「こっちの書類は片付いたぞ。残りは?」
「もう終わったのか。後は俺がやるから遊んでていいぞ」
四人の艦娘と一人の提督がここ第五横須賀鎮守府(名前だけ立派で横須賀からは遠く離れた場所だが)に来て二週間がたった。
ウツギたちリサイクル艦と漣の関係は最初の頃こそうまくいっていなかったが、今やすっかり打ち解けて、親友もしくは戦友と呼べるような間柄になった。もっとも漣が深尾提督にどこかへ連れて行かれた後にまるで人が変わったかのように親しみやすい人物になったのが一番の原因だが。
ウツギはあまり考えないようにしていたが目の前の小男が漣にいったい何をしたのか気になっていた。聞いても答えてくれないのではと思って結局聞いていないが。
「そうか。じゃあこのままこの席で本でも読もうかな」
ウツギは作業着のポケットから文庫本を取り出す。今彼女は鎮守府の執務室にて、提督の補佐役である「秘書艦」の仕事を終わらせた所だった。
押し花の栞を挟んだページを開き、前はどこまで読んだだろうと文字を目で追う彼女に向かって深尾が質問を投げ掛けてきた。
「お前、仕事が早いよな。デスクワークは得意なのか?」
「研究所で雑用係だったから......少し慣れている」
深尾は「そうか。邪魔して悪かったな」と言ってまた書類やパソコンとのにらめっこに戻る。
ウツギは今の深尾の質問で自身がまだ研究所で暇をもて余していた頃、よく研究員の実験の手伝いや書類仕事を任されたことを思い出す。よくよく考えてみれば、こういうことのために自分にああいったことを教えていたのだろうか、などと考えを巡らせる。が、ウツギはどうせ考えても結論なんて出ないと早々に思考を放棄して読書に集中した。
今彼女が読んでいる本は二日前に研究所から送られてきた物で、なんでも最近人気が出てきた作家の最新作らしい。内容は簡単に言うと「とんでもないお金持ちの財閥のお嬢様が冴えない職に着き、自分の世間知らずっぷりに困惑する」というストーリーだ。人気がある作家が書いたと言うだけあってか、内容もさることながら時間を忘れて引き込まれる面白さがある。
ウツギは十ページほど本を読み進めて、ふと横を向いた。目線の先の深尾がなにやら緑色の封筒をじっと見つめている。
「その封筒がどうかしたのか?」
「ん?あぁ見ていたのか。これか?これはな......」
「大規模作戦の参加命令書だ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大規模作戦~?」
軽巡洋艦の艦娘「天龍」が嘘を疑うような変な表情で食堂の机に頬杖をつきながらそう言った。
彼女はちょうど一週間前にこの鎮守府で建造された艦だ。ちなみにウツギがいままで会ってきた艦娘の中で、唯一初見でウツギたちリサイクル艦を見たときに拒否反応を示さなかった艦娘である。ウツギはそんな天龍の人を外見で差別や判断しないところが気に入っていた。
「ウツギそれ本当に言ってんのか?まだここ機能して二週間とちょいしか経ってねぇぞ?」
「提督が言ってたし、自分も書類を見させて貰った。間違いない」
ウツギの返答にまだ納得がいかないのか天龍はつまらなそうな顔で続ける。
「だってよぉ、俺らがその作戦に参加して何になるってんだ?足引っ張るような真似しかできねぇだろ?」
天龍の言うことは間違っていない。なにせ、まだここには自分を含め、お世辞にも前線で日々鍛えられている歴戦の艦と肩を並べられるような手練れは一人も居ない。......一応アザミぐらいの強さならまだなんとかなるかも知れない......かもと言う程度だ。天龍の発言にまたウツギが返答する。
「なにも参加する部隊は全部最前線に送られるわけじゃないらしい。送られてきた書類によれば前で戦う予定の先輩方の後ろで援護しろとのことだ」
「はぁ~、大御所の強~い先輩方が前で守ってくれるってか。それならまだ大丈夫......か?」
「てっきり自分は「お前たちのような雑魚は他の重要な艦娘の弾除けにでもなっておけ」とでも書かれてるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたよ」
ウツギが苦笑しながら言う。天龍もどうやら似たようなことを想像していたようで「実際はほとんど真逆で良かったな」と言って笑った。
「なぁツユクサ。お前はどうおも......」
天龍は隣に座っていた、珍しくずっと黙っていたツユクサに意見を聞こうと話し掛けた......が彼女はヘッドホンで音楽を聞いていた。
「なぁ、ツユクサ」
「真夏の~フフフーン~♪乾いた~フフフフーン~♪」
「なぁ、おい」
「溜め息~フフフーン~♪」
「............」
天龍が何度も呼び掛けるが音量が大きいのかツユクサが反応しない。すると天龍はヘッドホンのコードが繋いであったスピーカーを持ってくると音量の部分を最大に設定した。
「こうだっ!」
「壊れるほd......み゙ゃ゙あ゙ああ゙あ゙あぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!??」
ツユクサが絶叫してヘッドホンを放り投げる。
「なんだなんだ!何!?故障ッスか!?」
「故障してるのはお前の頭だこのバカチン!」
「えぇ!いきなり酷くないッスか天龍!?」
『『あ、あ~。ウツギ、アザミ、ツユクサ、漣、天龍。全員執務室に来い。』』
天龍とツユクサの会話に深尾の館内放送が割って入る。多分全員集めて話すことは例の大規模作戦のことだろう。
「お呼びだな。まっ、どーせ内容はアレだろうけど。行こうぜウツギ」
「わかった」
「え、アタシは?」
「知らね。勝手に付いてくれば?」
天龍の冷たい対応にツユクサが「うそ~ん?」と間抜けな返しをしてその後を追いかけた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「全員集まったな。じゃあ始めるか」
執務室に長机とパイプ椅子が並べてあり、まるで会議室のようになっている今、五人の艦娘は椅子に座って提督の話が始まるのを待っていた。
「俺たち第五横須賀の部隊が、一週間後の大規模作戦に強制参加することが決まった。これから細かいことについて説明する」
深尾の発言に漣とツユクサが「マジで!?」と声をハモらせて反応した。仲良いなコイツら と天龍とウツギが内心突っ込みを入れる。アザミは相変わらず鉄仮面のように無表情だ。もっともウツギもあまり表情豊かなほうではないが。
「内容はこうだ。まずここの海のど真ん中に見つかった深海棲艦の基地。これを吹っ飛ばすのが今回の目標だ。で、細かい段取りはと言うと......」
深尾が横に用意したホワイトボードに色々と書き込んでいく。
「まずこのA地点に展開しているらしい敵の部隊を精鋭の艦娘達が陽動。そしてB地点とC地点で待機したこれまた精鋭が手薄になった本陣に奇襲をかける。お前らの持ち場はここ、D地点だ。いたって単純な陽動作戦だな」
そう言う深尾に天龍が挙手をして質問する。
「具体的には俺たちはどういう仕事が割り当てられるんだ?」
「お前たちはこのD地点にある無人島の浅瀬の岩場で待機、先輩方の取り逃がした敵の各個撃破と後退してくる負傷した艦娘の手当てがメインだ。まぁ衛生兵か雑用係みたいなもんだな」
天龍は質問の答えを聞いて「良いように使われてんなぁ俺ら」と呟く。深尾が苦笑いしながら続ける。
「まぁなんでこんな出来たばっかりの新人組にこんな話が回って来たのかは大体察しがつくがな」
「ご主人様そりゃどーゆう?」
「ウツギたち資源再利用艦の最後の実戦テストだろうさ。ご丁寧に参加する少し前にウツギとツユクサのために重巡「青葉」と「摩耶」の艤装を送ってくるらしい」
ウツギは漣の質問を返す深尾の話を聞いて少し驚いた。随分と丁重なおもてなしだ。意外なことに自分達は大本営から大切にされているようだ。
「あぁ、あと最後に一つ」
深尾が思い出したように話を切り出す。今回の作戦では多くの艦娘たちが参加するため、識別と所属の確認のために「艦隊名」と言うものを設定しなければいけないらしく、なんでもそれを深尾が考えてきたらしい。
「さすがにただ「第一艦隊」じゃ味気ないし、他と絶対被るだろうからな」
深尾が一呼吸置いてから続ける。
「まず第五横須賀の「第五」と......お前らの部隊は申請したとき第一横須賀から数えて、19番目に出来たってことでフォネティックコードの「S」から取って......」
「フォネティックコード?」
小声で隣の天龍にウツギが聞く。
「無線の用語だよ。アルファベットの暗号だ」
「どうも」
小声で礼を言ってまた深尾の話を聞く。
「「第五」と「S」両方合わせて」
「フィフス・シエラ。お前らの艦隊名だ」
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艦娘の死因の第一位、それが大規模作戦。
これは戦い、後方は安全などとうぬぼれた者は命を落とす。
これは戦い、気を抜くことなど一秒たりとも許されない。
次回「拠点防衛部隊陽動」 お前も艦娘なら戦場で死ぬ覚悟は出来ているな?
タイトル回収、新レギュラー登場回でした。