午後四時。自分達がいた場所ではまだ夕方の時間だというのに、既に辺りが真っ暗になっていることに少し衝撃を受けながら。シエラ隊の六人は、午後の訓練と称された除雪作業に従事していた。
真っ暗、といっても、除雪車や外灯の光を雪が反射してぼんやりと明るい泊地の道をスコップ片手に歩きながら、ツユクサが口を開く。
「壮観ッスね~」
「だな」
五台の重機がやかましい音をたてながら氷と雪を粉砕して運んでいく、異国の地にでも来たのかというような光景を目の前に、ツユクサが溜め息をつく。
その、ツユクサと一緒になって、除雪車が作業をしているのを眺めていたウツギに。天龍が尋ねてくる。
「......ひとついい?」
「どうした天龍」
前で大きな駆動音を響かせ、巨大なフォグランプで道を照らしながら悠々と走り去っていく、トラクター型の車体に大型のブレードが取り付けられた形状のブルドーザー除雪車を見ながら。天龍が眼帯を外した顔をウツギに向けながら言う。
「漣があんなの運転できるとか聞いてねぇぞ......」
「......実家に居たときに乗せられてたらしい。こっちじゃ出来てトーゼンって」
「さらっととんでもねぇ......無免許運転が当たり前ってか?」
「私有地だから関係ないって話らしいッスよ」
「それもそれで問題があるような......」。プラスチック製の除雪スコップで、漣が乗ったブルドーザーが取りこぼしていった雪を雪壁に寄せながら天龍が言う。
しかし......たかが雪を退かすだけと侮っていた。結構体力仕事だなこれは......。
除雪作業を初めてからもう五時間ほど。外気で体温が奪われていくのかと思いきや、水気を含んで重たい雪を運ぶ肉体労働で逆に汗だくになりながら、ウツギがそんな事を考える。
「う~む......お前さんの艤装でこいつを押し出せないのか?」
「やってやろうか?......道路がズタズタになってもいいなら」
「絶対NGだろそれ、大目玉食らうぞ」
アルミ製のスコップでアイスバーンを叩き割りながら、面倒そうな顔で、これを艤装で抉って取れないだろうか等と若葉が、(参加者でもないのにただ飯食らうのは駄目だろうと勝手に雪掻きの手伝いをしていた)RDと相談をしていた時。
「ア゙ア゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁぁ!?」
「なんだ?」
「ん......?ぶっw、さっちゃんw!」
いきなり左方向から聞こえてきた叫び声の方向に六人が顔を向ける。そこには、一台の除雪車に追いかけ回されている艦娘が居た。例の熊野と、追い込んでいるのは漣の運転していた車だ。
わざわざドアを開けて熊野の顔を見ながら、そこはかとなく腹が立つ表情を浮かべながら巧みにレバーを操作して車を動かす漣を見て、ツユクサが声をあげて笑う。
「アー、アー、止まれねぇー避けてー」
「ぎゃああぁ!?あっ、貴女どこを見て運転してるんですのぉぉぉ!!」
「メンゴメンゴ」
「とおぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!??」
.........いい気味だな。運動にもなるだろうし。あと五分ほど放っておくか。
いつもなら止める立場のウツギが、流石に朝の仕打ちに腹をたてていたためにそんなことを考えながら。青ざめた顔で走り回る、除雪車に引かれかけている熊野を仲間と一緒になって笑顔で眺めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「訓練終了。お疲れ様。各自、自分の部屋で待機。ご飯の時間まで自由時間だよ。じゃ、解散」
「で、どうする」
「風呂行こうぜ。汗かいちま」
「そこの貴女!!」
また来た。無視だ無視。
除雪任務が終わり、泊地の建物入り口のホールで簡単なミーティングと連絡が終わって、七人がこれからどうしたものかと相談していた時。顔を真っ赤にした、いかにも怒り心頭といった様子の熊野がどすどす歩きながら声をかけてきたので、ウツギが無視して漣と会話をする。
「浴場はどこだったか」
「あっちじゃなかったっけ」
「ちょっと」
「腹へったッス」
「あと一時間ぐらい待てるだろ」
「ちょっと!」
「くくく......早く実戦訓練がしたいものだよ.........ウふフ...♪」
「ちょっとぉぉ!!聞いてるんですの!?あ・な・た・たちに言ってるんですのぉぉぉ!!」
ウツギが視線で訴えたのを感じとり、シエラ隊の全員が熊野を居ないものとして無視をしていたが、道を塞ぐように熊野の仲間が現れ、流石にだんまりを決め込むだけにはいかない状況になる。
「なんです?鳩時計みたいにピーヒャラと」
「はとっ...!?......は、初めてですわ......私をここまでコケにする方たちはッ......!!」
「はぁ......すいませんでッ!?」
ウツギにとって、熊野という人間と話すことがストレスになりつつあったので、皮肉たっぷりに相手を罵倒してから謝ったところ、ウツギへ向かって熊野の部隊の戦艦の艦娘が横から殴りかかってきたのを、咄嗟に左手で顔を庇いながら状態を倒してお辞儀の姿勢をとってかわす。
危なかった。と思いながら。ふと、ウツギが目を左に動かすと若葉の顔が視界に入る。「あっ......」。ウツギの口からそんな言葉が漏れる。というのも
目線に入った若葉の顔が、ずっと欲しかったオモチャをやっと親に買い与えて貰った子供のような満面の笑顔になっていたのだ。
............。御愁傷様。
自分達に因縁をつけてきた誰かさん達へ、ウツギはそんな言葉を心の中で掛けた。
屈託のない、外見相応の少女らしい笑顔の若葉は、ウツギをぶん殴ろうとした戦艦の艦娘の腕を掴むと
「貴様......何をっ...!?」
それを得意の馬鹿力で引っ張って相手の体勢を崩して、「えい♪」と一声あげてからその女の顎に拳を叩き込む。
「んびゃっ」と間抜けな声を出して、戦艦の艦娘はこれまた白目を剥いて間抜けな顔で背中から床に倒れ、ぴくりとも動かなくなる。
そこからは早かった。
戦艦の艦娘......「長門」と言うらしいそいつが呆気なくやられたことに仰天していた他の艦娘も気を取り直して、熊野を除いた四人が一斉に若葉に躍りかかる......前に、それぞれがアザミ、ツユクサ、漣、天龍に足を引っ掛けられてみっともなくすっ転び、互いに頭をぶつけて、突然の痛みに頭を抱える。
「イッ......ち、ちくしょう!!」
「あ゙?まだやんのか?」
額を押さえながら、八つ当たりぎみに空母の艦娘がツユクサに回し蹴りをやろうとしてくるが、
「残念ッスけど」
「アタシは喧嘩は慣れてんだよォ!!」
難なくこれを受け身を取っていなすと、今度は若葉がやったように相手の足を引っ掴んで地面に仰向けに叩きつける。片足立ちですぐにバランスを崩した空母の艦娘は、可愛そうなことに、ツユクサに腕を捻られて悲鳴をあげる。
「いっ、痛い痛い痛い痛い!!」
「どうだ!」
「離してよっ...んもぅっ!!」
「逃がさン」
「...!............。」
......。まさかアザミまで乗り気だったとは......これは不味いな。ツユクサと同じように、襲い掛かってきた相手を、護身術の手本でも見せるような流れで袈裟固めに持っていって拘束したアザミや、拘束どころか若葉と同じく相手を気絶させた漣、ニコニコしながら捕まえた相手が泡を吹いている天龍を見て。「暴漢」を手際よく取り抑える一連の動作にどういうわけか「おぉ......」と歓声と拍手を掛けてくる艦娘たちにウツギが頭を抱える。元はと言えば熊野が全ての原因だったがそんなことはもう頭になかった。
「これ、何の騒ぎだい?」
.........どう言い訳しよう。困った。
周りで一部始終を見ていた他の艦娘たちを掻き分けて騒ぎを見に来た響へ。内心助けを求めるウツギだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
着々と溝が深まるウツギ達と熊野達。
しかし時間は気にせず進んで時刻は翌日。
一風変わった戦闘演習にて、どういう巡り合わせなのか。
ウツギと響のドッグファイトが開始される。
次回「ビエールイアフターイメージ」。 白い残像が尾を引く。
ギャグ回。