『テキ、ハイゴ』
「ふッ!!」
「おぉっ!?スゴいスゴい!!ちゃんとついてきてるじゃん!!」
「............!」
......オペレーションディスクを交換して良かった、ということか。......じゃなきゃあ自分は今頃挽き肉だ、が、しかし状況が良いって訳でもない......。自分の体力が尽きるのが先になるな。
考える時間さえあればそんな事を思っていたであろうウツギが、喧しい音量で鳴るCPUの警告アナウンスを頼りに、何度目かわからなくなるほどに自分の背後から来る戦艦水鬼の拳を盾と手斧を駆使して弾き返して、受け身を取りながら後ろに飛ばされる。
「ふふふ......♪。どこまでもつかな?すぐにバイバイしてあげるよ♪」
「余所見とはッ!」
「よそみぃ?違うねぇ余裕だよ」
相手の馬鹿力に吹き飛ばされながら砲撃をするウツギの背後から、装甲空母姫が戦艦水鬼に振りかぶって斬りかかる。が、それも難なく交わされた挙げ句、女は装甲空母姫の剣を掴んで宙を舞いながら、彼女を殴り飛ばす。
「ていっ♪!」
「ぶっぐぅぅ!?」
顎に強烈な一撃を受けた装甲空母姫が吐血しながら海面を転がり......それを眺めていた戦艦水鬼に砲撃が命中する。撃ったのはツユクサだ。更に反対側に居たアザミ、二人を両手にする位置に陣取った若葉が十字砲火を行い、邪魔にならないようにとウツギが急いで後ろに下がって砲撃に参加する。
「動きが止まってんぞォ!!」
「死ねぇ!!」というツユクサの怒号が聞こえてくる。
まぁ......当たらないだろうな。内心そう思っては居たが牽制にはなるかとウツギがライフルと砲のダブルトリガーで弾幕を張る。
予想通り、女は海面から飛び上がり......どういう理屈なのか、空中で訳のわからない動きをしながら砲撃を全て受け流すか弾くかの動作で乗りきり、しかもそのままツユクサの居た場所に文字通り「降ってきた」。
「ひゃっほーい!!」
「艦娘、受けとれッ」
「サンキュっ......!」
狂った笑みを浮かべて空から降ってきた女に相対するツユクサに、装甲空母姫が背負っていた剣の一本を投げて渡し、ツユクサがそれで相手の殺人拳を受け止める。拳と剣が接触した瞬間、激しく火花が散った。
『損傷15%......出力低下に注意してください』
「あれ、使ってるんだそれ?」
ツユクサの背中に見えた白い機械を見た戦艦水鬼が言う。
「使って......何が悪い!!」
「ふーん、それってさ......やってることは私と同じだぁね?」
「あぁそうだよ!!!!」
「んおっ!?とと、ちょっと意外」
挑発に乗って怒るかと思いきや、逆に開き直って砲の狙いを定めてきたツユクサから戦艦水鬼が急いで飛び退るが、避けきれずに何発かの砲弾が女の顔に当たる。
――このまま押し込んでぶっ殺す!!――
装甲空母姫から「艤装から離れている時は壁が出せない」と聞いていたツユクサが、明らかに焦った顔をしていた戦艦水鬼に今度は剣を鞘から抜いて斬りかかる
「うふふ、」
「後ろにご注......」
「知ってるよ」
前に、女に背をむけて後ろに振り返ったツユクサが、どこからか飛んできた砲弾を撃ち落とし、また振り替えって戦艦水鬼と相対する。相手は目を見開いていて、顔には脂汗が浮かんでいた。
「うっそぉ......?」
「不意打ちなんて効かねぇッスよ」
ツユクサは満面の笑みを浮かべながら、自分の艤装が撃った砲弾を撃ち落とされて唖然としている女に、再度斬りかかる。
「手加減なんて」
「出来ね」
「ツユクサ避けろォォォ!!!!」
「は?」
これで全てが終わるんだ。そう思ったツユクサがウツギの叫び声を聞き横を向く。
そして背中に鈍い痛みが走ったと同時に。
ツユクサの意識は途切れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「は......は、は」
「やっ」
「貴様ああああぁぁぁぁ!!!!」
海面に倒れたツユクサを尻目に、彼女を水中から飛び出して背中から襲った、体中から血を流し満身創痍となっている深海棲艦に装甲空母姫が両手の剣で突きと袈裟斬りを同時に見舞う。
「がふっ......ふふ......はは」
「っ、艦娘、大丈夫か?」
「...............」
ツユクサに心配そうに呼び掛ける、が、返答がない。
「水鬼様ばんざぁぁぁい!!」
「うっ......!?」
数秒ほどでツユクサを攻撃した深海棲艦の撫で斬りにし、倒れたツユクサを抱えようとしたとき。装甲空母姫がさらに水中から這い出てきた深海棲艦達に囲まれる。
「ちいっ......貴様ら、何故だ!」
「ふへっ...ほへひははははふほは!!」
「何故?何が!?」
目の焦点が合っていない深海棲艦達を相手に、装甲空母姫は彼女たちに剣が急所に当たらないようにしながら、怒鳴り声に近い声で質問を投げ掛ける。
「何故だ、あいつは!!お前たちを死んでもいい生き物だと思っているんだぞ!?」
「だから?」
「ッ!?替えのいい部品扱いされて、何も思わないのか!!」
「がっ......ふひっひひ!!」
狂っている。あいつも、あいつの部下のこいつらも。
要領を得ない受け答えをして壊れたように笑う狂人たちに手加減するのをやめ、女たちを切り刻みながら装甲空母姫が叫ぶ。
「ばんざぁぁ......」
「ばかやろおおおおぉぉぉぁぉ!!!!」
「そうやって自分の命すら大切に出来ないからっ!!誰の命でも平気で奪えるのか!!」
「この命、戦艦水鬼様のために!!」
「ぐぅっ......!?」
両腕を欠損した女の体当たりを受けて少しよろけた装甲空母姫が、突っ込んできた深海棲艦を投げ飛ばし、怒りで瞳を真っ赤に輝かせながら滅茶苦茶に暴れ始める。
「貴様ら.........ッ」
「なんで、なんで平気そうに自殺できる?「死ね」と命令されて死ねる?お前らは殺されるために生きているのか?そんな地獄があってたまるか!!」
「地獄でなぜ悪い?」
相手にしていた深海棲艦の一匹が言ったその言葉に。何かが切れた装甲空母姫が出せる限りの声量で叫んだ。
「死を強いる指導者のどこに真実がある!!?」
「寝言を言うなあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ツユクサ!」
『テキ、サゲン』
「おっほほ~い♪」
「!!」
さっきまで焦ってたクセに......調子の良い女だ。にしても。レ級と殴りあった経験が活きてくるな......ほんの少しだが目が慣れてきた。
一瞬で左に来て笑い声をあげて自分の脇腹を蹴ってきた戦艦水鬼に、ウツギが二枚に重ねた斧で女の足を抑えながら心の中で悪態をつく。
「いやぁ、持つべきものはいい部下だねぇ」
「ただの捨て駒だろう」
「そうだけど?」
..................。こいつは人間の......深海棲艦のクズだな。
ウツギが相手を睨みながらそう思っているうちに、アザミと若葉が、いきなり沸いて出てきた敵の壁を突破してウツギに加勢する。
戦艦水鬼は鬱陶しそうにアザミの砲撃を避けもせずに受け止め、嬉々として薙刀を片手に飛んできた若葉の得物の刃を素手で掴む。
「あ、あ~。神風ちゃんの受け売り?」
「ほう、わかるのか」
「この「引いて斬る」動作......あの子そっ」
「喋ってる暇があったら手を動かす事ね」
「馬鹿め......と言って差し上げますわ」
右と左から聞こえてきた声に。戦艦水鬼がツユクサに斬られかかった時以上の汗を顔に浮かべる。
声の主である......仕事であった敵を引き付ける役目を終えたのか、ウツギたちに合流した神風と高雄に戦艦水鬼が太刀と赤い刀で体を貫かれ、腹と肩から青い血が流れ落ちる。
「ずっとこの時を待ってたわ。心中してでも殺してやる。「田中 恵」」
「ごほっ......ほふ...フフフフ......!」
「っ、まだ動けるなんてね」
体を二ヶ所貫かれ血を吐きながらでも殴りかかってきた戦艦水鬼から二人が距離を取る。
神風は短刀と夕霧を構えて女に体を横にして向き直り、高雄は自分の身長ほどある太刀で八相の構え。若葉は神風から教わった正眼の構えを薙刀で形作り、アザミはその後ろで砲撃の準備、ウツギは武術など知らないので斧を適当に構え、空いた手に砲を持って戦艦水鬼と相対する。
「ははは......ひゃぁぁははは!!砲撃で消し飛ばして」
「艤装のこと?もう壊したけど」
血まみれになりながらそう宣う戦艦水鬼に、神風がそう告げる。ウツギがその言葉に少し戦艦水鬼の背後に視線を向けると、かなり離れた場所で黒い煙が挙がっているのが見えた。
「終わりよ。あんたは」
「.........」
「!!」
目を見開きながら戦艦水鬼が海面を蹴って跳躍する。
あいつ一体何を?
俯いた状態からいきなり狂ったような笑顔を浮かべて、何処かへ飛んでいった戦艦水鬼を、さっきまで囲んでいた全員が追いかける。先にあったのは
倒れていたツユクサの体だ。
「まず一人」
「とぉどめえええぇぇぇ!!」
倒れていたツユクサの背中に戦艦水鬼は拳を叩き込もうとする。全速力でウツギがそれを止めようとするが追い付きそうになく、親友の体が素手でめちゃめちゃにされるのを目にするのが恐ろしくなり、咄嗟に目をつぶる。
「はぁはははは!!死体蹴りだぁぁぁ!!」
「何勝手に殺してんスか」
戦艦水鬼の腕が、水面に突っ伏したままのツユクサに後ろ手で掴まれ失速する。
「生きてるぜ。アタシはよぅ?」
「な、何で生きて!?」
戦艦水鬼の腕を掴んだままツユクサは水面から起き上がると、そのまま女の腕を掴んだ手で捻りながら戦艦水鬼に正面に向かい合わせになる。女から見たツユクサは、あらゆる感情を削ぎ落としたような無表情だったが、何故かとても恐ろしい表情に見えた。
腕をネジ切られそうになり苦痛に顔を歪める戦艦水鬼に、ツユクサが口を開いて呟く。
「うっがぁっ......!?」
「いっちょ」
「殴らせろや」
ツユクサが思い切り振りかぶり、全身のバネで女をぶん殴る。掴んだままだった腕がぶちぶちと千切れ、片腕が無くなった戦艦水鬼が吹き飛ばされる。
「ツユクサ......」
「ッス!ウツギ!」
「このっ!」
「びゃっ!?」
ツユクサの元に駆け付けたウツギが、彼女の頭を軽く叩き「いきなりなんスか!?」と怒鳴られて答える。
「生きてるなら返事ぐらいしろ!......良かった......!」
「へへへ......しーちゃんが最後に守ってくれたッス」
ウツギが、そう言うツユクサの背中を見る。背負った艤装の丁度中央に取り付けていたCPUが大きく凹んでいるのを見て、これがたまたま衝撃を吸収したのだろうと結論付けた。
二人から離れた場所で、数秒前にツユクサに手痛い一撃を貰い、海面を転がった戦艦水鬼が負傷の影響で咳き込みながら、残った手を支えにして立とうとしながら言う。
「はぁ.........はぁ.........味方は何を」
「私が全て片付けたよ」
よろけながら立ち上がり助けが来ないことに悪態をつく戦艦水鬼に軽巡級の深海棲艦の切れ端が投げられてきた。飛んできた方向には傷だらけの装甲空母姫が立っている。
「助けなんて期待しないことだ。他は全て私の部下と艦娘達が抑えている」
「......役にたたないガラクタ共があっ...!!」
「ガラクタ?違うな。皆立派に戦った。主義主張こそ狂っているが覚悟は本物」
「うがぁぁぁぁ!!」
「............」
所詮は獣か。人の言葉も解さん怪物だ。.........今まで自分はこれに従ってきたのか。
咆哮のような叫び声を挙げる戦艦水鬼に装甲空母姫が剣を構えて備える。......が彼女が向かったのは、ウツギとツユクサの二人が固まっている方向だった。
「一番弱いやつから道連れにぃぃぃ!!」
「.........!!」
動きが追える
見切った。
ウツギは相も変わらず猛スピードで突っ込んできた戦艦水鬼が、「自分の目の前」まで近づいたとき。右足を軸にして体当たりを交わした瞬間に自分の左足の膝を突き出して女の腹に当てた。
「ヴぅぅおぉぉ゙ッ」
「ぐっ.........」
ウツギは強引に女の動きを止めることに成功するものの、恐ろしい勢いで突っ込んできた物体を抑えた影響で骨にひびが入った自分の膝から伝わる鈍痛に顔をしかめる。
そして
「球磨!!時雨!!」
ウツギの声に呼応するように何処からともなく飛んできた砲弾が顔に当たった戦艦水鬼に、更にこれまた何処からか発射されたワイヤーが絡み付く。やったのは、強引に敵を掻き分けてきたせいで肩で息をするほど疲労してはいるものの、得意気に笑みを浮かべる球磨と時雨だ。
「直撃とったクマァ!」
「僕を忘れたのかい?」
「ぐっ......うううう!!」
ワイヤーでがんじがらめにされた戦艦水鬼が、自分を拘束したそれをほどこうとするも、ツユクサ、球磨、アザミの三人に体を押さえ付けられ身動きが取れなくなる。
「きっ、貴様らァ!!」
「離さねぇぞォ!!」
「大人しく......しロ......」
「クマァ!!」
そこに、装甲空母姫と神風、高雄、最後に若葉の、全員が何か刃物を持っている艦娘が集まり、各々の得物で戦艦水鬼を刺殺せんと走って来る。
「終わりだ......」
「死んで」
「大人しくなさい」
「終わりか......うふふふ、楽しかったよ」
青い血飛沫が飛び散り、女を囲っていた全員にそれが掛かる。
四ヶ所......先程の傷も含めれば六ヶ所刺された戦艦水鬼は、まだ持ち前のしぶとさで残っていた意識でこの場にウツギだけが居ないことに気づく。
「ばいばい、と言ったな。少し前に」
「そっくりそのままお返しだ」
装甲空母姫たちに刺される前に。海中に潜ってハープーンを構えたウツギが、自分の真上に居る戦艦水鬼に......片側だけの口角を吊り上げたニヤリとした表情で、相手に聞こえるわけが無かったが言う。
そして相手が四人に刺されたのを確認して、ゆっくりと銛の引き金を引いた。
『テキ、チョクジョウ』
「BYE-BYE。戦艦水鬼♪」
駄目出しに撃たれた銛で股下から頭までを一直線に貫かれた戦艦水鬼は、今度こそ絶命した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
夢を見た。
作戦が終わった後。ツユクサがそう呟いてきた。
その声に耳を傾けるウツギは何を思う。
そして冬に突入する第五鎮守府。彼ら彼女らを待ち受けるものとは。
次回「友達なら当たり前の」。 また会う日まで、少しのお別れ。
決着ついたぁ~。駆け足気味だったけど大丈夫かな......