「.........どこだ。ここは」
寒い。体の芯まで凍るみたいだ。.........雪が積もった......平原だろうか?
目を覚ますと、一面の雪景色が広がる場所に自分が横たわっていた事を確認してから。ウツギはゆっくりと立ち上がる。吐く息は白くなり、じんわりと体に染み込むような寒い空気漂う雪原に体を震わせながら、じっとしていても仕方がないと考えたウツギが適当に歩き回ってみる。
「...............」
どこを見ても雪、雪、雪......たまに枯れて横たわった樹があるだけ。数キロ先が白くなっていて見えない、永遠に続いているような気がしてならない地平線めがけ、ただウツギは無心で歩く。
「あっ.........」
突然、膝まで積もった雪に足をとられてウツギが前のめりに転んでしまう。頬や首筋に入って肌に触れた雪が、自分の体温を奪っていく感触をただ受け入れる。
「......冷たい」
雪の上に横たわったまま、なんとなく目を瞑ってみる。
.........あれ?
目を閉じて数分後。だんだんと寒さが和らぎ、寒いとも暑いとも言えない温度に周囲の気温が変化したのを感じ、ウツギが目を開いて体を起こす。見渡す限りの雪原が、青々と草が繁る草原に変わっていた。
「これは......」
「おはよう。」
「......おはよう.........」
毎度の如く、自分の背後から声をかけてきた少女へ、ウツギは立ち上がり体の向きを変えながら返事をする。
「......驚かないの?」
「驚いたほうが良かったか?」
「ううん。そういうわけじゃないわ。ただ、平気なんだなぁって。」
「知っている筈だ。......死体は見慣れてる。無惨なのも、綺麗なのも......ね」
振り向いた先に居た女......
上半身の左半分が何かに抉られたように欠損した......断面から近い部分の服が赤く滲み、傷から血が滴っている暁へ。ウツギは努めて真顔で会話をするように注意する。
「そうか。そういう訳だったのか......響が貴女と自分を重ねるわけだ」
「っと、言うと?」
「それが、死んだときの姿なんでしょう。今日の自分と同じ、「左腕を失って」死んだ。......違うか?」
「当たりよ。響を庇って......こうやって。私は死んだの」
「そうか」。一言、暁の返事にそう投げて。ウツギは、次はどう切り出せばいいかと、解らなくなってしまい、結果数分の沈黙が訪れる。
先に口を開いたのは暁だった。
「ねぇ。」
「どうした」
「少し、目を閉じていてくれない?」
「......承知した」
見るからに痛々しい姿の、それでいて、痛みを感じていないのか、怪我の割には不自然なほど平然としている暁の言葉を素直に聞き入れ、ウツギは瞼を閉じる。
「...............」
「もういいわ」
「...............ッ」
「どう?」
美しい。自動的に口からそんな言葉が飛び出す。
白い景色、一面が緑色。そう、どこか殺風景だった二つの景色と違って、今度は、よく手入れが行き届き、様々な色合いの花が咲き乱れる大きな花畑へと周囲が変化していた。少し遠くを見れば大きな柳の樹が生え、また暁も五体満足の姿に戻っている。
「初めからその姿で出なかったのは......何か理由が」
「驚かせたかったの」
「............」
「嘘よ。もうっ、冗談が通じないんだから」
拳を軽く握って、可愛らしい動作で怒っている事を表現する暁を流し。以前彼女からこの場所で咲く花の法則について聞いたウツギが、しゃがみこんで、規則的に地面に植えられた花を観察する。
二色のゼラニウム、三色のガーベラ、マーガレット。マリーゴールド、ワスレナグサ。大きく見て五種類の花がこの場所を占めていることが解ったウツギが、暁に言う。
「随分と相反する感情を抱いているヤツが居るみたいだ」
「もうわかってるんでしょ?」
「......響だ。そうに違いない」
ゼラニウム、ガーベラ、マーガレット。この三種に共通する花言葉は「信頼」や「親しみ」。そしてマリーゴールドとワスレナグサは「見放された」、「絶望」。だが.........。
「そう。残り二つは私が原因。私のせいで。」
マイナスの花言葉を持つ二種類は、暁絡みが原因だろう。そう言いかけたウツギに先回りして、暁が言ってくる。
「また、問題を吹っ掛けられたものだ」
「お願いがあるの。聞いてく」
「当たり前だ」
自分の心を読まれた仕返しとばかりに、ウツギが食い気味に、声を張りながら即答する。
「いつも世話になってる身だ。引き受けるさ」
「......響を......助けてあげて。良くはなってるみたいだけど。あんな、自殺しに行きそうな雰囲気のあの子は見ていられないから」
「.........」
「本当はね。私がやりたいけど。もう、出来ないから.........」
少しウツギが目を離した隙に。また暁の姿が、左手を無くした物へと戻っていた。
地面を少しずつ自らが垂れ流す血で染めていく、そんな見るも無惨な姿の彼女へ。ウツギは嫌悪感など微塵も感じさせない笑顔でピースサインをしながら。
こう、言い放つ。
「任せろ」
「姉として。妹は守る」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「............ん」
ここは......そうか、車の中だ。確か今日は......。
「で~......どこに行きますゥ?シャチョさん?」
「ラーメン食いに行きてえッス!!」
「いいねぇ、なまら旨いとこ知ってるから行ったげる!」
「マジッスか!?」
耐久鬼ごっこ訓練の次の日。事故の埋め合わせとしてアロハの提督から急遽充てられた、異例の「遠征中の休暇」になったこの日は、シエラ隊は漣が運転するミニバンで遠出することになっていた。提案したのは勿論イベントと遊びが好きな漣とツユクサだ。
初めにこの話を聞いて漣に突っ込むと、運転免許は艦娘になるときに取得したと聞き、また、負傷で訓練にも参加できず暇だったことから、特にこの外出を嫌と思わず乗り気だったウツギが、隣に座っていた天龍と世間話をする。
「まさか休暇になってしまうなんてな」
「しかも俺ら全員と来たもんだ。いい性格してやがるぜ、あの城島って人は」
「車まで貸してくれたッスからね」
「見た目は変だがな」
「それ......自分達モ......」
「確かに」
たまには......良いかもな。こうやって、馬鹿みたいな内容の無い話をするのも。
何かと気を張り詰める事が多く、それが重荷になっていたウツギが。他愛ないやり取りを仲間同士やりながら、そんな事を考えてゆったりと車のシートに腰掛ける。
「にしても、よく付いてきたな。お前さん.........てっきり休日返上して演習に突っ込んでいくかと思ってたわ」
「あの女の目の届く場所にいるとムカムカする」
天龍が自分の後ろに座っていた、RDの膝に頭を乗せてシートに横になっていた若葉へと声を掛けると、そんな返事が返ってくる。「あの女」が誰を指しているか何となく解っていたが、ウツギが一応聞いておく。
「熊野か?」
「そいつだ」
「へぇ、気にしてないかと思ったわ」
「理解不能だ。なんでアレは勝てないとわかったヤツに、しかも無策で突っ掛かってくるんだ」
「若葉もたまには普通っぽいこと言うんスね」
「うふふ......意外か?」
「あ、戻った」
喧嘩腰で話してくることばかりだった熊野へ、至極もっともな評論を下す若葉に意外そうにツユクサが言った途端に、すぐにまたいつもの調子に戻ったので漣がそう溢す。
「......あ、もうちょいで着くよ~」
「楽しみッス」
「......人間の食文化......期待できるだろうか...」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あぁ~♪美人って言われたッス♪」
「お前、黙ってれば綺麗だもんな」
「へへっ、照れるッス♪」
「あんま誉めてねぇけどな......」
漣おすすめの店での外食の後は大型のショッピングモールで買い物。最後にゲームセンターと回り、外はすっかり暗くなっていた。
前のポクタル島での買い物と同じく、大量に漣とツユクサが買い込んだ荷物が満載された車に乗り込みながら。ここ一週間で気になったことをウツギが呟く。
「いつも思うが......どうして北海道は夜でも明るいんだ」
「お、気になる?」
艦娘として配属される前は地元民だったという漣が車を発進させると同時にニタつきながらうんちくを語る。
「雪があるから水蒸気が空気に沢山舞ってるんだよね。んで、だからそれが月明かりと乱反射して空が明るく見えるっつーわけよ!」
「へぇ~......お前の口から頭良さそうな言葉が出てくるなんてな」
「これでもアッシはガッコの首席でして......」
漣の口から漏れ出た発言にウツギと天龍が「はぁ!?」と切り返す。いつもツユクサと馬鹿をやらかす彼女が、そんな経歴の訳がないだろうと思ったのだ。
「いやぁさ、いっつも居眠りしちまってね?挽回するためにガリ勉してたらテストで満点ばっか取っちゃって......」
「寝言は寝て言エ」
「いや本当だし!.........うし、ならあっちゃん達をスゴいとこつれてっちゃるよん!!」
アザミの毒を受けて、何かに火がついた漣がアクセルを踏む力を強め、車が少しずつ加速していく。
窓の景色から、段々と明かりも無い道に自分達が進んで行っていることを理解した天龍が、不安そうに運転手に質問する。
「なぁ、オイ。山みたいなトコに入ってるけど」
「それが?」
「どこ行く気だよ?」
「ふっふっふ......それは着いてからのお楽しみ.........」
言っている間にも車は進み、どんどん周りの景色は雪壁と木だけになっていく。数分後、予告もなしに漣が車を停車させ、全員に車から降りるように勧める。
「何だ。何が?」
「............」
「みんな準備おっけー?」
「だから何が」
「ちょっと上観てみて」
意図は解らなかったが、全員が言われた通りに空を見上げる。
周囲が暗く、空気の清んだ山の中でしか観られない満天の星空が広がっていた。
天体観測の趣味などは持ち合わせていなかったが、ウツギも含めた全員が、セピア色の明るい夜空に散らばったきらびやかな星達に心を奪われる。
「......漣。ごめン......」
「いいよいいよ別に。気にしてないから♪」
「すっげー.........」
「綺麗だ」
こんな場所があるんだな。心中で素直に漣に感謝をしながら、ウツギが夜空をじっと見つめる。
「............」
「どうした」
隣で星を観ていたRDが泣いているのを見た若葉が、不思議に思ってそう投げ掛ける。
「星空とは......ここまで心を打つものか」
「.........くっ......ふふふ♪」
「何がおかしい」
「存外ロマンチストなんだな、とね......うふフ♪」
「茶化すな。艦娘」
......こいつらも、随分丸くなったな。時間が成せる技なのか、それとも......景色のせいなのか。
二人の微笑ましいやり取りを見てウツギがそう思う。
最後に良いものが観れた。楽しい一日だったな。運転手に感謝だ。今日の出来事を思い返しながら、ウツギ達は車に乗り帰路に就いた。
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休暇という与えられた時間の中で
ウツギは響との交流について思案を巡らせる。
そんなとき。戦艦水鬼の残党が襲来。
泊地に緊張が走る。
次回「氷城」。 ただ一度の人生、悔いのない旅を。
九時~十時に投下します。