「......ウツギさん、この脂ぎったオッサンの殿方は誰なんだい?」
「えぇ!?いきなり酷いなぁ......」
「ピザなのは事実だろう?時雨。自分が居た研究所の所長だ」
目の前に現れたウツギの事を1号呼ばわりしたへらへらしている肥満体の男に、嫌悪感を隠そうともせずに時雨が暴言を吐き、ウツギが追撃をかける。
そんなに悪口を言われるのが嫌なら飯の量を減らせば良いのに。あと運動か。そんな事を考えながら、ウツギは自分で所長と呼んだ、今の二人からの心ない発言に項垂れているメタボ気味の中年の男と会話をする。
「久し振りに電話なんて来たから喜んでここ来たのにあんまりだ......」
「本当は呼びたかったのはワタリなんだが。......アンタは腕は確かだからいいんだがな」
「徹くんは最近忙しくてね。所長ってのは意外と暇な職業なのさ」
「じゃあアンタも仕事手伝ってやれよ、だからデブるんだ」。という暴言を心の中に仕舞い、ウツギは目の前の男を陸奥と田代に紹介する。
「私が居た研究所の
「
「え!?」
「あら、あらあら♪田代くん部下が出来ちゃったの?」
「どうぞこき使ってね。こんなオヤジで良ければ。」と力なく、情けない笑顔で言う肥満体の男におろおろしている田代を、他人事だと思って、土井をけしかけた張本人でありながら無表情でウツギが眺める。隣の時雨が「無責任すぎる......」と言うのが聞こえたが無視した。
太った男、土井が切り出す。
「じゃあ、早速始めるかい。分解作業」
「えっと......継ぎ目がないから時間かかるっすよこれ?」
「問題ないわ。私がこれ持ってきたから」
そう言った陸奥が、自分が座っていた椅子の横に置いていた特大サイズの工具箱から、細長いそれなりの大きさがある箱とくっついたスプレーガンのような、変な形状の機械を取り出して田代に見せる。「これっ......レーザー溶断機っすか!?」田代が今日三度目の驚いた表情で口を開く。
「そ。アクリルカッターなんかじゃ無理っぽいならこれで」
「すげ......あ、でもこんなん使ったら中に傷でも付けたら」
「そこで僕のこれでサポートさ」
「なんすかこれ?」
「正式名称は......なんだっけかな?まぁ音波を発振して開けれない箱の中身の大きさ測ったりする機械なんだけどね。これでまず中を測定してからなら安全に解体できるって寸法さ」
その道の専門家二人が入ればなんとかなるだろう、自分が出来るのはここまでだ。後も頑張れよ田代。
小さい箱を前に何かを話し合っている三人を見て、ウツギがそう思いながら時雨と部屋を出ようとしたとき。朝の挨拶でもしに来たのか、ランニングの上に蛍光色のゼッケンというスポーツ選手のような季節外れの格好をしたツユクサがやって来た。
「タッシー調子は......げっ!?なんでデブオヤジが居るッスか!?」
「おはよう3号ちゃん」
「うおっ......さ、寒気が......」
そんな格好だからだろう、とウツギがツユクサに言おうとしたとき。何やら切羽詰まった深尾の声の館内放送がかかった。
『緊急連絡だ、職員全員は速やかに執務室へ!繰り返す、職員は速やかに執務室に来てくれ!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ハァーイ、元気ぃ~?いい子のみんなぁ~戦艦棲姫だよ~♪』
『今日は私から~とおぉぉおぉっておきのサプライズがありまぁぁぁぁす!』
『ん、喉乾いた。えぇ~と......あ、サイダーあるじゃん!しばし待たれよ視聴者諸君』
執務室に集まった全員が、テレビから流れる映像を見て絶句する。......中にはたまたま今日この日に鎮守府に居ただけの陸奥と土井も混じっていたが。
............。本当に腹が立つ振る舞いをする女だ......。なんて、思っている場合では無さそうだ。......テレビ局の回線に割り込んでいるのかこれは?。執務室にある大型の液晶テレビから流れる嫌みったらしい深海棲艦のおしゃべりと、机に両肘をついて具合が悪そうな顔をしている深尾を交互に見ながら、ウツギが考える。
『ま、そんな事は後にして~今日は私の紹介する無能な海軍の略歴を~......』
「......どう反応しろと?提督」
「御隣さんの鎮守府から電話がかかってきてな......急いでテレビ付けたらこれだ」
「もう三十分も前から「全国の全部のチャンネルで」放送されているらしい」と言って深尾が頭を抱える。......。こんな物が公共の電波で放送されていれば軍関係者なら誰でも頭を抱えるだろうな。こんな調子の事ばかりで胃に穴でも開いたらどうしようかとウツギが深尾の体を心配する。
『と、言うわけでぇ~ヤバイよね~海軍さん。だぁってか弱い私みたいなコソドロ一人取っ捕まえられないオマヌケさんたちの集まりだしぃ~?』
「.........よく言う」
「なんだか好き勝手言ってやがるぜ。クソが」
「今度見つけたら泣く暇も無く殺してやる。」ウツギの言葉に次いで顔中のシワを眉間に寄せ
そんな時。画面越しの女がフリップを取り出しながら発言する。一丁前にリポーターにでもなったつもりかこのマッドサイエンティストは。何人かの艦娘が画面を見て思ったとき。何を言い出すかと思えば、女が言い放ったのは
『はい!ではではサプライズプレゼントのお知らせね!』
『三日後の明朝!......じゃねぇや日本語おかしいか.........とりあえず!!えぇこちらに書かれた時間ね』
「11月10日の午前4時......四日後か」
『この日時の座標29-21に、えぇわたくし戦艦棲姫は~』
『総勢二万の深海棲艦でカチコミをかけまーす!じゃあ頑張ってねぇ海軍のおじちゃんたちぃ。アディオス!』
「っ!?......座標29-21って......」
時雨が震えた声でそう言い、言葉に詰まる。
座標29-21。これが何を指すのか。
第五横須賀鎮守府がある場所だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「とんでもねえ事になっちまったなぁ......」
「全くだ。襲撃の前にアイツに心臓発作でも起きてくれれば良いのにな......」
「ないっしょそれは......つかウッチーそれ何?」
何の予告もなくゲリラで流された海軍への宣戦布告のテレビ放送を見た後。近海警備に外に出た艦娘と、パーツの解体をするメンバーとそれに立ち会うと言ったツユクサを除き、ウツギ達は最近半ば雑談室と化している食堂に集まっていた。
駄弁っている最中、机にパソコンを置いて何かをやっていたウツギに、漣が聞いてくる。
「ただのノートパソコンだ」
「何やってるのってことさね」
「CPUのオペレーションディスクの調整だ。秋津洲の設定は優秀だがあんな超スピードで動く標的に当てるんなら、またロジックを見直さないと無理だからな」
「なにそれすごい」
「.........解ってないだろ」
「うん」
こいつ......即答しやがった。わざわざちゃんと答えた自分が阿呆だったか。とウツギが漣に呆れたような視線を向ける。
「......若葉は何処だ?」
事務仕事の手伝いになるか、と、最近取得したブラインドタッチでディスクの内容を書き換えるための文字列を入力しながら、ウツギがふと思い出して天龍に聞く。
「あれ、そういやどこ行ったあいつ?」
「別に良いじゃんあんなキチガイ。ご主人様がここに置く事が今でも理解できないっし?」
「お前なぁ......」
「誰が基地外だって?」
「ぴゃあっ!?」 気配を消して後ろから声をかけてきた若葉に驚いた漣が、間抜けな声を出して膝を机に強打する。あ、前の俺だ。天龍が以前の会議室での自分を思い出す。
「んふ......随分言ってくれる......」
「気が狂ってんのは否定しねぇんだな」
「気狂い?違うな、若葉は趣味が殺しなだけさ......うふふ」
「......いっつも思うケドその顔何よ?」
よほど思い切りぶつけたのか、薄く内出血が起きている膝をさすりながら漣が恨めしそうにピエロ顔の若葉に聞いてみる。
「趣味だ」
「キモッ」
「ふふふ......いや、もっと深い理由を......こっちのほうが落ち着くのさ。肌が紅いのは性に合わん」
「............?何言ってんだお前?」
うふふ、と癖である笑い声を漏らしながら、若葉が黒い口紅を塗った口唇をひきつらせて三人に説明する。
「肌が白いほうがいいのさ。「昔」がそうだったから」
「......深海棲艦に近い見た目だからか。自分とは真逆だな、こんな見た目で良いことがあった試しがない。今だに味方から誤射を食らっていないのが自分でも不思議なぐらいだ」
「くくク......」
......本当に、何を考えているのか理解に苦しむやつだ。友人だとは言ったが向こうがこちらをどう思っているかがわからない。
溜め息とも深呼吸ともとれる息をはく動作をして、ウツギはまたタイピング作業に戻った。
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襲撃時刻の一時間前。
第五横須賀鎮守府全面に敷かれた防衛ラインに三千人の艦娘が集まる。
数では圧倒的に不利な海軍。
いくら精鋭と言えども、七倍近い敵戦力に勝てる見込みはあるのか。
次回「コンサートマスター」 おはようを始めよう。一秒前は死んだ。
次回から戦闘が続きます。