資源再利用艦隊 フィフス・シエラ   作:オラクルMk-II

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主人公補正の掛け方って難しい......


ガラクタの意地

 

 

 

 っ.........所々氷が張っているな。滑りづらい......なんなんだここは......。

 耐久勝負の開始から20秒ほど。綺麗に整備されたコンクリート製の壁が続いている浅く水が張った回廊を、時折現れる分岐に入ったり入らなかったりすると同時に、水路内が薄暗いせいで水と見分けがつかない氷で足をとられないようにと神経を研ぎ澄ませながらウツギが滑っていく。

 

「っ...と......」

 

 後ろはまだ追い付いてきてないな。......とにかく今は勝負は無視して、この場所に慣れることに集中するか。

 駆逐艦の取り柄である高速移動が制限される、曲がり角が連続しカーブの出口の水が凍っている場所を、時折後方を確認しながら。流石に六秒も貰ったハンデで大きく相手が遅れていることを悟ったウツギが、前を向いて進むことだけに全ての意識を集中させる。

 

 数分後。最後まで逃げ切ったウツギの元に、数秒遅れて響が到着。役割を入れ換えて二本目が始まる。

 

「二本目、始めるよ。じゃあお先。」

 

「............」

 

 響の発言にウツギが無言で頷き、それを見た彼女が身を翻してウツギから逃げるためにもと来た道に消えていく。

 無機質なブザーの音が二回鳴り、そのあとにやってくる訓練監督の艦娘の「GO!」という声を聞いてから、鬼役のウツギが発進。響が水面に付けていった航跡を辿って追い掛けていくと、程なくして彼女の姿をウツギが捉える......が、ウツギは砲を撃つどころか構えすらしなかった。

 

(まだ撃ったら駄目だ。慣れるまで無駄弾は撃てない。あと二回ほど周回してからが勝負だ.........)

 

(それに......無理だとは思うが)

 

(やるからには「勝ち」たいしな。)

 

 冷静に、相手の動きを観察しながらウツギがハイペースで逃げていく響を追う。

 

 

 

 自分の背後から聞こえてくる、ウツギの艤装の音が付かず離れずに追従してくることを察知した響が、後ろを振り返らずに思考に更ける。このとき、既に彼女は、なんでウツギがまだ砲を撃ってこないのかの理由の検討がついていた。

 

(なるほど。下手に撃ってくるよりも、ここのやり方を勉強しているのか。......久し振りに長い戦いになりそうだな)

 

 行動の意味をほとんど予測されていることなどは勿論知らず......解っていてもそうしただろうが、ウツギは尚もただただ先をいく響を追い掛けることに意識を向ける。

 

(この迷路は中心部に近付けば近付くほど路地とブラインドコーナーが増えて、そこは駆逐艦なら艤装の限界速度の半分も出せない......)

 

(そんな場所で鬼を撒くには、ただひたすらここに馴れて無駄な動きと減速の回数を減らし、出来る限り加速に移るタイミングを早めるだけ)

 

 そこに気付いているのかいないのかは知らないけど。早めに適応しようとするなんて最適解を導きだして実践している......。なるほど、確かに実戦を沢山潜り抜けた強者だねこれは。

 大抵は逃げ切って立場が入れ替わった途端に、早く決着をつけようと自分を狙い撃ちしてくる艦娘が多いことを、今まで教官をやってきた経験で知っていた響がそう考える。

 

(にしても)

 

 問題の水路中心部の中低速セクションに差し掛かったとき。一瞬だけ後ろを向いてウツギの顔を見たあとに、響がこんなことを思った。

 

(よく付いてこられるね。この人......)

 

(砲の狙いを定めて、撃った反動で減速する一連の動作をかなぐり捨てて無駄がないとは言え......もう普段なら振り切っているところなんだけどな)

 

 時折後ろから聴こえてくる、服が擦れる音や金属が削れるような物音から、壁に体を擦り付けながら必死に自分を追い掛けてくるウツギを響が想像する。

 

 

『第二ラウンド、開始します!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

『全隔壁の閉鎖を確認しました。これより閉鎖された隔壁を開放します』

 

「ふぅ.........十一本目、行くぞ」

 

「うん」

 

 

 

「すげーッス。ウツギのやつ......」

 

「もう十本ねぇ......」

 

 場所は変わって最初に二人がスタートした、待機中の艦娘達がこの訓練の観戦をしている水路の入り口付近。もう耐久勝負の開始から三十分近くの時間が経ち、全てのルートの隔壁が閉鎖されるほど周回してもなお、まだ決着が着かなかったことに。ツユクサや漣が驚いていた。

 

「これ勝負つくのかな?」

 

「そりゃつくだろ。あんなグネグネ道を行って帰って、しかも同じ道は通れなくなるからそれもしっかり覚えておかないといけない......よく集中力が続くもんだ」

 

「..................」

 

 水路の中のいくつかの箇所に設置された定点カメラから、持っていたスマートフォンに送られてくる、体のあちこちの致命傷判定にならない場所を塗料で汚したウツギを響が追い回している映像を見ながら、天龍が言う。

 

 

『............十二本目ね』

 

『ハァ、ハァ............応......!』

 

「おー、ウッチーまた逃げ切った」

 

「勝てるんじゃね!?これ!?」

 

「............どうかナ」

 

 この場所をよく知っている相手に善戦する友人の姿を見てはしゃぐ漣とツユクサを、アザミが心配そうに見ながらそう溢す。「どゆこと?」と聞いてきた二人へ、アザミはこう説明した。

 

「ウツギ......疲れてル.........」

 

「?そりゃそうッスよ」

 

「馬鹿か。相手を見ろよ......ふふ......」

 

「相手......ヴぇ...ヴェル......なんとか?」

 

「そウ」

 

 アザミと若葉が言っていたことをよく覚えておきながら、三人がカメラ映像を眺める。そして何分か経ってから先程のウツギと同じように、逃げ切った響が自分達の前に到着し、遅れてウツギがやって来る。

 

『第七ラウンド!』

 

「ハァーーッ、.........十三!」

 

「............」

 

 

「あ~、成る程......ッス」

 

「解ったかな?」

 

「息が乱れてないなアイツ......」

 

 息が上がっているウツギの言葉に何も言わずに、彼女が行ってから二秒後に追跡を開始した、ウツギとは対照的に周回を重ねても平然としていた響を見て、ツユクサと天龍が相づちを打ちながら呟く。

 

「あいつはねぇ......弱くはない。が、いかんせん体力があるわけでもない......」

 

「そうっスね。突っ込むのはアタシらッスから」

 

「それに加えて地元のアドバンテージか......」

 

 「勝てるのかな。ウツギのやつ」。何となく不安に思いながら、天龍が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 被弾した部分は......左肩と右足の脛、あと背中のどこか......一枚だけでも盾は持ってきた方が良かったかも。あと三発ほど直撃すればこっちの負けか。

 十三本目の水道往復。速度がのる薄暗い直線区間を、ウツギは回避行動代わりに体をふらふらさせながら滑っていき、相手の攻撃にひやりとしながら、事前に「頭に一発か胴部に四発以上で轟沈判定にする」と聞いていたため自分の体のどこに塗料が付着しているのかを確認する。

 

(来たか......ここが一番の泣き所だ......)

 

 簡単に振り切れれば楽なんだがな......。水路中心部に差し掛かり、額の汗を拭ってから路地にウツギが入る。次々と現れる曲がり角を、この水路の往復に慣れていくうちに考えた「わざと体の一部を壁のヘリに引っ掛けて体の向きを変える」という荒業で出来るだけ減速せずに曲がっていく。この行動が祟ってウツギの服の袖はボロボロになり、肩には青アザが出来ていたが、そんな事を気にしている場合ではない。

 

(十一で真ん中を通った......帰りは左だから、右は塞がっている。から、左が正解か)

 

 集中力が無くなってきている。次に決められなかったら負ける。腹をくくるしかないか。

 背後からペイント弾が飛んでくる中、十字路を左に曲がりながらウツギが考え事をする。しかし

 

 

その先は隔壁が降りて道が塞がっていた。

 

 

 ッ!!マズい!!

 

「しまッ......!?」

 

「終わりだよ」

 

 七メートル......砲撃戦なら目と鼻の先ほどの距離までウツギが響に距離を詰められ、そんな言葉をかけられる。が......

 

「......まだッ」

 

――負けてない――

 

 ウツギは減速するどころか逆に壁に向かって加速すると、滑り込むように背中から水面に倒れ込む。そして壁に足が付くと、それを全力で蹴った反動で後方へ進む。

 すぐ後ろにいた響が、突然のウツギの奇行を予測できなかったため、砲弾を外してしまい、それが壁に当たったのを見計らってウツギも壁に向かって砲撃を行う。煙幕ならぬ「塗料幕」で視界が遮られた響のすぐ横を滑り抜けて、ウツギが正解のルート目掛けて全速力で彼女から逃げる。

 

 

 

『GO!』

 

「ッ............」

 

 咄嗟の機転で窮地を切り抜け、そのままなんとかウツギがゴールまで逃げ切り、十四本目の往復運動が始まる。止めどなく自分の額から滴り落ちる汗に顔をしかめながら、ウツギが艤装の出力を上げながら響を追い掛ける。

 

(疲れているのは自分だけじゃない。......動きが怪しくなってるな......そろそろ仕掛けるか)

 

 表面上では平静としていたものの、明らかにフラついている相手を見て。未だに十発程しか撃っておらず、乱射しても大丈夫なほどに弾が温存された砲を響に向けてウツギは引き金を引く。

 

(......来たね。やっぱり疲れてる事が見抜かれてる)

 

 それにここまで長引くなんて。でもそう簡単には負けない......こっちだって地元でやってて教官なんて肩書きだってあるんだ。

 後方から三発ずつ発射されてくる砲弾を、疲労が蓄積した体に鞭を打って勘で回避しながら、響が路地に滑り込む。追従するウツギは逃げるときと同じく体を壁に擦って曲がりながら、数を撃てば当たるとばかりに砲を乱射する。

 

(落ち着け。チャンスは必ずやってくる。よく狙ってから引き金を......)

 

 撃った砲弾がことごとく屈伸運動などで避けられ、二発ほどしかまともに当たらなかったために一旦ウツギが連射をやめる。

 最初と最後......それぞれに長い直線がある。そこで勝負を仕掛けるんだ。そう思ってウツギが響の追跡に専念しようとした時。

 

(射撃を止めた......ストレートで決めようって魂胆かな)

 

(っと......この先は......右が正解のはず。さっきみたいなミスは私にはな――)

 

 響が記憶を便りに考えながら道を曲がると、金属が何かにぶつかる音と同時に前を向いた視点が水面に向かう。

 

(何が)

 

 何が起こったんだ。

 集中力が切れた一瞬、水面に貼っていた氷に足を取られた事など、疲れきった脳味噌で解るわけもなく、響が転倒しながら水面を滑っていく。

 今しかない。ウツギが響に砲を向ける。そして予測射撃のために目線を響の少し先に向けると

 

 

 職員のミスか。通過していない道の隔壁が響に向かって降りていくのが見えた。

 

 

「危ない!!」

 

「え?」

 

 

 咄嗟の判断でウツギが響を体当たりで突き飛ばす。ずっと俯いていた響は、また自分が何をされたのか把握できず、されるがままに回廊の道を転がっていく。

 

「大丈夫?」

 

「っ......あぁ。ありがとう」

 

 壁が降りてきてたのか。

 水面から立ち上がり、状況が解った響がウツギに言う。そして自然と動いた目に映ったのは

 

 降りてきた隔壁で左腕が切断された、自分の命の恩人だった。

 

 

「っ!!??」

 

「驚いているより早く手当てしてもらえると嬉しい」

 

「ご、ごめん」

 

 引き分け、か。......こんどは左か。

 動揺して震える声で、携帯電話を操作して仲間と連絡を取る響を見て、ウツギは千切れた腕などそっちのけで、勝負についてそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

前も似たような事があった。

そう、ウツギに姉を重ねる響が語る。

自分を構成する暁という女。

懐かしそうに話す響を、ウツギはどう思う。

 

 次回「姉の面影」。 私になんでも教えてくれた貴女は、消えぬシルエット。

 




エイプリルフールなのにネタを提供できなかった!(白目

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