夜の第五鎮守府。季節はもう冬に近いためか虫や動物の鳴き声などはもう聴けず、施設内でも暖房が欲しくなる肌寒いこの場所の作業室で、額に脂汗を浮かばせながら、カッターナイフのような工具を片手に昼からずっと白い箱形の機械の分解作業に悪戦苦闘していた男に、ウツギが話し掛ける。
「夜ご飯、置いておきますよ」
「えっ、あぁ!?すいませんウツギさん」
「......頑張るのも良いですけど、ちゃんと休んでくださいね。過労で倒れたりしたらツユクサも悲しむと思うので」
「ウツギさんの言う通りです。聡さん、そろそろ休んだほうが良いと思います」
プラスチックの弁当箱に料理を積めた物を田代が作業をしていた机に置き、ウツギが注意する。と同時に、別の場所での仕事を終えた鎌田も、同じくずっと作業を続けていた田代を気遣い声をかける。顔立ちの整った男のその顔は曇った表情で、相手を心から心配しているようにウツギには見えた。
額に冷却シートを付け、気合いを入れるためなのか白いタオルをバンダナ代わりに頭に巻いていた田代が言う。
「気遣ってくれて有り難うございます。でも今日はもう少しやってから終わるっす......」
「そうですか......ウツギさん、この部品の発注お願いします」
鎌田から下敷きと一緒にクリップ止めされた書類をウツギが受け取る。
「了解です。整備、お疲れ様でした」
「いえ。......それよりも装甲板の張り替え、やらなくて良いんですか」
「いつも派手に壊して来るのは自分ですから。簡単なことですし」
本当は用途が違うと電から聞いたが、何の疑問もなく毎回シールドとして使っている艤装の、両手に装着する金属の板を思い出しながらウツギが言う。
毎度の事ながらボロボロになるまで酷使する盾の表面を交換するため、ウツギが作業室を出て艤装保管室へ向かう途中。ふと、あることを思い付く。
『あいつ』なら田代の手伝いも出来るかも知れないな。あと『あの人』と......。自分にはツユクサを「励ます」のは難しいがこれで「手伝い」にはなるだろう。
ウツギは作業着の胸ポケットのジッパーを開けて、スマートフォンを慣れた手つきで操作して『あいつ』に電話をかけた。
「もしもし。ウツギだ、しばらくだな......頼みたいことがある」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「............しーちゃん。......今日は星が綺麗だよ」
「......邪魔......すル。......いイ?」
「あ......アザミッスか」
「......アンドロメダ」
「は?」
夜の十時。寒い空気をはらんだ海風が吹き付ける港の堤防にあぐらをかいて座り、夜空を眺めていたツユクサへ、突然アザミが言う。
発言の意味が解らず混乱するツユクサなど知らないとばかりに、続けてアザミが喋った。
「真ん中。北極星......。すぐ近くのアンドロメダ、ペルセウス、カシオペヤ、おひつジ.........」
「いや、ちょ、ちょっと!?」
「......何ダ............?」
珍しく自発的に、しかも長々と喋り始めたかと思えば、変な単語を次々に口にするアザミに発言を止めるようにツユクサが突っ込む。
「なんスかいきなり......頭でも打ったんスか?」
「............ッ」
どうにも頭の悪そうな表情ですっとぼけた問いかけをしてくるツユクサに、アザミが無表情で、ほんの少し言葉に怒気を含ませながら口を開く。
「励ます......思った......のニ。......バカちン.........」
「はぁ?......意味わかんね......」
「星」
アザミは夜の暗闇に浮かぶ星たちを指差しながら、子供に絵本を読み聞かせるような落ち着いた......それでいてはっきりとした声のトーンで話し始める。
「星が綺麗だって言った。だから教えてあげたのに」
「.........!......そりゃどーも。」
「こういう寒い日は空気が乾燥する。空が澄んで、星......綺麗に見える」
「......ふーん。......詳しいッスか、星座?」
「趣味」
「ほー」
「星......好キ?」
「あんまし」
久し振りに普通に喋るアザミを見たな、と思った後に。ツユクサは何も考えず頭を空っぽにして、特に意味も無いやり取りをアザミと交わす。
刹那、やけにはっきりと輝く一つの流れ星を、二人が目にする。
「あっ流れ星」
「消えタ............」
......人が死んだときに流れ星になるって話があったよな。確か。
妙に激しい自己主張をしながら消えていった宇宙の塵に。アザミの知るところでは無かったが、......ツユクサはなんとなく、友人の面影を重ねてしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん......ぁ......?......朝か......」
知らないうちに寝ちまってたっすか。早く調整してツユクサさんに渡さなきゃ......あれ、毛布......?
窓から射し込む光で目を覚まし、徹夜で作業をやろうとしていたが、知らないうちに落ちていた田代が、自分の肩に毛布がかけてあったことに疑問を持つ。
「誰が...先輩すか。......あ」
『あまり頑張りすぎないでね ツユクサ』
昨日、部品を張り合わせた跡すら見つからないため、アクリルカッターで慎重かつ強引に何度も分解しようと格闘していた部品に、ツユクサからの書き置きが貼り付けてあるのを見つけた田代が、だらしなく顔を緩める。
「ツユクサさん......うっし!」
「今日も一日頑張れるって?」
「当たり前っす!ツユクサさんの為に超スピードで仕上げ」
あれ、今誰か......?、田代が聞いたことのある女性の声を聞き、顔ごと視線を横に向ける。居たのは机に頬杖をついて楽しそうにニヤニヤ笑顔を浮かべている、ウツギの連装砲を三点バースト型に改造した元艦娘、現深海棲艦の陸奥だった。
「やっほー♪元気?」
「せぃっ!?」
彼女の姿に驚いた田代が裏返った変な声をあげ、椅子から落ちそうになる。
「せっ、整備長!?なんでここにいるんすか!?」
「あら、居たら悪いの?」
「えっあっ......その...ちがっ」
「うふふ♪......意地悪してごめんなさい。頼まれて来たのよ。「可愛い部下を助けてやれ」って」
頼まれた......?一体誰がこの人との繋がりを持ってたんだ......?。田代が寝起きということも相まって回らない頭にムチを打ち、懸命に考えてみる。「ダメだわかんねぇ」と、無意識に言葉が口から漏れたとき。背後から「何がです」と声をかけられ、誰かと振り向くとウツギと時雨の二人が立っていた。時雨は何故かどこか落ち着かない様子だ。
「おはようございます。田代さん」
「っす、ウツギさん。時雨さん」
「「ダメだわかんねぇ」とは何のことでしょうか?」
「へ?えぇと、ウチの整備長と知り合いの人なんてこの鎮守府に居たんだなぁ......なんて」
「整備長......?陸奥を呼んだのは私ですが」
「え」
田代の思考がその言葉で停止する。
口を半開きにして、いつもの怖そうな顔から一変、コメディドラマのお笑い役者のような顔をしている田代に、ウツギが首を傾げながら田代に質問する。その後ろでは尚も笑顔で手を振る陸奥が見える。
「......どうかしました?」
「ウツギさん......自覚持とうよ......」
「.........?何を?」
地団駄に近いような貧乏揺すりをしていた時雨が、震える声で色々と解っていないウツギに説明を始める。
「大本営お抱えの艤装整備チーム、「マシン・オブ・インフェルノ」......南方戦棲姫に似た容姿を持つ三代目整備長、独学で鍛えた整備、改造のカンと天性のセンスを持つスゴ腕整備士。......ついたアダ名が「ジェッティングの陸奥」」
「......長いな」
「長いなじゃなくて!こんな凄い人とタメ口で喋れるウツギさんが恐ろしいよ僕は!」
嬉しいんだか怒ってるんだかわからない物言いをするな。......どうでもいいか、と時雨の大声での発言をさらりと流し、ウツギは陸奥に声をかけた。
「忙しいところ悪いな。今さらだが大丈夫か?」
「ぜーんぜん。最近暇だったし、元帥のおじ様は最近機嫌悪いしでちょっと居心地悪かったしぃ?」
「そう......」
陸奥と談笑していたその時。ウツギは鼻の奥を弱く刺激する、嗅いだことのある柔軟剤の匂いを感知する。
来たか。あいつが。ウツギが振り向くと......ウツギ他三人の目に映ったのは、何かの機器を両手に下げた、汗臭そうな肥満体の男が部屋の入り口に立っている光景だった。
「ふうぅ......元気かい?一号ちゃん」
「久しぶりだ。所長」
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ツユクサの為に、研究所所長、天才整備士といった面々が集まる。
彼らの助力で田代は苦戦しながらも順調に仕事をこなす。
そんな折、「ヤツ」から
全国と海軍へ向けての宣戦布告が告げられる。
次回「海軍の長い夜」 決戦前夜。
アザミは割りとロマンチストです。(どうでもいい