あといつもより文の量が多いです。
汚濁
エリア27区。今は無人島になっているこの海域の孤島は、その昔良質な鉱山資源で栄えていたが、深海棲艦の登場により過疎化が進み、今では時折訪れる艦娘が残された採掘設備を利用して資源を持ち帰るときぐらいしか人間の姿が見えない(正確には人間では無いのかもしれないが。)。それと合わせて、戦略上それほど重要な場所でもなく、さらに追い討ちを掛けるように、今ではもう採れる資源も少ないため地図上の「資源回収可能区域」のリストから消されてしまっていることから、通称「アウトエリア27」などと呼ばれている。
そんな寂れた島に上陸する人影がある。ウツギ、アザミ、ツユクサ、漣、天龍、明石の六人で構成されたシエラ隊の面子だ。こんな所に彼女たちが居る理由は別の鎮守府に所属していると思われる艦娘からの救援要請があったからだ。また、救援を頼んできた艦娘の治療用にと今回は全員、修復材の入ったポリタンクを背負っている。ウツギたちが上陸して数分後、海岸に流れ着いていた、高速艇の残骸を見つけた漣が喋り始める。
「うわぁ~お、こりゃまた酷いことになってんね。蜂の巣じゃん?」
「船底に四角い穴が開いてんな。脱出は成功したのか」
「へ?なんでそんなことわかんの?」
「大規模作戦の時の船の中でこれと同じのが積んであるのを見たんだよ。この型の高速艇、かなり装備が充実してんだ。緊急時に船底からちっちゃい潜水艇で脱出できるんだぜ」
敵の砲撃に晒されたと思われる穴だらけになった船の船底に、不自然に綺麗に四角く切り抜かれたような穴があるのを見て天龍が言う。さらに続ける天龍の補足によれば「脱出用に使う潜水艇は居住スペースが狭すぎてすごく乗り心地が悪い」らしい。それはさておき、天龍の言うことが本当ならその潜水艇も近くに停まっているかもしれないな、とウツギが思っているとアザミが声をかけてくる。
「ウツギ......あそコ......」
「ん...?......天龍、その潜水艇って言うのはアレのことか?」
「あ?おぉ!アレだよアレ!良かった、多分生きてんだなあの二人組」
アザミが指を指した方を見ると、船の残骸からそれほど遠くない場所に、ガラス張りの球体にスクリューが二基取り付けてある奇妙な外見の乗り物が停まっていた。ウツギたちが少し近寄って眺めてみる。
「な~んか変な乗り物ッスね。ガチャガチャのカプセルみたい」
「最新鋭の潜水艇ですね、これ......。高そうだなぁ」
明石が「カタログでしか見たことないですよこんなの。」と言い、ツユクサがガラスの部分を拳でコンコン叩いている、その時だった。
「お前らそこで何して......」
「何?」
「ッスか?」
「んんん?」
「あ?」
「......?」
「誰ですか?」
「ひゃぁぁぁぁぁあああああああ深海棲艦!!??なんでここにぃぃぃぃ!!」
ウツギとツユクサを目にして腰を抜かす眼帯の艦娘が居た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここ携帯圏外クマか!?携帯使えないとかイカれてるクマ!!携帯無いと死んじまうクマァ!!」
「とても死にそうな状態には見えないがな」
スマートフォンを片手に地団駄を踏んでいる艦娘「球磨」に、ウツギがそう投げかける。
「あ、駄目だクマ。球磨は死んじまったクマ。正確には、今目の前に居る深海棲艦にリンチされて、もぐもぐされて、こんな何もない島で人知れず殺されちまうクマァ!!」
「ひどいッス!!偏見ッス!!あと深海棲艦じゃないッス!」
そう反論したツユクサに向かって球磨が物凄い剣幕で両手を振り回しながら怒鳴り始める。
「酷いも何もあるかぁ!いきなり海で深海棲艦に襲われて、必死に脱出したらこんな誰も来ないような島に着いて、しかも目の前にはまた深海棲艦だ!これを嘆かずにいられるかってんだ!あーあー死にたくねぇよぉ~とびっきり美味い海鮮丼食べたあとに安楽死するのが夢だったのにぃ!!」
「そうか。残念だがお前はまだ死なないぞ。あと自分は深海棲艦じゃない」
「お前みたいな、なまっ白いオバケみたいなやつに何がわかるんだ!艦娘になってもう5年も経つのにあんのクソ野郎が録に給料寄越さねぇから美味いもんなんて食ったことが片手で数えるほどしかないんだぞ!?この悲しみが解るか!?」
「わかるッス!毎日楽しみにしてる夜ご飯が冷凍食品だったらアタシはちゃぶ台返ししたくなるッス!」
「だろ!?あのクソ、提督でもないクセに後方ででっかい椅子にふんぞり返りやがって、あぁ思い出しただけでも腹が立つぜ!!」
「白熱してるとこ悪ぃがもういいか?あと球磨姉語尾忘れてるぞ」
球磨とウツギとツユクサが罵り合い(?)を続けているところに、先程砂浜でウツギたちを見て腰を抜かした軽巡の「木曾」が割って入る。「おっと、失敬クマ」と球磨が乱れた呼吸を整えて、あらためてウツギと向き合う。
「ふぅ~落ち着いたクマ。さぁ煮るなり焼くなり好きにするクマ。あ、でもなるべく苦しまないヤツでお願いするクマ」
「球磨姉、覚悟を決めるのはいいが、こいつら深海棲艦じゃないぞ」
「は?......木曾、姉ちゃん嘘は駄目だって言ったはずクマよ」
「いやだから嘘言ってどうすんだよ」
「うんとさ、いつまでこのコント見てればいいのかな?」
全くといっていいほど話が進まないことに痺れを切らしたのか、天龍がいつもと違うしゃべり方で切り出す。近くにいた漣は大あくびをし、明石は足元にいた蟹を棒でつついている。
「......そういえばなんで艦娘も居るクマ?も、もしかしてこのサンゴの死骸みたいに白いのも艦娘クマか!?」
「いやさっきから言ってただろうよ!?」
天龍が球磨に突っ込みを入れる。が、彼女がまだ信じられないといった表情で「な~んか胡散臭いクマ......」と言ってきたので、ウツギは作業着のポケットから階級証を取り出して「これでいいか?」と言って球磨に見せる。
「確かに本物クマ。でも何でそんな見た目クマ?」
「話すと長くなる。怪我は無いみたいだし、まずは自分たちの鎮守府に来てくれ。ここから近いんだ」
「悪いけど球磨も木曾も艤装が無いクマ。そこんとこどうするクマ?」
なぜこの二人が艤装もなく海を高速艇で渡っていたのかが気になったが、ウツギはその考えを後回しにしてどうやって連れて帰るか考える。するとアザミが突然、球磨の股下に頭を突っ込み球磨を肩車した。なるほどこの手があったか。
「わ、わ、わ、何するクマァ!?」
「うるさい......大人しくしロ......」
アザミが球磨を肩車したまま言う。
「こうする......運ブ......」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「第三横須賀鎮守府、艦隊名セレクトRK3所属の球磨だクマー」
「同じく木曾だ」
「ようこそ、第五横須賀鎮守府へ。提督の深尾 圭一だ」
場所は球磨と木曾がシエラ隊に救出された島から変わり、第五鎮守府の食堂。球磨と木曾の所属を聞いた深尾が、二人を元の鎮守府へ帰すために第三横須賀へ電話を入れることを二人に確認して、なぜか執務室ではなく食堂にしかない固定電話で連絡を取ろうとする。ちなみに全員食堂に集めたのは電話のあるここで話をするのが、わざわざ場所を移動しなくて済むという深尾の判断だ。
ウツギは通話中の深尾と、助けた二人組を交互に見る。どういうわけか、元の居場所に無事に帰れることに喜んでもいいはずの二人組の表情はどことなく暗かった。
「......はい......はい....はぁ......?」
「っ......!わかりました。こちらで引き取ります......」
通話が終わった深尾が受話器を置いて、一息つくと、身を翻し球磨と木曾に向き合う。ウツギは電話を切るときに深尾が言った「こちらで引き取ります」という発言が引っ掛かっていた。
「......お前たち二人は俺の艦娘になった」
「はぁ!?なんだそりゃ!?」
「あぁやっぱりクマ」
深尾の発言にまるで意味がわからないと言うふうに突っ込む天龍を遮って球磨が言う。曰く、「自分と妹は元の鎮守府が嫌で逃げてきた。」と。球磨の衝撃的な一言を聞いて漣が質問する。
「なんで逃げてきたの?あと島で言ってた「クソ野郎」も関係あったり?」
「おぉ!まさにそれクマ!その「クソ野郎」の蛮行に耐えかねて出てきたクマ」
「ひとつ聞きたいことがある。第三の提督は今なにやってるんだ?」
深尾が漣と球磨の間に割り込んで喋る。シエラ隊の面々は深尾の発言の意味が解らず首を傾げていると、今度は木曾が質問に答える。
「提督なら病気で療養中だ。まぁ一度も見たことねぇんだけどな。今あそこを仕切ってんのは一人の艦娘だ」
「へぇ~変わった鎮守府ッスね。んで、提督さん、この二人をうちで引き取るってどう言うことッスか?」
「向こうの指揮を取ってる艦娘、お前とは違う天龍が電話に出てこう言ったんだよ」
どうやら向こうの鎮守府は天龍が指揮を取っているらしい。別に同じ艦娘が複数いることは珍しくも何ともないが、「シエラ隊」の天龍の表情が険しくなる。そして天龍の顔をちらりと見てから深尾が続ける。
「球磨と木曾?あぁあの使えないゴミか。そっちで勝手に処分してくれ。ってな。自分の耳を疑ったよ。」
「おぉうそりゃまたスゴい挑発的な発言......」
深尾の言葉で空気が凍りつく。もっとも漣だけいつもの調子の返しを入れたが。そんな悪い雰囲気に包まれた食堂で天龍が球磨に話しかける。
「なぁ、球磨......だっけ?俺を見て何とも思わないのか?」
「え?何言ってるクマ?」
「何って、だって向こうで提督替わりやってる天龍が嫌で逃げてきたんだろ?俺も天龍だし、嫌じゃないのかなって......」
「天龍!?お前がか!?」
二人の事を心配しての天龍の発言に木曾が目を丸くする。どう言うことだ?とウツギが思っていると、同じく驚いていた球磨が口を開く。
「天龍?お前がクマか?全然見た目が違うクマ。あっちの天龍はもっと汚れた目をしてて、髪がボサボサで、なんか高そうな服着て威張り散らしてたクマ」
「ちょっと想像できないな......」
基本的に天龍に良いイメージしか持っていなかったウツギがそうこぼす。ツユクサや漣も同感だったようでイマイチ想像できないと言ったあと、球磨が第三鎮守府の天龍について喋り始める。
「あいつは本当に酷かったクマ。給料はろくに払わず自分で浪費したり、建造された生まれながらの艦娘と志願してきた元人間の艦娘って知ってるクマね?その元人間の艦娘に、自分達建造艦よりも劣等種だ!とか抜かして暴力は日常茶飯事。しかも最近はたちの悪いことにリンチした艦娘ん使って深海棲艦化実験までやってるクマ」
「えぇぇぇぇぇ!?大問題じゃないですかぁ!?」
いままで黙って話を聞いていた明石が怒鳴り声に近い驚きの声を漏らす。そんな彼女の姿を見たウツギは「深海棲艦化実験」という自身の知らない単語を明石に聞く。
「その、なんとか実験というのは何なんだ?」
「生きたままの艦娘に深海棲艦の細胞を投与して、無理矢理人体改造するっていう技術です。人道に反するって言われて禁止になった手術ですよ」
「人道に反する......?そんなことを言ったら自分のような死体を弄んで作ったリサイクル品も人道に反する存在じゃないのか?」
そう返すウツギに明石は丁寧に、ウツギ以外の周りにも向かって説明する。
「そりゃウツギちゃんたちもちょっとアレな存在かも知れないけど....でも、「工程」が全然違うんだよ。資源再利用艦の死体はちゃんと他の鎮守府の提督や姉妹艦、元が人間のなら親御さんの「許可」を貰って取り寄せたものなんだよ。臓器提供の延長線みたいな感じかな。でも実験のほうは許可もなく生きた艦娘を麻酔もなしにいじくり回すの。まぁ許可なんて取れるわけが無いよね。だってわざわざ自分の妹や娘がもがき苦しむような実験に送るわけがないし。そして、一番の違いは......」
明石が一呼吸置いて続ける。
「素材になった子が苦しむか苦しまないか。そこに尽きるかな。」
「......そうか。ありがとう明石さん、丁寧な説明でわかりやすかった」
明石の説明を聞いてシエラ隊、球磨と木曾の二人、そして深尾の表情がより一層険しくなる。そんな更に重くなった空気のなか球磨が深尾に向かって言う。
「深尾さん、頼みたいことがあるクマ」
「なんだ?」
「あいつをどうにかして僻地に飛ばしてやれないクマか?」
「やってやりたいとは思うさ。今のお前さんと明石の話を聞いたらな。でも無理だ。俺たちはまだ新参、権力もコネもなしに上に噛みつけるとは思えん」
「......そうクマか。ごめんなさいクマ、今の発言は忘れてほしいクマ」
深尾のもっともな返答に球磨が申し訳なさそうに頭を垂れる。深尾がとりあえず執務室に戻ろうと、席を立ち上がったとき、電話が鳴った。深尾が受話器を取って喋るところを八人の艦娘が見守る。数分後、通話が終わったのか深尾は受話器を戻し、球磨に背中を向けたまま言う。
「良かったな球磨。お前の願いは叶うかもしれないぞ。噂の第三鎮守府サマからの電話だった」
「クマ?」
「戦艦レ級って知ってるか?最近出た新しい深海棲艦だ。そいつの討伐部隊が第三鎮守府で結成されることが決まったらしい。そしてその部隊員は他の鎮守府から徴兵するらしいんだが、そいつと初めて交戦したって部分を買って」
「向こうがうちのウツギとアザミを名指しで指名してきた」
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深海棲艦化技術に着目し、極秘に研究を進めてきた第三横須賀。
被験者たちの生活や安全は、当然保証されない。
身体と心を蝕まれた彼女たちに救いの手を。ウツギとアザミは
血塗られたディストピアへと向かう。
次回「セレクト EX-1」 ウツギ、危険へ向かうが本能か。