雲ひとつない快晴の空の下。海上では轟音が響き渡り、砲弾が宙を舞っている。 時雨率いる警備部隊は実に七年ぶりに島へと侵攻してきた敵部隊と交戦中だ。実戦経験が皆無とはいえ毎日の演習で鍛えられていた部隊員の艦娘たちは、初めての実戦でも上手く立ち回っていた。が......
「はぁ、はぁ......敵艦撃破!次!」
「クッソ、弾が切れた!姉貴先戻ってるわ!」
「江風、なるべく早く戻ってきてくれるとうれしいなっ......!!」
やはり「死ぬときは死ぬ」という実戦の空気にあてられたのか、無駄弾を撃ってしまい補給に戻る艦娘が多く、初めは12人いた部隊員の内既に残っているのは時雨を含めた5人だけだった。
さらにこれに合わせて敵の数も多い事が彼女たちの緊張と焦りを増幅させていた。空母や戦艦の敵が居なかったものの、何匹かの駆逐艦級の深海棲艦は防衛ラインを突破し島の設備を攻撃していると言う。
優に目測だけでも50を超える敵を何とか食い止めるために、縦横無尽に海上を動き回って敵を撃っていた時雨が額の汗をぬぐった時、無線から怒号が飛んでくる。
『レーダー二基損壊!!迎撃部隊は何をやっているんだ!!』
「こっちだってやってるよ!!......敵の数がッ!!」
『コンデンサ大破、発電施設の被害拡大!!』
「補給中の子に言ってよ!!こっちはこれっぽっちの余裕もない!!」
レーダー施設と発電所のスタッフへ怒鳴り声で時雨が返す。
いったいどれだけ倒せば打ち止めなんだろうか。もう何匹沈めたのか自分でもわからないや。
最後の予備弾倉から砲弾を補充した時雨が、疲れきった体にムチをうちながらそんな事を考える。
しばらく時間がたち、更に2名補給に戻り、海上には時雨と戦艦「山城」、軽巡「川内」だけが残っていた。しかし敵はもうすでに片手で数えるほどしか残っていないことを確認した時雨が、ほんの少し余裕を取り戻して呟く。
「......数は減ってる、これを全部やれば!」
「う~んやっぱり夜じゃないと調子でないなぁ~」
「川内、あと少し頑張れば補給に行った子も戻るから!」
「ね、ねぇ時雨。アレ......」
「山城もあと少しのしんぼう......!?」
話しかけてきた山城を激励しようと時雨が後ろを向く。体の向きを変えた時雨の目に入ったのは、
ざっと100機ほどの深海棲艦の戦闘機だった。
「っ!これはジョーダンきつくないかな......」
「もう少しだと思ったのに......不幸だわ......」
空母は居ないって聞いてたのに、まったく僕はどこまでも運がないな......!
そう心のなかで悪態をつく時雨が敵の戦闘機に砲の照準を合わせて引き金を引こうとする。しかし何か様子がおかしい。というのも飛んでいる複数の戦闘機が何やら板のようなものを懸架しているのを時雨が目にしたのだ。
なんだろうアレ......爆弾か何かか?と、3人が板に向かって砲撃を行うが、懸架されていた板は凄まじく頑丈で、素人目でもわかるほど攻撃は弾かれダメージが入っているようには見えなかった。
そしてそのまま板を懸架した戦闘機が時雨たちの近くまでやって来ると
板から深海棲艦が降下してきた。
「......っ、随分と凝った演出の登場だね」
「ひ、姫級......!」
空から降りてきた五体の深海棲艦は、戦艦タ級が1、レ級が1、ル級が2。そして
最後に降りてきたのは深海棲艦の最強格、姫級の「装甲空母姫」だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「急げよてめぇら!!燃え広がる前に消せ!!」
「先輩危ないですよ!下がったほうが!」
「女のガキどもが前で命張ってんだ!!俺らがビクビクしてられっかよ!!」
「お水持ってきました!」
「おうでかしたデカ腕!!」
「誰がデカ腕ですか!夕張です!!」
時雨たちが前線で敵を食い止めている頃。レーダー設備施設の職員と、暇を持て余していたために施設スタッフの手伝いをやっていた夕張は、防衛ラインを突破した深海棲艦の攻撃で破損したパラボラアンテナの消火活動に追われていた。
あちこちに砲弾が飛び交う場所で臆することなく指示を出す職員に、「デカ腕」と呼ばれ少し頭に来ていた夕張が、その自身をデカ腕呼ばわりした頭にバンダナを巻いている男にあと少しで艦娘が護衛に来ることを報告する。
「良かったですね、あと2分で護衛が来るみたいですよ!」
「あぁ!?いらねぇよそんなもん!!」
「はい!?何言ってんですかこんなときに!?」
普通なら喜びような報告にしかめっ面で返答する職員に夕張がまるで意味がわからないと返す。
「あんなガキに守られちゃあ漢じゃねぇ!!いざってときはこの鉄より硬ぇ俺のコブシで......」
言い終わらないうちに、その職員の頬すれすれを砲弾が掠め、作業中の職員たちの背後にあった貯水タンクが吹き飛ぶ。
「ごめん前言撤回、はやく来てぇぇぇぇ!!!!」
「それ見たことか!」
すぐに態度を変え、挙動不審になって慌てる職員に夕張が突っ込む。
不味いかも、誰か早く来ないかな......。と、もう目で見える距離まで敵の駆逐艦が迫っているのを確認した夕張がそう考えていると、一匹の駆逐艦が爆発と同時に叫び声を上げて沈んだ。
あれ、予定より早い......?夕張が困惑していると、自分からすぐ近くの水辺に一人の艦娘がやって来た。
「うおっしゃぁー!アタシが一番乗り!!」
「ツッチーあぶなーい!!」
「んぇ?ほんぎゃあっ!?」
颯爽と駆け付けて敵駆逐艦を撃破したツユクサが夕張の方を向いて笑顔でピースしたと同時に被弾する。
......大丈夫なのかなこの人。夕張が敵を目の前にとんでもない隙を見せ、砲弾を顔面キャッチしたツユクサのことをそう思っていると、海面にずっこけたツユクサの元に漣が駆け寄ってくる。
「ツッチーダイジョブ!?」
「さっちゃん、心配ないッスよ。それより......」
ツユクサがゆっくり立ち上がり、ニコニコしながら目を赤く光らせ、また新しく取り寄せて装備した重巡摩耶の砲を構えて突撃する。
「やりやがったッスね、あんちきしょう......」
「100倍にしてお返ししてやるぜええええええぇぇぇぇぇ!!!!」
あ、心配なかったかも。すっごい強そう。
頭に血が昇った状態で敵の群れに突っ込んでいくツユクサを見てそう思う夕張だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「われら、楽園警護部隊強襲撃滅特別攻撃艦隊!!」
「「「「百花繚乱・明鏡止水!!!!」」」」
「レ級!遅れたぞ!!」
「も、申し訳ありません姫様!!」
先程戦闘機が牽引していた板から降りてきた深海棲艦が横並びに隊列を組み、そう名乗り口上を挙げる。
......なんでだろう、姫級の深海棲艦なのにまるで怖くないのだけれど。
時雨が前に資料で見たときとは違い、全員が何故かタキシード姿で砲の類いを一切持っておらず両手に西洋刀と思われる物を持ち、戦場と言う場所ではおよそ似つかわしくない妙な行動を取った目線の先の深海棲艦に面食らう。
すると、そんな時雨を見ながら装甲空母姫が口を開いた。
「ふっ......どうした?この私を見て恐怖で怖じ気づいたか?」
「流石です姫様!戦わずして相手の闘争心を削ぐとは!」
「ふん、世辞はいい。何か言っておくことはあるか、艦娘よ?」
余裕たっぷりに、目線の先で好き勝手言い始めた装甲空母姫に、何故か腹が立った時雨が言い返す。
「ひとつ、いいかい?」
「なんだ?私の部下にでもなりたくなったか?」
「さっきの挨拶の事だけど」
「ここはお遊戯会の場所じゃないよ?」
機嫌が悪そうに眉間にシワを寄せながら時雨が発した言葉を耳にして、装甲空母姫が顔に青筋を浮かべる。
「き、貴様!!我々を愚弄するのか!?」
「姫様気にする必要はありません!たかがネズミ一匹の戯れ言です!!」
顔に青筋を浮かべ、眉をヒクつかせる装甲空母姫をル級がなだめる。
「ふう~。ありがとう、ル級。だがここまでこの私をコケにしてくれた輩は初めてだ......」
「隊列変換、魚鱗の陣!!」
そう言った後、装甲空母姫とその取り巻きが陣形を組んで時雨たちの元へと突っ込んでくる。
「愚かな艦娘どもに裁きを下す!!」
「山城、川内、来るよ......!」
「いやぁ、ちょっと挑発する必要は無かったんじゃないの!?」
「姫相手だなんて......やっぱり不幸だわ......」
剣を構えて突っ込んでくる装甲空母姫たちに、時雨、山城、川内が残り少ない砲弾を使って砲撃を行う。が、撃った弾は装甲空母姫に届く前に取り巻きの戦艦に切り払われてしまう。
「はははっ、無駄無駄ぁ!!」
「っ......自分でやったわけでもないのに偉そうに!」
引き撃ちに徹する時雨たちに元気に突っ込んでくる敵に、時雨が悪態をつく。
さっきからの計算が合ってたら......もう何秒もしないうちに弾が切れる......どうするべきか。
そう考えながら冷や汗をかきながら時雨が正面の敵を見据える。すると
いきなり装甲空母姫が大爆発を起こして後ろに吹き飛んでいった。
「きゃあああぁぁぁぁ!?」
「ひ、姫様あああぁぁ!?」
一体何が......?相手ほどではないがいきなりの出来事に時雨が混乱する。
......っそうか、援護が来てくれたんだ!!そう確信して時雨が後ろを向く。彼女の視界に入ったのは
「元気か?時雨。」
「んふふフ......戦闘開始、だナ......」
「ウツギさん、サザンカさん......!!」
スナイパーライフルを構えたウツギと、背中から打刀を取り出している若葉だった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
時雨の前に現れた、装甲空母姫。
警備隊とシエラ隊は共同で彼女に立ち向かう。
そして若葉......サザンカは
一人淡々と刀の使い方を学ぼうと、敵に突っ込む。
次回「山茶花舞う」 困難に打ち勝つ、ひたむきさ。
映画見てからインフルになりました。やっぱりいま時期に人の多いところはダメだったんですかね......あと映画は面白かったです(小並感