『緊急の依頼だ』
『田中恵が潜伏していると思われる、第三横須賀鎮守府の旧艦娘艤装ガレージ跡地に、我々は大規模な地下施設を発見した』
『施設には六名の調査員を艦娘の護衛をつけて送ったのだが、つい先程原因不明のトラブルが発生。調査隊との連絡が途絶えた』
『最後の通信記録によると、調査隊は「生物のような機械のようでもある何か」の攻撃を受けたらしい。それ以外の状況は全くの不明だ』
『大至急生存者の探索を頼む。数々の困難な任務を成し遂げ、生存率100%を誇る君たちにしか出来ない任務だ』
『尚、施設内部の構造や敵の情報は未知数。何が起こってもおかしくない、装備、編制は万全を整えて望んでもらいたい』
『お願いだ。どうか彼女たちを助けてくれ』
「大本営様の部隊の救出。荷が重すぎやしないか提督」
「それだけ期待されてる証拠さ」
「......だといいんだけどな」
放送で深尾から呼び出しを食らったウツギが、執務室のPC画面を除きこみ、上層部から送られてきた、やけに早口な音声依頼を聞いてそう垂れる。
内心嫌々ながら表面上は真顔でウツギが深尾に聞く。
「すぐに向かえばいいのか」
「ああ。メンバーはお前が決めてくれ」
「......じゃあ、天龍、ツユクサ、アザミ、若葉、春雨、しぐ」
「お前さんは強制だ」
「............なんてことだと思ってたよ」
あきらかに危険な香りのするこんな仕事は嫌だ、と思ったウツギが自分の居ない編制を提案して却下されたことに、額に指を当てて精一杯眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をする。
......時雨か天龍を自分と差し換えるか。......時雨を外そう。補充人員(実際は志願して無理矢理入ってきたのだが)のあいつに何かあったら問題になる。
「貰った装備は持ち込み可能で?」
「もちろん。というより万全の態勢で、と言われているからな。絶対持ってってくれ」
「気を付けろよ」。そう言ってきた深尾に「了解」と短く一言だけ返答して、ウツギは準備のためにそそくさと部屋から出ていった。
......これをきっかけにまた面倒な事が起きなければいいんだが。廊下を歩きながらウツギはそんなことを考えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ウツギさん、お久し振り......なのです!」
「しばらくだ」
太陽が空の真上に上がり、普通の会社員や学生ならば休憩をとっているような時間。自分達の鎮守府からそれほど遠くない第三まで、二十分ほどで到着したウツギ達が第三の秘書艦である......以前料理を振る舞った駆逐艦の一人である「
「すごいじゃないか電。ただの駆逐艦娘から秘書に登り詰めるなんて」
「誤解なのです。電は昔からここにいるから選ばれただけで......」
「ん~......たしかにこいつは弱そうだねぇ......」
「若葉......余計......いらなイ......電、気にする......」
ウツギと喋っていた電に割り込んで、変なことを投げ掛ける若葉をアザミが
「いや失敬失敬。お喋りな口が滑ってしまって......ンフふ......」
「いえ、若葉さんの言う通りなのです。電はほとんど事務仕事専門なので」
ケタケタ笑いながら、相手をおちょくるような調子で話す若葉に嫌悪感などは見せずに電が対応する。そんなとき、ウツギは電の背後から一人のワイシャツ姿の男がこちらに向かってくるのが見えた。どうやらここの司令官が遅れてやって来たようだ。
「お待たせしました。電さ......こちらが第五横須賀の方でしょうか?」
「あ!司令官さん、遅いのです!もう予定より二分も遅れて」
「申し訳ありません。上との連絡に戸惑っていまして......あ、初めまして皆さん。
「フィフス・シエラ隊、旗艦のウツギです。よろしくお願いいたします」
銀縁メガネに七三分け、仕事で寝不足なのか目元に隈が浮かんでいる真面目そうな男にウツギが挨拶をする。
「仕事の件ですが、状況は?」
「その事なんですが......来てもらって早々にすいません、時間が押しています。すぐに浮島まで向かってもらいたいのですがよろしいでしょうか?」
「了解です」
見るからに仕事人間といった風貌の人間だが、見かけによらず時間にルーズなやつなんだろうか。
本城に言われた通りに身を翻して島の方向へと部隊員を連れて歩く途中に、ウツギは眼鏡の彼についてそんな事を思い浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「地下部に進入を開始した。頼むぞ。オペレーター」
『はいなのです!』
午後0時ちょうど。生存者の探索のためにとやって来たシエラ隊が、暗い地下施設へと入っていく。
ヘッドセットの電源を入れ、ウツギが無線の奥の電に話し掛ける。
真っ暗で何も見えん。予想以上だなこれは。そんな事を思いながらあらかじめ持参してきた光度の強い懐中電灯のスイッチを入れ、埃っぽい施設内を歩くウツギにツユクサが話し掛けてくる。
「暗くて寒いッスねここ......お化けとか出てきそ......」
「出てくるって思っているから出てくるんだ。何も考えるな」
「えぇ、そんなぁ......」
暗い場所が怖い、と言ってきたツユクサを適当にウツギが流す。そんなツユクサに......ウツギが「来なくていい」と言ったが結局ついてくることになった時雨が言う。
「大丈夫だよツユクサ。お化けなんて僕がやっつける」
「あ、手伝いましょうカ?」
「
......こんな奴等に喧嘩でも売ったら、幽霊でもタダでは済まされなさそうだ。
電器で前を照らして歩きながら、背後で「お化けなんぞ怖くない」と言っている時雨、春雨、若葉の三人に、ウツギがそんな感想を抱く。
生存者探索を初めて十分ほどが経過した時。入念に来た道にあったドアや小部屋を調べて回っていたウツギの耳に、地上の電から通信が入る。
『中々深いところまで来たのですね......』
「ん、ここまで手がかりナシか。......電、こう暗いと少々面倒だ。何か電灯無しで明るくする方法は無いだろうか」
『少し待ってて下さい......あ...!有ったのです!!』
「何がだ」
『熱源反応なのです。近くに電源設備があるはずです』
いいことを聞いたな。そう思ったウツギが、電の案内を聞きながら歩みを進める。ほどなくして一行は今まで見つけた部屋の中で一番大きな部屋に辿り着いた。ドアの横に掛けてあったぼろぼろの札には「電管室」と書いてある。
「電管室って書いてあるッス。なんか大きいッスねこの部屋」
「入るか......これは」
一同がよく周囲を警戒しながら部屋に入る。ウツギの目に飛び込んだのは、部屋に入ってすぐの壁にこれ見よがしにあった「非常用電源」のスイッチだ。
「何があっても大丈夫なように」と背負いっぱなしにし、火器を
「見えてるか電。これを押しても?」
『問題は無いはずなのです。電力供給システムはまだ生きているのでちゃんと作動すると思うのです』
返事を聞いたウツギは、レバーを下げて電源設備を起動させた。
すると、ズウゥゥン......と何とも言い難い重い音が辺りに響き始める。
「ひっ、な、何の音ッスか!?」
「通電の音ですネ。電気が流れてる証拠でス」
春雨がそう言ったのとほぼ同時に、部屋の天井に取り付けてあった薄汚れた蛍光灯に明かりが灯り始めた。どうやら正常に作動したようだ。
「おお、明るくなったッス」
「これで少しは楽に」
「うわああぁっ!?」
「ぴゃあっ!?なんスかいきなり!?」
電気が点き、周囲が明るくなったとき、突然大声を挙げた時雨にツユクサが腰を抜かしそうになる。
「時雨、どうした?」
「あ、あ.........」
「ウツギ......あれ......見テ......」
「......?あっちに何があ......ッッ!!??」
明らかに落ち着かない様子の時雨に変わり、アザミが指差す方向をウツギが見る。視線の先には
べったりと血糊が付着した赤黒い壁と、人間の足が三本落ちていた。
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得体の知れない施設に侵入し、
以来主の部隊員を探すウツギたち。
この不気味な施設はいったい何なのか。
そしてここはどんな事が行われた場所なのか。
次回「ケミカル・ラブ」 真実は、余りにも惨たらしい。
不穏な空気がアップを始めました。