「艦娘」
「どうかしたか」
「少し話し相手になってくれ」
「.........解った」
流石に冷えてきたな。ちょうどそう思ったとき、呼び掛けられたウツギは隣に座っていたRDの方を向く。
艤装から生えている二つの腕に日章旗と大漁旗、残った海軍の旗が適当にガムテープで固定されている怪物の上に乗っていたRDの隣に、今ウツギは居た。
どうしてそんな場所に居るのかと問われれば、数時間ほど前に艦娘から艦載機による爆撃を受けそうになり、ウツギと天龍が青い顔になりながら二人で発煙筒を焚いて事なきを得たという事態が発生したので、ウツギが「識別用に旗を持たせてはいるが、万一他の艦娘と会ったときに敵と間違われても困らないようにしよう」と提案し、今実践していたためだ。
「ウツギ、とか言ったな」
「そうだ」
「......この戦争。いつ終わると思う」
また重い質問が来たな。そう思いながらウツギが答える。
「......答えかねる。...自分かお前が生きているうちに終われば良いほう...じゃないか?」
「..................」
「......アンタの納得の行く答えを、私は出せないと思うぞ」
「いや、良いんだ。悪かった......」
RDがどことなく影のある笑顔を見せてそう言ったあと、また二人の間に沈黙が訪れる。
――そう言えば。――
何かを思い出したウツギが隣で目を瞑っている女に聞いてみる。
「どうして艦娘のほうに寝返ったんだ。相手は元は味方だろう」
三ヶ月ほど前に若葉に似たような質問をしたときをぼんやりと思い出しながらウツギが言う。少し間を置いてからRDの口から返事が返ってくる。
「そうか。お前には言っていなかった.........裏切られたんだ」
「.........」
「あの御か......戦艦水鬼から、「人間は私たち深海棲艦を殺すことを娯楽として楽しむ種族だ、生かしてはいけない」と扇動されてそそのかされて今まで生きてきた」
「だが違った」
「......そうだ。その言葉を鵜呑みにして、自分達は「積極的防衛」を掲げて今まで人間に攻撃を仕掛けた。いや違うな......「仕掛けてきた」」
「笑える話だ。侵略者は自分達のほうだったのだから」。力なく、かつ自虐を多分に込めた発言と共に、RDが俯いてその顔に影がかかる。
「もう少しで」
「終わると思うんだ」
RDが言う。曰く、彼女が掛け橋となって続々と武力行使をやめている深海棲艦達が増えているのだと言う。その発言に疑問を持ったウツギは「そんな簡単に話が付くものなのか」、と聞いてみる。
「簡単に、か。簡単だったかな......深海も人間側もどれだけの血がこの海に流れたか......」
「話を聞くぶんにはトントン拍子で和平に進んでいるように感じるが」
「......皆、実は疲れていたのだろう。たった一人......もしかしたらまだ協力者が居たのかも知れないが......「弱いものいじめが出来る生活を、より長く続けるため」等と言う自己満足極まりない理由で何十年も続いた戦争だ。いい加減さっさと終わらせたくなっても何らおかしいことではない」
「戦争なんてそういうものだろう。上に立つ人間のふとした行動や理念で簡単に勃発する。末端の兵士には真実は何も伝わらない」
「......そうか。......有り難う。有意義な時間が過ごせた」
「交代の時間だろう。中で暖を取ると良い」。RDにそう言われたウツギが腕時計を見ると、自分がこの場所に居るようになってからちょうど二時間が経過していた。
......戦争が終わる、か。その時は何をやって食っていこうか。そんな事を考えながらウツギは怪物の口の中に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかし......一体どういう構造になっているんだここは。
中は広々として大きなソファが向い合わせで二つ並び、どういうわけか中に電気が通っているらしく暑すぎない程度に暖房が入り、冷蔵庫やテレビといった家電製品まで置いてある装甲空母姫の艤装の中に、ウツギがそんな感想を持つ。
「いくらこれが大きいといっても外からはここまで広いように見えないが」
「細かいこと気にしたらだめでゴザルよ?」
「......そうかな」
「そそ。くつろげるときは限界までダラダラと......」
(妙な喋り口調なのは無視するか......)言っていることは正しいとは思うが......いくらなんでもその体勢はどうなんだ。
ソファに横になってテレビに釘付けになりながらこちらを見ようともせずにそう言ってきた漣に、少しウツギが困惑する。が、すぐにいつもの通りの無表情になって読書でもしようかとコートのポケットから小説を出してページを開く。
どこまで読んだか、と栞を挟んだ場所を探していたとき。椅子の背もたれに両肘を引っかけ、足を組んでふんぞり返っていたツユクサが声をかけてくる。
「何読んでるッスか」
「推理小説だ。東之敬語って知ってるか」
「聞いたことあるような無いような............他に持ってる?」
「あと一冊なら」
「貸して」、と言われたので特に嫌な顔もせずにウツギがツユクサにもう一冊の文庫本を「汚すなよ」と言ってから渡す。
「起きろよ~。もうすぐ着くらしいぜ」
「ん......解った」
何時の間に。自分は寝てたのか......駄目だな、書類仕事ばかりだったとはいえ殆んど寝ていないのが原因か。
天龍に声をかけられ、目元を軽く擦りながら軽く欠伸をしてウツギがソファから立ち上がり、自分が入ってきた入り口の黒いカーテン......外気を遮断する役割があると思われるこれを掻き分けて外を見てみる。
瞬間、凄まじい寒気が彼女の肌に突き刺さる。が、ウツギはそれ以上に、目線の先に広がっていた、既に時刻は夜で暗いはずの海が、陸地の雪が反射した電灯の灯りでぼんやりと幻想的に光っている景色に目を奪われていた。
............綺麗だな。
ほどほどに離れた場所にある、雪が積もり真っ白に染められた大地を見て。ウツギは単純にそう思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ようこそ第二
「第五横須賀鎮守府から参りました。第一艦隊で旗艦を務めています、ウツギと申します。二週間、よろしくお願いします」
似ているな。暁に。上陸してすぐにこいつだと解った......。
目の前に居る、綺麗な銀髪に白い帽子と白いジャンパーという出で立ちで、RD程ではないにせよ「真っ白」な女と挨拶と握手をしながら、ウツギが抱いた感想だ。
「いや、でも凄いね。結構長くここにいるけど姫級の艤装で来たのは君たちぐらいかな?」
「......経費削減の為でして...」
「出過ぎた真似でしたか。申し訳無い」
「いや別に良いんだ。......今日はもう遅いし、明日も早いから休むといい」
しまった、やはり悪目立ちすぎたか。とВерныйの周りの艦娘たちが自分達を奇異の目で見ていることを感じてウツギが即席で言い訳をし、シエラ隊を運んできたRDも謝罪をするが、Верныйは気にしなくていいと言ってウツギに部屋の割り当て表を渡す。
「連絡は終わり。じゃあ、明日からよろしくね」。そう言ってどこかへВерныйが行った後。適当にウツギが漣や天龍と言葉を交わす。
「綺麗な場所だな」
「でっしょ!?北海道は空気が綺麗で良いとこヨ!」
「でも寒くねぇか?スカートとか穿いてたら死んじまうぞ......」
「それは言い過ぎだろう」
辺りを見回しながら、三人がそんなどうでもいいような会話をしていると。いきなりツユクサがその場に踞り、唸り声を挙げ始める。
「ぅぅ......ぉぉッ...!」
「......?どうしt」
「くっそ寒いいいいいいい!!!!あああ゙あ゙あ゙!!死ぬ死ぬ死ぬ!!」
「............」
「「「「!?」」」」
ツユクサは突然そう叫んだかと思うと、ウツギが持っていた部屋の割り当てを引ったくりそのまま基地の建物へと走っていく。他の六人はコンマ数秒ほど固まったがすぐに我に帰り急いでツユクサを追い掛けた。
そんなシエラ隊のバタバタした様子を見ていた一人の艦娘が居る。先程ウツギと挨拶をしたВерныйだ。
「......似てる...かな。話し方とかはちょっと違うけど」
そう呟いて。彼女も自分の泊地へと戻るために、雪を踏み締め歩き始めた。
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気温マイナス5℃、湿度70%。
風が肌を刺し、冷えすぎた空気が目に染みる。
極寒の地で、かつ特殊条件下の元に行われる演習に、
シエラ隊は実力を発揮できるのか。
次回「コールド・ウォー」。 町を閉ざす、ガラス色の雪が積もる。
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