「静かにしろぉぉぉぉ!!」
カーキ色の軍服を着た艦娘、「天龍」の怒鳴り声が響く。三十人ほどの艦娘が集められ、非常に賑やかなこの場所は「第三横須賀鎮守府」の屋外集会場だ。
既に第三鎮守府から召集されていた、ウツギとアザミはそれぞれ「E08」「E09」と書かれた黄色いライフジャケットをいつもの迷彩柄の作業着の上から着こんで、この場所に立っていた。話に聞いていた通り俗物の香りがするヤツだな、とウツギが壇上で喋る天龍を品定めしていると、続けて怒鳴り声で「ヤツ」が喋る。
「今日からお前たち「セレクト EX-1」の面倒を見てやる天龍だ!!俺がお前たちの上に立ったからには安心しろ!!んん、質問があるならこのあと俺のところに来い!!わかったな!!」
言葉通り行動するなら悪いやつじゃないんだがな......ウツギは既に彼女の数々の蛮行を球磨や木曾から聞いていたため目の前で堂々と喋る女の事をまったく信用していなかった。ウツギが隣のアザミに視線を向けてみると、心なしか普段より更に無表情な気がした。考えている事は同じだな。
ウツギがそう思っているといつの間にか天龍は降壇し、周りがまたざわつき始める。そのときウツギに声をかけてくる艦娘が居た。
「よう。覚えてるか」
「.........?あぁ大規模作戦の時に......」
数秒ほど記憶を
「当ったりぃ、あん時は助かったぜ。変な見た目の割にはちゃんと援護してくれてよ」
「変な見た目は余計だ」
「わりぃわりぃ。んじゃ、改めて。アタシは「摩耶」ってんだ」
「ウツギだ。隣は自分と同じくリサイクル艦のアザミだ」
「......どうモ.........」
「へぇ、お前はまだ普通の見た目なんだな。っとこれから同じ部隊になるらしいしヨロシクなっ!」
気さくで取っつきやすそうな艦娘だな、とウツギが思っていると、彼女は手を差し出し握手を求めてきたのでウツギは素直にそれに応じた。摩耶か......確かツユクサの元になった重巡の艦娘だったな。さっそく心強い味方ができたかもしれない、とウツギが打算的な考えを浮かべていたところへまた一人艦娘が来る。
「摩耶、探したわよ、なにやって......誰?そいつら」
「あ?んぁ曙か。前に言った大規模作戦で援護してくれたやつだ」
「ウツギだ。こっちはアザミ」
「ふ~ん...この白いのがね。私は「曙」。せいぜい足引っ張らないようにね」
「善処する」
曙と名乗った艦娘がウツギに釘を刺す。こちらは摩耶とは違って取り入るのは少し難しそうだ、とウツギがまた打算的な考えを浮かべているとき、「E07からE12までのヤツは作戦会議室に来い!!」と無駄にやかましい放送がかかる。ウツギ、アザミ、摩耶、曙の四人に、更にウツギには名前のわからない二人の艦娘が移動を始める。歩いている途中の「あいついちいち怒鳴らねぇと喋れねぇのか?」という摩耶の発言にもっともだとウツギが思っていると、部屋の前に着く。先頭に居たウツギには名前のわからない艦娘がドアをノックして部屋に入る。以下五名が続いて部屋に入ると、はたして例の天龍が部屋の真ん中に居た。その隣には何やらまたウツギには見たことがない人物が立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「陽炎、ウツギ、アザミ、摩耶、曙、由良。全員居るか。今後の君たちの動きを説明する。」
「こちらの御方は、現在第一
「天龍くん、大丈夫だ。あぁ君たち、堅苦しいのは好きじゃない。肩の力を抜いて俺の話を聞いてくれ」
「えっ?あっ...んん、そうだお前ら、肩の力を抜いて聞け」
一体粗相をしているのはどっちだろうな。そう考えながら、ウツギは目の前に居る体格の良い男、緒方提督の話を聞く。
要約すると、自分たちセレクトEX-1は総勢24名の艦娘で構成される大艦隊であり、その中でもE07番からE12番の艦娘で構成された(ウツギとアザミは08と09なので当然含まれる)部隊は個別に「アルファ隊」と呼び、このアルファ隊を中心に作戦が展開されるらしい。
なぜこんなあまり火力が無さそうな艦隊が中心なのかとウツギが考えていると、尚も説明を続ける緒方によれば、どうやら「指揮を取るのが天龍だから」という理由があるからだった。冗談がきついな......と心の中で悪態をつくウツギに説明を終えた緒方が話し掛ける。
「ウツギとアザミ...で、合ってるよな。初めて
「感想と言われても......自分はただ無様にやられただけで、なにもできなかったから...」
「強い......それだケ......」
「ふむ......二人とも資料によれば新人にしては戦果を稼げているようだが......まるで歯が立たないか......伊達にPFなどとつけられていないか」
肩の力を抜け、と言われたのでウツギとアザミがとくにかしこまった口調ではなく、いつもの調子で答える。そこにあの天龍が質問してくる。
「あの~、閣下。そのPFと言うのは?」
「パーフェクトフリート。上が付けたレ級の別称だ。天龍、そんなことも知らないで奴の討伐部隊を任されて大丈夫なのか?」
「名前の通り、何でもできるSFの艦船のような......人間ならスーパーマンのような奴だからPFなんて呼ばれているんだろうな」
緒方に苦言を呈された天龍にウツギが補足で説明をする。するとそれを聞いた天龍がウツギに問い詰める。
「てめぇ、知ってるくせになんで教えなかった!」
「「話の通じる相手」なら教えていたさ」
「なっ...!?こ、こいつ!」
変に突っかかってくる天龍に、ウツギは普段しないようなニヤリとした笑みを浮かべて、わざとらしく目の前の女を挑発する。案の定
「やめろ天龍、ウツギも何があったのかは知らんが挑発なんかするんじゃない。会議は終わりだ。皆、各自の部屋に戻るように。」
「っ......!!チッ......解りました......」
「......」
今にもウツギに殴りかかりそうだった天龍は緒方の言葉を聞いて舌打ちをし、襟首を掴んでいた手を放す。やることは全て終わったので六人の艦娘と緒方提督が部屋を出ていく。そのとき、
「潰してやる......」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会議が終わって、召集された艦娘用の部屋へ向かうため廊下を歩いていたウツギを、彼女を追い掛けてきた摩耶が話しかける。
「お前度胸あんなぁ。知ってるか?あいつ、気にくわないやつを大勢で囲んで半殺しにしたとか噂が出てるんだぞ?」
「別にどうってことない。こちらもあいつが嫌だった。それだけだ。それに、摩耶のような立場も戦闘も強い艦娘の近くにいれば問題ない」
「お前なぁ......」
摩耶が呆れた顔でウツギを見る。その会話の後も、今後の身の振り方は考えて行動したほうがいいぜ?などと摩耶から釘を刺されながらウツギが廊下を歩いていると、すぐ近くのドアが開き中から艦娘が出てくる。ここは鎮守府なので特に珍しいことでも何でもない。
もっとも、
部屋から出てきた艦娘は両足が無く、少し地面から浮いていて、服の間から覗く肌がほんの少し青みがかった真っ白で、黒く光る生物的なデザインの艤装をつけているというとても「普通ではない」状態だったが。
その艦娘を見たウツギと摩耶の思考が、一瞬、完全に停止する。そして咄嗟に身構える二人にその謎の艦娘がごく普通に挨拶をしてくる。
「こんにちワ。」
「っ!?こ、こんにちは......」
「ちっ、ちーっす......」
戸惑いながらもウツギと摩耶が挨拶を返すと、その艦娘(?)は屈託の無い笑顔で二人にお辞儀して、書類の束を持って廊下の奥へと消えていった。数秒ほど固まっていた二人のうち摩耶が先に喋る。
「見たよな、今の?」
「あぁ。なんだアレは......」
「どう見ても深海棲艦......だよな?お前の親戚とかじゃなくて......」
「馬鹿言わないでくれ、自分はあいつのような......艦娘は初めて見た。いや、そもそも艦娘だったのか?」
内心、酷く動揺しながらウツギが摩耶にそう返す。第三者視点からの自分はあんな感じなのか?という場違いな感想を心の片隅に置いて、ウツギは物思いにふける。
そしてこのとき、正直なところ、本当に違法な実験などやっているのか?と球磨や木曾の言葉を疑っていたウツギは己を恥じた。
なぜなら、彼女の中での「第三は天龍主導のもと、危険な実験をおこなっている『かも』しれない」という疑念が
今、目の前を通った艦娘を見て「確信」に変わったからだった。
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セレクトEX-1の初陣が始まる。
しかし部隊は天龍の作戦ミスにより、壊滅の危機に陥る。
そんな時、ウツギに天龍は、ある「命令」を下す。
次回「死線」 砲が唸り、空気が吠える。
ゲス天龍登場回でした。