ゲームスタート!運命の戦士
ある日、世界にとてつもない衝撃が走った! なんと、ゲームのキャラが現実世界に現れたのだ
何かのプロモーション活動かと思われたこの事態だが、ゲームキャラたちが現実世界で暴れ始め、世界は大混乱に陥った!
一体何が起こったのか? 原因の究明に努めた研究員が発見したのは、あるコンピュータウイルスだった。「リアリティ」と名付けられたそのウイルスには、感染したゲームのキャラクターを現実のものとして呼び出してしまう効果があったのだ
しかも、リアリティによって現実世界に出て来たキャラクターが暴れると、その区域がゲーム空間になってしまうと言う恐ろしい事態まで引き起こされるのである
世界政府はすぐさまこの事態に対して対策を講じた。結果、一つの方策が採られた。それは、一つの広大なゲームの中にリアリティに感染したゲームキャラを全て閉じ込めてしまおうと言うものだったのだ
この計画によって事態は一応の解決を見た。しかし、それは新たな問題の発生を産み出してしまったのである
新たなゲームの中に閉じ込められてたリアリティは進化を遂げ、なんとそのゲーム自体を乗っ取ってしまったのだ。そして、そのゲームを自分たちの思うがままに作り変えてしまった。
そして、そのゲーム……「ソサエティ」から生み出されたモンスターたちは現実世界再び侵攻を始めた! ここに、ゲーム世界との戦争がスタートしたのである
この戦いに勝つ方法……それは、ソサエティをクリアするしかない!
再び対策を講じる事になった世界政府は、ソサエティ攻略のための部隊を作る事を決定した。
それから時は移り現代、世界ではゲーム大国日本の他国とは違うソサエティ攻略方法が話題になっていた。
それは、ゲームに慣れ親しむ若者たちを攻略部隊として育成する学校を創立することだった!
ただのゲームとも違う、されど運動神経や頭脳だけでは勝ち抜けないこの戦い。世界に平和を取り戻すために、若者たちの戦いが今、始まる!
現代の日本、そのどこかにあるとある高校の校門の前を一人の男子生徒が歩いていた。
「ふぁ~~……ねみぃ……」
髪は明るい茶髪、長くならない様に綺麗に切り揃えられている。顔立ちも整っており、俗に言うイケメンの部類に入る人間であろう彼は、退屈そうにあくびをしながら学校から下校していた。
彼の名前は「
年齢16歳、高校二年生。両親はすでに亡くなっており、小学生から養護施設『希望の里』で育ち、高校入学を機に一人暮らしを始めている。毎週金曜日にその施設に里帰りして休日を過ごすのが彼の習慣だ。
本日はその金曜日、勇はいつもと違う路線の電車に乗ると電子掲示板に表示される路線図を見ながら、施設の子供たちに何を土産に持って行こうかなんてことを考えていた。
自分が中学生の頃に入って来た子供たちも小学生高学年となった。親はいないが、皆一生懸命頑張って日々を過ごす強い子たちだ。
自分の事を実の兄の様に慕ってくれる子供たちと過ごすのは、勇にとっても楽しみな事であった。
『時代を、世界を、運命を超えるカードゲーム! ディスティニーカード、いよいよ明日発売!』
路線図を映し出していた電子掲示板が映像を切り替え、話題のカードゲームの広告を映し出す。ド派手な効果音と共に流れる謳い文句を見ながら、そういえば子供たちはこれの発売を楽しみにしていたっけかと勇は思い出した。
「……明日、買ってやるかな」
バイト代も入って財布には余裕がある。一人1パック位ならプレゼントしてやっても良いだろう。
ぶっきらぼうに見えて案外気の優しい勇は、子供たちの喜ぶ顔を想像しながら電車に揺られて行った。
ーーー同時刻、ソサエティ攻略部隊育成の名門学校
質量を持った映像を作り出せるこの地下演習場では、ソサエティに出てくる敵キャラクターを模した訓練用ダミーを相手により実践に近い訓練を行うことが出来る。
「うおおおおおっ!」
巌の様な大きな体をした男子生徒が、自分と同じくらいの体の大きさをしたゲームの敵キャラに対して手に持った斧を振り下ろす。
見事頭にヒットしたその攻撃を受けたキャラクターは、短い悲鳴と共に光の粒となって砕け散った。
「どうした!? もっとかかって来い!」
ガンッと拳を打ち鳴らす男子生徒に敵が殺到する中、その様子を離れたモニタールームで見ていた教師が横に立つスーツを着た女性に話しかける。
「彼は
丁度その説明を終えた時、櫂から少し離れた所に居た女子生徒が腕に嵌めた機会にカードを読み取らせると、彼女の周りにいくつもの火の玉が浮かび上がった。
「行っけぇぇっ!」
手を振るう彼女の動きに合わせて敵目がけて飛んでいく火の玉。わらわらと櫂に群がっていた敵に次々とぶち当たってはそいつらを光の粒へと変えていく。
「
「城田さん! 無理はなさらず!」
モニターに映る金髪蒼目の美少女を指さした教師、彼女は丁度傷ついた櫂を癒すためのカードを使っていた所だった。
「マリア・ルーデンス。我が学園に留学生としてやってきた彼女は素晴らしい成績をいくつも残しています。彼女は周りを見る事に長けているので、サポート役にはぴったりでしょう」
教師の説明を受けている女性はじっくりとそんな彼女たちの様子を観察している。その後ろに控える黒服の男性二人は、アタッシュケースを手に女性を見守る。
「……お前たち、あれを用意しておけ」
その指示を聞いた男性たちはこくりと頷くと、アタッシュケースを慎重に確認し始める。
そんな彼らの様子を一瞥もせずに、女性は教師の説明に耳を傾けていた。
「3人とも素晴らしい才能を秘めています。そんな彼らをまとめるのが
「……なるほど」
「皆! もう少しだ、油断するなよ!」
聡明そうな顔立ちと覇気溢れる表情、はつらつとした声で仲間に激を飛ばしながら自身も剣を振るう光牙は正にゲームの主人公、勇者の様であった。
仲間たちも彼の事を信頼しているようだ。彼の指示に従い、うまく連携を取っている。今まで見た攻略チームのどれよりも熟練されたその動きは大人顔負けの物だ。
「これで終わりだっ!」
剣を振るい最期の敵を切り倒す光牙、すべての敵が消滅し、訓練が終わった事を確認した女性たちはモニタールームから訓練場へと足を運ぶ。
「お前たち、集合だ」
教師の言葉にすぐに反応して駆けつける生徒たち、よく訓練されていると思いながら女性は今戦っていた4人の顔を視界に入れる。
「……お前たちにこの『ゲームギア』を授与して下さった政府ソサエティ対策部署の
「はいっ!」
ハッキリとした口調で返事をした生徒たちを再び見渡しながら命は彼らの腕に装着されたゲームギアに視線を移す。その視線に気が付いたのか、光牙が命に向かって話しかけて来た。
「凄い機械ですねこのゲームギアは! これと頂いたカードがあればきっとソサエティもクリアする事が出来ます!」
「……件のカードは明日発売だったか、お前たち」
「はっ!」
命は後ろに控える黒服に声をかける。その声に応えて前に出て来た二人の男性は、手に持ったアタッシュケースを開くと中に入っているものを生徒たちに見せた。
「これは……?」
「ゲームギアの本当の力を発揮するための道具だ」
そう説明した命はアタッシュケースの中の物を手に取る。高く掲げられたそれに生徒たちの視線が集中した。
それは、バックルの様なものだった。大分ごつく、何かを嵌める様な場所がある。
ゆっくりとそれをアタッシュケースに戻した命は、興味津々と言った様子の生徒たちに向かって説明を始めた。
「こいつは『ギアドライバー』、ゲームギアと組み合わせて使う事ですさまじい効果を発揮するアイテムさ。そしてもう一つ……」
そう言ってポケットに手を入れた命は、その手にカードを持って再び高く手を掲げる。
「……君たちが使っていたプロトタイプとは違う本物のDカードだ。明日発売されるものだが、特別に数枚入手してここに持ってきた。これを君たちに渡そうと思う」
その言葉に生徒たちがざわめく。政府が主体となって開発した秘密兵器とその力を最大限に発揮するのに必要なアイテムを特別に自分たちに渡すと言う行為が、どれだけ重要な意味を持っているのか分からない彼らでは無い。
そんなざわめきを無視して、命は光牙にカードとドライバーを手渡す。感激している様子の光牙に向かって、命は表情を変えずに声をかけた。
「君たちには期待している。ぜひこの力を使いこなしてくれたまえ」
「は、はいっ! 絶対に世界の役に立ってみせます!」
「うむ……では、我々はこれで失礼するとしよう。明日、何か動きがあったら君たちに頼る事になるかもしれん。その時は頼んだぞ」
「はいっ!」
敬礼をして微動だにしない生徒たちを背に命は訓練場を後にする。そうした後、車に乗り込んだ命はゆっくりと息を吐くと虹彩学園を見て口を開いた。
「……大人顔負けの動きだったな。あれで高校生とは末恐ろしいものだ」
「日本の政策は効果的だった。と言う事でしょう」
「ふっ……最初はふざけているのかとまで言われた学校設立がまさかここまでの成果を見せるとはな」
ほんの少しだけ口元を綻ばせると命は視線を前に戻す。そして、残念そうに運転手の男に言った。
「私に生産済みのドライバー4本全てを好きにする権限があったならば、ここにすべて残してきただろうにな……」
「……残り2本は彼が持っているのですよね?」
「ああ、奴は間違いなくここには渡さないだろう。面白みが無いとでも言ってな……」
少し憎々しげに、されど何処か楽し気な口調でそう言いながら命は窓の外を見る。ゆっくりと沈んでいく夕日がオレンジ色を残しながら綺麗に燃えているのを見ながら、命は誰に言う訳でも無く小さく呟いた。
「……あいつは、どんな奴にあれを託すのだろうな?」
「やりましたね、光牙さん!」
「ああ! でもこれはまだ始まりだ、間違えちゃいけないよ」
一方、命が去った虹彩学園では興奮冷めやらぬ様子の生徒たちが光牙を中心に話を続けていた。
最新兵器であるゲームギアとギアドライバー、そしてDカードと呼ばれた3つのアイテムを手に周りの生徒たちに語り掛ける光牙もまた、使命感に燃えながらも興奮を隠せていない。しかしながら、少しでも模範を示そうと自分を必死に律しているようだ
「いいか皆! 俺たちは力を手に入れた。この力を無駄にしないためにも自分の力を全力で磨いていこう!」
おお! と言う生徒たちの声を耳にしながら光牙は満足げに頷く。そうだ、まだ自分たちは他の人間よりも早くスタートラインに立ったに過ぎない。ここからソサエティの攻略と言う本当の戦いが始まるのだ
「まずはこれの使い方を把握しよう。櫂、真美、マリア、ちょっと付き合ってくれるかい?」
「当然だぜ!」
「最新技術を真っ先に体験できる機会をみすみす逃すわけないでしょう!」
「ありがとう! それじゃあ、これを受け取ってくれ」
自分の言葉にすぐさま返事をくれる頼もしい友人に心の中で感謝しながら彼らに先ほど命からもらったカードを手渡す。各自自分の受け取ったカードを確認する中で、光牙の手の中に残ったカードを見たマリアがその名前の通りの聖母の様な微笑みを浮かべながら話しかけて来た。
「勇者……まさに光牙さんの事を現すカードですね」
「ありがとう、このカードに恥じない活躍をしないとね」
剣を構え、凛々しい顔つきで前を見るそのカードを見ながら光牙は呟く。
銀色に光る鎧に身を包んだその人物が描かれたカードの名は『光の勇者 ライト』、どこか自分と似ているその姿にシンパシーを感じながら、光牙は訓練に勤しむべく仲間たちの元へと走って行った。
「ほら、お前らの好きなカレーだぞ」
「わーい! 勇にいちゃん、俺の大盛りね!」
所変わって夕食時の養護施設『希望の里』では、勇がお手製のカレーを子供たちに振る舞っていた。
全員分のカレーをさらによそって自分も席に着く勇、美味しそうに自分の手料理を食べている子供たちを見てその顔を緩ませた。
「いつもありがとうね勇君」
「いいんだよ。こいつらは俺の弟みたいなもんだし」
職員のお礼の言葉に手を振りながら応えた勇はスプーンで掬ったカレーを一口頬張る。
(……うん、悪くない)
今日も上手く作れた事を喜びながら子供たちと夕食を食べる勇、そんな彼に向かって一人の子供が話しかけて来た。
「勇にいちゃん、明日俺たちと一緒に来てくれるってほんと!?」
「ああ、明日発売のカード買いに行くんだろ? お前たちだけに行かせるわけにはいかねぇからな」
「やった! 寝坊しないでよ? すぐ売り切れちゃうかもしれないんだから」
「はいはい、わかってるって」
子供の相手を済ませると勇はカレーのおかわりを求めて席を立つ。施設の職員も同じく席を立つと申し訳なさそうに勇に声をかけた。
「いつもごめんなさいね。私たちは仕事があって一緒に行けないけど、あの子たちが心配でね……」
「最近コンピュータウイルス絡みの事件の話もよく聞くからな。おばさんたちの心配も当然だって」
「そうよねぇ……あの子たちの買いに行くゲームもなにかありそうで怖いのよねぇ……」
「はは、ゲームはゲームでもカードゲームだから問題ねぇよ。それに明日は俺がついて行くから大丈夫さ」
「そうねぇ……それじゃあ、悪いけどよろしくね」
「任せてくれって!」
胸を張ってそう答えると勇は再び食事に戻る。彼にとって明日の買い物などお茶の子さいさいなもののはずだった。
早起きして、子供たちとはぐれない様に注意して近所のおもちゃ屋に向かう。1時間もあれば終わる簡単な仕事だわ、
少なくともこの時の勇はそう思っていた。帰ってきてから明日の昼ご飯を何にしようか職員の皆と相談しないとな、などと考えながらベットに潜って眠りについたその時もその考えは変わらなかった。
だがしかし、この時から既に運命の歯車は着実に動いていたと言うことを彼はまだ知らなかった。
翌日、勇は子供たちと共に施設から歩いて30分ほどの所にあるおもちゃ屋に来ていた。
まだ朝早くだというのにすでに多くの人が列をなして店の開店を待っている。新作カードゲーム、「ディスティニーカード」の人気っぷりに少々驚きながらも勇たちは列の一番後ろに並んだ。
「んで、今日は何を買うんだ?」
「えーっと、スターターデッキとカードパック一つずつ!」
「凄い人気だからお一人様一点限りって決まってるんだ!」
「……セールの卵かよ? にしても凄い人気なんだなぁ」
自分の前に並ぶ人だかりを見ながら勇は呟く。結構早くに出たと思ったのだが、それでも自分たちより早くここにやって来た人もいるのだから驚きだ。
何処にでもある普通のおもちゃ屋でこのありさまなのだから、都会の大きな店舗ではもっと凄い事になっているのだろう。そう考えた勇は苦笑しながら時計を見る。現在開店10分前、あと少しで店が開く時間だった。
「あん……?」
そんな時だった。店に並ぶ人たちを無視して自分の真横を歩いていく一人の青年に目を留めたのは。
自分と同じくらいの歳格好の青年の後姿を見た勇は疑問の声を上げる。まさか割り込みでもするつもりではないかと思った勇だったが、そんな事をこの列に並ぶ人々が許すわけが無いと思い至りその考えを打ち消す。
ならば彼は一体何の為に前に向かったのか? その疑問の答えを探していた勇の耳に野太い男の声が響き渡った。
「あ~……申し訳ないがこの店のカードは我々が買い占める。非常に残念だが、皆さんには諦めて頂きたい!」
「はぁっ!?」
あまりにも身勝手なその言葉に対して人々が怒りの声を上げる中、勇はどうやら面倒な事が起きていると言う事を理解したのであった。
「……と言う訳で店主、申し訳ないが俺たちにカードパックを全て売って頂きたい」
「事情は分かりましたが、他のお客様がなんて言うか……」
「世界の為なのです。皆さん分かってくれるでしょう」
開店前の店の中では店主と先ほど勇が見た青年……光牙が話し合っていた。
困り顔の店主に対して真面目な顔で詰め寄る光牙、その様子に店主は完全に呑まれてしまっていた。
「勿論、お金は用意してあります。迷惑をかけてしまう事を考えて多めに金額をお支払いしましょう」
「いや、そういう問題では無くてですね……」
「おじさん!」
もうすでに自分たちがカードを買い占めると言う前提で話している光牙に対して店主が困りながらも意見を言おうとした時、店の中に一人の子供が入って来た。
泣きそうな顔で店主に話しかけて来た子供は、不安そうに話を続けた。
「カード、僕たちに売ってくれないの? お店の外に居る人が僕たちに帰れって言うんだ」
「え~っと、それはだねぇ……」
「嘘だよね!? 僕たち一生懸命お金溜めて来たんだから、売ってくれるよね?」
「……ごめんよ。でも、これは世界の為なんだ」
「え……?」
必死に店主に語り掛ける子供に対して光牙が諭すように声をかける。多少申し訳なさそうに、だが反対を許さないと言った様子で光牙はその子に話し続ける。
「君たちがゲームで遊びたいと言う気持ちはわかる。でも、俺たちはこれを必要としているんだ。これがあれば世界を救えるかもしれない。世界と遊び、どっちが重要かは君だって分かるだろう?」
「………」
黙りこくってしまった子供の肩に手をのせて、しっかりと目を見ながら光牙は話を続ける。世界を救うため……その目的の為に燃えている光牙には、この子たちの気持ちを理解しようなどと言う思いはまるで浮かばなかった。
「残念だけど、今日は諦めてまた次の機会に買いに来るんだ。遊ぶことならいつだって出来るんだしね。分かったかい?」
「……う」
「はぁ? 何言ってんだお前?」
光牙の言葉に頷くしかなかった子供の声を遮って聞こえる否定の声。その声がした方向に顔を向ければそこに居たのは店に入った子供を追って来た勇であった。
「世界を救う? はぁ? 訳が分からねぇんだけど?」
「……確かにそうかもしれないな。でも、これは本当なんだ。だから今日は諦めて……」
「いや、断る。てか何でのこのこ後からやって来たお前が真っ先に買い物しようとしてるんだよ?」
ずけずけとした勇の態度に光牙は苛立ちを覚えた。しかし、今現在光牙がやっている行動はこういう事なのだと言う事を自分ではまるで理解していない。
世界を救うため……などと言っているが勇たちの様な普通に買い物をしに来た人たちからすれば光牙の話など自分勝手な意見に過ぎない。光牙が今感じている苛立ちは、大分前から外に並んでいる人間全員が感じているものだ。
だが、そんな事も理解していない光牙は(自分からしてみれば)我儘を言う勇を何とか諦めさせようと口を開く。
「君たちには分からないだろうけどこのカードがあれば世界を救えるんだ! だから……」
「全部買い占めるってか? 馬鹿じゃねぇのお前?」
「なっ!? 馬鹿だと!」
「ああ、そんなにカードが欲しけりゃ朝早くから並んでおけってんだ。うちのガキどもより遅く来て、カードは全部自分たちの物だなんて言ったって誰も納得しないっての」
「しかしだな!」
「それにだ、お前チラシみたか?この店ではカードパックはお一人様一点限りって決まってんの! 一人で全部買うなんて無理なの! 外に居る奴も合わせてもお前が買えるのは2パックまで! 分かったか!?」
「これは、世界を救うために必要な事なんだ! ただの遊びと世界、どちらが優先されるべきか……」
「んなもん、遊びに決まってんだろ」
「は……?」
「お前、ゲームは娯楽用品だぞ? 決して戦いのための武器じゃないの。娯楽用品で遊ぶことの何が悪い? ゲームで遊ぶ事とゲームで戦争する事、どっちが普通だと思うんだよ?」
「え……? いや、それは……」
感情的に叫んだ光牙の言葉をあっさりと切り捨てた勇は答えに詰まった光牙を冷ややかに見つめる。そして、最後のとどめと言わんばかりに口を開いた。
「そもそも、世界を救うためなら自分の我儘は通るだなんて考えが気に食わねぇ。どうしてお前の我儘に俺たちが付き合わなくちゃならねぇんだ? さっきも言ったが、カードが欲しいんだったら朝早くから来て一番に買えよ。んで、よその店行ってまた買え。マニアたちはそうしてるぞ」
「う……」
「てめえが世界を救いたいんだったらてめえが我慢しろ。早起きは大変だろうが頑張れ、んで、周りに納得させる形で世界を救え。以上だ」
「………」
この言葉を受けて完全に沈黙した光牙を一瞥した後、勇は店の主人と時計を見て、口を開く。
「おい。もう開店時間過ぎてるぞ? 外の奴ら待ちくたびれてるっつの」
さっさと店を開け、と暗に言う勇とまだ黙って俯いている光牙の二人をきょろきょろと見比べた後、店主はにっこりと笑って店のドアを開けたのであった。
「カード、買えてよかったな」
「うん! ありがとう勇にいちゃん!」
「気にすんなよ。……さて、これどうするかねぇ?」
1時間後、店の近くでカードパックを開ける子供たちからお礼を言われて少し照れながら勇は自身の手の中にあるそれに視線を移す。
店の主人に「つつがなく店を開けることが出来たお礼」として押し付けられたディスティニーカードのパックが1つ、その手の中に納まっていた。
(子供たちの誰かにあげるってのは不平等だしな……どっか他の店に行って買い取って貰うか? でも店のおっさんに悪いよなぁ……)
あまりこういうものに興味が無い勇にはこれを機にゲームを始めると言う選択肢は無いようだ。折角のお礼を無下にも出来ないので少し困っていたが、観賞用にでもするかと言う結論に至ってからパックをズボンのポケットの中にしまうと子供たちに声をかける
「よし、そろそろ帰るぞ」
「わかった!」
「ねぇ、にいちゃんは何が当たったの!? 見せて見せて!」
「あー、あぶねぇから帰ってからな」
「はーい!」
子供たちを引き連れて帰路につこうとした勇だったが、その前に二人の青年が立ちはだかる。
顔を見てみればそれは先ほど店の中で話した光牙と客たちの前で自分たちがカードを買い占めると宣言した男、櫂だった。
「おう。その様子じゃカードは買えなかったみたいだな」
「ああ、おかげ様でね」
「はっ、そんじゃ次からはもっと早起きしてくるんだな。いい勉強になったろ?」
「てめぇ、俺達が何の為にそのカードを集めてるかも知らねぇくせに……!」
「ああ、聞いてないからな。世界を救うためとしか言われてねぇし、お前らに興味も無いから」
「……喧嘩売ってんのか? あぁ!?」
「よせ、櫂。少なくとも彼の話は筋が通っている」
血気にはやる櫂を抑えて光牙は勇に向き直る。そして、神妙な表情で話し始めた。
「引き留めて悪いね。でも、俺達も真剣にこのカードを必要としているんだ。遊びの為じゃ無く、世界の為にね……」
「あ? さっきから何言ってんだ、お前?」
「俺達にも事情があるって訳さ、それを君に知っておいて欲しかったんだ。それだけだよ」
「……そうか、じゃあ俺たちは行くぜ」
このよく分からない光牙の主張を軽くスルーすることに決めた勇は二人の間をすり抜けて帰ろうとした。この二人の話も終わった事だし引き留める事は無いだろう。
そう考えていた勇の服を誰かが引っ張る。驚いて振り向いた勇の目に飛び込んできたのは、不思議そうな顔をした子供の姿だった。
「どうした? トイレにでも行きたいのか?」
「ううん。にいちゃん、何あれ?」
そう言ってその子が指さした方向を見た勇は首を傾げる。そこにあったのは赤色に光る丸いリングの様な物だった。宙に浮き、くるくると回りながら佇むそれを買い物を終えた人々が不思議そうに見ている。
「何これ?」
「カード発売に関係したなんかのイベント?」
「写真撮っとく?」
ざわざわと騒ぐ人だかりを目にしながら、勇は何か良く分からない嫌な予感に襲われていた。赤く光るリングを見るとその予感は強くなる。急ぎここを離れた方が良いと判断した勇は子供たちを引き連れて帰ろうとしたが……
「何? イベントなの!?」
「カードもらえる!?」
「あ! おい! お前ら!」
興奮した子供たちが自分から離れてリングの方へと向かってしまう。勇は慌ててその後を追うが、人が多く思うように先に進めない。
自分の感じるこの嫌な感覚が勘違いであるようにと祈りながら勇は子供たちを探しに行った。
「光牙、あれってもしかして……」
「ああ、不味いぞ!」
一方、その後ろでは真剣な顔つきをした光牙と櫂の二人が話し合っている。二人はお互い頷き合うと、どこからか昨日命から渡されたドライバーとカードを取り出して勇と同じ様にリングへと駆け出して行った。
「ったく、何なんだよあれ?」
苛立ち交じりに吐き捨てた勇は大分近くに見えるリングへと視線を移す。近くで見ると結構大きいそれは大人一人位なら簡単に中を通れるだろう。
暫しリングを観察していた勇だったが、ふとある事に気が付いて眉をひそめる。それは、先ほどまで回転していたリングがその動きを静止している事だった。
動きを止めたリングはただふよふよと宙に浮いているだけだ。……いや、違う。
リングは徐々にだがその光を強めている。それと同時に勇の耳に何かが弾ける様なパチパチという音が届いた。
(何か変だ、急がないとやばい!)
間違いなく何か良くない事が起きようとしている事を察知した勇は急いで子供たちを見つけるべく人ごみの中に目を凝らす。万が一の事があってはいけない。急ぎこの場所から離れなくてはならない。
だがしかし、「それ」は起こってしまった。
<……パパラッパッパッパ~!>
この場にそぐわないファンファーレの様な音が鳴りだした事にびくりと反応する人々、いよいよ何かイベントが始めるのかと期待した目でリングを見つめている。
その視線に応えるかのようにリングが大きく輝きだす。一際大きく光ったリングの輝きに目を伏せた人々が再びリングを見てみると、その様相は大きく変わっていた。
先ほどまでリングとして向こう側が丸見えになっていたその中側の部分が黒く渦巻いているのだ、それはリングと言うよりかは何かの入り口の様に見える。
一体何がはじまるのか……? 期待と不安の混じり合った目でその様子を見ていた人々の耳に届いたのは、先ほどのファンファーレと同じ様なアナウンスの声だった。
<ゲーム・スタート!>
その音声と同時にリングの中から何かが飛び出してきた。一体、二体、三体……続々と飛び出してきたのは異様な姿をした化け物だ。
まるで昆虫の様なその姿、ゲームに出てくるモンスターを模したその姿に人々の間から悲鳴が漏れる。
「ヴ、ヴヴヴヴゥッ!」
虫の羽音の様な鳴き声を上げたその怪物達は近くにある物を壊し始める。街路樹、花壇、標識などの容易くは破壊できない物を次々と粉砕して人々に迫っていく。
「な、なんだよこれ!?」
恐怖に染まった人々の声が響く中、光牙はこの場に居る全員に聞こえる様に大声で叫んだ。
「逃げろ! これはイベントなんかじゃない! ソサエティの侵略だ!」
ソサエティ……その言葉を耳にした人々の間から悲鳴が漏れる。急いでこの場から逃げようと駆け出した沢山の人間によって広場はパニックへと陥ってしまった。
「ソサエティって、まさかあのコンピュータウイルス絡みの事件かよ!?」
勇もまた驚いて叫び声を上げる。しかし、まだ見つかっていない子供たちを探すべくこの場から逃げようとはしなかった。
そのおかげか、幸運な事に逃げようとした人々のパニックに巻き込まれることなくこの場で行動することができ、意外にも先ほどよりは楽に子供たちの捜索が出来るようになったのだ。
「うわぁぁぁぁん!」
「っっ! 居たっ!」
叫び声を上げる一人の少女を見つけた勇、しかし、その子に迫る一体の怪物を見て血相を変える。
「危ねぇっ!」
急ぎ駆け寄ると勢いの乗せた飛び蹴りを繰り出す。不意を打たれた形になった怪物はその一撃に体勢を崩して倒れこんだ。
「おい、怪我は無いか!?」
「勇お兄ちゃん!」
「もう大丈夫だからな! ……他の奴らは?」
「分かんない、はぐれちゃった……」
その答えを聞いた勇は広場内を見渡すも、探している子供たちの姿は見つからない。急いで見つけ出して避難しなければ危険だ、だがしかし、この少女の安全も確保しなければならない。
どうすれば良いのかと勇が頭を抱えていると……
「おーい! こっちだ!」
その声に振り返ってみれば先ほどのおもちゃ屋の店主が手を振って店を開いてくれていた。あそこに逃げ込めば少しは安全だろう。そう考えた勇は少女に声をかける。
「良いか? 俺は他の奴らを探してくる。お前はあのお店の中に逃げ込むんだ」
「わ、わかった」
「良い子にしてろよ? すぐに戻るからな!」
そう言って駆け出した勇は子供たちを探して広場中を走り回る。怪物たちの攻撃で広場はまるで戦場の様なありさまになっていた。
折れた樹木、抉れた地面、ぼろぼろの草木……それらを視界に写しながらも必死に子供たちを探していた勇の耳に聞きなれた声が届いた。
「誰か助けてぇっ!」
「こっちか!?」
子供たちの声を頼りにその姿を探した勇は、ようやく花壇の陰に隠れていた数人の子供たちを見つけ出した。ほっとしたのも束の間、勇たちを取り囲むように怪物たちが姿を現す。
「に、兄ちゃん!」
「くそっ! 俺から離れるなよっ!」
何とかこの包囲を突破しなければ……そう考えた勇は必死に抜け出せそうなところを探す。じりじりと距離を詰めてくる怪物に対して勇が特攻を仕掛けようとした、その時!
「てやぁっ!」
数体の怪物を蹴散らして光牙と櫂が飛び込んできたのだ。驚いた怪物たちが一瞬怯んだのを見ながら、光牙は勇に話しかける。
「何をしているんだ!? ここは危険だ、早く逃げろ!」
「うっせぇな! 出来たらとっくにそうしてんだよ!」
「光牙! 今はそんな奴に構ってる暇はないぞ! 何とかしてこいつらを倒すんだ!」
「分かってる! ……これを使うぞ、櫂!」
そう言って懐からギアドライバーを取り出す光牙、櫂もそれに習いドライバーを取り出すと二人揃ってゲームギアをドライバーに取り付けた。
「くそっ、カードを手に入れられなかったのが痛いな」
「今はそんな事を言っても仕方が無い! 手持ちのカードで戦うんだ!」
そう言って二人はディスティニーカードゲームのカードを構える。櫂は屈強な戦士が描かれたカード『怪力戦士 ガイ』のカードを、そして光牙は昨日も持っていた『光の勇者 ライト』のカードを取り出した。
「「変身!」」
そう叫んだ二人は手に持ったカードをバックルに嵌め込んだゲームギアに通す。すると、そこから軽快な音楽と電子音声が鳴り響いた。
<ブレイバー! ユー アー 主人公!>
<ウォーリア! 脳筋! 脳筋! NO KING!>
謎の歌を歌ったベルトに視線を奪われていた勇だったが、二人を包む様にベルトから装甲が展開されているのを見て驚く。瞬間的に二人を包んだ装甲はまるで鎧の様であった。
光牙は銀色の鎧を纏った細身の戦士へと姿を変えた。頭部には羽の様な意匠があり、身を包む鎧には太陽の様な紋章が描かれている。
RPGゲームの主人公、勇者の様なその姿は正に王道の主人公であった。
櫂は赤い鎧を身に纏った光牙よりも太くマッシブな戦士へと変身した。鎧の様なものに身を包んだ赤い部分と筋肉を模したような肌色の部分が半々と言った姿だ。
ガンッ、と拳を打ち鳴らすその姿からは元の櫂の力強さもあってかパワフルな印象を覚える。
「良し、上手く行ったな!」
「行くぞ、櫂!」
仮面の戦士へと姿を変えた二人は怪物たちへと立ち向かっていく。拳を振るい、蹴りを繰り出して並み居る怪物たちを次々と打ち倒していった。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
櫂は雄叫びを上げながら怪物の首根っこを掴むとそのまま放り投げる。数体の仲間を巻き添えにして倒れたその怪物は力なく倒れ伏すとそのまま爆散した。
「くっ! うわっ!?」
対して光牙は怪物の鋭い突きを受けて吹き飛んでしまう。恵まれた体格を武器に戦う櫂は拳で十分だが、光牙は素手で戦うのはやや難しいようだ
「なら、これだ!」
光牙はドライバーに取り付けられたホルスターの中から一枚のカードを取り出すと先ほどと同じようにバックルに読み取らせる。すると電子音声が流れると同時に光牙の前に輝く剣が現れた。
<勇者剣 エクスカリバー!>
「行くぞっ!」
エクスカリバーを手にした光牙は見事な剣技で怪物を切り倒して行く。目の前に居た怪物を切り捨て、後ろから襲って来た怪物に振り向き様に一撃、さらに続けて数度の斬撃を繰り出すと怪物は悲鳴を上げながら爆発四散した。
瞬く間に怪物たちを全滅させた二人、櫂は興奮した様子で叫ぶ。
「良し! 俺たちの力が通用してるぞ! この調子で行けば……」
「油断するな櫂! 今のはまだほんの序の口、ここからが本番だぞ!」
光牙がそう言った時だった。怪物たちを送り込んできたリングが激しく光ったかと思うと中から今まで出してきた怪物の色違いを呼び出したのだ。
そして最後にまるでバッタの様な姿をした怪物が姿を現すとリングはその輝きを失って消滅した。もうこれ以上の増援が来ない事を喜ぶ勇だったが、光牙と櫂の二人は怪物たちに対して緊張した構えを取る。
「……光牙、あいつがボスキャラか?」
「恐らくそうだ、親衛隊と一緒に登場だなんて面倒な奴だな」
「へっ! まとめて倒してやるぜっ!」
そう言って駆け出す櫂、向かって来た色違いの怪人を殴り飛ばして一気にバッタ怪人へと距離を詰める。
「うおらっ!」
大きく振りかぶったパンチが怪人に当たる直前にバッタ怪人はさっと体を反らす。櫂の拳は何も無い空を切り、前のめりになっている櫂のボディに怪人の膝がめり込んだ。
「ぐあぁっ!?」
「櫂っ!」
強力な一撃を受けた櫂に対して光牙が駆け寄ろうとするが、それを止める様に色違いの怪人たちが光牙に襲い掛かる。剣を振るい何とか倒そうとする光牙だったが、2対1の上、先ほどよりも強い怪人を相手に苦戦を強いられていた。
「ヴッ! ヴヴッ!」
「がっ! がはぁっ!」
バッタ怪人は見事な蹴りの連続で櫂を追い詰めていく。
右の脚が櫂の顔面を蹴り飛ばし、左の脚が櫂の足を払う。その巧みな攻撃に防御すら出来ない櫂はあっという間に膝をついてしまった。
「こっ……のぉっ!」
「ヴヴヴヴッ!」
必死になって立ち上がろうとする櫂を嘲笑うかの様に鳴いたバッタ怪人は膝を曲げると高く宙へと飛び上がる。そして、空中で飛び蹴りの姿勢を取ると櫂に向かって急降下して来た。
<ジャイアントホッパー の 必殺技だ!>
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
<GAME OVER>
「櫂ーーーーっ!」
電子音声と共に繰り出されたその一撃を受けた櫂は大きく吹き飛ぶと変身を解除されてしまった。急ぎ櫂の元に駆けつけた勇は櫂が死んでいないことに安堵したが、バッタ怪人の強さに驚きを隠せなかった。
「ヴヴヴッ、ヴヴッ!」
「くっ……!」
櫂を倒したバッタ怪人は光牙へと戦いの相手を移す。
これで色違いの怪人も合わせて3対1……光牙は圧倒的不利な状況へと追い詰められてしまった。
「ヴヴヴヴヴッ!」
「ぐっ! ぐわぁっ!」
2体の怪人のコンビネーション、そしてバッタ怪人の強力な一撃に徐々に追い詰められていく光牙。勇は必死にこの状況を打破できる方法を探していた。
(あいつらがやられたら今度は俺達だ、何とかしねぇと……!)
光牙が無事なうちに逃げたとしても敵がおってこない保証はない。かと言ってこのままでは光牙がやられて状況はさらにまずくなるだけだ。
何とかしてあの怪物たちを倒す方法は無いか? そう考えていた勇の目に留まったのは、櫂が身に着けていたバックルだった。
「……一か八かだ!」
そう言って櫂からバックルを剥ぎ取ると自分の腰に当てる勇。バックルからは瞬時にベルトが出て、勇の体に装着された。
「兄ちゃん、それ泥棒じゃない!?」
「今は緊急事態だ、見逃せ!」
勇はそう子供たちに言いながらこのベルトを光牙たちがどう使っていたかを思い出す。そう、確かこの後は……
「……か、カードだ!」
ポケットから先ほど貰ったカードパックを取り出すとその包みを破く。そして、何でもいいから使えそうなカードが出て来てくれと祈りながらカードを見る。
「……お?」
5枚入りのパック、一番前にあったカードを見た勇は少し気の抜けた声を出した。それもそのはず、一番最初に見たそのカードは黒く光っていたのだ。
真っ黒な背景を背に黒色の剣を持ち佇む青年の姿が描かれたカードを見た勇はとりあえずこのカードを使う事に決めた。何を隠そうカードゲームにはてんで詳しくない自分だが、光っているカードが珍しいと言う事は知っている。そして、珍しいカードは大概にして強いものだ。
短絡的な、しかし的確な考えを持った勇はその黒いカード……『運命の戦士 ディス』を構える。残ったカードをホルスターにしまうと、先ほど光牙達がそうしたように叫んだ。
「変身!」
<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>
辺りに響く軽快な音と電子音声。自分を包んでいく装甲の感触を感じながら勇はゆっくりと拳を握る。
「うっし! 行くぜ!」
黒を基調とした中に紅の装飾が施された鎧を身に纏った勇はそう宣言すると光牙に襲い掛かる怪物たちに向かって行く。地を蹴って跳んだ勇は振りかぶった拳を怪人の横っ面に叩きつけた。
「うらっ!」
「ヴッ!?」
勇はいきなりの攻撃に吹き飛ぶ親衛隊怪人を見ながら戦いの構えを取る。
突如として現れた第三の戦士に怪人たちはもちろん光牙も驚愕していた。
「き、君は誰だ!? 何故そのドライバーを…?」
「あ? 借りたんだよ。細かい事を気にすんな!」
「その声、さっきの奴か!? 借りたってまさか櫂のドライバーをか!?」
「それ以外に誰が持ってんだよ。お前のは今お前が使ってんだろうが」
「そういう意味じゃない! 良いか? これは素人が易々と使って良いもんじゃ……」
「おい、前見ろ! 来てる来てる!」
思いっきり光牙を突き飛ばした勇は自分も反対方向に飛び退く。二人の真ん中を突っ切ってやって来た怪人は二人を見比べた後、自分を殴った勇の方に狙いを定めた。
「お、俺か!? よっしゃ、かかって来い!」
半ばヤケクソになりながら叫ぶ勇。殴りかかってきた怪人の腕を掴むと無防備な胴体に蹴りを叩きこむ。
「ヴゥッ!?」
「おらっ! おらぁっ!」
続けて一発、さらにもう一発、繰り出される攻撃は確実に怪人にダメージを与えている。
ラスト一発と意気込んで怪人の腕を離した勇は、両足でジャンプするとプロレスよろしく見事なドロップキックを叩きこんだ。
「どうだ、見たか!」
勇は悲鳴を上げながら再び吹き飛んだ怪人目がけて挑発するように叫ぶ。しかし、その後ろからもう一体の怪人が近寄ると勇を羽交い絞めにしてきた。
「ヴヴヴッ!」
「わっ!? ちょ、お前、2対1はずりぃだろ!?」
「ヴヴヴヴッ!」
慌てる勇に対して復帰して来た怪人がお返しと言わんばかりに拳を叩きこむ。当然ながら遠慮のないその攻撃を喰らって勇が痛がる中、光牙はボス級のバッタ怪人に立ち向かっていた。
「はっ! てやっ!」
「ヴヴヴッ!」
繰り出す剣での攻撃を躱しながら反撃の機会を待つバッタ怪人。二人の真剣な戦いが続く中で攻撃を受け続けている勇は光牙に助けを求める。
「おい! お前! あ痛っ! 助けろって! どわぁっ!」
「せいっ! やぁぁっ!」
「無視かよ!? ……痛えっ!」
「兄ちゃん、これ使って!」
一方的な攻撃を受け続ける勇を気にも留めない光牙。それを見かねたのか施設の子供たちが自分たちの買ったカードの中から数枚のカードを投げてくる。
運よく勇が掴む事が出来た一枚のカードをバックルに読み取らせると、バックルが電子音声を発した。
<│放射《バースト》!>
「ヴィ!?」
ボンッ! と言う音と共に勇の体から発せられる衝撃波、それを受けた2体の怪人は大きく吹っ飛ぶ。
ようやく体の自由を取り戻した勇はカードをしげしげと眺めながら納得したように呟いた。
「……なるほど、こうやって使う訳か!」
先ほどホルスターにしまったカードを取り出すと4枚のカードをじっくりと眺める。丁度良い感じにあった黒い剣のカードを掴むとそれをバックルに読み取らせる。
<運命剣 ディスティニーソード!>
「ほっ、と!」
勇は宙に出て来たその剣を掴む。ディスティニーソードと呼ばれたその剣は先ほど自分が変身に使ったカードに描かれていた青年の持っていた剣と酷似している。
なんだかしっくりとくるその剣を軽く振った後、勇は自分に向かって来る2体の怪人を見据えて剣を構えた。
「おっらっ!」
迫りくる怪人の内、1体に向けて剣を振るう。確かな手応えと共に火花を散らしながら怪人がよろめき倒れる。
そのまま一歩踏み込むともう一度剣を振る。目前まで迫っていたもう1体の怪人の胸元に剣がヒットし、先ほどと同じく火花が舞い散った。
「おっしゃっ!」
ふらつく怪人を思いっきり蹴り飛ばすと距離を取る。勇は勢いよく駆け出すと剣を上段に構えたまま跳びあがった。
「喰らえっ!」
「ヴヴィーーッ!」
ジャンプの勢いを乗せた上段からの袈裟斬りがヒットし、怪人を真っ二つにする斬撃の跡が残る。
怪人はそのまま後ろにゆっくりと倒れ、地面に倒れ伏したと同時に爆発した。
「お、おお……!」
自分が怪物を倒した事を喜びながらもいまいち現実味を持てない勇はしげしげと燃える炎を見ていた。しかし、その後ろから近づく怪しい影に気が付き振り返ると……
「ヴギャーオ!」
「うおぉっ!?」
自分目がけて飛び掛かってくるもう一体の怪人、仲間を倒された事で怒りに燃えているのか凄まじい剣幕で勇に襲い掛かる。
その迫力に押されて後ずさった勇は体勢を崩して後ろに倒れ込んでしまった。無論、怪人はそんな勇を倒そうと覆いかぶさってくるのだが……
「う、うわぁぁぁっ! ……あれ?」
覆いかぶさったまま動かない怪人の様子をおかしく思った勇が目を開くと、自分の持っている剣が深々と怪人の胴体を貫いている。
どうやら運命の女神さまは勇に味方した様だ。思いがけないラッキーヒットに感謝しながら、勇は立ち上がると剣を怪人から引き抜く。
「ヴッ…! ヴヴッ…!」
無念そうな声を上げた怪人はそのまま動かなくなり、今度は派手な爆発は無く消滅した。
その様子に少しだけ申し訳なさを感じながらも残す1体のバッタ怪人に向かおうとすると、その耳にどこか聞き覚えのあるファンファーレが聞こえて来た。
<レベルアップ! スキルゲット!>
「は!? な、なにこれ!?」
急に鳴りだしたバックルをペチペチと叩きながら何が起きたのか理解しようとする勇。
レベルアップ、スキルゲットと言っていたが何の事なのかと首を傾げていたが……
「ぐわぁっ!」
光牙の悲鳴に前を向くとバッタ怪人の蹴りの連撃に倒れている光牙の姿が目に留まった。
このままではまずい。そう判断した勇はディスティニーソードを手にバッタ怪人に向かって行く
「俺が相手だぁっ!」
剣を振りかぶりバッタ怪人に挑みかかる。だが、バッタ怪人は勇の繰り出す斬撃を見事に回避している。
「このっ! このっ!」
「ヴッ、ヴッ、ヴッ……」
「ひぃ、ひぃ……」
なかなか当たらない攻撃を繰り返していた勇に疲れが見えてきた。バッタ怪人はその時を待っていたかの様に蹴りを繰り出して勇にダメージを与えていく。
「あがっ! いでっ! お、おい! ちょっとタンマ!」
「ヴヴッ!」
勇の声を無視して攻撃を続けるバッタ怪人、見事なキックの猛襲に勇の防御が崩されていく。
そしてとうとう繰り出された一撃が勇の体を捉え、勇は大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。
「ぐ……う……っ!」
「ヴッヴッヴッ…!」
笑い声の様な鳴き声を上げたバッタ怪人は膝を曲げると櫂に繰り出したあの跳び蹴りを発動する。宙高く舞い上がり跳び蹴りの構えを取るとそのまま勇に向かって急降下、とどめの一撃を繰り出す。
<ジャイアントホッパー の 必殺技だ!>
櫂を倒したその一撃を受けようとしている勇を見て、子供たちは目を覆う。光牙も勇が攻撃を受けて倒されると思っていた。
しかし、仮面の内側でニヤリと笑った勇は、手に持っているディスティニーソードを自分目がけて襲い来るバッタ怪人に向かって放り投げた。
「ヴヴッ!?」
姿勢の制御が出来ない空中での予想外の攻撃にバッタ怪人は動揺した様子を見せる。そして、それが勇に勝利を手繰り寄せた。
ジャキィィン! と言う斬撃の音が鳴り響くと同時に剣の投擲を受けたバッタ怪人が地面に落ちて来た。物理的なダメージと必殺技を破られた精神的ショックで相当の痛手を負っている様だ。
「どうよ? 必殺『だまし討ち』の感想は?」
「ヴヴッ……!」
馬鹿にした様子の勇に対して襲い掛かろうとするバッタ怪人だったが、立ち上がる事すら出来ずに再び膝をつく。ここが好機と見た勇は投げた剣を拾うとバッタ怪人に向かって駆け出して行った。
「うおおおおっ!」
雄叫びを上げて走る勇。一歩、また一歩と足を進める度に手に持つ剣に光が宿っていく。
勇が必殺の一撃を繰り出すべく跳び上がった時には、ディスティニーソードは黒く大きな輝きに包まれていた。
<必殺技発動! ディスティニーブレイク!>
バックルの声を聞きながら輝くディスティニーソードを振り下ろす。黒い斬撃がバッタ怪人に残り、一直線に体を両断する。
「まだまだぁっ!」
勇は振り下ろした剣を再び構える。
ディスティニーソードは今度は紅に輝いている。それを横一文字に振り払うと、黒と紅の斬撃の跡が十字になってバッタ怪人の体に刻まれた。
「ヴ……ヴヴヴヴヴヴッ!?」
バッタ怪人は背を向けた勇の後ろで断末魔の悲鳴を上げると大爆発を起こした。最後の敵の撃破を確認した勇は安堵し、ゆっくりと剣を下ろす。
<ゲームクリア! ゴー、リザルト!>
「お? おぉ?」
戦いを終えた勇と光牙の前にふわりと長方形のゲーム画面の様なものが浮かんできた。何が何だか分からなかった勇だったが、そこに映っていた自分の顔を見て驚きの声を漏らす。
勇の顔の横にはLv2と書いてあったが、数字の部分が消えるとファンファーレと共にLv3の表記が映し出された。
「レベルアップ……って奴か?」
そう呟いた勇は光牙の顔の横も見てみる。彼もまたレベルアップしてLv2へとなっていた。
それで終わりかと思っていた勇だったが、一度ブラックアウトした画面が再び光ると、宝箱のマークと共にラッキーボーナス! と言う文字が映し出される。
ぱかりと開いた宝箱の中から先ほど倒したバッタ怪人が飛び蹴りを繰り出している絵柄のカードが出てくるとそれが画面の中から飛び出してきた。
「うおぉっ!?」
その事に驚きながらも反射的にそのカードを掴む勇。
画面から飛び出してきたと言うのにそのカードは現実にあるカードと何も変わらず、裏面にはディスティニーカードゲームのロゴまで描かれている。
必殺技と小さく書かれたそのカードの名前は『クラッシュキック』。新たなカードを手に入れた事を喜ぶべきなのだろうが、勇の脳内は?マークで一杯であった。
「な、何がどうなってんだ? 何なんだ、これ?」
勇はバックルを外して今手に入れたクラッシュキックのカードを含めた6枚のカードを見つめる。
突然現れた化け物、化け物と戦う力をくれるベルト、自分に力を与えてくれるカード……その全てに対して疑問を浮かばせながら、勇は必死にその答えを探していたのであった。
「……見つけましたよぉ、面白そうな子をね」
そんな勇を陰から見つめるサングラスの男、いかにも怪しいこの男は何者なのか? それはまた次回!
初SSですので至らないところもあると思いますが、よろしければ改善点、感想などをお願いします。