さぁて何処から来る。前か、後ろか、右か、左か。もしかしたら下か上からというのも、あれだけ自信があるやつなら有り得るなぁ。まぁ関係ない、どこから来ようが若葉が勝つことには変わらない。
「この若葉の腕に似つかわしければいいんだが、な。んっくっくっクッ......♪」
真っ白な景色が広がり、数十メートルすら視界が利かない海の上で、両手に砲を持った若葉がひたすらじっと目をつぶって相手の攻撃を待つ。雨に濡れる不快感などは特に感じず、静かな白い闇の中で若葉は精神を統一する。
こんなろくに何も見えない場所で、それに相手のホームエリアで下手に動き回るなぞただの自殺行為だ。なんの確証も理屈もないただの持論に過ぎない。しかし自分なりにそう考えて、目を瞑っていた若葉の背後から砲撃が飛んでくる。
「...後ろか............ふフっ......」
演習用のペイント弾が付着した制服の袖を見て、若葉が口角を吊り上げる。
そして身を翻しすぐに両手の砲を、砲撃が飛んできた方向へと滅茶苦茶に撃ちまくり、辺りは大雨と濃霧、さらに今の砲撃の煙でさらに視界が悪化する。
「ふん、食らえ......」
「隙だらけだよ」
「何?」
若葉が砲弾をありったけ撃ち込んだ方向とは反対の、また背後から時雨の声が聞こえたと思った瞬間、若葉の持っていた連装砲に何かが引っ掛けられる。
これは......糸......?あぁそうだ、ワイヤーとか言うやつか。
砲をワイヤーに巻き取られ、そのまま持っていかれたにも関わらず若葉が他人事の用にそんな事を考える。
「んふふフ......面白い曲芸だ......」
「喋っている暇は無いよ?」
砲を持っていかれた若葉の耳に、また何処からともなく時雨の声が聞こえてくる。そしてそれとほぼ同時にまた自身に向けて正確な砲撃が飛んでくる。
「成程、成程。んふふフ......結構やる......」
「......回避行動すら取らないってどういうことだい?」
「ん?簡単な話だ。『ハンディキャップ』ってやつだ」
「っ......!馬鹿にするなああぁぁぁ!!」
若葉の挑発に激怒した時雨が、今度は若葉の艤装に取り付けられた魚雷発射管を引っ剥がす。
「お~お~不味い不味い。丸腰になってしまう。」そうとぼける若葉に苛々しながら時雨は次々若葉の艤装の部品を剥がして、砲撃を当てて若葉にダメージを与えていく。
どこまでも僕を馬鹿にして......低練度の駆逐艦が......。それに僕は、雨さえ降れば戦艦だって敵じゃないんだ!!
いままで数百回に及ぶ演習で未だ負け知らずの時雨が、相手からぶんどった魚雷を放り投げると、またワイヤーを投げて若葉がもう一つ持っていた砲を巻き取ろうとする。
「でももう見切っ......」
「獲った!これで君は丸腰だよ!!」
何かを言おうとした若葉を遮り、時雨がワイヤーを引っ掻けた砲を手繰り寄せる。
なんだ、大口を叩くだけで大したことないのはそっちじゃないか。今までで一番つまらない演習だ。時間を無駄にしたな。
考えていることとは裏腹に、時雨があっけない勝利 まだ勝ったと決まっていないにも関わらず にニヤニヤ笑う。
が、
つ ~ か ま え た ♪
まだ時雨の戦いは終わっていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うっ......ぐぅっ......!?」
な、何だ、一体何が起きた?ワイヤーの感触と重さは確かに砲一つ分だったのに......?
若葉に殴り飛ばされ、軽いパニックに陥った時雨のもとに、ゆっくりと......下から覗いた能面のような笑顔の若葉がつかつか歩いてくる。
「ん~?どうしたそんな顔をして?変なものでも見たか......?......くくくク......」
「な...んで、ごほっ!、僕の居場所が......?」
殴られた衝撃で口の中を噛んでしまい、血を吐いてむせる時雨に若葉がからから笑いながら、口を開く。
「うふふフ......わざわざ説明する阿呆がどこに居る?」
顔の真っ白い化粧で、笑顔の不気味さに拍車がかかった若葉が、海上に座り込んだ時雨を見下ろしながら笑う。
「ん~、じゃあとどめで......」
「......だだ」
「ん?」
「まだ負けた訳じゃない!!」
目の前で悠々と砲の照準を合わせる若葉に向かって、時雨がワイヤーを砲から射出して若葉を拘束する。
「おっと、こういう使い方もできるのか......ンふフフ......」
「油断したね。さぁ、もうこれで動けないわけだけど?」
「う~んそうだなぁ......これは困った......」
「ッ......!そのお喋りな口を黙らせて......」
ワイヤーで縛られ身動きが取れなくなった若葉に、時雨が背中から展開した砲の照準をあわせて引き金を引こうとしたとき、
「誰も動けんとは言ってないが?」
「え」
そう言った若葉が全体重をかけて背中から海面に倒れこむ。
「うわあぁぁぁぁ!?」
「ふん、雑魚が......」
予測できなかった若葉の行動に、そのまま時雨が振り回され若葉の背後の水面に叩きつけられる。
そしてしこたま海水を飲み込んでしまい、時雨がその場にむせる。海面に叩きつけられた拍子にワイヤーの拘束を緩めてしまい、自由になった若葉は素早く時雨の頭を引っ掴むと、そのまま砲を投げ捨てて一応手加減しながら素手で時雨を殴り始める。
「はいい~ち~、に~い~、さ~ん~♪」
「がっ......!ぐぁっ......ぃっ......!?」
「なんだぁ?たった三発で終わりかぁ?......ウツギより打たれ弱い......」
「......あぁ......け...ぐぅっ!?」
「あーあーもういいぞ。飽きた」
何かを言おうとした時雨の腹に、若葉が拳をめり込ませ気絶させる。
多少は楽しめたが......あっけなさすぎる。あと駆逐艦の体で良かった。でなければこいつは死んでいたな。
若葉がそう考えながら、鼻血を垂らして気絶した時雨を背中に抱えたとき、制服の胸ポケットに入れた無線が鳴る。
「なんだ?」
『若葉、やりすぎだ!時雨のカメラ映像見たあっちの艦む......』
『うっちゃん代わるクマぁ!若葉よくやったクマ!球磨はあのビッグマウス野郎がぶっ飛んで清々したクマ!』
『どーすンだよ姉貴やられちまったぞ!?やべぇってあのナンとか隊の人達に謝らねぇとォ!!アタシたち殺されちまうよォ!!』
「ちっ煩いな......」
さっさと帰るか。無線の奥で喧しく叫ぶ球磨たちを無視して、若葉は無線機を握りつぶして放り投げる。そして退屈そうな無表情で、若葉は時雨を抱えて島の警備府がある場所へ向かって海を駆けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「姉がご迷惑をおかけしました!!申し訳ありませンでしたァ!!」
「......どうしました?いきなり」
演習が終わって、若葉が気絶した時雨を抱えて帰ってきてから数分後。モニターで若葉の艤装のカメラ映像を眺めていた、第五鎮守府の面子に向けて江風が大声で謝罪の言葉を口にする。
......なんだ、何もされた覚えはないけど。ウツギが疑問に思って、目の前で直角にお辞儀している江風に質問する。......江風の後ろでは警備隊の駆逐艦たちが涙目で震え上がっていたがなるべく気にしないようにした。
「あの、頭上げてください。どうしたんですか急に?」
「姉に代わって謝りに来ました!!」
「......?時雨さんが何か?」
「えっ......いや、あの......あなたに悪口言ったりだとか、そこの御方をカタワ呼ばわりしたとか、雑魚が調子に乗るなとかいっ」
江風がそこまで喋った時、アザミが机を少し強めに叩く。無表情で机を叩いたアザミがよっぽど怖かったのか、江風は「ひっ!?」と言ったあとしゃがみこんで泣き出してしまった。
「ごめんなさいごめんなさい許して許して命だけはぁぁぁぁ!!!」
「......あノ~」
「ひぃっ!?すみませンすみませンごめンなさいごめンなさい......」
部屋の高級そうなカーペットに、頭を擦り付けながら土下座する江風に春雨が話し掛ける。が、逆効果だったのか江風はますます錯乱して謝罪の言葉を垂れ流すだけのスピーカー状態になってしまい、春雨が困った表情で天龍へ投げ掛ける。
「天龍さん、どうしましょウ?」
「えっ俺っ!?えっと......提督と若葉が来るまで待つしかなくね?」
いきなり会話に参加させられた天龍が、どもりながら春雨に提案する。
......そういえば何でアザミは机を叩いたんだろ。江風の証言に少し腹を立てたものの、物に当たるほどではなかった天龍は、机の向かいに座っていたアザミに聞く。ちなみに江風はまだ誰もいない空中に小声で謝り続けていた。
「なぁ、アザミ。なんでさっき机叩いたの?」
「その......赤いの......うるさイ。だから......黙る......させタ.........」
相変わらず何考えてんのか全然わかんねぇ......つか怖ぇよ。
目の前でコーヒーを飲んでいるアザミと、ぶつぶつ何か言っている江風を交互に見る。早く若葉か提督帰ってこねぇかな。そう思う天龍だった。
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無事......とは言えないかもしれないが演習は終わる。
初めての挫折を味わった時雨は、
第五鎮守府の艦娘たちへと、ある行動をとる。
そしてその標的には若葉が選ばれるのだった......
次回「折れない心」 挫折して、また強くなる。
劇場版艦これってどれぐらいの人が観に行ってるんすかね