『気を付けろ。基地を突っ切って来てる』
「くどいな。陸から来ようが空から来ようが潰すだけだ......」
春雨と時雨がネ級と交戦していた頃。若葉は一人
刀を腰に付けていた鞘に収め、両手に連装砲を持ち、これから始まる戦闘が楽しみなのか、口角が限界まで吊り上がった笑みを浮かべる若葉が視界に敵の姿を捉える。
来た。殺す♪
『艦娘......?敵反応なのに艦......』
「............ん~。そこだァ、死になァ~♪」
『なっ......!?若葉!!待っ......』
「うるさいなぁ邪魔だ」
ライフルのスコープ越しに相手を確認したウツギの報告を無視して、若葉が砲で精密射撃を行う。
まだだ。この程度で死ぬなよ?楽しみはこれからだろう、なぁ?
ウツギの怒鳴り声を拾い続ける無線機を握り潰して放り投げ、若葉は舌舐めずりをしてまた砲を構えて撃つ。しかし砲弾が発射されなかった。
こんな時に目詰まりか。使えん。まあいい、若葉にはまだ「これ」がある。
弾が出なくなった連装砲を二つとも投げて、若葉が鞘から刀を抜いた瞬間、
「レ級」としてのカンが成せる技か、それとも生まれ持った戦闘センスの良さなのか。砲撃の爆風を抜け、認識できない速度で目の前に突っ込んできた相手の攻撃を間一髪、若葉が半ば反射的に振った刀で弾いた。
「......ッ!?......フンッ!」
金属同士を打ち付ける音が響く。
「へぇ。やるじゃない。今のを弾くなんて」
「んふフ......お褒めに預かり光栄......」
「......変な化粧ね。気持ち悪い」
「心外だな、若葉のアイデンティティーさ......くくく......」
駆逐艦の砲と、ナックルガード付きの妙な持ち手の日本刀を持ち、小豆色の着物を着ている艦娘が若葉に話し掛けてくる。
危ない危ない。危うく若葉の首が斬り飛ばされるところだった。しかし......いいね、強敵の予感がする。
そう考えながら、間髪入れずに、突き、
「ん~......軽いな。羽でも触ってるような感触だ。本気でやっていないな?」
「.........」
「んふ、ふふフ......それとも受け流しってやつか......」
「べらべら
「失敬、お喋りは嫌いだったか......」
妙に手応えの無い着物の艦娘の攻撃に、余裕を感じた若葉が名も知らぬ相手に話し掛ける。
これだ。この全身の血が沸騰して脳が震える感覚......これこそ殺し合いの醍醐味だ......。楽しいなぁ何時までもこの時間が続いてほしい。
そしてまた何度目か解らない動きで敵の刀を弾くと、着物の艦娘が急に若葉から距離を離す。何かやって来るな。そう若葉が身構えたとき、着物の艦娘の足元が爆発する。
あれは......あぁ、ウツギか。ふふふふ......隙が出来た!!
コンマ一秒にも満たない時間で、直ぐに爆発の正体を味方の援護と判断した若葉がここぞとばかりに一撃おみまいしてやろうと敵に近づく。が
「来ると思った。見えてますよ」
「ん......?」
着物の艦娘は怯んだように見せ掛けて、背中から地面に倒れ込みながらウツギが居る方向へと砲を撃ってくる。そして射線上に入ってしまったが、
「っと......!!」
「何.........?」
しかし今度はその攻撃は相手にバク転で避けられ、逆に若葉は前方に突き出してしまった刀に相手の切り上げを食らって後ろに仰け反る。
「しまっ......!?」
「終わりね」
った。と。でも言えば油断するだろう?
気づかないうちに砲を手離し、両手で構えた刀で斬りかかってくる着物の艦娘に
若葉は逆に体重を掛けて後ろに倒れ込み、地面に刀を突き刺して体の動きを停止させると、素早く突き刺さった刀をバネにして起き上がり、そのまま逆手持ちにした打刀で大上段から体重を載せて降り下ろされる刀を弾く。
「きゃあぁっ!?」
「んふふ......死ーね。」
今度はもう打つ手などあるまい、サァ死ね。まっ、楽しかったよ。
右手を大きく振り上げた体勢で仰け反り、防御が出来なくなった襲撃者に若葉が刀を逆手で持ったまま逆袈裟斬りをやろうとする。
しかしこれでは終わらない。
ほんの一瞬、暗い場所にも関わらず着物の艦娘の口許が笑っているのが、若葉には何故か鮮明に確認できた。
瞬間、初めて春雨に会ったときと同じ悪寒が若葉の全身を駆け巡り、思わず若葉が敵への歩みを緩めるがもう遅い。
着物の艦娘は振り上げた刀を自分の頭越しに背中へと回し、刀を手から離す。そして自由落下する刀を事前に背中に回していた左手で掴むと、そこからぐるりと刀を一振り。
ああ。やられてしまった。な。
「............流石にこれは読めなかった。か。」
「......うふふ......見事...だ.........」
両腕を切断され、腹部も浅く斬られた若葉が膝をつき、そのまま横に倒れる。
着物の艦娘は若葉に止めを刺さず、その
「ごっほっ、ごほっ......笑わせる。」
「手加減されていたのは自分とは、ね。くくく......」
吐血しながらの若葉の自虐的なその発言は、誰も聞いておらず、ただ、夜の闇に消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冗談じゃない。なんだあの艦娘は。
光に晒されて刀身が赤く光る不気味な刀を持つ着物の艦娘と相対したウツギが激しく動揺する。
無理、だな。若葉があそこまで完全にやられる相手を、自分は見たことがない。......時間稼ぎすら出来るかどうか。
ゆっくりとスローモーションで歩いて、棒立ちしていたウツギに着物姿の艦娘がやって来る。数十秒ほどの、着物の艦娘の余裕を持った見せ付けるようなその行動が、ウツギには何時間にも感じられた。
そんな、心の準備が出来ていなかったウツギに、着物の艦娘が口を開いた。
「あなた」
「深海棲艦よね?」
「船の護衛に就いているのは艦娘が四人って聞いたんだけど」
何気ない言葉の一言一言がやけに重いものに感じられたが、ウツギは平静を装って出来る限りの無表情で返す。
「よく間違えられる。こんなナリだが艦娘だ」
「そう。関係ないけどね」
「どっちだろうとこの船の積み荷が狙いだ、と?」
「逆よ。全部壊しに来たの。全部灰になるぐらい、ね」
言い終わると同時に着物の艦娘が刀を構える。ウツギは先程目の前の女の恐ろしい精度で放たれた砲撃で壊されたスナイパーライフルを放って、ナイフとリ級の艤装を構え、相手が近付く前に連射がある程度きく副砲を撃とうとする。
しかし
「無駄です」
「っ......!?」
目にも止まらぬ速度で船の甲板を駆け抜けてきた艦娘に、刀で艤装の砲を潰され
「速っ.........」
「.........」
取り出した瞬間に、駆逐艦暁のシールド付きの連装砲は盾ごと真っ二つに切断される。
「遅い......さっきの若葉のほうが強いわ」
「ふうおっ.........ぐっ!!」
速い、動きが自分には目で追えない......実力が違いすぎる......!
破損した艤装でどうにか防御したものの、左肩を浅く斬られ、蹴り飛ばされたウツギが船の甲板に倒れる。
「さっきのがなかなかだったから少し危ないと思ってた......でも良かった。強いのは若葉だけみたいね」
「......雑魚で悪かったな。負けだ。積み荷は火をつけるなり好きにしろ......」
「へぇ、負けを認めるの?みっともない。艦娘なら敵に最後までかかってきなさい」
「あいにく同士討ちに持ち込む程の度胸も命令への忠実さも無い。どうとでも言ってくれ」
「......じゃあ、お言葉に甘えて」
悪いな、深尾。恨むなよ上層部。任務の失敗の責任は時間を守らなかった貴方達にも多少はあるはずだ。
予想を遥かに超える強さの襲撃者に、首もとに刀を添えられたウツギが負けを宣言して乗り切ろうとすると、着物の艦娘はウツギの艦娘としてのやり方を酷評しながら、積み上げられたコンテナに何処からか取り出した砲の照準を合わる。
任務失敗か。駄目な奴だな。自分は。
体を起こして、船からウツギが降りようとしたとき
突然コンテナが大爆発を起こし、着物の艦娘とウツギが船の中央へと吹き飛ばされる。
馬鹿な、あいつはまだ撃っていなかった筈だ、なんだ今の爆発は?
時限爆弾でも積まれていたのか?と考えながら、全身に破裂したコンテナの破片が刺さり
「けほっ、......大丈夫か!」
「う......ぁ...なん......で」
「喋るな。っ、どうする......!」
腹部や肩に深々と破片が突き刺さり、傷だらけの着物の艦娘を抱えたウツギが考える。
海側......燃えている、基地の方も炎が挙がっている、八方塞がりか......!!
尚も爆発するコンテナの音が響き、挙がる火の手がどんどん大きくなる船の上に取り残されたウツギの焦りが加速していく。
生きたまま焼かれると言うのは......どういう感覚なのだろうな。
そんな、余りにも達観した場違いな事を考えながら自分の命を諦めかけた時、ウツギの耳に炎の音とは違う聞き覚えのある人物の声が届く。
「ウツギさン!!」
「春さ......!?」
燃え盛る炎を突っ切ってきた春雨に、ウツギは抱えていた着物の艦娘ごと抱き抱えられ、春雨と同じく海側の燃える船の甲板へと進んでいく。
「息を止めテ!肺をやられますヨ!!」
「ん......!」
春雨の言う通りに素直にウツギは息を止める。そして三人は炎の中に飛び込み......ほんの数秒後、船の上から飛び出し、海上を滑空する。
「っ、飛んで......」
「飛んでませン。カッコつけて落ちてるだけ、でス。はイ」
ウツギの発言に春雨が優しく笑って返答する。
自分の悪運に感謝、だな。
どうにかまた生き残れたことに、ウツギはそう思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「知らない?本当にか?」
「嘘を言ってどうするかも。秋津洲は何も知らないかも」
炎上する船を背後に、ウツギが秋津洲の返答を聞いて眉間にシワを寄せる。
若葉と春雨が自分の鎮守府の所属になったときに、「何かあったらいつでも呼んで!」と、教えてもらった秋津洲の携帯の番号にかけ、お得意の大型輸送ヘリコプターで大本営から駆けつけた秋津洲と夕張に、この極秘任務のことをウツギが聞く。結果、二人とも知らないと言ってきた。
一体どういうことだ。予定では確かに引き継ぐ部隊は大本営の所属だった筈だ。
本当に意味がわからないことばかり続いて頭が痛くなる。そう考えていた時、夕張から応急手当を受けていた着物の艦娘が、寝たままの姿勢で声をかけてきた。因みに春雨と時雨が拿捕したネ級は、その隣で不機嫌そうに、縛られたまま座っている。
「どうして助けるの?敵なのに」
「あれだけ強かったら私を直ぐに殺せた筈だ。それをやらなかったから......貸しを無くした。そんなところか」
「......変なこと、するのね」
着物の艦娘は続ける。
「知らないわよ......こんなことして元気になった私に殺されても」
「それは無いな」
止血だけ済ました、まだ両手を欠損したままの若葉が割り込んで喋る。
「若葉はいま生きている。それはお前が止めを刺さなかったからだ。そしてお前の目は」
「関係の無いヤツは殺さない。そんなことを言っているぞ?」
「......わかるの、そんなこと?」
「解るさ。本気で殺し会えばそいつのことは大体解る。持論だが、ね。......うふふ......」
ブラフなのか本気なのか。掴み所のない態度で笑いながら言う若葉の言葉を、着物の艦娘が聞き流す。
そんな時、秋津洲へのエマージェンシーにも使ったウツギのスマートフォンに電話がかかってくる。
かけてきたのは......深尾か。ウツギが電話に出る。
「もしもし」
『ウツギ、大丈夫か!!何か無かったか!?』
「何か、はあった......」
『本当か!?無事か!?』
「無事じゃなかったら電話なんて出られんよ。それよりどうした、やけに切羽詰まって?」
『そ、そうか良かった』
『なら、ウツギ。落ち着いて聞いてくれ』
『たった今、依頼主の第一呉鎮守府が』
『深海棲艦の大部隊の攻撃にあって、施設を放棄したらしい』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
艦娘、神風。
彼女はどうして船を狙ったのか。
そして依頼主の居ない謎の任務をこなしていたウツギたち。
謎解きの時間が始まる。
次回「濁り水」 推理、推理、推理。見えてくる物とは。
右肘のケロイドの手術というものをやりました。
利き腕使えないのめんどくせぇ......