「ツッチー......」
「さっちゃん......」
「「なんだこれええええええ超すげえええええええ!!!!」」
ポクタル島警備府の、海岸を見渡せる庭にて。乗用車一台ほどの長さの机四つにところ狭しと並べられた料理を見て、漣とツユクサが仲良くどでかい驚きの声を、隠そうともせずに挙げる。
時雨たち警備隊とシエラ隊が結託して装甲空母姫を退けた日から数えて三日目。休暇の最終日だったこの日、藤原提督は送別会と称して宴会を開いたのだ。
礼節も何もあったもんじゃない、と、周りから言われそうな動作で料理にがっつく漣とツユクサを横目に、ウツギが置いてあった肉料理に手を付けていると、藤原提督と深尾が何か喋っているのを目にする。何か喋っている、とは言うものの本人は近くに居たが、しかし喋る言葉がことごとく食事に夢中の二人に掻き消されてしまっていた。
「藤原提督、何もこんなに豪勢な会を開かなくても......」
「三日前は客人に出張らせてしまったんだ。これぐらいしなくては申し訳が」
「うめえぇぇぇ!!」
「ツユクサ、いま藤原提督が話して」
「いや良いんだ深尾。俺のことは気にせ」
「ぴょおおおぉぉぉぉ!?」
「......漣いい加減に」
「うんんんまぁぁぁあい!!」
「あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙たまらねぇぜ!!!!」
「............はぁぁぁぁ......」
話を遮られて三回目、深尾が溜め息をつく。御愁傷様。提督。そう、他人事だと思ってドライに考えながら二人の叫び声を背景音楽にウツギが静かに水を飲む。
リゾート地とは言え、この一週間。自分にはあまり合わない土地だったな、早く自分達の鎮守府へ戻りたい。とホームシックに近いような、少し違うような感情を抱いていたウツギに、後ろから尚も騒音を響かせる阿呆とは違う、明確にこちらに話し掛けてくる艦娘がある。時雨だ。
「ウツギさん!!麦茶です!!」
「......ありがとう」
「だ~れか~おかわりくださいッス~」
「お持ちしましたツユクサさん!!マルゲリータです!!」
「うぇっ!?はやっ!?......ど、どもッス」
......完全に執事か家政婦のそれだな。弟子入りしたのは若葉の下だったはずだが...... 。こんなによくしてもらって良いのだろうか、とウツギが貰った麦茶を飲みながら考えていると、ちょうど時雨がその事について聞いてくる。
ちなみに若葉は宴会のことを「つまらん」と吐き捨て、最低限の食事を取った後は会場の外に出ていったのをウツギは見かけていた。
「なぁしぐ」
「ウツギさん!!」
「な、なんだ」
「サザンカさんはどちらへ行ったのでしょうか!?」
「若葉ならあっちに......」
「ありがとぉございます!!」
前に、謝罪を述べた時のように訓練中の兵隊のような声量で礼を言った後、駆け足で時雨はウツギの指した方向へと去っていった。
「まさかとは思うけど、あの子こっちの部隊に転属とかしないよね。クマ?」
「知らん自分の管轄外だ」
「理由はどうあれ元気があるのは良いことなんじゃないか」。球磨の疑問に、適当にそう答えてウツギは食事に意識を戻した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「342......343......344......345......」
「んん゙っ!!ぐっ......!!」
「350......351......352......」
「んふふ......まさかッ、付き合ってくれるとはッ、思わなんだ......!」
「別に......鍛える......ふっ......良い......こト......んっ......」
「ほどほどにしてくださいネ。やりすぎは御体に障りますヨ」
夕暮れ時、宴会も盛り上がっていた頃。普通の人間ならば良いデートスポットになりそうないい雰囲気が漂う海岸沿いの公園で。若葉とアザミが二人仲良く上着を脱いで鉄棒に足を引っ掻け腹筋運動に勤しみ、その二人の近くで春雨が景色を楽しんでいた。
ただでさえ暑い島の気温に加え、トレーニングで身体も段々と暖まり汗だくになりながら腹筋をする二人の隣に、何時の間にやら、もう一人自主トレに励む艦娘が増えている。時雨だ。
「ふっ!ふぅ......ん゙っ!ふぅぅ......ふっ!」
「......なんだぁ?一人増えているな。ふふフ......」
「あっ、サザンカさん、僕もお供します!」
「別にかまわんよ。しかし良いのかな?お仲間は宴会だろう......?」
「大ッ丈夫っ......ですっ!ああいう場所っよりっ......鍛えるほうが性に合ってますからッ!」
鉄棒からぶら下がったまま、体を直角に曲げて静止し、体幹トレーニングでもやっているような体勢で頭に血が昇らないようにしていた若葉の質問に、時雨が腹筋をしながら答える。
最初は口先ばかりの阿呆だと思っていたが。まあ前の時もちらりとみていたがそれなりにやる奴じゃないか。少し侮っていた、と時雨にほんの少し感心した若葉が尚も筋トレを続けている時雨に言う。
「時雨、とか言ったな」
「どうかっ、しましたっ、かっ!?」
「雑魚と言って悪かった。認めてや......」
「本当ですかぁ!?おわぁっ!?」
「っと、気を付けてくださいネ」
「っ、すいません。ありがとうございます。春雨さん」
若葉が称賛の言葉を贈った瞬間、気が緩み鉄棒から落ちた時雨を春雨が抱き抱えて、地面に彼女が落ちるのを阻止する。
とっさに落ちた人間一人を苦もなくキャッチした......やっぱりシエラ隊の皆さんには敵わないや。と、どこかズレた認識をますます膨らませた時雨が、一先ずトレーニングをやめて、春雨の隣に座って彼女にならって景色を眺める。
「おい......お前......」
「はい、なんでしょう?」
鉄棒にぶら下がり続けている若葉の隣に居たアザミが、遊具から降りて時雨に話しかけてくる。
「自分の置かれた状況を冷静に判断して、悪い所はよく反省する。」
「それは、当たり前かもしれないけど。もっと上を目指したいならちゃんと意識するべき。」
説教か格言じみたものを時雨に言うアザミに、三人が唖然とする。
「......なんダ?......お前ら......顔......変......」
「え?あ、いや、そノ......」
「お前が普通に喋ったもんだから。駆逐棲姫と時雨がビビったんだろうさ......くふフ......」
「ハル......お前......失礼......」
「ごめんなさイ......」
春雨を薄く睨んだあと、すぐにまた無表情になったアザミは、二人の隣で夕日を眺めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ホテルに忘れ物は無いな?」
「サービスに確認したが大丈夫らしいぞ提督」
「そうか。じゃ、船着き場まで歩くぞ」
送別会と称した宴会が開かれた日の翌日の早朝。第五鎮守府の面々が鎮守府に帰るために身支度を済ませ、島の船着き場へと向かっていた。春雨の父親から贈られてきた硝子の花束は既に鎮守府に配送しており、そこまで多くない手荷物を片手にウツギたちが深尾の後を付いて歩く。もっとも漣、ツユクサ、明石の三人は両腕で抱えるほどの、大量に島で買い込んだ荷物をもって四苦八苦していたが。
「うぅおぉぉ......重てぇッス...... 」
「ツッチー前見えてる?ダイジョブ?」
「漣ちゃんも人のこと言えないんじゃない?」
「明石さんこそ言えねぇだろ......。アンタらどんだけ満喫してたんだよ......」
大きめの紙袋を一つだけ持って歩いていた木曾が、顔を赤くしながら大量の荷物を持って戦車のように歩く三人組を、複雑な感情が入り交じった変な表情で眺める。一番土産が多い明石に至っては手が空いていた天龍や、春雨、アザミにも荷物を持たせる始末だ。
「あの、もっと荷物持ちますヨ?」
「春雨ちゃん、駄目だクマ。馬鹿に優しくするとつけあがるから」
「アタシは賢いッス!!」
「だからそういう問題じゃねぇって」
「みんな酷いッス!あ、若葉!片手空いてるなら手伝って!」
「若葉はこれで手一杯だ」
「はぁ!?新入りは大人しく先輩の命令を聞けと教えられなかったッス......」
ツユクサが全部喋らないうちに、若葉が持っていた小さな箱をツユクサが持っていた荷物の山の頂上に背伸びして置く。すると盛大にツユクサが前にずっこけた。
「お゙も゙っ!?なにコレバカじゃねーの!?」
「解ったか?若葉はこれで手一杯だ......ふふフ......」
「わかったから!わかったから早くどかして!」
「何が入ってんだよ......」
「木曾」
「なんだ?」
「あいつに突っ込んだら負けだ」
「......だな。」
朝っぱらから元気な奴等だな、とウツギが無表情で考えていると、深尾がその場に止まる。見れば既に船着き場に着いていたようだ。目の前には島へやって来たときに乗ったものと同じ豪華......と付くかはわからないが客船が停まっている。
なんだか随分と長く感じる休暇だったな。そう思っていると、ウツギが眺めていた船の乗り場から自分の知っている艦娘が降りてくる。黒いセーラー服に、二ヶ所がハネている特徴的な髪型......時雨である。
「あ、おはようございます。第五鎮守府の皆様」
「......なんでここに?」
客船の護衛にでも付くのか?と思っていたウツギが、何かの手続きをやっている深尾をちらりと見ながら時雨に質問する。返ってきた答えは
「あれ、聞いてないんですか?僕は、」
「一ヶ月の期限つきで、第五鎮守府に所属することになりました!よろしくお願いします!!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
鎮守府へと戻ったFS隊。
そこへ、大御所の客からのある依頼が入り、
彼女たちはとある輸送船の護衛任務に付く。
それが、また新たな戦いの引き金となることなど知らずに......
次回「機密物資護衛」 漂うこの香り。ずばり、死の芳香。
これにて第三章は終わりになります。