緋眼の裔   作:雪宮春夏

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この話で多分二月分の投稿は終わりだと思います、雪宮春夏です。
最後の方はかなりオリジナル入ってますが、それでもよろしいという方どうぞご覧下さい。



第ⅩⅩ話 桃巨会 壊滅

「ボンジョルノ!ボンゴレ十代目!!」

朝、学校へ行くために家を出た俺は目の前に広がっていた黒服の群れに言葉を失ってしまった。

「……こんな朝っぱらから何してんだ?お前ら。……迎えなんて頼んでいねぇぞ?」

俺の後ろの扉から顔を出してきたのは昨日家に一泊したリボーンの元教え子のディーノさん。

よく見るとこの黒服の群れは皆昨日もディーノさんと一緒に家に尋ねてきていた彼のファミリー、キャバッローネの人達だった。

「違ぇよ。ボス」

彼らの内の一人が笑いながら尋ねるボスの考えを否定する。

「俺は迎えになんて来てねぇよ。散歩してぶらついてたらここに来ただけだぜ?」

一人がそう言うと、他の者達もうんうんと首を縦に振る。

「……駅前のホテルからかよ」

呆れた様にぼやくディーノさんだが、そこに嫌悪感はなかった。

(……何かいい人なんだよな。この人も)

ふと浮かんだ感情には不思議と拒絶反応は無かった。

部下がいないとへなちょこになるというはた迷惑な悪癖はあるものの、それを抜かしてもマフィアと言われて考えがちな、冷酷非道な悪人という雰囲気はどこをどう探しても出てこない。

(年の離れた兄貴分って、こういう感じなのかなぁ)

実際にそんな存在はいなかったから断言はできない。リボーンのもたらす厄介ごとには関わりたくないが、もしリボーンは関係なく知り合えていたら、彼とは良い友人くらいにはなれていたかもしれなかった。

(最も、こういう形で出会った時点でそれは無理そうだけど……)

そこまで考えた俺は何故か気分が沈みかけているのに気づいた。昨日の夕方から今までの間で、知らず知らずに打ち解けていたらしい。

(ボンゴレの方からしてみたら……その方が好都合なんだろうけど)

ディーノさんの率いるキャバッローネは、ボンゴレの同盟ファミリーの中では三番目に規模がでかい所なのだという。

同じ人物を師に持つという有利な条件があったから俺を……正確には次期ボスとなる十代目候補を訪ねて来たという事で、気安く接しようとするのもおそらくは近親感を持たせるための策略だろう。

「おめぇも難儀な性格だな。人の行動を行動どおりに受け取るって事がそこまで難しいもんなのか?」 

思考に耽っていた俺は、肩に軽い衝撃を受け視線を転じる。

そこに座していたリボーンは、呆れたように頬杖をつきながら、胡散気な表情を浮かべる俺と、ファミリーに囲まれて俺達を眺めるディーノさんを見比べている。

「十代目っ!おはようございます!!」

何とも呼べない沈黙が落ちようかと言うとき、玄関先から聞こえたのはもう随分と日常になった少年の声で。

「ご……獄寺君!どうしたのこんな朝早く!?」

獄寺隼人。体育祭の一件にも応接室にいたことから、リボーンと同じく俺が人で無いことを知っているだろうに、それ以降も変わることなく俺を慕ってくれている自称右腕。

(いや、この人の場合、そこまで細かく考えていないってだけなのかも知れないけど……)

頭が良いのにどこか抜けている所はトラブルを引き起こす所もあるけれど、悪気がない分嫌いにはなれない相手である。

「早起きしたのでフラフラしていたらここまで来ちゃいました!」

そう言って悪意の微塵も無い笑顔で笑われては突っ込む気力も湧きにくい。

「悪童……「スモーキン・ボム」か……会うのは初めてだな?」

俺に向けるものとは違う声音で呟いたディーノさんは、まるで獄寺を値踏みしているようで。

「よっ!二人ともっ!!早くしねぇと遅刻するぜ!?」

そんな彼の姿に、無意識に批難の声を上げようとした俺の背中をそう言って叩いたのは山本だった。

今日は学期末最終日と言うこともあり、野球部も朝練は無かったのだろう。

「ども」

山本はそう軽くディーノさんに対して挨拶をすると、そのまま俺と獄寺を促して、道を歩き始める。

肩を見るとリボーンは既にいなく、何気なさを装って背後を見やれば、表札の埋め込まれ外壁の上に腰掛けているのが見えた。

……その顔が僅かに笑いを浮かべているように見えたのが、俺に何やら嫌な予感を覚えさせた。

 

「マフィア、キャバッローネのディーノって言ったら、先代が傾けたファミリーの財政を立て直したって言うので有名な奴です……まぁ、俺は好きになれませんが」

そう言った獄寺の気持ちは分かる。

あの値踏みするかのような視線を向けられて、気分よくいられる人間はまずいないだろう。

「……年上の野郎は全員敵っすから!」

「って!それが理由?!」

どこかズレた返答に思わず俺が突っ込むと、それまで黙って俺達の横を歩いていた山本がやけに真剣な様子で口を開いた。

「なぁツナ。そのマフィアって……」

「え?……あっ!?」

山本の切り出した言葉で、俺は遅まきながらも自らの失言に気づいた。

山本は体育祭の一件で俺が妖怪であることは知っているが、リボーンがマフィア、ボンゴレの九代目の依頼で俺の元に来たこと。そして「沢田綱吉」が、マフィアボンゴレ十代目候補であることは知らなかったのだ。

「や……山本!これは……!」

「変わった会社名だなぁ!独特って言うか……」

(って!……なにその勘違いっ……!)

こうまで惚け倒されると、こちらとしては失言を気にすることでさえバカらしくなってくる。

(……って言うか、俺が妖怪であることも受け入れた山本なら、今更マフィアのボス候補ですって話しても、へぇ、そうなのかで済みそうなのが、一番怖い……)

その情景までありありと想像することが出来た俺の心情を、誰か察してくれるだろうか。

思わず溜息をついてしまった俺は、背後から猛スピードでこちらへ急接近する一台の車に、反応が遅れてしまった。

 

「うわぁっ!」

それは正に獄寺と山本からすれば一瞬の出来事と言って良かっただろう。巻き付けられたロープ。車から出たのは黒手袋を嵌められた大人の手だけで、その実行犯の顔は見えなかった。

車にひきすり込まれた綱吉を乗せたまま、車は猛スピードで、走り去っていく。

「ツナ!」

「十代目っ!!」

「見事にしてやられたな」

叫ぶことしか出来なかった獄寺と山本の前に、スタッと軽い音をたてて着地したリボーンは、シルクハットを下げてその表情を隠した。 

そうして発した言葉に、獄寺達は言葉を無くすこととなった。

「あれはここらから関東一帯の広範囲をシマに持つ大組織、奴良組直属武闘派、牛鬼組傘下、桃巨会の車だぞ」

「……奴良組!」

「それって……体育祭の時の……!」

山本と、獄寺は、体育祭で対面した面々を思い浮かべたのだろう。

しかし、彼らを絶望に突き落とすかのように、リボーンは重々しく囁いた。

「あの時の奴らと違って……おそらくあいつの殺害を推進する派閥の仕業だろう。急がねぇとあいつの命が危ねぇ……。だが、相手は一人一人が数多くの実戦を生き抜いたであろう猛者達だ。今のお前らに勝ち目はねぇぞ……ここは大人しく他の奴に……」

「任せられません!!」

「雲雀への伝言は頼んだぜ!小僧っ!!」

リボーンの言葉を聞き終わるよりも前に、顔に焦りを浮かべた彼らは駆け出していた。

それを見守るリボーンのシルクハットの下に隠された表情が、ニンマリとしていたことを知るものは今の所はいない。

 

「……ったく、途中から聞いていたが、かなり細かい設定を入れたもんだなぁ。リボーン」

そう。脇道から出てきた、ディーノさんを除いては。

(……あれ?今のって、本当に単なる設定なんだろうか……)

ディーノさんの車の中で一連のリボーンの説明を聞く形になってしまっていた俺は、「奴良組」の名前が出てきた当たりから、沸々と湧き上がってきた嫌な予感に体を震わせていた。

ロープグルグル巻きの状態で車から降ろされた今の表情も、傍目にも分かるほど青ざめていただろう。

「どうしたんだ?ツナ……あいつらが心配なのか?」

尋ねてきたディーノさんは、俺の顔色の悪さをそうと受け取ったらしく、朗らかな笑みを見せながら続ける。

「心配しなくても大丈夫だぜ?奴良組なんて聞いたこともないし、牛鬼組やら桃巨会やらもおそらく架空の組織さ。今に諦めて帰ってくるだろうぜ!」

(いえ!すいません!!桃巨会はともかく、奴良組と牛鬼組はばっちり実在する組織なんですけど……!)

心の中でツッコミながらも、しかしそう思うのは無理はないと思う。

妖怪でないディーノさんでは、妖任侠組織である奴良組の存在を知る術は無い。

現代のこの国では、それほど人と妖の距離は遠いのだ。紙一重で擦れ違う。しかし決して重なり合うことは無い世界なのである。

「そうだ。言い忘れていたけどな」

次いでリボーンが発した言葉に、俺は目眩を覚えることになった。

「山本達に言った話は全て本当だぞ?殺害推進云々こそは違ぇがな。……桃巨会はこの町に実在する組織なんだ」

 

部屋に入った瞬間に目に飛び込んだのは見覚えのあり過ぎる畏れの代紋に侠客という言葉の入った額縁。

そして……死屍累々となった人々を伸している獄寺と山本の姿だった。

(な……何やってるのぉぉ!!!)

想定外の悲惨な現状に俺の思考は完全に現実逃避を企てている。

「さっさと答えやがれ!テメェら十代目をどこへやった!?」

「あのさぁ、頼むから教えてくれねぇかなぁ?」

獄寺は鋭い詰問口調で。山本も口ぶりこそは柔らかいが否やと言わせない強い気迫があった。

(あれ?この二人単なる人間だよねぇ?……何で妖怪を脅迫できているんだろう……?)

目の前に広がる光景に彼らの人間としての定義を疑っていると、視線を感じた彼らがこちらに目を向けてきた。

「十代目っ!ご無事でしたか!!」

「ツナっ!怪我ねぇか?」

二人が二人とも悪気が無い分、俺としては言葉に詰まる。先ほどリボーンの溢した言い訳染みた釈明が頭の中で再生された。

『だって、竹寿司の一件で借りがあるから、牛鬼組組長から与えられた探りの仕事を一件請け負ってくれってヒバリに言われたんだもん!』

可愛らしい語尾で飾られてはいたが、現状のどこをどう見れば単なる探りだという言い訳が罷り通るのか。

(これ……!探りじゃ無いよ!襲撃だよっ!!)

罷り通る訳が無い。組員だけで無く、拠点であろう部屋の内装がボロボロになっている時点で。

(もしこれでおかしな所が何もなかったらどうする気なんだよ!一体……!!)

後が恐いので尋ねることは出来ないが、謝罪の一つや二つでは済まない気がする。

(……って言うか何で雲雀さんの頼み事に、牛鬼の名前が出て来るんだろう……?)

現実逃避の一環で一見どうでもいいような疑問点にまで意識を飛ばしていた俺だが、奥から聞こえた怒声で意識を現実に戻された。

「まじぃな。多分奴らが本物の主力なんだろう。お前ら下がってろ!大人の相手は大人に任しておけ!!」

堂々とした態度で接するディーノさんに渋々ながらも、獄寺と山本も引いてくれる。

しかし俺には何故か嫌な予感が過ぎっていた。

(いや……大人でも、妖怪と人間じゃあ勝負にならないと思うんだけど……!)

そんな俺の不安など知る由も無く、ディーノさんは現れた主力と思われる男達十数人と話している、が……。

「はぁ?ファミリー?」

「バカなこと言ってんじゃねぇよ?ここは日本だぜぇ?!」

「チャラチャラしやがってよぉ!異国かぶれが!!」

ゲラゲラと笑いざわめく彼らには、総会で見かけていた幹部格のような品性は見られない。

そこで俺はふと、彼らの畏れを探り……絶句した。

(あれ?……この人ら……妖怪だよな?)

そう。人間だと言われても違和感を抱きにくい程に、彼らの妖気は微弱だった。

これなら本家の子鬼やさんの口、付喪神達の方が大きな畏れを持っているのでは無いかと思ってしまうほどだ。

(牛鬼組傘下って聞いたから、牛鬼軍団位の強さはあるんじゃないかって思ってたんだけど……)

思わぬ現実に、思わず惚けていた俺は、いきなり周りにいた三人がしゃがみ込んだことで、何らかの攻撃が起きたのかと見渡し……部下がいないにも関わらず鞭を手に持つディーノさんに気づき……現状を察してしまった。

(あれ?もしかしてこれ、俺以外は戦闘不可状態!?)

しかし、敵対する方々はこちらの都合など考慮してくれないのが世の常である。自滅ならば尚更だ。

「やれっ!こいつら皆……!口もきけなくしてやれぇ……!!」

各々が雄叫びを上げながら駆けてくる姿に、()()()()()()()俺は叫んでいた。

「ちょ……ちょっと!タンマ!タンマ……ぁ!」

ゾワリ……!

体中に、僅かに駆け巡った衝動。咄嗟に唇を噛んで、意識だけは保ったが、頭の中が僅かにクリアになった気がした。

「情けねぇなぁ……!しっかりしろよ……!!」

耳元で聞こえた「本性」の声に、己が随分と腑抜けていた事を自覚する。

「……うるさい!お前は必要ないっ!!」

思わず声に出して叫んだ俺を、向かってくるここの主力の面々は訝しげに見つめてくる。

しかし、俺の声に、体を操る「本性」の動きを止めるだけの影響力は無かった。

フワリと。人間ならばあり得ない高さまでの跳躍で敵の視界から外れ、壁を足場に勢いをつけることで、一気に速さを上げる。

視界に映った爪が僅かに伸び始めていたが、そこで俺は体の操作権を取り戻そうとした。

「止めろ……!殺そうとするんじゃ……無いっ!!」

上がった速度のまま、一息に彼らの間を駆ける。その際、徒手空拳で全てに当て身を食らわせた。

「ボスッ!無事か!!」

……結論だけ言おう。

ディーノさんの部下である、キャバッローネファミリーが到着した時。

「おめぇら。遅いぞ?」

彼らが見たのはそう言って苦笑するディーノさんと。

「大丈夫っすか!十代目!?」

「……ツナ?立てるか?」

己の出したスピードに、自ら酔う形になり、目を回している俺と、俺の体調を案じる二人の姿だった。

 

「あれは……“ツキの方“?」

「……え?」

気分の悪さに蹲っていた俺は、微かに聞こえたような気がした言葉に、顔をあげた。

「……十代目?」

「ツナ?」

顔をあげた俺に俺の様子を見ていた二人も何事かと周囲を見渡してくれる。

しかし、この場所には既に、数十人の死屍累々が横たわるだけである。

(……気のせい、か?)

モヤモヤとした違和感を抱えたまま、俺はこの時は首を傾げる事しか出来なかった。

 

夜。夕方に俺達を褒めちぎってそのまま帰路につくと言っていたディーノさんを部屋の中から見送り、リボーンと二人っきりの現在、鼻提灯を膨らませるリボーンを見ながら、俺は昼間に聞いた声を思い出していた。

(“ツキの方“……か)

それは俺にとって、懐かしいと言える呼び方だった。

“ツキの方“とは、二代目鯉伴様が本名をもじってつけたあだ名を呼ぶことだけでも、恐れ多い……そう言い募った本家以外の所に居を構える土地神や付喪神達が挙って呼び始めた通り名だった。

そうと言っても、若菜様が輿入れする前だから、随分と昔の呼び名である。

奴良組に迎え入れられた当初はそれこそ、まだ周りの者達には警戒されることの方が多く、家事手伝いも満足に出来ない程に小さな体だったのも相成り、四六時中、鯉伴様に張り付いていた記憶がある。

彼の散歩に付き合って、いろんな所を巡ったせいか、お陰で彼の立ち寄る場所……シマの重要な地点は全て覚えてしまった。本家外の者達とも、その頃に仲良くなったのである。

(でもあんな昔の呼び方……空耳にしても……あれ?)

ふと、そこで俺はパチリと目を見開いた。

何だろう。何かを忘れている。そんな気がした。

『だって、竹寿司の一件で借りがあるから、牛鬼組組長から与えられた探りの仕事を一件請け負ってくれってヒバリに言われたんだもん!』

雲雀さんの言ったというその頼み。

思えばおかしな頼みである。

(リボーンと何度も接触している雲雀さんなら、リボーンにそんな頼み事をしたって、隠密行動をしてくれる可能性が低いことぐらい分かっているはず……)

それに探りを入れるという言葉とは裏腹に、リボーンは俺達が暴れていた間、何かを探っているという様子は無かった。

(そうだ……!普通は俺達を使って攪乱させている間にリボーンに探りを入れさせた方が格段に上手くいくのに……!)

それなのに、情報はまるで送られてこなかった。そこまでさせたら借りが出来る?……いや。そもそも始めに借りがあったのはリボーンの方なのだから、その言葉は通らないはずだ。

膨れ上がる違和感に、俺は音も無く立ち上がっていた。

(何か……変だ……!何か……っ!!)

おかしい。

頭の中で弾き出される結論に、俺は音も無く扉を開け、寝間着姿のまま、一歩、二歩と歩き……次いで走りだした。

ざわりと、体中を焦燥感が駆け回る。まるで、()()()の様に。

(いや……!あの時と同じだ!)

ここに来て、俺の脳裏を過ぎったのは確信だった。

あの時も俺は急かされるまま、一人で鯉伴様の元へ走っていた。……今は同じように、雲雀さんの元へ向かっている。

そこで否応なしに思い出したのは、つい最近見た映像。

俺が、俺から出たモノが鯉伴様を殺す姿で……。

(違う……!今は違うんだ!!)

俺はその情景を必死、振り払いながら、いつの間にか全速力で風を切っていた。

(早く……!早く行かなきゃ……!!)

『あれは……“ツキの方“?』

耳元で何度も再生される様に、本物か、空耳かを判断する事さえ出来なくなりそうで。

(間違いなら、良い……!朝になる前に、帰れれば良いんだからっ!)

この胸から湧き出そうな焦燥感を抱えたまま、俺は一路、走っていた。

並盛唯一の船の発着施設。……並盛港へと。

 

「うわぁお。大量だね」

背後の上部から発せられたこの町の支配者の声に、毒づいたのは何人か。

大量の積み重ねられた木箱に、漁に出ると言うにはあまりにも着慣れていない様な服装の男達。

しかも、一隻の船には多すぎる乗組員数となると裏がありますと言っているようなもので。

クスリと、微笑み、笑みを見せるこの町の支配者には、しかしそんなものは関係が無かった。

「ただ……噛み殺すだけだ……!」

そう宣言した男は愛おしむように、今から噛み殺す不届き者達を、眺めやった。

彼……雲雀恭弥にとっては、ここからが戦いだった。

 

俺が奴良組に来た百年程前は、鯉伴様は笑った顔よりも悲しい顔の方が多かったように思える。

その理由は、何故か今も分かっていない。鯉伴様がなくなった今は、もう俺には知る術さえ無いかもしれないけれど。

以前、何故“ツキの方“なのかと、俺をそう呼ぶ土地神達に問うたことがある。

鯉伴様や、本家の方々は「ツキ」と呼んでいて、俺としてはそちらの方が嬉しかったから、余計に態々方をつける意味が分からなかった。

それに、名前の後ろに「方」とつけるのは、本来ならば敬称の筈である。

妖怪としての覚醒もしていない己は、そもそも敬称をつけられる程高い身分でも無いように思えないから尚更だ。

何度も聞き返す俺に向こうとしても根気負けしたのか、しどろもどろになりながら、教えてくれたのが次の通りである。

二代目の鯉伴様が太陽とするのなら、いつも寄りそう貴方は月なのだと。

己のツキと言う名前は、そのような事を考えてつけられた名では無く、そもそも本名は別にあるのだから、関係は無いと。そう言い募った俺に構いもせず、彼らの中ではそれが定着してしまった。

『他の方々が何と言おうと、貴方は“ツキの方“様です!……だって』

一人が言い募れば、一人が頷いて囁く。

『貴方が来てからなんですよ?二代目があのように、笑えるようになったのは!』

『そうです!それに貴方ぐらいなんですよ?どこにいても必ず鯉伴様を見つけてくれる方は!!』

それに被せられるように、次々と同意を示す土地神達に、俺は苦笑いを浮かべていた。

(鯉伴様には迷惑がられているんだけどなぁ。色街へ行くのにもついてくるから、お姉さん達に直ぐに追い出されるって……)

昔はどうして?と尋ねて鯉伴様を言葉に詰まらせていたが、今ならば納得できる。

色街は子ども連れで行くような所では無いからだ。

昔に思いを馳せながら船着場の方へ近付いていた俺は、近付くに連れて、血の匂いが漂って来るのが分かった。

それと……感じたことのある、圧倒的な強い畏れは。

(雲雀さんの……畏れ……!)

それを知覚した途端、冷水を浴びせられたかのような感覚に陥った。

(どうする気なんだ……!俺っ……)

一種の興奮状態から冷めるように、俺の頭の中に冷静さが戻ってくる。

畏れを発動させていると言うことは、この先にあるのは()()()妖怪の戦場で。

(俺は……鬼發(はつ)も、鬼憑(ひょうい)も使えないのに、なのに何でこんな所に来たんだ?)

それだけじゃない。

虎狼狸として持つ、鋭い爪も牙も「本性」で無ければ使えない。彼に助けて貰えなければ俺は無力な子どもに過ぎないのに。

(なのに何で……!)

「何でここまで来たのか、自分のことなのに分かんねぇのか。アホツナ」

思考に被せられた言葉は聞き覚えのある、今まで何度も助けられた声で。

振り返るとそこには、いつからいたのか、いつもの笑みを浮かべるリボーンがいて。

「リボーン……!」

「役に立つか、立たないか。少なくとも走り出した時のお前には、そんな物は関係無かったはずだぞ?」

円らな瞳でジッとこちらを見据えるその姿は赤子のなりとはまるで似つかない。まるでずっと年上の男に諭されているような感覚を覚えながらも、俺は走りだした時のことを思いだした。

「お前は何のためにここへ来たんだ?」

簡潔なリボーンの言葉に、俺は僅かに思考を巡らす。

昼間の事に違和感を覚えた。

牛鬼から雲雀へ、雲雀からリボーンへ伝わった仕事。

……そして、妖怪とは思えないほど弱い相手に、途中で聞こえた嘗ての呼び名。

(真実を、確かめたかった?……違う!俺は……ただ!)

()()()と、同じように。

「俺は、助けたかった……!危ないって、思ったから……!!」

「そうか。……なら助けれゃあいいだろ?」

俺の言葉に驚くでも呆れるでも無く、呆気からんと言い切ったリボーンに、俺は目を丸くした。

「良いの?」

「何で俺の許可を求めんだ?」

問いかけに問いかけを返され、俺は訳も分からず目を瞬かせた。そんな俺にジロッと目を向けてから、リボーンはシルクハットを弄る。

「テメェのやりたいようにしやがれ。俺は手を出さねぇぞ……これを撃つ以外はな」

そう言ってリボーンが掲げたのは拳銃。……正確には、それに入っている死ぬ気弾だった。

「………!」

死ぬ気弾。被弾した相手の持つ潜在能力の全てのストッパーを外すボンゴレファミリーの持つ特殊弾。

それを掲げながらリボーンは笑った。

「使うかどうか。決めるのはおめぇだぞ……()()

その言葉に俺は……決断した。

 

 

「……まるでゴキブリだね」

軽く息を整えながら雲雀はグルリと船着場に群れる面々を見回し、彼らの粘り強さをそう評した。

彼らがこの町で支配者たるヒバリに無断でシノギを働こうと画策していた元奴良組系列闘鼠(とうそ)組の者達だった。

奴良組に入って数十年しか経たない雲雀は知る由も無いが、嘗て奴良組を追われた暴徒旧鼠(きゅうそ)組から分裂した組織であり、その妖怪としての種族は彼らと同じ旧鼠である。しかし、彼らと明確に異なるのは闇に乗じて虎視眈々と影で暗躍しようとする旧鼠(きゅうそ)組と異なり、彼らは昼日向であろうと容赦なくシノギを行おうと動くところだ。

「全く……たいした力も無いくせに、ここで事を起こすとはね」

薄い微笑を浮かべながらも、雲雀は思っていた以上に彼らの行動が早いことに違和感を抱いていた。

(やはり……おかしい……!)

ヒバリに不審を抱かせているのは彼らの動きだ。予想外であるはずの己の襲撃に対して、あまりにも用意周到過ぎるのだ。昼間に、赤ん坊達が攪乱した事によって彼らの隠れ蓑であった桃巨会が壊滅した。しかしそれを考慮したとしても、彼らの行動は迅速すぎる。

(まさか……情報が漏れてる……?)

脳裏を過ぎった可能性に眉をしかめながらも一人、また一人と襲いかかる鼠達をトンファーで滅多打ちにしていく。

(どちらにしろ、関係無い……!たとえ数の利があちらにあろうとも、圧倒的な力で薙ぎ払えば良いだけだ……!!)

チャキッと、トンファーを軽く回し、煩い鼠達を睨みつける。

雲雀の、「きょうや」の放った鬼發(はつ)に臆したのか、僅かに彼らの動きが鈍った。

……その僅かの間が彼らにとっての運命の分かれ道だった。

「噛み殺す……っ!!」

畏れがトンファーに集中し、更に鋭く凝縮され、畏れが一段階上へと昇華されていく。

遠野の地では鬼憑(ひょうい)と呼ばれる形態に変化した雲雀のトンファーは、その大きさが一回り巨大化し、その側面には大小の凹凸が生まれていた。

また、それにつられるように、きょうや自身も激しい高揚感に、体を浮かされていた。

「さぁ……始めようか?」

 

次々と仲間が叩き潰されていく中、闘鼠(とうそ)組組長は酷く慌てた様子で事前に彼らが用意していた逃走用の船の中に木箱を次々と落としていく。

その中身が何かは雲雀は知らないが、盗品か密輸品か……どちらにせよマシなものではないだろう。

「……ふざけんなよ!あの野郎っ!!並盛にこんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ!!」

おそらく情報提供者だろう男への愚痴を毒づきながら、男は手を休めること無く船の中に全ての木箱を落とし終えた。

「……っ!」

このままでは主格であろう男に逃げられる。それを分かっていたが、群がる雑兵の数があまりにも多すぎる。

並の妖怪ならば一撃で撃沈する衝撃は優に与えている筈なのに打たれ強さだけはあるのか、次々と起き上がってくるのだ。

(……いや、違う!もしかしてこれ、痛みを感じていないっ……!!)

脳裏に浮かんだのは人間でいうドーピング。麻痺毒か痛覚を遮断する効果を持つ薬か……どちらにしろ一介の不良崩れが手を出せる代物では無い。

(誰の回し者……?本家……!?それとも……っ!!)

意識が戦闘から外れたのが不味かったのかも知れない。

「雲雀さん……っ!」

後方から聞こえた声と頭に衝撃を受けたのは、ほとんど同時だった。

 

地に伏す雲雀を救うために、一も二も無く俺はかけだしていた。

風を受ける体はいつもよりも重い。それは辺りに高密度となったきょうやの畏れが充満しているせいだろう。

「本性」の声は聞こえない。獄寺や山本と言った仲間のいない一人きりで俺は無我夢中で雲雀の……きょうやの元へ駆け寄ろうとしていた。

あの時、死ぬ気弾を使うかと問うたリボーンに、俺は頷いていた。

打つタイミングはリボーンに任せる。

俺が危険だと判断したら迷わずに撃ってくれと。

俺が駆け寄るよりも早く、きょうやに攻撃されていたであろう男達が何人も起き上がってくる。

「様子がおかしいぞ。こいつら、もしかして意識もねぇのか?」

後方から聞こえるリボーンの声を聞きながら、俺は何とかして雲雀さんを持ち上げようとする。

このままの場所にいるのはこちらにとっても分が悪い。

的になるだけで危険だし、隠れられる場所も無いからだ。

(頭から出血してい……!これじゃあ下手したら、意識の方にも危険が………あっ……!!?)

緊迫した状況下でも、頭の回転だけは緩めていなかった俺の視界に飛び込んできた切れ長の殺気だった瞳に、俺は危うく悲鳴をあげそうになっていた。

「邪魔……!どいて……」

そこから先は、早業と言って良かった。

一閃。トンファーから生じさせた爆風のみで、周囲にいた有象無象……雑兵達を吹き飛ばしたのだ。

「……凄い」

「流石雲雀だな。おめぇの助けは必要なかったみたいで残念だったな?ツナ」

呆然とする俺も、俺を揶揄するリボーンも気にする余裕も無いと言うように船着場の方へ視線を走らせた雲雀はギリッと歯をかみ締めた。

「……ちっ!」

その視線の先……一隻のボートを目にした途端、俺は目を見開いていた。

 

雲雀が鬼も逃げ出す形相で睨むのは一隻の船。

その船に乗っているのが闘鼠組の組長であることは明白だった。

(あの大量の木箱、中身が何かは知らないが、部下を捨て駒にしてまで持ち逃げしたって事は彼らにとっては相当意義のあることの筈…!)

いや。雲雀には中身の価値など、どうでも良かった。

彼にとっての問題はその悪事を企てる拠点として並盛を選ばれ、己が雑兵に手間取っている間に見事に出し抜かれようとしているという所である。

(……こうなっては、こっちに脚が無かったのは致命的か……!)

悔しいが、侮っていたと言わざる負えないだろう。

(哲に連絡してら直ぐさま規制線を張ったとしても間に合わない!……悔しいけど、このまま指をくわえているしか無いって言うの……!)

冗談じゃ無いと、「きょうや」の本能に近しい部分がそれを否定する。

このようなやり方で受けた侮辱に甘んじることは、己の畏れの損失を招く。誰に教えられる事無く、雲雀の、きょうやとしての本能がそう囁く。

一瞬、トンファーに向ける視線。

迷ったのはその瞬時の間のみ。

一振りでトンファーに集中していた自らの畏れを霧散させ、鬼憑(ひょうい)を解くと、次にトンファーに仕込んだ武器の一つを展開しようとした所で……その異変に気づいた。

「沢田……?」

思わず、人として今彼が名乗っている名を呼ぶが、それに対する反応は無い。

彼の傍らにいる赤ん坊はどうやら己よりも早く彼の異変を察してはいたようだが、それに対する反応は無かった。……いや、正確には出来なかったのだろう。

 

風一つ吹かない地点であるにも関わらず、何故か俺の周りでは風が渦巻いていた。

「俺達の畏れが強大すぎるのが原因だ。大気さえも、俺達に畏れを成し渦巻いているんだよ」

ククッと笑うその声は愉快で堪らないという風だったが、今の俺には不快には感じなかった。

「ご託は良い。……力を寄こせ……っ!!」

ギリリと、まるで腹の底から何かをあふれ出すような声に、「本性」の俺は愉快そうに笑みを浮かべる。

「初めてじゃないのか?俺を畏れてばかりのお前が俺から力を奪おうとするなんてなぁ?そこまであの()()()()()が心配か?」

()()()()()……その正体が分かっていながら、俺と違い、怒りの一つも現さない「本性」の俺にさえ、俺は激しい怒りを抱いていた。

「何を怒る?お前こそこの七年、奴らのことなど思い出しもしなかったじゃ無いか?お前は……今の奴良組が鯉伴の時と変わらず()()を守ると本気で思っていたのか?」

「弱い妖怪を……彼らを守るのが、奴良組の一面の筈だっ!!」

悲鳴に近い俺の叫びに「本性」の俺はひときわ大きな笑い声を上げた。

「あぁ!そうだな!……頭がしっかりとしていれば、その一面も果たせるだろうよ!!」

それは俺が必死に見ないようにしてきていた、現実。

「あの腑抜けた、三代目候補じゃあ……無理だ!」

「違うっ!」

叫び返す俺に返ってくるのは哄笑だった。

「違わないさ!なぁ!いつまで先代に義理立てて、あんな腑抜けを上に置く気だよ?!俺は!俺達は!!あいつの下になんてつく程度の妖怪じゃ無い!!」

頭の中に直接流れてくる声に、俺は耳を塞ごうとした。しかし、伸ばされた手が、爪が……俺の手を絡め取る。

「付き合ってられねぇんだよ?いつまで俺は奴らの良いように使われる道具でなきゃいけない?……お前にやる気がねぇなら」

耳元で囁かれたその声は。

「俺がやってやろうか?」

途轍もなく甘い香りを漂わせていた。

 

 

「……ねぇ?死にたいの?」

甘い香りに意識を絡め取られそうになった瞬間、俺の意識を揺さぶったのは感じた覚えのある強大な畏れと体の芯を貫くような酷い悪寒で。

 

 

「バカツキが……ご丁寧に相手の話なんて聞いてやるから主導権をみすみす握られるんだぞ?」

次いで聞こえてきた声と共に、曇っていた意識が瞬時に晴れた気がした。

視界が……五感がいつもよりも格段に高まっている。

目を開けたそこにくっきりと木箱を乗せた船が認められた。

「悪いが……逃がすつもりは無い」

発した言葉に迷いはなかった。既に距離をとる相手から、どうやって()()を取り戻せば良いのか、何故か俺には分かっていた。

明確な意識を向けて、振り下ろす。その直後、()()を乗せていた船が浮かぶ海面を薙ぐように船を巻き込む形で、振り下ろした三本の尾がこちらへ戻ってきた。

 

「………随分長く伸びるんだな。あの尾っぽ」

教え子であるいろいろと規格外な彼の行為の一部始終を眺めたリボーンが、最初に溢したのがこの言葉だった。

船に乗っていた諸悪の根源は、あまりの事態に衝撃が大きすぎたのか白目をむいて気絶している。

「……終わった、のか……?」

今の一撃で現状の己の出せる力を使い果たしたのか、教え子の方もヘロヘロとその場に崩れ落ちる。

そんな両者引き分けに近しい状態を見ながらさてどうした物かと思案したリボーンは。

「……おい!雲雀。取りあえずこいつも敵の奴らもどうすりゃあ」

傍らにいたはずの雲雀に意見を仰ごうとして……その異変に気づいた。

「おい!ヒバリっ!!どうしたんだっ!!おい…っ!!!」

雲雀もまた、力を使い果たしたかのように、ピクリとも動かなかったのだ。

いや、それだけなら教え子の綱吉同様、単なる疲労で片付けたのかの知れない。

だが、ビクビクと痙攣を起こすように震える体。微かに漏れ出る不規則な吐息が深刻さを物語っているようで。

「………っ!くそっ!!さっさと起き上がれ!!クソツキ!!!」

リボーンに、出来るのはこの状況を打開できるだけのを情報(ちから)を持つ教え子の意識を強制的に取り戻させる事だけだった。

 

 




さて、ここまで読めばお分かりかと思いますが、これは続き物です。
次回は雲雀さん視点多めになりそうな予感はします。
それではここまで読んで頂きありがとうございました。
次も良ければよろしくお願いします。

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