話がとっちらかってる可能性があります。ご了承ください。
他所の鎮守府の、薄暗い、酒臭い空気の漂う宴会場の大部屋で。ウツギは、加賀と雷巡棲鬼の隣でアルコール度数の低いカクテルを口に含む。
久しぶりの緊急出動。それに、戦艦棲鬼の部下全員の降伏という形での久方ぶりの大勝利とはいえ。わざわざ降伏した敵まで招いての大宴会とは、上の人間は趣味が悪いな。
「
「......素直に喜べないわ」
「.....................そうか」
「ええ。お酒も、もともと好きではないし」
加賀の言葉を聞き、なんとなくウツギは周りに視線を向ける。見れば、騒いだりしてこの会を楽しんでいるのは、階級の高い上のお抱え部隊の艦娘ばかりで、普段ならこういった
流石に不審すぎる相手の死に、そして降伏してきた敵に見せつけるような
無礼講のように騒ぐ酔っぱらい達とは対照的に、静かに食事をしている降ってきた深海棲艦や、第五鎮守府の面々を交互に見てウツギが考える。
そんなとき、隣の加賀が何を思ったか、酒を一気に
「......本当に、なんでみんなはこんな物を美味しそうに飲むのかしら。」
「酒がお嫌い?」
「はっきりいって嫌ね。今は水が飲みたいわ.........」
しかめっ面で言う加賀に、ウツギはひきつった笑顔を向け、横に向いた顔を動かしてまた前を向く。すると、加賀のテーブルへ水の入ったワイングラスを誰かが置いた。三人が視線を動かすと、港湾棲姫が居た。
「......水、飲みたかったんでしょ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
港湾棲姫はどこか影のある笑顔で返答し、テーブルを挟んでウツギの向かい側に座る。加賀は、水を飲みながら、恐る恐るといった様子でこう切り出した。
「............あなたは、私を殺そうとか思わないの」
「どうして?」
「戦艦を直接手にかけたのは私よ。知らなかったな......」
「...知ってた。でも、なんとも思わない」
「え?」
「理由がなんであれ、あいつは殺されてもしようがないことを貴女にした。だから、別にどうも思わない」
「......いい性格ね。そんなにキッパリ割り切れないわ......私だったら......」
戦艦棲鬼を撃沈したという大功を挙げたものの。彼女の死が引っ掛かるものであったことや、妙に達観している港湾の答えがあまり気に召さなかったのか。
「......ついてきて。見せたいもの、あるから。ほら、雷巡も」
「俺も、か」
「うん.........えーと」
「ウツギ。名前だ」
「あなたも来てもいいよ。どうする」
「............同行させて貰おう」
どこに行くんだろうか。そして、どんな用件なんだろう。
飲み終わったグラスをまとめたあと、ウツギは二人に少し遅れて、全体的に白い、手の大きな女の後ろをついていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宴会が開かれていた部屋を出て数分。建物を出てすぐの港の堤防まで来たとき、港湾棲姫は立ち止まった。
ここで話をするわけか。そう思ったウツギは、堤防の先に誰か、一人分の陰が立っているのが見えた。喪服と思われる黒色のスーツ姿に、長い白髪という容姿だったので、一瞬RDかと思いきや。こちらに振り向いて口を開いた女の顔を見て、ウツギは認識を改めた。
「やっと来たか......なんだ。空母も連れてきたのか」
「駄目?」
「どうなってもしらんぞ」
「それは加賀次第」
「............?」
目の前で意味深な会話をするスーツの女、中間棲姫と港湾棲姫の顔を
そんな、自分の様子を伺ってきた加賀へ。中間棲姫は、なんとなく哀しさが漂う表情で告げた。
「久しぶりだな。空母棲姫」
「......お久し振りです」
「雷巡とお前にしたい話がある.........一応聞くが、覚悟はあるか。」
「覚悟......? なんのために?」
「...............」
少しの間を挟んでから。中間棲姫は続けた。
「戦艦棲鬼は......初めから本土の強襲などやるつもりは無かった、というのは。知ってるか」
「「「............!?」」」
「その様子だと知らなかったみたいだな。そしてもうひとつ」
「あいつは、お前たち二人を逃がすために一計を案じた、というのも、勿論知らないだろう?」
中間棲姫の口から漏れる言葉に、二人が先程の落ち着いた様子から一転して、息が荒くなる。
「待ちなさい。それはどういうこと? 意味がわからないわ」
「そのままの意味さ。悲しいかな、彼女に一番信用されているのは私だと、思っていたんだけど......あいつはお前らを生かすために芝居をうっていたんだ」
「どこの何を根拠に言っているの。奴は私を後ろから狙撃して、雷巡は部下に言って殺そうとしたのよ」
「........................」
語気を強めて話す加賀へ、中間棲姫は、服の内側から何かを取り出して相手に渡す。加賀には暗くてよくは見えなかったが、それは二枚組の何かのディスクだった。
「どうせ何を言っても言葉じゃ信用しないだろうとな、証拠を持ってきた。勝手に観てくれ。パソコンでもプレーヤーでも観れる」
「...............」
「それに全ての答えが入っている。じゃあな」
ぶっきらぼうな物言いの後に。渡すものは渡したからと、中間棲姫は加賀の横を通って、建物のある方へと歩いていく。
そして、四人から数メートルほど離れた場所で歩みを止めると。体の向きをそのままに、中間棲姫は言った。
「あぁ。あと最後に一つ。それを観るのにもまた心構えがいるかもな」
「............」
「特に加賀。お前は特に気を付けておけ。きっとお前は一生後悔して生きていくことになる。覚えておくんだな......」
少し震えた声で言った後。今度こそ、中間棲姫はその場を去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『信頼できるあなたたちへ告ぐ。』
『これを、港湾か中間か。どちらかまではわからないけど、あなたが見ている時、私がこの世にいる確率は限りなく無に等しいでしょう』
『端的に述べると、私は一人で海軍の方たちへ自らの首を差し出しに行った。全てはあなたたちに少しでも幸せになっていただくためだ』
『私が独自の連絡網で伝えた通り、海軍、世論は「多数の深海棲艦を先導し、操る独裁者」を、当人に死を与えて裁くことで、配下の者たちへは比較的風当たりを弱めることがあるというのは、みんなも知っていると思う。実際にこれは戦艦水鬼の死亡や、装甲空母姫の待遇などから、確証がとれている』
『私が本当にやりたかったこと。それは、戦艦水鬼の意思を継ぐことなんかじゃあない。私が抱えていた、「重巡棲姫を筆頭とする、過激派団体の処理」。そして、「私の身柄を差し出すことによるお前たちの立場の確保」だ。』
『素直に全員が陸の人々に頭を垂れて謝れればそれが一番良い一手だった。だが、戦いと殺しを第一に生きるあいつらを連れていては、いつか、必ず災いを呼ぶ。それは、巡りめぐって降伏した深海棲艦の立場を揺らがしかねない、と思って、こんな策を弄した次第だ』
『次に私自身が首を差し出す理由だが......それは、開戦するにあたり、私自身がその責任を取り、
『あとは......そうだな。俺は恐らくこの悪巧みで命を落とすだろう。でも、それで、人の軍や、艦娘たちを恨まないでやってほしい。個人的に調べた事だが、無駄にこの長い戦争は、私たちの祖先に当たる深海棲艦たちが起こしたものであって、艦娘たちは、ただ陸を守るために抵抗していただけなんだ。恨むのは筋違いだし、罪を被るのは私一人で充分だ』
『繰り返すが......俺を
『............なーんて、堅苦しい話はやっぱり合わないな。運が良かったら、もしかしたら生きて帰ってくるかもしれない。その時は、人間のお偉方から、俺たちの立場を保証してくれるように言っておくよ。酒とか読書とか、色々と娯楽は教えたけどな、陸にはまだまだ海にはない楽しいことがイッパイある。楽しみに待っててくれ!』
『じゃあな! 港湾か中間。雷巡に会うことがあったら、かわりに謝っといて! なに、あいつは優しいから大丈夫。じゃっ』
『元気でな!』
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
某日。よく晴れた昼下がり。
加賀は、動きやすい格好で、いつかのツユクサも訪れた団体霊園に訪れていた。
目当ての墓石を見付けて、彼女はしゃがんで花束を添えると、静かに黙祷する。頬には一筋の涙が伝っていた。
「............ごめんなさい。こんな小さなお墓しか用意できなくて」
「稼いだお金は無駄にあるから......もっと立派にしたかった。でも、深海棲艦のために作るのは、この大きさが限界らしいの............つくづく、無駄に嫉妬深い人間が嫌になるわ」
「港湾は海上看護士をやって、あなたがやりたかった人助けをしてる。雷巡は同じ部署で海上警備。中間は、装甲と仲良く深海棲艦の親善大使みたいなことを。みんな、道は違っても前に進んでるわ」
「私は......艦娘のまま。何かの役に立つか......って、あてもなく資格の勉強ぐらいしかしていない......正直、だらしがない生活を送っています」
自らの私財をなげうって建てた小さな墓標へ、淡々と、それでいてしっかりとした口調で、加賀は話す。
「......よく考えてみれば、私はあなたの事をちゃんと知らなかった」
「いつも気持ち悪い笑顔を浮かべて、何を考えてるか解らない人だなんて......とんだ誤解だったのね......」
日の光を反射して鈍く光る墓石に水をかけ、磨いて汚れを落としながら。加賀は、中間と話した後に知った出来事を、一度読んだ小説を読み返すように、頭の中で確認する。
(戦艦棲鬼。彼女が空母棲姫と雷巡棲鬼を殺そうとした理由。それは、二人を他の深海棲艦たちから逃がすためだった)
(元々自分の領海さえ守れれば良いと、積極的な攻勢を控えていた戦艦棲鬼は。恐らく、自分達を指揮していた戦艦水鬼の本質が、ただの殺人衝動に駆られた狂人だと気付いていた。だとすれば、全ての不可解な行動の辻褄が合う)
(早期から自分達は、「戦争の続行派と穏健派に分裂し、内乱も起こるかもしれない」と危惧した戦艦棲鬼は、水鬼の死を切っ掛けに行動を開始する)
(最初に親友の空母棲姫へ。戦艦棲鬼はこの女の穏やかな性分を逆手に取り、勝てない戦争を続けようとする自分達を見せつけ、私に離反の意思を芽生えさせた)
(そして予想通りに海軍に投降しに行った私を確認し、戦艦棲姫は「わざと致命傷一歩手前まで」の攻撃を加える)
(続けて親友だとした雷巡棲鬼は、自分の命令であれば素直に言うことを聞く性質を使い、投降する替わりの人質に立てる。この際は、今度は自分の代わりに重巡棲姫を派遣し、同じく傷を負わせた)
(この二人を「ただ逃がす」のではなく、わざわざ「傷を負わせた」のは。戦艦棲鬼の最後の配慮だった)
(それは、人間の心理を突いた巧妙な策だ)
(初めて海軍に投降した深海棲艦のRD。彼女は、大勢の反戦主義の深海棲艦を軍に抱き込ませるという手段で手柄を立て、それにより軍での地位を確立した。でも、私と雷巡の二人にはそんな手土産などは無い。なら、どうやって身の安全を確保するか)
(簡単な話だったんだ。「身内からも敵からも狙われて可哀想だ」。相手は軍の人間とはいえ、そんな感情を抱かせれれば良かった訳だ。事実、私も雷巡も同情される事はあれ、敵意を向けられる事はなかった)
(それと並行して、戦艦は味方の選別を始める......終戦後に「また深海棲艦が人間と戦争を始めた」とあれば、穏健派の立場が揺らぐ。それを防ぐために、彼女は「奪取される事を前提に基地施設を接収し、そこの護衛に過激派の重巡棲姫たちを置いた」。結果はこの通り。瀕死で生きていた重巡棲姫もあえて蘇生して、間接的に行動を操ったシエラ隊を使って、止めを刺した)
(そして、最後にあなたが私に討たれた理由。それは____)
「............私に、気を使ってくれていたのよね......あなたは」
「私が、周りの艦娘から白い目を向けられていた事を......どうやってか、知ってしまったあなたは......」
「姫級の自身が殺されることで......私の戦績に花を添えたかった。そうなんでしょう?」
「......本当に、馬鹿な人............」
顔の涙を拭って。ゆっくりと立ち上がり、加賀は口を開く。
「また来年。来ます......お元気で」
墓石に向かって一礼すると。加賀は、車が停めてある場所まで、砂利を踏みしめ、歩いて行く。
この季節。私は思い出す。あなたに背中から撃たれた日を。今際の際も笑って見せた事を.........。
また、会う日まで。次は何の花を添えようか。青空を流れていく雲の先を眺めながら、加賀はそんな事を考えた。
最終話でした。
余談ですが、星野 源さんの「Friend ship」、TETSUさんの「いつもあなたが」、平井 堅さんの「ノンフィクション」という曲を聞きながら書きました。もしよければ聞いてみてください。全部名曲です(熱弁)。