がドライバーを持っていたのならあんなに無様な姿は晒さない。光牙を助けてこの戦いを勝利に導くことが出来るのに……

そう歯痒い思いをしながらも、真美は少しでも状況を良くしようとあらゆる手を打っていた。

 

「ギギギグギ……!」

 

一方、ジェネラルワスプは徐々に減って行く自分の兵隊の数を数えながら真美たちの様に状況を判断していた。

自分と自分の両腕の参戦で戦局は一気にこちらに傾いたと思ったのだが、再び敵が息を吹き返している。

 

「はっ!てやぁっ!」

 

その原因は間違いなくあの青い奴だろう。奴が戦いに参加し始めてから流れが変わった。先ほどまで優位に戦いを進めていた自分の左腕が一方的にやられているのも、あの青い奴が我が兵たちを引き付けているからだ。

そう判断したジェネラルワスプはすぐさま行動を起こす。先ほどから自分に挑みかかってくる赤い敵を蹴り飛ばすと、また別の敵と戦っている自分の右腕に指示を出す。彼の命令を受けたソルジャーワスプは恭しく礼をすると、今まで戦っていた光牙を放置して謙哉の元に向かった。

 

「なっ!?ま、待てっ!」

 

部下の後を追って行こうとする銀色の敵の前に立ちはだかるジェネラルワスプ、先ほど蹴り飛ばした赤い奴もその横に並んで自分を睨んでいる。

この程度の雑魚たちならそう時間はかからず始末できるだろう。後は部下たちが向こう側の厄介な敵を倒せば良い。

 

両腕に生えた針を光らせながら、ジェネラルワスプは飛び掛かってくる光牙と櫂を迎え撃つ姿勢を見せ、そして………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガガッ、ギギガッ!」

 

「うわっ!?こ、こいつっ!」

 

謙哉は自分の後ろから攻撃を仕掛けて来たソルジャーワスプの一撃を防ぎながらじりじりと後退する。もうほとんどのエネミーは倒し切った。後はこの中ボス2体とボス格のジェネラルワスプだけだ

ならばこの強敵は自分が引き受けて仲間たちに残りの雑魚の始末を任せれば良い、そう考えた謙哉は仲間たちと距離を取るべく少しずつその場から離れて行く

 

「ギッ!ガガガガッ!」

 

鳴き声と共に繰り出される鋭い針での攻撃を何とか左腕の盾で防ぎながら距離を稼ぐ謙哉、ありがたい事にこの敵の狙いは自分の様だ、ならば問題なく仲間たちと引き離せる。

強靭な防御力を持つ盾に頼りながら反撃の機会を待つ謙哉、一撃、また一撃と繰り出される攻撃を確実に防いでいく。

 

(大丈夫、大丈夫だ!こいつの武器は右腕の針、ならそこに注意していれば強力な攻撃は喰らわないはず……!)

 

幾度とも無く繰り返される攻撃、だがしかし、ソルジャーワスプのその攻撃は一切謙哉にダメージを与えられていない。すべて左腕の盾によって防がれているからだ。

何時かは崩せると思っていた防御が予想以上に堅牢である事に動揺を隠せないソルジャーワスプには焦りの色が見え始めていた。

 

「グ……グガガガガガギッ!」

 

業を煮やしたソルジャーワスプは大声で叫ぶと地面を蹴って一度距離を取る。そして、右腕の針を光らせながら必殺の一撃を放つ構えを見せた

 

(……来たっ!)

 

狙っていた瞬間がやって来た事に対して謙哉は予想以上に冷静に、されど緊張を隠せないと言った様子で盾を構える。

自分には相手を超えるほどの格闘能力は無い。リーチの長い武器も無い。あるのはこの盾だけだ。

 

自分に残された逆転の一手、それは『相手の必殺技を防ぎ、そこから反撃を開始する』と言う事だ。最大のピンチを乗り越えた先にはチャンスがある。自分の最大の攻撃を防がれれば誰だってショックを受けるはずだ

そこを突いて反撃に出る。しかし、この策が大きな博打であることが分からない謙哉では無い。

 

この盾が相手の攻撃を防ぎきれる確証はない。逆に必殺技をそのまま受けて負けてしまうなんて可能性だって十分にある。

だがそれでもやるしかない。仲間を守る為に、自分を信じてくれた勇の為に……!

 

恐怖を押し殺して前を見た謙哉は右腕を掲げているソルジャーワスプを睨む。覚悟と共に盾を前に出しながら謙哉は口を開く

 

「……来いよ。お前の矛が勝つか、僕の盾が勝つか、勝負だ!」

 

その言葉を合図にこのムーシェンの戦い最大の、そして最後の攻防が始まった。

助走をつけたソルジャーワスプはその勢いのままジャンプして右腕を構える。彼がぐっと握られた拳と共に腕を振りかぶると、聞きなれたあの電子音声が聞こえて来た。

 

<ソルジャーワスプ の 必殺技だ!>

 

「ギガァァァァァッ!」

 

バチバチと弾けるエネルギーがソルジャーワスプの右腕の針へと集まって行く。収束され放たれた強力な一撃を謙哉は左腕を前に出して受け止める。

 

ガギィィン、と言う金属がぶつかり合う音がした。固い針が盾を引っ掻き、金属の擦れるあの嫌な音が鳴る。

だがしかし、それを掻き消すほどの轟音と怒声がその場に響く。謙哉とソルジャーワスプ、お互いに負けるわけにはいかない戦いの中で、とうとうその時はやって来た。

 

「ギッ!?ギガァッ!?」

 

パキパキと言う何かがひび割れる音がした次の瞬間、ソルジャーワスプの右腕から生えていた針が砕け散る。自ら攻撃を仕掛けた盾の堅牢さに負け、針は砕け散ったのだ。

その事実を受け入れられないソルジャーワスプは悲鳴にも似た鳴き声を上げた。自分の最大の武器が、誇りが砕け散った事に驚愕と嘆きの声を上げるソルジャーワスプ

 

謙哉はそんな相手の状況などお構いなしに一歩前に踏み込む。何故かは分からないが自分が何をするべきかは分かっていた。だから、謙哉は左腕の盾……イージスシールドをソルジャーワスプに接着させると思いっきりその場で踏ん張る。謙哉の準備が整った瞬間、ギアドライバーから電子音声が鳴り響いた。

 

<必殺技 発動! コバルトリフレクション!>

 

盾の中心に埋め込まれた蒼い宝石が光る。実際は敵の体に接着されているせいで大きく光った宝石の輝きは見る事は出来なかったが、謙哉はその力強さを肌で感じていた。

そして次の瞬間、光った宝石から青いレーザーが放たれた。零距離で放たれたその必殺技を受けてどてっぱらに大きな穴を空けたソルジャーワスプは後方に吹き飛ぶと、再び立ち上がる事も無く消滅していった。

 

謙哉の左腕に装着されている盾、イージスシールドは堅牢な防御を誇る優秀な盾だ。しかし、その真の力はただの防御ではない。

この盾には敵から受けた攻撃の衝撃を蓄えておく能力があるのだ、そして、それを攻撃へと転用する事が出来る。

一定以上溜まった衝撃を盾の中央に埋め込まれた宝玉から光線として発射する技、それが「コバルトリフレクション」である。

 

「あいたたた……手、手が痺れた……」

 

防御と必殺技によって生まれた衝撃で左腕を痺れさせた謙哉が腕を軽く振る。仲間を見ればアーミーワスプは退治し終わった様だ。

 

「残ってるのはあのボス敵!それと……」

 

勇が戦うもう1体のソルジャーワスプだけだ。そう思った謙哉は勇の戦っている方向へと顔を向ける。もしも苦戦しているようだったら援護に向かおうとしたが、どうやらその思いは杞憂に終わりそうだと謙哉は考えた。

 

「……へっ!どうだよ?俺達、なかなか強いだろ?」

 

膝を付きながらも立ち上がろうとするソルジャーワスプに話しかけながら勇はホルスターに手を伸ばすとそこからカードを一枚掴み取る。

それをギアドライバーに通すと、ゆっくりと脚を振って準備体操の様な事をした。

 

<必殺技 発動! クラッシュキック!>

 

ギュオン、ギュオンと音を立てて勇の右足を黒と紅の光が包み込む。助走の後に跳び上がった勇は、光に包まれた右足を前に出すとそのままソルジャーワスプへと突っ込んでいった。

 

「でぇりゃぁぁぁぁっ!」

 

咆哮と共に繰り出された一撃はソルジャーワスプの胴体を捉える。大きく吹き飛んだソルジャーワスプは、そのまま空中で黒の光に包まれたかと思うと断末魔の悲鳴を上げながら爆発四散した。

 

「……よっしゃ!これで中ボス撃破!残すはボスのみ!」

 

叫ぶ勇は最後の敵であるジェネラルワスプに剣を向ける。その隣には謙哉も駆けつけて同じ相手を睨んでいた。

倒すべき敵として定められたジェネラルワスプは自分に纏わりつく光牙を蹴り飛ばし、櫂に拳を叩きこむ。A組の最大戦力である二人を相手に優位な戦いを繰り広げているボスを見てもなお、勇と謙哉の闘志は怯む事は無かった。二人同時に駆け出すと勇は剣を、謙哉は盾を構えながら叫ぶ

 

「ここからは俺たちが相手だぁっ!」

 

飛び掛かり剣を振り下ろす。惜しい所で躱されたその攻撃によって空いた距離に謙哉が入り込むと勢いのままに盾を構えて体ごとぶち当たる。

 

「やあっ!」

 

ガンッ、と言う鈍い音。大したダメージは与えられなかったが、光牙と櫂が体勢を立て直す時間は稼ぐことは出来た。

4人はそれぞれ武器や拳を構えるとジェネラルワスプを睨む、4対1……相手は強いがこちらが圧倒的有利な状況まで持ち込む事が出来た。あとは、この敵を倒すだけだ

 

「……ギィィッ」

 

だがしかし、ジェネラルワスプは短く鳴いたかと思うと拳を下げて戦いの構えを解いてしまった。そのままバックステップを踏んだ相手は二度三度の跳躍の後にムーシェンの村の敷地内から去って行く。

 

「ガギガギガッ!」

 

それを合図にしたかの様に残っていたアーミーワスプ達が撤退を開始した。戦うそぶりを一切見せずにただただ逃げ去って行く。

 

「おっ、ちょ、待てよ!」

 

その余りに見事な逃げっぷりを前に固まっていた勇だったが我に返ると逃げ去るエネミーを数体切り倒す。しかし大半のアーミーワスプはすでにムーシェンから姿を消しており、結果として敵戦力の殲滅には及ばない結果となってしまった。

 

「えっと……これは、どういう事?」

 

静けさを取り戻した村の中で困惑した声を上げる謙哉、その声に応える様にあのファンファーレが響き渡った

 

<ゲームクリア! ゴー、リザルト!>

 

その声を合図に生徒たちの目の前にゲーム画面の様な長方形の映像が映し出される。今回は自分の顔だけが映し出されたリザルト画面の様だ。

勇もまた3度目となるその画面を見るが、いつもと違い自分の顔が変身した後の仮面の姿に変わっている事に気が付きその顔を見る。

光牙や謙哉たちの変身した姿と比べてみてもやっぱりかっこいいなと感想を心の中で漏らしながら、勇は今回自分が得た戦いの成果を確認した。

 

レベルの表記は3から5へと変わっている。この戦いで一気に二つレベルが上がったらしい。あれだけの数の敵と中ボス格を倒したのだから当然かと勇は思ったが、その後に浮かび上がった文字を見て目を丸くした。

 

<ストーリークエスト 1-1をクリア。次のストーリーに進めます>

 

<サイドクエスト 『蜂の軍勢との戦い』が開始されました。既定の行動を取る事でこのクエストを進められます>

 

<ラクドニア 及び ムーシェンでのサイドクエストを一部開放しました。このクエストをクリアすることで様々な報酬が受け取れます>

 

次々に浮かび上がる文字を読みながら勇は苦笑した。前にも思ったがまるで本当のゲームのリザルト画面の様だと思いながら周りを見渡してみる。周りの生徒たちもやはりと言うべきかこの文章に関して話し合っている様だ。

 

「ストーリを進められるって事は、攻略が一歩前進したって事か!?」

 

「やった!やったぜ!」

 

「この調子でガンガン進めて行きましょう!」

 

勝利の喜びと歓声を耳にしながら勇は変身を解除する。そして、ゆっくりと振り返ると今回の戦いの殊勲者を労った。

 

「よ、お疲れさん。デビュー戦にしちゃあ良い戦いっぷりだったじゃねえの」

 

「からかわないでよ。こっちはいっぱいいっぱいだったんだから」

 

同じく変身を解除した謙哉もまた笑顔を浮かべながら勇の方へと近づいて来た。その手に持ったギアドライバーを勇に返そうと差し出すも、勇はそれを首を振って拒否する。

 

「さっきも言ったろ。同じ物二つ持ってても意味ねぇんだ。だからそれはお前にやるよ。有効に使ってくれ」

 

「でも……」

 

「いいから!その、あれだ、こいつは愚痴を聞いてくれたお礼も兼ねてんだよ。返されちゃまた別の礼を考えなくちゃならねぇだろ」

 

「そんな、お礼なんて別にいいのに…」

 

「あ~……もしそう思うならまた次も俺と一緒に戦ってくれよ。独りぼっちは辛いからな」

 

悪戯っぽく笑う勇はそういうとムーシェンから去って行った。その背中を見つめていた謙哉は自分の手の中にあるギアドライバーと<護国の騎士 サガ>のカードに視線を落とす。そして、再び顔を上げると決意した表情を見せて呟いた。

 

「……分かったよ勇、約束する。また一緒に戦おう。君の隣で、君の背中を守れるくらいに僕も強くなるから!」

 

勇にはその声が届いていた訳では無い。しかし、不思議と浮かび上がる笑みを抑えきれずに口元を歪ませながら歩いて行く。

運命の戦士と護国の騎士はこうして出会った。信頼できる友を得た二人は共にいくつもの戦いを潜り抜けて行くのだがそれはまだ先のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また…俺はっ…!」

 

歓声に沸き立つ村の中で光牙は一人悔しそうに拳を握る。

敵のボスを逃がしてしまったばかりかそれよりも格下の相手にも圧倒されていた。

もし、あのまま勇たちが援護に来てくれないで戦っていたら確実に敗北していただろう。

 

「もっと強くならなくちゃ…!そうじゃなきゃ世界は救えない……救えないんだ…!」

 

自分を追い込む様に呟く光牙は前を歩く勇を視線に捉える。一度ならず二度までも彼に救われた事に光牙は感謝とも嫉妬とも取れる感情を抱いていた。

 

「龍堂……勇……!」

 

自分が勇者として世界を救うために越えなければならない存在、自分の前に立ちふさがる壁……!

 

運命の戦士は知らない。誰からも慕われ、尊敬される勇者たちが自分に対して相容れぬ感情を抱いている事を

 

そして、それがきっかけで巻き起こる悲劇が自分を待ち受けていると言う事も、まだ知る由が無かった。

 

 

 


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