深尾(若葉がニコニコしながら肉をさばいている......)
若葉「飽きないなぁ......肉を切り刻むのは......」
深尾(どんな理由で炊事係やってんだぁコイツはぁぁ!?)
今は昔の話だが、深海棲艦が現れてから五年ほど経った日。とある大企業が深海棲艦の無差別攻撃によって、住む場所を失った難民たちに仕事と土地を与えよう、と、半ば慈善事業じみたプロジェクトを立ち上げる。
その企業の圧倒的な科学力と資金力によって創られた島、「ポクタル島」に難民達は避難し、彼らはその企業をまるで神か何かのように崇めるようになった。
この島は半分を大型リゾート施設に、そしてもう半分を移民たちの居住区にしており、リゾート運営は住民たちのライフワークとなると共に、立ち上げた企業と住民たちに多大な富をもたらした。
そしてそのままこの島は、今日まで駐在するようになった艦娘たちによって守られる「地球上で最も安全なリゾート地」と呼ばれ、いまだに人気の衰えない最高の娯楽施設として有名になった。
そんな地上の楽園に、第五横須賀鎮守府の面々は、他の鎮守府の部隊に自分達の持ち場を任せて、大本営から渡された褒賞である「特別優待券」を使って休暇を過ごしに訪れていた。そしてウツギたちは......
「さっちゃん見てみて!スゴくないッスか!?超大盛りパフェだって!!うちらの身長ぐらいあるッス!!」
「やっべぇ!ハンパねぇ!ちょ、ツッチーあそこ!!輸入品物産展だって!!」
「花の香りの自然素材のクレープ......惹かれるな」
「
「アザミが笑ってる......れ、レアだ......」
「つまらん......戦いが出来る場所はないのか」
「若葉、アレとかどうクマ?」
「ほう?艦娘模擬戦アリーナだと?面白い......」
「超硬ワイヤーカッター!?レア物じゃないですかぁ!!」
「球磨姉ぇ!見ろよアレ!海賊遊覧船だって!!」
完全に浮かれていた。と言うのも、元々人間だった漣は別だが、他の艦娘たちは今まで見たことがない「外の様子」に心を奪われてしまっていたのだ。いつも無表情かつ大抵のことには無関心なウツギとアザミも例外ではなく、道の周りに大量に展開されている屋台や露店に興味津々だ。いつも騒がしい漣やツユクサはともかく、ウツギやアザミまでまるで遊園地に連れてきた子供のような状態になっているのを見て、天龍が若干引いていると、そんな浮かれている自分達の艦娘たちに向かって深尾が口を開いた。
「あ~、お前ら。楽しみにしてるとこ悪いがもう少し待っててくれ。先に行かないといけない場所がある」
「ご主人様、それは一体どんな?」
「漣......遊戯施設に行く訳じゃないぞ......」
目を輝かせて聞いてきた漣に深尾が眉間にシワを寄せながら返す。
「表向きは休暇じゃなくて、ここの警備部隊の視察だ。駐屯地の提督に挨拶したら、時間まで遊んでこい」
「へ~い......」
「提督、聞きたいことがあるんだ」
「ん、何だ?」
先程クレープ屋の屋台を見ていたウツギが、少し俯きながら深尾に質問する。自分の容姿のことについてだ。
「その......自分のこの見た目で町を出歩いて大丈夫なのか」
「問題な......」
「大丈夫ですヨ」
ウツギの疑問に答えようとした深尾を遮って、後ろから付いてきていた春雨がいつもの笑顔で答える。
「ここは、毎日仮装パレードをやってるんでス。それの関係者って言い張ればどうとでもなりますヨ」
「春雨の言う通りだ。どういうわけか深海棲艦の仮装をやってる人も多いみたいで。......春雨、ここに詳しいのは予習でもしてきたのか?」
そのままでも大丈夫だ、と言われてウツギがホッとしていると、自分を遮って説明した春雨に深尾が聞く。そんなんじゃないですヨ、と春雨は言った後更に続けて......
「ここに私の実家があるんでス」
屈託のない笑顔でそう言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふっんっ...!んっ、ようっ...こそっ......!!ふぅ......ポクっ...タルっ、警備府へっ......!!ふっ......!!」
「は、初めまして、第五横須賀鎮守府の深尾 圭一です......?」
「......同じく、秘書艦のウツギです」
なんだなんだこの筋肉ダルマは。自己紹介中なのに何をやっているんだ。
ポクタル島の艦娘たちを率いる提督。目の前で自己紹介の最中にもかかわらずダンベル片手に筋トレを行うマッチョなその男を見て、ウツギがそんなことを思っていると、目の前の男が秘書艦と思われる艦娘から注意を受ける。
「提督、いくらなんでも筋トレしながら挨拶は失礼じゃないかな?」
「むっ、そ、そうか。時雨、すまん」
艦娘から苦言を呈されたムキムキな男が、手に持っていたダンベルを地面に置いて、改めて自己紹介する。......尤もウツギは、すごく重たい音を出して地面に置かれたダンベルが気になって仕方がなかったが。
「さっきはすまなかった。改めて、ここ、ポクタル警備府の提督を勤めている
「僕は秘書艦の
お互いに自己紹介が終わり、深尾は藤原提督と、ウツギは時雨と握手する。時雨......春雨の姉妹艦だったな。自分の記憶が正しければ。ウツギが資料で見た艦娘の姿と、目の前の時雨を重ね合わせる。ちなみに隣で藤原提督と握手していた深尾は......体格が違いすぎて藤原提督がすこし屈んで握手をしていた。その様子を深尾の後ろで見ていたアザミ以外の面々が笑いを堪えているのをウツギが目にする。
......深尾が小さいのもあるがこの藤原という男でかいな、一体何を食べて生きていればこんな体格になるのだろうか。と、ウツギが思っていると、自分達の鎮守府よりもかなり広く造ってある執務室に、一人の艦娘が入ってきた。
「時雨さん、改二艤装の点検終わりました~」
「もう終わったのかい?すごいね、こんなに早いのは初めてだ」
「いえいえ。これが仕事ですから」
「ふ~ん。その大きい手でよく作業ができるね」
「慣れ、ですかね」
「......なんで夕張がここに居るんだ」
部屋に入ってきたのはウツギのよく知っている、特大の手袋をはめたような深海棲艦......夕張だった。前に第三鎮守府で見たオレンジ色の作業着ではなく、「マシン・オブ・インフェルノ」とでかでかと書かれた、緑色のファイアーパターンの入った白い作業着姿の夕張に、ウツギが話しかける。
「あっ、ウツギちゃん久しぶり......と、ごめんね、まだ整備の仕事が残ってるから後でね」
「そうか。すまない」
そそくさと部屋から出ていく夕張を見ていたウツギに、先程挨拶と握手を済ませた時雨が話しかけてくる。
「知り合いなのかい?」
「ん?っ、ええ、前の作戦で少し」
「へぇ、大本営所属のスゴ腕整備士って聞いてたんだけど、そんな彼女と知り合いってすごいね。君の練度はいくつなんだい?彼女に見てもらえるぐらいなんだから高いんでしょ?」
「練度......ですか。47です」
大本営所属になったのか。やっぱり夕張はすごいな、とウツギが考えながら、特に何も考えずに時雨に自分の練度を聞かれたので教える。すると、時雨は先程まで浮かべていたにこやかな笑顔を、まるで此方を嘲笑するような蔑んだ笑顔に交換して返してくる。
「47......ねぇ。視察に来たって聞いてたからもっと高いと思ってたんだけど......それで明日の演習で僕たちに勝てるの?」
「......貴女たちは実戦に出たことが無い、と、そう聞いていたのですが」
「関係ないない。練度が僕の半分以下すらないなんて勝負にならないと思うよ?」
「時雨、深尾提督を案内する。こっちに来い」
「うん、わかったよ提督。ウツギさん......だったかな?演習楽しみにしてるよ」
「............どうも。」
藤原提督に呼ばれた時雨が、藤原提督、深尾の二人に付いていく形で部屋を出る。声量が小さかったので今の会話はウツギ以外には聞こえていなかったが、ウツギは、何とも言えないモヤモヤを抱えたまま、用事が終わったので他の艦娘を連れて部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なぁ、ウツギ」
「なんだ。レき......若葉」
「神様っていうのを......信じているか」
「......らしくないな。どうしたいきなり」
島の中心部にあった、島全体を見渡せるような大型の観覧車。そのゴンドラの中で、今ウツギは......自分でもどうしてこうなった、と思っていたが、若葉と二人きりで景色を楽しんでいた。
春雨は実家へ挨拶に、ツユクサ、漣、天龍の三人はテーマパーク全域巡り、球磨、木曾、明石の三人は軽く廻って直ぐに深尾の元へ、アザミは春雨の実家が
なんともいえない気まずい空気の漂うゴンドラの中で、突然若葉が、しかも柄でもないことを聞いてきてウツギが内心ギョッとしながら返答すると、若葉はいつものニタニタ笑顔ではなく、真顔で続ける。
「お前は、本が好きか」
「......人並みには読む方だとは思うぞ」
「そう...か。人並み......ねぇ」
本当にどうしたのだろうか。いつもの何を考えているかわからない笑顔はどうした、とウツギが思っていると、目の前に広がる景色ではなくどこか遠くを見つめながら若葉が言う。
「最近鎮守府で本を読んだんだ。その前は自炊と言うものやって、更にその前は鏡の前で笑ってみたんだ」
「何が言いたい?」
「そうだな......何が言いたいんだろうな。若葉は......」
一向に話の内容が見えてこないことにウツギが困惑する。しかしお構いなしに若葉は話し続ける。
「人間の真似事で......本を読んで......すがるものがあるって、良いなって思ったんだ。」
「人間は......本当にどうしようもなくなった時に「神頼み」ってやるんだろう?深海棲艦にはそんなものはない。信じられるのは自分だけ。」
「だからいつも必死だった。こっちだって死にたくなかったからな。強い体を貰っても心は小動物だったわけだ。」
「だからせめて表面上だけでも強そうに振る舞おうって思って、顔面に艦娘どもを見て覚えた見よう見まねの笑顔を貼り付けてたんだ」
「そしたらどうだ、若葉の心はすっかり戦闘狂さ。まったくお笑いだ。一人は嫌なのに、もう友人の作りかたなんぞわからんよ」
「......問題ない」
「ん?」
若葉の話を聞いたウツギが、口を開く。
「友達なら自分がなってやる。だから問題が無いと言った」
「なんだ、殺されかける寸前までいった奴を友達?酔狂なや......」
「もう殺し合う仲じゃない」
若葉の言葉に割って入る形でウツギが喋る。
「......そうだな。少なくとも「今は」......だがな......ンふふフ......」
一週回り終わったゴンドラが止まり、ウツギはドアを開けて外に出ようとする。そこへ、若葉がウツギの先を越すように外に出ると、すれ違い様にこう言った。
「ありがとう。」
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休暇の二日目。
シエラ隊は警備部隊との演習の予定を組んでいたため演習場へ。
しかし豪雨と濃霧により演習は中止に。
が、待機中の彼女たちの元へ時雨がある提案を持ちかける。
次回「雨の日の挑発」 若葉、出撃。
だんだん文字数が増えてる気がしますが気のせいです(滝汗