Ⅳ、Ⅴ話に引き続く形で今回は前後編の形を取らせて頂きました。
何やら微妙な所で切った感がありますが。
また、あくまで今回の話は雪宮の解釈で進めていくので、原作が好きな人の中には、少し違うんじゃないかと、言う人もいらっしゃるかもしれません。そう言うときは文句は言わずに静かに退出願います。
それを言い出したら、二次創作って全部該当する気もしますがね。
それでは第Ⅵ話はじまります。
並盛町は東に海岸、西が山岳で囲まれており、並盛の住人から見て海岸は並盛海岸、山岳は並盛山と大層安易な名前が付けられている。
さてこの並盛山。
一見そこらにある小山程度に見えなくもないが、その反面中は木々が複雑に絡みつき、通じているものでも明るくなければ容易に遭難に陥ってしまう恐ろしい山だった。
沢田綱吉が本来の姿で公園にてリボーンと会ったあの夜、並盛を離れると言った雲雀恭弥はそんな夜の並盛山へと入っていった。
夜の並盛山。そこは明るい昼とは異なる。
昼でさえ山深いそこは、夜には魔窟。元々並盛山は……否、訂正しよう「この山」はそういう性質を持つ。
重ねて言おう。並盛町の住人から見て、この山は並盛山と呼ばれている。……ではその外では?
外ではここはある山々の一端、その麓と言われていた。日本という国の東と西を分断する巨大な山脈……その南端。
それこそが並盛山のもう一つの姿である。
当然並盛の外側ではその山脈にも名前があるが、それはそこまで重要ではない。
今語らなければならないのはその山脈において中央に位置する最も標高の高い山、その一座の名称のみである。
その山の名は「捩眼山」。
改めて紹介しよう。
この山脈は、関東妖怪総元締め「奴良組」随一の武闘派組織、牛鬼組の本拠「捩眼山」を内に抱える、牛鬼組の縄張り。……つまりその南端である並盛町もまた、牛鬼組の縄張りに属していた。
「開けなよ。君たちのボスに用がある!さっさとこないと……「噛み殺す」よ!」
静まり返った牛鬼組屋敷の門前に、巨大な殺気が膨れ上がった。
敵襲かと、勇み足で近付いてきた一人の組員がその人物の顔を見るやいなや、大慌てで奥へ逆走していく。
「相変わらず、意気地のない」
苦々しく呟いたのは、今現在並盛を治める一人の青年。並盛中学風紀委員長雲雀恭弥と瓜二つの顔をした、銀髪紫眼の青年である。
彼の名前はきょうや。立場としてはこの組の長、牛鬼の客分と認知されていた。
「毎度毎度物騒なやり方で訪問知らせてんじゃねぇよ!」
出迎えに来た組の若頭に、妖怪・きょうやは、……並盛町の中では雲雀恭弥と呼ばれる存在へと変化する彼は、フンと鼻をならした。
「あの程度の殺気で震え上がるなんて教育が足りないんじゃないの?群れて戦うばかりのスタイルをとっているから、あいつら個々ではあんなに弱いんだよ。……後で稽古付けてあげようか?」
「バカ言うな!お前が稽古付けたら全員瀕死の重体になるじゃねぇか!!大体うしおに軍団が個々で戦う可能性なんてあり得ねぇよ!?」
「まぁ、あの知能じゃねぇ……」
操り手である馬頭丸が居なければ、戦闘中に同士討ちをはじめてしまってもおかしくない連中である。
奴らは馬頭丸がいなければ一歩も動けなくなるだろう。
「あいつらの知能はあれ以上上げられる見込みはないわけ?」
「牛鬼様もいろいろと試してはいらっしゃるみたいなのだが」
いつの間にかうしおに軍団強化論で盛り上がっている二人であるが、並盛を任されているきょうやは奴良組に属している訳ではない。正確には今代の「きょうや」たるこの男は属していないと言うべきか。
「きょうや」と言う名前は元々ある妖怪の血を引く巨大な一族から、最も強い力を持つ者に、代々受け継がれていた通り名である。
それが奴良組の中で妖怪の名として認知されたのは、今代のきょうやから数えて三代前、その当時の「きょうや」の名の持ち主が小妖怪達を率いて組を立ち上げたばかりの総大将に「暇つぶし」と言って手を貸し、奴良組に加入したのがきっかけだった。
それから二百年あまり、後に二代目総大将となる奴良鯉伴が百になるか否かの頃まで、彼は奴良組にいたらしい。
彼よりも強い力を持つ者が現れたことで、「きょうや」の名は代を代えたものの、一族の方では彼の死は確認できていない。本人が家に戻ってくることがなかったからだ。
(まぁその気持ちは分かるけど)
今現在、一族から離れて暮らしている今代のきょうやも、態々死の間際に一族の元へ戻ろうとは思えない。
誰にも看取られずに死ぬ、それこそが自分らしい死に方だろうとも自負していた。
何はともあれ、その縁できょうやは、牛鬼組の客分という扱いで並盛町を治めるのに、本家の者達からは目を瞑ってもらっている。そのかわりに牛鬼組組員の戦闘指南役も引き受けてはいるが、前述の牛頭丸の言葉通り、下位の組員には役立った事はあまりない。
「そんで何か用でもあったのか?いつもは文で済ますお前が、態々ここまで来るなんてよ」
牛頭丸の目つきが僅かに変わる。ここ数年間頼まれていた件の定期報告に託けたが、やはり騙される事は無いらしい。
「用と言うより問題かな……?来るのがここだけで済めば良いんだけど」
これから話す内容は、おそらく自分よりも本家や最高幹部格の連中の方が重く見るのだろう。きょうやとしてはあそこまで牙の抜けた、力の使い方も満足に分かっていない「元肉食動物」をなぜ危険視するのか、大まかな理由を知る現在も理解出来ないが。
「何があった?」
きょうやの言い方に、ただ事ではないことは伝わったのだろう。さてこの若頭はどう反応するか、その反応如何で牛鬼への切り出し方を決めようと考えながら、きょうやは打ち明けた。
「「緋眼」が畏れを暴走させた」
「は………はぁっ?!?!」
「緋眼」……それが、現在沢田綱吉を名乗っている妖怪の、その母親の頃から使われている「種族」としての通称である。
「種族」名は別にあるらしいが、その母親の代であまりにも名前自体が巨大な畏れとなり、今では一部の大妖怪以外は敢えて「種族」名は使っていないらしい。
二代目総大将が存命中は本家連中に限っては彼を「名前」で呼んでいたらしいが、二代目の死後はそれさえもなくなった。
……というよりは、本家に到っては彼の話題は禁句扱いである。
「な、……ななな!はぁっ!!?」
驚きのあまり満足に言葉を紡ぐことさえできなくなった牛頭丸を見て、牛鬼への報告ではもう少し重々しく切り出そうと決心した。牛頭丸から唾が飛びそうになるのを、さり気なく距離を開けて防ぐ。
「な、ななな何で? どうやってだよ!?」
何とか言葉を紡ぐ牛頭丸に報告するきょうやは、あっさりと返す。
「原因は調査中。……でもたいしたことないよ」
「十分大した事だろうがっ!!」
怒鳴るような切り返しに、異変を感じ取ったのだろう、屋敷の奥にいた連中までこちらを伺うように覗きだした。
(不味いな)
牛頭丸は頭から抜けているようだが、ここは廊下。誰が通りかかるかも分からないのだ。
本家では禁句、奴良組全体でさえ、腫れ物扱いされている妖怪を話題に出していいところではない。
「とりあえず、牛鬼の所へ連れて行ってよ……詳細はそこで話す」
更に騒がしさを増す周りに混乱していた牛頭丸も漸く現状に気づいたのか、ばつの悪そうな顔で頷いた。
その直後に、一睨みで周りの野次馬を散らしていたが。
数日後、牛鬼組屋敷でそのような騒ぎが起きたことなど知るよしも無く、俺は数日ぶりに学校へ復帰していた。
獄寺隼人は俺の体調が回復してほどなく、酷く張り切った様子で並盛町を離れると伝えてきた。
得物であるダイナマイトの残りが少ないらしい。
在庫の確保のためのルートの伝がイタリアにしか無いと言う言葉に、耳半分で聞いていたが、彼は自作する気は無いのだろうか。
(コスト削減にもその方が良いと思うけどなぁ)
自称特攻隊長であった暗黒破戒僧を筆頭に、俺が元々いた場所にも、爆発物を使う者は何人かいたが、そういうルートから市販の者を仕入れていたという話はあまり聞かない。
(あ……でも専用の工場とか必要だからどっちにしろ獄寺君じゃあ、まだ無理か)
そんなことを吞気に考えていた俺は、リボーンが近くにいる様子も無い事もあって、久しぶりの平穏を満喫しきっていたのだ。
「だからよ!ダメツナはそっちで引き取れよっ!!」
「やだね!そしたら負けるの、目に見えてるじゃんか!!」
そう。久しぶりの平穏だ。
(あぁ、久しぶりだなぁ。こういうやりとり)
悟られないようにうっすらと笑みを浮かべて、俺は久しぶりのそれを甘受する。
失ってから初めて大切な物に気付くとは、人間が残した言葉だが、それに妖怪も人間も関係ないと想うのは俺の心境だ。
しばらくは続くだろうと思っていた俺押し付け合い合戦は予想外の方向から解決した。
「いーんじゃね?こっち入れば」
敵からは拍手喝采。味方は不満を頂いた救世主は山本武。
一年にして野球部レギュラーをつとめるクラスの人気者で、女子達の間ではファンクラブも作られている好青年だ。
「関係ねぇよ。俺が撃たせなきゃいい話だ!」
爽やかに言い切る青年には闇というものがまるでない。良くも悪くも邪なものは一切受け付けないのだろうというのが、俺の抱いた第一印象だった。
「山本武、か……」
屋上に設置された給水塔の上から白熱する野球を望遠鏡で覗きながら、リボーンはほくそ笑む。
「奴の人望と運動能力は、ファミリーには必須だな」
彼が哀れにも目を付けられたことを、まだ誰も知らなかった。
「おめぇのせいで負けたんだぞ!ダメツナ!!」
「トンボがけ!一人でやれよなっ!!」
いつもと同じ決めゼリフを残して、同じチームだった少年たちはもう見向きもしない。
いつも通りの結末に、俺は内心平静ながらも、表情と声で悲嘆をを表していた。
(慣れているとはいえ、あまり進んでやりたい訳でも無いんだけどなぁ)
溜息をつきながらも、慣れた手つきで行動を開始する。毎度のことながら内心辟易するばかりだが、手助けをしようという物好きなどいないのだからやったもの勝ちである。
次の授業もあるので、あまり時間はかけられないが、大雑把では叱られるのだから無理難題も良いところだ。
そんなことを考えながら辺りを見回し、さてはじめようと腕を捲り上げようとした所で。
「助っ人登場!」
軽やかな足取りと共に笑いかける、救世主を見た。
(……あれ、なんでいるの?)
そこで素直に喜ぶよりも訝しむ俺はかなり歪んでいるのかもしれない。
何事も只より怖い物はない。
この言葉を残した昔の人はかなり偉大だと思う。
山本武が、手伝いに託けてはじめたのは悩み相談である。
曰く不調が続いており、このままだとレギュラーからは外される、とか。
はっきりと言えば、相手を間違えているのでは無いかと問いたくなる、としか言いようが無い。
俺は人の機微などわからないし、体の効率の良い鍛え方も分かっていない。野球のことも俺より山本の方が詳しいだろう。
「悪ぃな。最近のツナ、頼もしいからつい言っちまったんだ……」
流石にそんなことを言うのも何だと、何も言わない俺に、言ったのが無駄だったと悟ったのか、山本は苦笑を滲ませた。
「忘れてくれ……じゃあな」
いつもは明るい笑顔しか浮かべない山本の、滅多に見ない暗い影。
それを宿したまま遠ざかる背中に、俺は何も言えなかった。
もやもやと胸に溜まる感情を抱えたまま、俺は言葉も無く、ただその姿を見つめていた。
「何かあったのか?」
ぼんやりと上の空でゲーム画面を見つめていた俺を見かねたのか、リボーンが声をかけてきたのがその日の夜のことである。
「別にたいしたことは無いけど……」
「嘘ならもっと上手くつきやがれ。……昼間のことか?」
昼間、と言う言葉で、俺が目線を向けると、そこにはしょうも無い、と言う風に溜息をつくリボーンが。
頼ろうとする気も、弱みを見せる気も無いが、気づいているのだろう本人は気にすること無く、俺に言葉をかけ続けた。
「山本の悩みに真面目に答えなかったこと後悔してんのか。だったらまた言葉をかけてやれば良いじゃねぇか」
「なっ!簡単に言うなよっ!!」
さらりとした、何でも無いようなリボーンの言い回しに、思わず俺は声を上げる。
周囲から「ダメツナ」と呼ばれている俺にとって、他人に話しかけると言うことはかなり上位な対人能力を要求される。中でも先日不本意ながらにもか関わった笹川京子や、今日関わった山本武と言った、クラスだけでなく、学年や学校単位で一目置かれているような相手は、近付くな!危険!!と言って良い。
その対応は間違っていないと、他ならぬ先日の持田先輩とのいざこざが証明している。
「山本は俺と違って何人も友達いるんだし、今頃は他の誰かに相談して、納得できる答えを出してるよ!」
まるで自分に言い聞かせるような態度の俺に、リボーンはいつものような感情の読めない視線を向ける。
「……まぁ、おめぇがそう思いたいのであれば、俺は止めねえぞ」
意味深すぎる言葉の意味を知るのは、その翌日のことである。
いつも通りにすぎると思っていた日常は血相を変えて教室に駆け込んできた一人の男子生徒の口から伝えられた内容で、一気に緊迫状態へと変わった。
「大変だ! 山本が屋上から飛び降りようとしてる!」
それに対して、他の生徒が向けたのは、冷やかしのような態度だった。
「お前なぁ……つくならもっとマシな嘘つけよ」
「あの武くんが自殺なんて、するわけないじゃない」
駆け込んできた男子生徒の表情が相当切羽詰まる物だったために、大きな話題と期待していた反面、今の生徒達の調子は一気に白けていた。
その場の様子で真剣に受け止められていないと気づいた男子生徒は酷く慌てた様子で、身振り手振りも加えて繰り返す。
「本当なんだって!あいつ、昨日一人で部活の後残って練習してたみたいなんだけど、その時に利き腕折っちまったみたいで……」
酷く現実味のありそうな言葉の数々に、次第に教室の中の空気も変わる。
まさか……と、顔を青ざめさせる野球部員。
信じられないと言うように声を震わせる女生徒達。
最初に動いたのは、果たして誰だったか………。
一人、二人と教室から出たのを皮切りに、教室にいた生徒のほとんどが、屋上に向け、駆け出していた。
それらと同じくして、屋上に向かおうとしていた笹川京子はそこで一人だけ、教室に残っている少年に気づく。
以前京子の笑顔を褒めてくれた男子生徒、沢田綱吉である。
彼は酷く強ばった表情で、ジッと視線を下に向けている。
「ツナ……君?」
行こう、と言おうとした口が止まった。
何だろう。うまくは言えないが彼はいつもの彼とはどこか違うような気がする。
クラスメイトが死のうとしているのだ。そのせいかもしれない、と考えるが、それだけではないのではないかと、彼を取り巻く空気が、その雰囲気が、何故か京子にそう考えさせる。
そしてそれは、雰囲気だけではない。
見慣れたはずの彼の姿。その何かが、何かが違うような気がして。
「ツ……! ツナ君!!」
今の自分に出来る精一杯の呼びかけ。それでふと、彼は顔を上げてくれた。
「笹川……さん?」
向けられた、視線に何故か胸を撫で下ろした。
他人行儀な呼び方よりも、こちらを見てくれた、その目がいつも通りなのにホッとした。
「いか……ないの?」
震えを諭せないように気をつけながら告げた言葉に、彼は不意に視線をおとす。
しかしその視線は、すぐにこちらに向けられた。
「うん。行こう。……俺は」
行かなきゃいけない、その言葉は、単なる心配から出る言葉とは、少し異なるように感じられた。
「冗談止めろよ!山本っ!!」
「武ーっ!戻ってー!!」
遠巻きに自分を囲み、声をかけるクラスメイトの顔は、どいつもこいつも不安で揺れている。
当たり前かもしれない。
そう思いながら、山本武は空を眺めていた。
自分はこんなに酷い気分なのに、空はいつも以上にピカピカと輝いている。
(俺の行動に喜んでるみてーだ……)
山本武がいるのは屋上を囲むフェンス、その外側だった。そもそもフェンス自体が落下防止を主な目的として作られているのがほとんどであって、当然そこを乗り越えて立つという行動自体、想定されてはいない。
それを証明するかのように、今山本がいる場所の広さはとても狭い。二、三歩先へ進めばあっという間にコンクリートの支えを失うだろう。
それを自覚していても、恐怖は感じない。いっその事、それも良いかもしれないとさえ、考えていた。
「考え直せ!山本!!」
馴染みの野球部員達の声もきこえる。
増え続ける人の数に、漸く山本は声を出した。しかし、目線は未だ空に向けたままだ。
「悪いけど、冗談でもねぇんだ。野球の神様に見捨てられた俺には、もう何にも残ってないんでね」
そう改めて言葉にすることで、山本は自覚した。
自分は、野球の神様に、その運に見捨てられたのだと。
きっかけは確かに、昨日の骨折だろう。
しかし、その違和感、何をやっても上手くいかない、そんなもやもやとした感じはずっと前……中学に上がってしばらくした辺りから、感じ始めていたことだ。
山本武と言う少年が野球に出会ったのは、物心がつくか否かの頃合いだった。
始めた記憶は曖昧だが、小学校に入る前より、ビニール製のバットで遊んでいたのは覚えている。
小学校に入り、地域の野球チームに所属し、本格的に野球を始めると、その頭角は瞬く間に現れた。
町主催の大会にも優勝し、メディアにも取り上げられるようになり、否応なしに、自分の前に野球がついてまわる。
始めた頃は純粋に、好きだったからやっていた野球が、いつからか、やらなければいけなくなった。
みんなが自分を「野球」の山本とみる。
山本は「野球」だと。
それが苦痛になったのは、一体いつからだっただろう。
それが自覚できる程急激な変化となったのは、中学生になってからだった。
小学校では平等に、皆に回っていた打席が、上手い奴だけになった。レギュラーになれない奴は、野球の試合に出られない。小学校では多くても十人程度だったチームメイトの数が、三十、四十人に増えた。年上、年下が曖昧だった小学校とは違い、明確にできた上下関係。虐められる事は無かったものの、肩身の狭い思いは何度もあった。
たくさんの人の笑い声、その中で時々、嫉みや妬みも耳にした。
一年レギュラーと持て囃される一方、一年の癖に、一年なのにと、レギュラーとなったことを責められた。
(好きだった筈の野球が、だんだん続けることが苦しくなった。……俺には「野球」しかないのに。野球をすることしか、出来ないのに)
環境の変化について行けないまま、試合に集中出来ないことも増えた。打率は落ち、守備は乱れ、自分でも納得できる試合がどんどんできなくなっていく。
そんな状況に思い悩んでいるとき、山本は「沢田綱吉」と持田先輩との一戦を見たのだ。
他部とはいえ、同じ運動部という繋がりもあって、持田剣介とは知らない仲ではなかった。
視野が狭くなりがちなのが玉に瑕ではあるものの、それを補って余る勝負強さと、面倒見の良さがあった。
その持田先輩が、女性のために仕掛けた勝負とはいえ、反則らしい反則もない、正々堂々の試合で一本取られ、その勝負に納得したという。
(あの時は素直に凄ぇと思ったんだよな。ツナのこと)
だから、あの時相談しようと思ったのだ。しかし、彼は興味が沸かなかったのか、話し終わった後しばらくも、何の言葉も返さない。その事に、自分でも驚くほど落胆していた。彼に話せば、何か変わるとでも思ったのか、とんでもない他人任せだ。
昨日はそんな自分の甘えた性根を叩き直そうと、いつもより長く残って練習した。そして……そこで、この怪我を負ったのだ。
「本当、情けねぇよな……」
自業自得が招いたとも言える結果に、山本は自然と苦笑していた。はあっと吐き出した息にも、注意を払っているのか、周りの人々のざわめきが大きくなる。
さて、やるか。
心の中でそう唱え、山本が一歩踏み出そうとした、その時。
「ま……待って!……ぎゃあ!?」
どさっと、音を立てるように人混みが崩れ。
「……お前は」
頭から地面に倒れた、沢田綱吉がそこにいた。
今回の話は、絶対に真似しないでください!
人様の家への訪問の仕方等々……良識を持って行い下さい。