「若葉......いや、サザンカさん!!僕を弟子にしてください!!!!」
「......ん?」
演習も終わり、濡れた服を着替えて広々とした客室でウツギたちとのんびりしていた若葉が......他にもアザミ以外の第五鎮守府の艦娘達が、自分達の知らないうちに目の前にやって来ていきなり意味のわからないことを言い出した時雨に面食らう。
なぜこいつはそっちの名前を知っている。それにさっき痛めつけてやったばかりなのに......意外と打たれ強い奴なのか。
面白い。
若葉がそんなことを考えながら、口元だけ笑った顔で時雨に聞く。
「サザンカ、と言うのは誰から聞いた?」
「深尾司令官から御聞きしました!」
「こんな気狂いに弟子入りしたいなんて酔狂な奴だな」
「いいえ、僕はサザンカさんとの演習で自分の弱さを知りました!!ありがとうございます!!」
二人の様子を隣で本を読みながら見ていたウツギが少し呆れた顔で横やりを入れると、時雨は何も問題ありませんといった心情が滲み出ているような顔で返してくる。
弄って楽しそうな物質が増えた。どう使おうか、ただ壊さないようには気を使うか。内心では満面の笑みを浮かべて、制服の胸元の花の刺繍を弄りながら若葉が続ける。
「勝手にしろ。だが若葉からは何もしないぞ......ふフ......」
「ありがとうございます!!」
若葉の返事に、訓練中の兵隊のような声量で礼を言う時雨にウツギが顔をしかめる。
そして時雨は今度はロボットのような動きで体の向きを変えて、第五鎮守府の艦娘達に謝罪を述べる。それももちろん訓練兵のような大声で。
「シエラ隊の皆様、この度は大変、誠に申し訳ございませんでした!!私、ポクタル警備府総旗艦時雨は、今回の失態を教訓として、二度と同じ過ちを繰り返すことのないように肝に銘じます!!また身勝手な御願いではありますが、これに懲りず、今後ともよろしくお付き合いくださいますようお願い申し上げます!!」
時雨の長々とした、妙にかしこまった謝罪に天龍や球磨が少し引いているのをウツギが目にする。アザミは無表情、春雨は心配そうな顔をしている。
......嫌味ったらしい奴かと思ったが意外とさっぱりした性格なのだろうか。と、演習前とは180度言動が変わった時雨にそんな考えをウツギが浮かべているとき、アザミが一切の感情を削ぎ落としたような顔で呟く。
「うるさい......また来た......もうやダ.........」
アザミの小さなぼやきは誰の耳にも届かなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
すっかり日も暮れて辺りが暗くなった頃。雨も止み霧も晴れた外で、江風が上を向いて空の三日月を眺めながら独り言を喋り始める。
「あ~あ。つまんねぇ~の。せっかくお客さン来たってのに、ぜんぜんお喋りできなかったじゃンかよォ」
「にひゃくっ......いちっ......!にひゃくっ......にっ...!」
「......いやぁでもウツギさンかっこ良かったなァ、敬語が似合うくーるびゅーてぃーってやつ?」
「にひゃくっ......じゅうっ......!にひゃくっ......」
独り言を呟く江風の隣には時雨が片手で腕立て伏せを行っていた。
......なんか今日の姉貴おかしいンだけど。何かあったンかな。そう考えながら気になった江風が時雨に質問する。
「なぁいきなりどうしたンだよ姉貴?何?直海提督じゃねぇのにさぁ、ムッキムキになりてえのォ?」
「うっ......る...さいっ......!......サザンカさんやウツギさんに追い付くには死ぬ気で頑張らないと.........!」
散々暴言に近い言葉を浴びせた相手を「さん」付けで呼び始める姉に、江風がにやりと笑って時雨をおちょくり始める。
「おっ?さん付け?先輩リスペクト?」
「なんっ......かっ......文句でも......!?」
「えっ?いやいや、別に。上下関係をしっかりするのはいいと思うよ?うンうン。山風姉もそう思うよな?」
「えっ......まぁ......そうなんじゃない......」
江風が隣に居て同じく空を眺めていた、これまた江風の姉である「山風」に話を振る。
いきなり話題を振られた山風はどもりながら返答する。......時雨姉の手伝い......しようかな。そう思った山風は視線を夜空から腕立て伏せをやっている時雨に移す。そして
「にひゃくっ......ごじゅうっ......!」
「............」
「にひゃくっ......」
「んしょっ」
「ごじゅういっ......んがぁっ......!?」
山風がトレーニング中の時雨の背中に勢いよく腰掛ける。突然の出来事にたまらず時雨が押しつぶされてしまい、あわてて山風が謝る。
「ご、ごめん、時雨姉。頑張ってるから手伝おうと思って......」
「......き、気持ちだけ受け取っておくよ。山風。......でも今は遠慮しとくかな......」
汗が滴る顔で時雨は苦笑いしながら、自分の背中に座る山風にそう返した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ウツギ......だったか。お前の部隊宛の荷物が来てるぞ」
「私達宛、ですか?」
翌日、食堂で第五鎮守府の艦娘たちと深尾が朝食を取っていると、筋骨隆々の大男、藤原提督からそんな報告をウツギが受ける。
荷物......いったいなんだ。宅配便なんて頼んだ覚えは無いぞ。ツユクサか漣の荷物か?、そう思ったウツギは少し離れた場所に座ってばかでかいパフェを食べていた二人に聞く。
「ツユクサ、漣。荷物だぞ」
「へ?漣なんも頼んでないけど?」
「アタシも知らねッス」
「......なんだと?」
予想が外れて面食らうウツギに、藤原提督が机に置いた荷物の荷札を読み上げる。
「差出人は......『
「えっ、お父さン!?」
「春雨ちゃんの親父さんクマ~?」
藤原提督の読み上げた名前に春雨が反応する。
須藤......春雨の元の名前か。こんな場所で聞くことになるとは思わなかったな、と、どうでもいいような事を考えながら、ウツギが春雨の了承を経て箱を開ける。中身は......
「花束......造花か?......いや違うな」
「わぁ、ガラス細工の花束じゃないですか!!」
「......どこから出てきた」
「あ、どーぞ気にしないでください」
突然現れた時雨にウツギが突っ込む。
「すっげ何これ、マジで作りもんなのこれ?」
「綺麗......」
「はるちゃんのオヤジさんマジハンパネェ!」
「職人の技ってやつですね......すごい......」
箱の中の見事な芸術品に他の艦娘達が見とれているなか、ウツギは箱の底にも何かが入っているのを見つける。
これは......封筒か。中身はなんだ?と何気なく封を切って中身を取り出す。......入っていたのは春雨、アザミ、そして春雨の父親と思われる、がっしりした体格の頭に白いバンダナを巻いた男性の三人が写っている写真だった。
「写真か」
「うわぁアザミちゃん相変わらず無表情クマね~」
「無表情?笑顔ッスよ?」
「は!?これでクマか!?」
「あ~これを送るついで、ですかネ。こレ」
「ついで!?ついででこんなもんくれんの!?」
「私も同じものは作れますヨ。慣れれば簡単でス」
「マジで言ってんのかよ......」
さすが職人の娘、と天龍と木曾が驚いていると
建物内にけたたましくサイレンの音が響き渡る。
「来た......!殺りあう時間だ......!!」
「警報...敵か。提督、どうする」
「藤原提督、私たちは?」
警報を聞いて嬉々とする若葉を無視してウツギが深尾に自分達への指示を扇ぎ、深尾が藤原提督に自分達はどうすればいいのか聞く。
「こっちの部隊を出す。君たちは後ろで万が一の時のために控えて貰っていてもいいか?」
「提督、僕らよりもウツギさんたちのほうが実戦には慣れているけど......」
「時雨、緊急事態とはいえ彼女たちは休暇で来た艦娘達だ。出来る限り俺たちでやるしかない」
「......了解」
藤原提督に説得された時雨が、渋い顔をしながら藤原提督と共に食堂を出ていく。
な~んだ今日の予定潰れるかと思って焦ったわ、と言う漣を「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ」とチョップする天龍を見ながら、ウツギはどうも漠然とした嫌な予感がしたが、指示通り待機するために艤装保管室へと向かって食堂を後にした。
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実に七年ぶりの島にやって来た敵と交戦する警備部隊。
積み重ねた演習の効果は実戦でも発揮できるのか。
しかしウツギと時雨の二人は、
偶然にも同じような「嫌な予感」を抱えて、戦闘に挑む。
次回「胸騒ぎ」 この、ざらついた感触は、何。
最近寒いですね。(書くことが無い