対決
「こんにちは。会えると思ってたぜ。.........暁」
「...............うん!」
四回目......で、やっと先手で挨拶ができた。......くだらないな、なんだこの低レベルな達成感は。......報告をしなければ。
来るのはこれで四度目で、そろそろ、この花の咲き乱れる平原の景色を見ることに慣れたウツギが。目が覚めると、すぐ目の前に背中を向けて立っていた暁に声をかけながら、そんな事を考える。
響から受け取った帽子のつばを手で弄りながら、ウツギはにこやかな笑顔で続ける。
「仕事は果たした......約束通り」
「うん。ありがとう。似合ってるよ。その帽子。」
「ん......どうも」
短く礼を言ってから、ウツギが話題を咲いている花のことに切り替える。
「それにせよ......いいな、この場所...............」
「知っているの。この木と、この小さなお花?」
「あぁ。自分の好きなものだ。それに、相手がどう思っているか...は。花でわかる.........綺麗だ」
自分の好きな花である......草原を埋め尽くさんばかりに咲いている、皇帝ダリアの木と、
「皇帝ダリア......実物を観るのは初めてだ。.........こんなのが生えてるなんて。よっぽど感謝してくれているやつがいるらしい」
「またカッコつけちゃって。わかってるクセに......」
「貴女と長く喋っていたいから、ぼかしてるのさ」
「「死なせないさ......」」
「やめてくれ。なんだか恥ずかしい」
よくもまぁ......あんなクサい事が言えたもんだよ。自分という艦娘が。
持っていた花と暁を交互に見ながら、暁の発言で、医務室のやりとりを思い出して。気恥ずかしくなったウツギが頬を赤く染める。
「本当に......ありがとう」
「いつも励ましてくれた。だからお礼だ」
「励ますなんて......私はなにもしていないわ。できることをしただけ」
「そんな、なら、自分もやるべきことをやっただけだ......お互い様だな」
毒にも薬にもならない他愛ない雑談をし、二人が隣り合ってしゃがんで、竹のように細くて背が高いダリアの木を見上げる。
「綺麗ね」
「あぁ。...............」
心を落ち着かせる香りを漂わせる花たちを見回しながら......ただぼうっと時間がたつことを暁が楽しむなか。ウツギが口を開いてこんな事を呟く。
「でも、一つだけ。......気がかりなんだ」
「なぁに?」
「あいつを......響を残したこと。.........またぶり返さないか......」
「ふふっ......大丈夫だって。また何度でも会って励ましてあげて?」
暁の言葉はもっともだ、と思ったものの。同時に現実的ではないとも考え、ウツギが苦笑いをしながら返答する。
「無茶を言う。こっちだって暇じゃない。そうほいほいと......」
「ちがうちがう。今も会っているじゃない」
「...............?」
暁の発言の意味を図りかねたウツギが、怪しい顔になり、隣でくつろぎながら座っている少女の顔を覗き込む。
「今も会っている」......どういうことだろう。......詩的な、矛盾が含まれた言い回しだ、などとウツギが考えていると。数秒の間を挟んで、暁が答えた。
「陸地は、山があって、川があって、そして海があって......隔たれているけれど。」
「空は繋がってるでしょ?......いつでも、ね。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
と。ここで終わりか......嫌だな、どうもあの人との会話は楽しい。夢の終わりが寂しく感じる。
曇り空が外に広がっていた今日という、遠征から帰ってきて一週間が経過していた日。
起きてすぐ、自室にある机の上の花瓶に生けてある、ダリアの枝とベイビーズブレスの束を見ながら、ウツギが思う。
「......時間があるな」
仕事のスケジュールでも見ておこうか。時計の針が7時半を指しているのを見て、業務の開始は8時だと知っているウツギが、花瓶のすぐ近くに無造作に置いてあった薄汚れたノートを手に取り、適当にめくって目を通す。
特に変わったことはなく、来客もナシ......平凡な一日だ。そう考えたいたウツギが、ノートに何かが挟まっていることに気づく。
「......?手紙?」
ページの間に挟んであった、封が切ってある封筒から中身を取りだし、内容を読む。
『to ウツギ樣
先日は、有意義なお手合わせを誠にありがとうございました。
貴女方とのコミュニケーションにて、私たちが貴重な経験を授かり、実戦にて生かされることを想像いたしますと、心が躍ります。
艦娘としての完成まで精一杯努めます。また、終了後には心温まるおもてなしにあずかり、重ねてお礼を申し上げます。
思い出に残るひとときを過ごすことができ、感謝いたしております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
FROM:
「うっそだぁ」
手紙の内容を読み、熊野の性格と人となりを、表面的にでも把握していたウツギが、柄でもないことを口走る。
絶対......絶対にこれは嘘だろう。お世辞かご機嫌とりで送っただけだろうな。
手紙の送り主へ、あまりにもあんまりな評価と予測をぶっかけながら。白い作業着姿に着替えて、ウツギは部屋を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「.........なんだコレは」
「んっ......?おぅ、おはようさん、ウツギ」
「おはようございます。.........提督、この荷物は?」
朝食を摂ろうと食堂へ向かったものの、給仕係の艦娘が居らず、適当にあり合わせでサンドイッチを作り。それを持って執務室の前に来たウツギが、変な顔で、部屋の前に積まれた段ボール箱を見つめる。
何の荷物だろうと考えていると、ちょうど部屋から顔を出してきた深尾へ、ウツギが聞いてみる。
「西円寺ってやつから届いてたんだ。なんか知ってるか?」
「.....................」
ま......さ、か。なぁ。本当にやってくれるとは思わなんだ。
「西円寺」という名前に、心当たりがあるどころか、今朝見たばかりだぞとは言わず。上司へ向かって「知らないな」と流れるように口を動かしてうそぶくと、ウツギは箱を開けて中身を確認してみる。
「インテークマニホールド用の固定ボルトに、追加ラジエーター......で、これは...ハープーン用の炸薬と弾頭か」
「見事に艤装の消耗品ばかりだな。それも費用がかさみそうなのを重点的に」
「......銛の一発の値段はいくらだったか...提督わかるか」
「一発200000円だな」
おーう。そこは、流石はオジョーサマと言ったところか。......乱射しても心配なさそうな数があるな......毎日ぶっ放しても三ヶ月分ほどか?
一発一発が殺人的な値段のせいで、強力とはいってもウツギがあまり撃たないようにしていたハープーン・ガンの弾頭が、歴史ドラマでよく見る、積み上げられた弓矢のように段ボールに積めてあるのを改めて確認して。熊野......西円寺財閥の財力に、ウツギが舌を巻く。
そんな時、ウツギがぼかしたせいで、送り主の詳細を知らずに終わった深尾が、不安そうにウツギにこう言ってくる。
「だが、ウツギ......下手に使わないほうがいいんじゃないのか?」
「......?......それはどういう」
「送り主不明なんだ、爆発物でも入っていたらどうする?」
「知り......あっ............」
......嘘なんて言わなければ良かった。どうやって弁解と説明をするべきか......。
微量の冷や汗をかきながら、ウツギが箱の中を覗いた姿勢のままで思考に更ける......そんな時。廊下の奥から、誰かが走ってくる音が聞こえてくる。
誰だ? 顔をあげて横を向いたウツギの目に入ったのは、球磨の姿だった。
「ウッちゃあああァァァン!!」
「はぁ、ハァ、や、やっと見付けたクマァ!」
「朝っぱらから元気だな。どうしたんだいったい?」
顔中を汗でぐちゃぐちゃにして、息があがっている球磨へ、ウツギが言う。
球磨の口から出た言葉は、深尾とウツギの予想もしなかったものだった。
「いいかクマ、二人ともよぉく聞いとくクマ.........」
「若葉が、漣を人質にして脱走したクマ」
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若葉という艦娘を考えてみる。
性格は?気狂い?臆病?勇敢?友達思い?
前世は深海棲艦、現在は艦娘。その心の有り様は?
考え付くもの全てが彼女であり、違うとも言える。
最終回 「昇る朝日」。 狂って、狂って。フザけた場所でまた会いましょう。