緋眼の裔   作:雪宮春夏

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早めにと言って、これは早いんでしょうか?
どうにもよく分かりません。
ぬらりひょんの孫のタグは、Ⅰ話だけだと訳が分からなかったと思います。
どうもすみませんでした。
それでは第Ⅱ話、はじまります。

すいませんが、少し訂正しました。(2016/10/20)



第Ⅱ話 人は人のものにはならず

……久しぶりに、あの夢を見た。

ゾッとするほど、静かな夜。

一面を覆う闇の中に、絨毯のように広がる、黄色の花びら。

ヒラヒラと、降り積もるその中に、一人の男が、倒れている。

緑と黒の縞模様の着流し。

腰まで届くかと思うほどの長い黒髪はさらさらとしていて、ひそかに昔の俺はあこがれていた。

その人が今、血にまみれて、横たわっている。

「……  様?」

その人の名を、呼ぶ俺の声がみっともないくらいにかすれた。

……嘘だ。

そう俺の中の何かがその姿が何を意味するのか、それを否定するように声をあげる。

「……嘘だ!」

無意識に声に出した瞬間、グラリと脳が揺れたように感じた。それなのに、意識はいつもより明瞭で、思考のスピードもずっと早い。

次に何をするべきか、この時の俺は何故か分かっていた。

そう。後から思えばこの時俺の中で何かが音を立てて壊れたのだ。

『あぁ。約束だ』

まるで夢現のように現実味がなくなる世界の中で、遠い記憶の中の男は穏やかに笑い、当時の俺の小さなわがままを了承した。

『おめぇがもうちょっと成長して、妖怪っぽくなったら……』

片目を閉じた綺麗な流し目。

周りから色男と呼ばれる笑みを浮かべて。

『俺の百鬼に入れてやるよ』

俺の悲鳴に呼応するかのように、覚醒したばかりの力が牙をむいた。そこに、敵も味方も有りはしなかった。

あの時……その激情に身を任せた俺は、すべてを失った。

それが今から七年前のこと。

俺の育ての親が、殺された時のことだ。

 

 

「最、悪……だ」

未だ闇の濃い部屋の中で、悪夢の中から生還した俺は忌々しげにため息をついた。

見ると、あの赤ん坊は呑気に占領した俺のベッドの上で、鼻提灯を膨らませている。

はぁと、溜息を吐き出して、俺はそっと目を閉じる。

見てしまった夢の影響か、ドクドクと、体を流れる血が騒いでいるように感じた。

「ここ数年は見なかったのに……畜生」

こぼした声もかすれていることが苛立ちを増加させる。

軽く寝返りを打っても、床で寝ている俺の背中が悲鳴をあげるだけで、ちっとも眠れる気がしない。

安穏とした眠りを諦めた俺は、赤ん坊にバレないように、そっと立ち上がり、部屋から出た。

時刻は丑三つ時を過ぎた頃だろうか。

微かに聞こえる風の音以外は、静かなものだ。裸足のまま歩く廊下も、軋み一つならさない。

「ボンゴレファミリー……か」

寝るに寝られなくなった俺は昨日のあの騒動の後、赤ん坊が、話してくれた、イタリアンマフィア、ボンゴレファミリーとそこに伝わる特殊弾、死ぬ気弾のことを思い出していた。

 

 

昨日俺が撃たれたのは、死ぬ気弾と呼ばれるボンゴレファミリー秘蔵の特殊弾と呼ばれるものらしい。

そんな物を関係の無い人間に撃つなと抗議した所、彼らの中では俺は関係の無い人間には入らないそうだ。

「だから言ってんだぞ。俺の仕事は、お前を立派なマフィアのボスにすることだってな」

話によると、「沢田綱吉」のご先祖様が、件のボンゴレファミリーとやらを創設したらしく。

「初代は引退後日本に渡り、そこで骨を埋めたんだ。その後2世以後はイタリアに残った血統者が、代々ボスとしてファミリーを守ってきたんだぞ」

しかし、次代、十代目の候補者の内、俺以外の方々が次々不幸に恵まれてしまったらしく。

「一人は抗争で撃たれ、一人は沈められ、一人はいつの間にか骨になっちまってな……」

最後の一人にお鉢が回ってきた、と。

「残ったのはお前しかいねーんだぞ」

(ふざけんな!それ完全に他の候補者護れなかった、お前らの自業自得じゃ無いのかよ!!)

そこまでの説明を内心でツッコミながらも、驚き、ヒビリ、泣きの表情をせわしなく浮かべ、その動揺をおくびにも出さない俺を誰か褒めて欲しい。

そんな現実逃避とも言えることに思考を飛ばしつつも、続くリボーンの言葉を聞き取れている己の耳が僅かに恨めしかった。

マイペースに寝着に着替え、俺のベッドを占領した赤ん坊は、仕上げとばかりに部屋中に手製の罠を仕掛けてくれていた。

それにいつものように過剰な反応で返しながらも、そのあまりの早業に、どこか感心している自分もいる。

(……一体いつ作ったんだよ?)

問いかけるつもりも、答えて欲しいという思いもそこまで強くはないけれども。

 

 

この時、昨日の俺の後悔が何だったのか、俺は考えることすらしていなかった。

それに関心を示せるほど、俺の中には既に、余裕は無かったのかも知れない。

 

 

朝。それは太陽が地球の周りを回る以上、必ず起こる現象である。

らしくもなく哲学的な言葉を思い浮かべながら、俺は学校へ続く通学路を辿っていた。

夜半に起きていたものの、気付かれるのも知られるのも面倒であることこの上なく、寝られないのを覚悟した上で、俺は床で眠っているふりを実行した。

現実問題、赤ん坊が何時に起きる習慣を付けているのか分からなかったために、朝日が昇りきらない内からの長期作戦となった。

その結果、現在の俺は自他共に認めるであろうくらいに寝不足である。

隈まではできていないものの、欠伸が止まる気配がない。

因みに赤ん坊は、朝の七時位に台所にて、何事もなかったかのように、朝食の席に着いていた。

(昨日の夜には分かっていた事だけど……あのまま「母さん」は騙す気なのかな)

無論、あの「母親」…沢田奈々はあっさり騙されるだろう。それは、昨日の時点で明確に予想できる。

そこまで分かっていて、俺はそれをするリボーンを止めようとは思わなかったし、彼女に真相を話そうとも思わない。

(真実を知るよりは、騙されていた方が幸せなんだろうなぁ……彼女にしては、尚更)

ふと、脳裏に浮かんだのは七年前のこと。

その時にとった行動について、後悔する気はないけれども、俺に何かを託すように、思いを伝え儚くなった彼らのことを考えると、居たたまれない、そんな思いが蘇る。

思考の渦に絡め取られたまま、ぼんやりとしていると、呆気なく学校の校門が見えてきた。

「並盛中学校」。通称「並中」。

それが俺の通う学校であり、この並盛町における唯一の公立中学校である。

 

 

教室のドアを開けた先に見えたのは、けたたましい笑い声を上げる人の顔、顔、顔。

「パンツ男のお出ましだー!」

「よっ!ヘーンタイ!!」

「電撃告白!……で、玉砕ってか!?」

「先輩に聞いたぞー? 身の程知らずぅ?」

ぎゃはははと、獣も顔負けな酷い形相で笑う男子生徒を遠巻きにしながらも、抑えきれない好奇心からか、目を輝かせる女生徒達も、ひそひそと言葉を交わしている。

(…………よくやる)

それに対して、俺が感じるのは呆れの入った感心だった。無論、彼らの情報は嘘ではなく、当事者からしてみればほぼ真実だ。

そこを俺は否定するつもりはないし、したとしても聞き入れられることは少ないだろう。

つまりこの時点で俺のこれからの学校生活はヘンタイのレッテルを貼られたものに、確定したと言って良い。

(まぁ別に……良いけどさ)

そこまで分かっていても、俺の中をしめるのは空虚な感覚だけだった。その原因は間違いなく、今朝から続く寝不足と、今し方の思考が原因だろう。リボーンが来てから今までの事まで様々と思い出され、いっそ自虐に近い心情で俺は開き直っていた。

今までも、ダメダメのダメツナだったのだ。

それがヘンタイのダメツナに成ったところであまり変わりはないだろう。

最も頭の中ではそう吹っ切れていても、チクチクと身に感じる空気が快か不快かで言えばそれは勿論後者である。だが、同じ男子生徒という立場からしてみれば、高嶺の花な彼女に、ヘンタイと言うに相応しい格好で告白したとなると、それが原因で勉強も手につかないほど混乱する者もいるだろうと、……それほどコアなファンが彼女についている可能性も視野に入れ、そんな者達に襲われる確率を下げるために俺は教室から逃げようと踵を返した。

「おっと、逃がすかよ」

だが、どんと、ぶつかったのは現代では滅多に着る人の少なくなった和服……その中でも、一般的に剣道で防具の下に着る事が多い袴を着込んだ複数の男子生徒。おそらくは剣道部員だろう。

彼らはニヤニヤと……まるで強者が面白半分で弱者を苛む様子を眺める雲上人のように、俺にとってはとても不快な気分にさせられた。

「道場で持田主将がお待ちかねだ」

言うが早いかその内の二人がそれぞれ片手ずつ、俺の手に手を絡めて、拘束する。

「ちよ、ちょっと!」

慌てたように声を上げると、彼らは更に満足したように、ぶふっと息を吹き出した。

「道場へまいりまぁーす」

部員の一人が戯けた調子でそう言うと、ついに堪えきれなくなったのか、彼ら全員が大爆笑に包まれた。

笑いものにされながら、表面上は顔を青ざめさせた俺は、内心では盛大な溜息をもらした。

(要するに、見せしめだよな)

自らの意思でやったわけではないこちらとしては理不尽とも思うが、妥当とも思う。

これで加害者を赦せばまた同じような事件が起きないとも限らないからだ。

何度も繰り返すが、被害者の少女は高嶺の花と呼ばれるほどの美少女だ。たとえそうで無くても、流石に何度もこんなバカが現れたら気の毒と言うものだろう。

 

 

剣道部員達によって引き摺られていく様子を見ていた傍観者の生徒達は、ほとんどのものが祭を見るかような気分で楽しんでいた。

この並盛町は、もともとそこまで大きな町でもなく、娯楽施設なども、郊外に固まっている。

そのため、平日の楽しみと言うものがほとんどなかったのである。

「持田先輩ね、昨日京子が受けた侮辱を晴らすために勝負するんだって、意気込んでたよ」

ワイワイと野次馬として、教室から剣道場へと向かう生徒達を横目に説明してくれたのは、京子の親友である黒髪の少女、黒川花だ。

普段クールな彼女だが、今回ばかりは好奇心の方が優ったらしい。そこは大人ぶってはいても、年頃の乙女たる所以だろうか。

「「京子を泣かせた奴は許さん!」だって」

丁寧に声音まで真似ながら、含む笑う彼女に、傍らにいた女生徒も恋する少女のようにうっとりと目を輝かせる。

「かっこいいよねぇ」

知らず知らずの内にどんどん事が大きくなっていく現状に、焦りを覚えた京子は慌てて言い募った。

「そんな……持田先輩とは委員会が同じだけで……」

しかし、京子の思いは空しく、言い募れば言い募るほど、友達から向けられるのは生暖かい視線だけで、悪者のように扱われてしまっている沢田くんを庇おうとすれば、その優しさを誉められるものの、何故か彼に向けられる視線が酷くなっていくのだ。

その理由が分からずに焦れる京子に、気付くことなく、二人の少女はこの「運命の決闘」とやらを見届けるために、最後の渦中の人物の背中を押した。

「まぁまぁ彼氏なんでしょ?そう固いこと言わないの!」

「男には男にしか分からない世界があるのよ! はら、見に行こう!!」

そこで何が起きるのか、この少女達には知る由もない。

 

 

並盛中学の剣道場は、校舎を離れた校庭の一角に、別の建築物として建立されている。

平屋造りの建物は活動をするには十分広く、加えてどこまでも和風で統一されている内装には見苦しさは感じない。

(表にあった松の木も趣あるし、お茶会とか開くのも良さそうだよな……)

両側を剣道部員で固められた俺は、つい最近もした覚えのある、現実逃避に精を出していた。

……単に、目の前の男を視界に入れたくなかったと言うのもある。

(うん。……「黒歴史」って、誰にでもあるものだよね?)

ともすれば、付けている無表情の仮面が剥がれて、同情的な、可哀想なものを見る目をしてしまうかも知れない。そう俺が考える原因はここにあった。

「来やがったな!変態ストーカーめ!!」

昨日、俺の意識を現実に戻してくれた男。剣道部主将、持田剣介。

彼は何故か仁王立ちで竹刀を手に取り、途轍もなく重そうな防具で身を包んだ状態で俺を待っていてくれたらしい。

(暑くないの?……重くないの!?)

声を出すことは堪えたものの、心の中で思ったことは顔に出ていたのかも知れない。

ムッと不愉快そうな表情で再び竹刀を俺に突きつけ、彼は声高く言い放った。

「お前のようなこの世のクズは、神が見逃そうがこの持田が許さん!成敗してくれる!!」

その口上はまさに、昔テレビで見たある時代劇で言えば、特別な品と共に出される決め言葉に近い。

(そういえば昔、似たようなことをしたって言ってたなぁ?あの人たち)

ふと、もう随分昔に聞いた話を連鎖的に思い出してしまい、僅かに顔を歪ませていた。

自覚はあったが、やはり夜中に見た夢のことを、随分引き摺ってしまっているらしい。

「……心配するな。特別にドアホでも分かる簡単な勝負にしてやろう」

シンミリとしてしまっていた俺を見て、何かを思ったのか、彼は余裕の笑みを浮かべて、口元を緩めている。

「貴様は剣道初心者だ! よって、十分間に一本でも俺から取れれは貴様の勝ち! それができなければ俺の勝ちとする!!」

確かに、その条件はシンプルであり、簡単だった。

だが、ある一点が気にかかり、俺は何かが説明に補足されないかと耳を向けた。

これでは、あまりにも俺が有利すぎるからだ。

この時の俺は知らなかったが、確かに俺は「剣道」は初心者だった。

養い親やその配下達の修行という名の手合わせを、物心ついた頃から見ていた俺にとっては、防具は意味のない錘であり、竹刀は遊びの範疇にしか感じられなかったのだ。

だからこそ、付随の条件が入ってくるのを待っていた。

しかし、男から発せられた言葉は、そんな業務連絡ではなく、私情丸出しの言葉だった。

「賞金はもちろん! 笹川京子だ!!」

その瞬間ドクンと、体の中を流れる血が高い音をたてたように感じられた。

 

 

考えもしなかった持田剣介の発言に、京子の顔はたちまち強ばった。

次に感じたのは、一人の人間である自分を物として扱われたことに対する純粋な怒りのようだ。

「最低な男ね」

わなわなと震える京子の怒りを感じ取った花も、吐き捨てるように続けるが、それに反してもう一人の少女の方は、僅かに頬を赤めらせて意味深そうに頷いている。

「まぁまぁ、落ち着きなって」

「は、な、し、てぇ!」

二人のやりとりは一見コントにも見えるが、本人達は至って真剣である。それを眺める花は抑える一人の少女よりも京子とは長いつきあいであるため、その心情をしっかりと理解できていた。

 京子は天然の入ったほんわかとした娘だが、根はしっかり者である。そんな彼女を大切に思うからこそ、花の持田を見る目は自然険しい物となった。

見ると、己が勝つための策謀を思い出してさっきまで悦に入っていた男は、現在は悪役のように高笑いをしている。

周りに集まる生徒達からもいくつか失望の声が囁かれているものの、気付く様子もなかった。

(こんな奴に京子を良いようにされるくらいなら、沢田の方がまだマシよ!)

少し前までの、彼を格好良い奴だと思っていた自分を殴りたくなる。黒川花は確かに大人ぶっているとも言われるし、年頃の乙女でもあるが、それ以上に現実主義者であろうとしている。あるかどうかの理想論に流されたくないというのは彼女の密やかな決意でさえあった。良くも悪くも、冷めやすく、暑くなりにくいところ。そう周りから言われるのも、これが理由と言って良い。

高笑いを続けていた男はようやく気が済んだのか、笑みを浮かべて京子を見る。

近づくものならぶっ叩いてやる、そう決意を新たに男に注意を向けていた花はふと、その音に気づき、一カ所しかない出入口を見やる。

……いや、彼女だけでは無い。今となっては皆が、その音に気づき、耳を澄ませていた。

板張りの床を蹴る音。そのリズムは、走っているのか、異様に早い。 

バンと、床をならすようにドアが開き、その足音の張本人が現れた。

ただし、上半身裸、下半身下穿き一つで、だ。

「何が何でも、物申す!!」

ヘンタイと呼ばれた、沢田綱吉が、そこにいた。

 

 

突然目の前に現れた下穿き一つの男。その姿は確かに昨日も見た、沢田綱吉の姿だった。

「なっ!?」

逃げたと思っていた男の登場で、自然と盛り上がる場の流れに、持田は内心調子に乗っていた。

どんな格好でこようと所詮は初心者。中学時代の三年間を剣道に打ち込んできた自分に勝てるわけは無いと。

「うおっ、ヘンタイだ!」

「キャーッ、ヤダァ!!」

周りから聞こえる野次馬の声も、今の彼には声援代わりだ。

大声を上げながら裸のままで向かってくる相手に、持田は勝ち誇った顔で笑い飛ばした。

「裸で向かってくるとは! バカの極みだなぁ!!」

竹刀を振り上げた持田は勝ったと、確信した。

手で受ければ小手。頭で受ければ面。

どう転ぶにせよ、己が一本取れることに変わりは無かった。

「手加減などすると思ったか! 散れ!! カスがぁ!!」

防具も着けて無い脳天に、容赦なく一撃たたき込んだ。

ダメツナと呼ばれる程貧弱なこいつならば間違いなく失神や昏倒、よくても倒れて動けなくなるだろうという確信があった。

だからこそ、本来ならばしなければいけない、攻撃の後に距離をとる、残心の行為を持田は忘れていたのである。

打ち込んだ筈の竹刀がぐわっと、己の方へ押し戻された。

ゴッと強い打撃音と共に額に感じた鈍い痛みに、漸く彼は何が起きたのかを悟ったのだ。

 

驚愕に、無言に包まれる空間。

 

ドタッと、倒れ込んだ背中から、息が詰まるほどの痛みを感じた。顔からは血も流れているのか、ジンジンと頭に血が上っている。

「ふんっ」

しかしそれでも、相手は容赦は無かった。

倒れ込んだ己に馬乗りになった沢田綱吉は、とどめとばかりに手を振り上げたのだ。

「マウントポジション!?」

「手刀だ! 面を打つ気だ!!」

周りにいる野次馬の声がやけにはっきりと聞こえる。

己の負けをこの時、持田は確信した。

己の慢心が招いたそれは明らかに自業自得だった。

防具を着け、竹刀を持っていた筈の己が、身一つの、年下の子供に負けるのだ。

それだけでなく、当初は卑怯な手までも使おうとした。

好いた女を守ろうとするという大義に酔い、「剣道」を習うものとしての大切なものを忘れてしまっていた己には、当然の報いだった。

この時の彼は確かに、さらし者になる覚悟を固めたのだ。

振り下ろされる手刀を受け入れようとただ身を任せて……。

 

その手刀は、空振った。

 

いや、外したのだ。

 

「笹川京子は 物じゃない!!」

 

糾弾する、鋭い声。見ると、白目に見える沢田綱吉の瞳は、真剣にこちらを見抜いていた。

(まさかこいつ……それを言うためだけに、俺に向かってきたのか……!?)

あまりの一途な想いに、次の言葉が出てこなかった。結果として、ただその彼を目を見開いて眺めていた持田の前で、沢田綱吉の脳天から、どういう原理か燃えていた炎が、プスッと消えた。

 

「へ?………あ、あれ?」

その直後、キョトンと目を瞬く、己の上の絶対的な強者に。

「……俺の負けだ」

漸くそう言葉をかけて、持田はいつの間にか、詰めていた息を吐き出したのだった。

 

 

そこから先の俺の行動は、彼の超人もびっくりな神業級と言っても良い早さだと思う。

「すいませんでした、ごめんなさい! 失礼しますっ!!」

そして俺は剣道場から逃げ出した。

 

 

血の熱さを感じた俺は、一時的にでも鎮めるために早足でその場を後にした。

この七年間、眠り続けていた己の中の血の力が、何故いきなりこの一日、二日で活性化しつつあるのか、その理由は分からない。

しかしあのままとどまり抑えきれなくなれば、後に残るのは七年前の二の舞である。

いや、己を止められる強者のいないこの町で起こればそれは被害のなかったあの時以上の惨劇となるかも知れない。

そう思っていた俺の目の前に現れたのは、何故か今日、朝以来一度も姿を見せていなかったリボーンで。

自分の養い親の息子……義弟にあたる少年が喜々として使いそうな古典的なトラップで、俺をとらえて、死ぬ気弾を打ち込まれた。

リボーンのいうように、俺は笹川京子に気があるわけではない。七年前のあの日、養い親のあの人を守れなかった俺に、そんな感情は抱く資格はないとさえ思っている。

死んでしまえば良かったあの時に、生き続けることを選んだのは、彼に彼の息子を託されたからにほかならなかった。

(あの人に託された約束を果たすまで、俺は死ぬことはできない。……でも俺はそれ以上に大切な人なんて、もう作っちゃいけないんだ……!)

そう、分かっていた筈なのに。

『賞金はもちろん! 笹川京子だ!!』

 

大切な人を、そんな風に言っちゃいけないんだよ……!!

 

せめてそう、彼に伝えられればよかった……。

 

そこで俺の意識は、遠のいた。

 

 

そして、夢現から覚めればあの騒ぎだ。

無論、記憶が全くないわけではない。

だからこそ、居たたまれないところはあるが。

(何してくれてんだよ!あいつー!!)

上半身裸で下穿き一つのまま、とりあえず服が脱ぎ散らかされているであろう死ぬ気弾を打たれた所まで、戻ろうとした……が。

「待って、沢田くん!」

呼び止められ、反射で立ち止まってしまった俺の反応速度を今日だけはちょっと恨みたい。

周りからはどう思われようと、昨日のことは客観的に見れば、持田剣介の言い分が正しかったのだ。

彼女……笹川京子にとっては、俺はいきなり襲いかかった不審者と同じレベルなはずである。

どんな非難がとんでくるかと、身構えたおれに、彼女は勢いづいて、叫ぶように続けた。

「褒めてくれて、ありがとう!!」

「………へ?」

さてどんな非難が、身構えていた俺はその言葉に反応が遅れた

(褒めた? いつ?)

「昨日、私の笑顔を褒めてくれたでしょう? 驚いて逃げちゃったけど」

そう補足した彼女は、かなりのポジティブ思考の持ち主らしい。浮かべた笑みは柔らかくて、俺に向けるのは間違いではないかとつい考えてしまった。

「沢田くん……ツナくんも」

何かを決めたかのように、言い直した少女はまっすぐに俺をみる。

その視線の強さに、俺は微かに息を洩らしていた。

「ツナくんも、凄いよ。ただ者じゃないって感じ」

浮かべられた、おそれを感じさせるほど強い笑み。

俺はそこで漸く、彼女を気にしていた理由に気づいた。

(そうか、この子の笑顔……)

「あ、ありがとう……」

咄嗟に顔をそらして、表情を隠す。

「沢田綱吉」になってから言われた経験のない言葉に、何と言えばいいのか分からずにそのまま頭を下げて、小走りで逃げた。

(……あの人に、似てるんだ)

本当の俺を息子と呼んでくれた人。

……俺の養い親の、妻となった女性に。

 




Ⅰ話をみて、同じくらいの長さだろうと思っていた方、いたら騙しになってたかもしれませんので、ここでお詫び申し上げます。
基本的に、私はコミックスの話数で区切りますので、文字数はまちまちになるかも知れません。
その挙げ句に更新のペースもまちまちになることは残念ながら否定できません。

それでもよければこれからも、どうぞよろしくお願いします。

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