緋眼の裔   作:雪宮春夏

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どうも……すいませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!!(土下座)

……申し訳ありません。月明け初投稿と言っても過言じゃ無いと思います、雪宮春夏です。

本日をもって緋眼連載五ヶ月目に入りました。
このハーメルンで活動を始めたのもちょうど五ヶ月となります。
こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。


第ⅩⅩⅠ話 薬鴆堂にて 前編

「おい!ヒバリっ!!どうしたんだっ!!おい…っ!!!」

酷く焦ったような赤ん坊の声を聞きながら、男……雲雀恭弥が抱いていたのは軟弱な己の体へのやるせなさだった。

(バカみたい……!)

冷たい地面に頬をつけたまま、頭をあげることさえ出来ずに、雲雀の意識は闇に沈んでいく。

(たったあれっぽっち……!あれっぽっちの、畏れの放出で……!!)

それが、意識を失う寸前の思考。

 

雲雀家の始まりは、あまりおおっぴらに人に話せるものではない。

事の始まりは平安の時代。

その当時の薄汚い欲望に澱んだ醜い権力者に、その当時強い力を持っていた陰陽師が、「手土産」…今で言う「賄賂」だ…と称して、一人の妖怪の女性を生け捕ってきたことから始まる。

極薄に削いだ絹の様な黒き髪に、凛とつり上がった黒い眼。何より迸らんばかりの巨大な妖力と、自らの権力には屈せぬとばかりの強い気概に惚れ込んだ男は、その生け捕ってきた陰陽師に協力させて、力を封じ込めた女を無理矢理犯し、子をなしたのである。

その、妖怪の女性こそが、最初の「きょうや」。きょうやを無理矢理我が物にした強欲な男こそが雲雀家の開祖である。

始めに生まれた「きょうや」の子ども……即ち雲雀の二代目は、須く妖力を持つ子どもが生まれたらしい。

力を持つ子どもの旨味を知った男は、周りの声に押されるまま、次々と女に、子をなすことを強要した。

女が反発すれば封印の印を重ね、拷問を重ね、術を用いて無理矢理にでも子をなさせ……その当時、女が生涯でどれほどの子を成したかは分かっていない。

しかし、妖怪であった筈の女は、捕らわれてからおよそ五十年経たずに畏れを失い、没したと言われている。

役に立たなくなったと男に見切られ殺されたか、自ら命を散らせたのか、雲雀としてはどちらであっても驚きはしない。

女が死んだ後も、年老いた男は満足することはなかった。

満足するには力ある子供達が持たらす旨味を知りすぎてしまったのだ。

人間の欲には制限が無いのは、どの時代も同じである。

己に子をなすだけの力が無いのなら、その力につられた己の手駒を種馬として、家に取り入れ、子をなさせた。

男の孫に当たる子ども……彼らもまた、ほとんどが力ある存在だった。しかし、男にとっては眉を潜めたくなる、あの特徴が現れていた。

男の子供達は、全てが力ある者だったが、それと引き替える様に感情に乏しく、まるで人形の様に生気の乏しい体の弱い者が大半だったのだ。

陰陽師の話によれば、母体である女に封印を重ね、度重なる妊娠で力を消耗させ続けたのが不味かったのでは無いかということだった。

しかしその事態は、男にとっては好都合以外の何ものでも無かった。

男は力ある子どもを欲すると同時に、その力を他者に使われることを恐れたからである。

体の弱さが難であったが、それは数で補えばどうという事は無い。

まさに、男にとっては我が身の春であっただろう。

しかし、物事はそうそう上手く進まないのである。

前述した、孫の代で現れたある特徴。それは、力が強ければ強いほど体が弱く、男に反抗的であったことだ。

瞳を怒らせ、男を睨むその姿はまるで嘗ての「きょうや」その者だった。

怒りのままに振る舞えば何度も力を行使させる前にその子供達は衰弱し、命を落とす。

焦った男が件の陰陽師に相談しようにも、その頃は既に男の身分では満足に面談する事も出来ない程に陰陽師の身分は高いものになっていた。

このまま己の欲望のまま振る舞えば己が息絶える前に力が枯渇する。

……いや、この当時の男は既にこの力の恩恵を己一代限りで潰えさせるつもりは毛頭なかった。

力の恩恵を受けて莫大な財を築いた男には確信があった。雲雀家がこの力を持ち続ける限り、いずれはこの世界の覇権を握る立場に立てる事は間違いないと。

逆に力を失えば一時の夢とばかりに直ぐさま没落するだろう。そんなことは男には耐えきれなかった。

その為男は賭に出たのだ。彼の一族を総動員して、その血を絶やさぬ事に執念を燃やさせた。

抗おうとする孫の代は諦め、その次の代では道具として、使い勝手の良い子どもが生まれる事を信じて……。

 

「……ここは」

パチリと、目を開いた先に見えたのは木目の天井ではあったが、見慣れた自室の天井では無かった。

木造の家屋だから並盛中の敷地内でも無いだろう。

どこだろうと首を捻りながらも、雲雀は自らの得物であるトンファーを確認する。懐には無かったが、雲雀が横たわっている布団……その枕元に置かれていた。

ただし、先刻まで雲雀が着ていた筈の風紀委員長の学ランの上に折り畳まれた状態で、だ。

「………」

それを無言で見つめた後、改めて雲雀が己の着ている衣服に目をやると、それは見覚えは愚か着た覚えも無い薄手の着物。

「…………」

ここで雲雀は真剣に悩むかどうかを考え始めた。

武器は手元にある。取り上げられた訳では無いが、どうやら己の意識が無い間に身ぐるみを剥がされた事はあったらしい。

(あれ?いつもなら、木の葉の落ちる音だけでも目を覚ますのに……)

生まれながらに、きょうやの力が強く表れていた雲雀はそれに比例するように、雲雀の一族にはなじむことは出来ず、常に警戒を解くことは出来なかった。

強い力を持つ「きょうや」は代々そうだったらしく、周りの人間もそれを当然のように幼い雲雀を慈しむ事などしなかった。

力で縛り、効くかどうかも判別できない術とやらを多く雲雀の体に施して……それは、雲雀がブチ切れ、本家を半壊状態にして奴良組に逃げ込むまで終わることはなかった。

(いや……!別に逃げた訳じゃないけど)

つらつらと昔の事を考えていた雲雀は思わずそう思い起こした時点で首を振り、思考を打ち消す。

その耳が、襖を開く僅かな滑走音を捕らえた。咄嗟に敵と味方の判別がつかない彼は軽く目を閉じて目覚めていない風を装う。

「……狸寝入りとは良い度胸だなぁ?テメェ……!」

そこで耳に飛び込んだ、聞き覚えのある相手の声に、パチリと目を開けて、視界に映ったのは仁王立ちでこちらを見下ろす一人の男だ。

その姿に直ぐさま雲雀は起き上がろうとした。

「……っ!」

しかし、思うように力が入らない両手に、直ぐさま布団の中へ逆戻りしてしまう。

「……まだ無理すんじゃねぇよ」

嗜める彼の行動は間違いなく患者を案じる医師のもの。しかしそんな彼の気遣いを邪険にするかのような勢いで、辺りを見渡す雲雀は不躾に口を開く。

「ここ、貴方の本拠?(ぜん)

(ぜん)と呼ばれた当人はどこまでもこちらの話を聞こうとしないマイペースな患者を溜息一つで許して頷いた。

「そーだよ。知ってんだろ?俺の奴良組での立ち位置は。ここは薬師一派、(ぜん)一派の本拠、薬(ぜん)堂だよ。少しは敬いやがれ。医者を」

ぶつくさ文句を言いながらも、素早くその場に腰を降ろして、手早く治療用具を広げていく(ぜん)の姿を見ながら雲雀は再び首を捻ることとなった。

彼……(ぜん)の立ち位置は、当然雲雀とて知っている。

奴良組唯一の薬師……医療を司る一派。奴良組組員全ての治療を行うことをシノギとする現代の人間達の言葉で言えば、所謂後衛支援部隊。

その長は代々、(ぜん)という妖怪が務めており、彼らの羽根は水に漬けると五臓六腑を溶かす猛毒になると言われている。

その一方で、成年となると自らの毒に体を蝕まれ、病弱の身となり、自然と息絶える、弱い妖怪でもある。

「それで……何で僕こんな所にいるの?僕君の本拠何て知らないし、ここを尋ねた記憶も無いんだけど」

まさか並盛から態々浚ってきたのかい?と、戯けた口調で問いかけると、何故か(ぜん)は深い溜息をついた。

「まぁ……覚えてねぇのも無理ねぇけどよぉ……」

不可解な彼の反応に首を傾げた雲雀に対して、彼は渋い表情を崩すこと無く説明した。

「……は?」

その言葉を耳に入れた雲雀の目は、大きく見開かれる。それを驚愕と受け取った(ぜん)は苦笑交じりに何事かを話し始めていた。しかし、雲雀にはその与太話は完全に届いていなかった。

(何……それ……)

雲雀の頭に浮かんでは消えるを繰り返していたのは、先ほどの(ぜん)が説明した内容。

それを頭の中で反芻して、理解する内に、雲雀の心には沸々と何かが湧き上がり始めていた。

この時(ぜん)が、雲雀の様子を注意深く見ていればこの後に起きるトラブルは回避できたのかも知れない。

しかし、過ぎ去ったものは取り返しのつくものではなく、気づいた時には手遅れであった。

 

「……きょうや?」

 

何気ない仕草で顔を上げた(ぜん)は、布団から半身を起こす患者の様子がおかしいことに、遅まきながらも気が付いた。

彼が握った両手は強く握り締めすぎているのか血管が浮き上がり、僅かに開いた彼の唇からまるで獣の唸り声の様な音が漏れ出している。

ブルブルと小刻みに体が震えた事で漸く彼が無意識に本性の姿に戻ろうとしているという事実に気づいた。

「おい!ちょっと待て!!……まだっ」

慌てて声を荒立たせた(ぜん)。しかしその言葉も空しく……きょうやの体は突如力を失い、倒れ込んだ。

「……つ?!……なに……これ……っ!」

その状況はきょうやでさえも上手く把握できないのか、愕然とした様子も隠すことも出来ず、布団のシーツに肘をついたまま己の体を見渡した。

「……(ぜん)。君一体何したの!?」

ギリギリと歯軋りの音が響き、そこで漸く雲雀の周囲におどろおどろしい気配が渦巻いているのを(ぜん)は感じた。

「お……おいっ!どうしたんだっ!?きょうやっ!!」

「邪魔っ!どきなよ!!」

再び己の体を衝動のままに突き動かそうとするが、きょうやの体はピクリとも動かない。その事に苛立ちを隠せもせず、きょうやは何度も握り締めた拳で布団を叩き続けていた。

「……きょうや」

どう向き合えば良いのか分からない。そうありありと書かれた(ぜん)の表情に見向きもせず、手負いの獣のようにきょうやはただ唸り声を上げた。

それしか出来なかった。

 

「……随分アンバランスな体だな。これが「きょうや」って妖怪なのか?」

己の思い通りにならない体にふて腐れたきょうやを布団へ戻し、テキパキと処置を施した(ぜん)は部屋を出て、襖を閉めた所で、第三者の声を聞いた。声をかけたのは、一度きょうやから紹介を受けた赤子……リボーンだ。因みに彼はきょうやが騒ぎたした頃から襖の前に立ち、部屋の様子に耳をそばだてていたのだが……不調のきょうやに気づけと言うのは無理な話だろう。

「一応は患者のプライバシーだ。特に「きょうや」の性質の話はな。……どうしても聞きてぇんなら本人に聞いてくれ」

暗に面倒事はごめんだと、(ぜん)に会話するという行為自体を放棄させるこの赤子は、前回本家で開かれた臨時の総会が真実ならば、奴良組本家の妖怪に、毒を盛った主犯……である。

「……にしても、どうしたんだ?アイツは……いきなり無理矢理動こうとしやがって」

傷が悪化することを案じるように溜息をつきつつも、きょうやが様子を一変させた理由に本当に思い当たる様子が無い(ぜん)に、リボーンは、ククッと笑いを漏らした。

「だがありゃあ。バカ丁寧に緋眼のことを話題に出したテメェの自業自得だぞ?(ぜん)。雲雀はおそらく手加減されていたと思っちまったんだろうからな」

「手加減?誰にだ?」

この暴れん坊にして、本家でも扱いに困るほどの超危険人物であるきょうやと、手加減と言う言葉が結びつかずに、(ぜん)は目を丸くする。リボーンの方は、きょうやときょうやがそう思っている相手の事を実際に想像してしまったのか、プルプルと、体を震わせている。

それに構わず(ぜん)は己の思考を続けた。

(ぜん)自身はきょうやという妖怪とやり合った事は無いが、その強さは三代前の話と良い、現在の彼本人と良い、嫌になるほど様々な所で聞いている。

そんな彼に、手加減出来る実力者など片手で数えるほど……は誇張のしすぎかも知れないが、早々はいないだろう。

「そりゃあ勿論、ツナ……おめぇらからすれば、ツキって呼ばれているあいつにだ」

 

「……は?」

目を見開き、顎が外れるかと言うほどに口を開ける(ぜん)の思考は読まなくても分かった。

手加減など考えもしない。普通はまずそのような考えには至らないだろう。

彼ら曰くツキ……あの子どもは、妖怪としての力、鬼發(はつ)も、鬼憑(ひょうい)も使えない覚醒しかしていない半人前で。その一方、雲雀はどちらも使いこなし、戦いにも慣れた一人前だ。

リボーンが最初に仕組んだ彼らの出会い……応接室での一戦が如実にそれを証明していると言って良い。

しかし、リボーン達からすればそれで十分な証明は、雲雀からすればおそらく不十分だったのだろう。

(考えてみりゃあアイツは……まともにツナと戦った経験が無い。だからこそ余計に手加減されている様に感じるのかもしれねぇな)

彼の内心を重んじながら、リボーンは今までのことを雲雀の視点で考えてみる。

リボーンの想像が若干混じるがそもそも雲雀が沢田綱吉……緋眼と呼ばれていた彼を引き取ったのは覚醒した彼とやり合いたかったからだ。

しかし、慕っていた二代目、鯉伴を自らの手で殺めてしまったショックで緋眼はすっかり腑抜けていた。

だから雲雀はそのまま興味を失い、放逐した。ここが最初だろう。

(次に俺とあいつが出会って、応接室での戦いが二度目……)

あの時は他ならぬリボーンが戦いに割って入ったのだ。圧倒的な力の差がある雲雀が相手では、そうでなければ逃げ切れなかったからと言うのもある。

(大体、アイツが望んでいるのは実戦……本物の殺し合いだからな。そういう意味ではやはりあれは止めておいて正解だった……)

そして、件の真相に近付いた体育祭。

それと本日起きた、何者かの悪意が混じった並盛港の一戦。

この二つは正確には雲雀とツナの戦いではないが、二人が同時に関わったと言う意味では含めておくべきだろう。

今から考えれば確かに今回の事件は不自然だった。敵側の情報伝達の早さと良い、あの()()に入っていた中身と良い……。

(牛鬼から、雲雀、か……)

その牛鬼なる人物に、リボーンは会ったこと無いが最初に情報が漏れる可能性があったとしたらそこだろう。

ここまではおそらく、雲雀も考えている筈だ。

(だか今回の事態を断言するには、まだ情報が足りねぇ……)

そこまで思い当たり、リボーンははぁっと溜息を零した。

本来はこんな所までは己の仕事では無いが、これをきっかけにツナが雲雀に目の敵にされてはこれからの生活にも支障が出て来る。

真っ向から敵対されない限りは少なくとも、雲雀とは友好関係は築けるという可能性が彼と少なからず接触を持ったリボーンの中では芽生え始めていた。

また、そんな個人的な感覚を抜きにしても、未だにツナへの……ツキへの奴良組からの風当たりは強いのが現状であり、雲雀に盾になって貰っている方が、こちらとしても動きやすいという理屈はあるのだ。

そう己を納得させる様に理由を並べながらも、この雲雀の心のケアは思った以上に、リボーンの請け負ってきた仕事の中でも難易度の高い物だという自覚はあった。

(でもまぁ、これからのことを考えれば、やるしかねぇぞ……!)

それでもリボーンがそう心を奮い起こすのは、実際の所はこの理由が一番でかいだろう。

(自覚できてねぇとは言えアイツ自身も、雲雀を助けたいと思う事で新たな成長を示すぐらいには仲間意識をもっているみてぇだしな……!)

リボーンはそこで、昨日雲雀が倒れた直後、その時の綱吉の様子を思い起こすのだった。

 

地に伏した雲雀を見た綱吉は、微かな悲鳴をあげていた。本人としては無意識だっただろう。

「畏れの……欠乏症状……?何で……!」

畏れ。その詳細を人であるリボーンは知らないが、聞いている限りでは妖怪の種族強弱に関係なく行う事の出来る唯一の攻撃手段と思われていた。

「欠乏?使いすぎたって事か?」

言葉を発しながらリボーンは素早く頭を働かせる。

畏れが体力や気力のように自然回復出来る物ならば問題は無いが、生まれながらに持っている量の決まっている不可逆的な物であれば問題となる。

最悪を思考の端へとどめたリボーンは、自然と一人の女性の姿を思い浮かべ……慌てて思考を戻す。

「それは大事ないのか?答えやがれ!ツナ」

カチャリといつものように拳銃を取り出したが、綱吉の様子はいつもと異なる物だった。

ジッと雲雀を見つめている顔つきが、どんどんと、昼の物とは変わっている。

目を見開いたまま、息さえつかぬかと思えるような呼気の無さが、余計にそう見せたのかも知れない。

「……大事、あるよ。このままじゃまずい……!」

暫しの間が空いた後、僅かに開いた口から出てきたのがその言葉だった。

「……でも、ここから薬鴆堂までは……」

そのままブツブツと呟き始めた綱吉の顔は既に隠すことが出来ないほどに青白い。本人もリボーン相手には隠す気も無いらしい。

次いで僅かな逡巡の後、困惑した様子でリボーンに目線を走らせる。

「……一体どうした?」

その問いかけに、綱吉はまっすぐにリボーンを見つめ……僅かに口を開いた。

しかし口は何かを迷うようにムグムグと動くだけで、そのまま俯く。

「……ツナ、はっきりと言いやがれ」

静かなリボーンの声音に押されるように。

「リボーン……頼みがある……」

沢田綱吉は口を開いた。

「俺に……死ぬ気弾を撃って欲しい……!」

 

畏れは単なる力の名称では無い。

畏れとは、妖怪そのもの。その本質を現すものである。

妖怪は人間と違い老いも緩やかで、どのような攻撃にも強い。

しかし反面、畏れを失ってしまえば容易に死んでしまう。妖怪は誰もがそんな矛盾と呼べる命を抱えている。

「畏れに関する症状だから、人の医者は役に立たない。ここら辺では鴆の薬鴆堂しか妖怪の医者はいないんだ」

「場所は分かんのか」

言葉を選びながら話す俺に会わせるように尋ねる、リボーンの声には焦りは無い。

目の前に状態の悪い雲雀さんがいるのに、その余裕は肝が太いのか、生き物の死に動じていないのか、そこまでは俺には分からなかった。

「分かるけど……人の交通手段じゃ、距離がありすぎる……間に合わないよ」

そこで言葉を切り、言い淀んでしまった俺に焦れたのか、リボーンが再び銃を向けてくる。

言葉にされずとも、要求は分かった。

向けられる彼の得物に最早条件反射の様にビクつきながら、俺は俺の考えを語り始めた。

 

人間としての方法で間に合わない。だから死ぬ気弾を撃ってくれ。

そんな事情を知らない相手が聞けば理解できないだろう二段階活用を、リボーンは理解できてしまった。

「……てめぇ。それがどれほどのリスクを背負ってんのか、覚悟してんのか?」

いつもならば滅多に浮かべない苦々しい表情を見せたリボーンに、流石の綱吉……ツキも分かっているのだろう。

いみじくも、「本性」に主導権を奪われかけ、雲雀の畏れとリボーンの放った死ぬ気弾の力を借りて正気に戻ったのはついさっき。

そんな事情で今度は暴走の危険度の方が遙かに高い妖怪の……「本性」に近しい力を底上げするために死ぬ気弾を撃ってくれと言ったところで、まともな賛同など得られよう筈がないのだ。

「下手をすればまた、婆娑羅にならねぇとも限らねぇ。その時はどうする気だ?雲雀が倒れている今、誰かお前を止められると思ってやがる!」

リボーンの言葉は全くもって正論で、胸騒ぎに襲われ衝動だけでここまで来た綱吉に出来ることは何も無いのかもしれない。

(そう……かも知れないけど……!)

失敗するかも知れない。

その()()で雲雀を見捨てれば間違いなく雲雀はここで死んでしまう。

その確信は綱吉にあった。

「俺は……雲雀さんを死なせたくない……!」

リボーンから目を逸らすこと無く言い切る綱吉の目に宿っていたのは強い決意だ。

七年前のあの日、今と同じように己を突き動かす衝動だけに従って、俺は大切な人を失った。

「さっき助けたいと言った俺に、許可は必要ないって言っただろう?……撃った後に何かあれば、俺をどうしてくれたって構わない!頼む!!リボーンつ!!!」

必死に頭を下げる綱吉の姿に自らの発言とはいえ、リボーンもあれとこれは話が違うと弁解したくなる。

しかし、それを溜息と共に呑み込む。

先刻言った事はその場しのぎの戯れ言ではない。

ボスとなるのなら尚更他者の意見を仰ぐ前に己の意見をしっかりと持っていなければならない。独断専行は望ましく無いがボンゴレのボスに傀儡は不要なのだから。

(だが俺だけじゃあ、「本性」の方……「緋眼」はまだしも、「婆娑羅」を抑えられる気はしねぇ)

リボーンは最強のヒットマンを自認しているが、それはあくまで人が相手の場合だ。己の限界がわからないほどリボーンは無能では無い。

「……撃った後に何かあれば、本当に何をしても良いんだな?」

その言葉をリボーンが放った途端、綱吉の体が微かに震えた。おそらく、意識的にリボーンが発した殺気に反応したのだろう

「……覚悟は出来てる!」

リボーンの沙汰を待つように口を紡ぐ綱吉が表すのは自らを危険に晒す覚悟だ。

しかし、今回ばかりはそれだけでは足りないと、リボーンは言葉を続けた。

「てめぇが暴走した時はヒバリに死ぬ気弾を撃ち、是が非でも戦わせる……!そうなっても構わねぇな……!?」

 

「…………っ!?」

妥協をまるで許さない家庭教師の言葉に、俺は即答出来なかった。

リボーンが向けた拳銃。それはまっすぐと俺ではなく、忙しない呼吸を続ける雲雀さんに向けられていて。

「なん……で?」

漸く俺が紡いだ言葉に、リボーンは、鋭い目線のまま、当然だろと返してくる。

「おめぇが力を暴走させることで、その身を危険に晒すのはおめぇじゃねぇ……!」

それはきっと、友でも仲間でも無く、「導き手」であるリボーンだからこそ言えた言葉。

「おめぇの失敗で危険に晒されるのは……お前の周りにいる!……お前が守りたいと思う奴らだ!!」

守るために欲した力で、守りたい物を壊すかも知れない。

俺の暴走はそれほどの力を秘めているのだと、リボーンは俺に突きつける。その事を薄々と感づけていても俺は今まで認められていなかった。

「どうすんだ……!答えろ!!ツキ……ッ!!」

苦しげに喘ぐ雲雀さんの声がやけに大きく聞こえた気がした。

 




色々説明不足な部分はあると思います。これは本来次の話と合わせて一話分の予定だったので尚更です。
何故か雲雀家の歴史を紐解いたら凄い勢いで文字数が増えました。……にも関わらず、雲雀さん自体の性質には殆ど触れられなかったという不思議。
続きもできる限り早めに投稿したいと思います。
それではここまでお読み下さりありがとうございました。

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