麻薬とドーピングまで投与したってのに、ったくあの使えないゴミどもが。
第三横須賀鎮守府に所属「していた」天龍が、いつかの作戦で使った人工島の廃墟で連れてきた仲間とコーヒーを飲みながら、二人の始末に失敗した艦娘......チェーンソーでウツギとアザミを追いかけ回した睦月たちに対してそんな事を考えていた。
どうしようか......他の鎮守府のやつら揺すって傭兵でもやって食ってくとするか。インスタントの味わいも何もない苦いだけの安物コーヒーを口に含み、天龍がこれから先の事を考える。そんな彼女の、はたから見れば思い詰めたような表情を心配して、彼女の斜め向かいにいた艦娘が口を開く。
「隊長?何かありましたか?」
「あ?何でもねぇよ。俺を誰だとおもってんだ、提督代理をやってた天龍サマだぜ?先のことぐらい考えてらぁ」
「流石です。ずっと着いていきますよ」
とりあえずは、今日はここに寝泊まりするか。そう思って天龍が立ち上がった時だった。突如、廃墟内に取り付けた警報器が鳴り始める。追っ手がもう来やがったのか!?舌打ちしながら天龍は他の艦娘の指揮を執る。
「クッ、もう来たのか!!」
「なんでここが!?」
「慌てんな!!持ちきれねぇモンはここに捨ててさっさと外に出んぞ!!」
「「「了解!!」」」
ったくいちいち行動の早いやつらだ......。心の中で愚痴を言いながら、天龍は艤装を装着し、「普通の天龍」が持っている刀ではなく自身の使い慣れているツルハシを持って、すぐに廃墟から出ると、廃墟の近くの崖を滑り降りて海に着水する。レーダーに映る敵反応の多さに顔をしかめながら、自分に続いて崖を降りてきた艦娘たちに天龍が命令する。
「チッ、数が多いな......お前ら!!囲まれる前にバラけて敵を振り切れ!!逃げたヤツから島の反対側に集まってこっからずらかるぞ!!」
「了解!」
「承知した!」
「わかりました!」
追いかけてきた艦娘たちを味方に任せ、天龍は単身島の反対側へと向かって海を駆けていく。
数分後、自分が指定した場所に着いた天龍は時計を確認しながら、味方の到着を待つが、なかなか来ない。
「ちっ、自分だけ逃げんのも考えねぇとな......」
さあて、次はどこで兵隊を補充しようかねぇ......などと天龍が考えていると、自身の艤装の警報器がやかましく鳴り響く。どこからだ、と天龍が咄嗟に近くの岩に身を隠す。すると、一人の艦娘が島の崖から海に向かって飛び降りて来た。ツユクサだ。
「お前が天龍か......」
「違うっつったら逃がしてくれんのか?あぁ?」
思わぬ敵の襲来に、味方が全滅してしまったかと天龍は一瞬思ったが、レーダーを見ても敵は今来たツユクサ一人だけだと言うことがわかると、途端に余裕そうな態度で悠々とツユクサに話しかける。
「しっかしこんなに早く追い付かれちまうなんてなぁ。ここに来るのは流石に安直すぎたか」
「............」
いつもの作業着ではなく、ランニングシャツの上からライフジャケットを着込み、両手に軽巡の艦娘、「川内」のアームカバーという出で立ちの、少し前から日差し避けにと着けるようになったスキー用のゴーグル越しにツユクサの目が煌々と赤く光る。
「チッ、だんまりかよ。まっ、ここでてめぇをかるく始末して......!?」
天龍が喋っている途中に、彼女が隠れていた岩目掛けツユクサが凄まじい勢いで、「シエラ隊の天龍」から借りてきた刀を振り上げて突っ込む。あっという間に粉微塵に吹き飛ぶ岩から距離を取る天龍が冷や汗をかきながら独り言を呟く。
「クッソ、めんどくさそうなのが来たもんだ......!」
「......ッ!!」
逃げようとする天龍にすかさずツユクサはアームカバーに取り付けられた砲を発射して天龍を足止めする。
「ぐうっ!?クソがっ!!」
「逃がさない......!!」
じとりとした熱帯夜。ツユクサと天龍の一騎討ちが始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「準備はいいか?合図で出るぞ」
「わかりましタ。いつでもどうゾ」
単独天龍を追いかけたツユクサと違い、ウツギたち追撃部隊は取り巻きの艦娘と戦闘中だった。自分の潜水能力を活かして、水中で息を潜めていたウツギと、少しでもこちらの数を揃えるため、とウツギが連れてきた春雨が同時に水面から浮上して、相手に躍りかかる。
「何っ!下からだと!!?」
「お前たちの相手は私だ」
ウツギが目の前に居た紫色の服を来た艦娘に砲撃を当てる。が、そのまま両手で顔を守りながらその艦娘が突進してきて、体当たりを食らったウツギは不意打ちをしたにも関わらず冷静に対処してきた相手に驚くも、すぐに盾を構えてまた砲撃を行う。
「無駄だ!」
「何っ!?」
砲撃を当てるウツギにまた接近してきた艦娘は、今度は手に持っていたツルハシをウツギが構えていた盾に引っ掻けて吹っ飛ばすと、防御が疎かになったウツギに至近距離で砲を放つ。
「っ......、居るじゃないか、いい腕のヤツも......!!」
「お褒めいただき感謝す......るっ!!」
間一髪残ったもう一枚の盾で砲弾を弾いたウツギが、以前の戦艦たちとはまるで違う戦い慣れている目の前の艦娘に称賛の言葉を贈る。しかしこれを相手にするのは少し骨が折れそうだ......そう考えていると、何故か目の前の艦娘の動きが止まった。
「うっ......がぁっ......」
「ごめんなさイ」
よく見ると紫の服を着た艦娘の
腹から春雨の手刀が貫通していた。
ウツギが呆気に取られていると、春雨は艦娘の腹から手を引き抜き、もう片手で首根っこを掴んでいた気絶していた別の艦娘を放り投げる。......何が自分は弱いです、だ。目の前でとんでもない芸当を見せつけてきた春雨を見ながら、ウツギは後方に控えさせていた救護班の夕張に無線を入れる。
「......ツ級聞こえるか。急患だ、二人な」
『は~い。すぐに行くね』
ウツギが、春雨が気絶させた艦娘の治療のために救護部隊への連絡を済ませると、今度はレーダーと自分の視界で他に敵が居ないことを確認する。単独で突っ込んでいったツユクサが気がかりだったので、春雨に後を任せて自分も先に進もう、とウツギが貫通させた手刀の血を拭っていた春雨に話しかける。
「駆逐棲姫、後は頼めるか?ツユクサを追いかけたいんだ」
「了解しましタ。任せてください、はイ!」
「ありがとう。背中は頼んだ!」
戦場と言う場所にはおよそ似つかわしくない、眩しい笑顔で返答してきた春雨にその場を任せると、ウツギは急いで島の反対側へと進む。
「嫌な予感がする......当たってくれるなよ......」
背中に嫌な汗が一筋流れるのを感じながら、ウツギは夜の海を駆けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぐううおぉっ!?クッソォ!!」
ツユクサの強烈なタックルを正面から受けて、天龍は周囲にある海から突き出た岩に叩きつけられる。そして尚も何も考えていないような直線的な動きで自分へと突っ込んでくるツユクサに、すぐに体勢を立て直し天龍は砲撃を当てて怯ませようとする......が、当のツユクサは、顔に砲弾が当たろうが、肩に当たってよろけようが全く意に介さずに刀を振り上げて突進してくる。
「うううぅおおおおおおぉぉ!!!」
「っ!!舐めてんじゃねぇっ!!」
突撃してきたツユクサに、前傾姿勢で天龍がタックルをかまして怯ませると、そのままツユクサが持っていた刀にツルハシを引っ掻けて投げ飛ばそうとする......が、ツユクサはそのまま勢いよく引っかけられた刀を放り投げたため、逆に天龍の手に持っていたツルハシが後方へ投げ飛ばされる。
そして動きが止まった天龍にツユクサが殴りかかるが、すぐにまた距離を取る天龍にツユクサの拳が空を切る。
「っはん、まだ捕まるかよ!てめぇ一人ごときになあ!!」
「あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁ!!!!」
天龍が岩に叩きつけられた時に駄目になったのとは別のもう一門の砲で相変わらず無計画に突進してくるツユクサを迎撃する。ツユクサは両手で自分に向けて撃たれる砲弾を弾き飛ばしながら天龍に肉薄すると、残っていた天龍の艤装の砲を左手で引っ掴むとそのまま力任せに握りつぶす。
「どうしたよォ......随分元気じゃねぇか......」
みしみしと音をたてながら潰されていく自分の艤装を見ながら、すぐ目の前にいるツユクサに天龍が話し掛ける。
「ははぁん、解ったぞ、お前もしかして、身内でも死んだかぁ!?」
「っ!!黙れぇぇぇ!!」
図星を突かれたツユクサは、目の前の自分の友の仇に向かって艤装を握っていたのとは別の手で殴りかかる、が、天龍は両手で冷静にツユクサの拳を封じると、また続けて口を開く。
「身内のため?敵討ちぃ!?ヘドが出るぜそんな言葉はよォ!!」
ぷつり、とツユクサの中で何かが切れる。ツユクサは握っていた砲を引きちぎると、自由になった両手で殴りかかってきた天龍の手を掴んで体勢を崩し、前につんのめる天龍を滅茶苦茶に殴り始める。
「オマエはアタシが
「おぉっごっ......!?」
「痛いかぁ!?辛いかぁ!?これがっこれがっ!!島風の痛みだあああぁぁぁぁ!!!!」
「ぐぅっ......オラァ!!」
「ッ!!」
間一髪一瞬の隙をついて天龍はツユクサの
「っ!死なねぇぞ、俺は生き延びて......っ!?」
「ヤッタナァ......」
ツユクサがゆらり、と立ち上がり目をギラギラと赤く光らせて天龍のところへ文字通り「すっ飛んで」来る。
「お前も痛くしてやるうううぅぅ!!!!」
海面を蹴って突っ込んできたツユクサの体当たりで、天龍は体ごと島の崖の岩壁に叩きつけられる。しかし......
「クソ......がぁ......」
「戦場でぇ...敵討ちなんて狙うマトモなやつなんてのはな......すぐに死んじまうんだよオォ!!」
まだ自分の敗北を認めない天龍は、朦朧とする意識と土煙で悪い視界のなか、背負っていた艤装から短刀を取り出して手に持つと、ツユクサの脇腹目掛けて刺そうとする。
カァーン!という高い金属音が海に響き渡る。
何だ......今の手応えは......。頭の中で目一杯の危険警報が鳴る天龍の視界に入ったのは
アームカバーに取り付けられた艦載機を発射するためのレールで短刀を受け、目を爛々と輝かせたツユクサだった。
「良かったッスね......」
「オマエはマトモでえぇぇぇぇ!!!!」
ツユクサが近くに落ちていた岩塊を持ち上げると、そのままそれと崖の壁で天龍を押し潰そうと圧迫する。
「ぐぅっ......うっ......おぉぉ!?」
「潰れろおおおおぉぉぉ!!」
「ぐふっ......ひひひ、一人で......なんか......死ぬかよ......!!」
「何!?」
圧迫されて潰されそうになる天龍が、自分の艤装に仕込んだ
「自爆装置」を起動させる。
「お前も道連れだあああぁぁぁ!!!!」
「ツユクサアアァァ!!」
二人の元へと駆けつけたウツギの目の前で大爆発が起きる。
そんな......間に合わなかった......。ウツギがそう思った時だった。爆炎の中から、服がぼろぼろになった、五体満足のツユクサが出てくる。天龍を押さえつけていた岩塊が盾替わりになったのだ。
「ツユクサっ!!」
「平気ッス。ウツギ」
「「アタシは」生きてるッス」
「っ......そう、だな。「お前は」生きてる」
燃え上がる炎の中から出てきたツユクサは、静かに泣いていた。
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長いようで短かった第三鎮守府での任務が終わる。
だが、この鎮守府に「ヤツ」がつけた爪痕は大きい。
しかしそれを直すのは自分達ではない。
シエラ隊は、一先ず自分達の鎮守府へ。
次回「事後処理」 この胸に空いた穴が今、
今までで一番書いてて楽しいお話でした