緋眼の裔   作:雪宮春夏

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最後に投稿したのはいつだったか……。
思わず遠い目になってしまいます。雪宮春夏です。

……まだこれを見ようと思って下さる奇特な皆様方

|ω・`)(チラ)


どうもありがとうございます。

七月は新作以外は何一つ音沙汰無しの未更新。八月に至ってはこれが一回目。

取りあえず、月一更新を目標に掲げて、改めて頑張りたいと思います。

……それも何気にダメな気がするが。


それでは緋眼の裔、どうぞご覧下さい。




第ⅩⅩⅢ話 ○○山

「並盛山ってこんなに深かったんすね」

獄寺の言葉には感心したような、途方に暮れたような色が滲み出ていた。

「うん。そーだね」

それに対する俺の返答は見事な棒読みだ。既に騒ぐ気力も無く、ぼんやりと木々の間から見える綺麗な空を眺めながら……現実から目を背けていた。

「道も満足にねぇ、携帯の電波も入らねぇ。おまけに持っていた食料も落としちまったし、冬だからな。最悪雪が降るかもしれねぇぞ」

ポーカーフェイスを崩すことはしていないのだろう。淡々と事実のみを並べるのは、ここまで俺達を引率してきた俺の家庭教師だ。

彼は真面目な空気を崩すこと無く続けた……が。

「……これで人外の生物まででた日にゃ」

その時、僅かに彼の口角が動いたのをよく確かめれば良かったと、後の俺は思うだろう。

「まさに、サバイバル☆」

人外の生物。その言葉に反応してリボーンのいる方へ漸く視線を転じた俺は、そこで小さなマンモスに変身したレオンを頭にのせた、上半身裸に下穿き一つ。片手に武器、片手に骨付き肉というコスプレイヤーも真っ青な見事な原始人コスプレのリボーンを見てしまった。

「楽しそうだな!?おいっ!貴様ァ!!」

この時、俺の外面は完全に剥げてしまっていただろう。それは変わった口調から既に明らかだった。

こちらが右も左も分からずに途方に暮れている時に巫山戯られたのだから俺が怒りを露わにする理由は十分だろう。問題だったのは、ここに事情をほとんど知らないディーノさんがいたこと。

そして彼は……単なるごまかしで騙されてくれるほど簡単な人では無かったことだ。

「…………」

しかしディーノさんが何も言わなかったからこそ、俺は彼が俺を探るような目で見ていることには気づかなかった。

「まぁまぁ。ツナも落ち着けって。大体全部が小僧のせいって訳でもねぇのな」

「十中七八くらいはこいつのせいだよ!!」

山本に羽交い締めにされても尚怒りの治まらない俺が吠える。少し前までならそれだけでビクつき、手を離していただろう。

しかしあの体育祭の日以来、山本はビクつくことはあっても、手を離すことは無くなった。

そのまま、背中や肩を軽く叩かれる俺は、落ち着いて今までのことを思いおこしていた。

 

始まりは学期末最終日、桃巨会と言う組織を壊滅させ、その夜、雲雀と協力して桃巨会を隠れ蓑のように利用し、奴良組本家直轄地に住む土地神含む小妖怪達を拐かそうとしていた相手と戦い、雲雀さんがその結果、自らの畏れの枯渇により生死の境を彷徨い、奴良組唯一の薬師一派、鴆一派の本拠地、薬鴆堂へ運び、一命を取り留め……そこから並盛の自宅へ帰還し、眠り込んだその翌日……学期末最終日から四日後、即ち冬休み四日目キリストのイベント当日となった日の朝のことである。

「交流会を開くぞ」

寝ている俺の腹部へダイブと言う、本物の幼子が可愛くやれば許される行為を平然と俺に敢行した悪魔は、円らな瞳で俺を見つめた。

「……は?」

乱暴な起こされ方をされた俺の目は既に据わっている。

怒りこそは込められてはいないが、向ける視線も好意的とは言い難い物だった。

「交流会?俺とお前で?」

「違ぇぞ。お前と山本、獄寺でだ」

リボーンが上げたのは交流会など開かなくても毎日の様に顔を合わせている二人で、思わずその目的が分からずに眉を寄せる。

「たまには大自然の中で身近な奴らと腹割って話し合うのも良いんじゃねぇかって、ディーノの発案だぞ?場所もあまり人が寄りつかない秘境を用意したんだ」

「なんだ……お前主体じゃ無いんなら、まともそうだな」

思わずしみじみと呟いた俺に、リボーンは僅かに目を細めた。

「なんだよ?」

リボーンがこんな挙動を見せる時は、俺に対して何かを言いたいと思っている時のものだ。図らずも長い付き合いとなりつつある近頃は、こんな何気ない動作から、無言であってもリボーンの考えが少しは分かるような気がした。

「いいや……それでどうすんだ? 折角のディーノの誘いだぞ?」

一言の否定。

その一瞬の間に、微かにあったリボーンの感情の僅かな動きが分からなくなった。

やはり現状は敢えてリボーンが読ませてくれていると言う感覚なのだろう。

その明らかにリボーンに加減されている事を再確認してしまい、僅かな悔しさを覚えながら、俺は口を動かした。

「悪いけど、俺は行けないよ……行けるわけ無いだろ!」

言葉を切ると同時に視線を外し、体ごとリボーンから背く。

ディーノさんの事は嫌いではない。

獄寺達のこともだ。

しかし秘境とやらがどこかは知らないが、並盛の外へ出ることは出来ないだろう。

己はこう見えて幽閉中の身……である筈なのだから。

疑問系になるのは普段からそう感じない程には自由にさせて貰っている事が原因である。

そもそもきょうやが奴良組と関係があることを知らなければ、知ることは愚か考えることすらせずに、放逐されているだけだと思い込んでいただろう。

今から思えば愚考以外のなにものでもない。

先代を殺した相手を……たとえ証拠が無いと言っても、野放しにする筈がないのだ。

「きょうやが止めるかどうか何て分かんないだろ?」

俺の心情は理解しているのか、リボーンの声には苛つきや怒りはない。

ただどこか面白いことを考えついたかのように声を弾ませている。

「分かるよ。……まぁ、今まで並盛をでようとしたことは無いから、そう言う意味では実感無いけどさ。でもあの人、俺と正々堂々戦えるタイミングを待っているんだろ」

だったらこんな美味しい状況見逃す訳ないじゃん。

寧ろ今まで難癖をつけて戦いを求められなかったと言うことでは意外と言える。

人相手でもトンファーで滅多打ちすることに躊躇いを持たない人なのだ。

腑抜けていたと自覚できる当初の俺など、その気になればちょちょいのちょいだった筈だ。

(あれ?それだとやりがいが無いから放置されてたってこと?)

一度思い浮かべると否定できないその考えに何とも言えないおかしな方向性での戦闘欲を見せつけられたような気がして、俺は僅かに唸っていた。

(己の欲に正直と言うかなんというか……あの人絶対俺と同じ獣の妖怪だよねぇ……)

そんなたわいも無いことをつらつら思い浮かべていると、気を取り直したかのようにリボーンが口を挟む。

「きょうやは止めねぇぞ」

やけに確信を込めた言葉に続いたのは。

「なんせいくのは「()()()」だからな」

聞き覚えのあり過ぎる、およそ秘境らしからぬ場所だった。

 

並盛山は、並盛住民の中でも健康志向の強い者達の間では、身近な体力維持の為の場として有名である。……そんな人間は滅多にいないという内情があり、祭などの数少ない場合を除いて、閑散としていることは多いが。

その内部では幾つかのハイキングルートのような物が整備されており、道もしっかりと整備されている。

どの道も基本一本道となっているので、迷う危険もそんなに無い。

ただ道を外れると案外深い森となっており、最初に山に踏み込む子供の時分には、とにかく道を外れるなと教えられるのだ。

「ここのどこが秘境なんだよ……」

かく言う俺も小学生の頃に何度か学校行事で足を踏み入れた場所であり、山本もおそらく来た経験はあるだろう。

ディーノさんや獄寺は来た経験が無い分、一見して感じる山深さから「秘境」呼ばわりしているのかも知れない。

しかし地元住民である俺達からすれば、道を外れない限りここは山とは名ばかりと言う場所なのだ。勾配は僅かばかりあるものの、ルートさえ選べば子供でも昇ることは苦にはならない。

(集まって話せるほど広い場所と言ったら、ルートの中間地点にもなっている大広場くらいだろうけど)

頭の中で地図を書きながら、俺は記憶に残る山道を進んでいく。山本と獄寺はディーノさんと一緒に来るらしく、俺とリボーンは一足先に行くらしい。

「何事も、準備は必要だぞ?」

円らな瞳を輝かせたリボーンの真意を、この時の俺はまだ理解できていなかった。

 

(リボーンの奴、ディーノさんからエンツィオかすめ取ってわざと川に落とすわ、それで巨大化たエンツィオから逃げようとする俺達に、敢えて道を外させるわ、それで迷った俺等を崖から突き落とすわ)

「……これのどこがリボーンのせいじゃないって言うんだよぉ!?山本っ……!!」

これまでの事をつらつらと思い浮かべて、俺は遂には八つ当たりのように山本に語りかけながらも縋りついていた。

完全な現実逃避と分かっていても、そうしなければやっていられなかったとは言え、度重なるそれらに、俺自身も冷静とは言い難くなりつつあったのだ。

「うっ……そうだよなぁ。悪い。ツナ。確かに小僧にも責任有ったのな」

俺の言葉を肯定しつつも、でもよぉと、山本は言葉を続ける。

「これから、どうすっかだよなぁ?迷子の時はその場から動くなって言うのが天板だけどよ……ここまで探しに来てくれる人がいるとはちょっと考えづらいのなぁ」

地元住民の認識を分かっているが故に、山本は途方に暮れたように辺りを見渡す。

「流石に……夜になっても帰ってこなければ、捜して貰えるんじゃない?」

「んじゃあ、夜まで待てば良いじゃねぇか。……あの洞窟でな」

リボーンが言葉と共に示したのは木々の間に埋もれるようにあった深い穴で、それは洞窟と言うよりもトンネルのように感じられた。

深さがあるのか奥が見えず、如何にもな雰囲気を醸し出していた。

 

「おい、リボーン……まさかと思うがここまでの流れ、お前の仕込みとか言わないよな?」

「問答の形を取ってんのは口調だけだな。本当に疑わしいと思ってるだけなら、握り締めた拳を殺気だった目で構えてるんじゃねぇぞ。アホツナ」

それはお前が疑わしすぎるからだろう。

そう呟く綱吉の殺気立つ瞳に、思った以上に堪え性の無くなりつつある現状を見て、リボーンは僅かな危機感を抱く。

リボーンや、獄寺、山本といったファミリーに心を開き、素をさらけ出すようになっていると考えれば、良い兆候と言えるのだが。

(……まさか逆に、抑えきれなくなっているんじゃねぇだろうな……?)

その要因は、数え上げればキリが無いだろう。それ位の自覚はある。

内情を知らずに使用しすぎた「死ぬ気弾」。それに伴う「婆娑羅(バサラ)」化。それを抑えるための「妖怪」としての再覚醒。

外れて欲しい予想だが、家庭教師としてのリボーンは、常に最悪を念頭に置かねばならない立場でもある。

ひとまずは頭の片隅に止めて、リボーンは、改めて現状の問題に目を向けた。

「いいや。()()仕込みではねぇぞ。……仕込んでいる奴がいるとすれば、それはこの山の主の方だろうな……」

明らかに何かを含んだ言いぐさに、綱吉は僅かに目を眇める。こうしてみると、やはり彼には一般人らしからぬ側面はあるのだ。おそらく奴良組で時を過ごす内に培われたそれは、どう足掻いても一般人の中では生きにくい部分でもある。

しかし、奴良組に対する贖罪の思いか、嘗て「沢田綱吉」だった幼子との約束の為か、はたまたそれ以外の何かか……彼は敢えて「一般人」を装い続けるのだろう。

(まぁ、裏表があるのは、マフィアならば珍しくもねぇけどな)

「リボーン……主って、一体……」

リボーンの内情を知ってか知らずか、綱吉はリボーンの思考を遮るように言葉を紡ぐ。

始まりそうな彼らの問答を中断させたのは、切羽詰まった獄寺の悲鳴だった。

「……ッ!獄寺!?」

咄嗟に叫んで目をやったそこにいたのは、予期せぬ、しかし見慣れた人物であった。

「……あれ?……ビアンキ?」

 

どうやら俺とリボーンが会話している間に、獄寺は一人、トンネル擬きの洞窟を探索しようと足を踏み出していたのだと言う。

リボーンの言葉からこの山には「主」……つまり、何かしらの存在が住むと知った俺は、その行動に思わず顔を強ばらせたが、既に分かるとおりその探索は数秒も持たずに終わっていた。 

珍しい食材を探し求めた結果、俺達同様ここに迷い込んでしまったビアンキが、このトンネル擬きの洞窟を通って、ここに辿り着き、トンネル擬きを進んでいた獄寺と鉢合わせしたからである。

そして更に驚くべき事に、ここにいたのはビアンキだけではなかった。

「ランボに!イーピン!?……それに、ハルまで……」

すっかり涙目となっている彼女は、本日は彼ら二人の保護者役であったらしい。それが何故このような山奥にいるのか。

話を聞き始めた俺は、そのあまりの珍事情に頭が痛く感じられた。

曰く、彼女たちは最初、この山の中にある美味しいケーキ屋さんへ行く予定だったのだという。

初めて行く場所だからと地図と睨めっこをする彼女に対して、ランボはその場所を知っていると言い、更にこう言い出した。

『この道を突っ切って行けば早いんだもんね!』

その結果、迷ったのだという。

(……おい、コラ!クソガキッ……!!)

思わず心中でランボを罵った俺は悪くない、と思いたい。

地元住民で無いランボは知らないかも知れないが、この山は元より、一歩道を踏み外せば意外と深いのだ。

まかり間違っても何の備えも無しに動けるものではない。

人の行き交う道は整備されていても、良くも悪くもそれより先は未知数であった。

(……そんな子供の言う通りに道を外れて進もうとするハルもハルだけどさ……!!)

無論、彼女はこの山の恐ろしさを知っていた筈である。それとも何とかなると思ったのであろうか。

これまでの付き合いから少々楽天的な部分があることを知っているが故に否定が出来ない。

「それで迷って……どうしたの?」

ランボの発言の後にも、彼による紆余曲折があったようだが、生憎そこを聞いてもさして変わりは無いだろう。若しくは無意識に聞くのを拒否したのかも知れない。これ以上頭痛の種を作りたいとは思わなかった。

「ビアンキさんと会って……遭難していると聞きました……!」

そこで漸く、遭難の自覚を持ったらしい。

「ツナさん!ハル達一体どうなるんですか?……ロビンソンですか!?クルーソーですか!?」

不安に耐えきれなくなったのか、訳の分からない言葉をぶつけながら、俺にしがみつく彼女に、俺は何も言えなかった。

単なる遭難なら、まだ良い。

しかし先程のリボーンの言葉に、俺の中の何かが引っかかりを覚える。

この山には「主」がいること。

このトンネル擬きの洞窟は、その存在が仕込んだ物かも知れないこと。

そして止めにハル達が言う「山の中のケーキ屋さん」。

はっきり言おう。俺はそんな話を聞いたことは無い。

これは単に俺が近頃の流行に疎いから知らないと言う可能性もあるが、俺の中の何かが頻りに訴えるのだ。

これは……罠だと。

 

「ねぇねぇ!牛頭丸っ!」

幼児特有のかん高い声で呼ばれて、牛鬼組若頭、牛頭丸は視線を向けた。そこにいるのは数ヶ月前にこの山で生まれた牛鬼組一番の新入り、まだ畏れを満足に扱えず、変化も上手く出来ない為、馬頭にくっついて色々と修業中な「(くすのき)」と言う幽霊の妖怪だった。元の顔を隠す為もあり、馬頭丸と揃いの牛の骨の被り物を頭からすっぽりと被っている。隙間から出る髪の毛は、ふわふわとした癖っ毛で、茶色に近い赤茶色をしていた。

「……んだよ楠。……と言うか、てめえ一人で何してんだ?」

己の畏れも上手く扱えない楠は、戦闘能力ではまだここにいる誰よりも弱い。可能性としては零細に近いが、敵の妖怪に襲われたり等したらひとたまりも無いだろう。

そんな心配も加わり、思わず厳しい口調で問いかけた牛頭丸に、しかし幼子は気にする様子も無く続けた。

「牛頭丸。()()()()()、来たよ?」

「……はぁ?」

最も、言われた言葉は訳が分からなかったが。

無論、言葉の意味は分かる。しかし、指している人物が分からない。牛鬼組の中には彼が「兄」と呼ぶ人物はいないし、人間であった頃の交友関係等分かるわけもない。

人であった彼の物と思われる遺骨を持ってきたのは雲雀であるため、元は並盛の住人かも知れないが、単に並盛の住人が迷い込んだだけならばわざわざ知らせる意味が分からない。

「……まさか昔の知り合いだからうしおに軍団に喰わすなとか言うつもりか?」

いや、と直ぐさま否定する。それならば訴える相手は馬頭丸だろう。わざわざ牛頭丸に言う意味が分からない。

「何でそんなことを俺に言うんだ?」

分からないからこそ、牛頭丸は正面切って相手に尋ねた。するとおかしな事に、相手の方が目を丸くする。

まるでその言葉が予想外だと言うように。

「だって……牛頭丸も、牛鬼様も、お兄ちゃんを待ってたんでしよう?」

 

「どう、すんだよ……完全に、はぐれたぞ……!」

途方に暮れ、声を上げる俺の姿は、誰がどう見てもボロボロという物だった。

あの後、ハル達の為にも、少しでも早く見つけて貰おうと、山本が火を焚くことを決意して、薪を集めようとした。それに右腕云々の理由で対抗意識を燃やした獄寺が、火炎瓶を取り出し……しかしその直後、その行動を褒めるビアンキをモロに見てしまった事で気を失ってしまう。

その時、出していた火炎瓶が木に当たってしまったことは、不幸の範疇だろうか。

燃え広がった火に、何を勘違いしたのか、ランボも火をつけるのを手伝うと手榴弾を取り出し……見事着火させた。

そこで焼け死ぬのを回避するためには、周りの目は構っていられなかった。

打たれた死ぬ気弾によって外されたストッパー。

あの日の並中の校庭でしたように、目をこらして水脈を見つける。

捜す途中で感じた複数の気配。

そこにどこか驚愕に近いものも入っていたが、その時の俺は深く考える暇もなかった。

あるのはただ、火を消さなければならないと言う、脅迫にも似た焦燥。

水脈を割り、たちまち鎮火させた時は思わず、腰を抜かしてしまったが。

「エンツィオを……忘れてたよなぁ……!」

完全に己の失敗と断じることの出来るそれを思い出して、俺は頭を抱えた。

スポンジスッポンと呼ばれるディーノの相棒、エンツィオ。

普段は小さくおとなしい彼は、水を吸い込むと、たちまち強大化して、凶暴な性格に変貌する。

もともと今日の出来事に誘ってきたのはディーノであり、相棒である彼は確かにディーノの傍にいたはずなのだ。

「失念……していた……!」

間違いなくそうとしか言いようが無い。相手が相手なので、逃げる以外の選択肢は無かった。

斯くして逃げる途中で見事にはぐれてしまった仲間達の姿を思い浮かべ、同時にあの時感じた不安が頭を過ぎる。

気のせいかも知れない、とは思いたかった。

しかしそうでは無いと、言いきれる強さもないのだ。

「……リボーン」

なぜなら肯定する強さも、否定する強さも、情報の無い今では、持てる筈が無いのだから。

「この山の主って……誰なんだ?」

その問いに対するリボーンの答えに、俺は頬を思いっきり引き攣らせた。

 

奴良組随一の武闘派にして、奴良組の中でも初代の頃より幹部格に座する妖怪、牛鬼。そんな彼が率いる牛鬼組の本拠地にして、奴良組の中では最西端でもある「西の境界線」。それは、そのまま西側にいる敵対勢力の妖怪への防波堤の役割もになっている。

それが牛鬼組本拠、捩眼(ねじれめ)山という場所だった。

「んなぁ……!! 並盛山が……捩眼山の別名っ!?」

大きく目を見開き、狼狽える俺に、リボーンは、呆れを隠しもせずに吐息を溢した。

「俺としては、長く組にいた筈のおめぇが、何でそんなことを知らなかったのかって事の方を聞きてぇところだぞ。ダメツキ」

敢えて本名をもじった昔の名前を使われながら罵るリボーンの視線は心なしか厳しい。

しかしあの当時の俺は、組の人間としての自覚はほとんど無く、言うならば鯉伴の養い子と言う立場でしか物事を考えていなかった。だから必要最低限の、または興味のある物しか知ろうとはしなかったのである。

しかし、今更それを言った所で後の祭りだろう。

「じゃあここは……牛鬼組のシマってこと?……並盛も?」

だから俺は会話の本題を逸らす事を選んだ。

全く関係ない事では無いが、今問う必要も無い代物。

そこはリボーンにも通じたのか、彼はジロリと円らな眼でこちらに良いようも無い圧力を加えながらも、答をくれる。

「そうだそ。まぁ雲雀の話じゃあ、並盛の地は今の所は雲雀の自治区扱いになってる見てぇだがな」

「自治区って……」

その単語の意味は流石に綱吉にとて分かる。

つまり雲雀には、それが許されるほどの功績があるのか、若しくはそれほどまでに信のおける相手とされたのか。

「……ツナ。お前、どうしたんだ?」

僅かな間を置いて、リボーンが問いかけてくるが、その声はどこか遠慮がちに感じられる。

「え?」

その理由が分からずに問いかけた物の、その時頬を伝ったそれに、思わず俺も愕然とした。

「え?……あれっ!?」

眦から次々と零れていくそれは、間違いなく涙で。

しかし、この時の俺には悲しいと感じる物などないはずだった。

「……う? あれっ?……何で、こんな……」

ただ、胸に広がるのは、どこかモヤモヤとした感情で。

名前のつけがたいそれに、肩を震わせると、ジッとこちらを観察していたリボーンが、控えめがちに言葉を投げかける。

「……おめぇ、自治を認められた雲雀が羨ましいのか?」

「……え?」

ストンと、その言葉は俺の胸に落ちてきた。

あぁ。そうどこかへ漏らしたら、何故か笑いたくもなってしまった。

羨ましい。確かにそれもあるだろう。

(でもそれだけじゃない気がする……)

それが何か。

そう思考に沈みかけた俺を我に返らせたのは、リボーンの次の言葉ではなく、微かな予感だった。

「なっ!?」

「これは……何とも面白い仕打ちダゾ」

飄々と呟くリボーンにも、苦々しい物が混じる。

その理由は。

「何で……!こんなっ……!!」

山全体を覆うかのように広がる、牛鬼組の妖怪の発する、強大な畏れの気配だった。

 




さてさて「新(?)キャラ」楠さん。
この方は一体何者でしょうか?
敢えて明言はしませんが、この物語の中でこの「沢田綱吉」を「お兄ちゃん」と呼ぶ奇特な人は「彼」だけなので直ぐに分かると思います。(分かんなくても聞かないで下さい(゜ロ゜;))
苦情等々は受け付けません。

そんな春夏でもよろしければ、これからも宜しくお願いします。

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