緋眼の裔   作:雪宮春夏

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長らくお待たせいたしました。
前回の補完も兼ねまして、少しほのぼの(?)としたものを入れさせていただきます。
最後はかなり不穏になりましたが、それもまた、刺激的で良いですよね?


第ⅩⅦ話 殺し

「ツーナさぁん!」

沢田綱吉の自室に足を踏み入れた少女、三浦ハルは狂喜乱舞していた。

今朝のこと、沢田家の女主人、沢田奈々から知らせがあったのだ。

彼の家庭教師であるリボーンが、彼の意識が戻ったのを確認したという。

病み上がりの彼のことだ。心配ではあるが、騒ぐつもりは無い。

ただ昨日体育祭であった振り替えの休日で、本日は学校が休みとのことなので、こちらが登校する前に、お見舞いがてら様子を見ようと思い立ち、上がらせて貰ったのである。

本人の返答は無いが、母である奈々の許可はあるため、不法侵入ではない。

「ぎゃぁっ!!」

対する彼、沢田綱吉は起き抜けだったのか、少々間の抜けた声を上げていた。

ハルが見ると、既に起きてはいるようだが、何故か、布団を頭からすっぽりと被った状態で、学習机の下に潜り込んでいる。

「どうしたんですか?ツナさん」

まるで猫のようだと想ったが、怒らせるのも悪いと思い、ハルは自重した。

そんなハルの内心には気付くこと無く、沢田綱吉は、震える指である一点を指す。

そこにあるのは、沢田綱吉のベットの筈だった……が。

「はひ!?どうしたんですかこの人っ!!」

見ると、ベットの上には吐血した男の人が倒れていた。服装はどこにでもありそうなセーターと、ニット帽。

室内でする格好としては少しズレている。

「お友達ですか?」

何も知らずに無邪気に尋ねたハルに、重い口を開いて、沢田綱吉は打ち明けた。

「違うよ。友達じゃない……ハル。どうしよう……」

その眼は不安からか、滲んでいるように見えた。

「俺……人殺しちゃった……!」

 

同時刻、並盛中学応接室にて、風紀委員長雲雀恭弥の元に、一人の客人が跳び込んだ。

「てめぇ!どういうことだきょうや!!」

ズドンと、まるで銃弾のように扉を蹴り破ったのは、どう見ても中学生にはみえない少年だった。

今時では珍しい和装の子どもは小学高学年がせいぜいだろう。

荒く息を吐き出すのに合わせて、後ろでくくる髪も、ポスポスと揺れ動く。

そんな和やかな光景とは真逆に、少年の目はかなり殺気だっており、まっすぐに雲雀に向けられていた。

「何で俺と牛鬼様が総大将の方から昨日の一件聞かなきゃいけねぇんだ!?あぁっ!!?」

ガンを飛ばす子どもの勢いに、顔をしかめながら、雲雀は書きかけの書類から顔を上げた。

「面倒くさかったから。伝わったから問題ないでしょう?牛頭」

「大ありだっ!!こっちの立場も少しは察しやがれ!!」

「やだ」

間髪を入れずに即答した雲雀に対峙する少年の額に、鮮明な怒りのマークがありありと見える、そう言ったのは後の草壁である。

「チャオっす。随分と騒がしいな雲雀。邪魔するぞ」

そこに跳び込んで来たのは第三者の声。

数日前と、前日と、応接室に入り込んだ、沢田綱吉の家庭教師である。

「構わないよ。赤ん坊。喧しい子犬が吠えているだけさ」

「待て!コラきょうやぁ!!どー言う意味だぁ!!!」

然し、言い返す牛頭丸は確かに、主人に対して吠え立てる、子犬の姿を連想させた。

既にいた新顔は、どう見ても風紀の人間には見えなかったのだろう。

目線だけで誰かと問いかけたリボーンに、雲雀はこともなげに呟いた。

「この子は牛頭。奴良組随一の武闘派、牛鬼組の若頭だよ」

「二足歩行の赤ん坊……てめぇが鴉の言っていた、今回の厄介ごとの要因か」

きょうやの紹介にフムと頷くリボーンに、話を聞いているためか、牛頭丸も鋭い視線をリボーンに向ける。

並の妖怪同士ならここで火花が散るのだろうが、腐ってもリボーンは、自らを一流と称する殺し屋である。牛頭丸から敢えて視線を外し、雲雀の方へ体ごと向き合う。

「それで……例の件、考えてくれたか?雲雀」

「あれね。構わないよ。総大将からも許可を貰った。……ただし、君たちのことも話して貰う。これで貸し借り無しだ」

雲雀の言葉に、しかしリボーンが動じる様子はない。おそらくある程度は予想していたのだろう。反対に二人を見比べて、動じながらも問いかけたのは牛頭丸だった。

「何の話だてめぇら」

その態度から、聞かなければ引き下がらないだろう牛頭丸の姿が容易に思い浮かべられ、雲雀は溜息を零しつつ、牛頭丸に対して今し方双方が合意した内容の説明を加えた。

「互いの情報を共有することを、鴉天狗を通じて打診されていたのさ。奴良組の方はこの赤ん坊の背後や、婆娑羅とか言う奴らの情報が欲しい。赤ん坊の方は僕たちの詳細な情報や、虎狼狸に関する情報がほしいってね」

「……ちょっと待て。俺はんなこと聞いてねぇぞ」

思わずジト目で抗議する牛頭丸に、さして気にする風でもなく、雲雀は返した。

「少なくとも、本家の方は知ってるよ。了承も向こうからだし……ちょうど良いから君も混ざってよ。僕はここに来てからのあの子しか知らないからね。君の方が付き合い旧いでしょ」

更に平然と己の要求を通そうとするきょうやの姿にいつものことながら目眩を感じる牛頭丸であった。

 

 

「あれ?獄寺?」

沢田家へ続く道を歩いていた山本は、道の途中で獄寺と出くわしていた。

「げっ……野球バカかよ」

小振りな花束を持った獄寺が、厭わしそうに山本を見つめる。

相変わらずな反応に、思わず笑い出していた。

昨日一日でガラッと変わってしまった世界で……いや、変わったのは世界ではなく、あくまで己とその認識だけなのだが、同じ経験を経ているにも関わらず、変わっている様子のない獄寺の存在はありがたかった。

「……この方向って言うと……お前もツナの見舞いなのな?」

「……その言い方はおめぇもか」

山本と獄寺の共通の友人にして、今回二人のみる世界をがらりと変えた張本人、沢田綱吉は、家庭教師であるあの赤ん坊……リボーンの話ではまだ寝込んでいるという。

結局あの後、二人はまだ碌な説明は受けていないため、全てを知っているわけではない。

取りあえずは自分達が知っている綱吉が、……姿は少し変われども、元に戻って戻ってきた、それが山本の認識だった。

「おうっ!親父が見舞いの寿司折りを作ってくれたのな!」

朗らかに笑う山本から目を逸らしながら、「脳天気が……」と、獄寺は毒づいた。

幼少期からマフィアとして、多くのことを見てきた獄寺は、とても山本のように吞気に物事を見ることはできなかった。

(リボーンさんは、おそらく理解していらっしゃるのだろうが)

あの日起きた様々な出来事の中で、獄寺が理解できた事はあまりにも少ない。

確信を持って言える事は、沢田綱吉が人間では無い、と言うことだ。

(妖怪……日本に古くから土着する、書物によっては神の化身とも言われる存在)

イタリア生まれの獄寺にはいまいちよく分からないが、古くから風土や数多の品々に神が宿ると言われているのが、日本という国だとは、様々な書物で言われていることだ。

この百年あまりで近代化が進み信仰は薄まったが、それでも神社仏閣など小さいものも合わせれば、日本にはかなりの数がある。

(十代目のあの姿は……明らかに人間離れした神々しいお姿だった。……しかも心なしか、顔かたちも変わってらっしゃった様な……)

もしや自分達に今まで見せていたあの姿は、世を忍ぶ仮の姿なのか。十代目のご両親が知っていらっしゃるかは謎だが、少なくともクラスの奴らには、おいそれと話して良いものじゃないのは確かだ。

「お邪魔しまーす」

グルグルとまとまらない思考を続けている内に、沢田家の前まで来ていたのか、山本が一声かけて、家に入っていく。

「あっ!待て、野球バカ!!勝手に……」

入るなと零しつつ、迷いなく進む山本を追って、獄寺も綱吉の私室へ向かい……そして。

「……ツナ?」

「……どうしたんすか?」

三浦ハルと共に床に敷いた毛布を被り、ガタガタと震える、この部屋の主を見つけて。

……二人揃って、首を傾げる事となった。

 

 

「関東妖怪大元締め、奴良組。それがおめぇらの属している組織。間違いねぇな?」

始まりの問いは、どちらかというと既に集めている情報の確認のようなものだった。

「……どこでそんな情報を知りやがった」

「そうだよ。じゃあ、君の属する組織は?」

全く温度の違う二人の問いに答えようとして、ふとリボーンは、ある疑問を抱く。

「雲雀。これは二つ分の質問と、考えて良いのか?」

問われた雲雀の方は目を軽く瞬き……その一時だけで、問いの意味をくんだのだろう。面白そうに目を細めた。

「ふぅん。問いの方法に縛りを設けるってこと?でもこのやり方、君の方が情報が少ない分、不利なんじゃない?」

「問題ねぇぞ。必要なもんさえ分かれば、後は何となくでもなんとかなるもんだ」

「……なるほどね」

しかしその問いかけは、牛頭丸にはほとほと訳の分からないものだったが。

(……俺はもう、口を挟まねぇ方が良いのか……!?)

「じゃあ良いよ。それで、どうなの?」

ふふっと笑う雲雀の顔は明らかに面白がっている。少なくとも、敵意ある相手に向ける顔ではない。

「並盛にも、俺独自の情報網は張り巡らされている。……そいつらからの情報をかけ合わせたんだぞ。それと」

そこでリボーンは、敢えて言い直すかのように、口を閉じた。

考えてみればこのようにちゃんと名乗ると言うことは同業者以外にはあまりしていないという現実がリボーンにはあった。

頭を過ぎったのは「沈黙の掟」と呼ばれるマフィアのルール。

任侠組織である奴良組も、広義的には同じ同業者になり得るかもしれないが、当てはめられなければどうなるか。

(……俺がしょっ引かれるだけだが……今のあいつらを見ていると、かなり問題はありそうだな)

 前回の一件が彼らの心情にどのような変化を与えたのか。その確認をまだリボーンは出来ていなかった。

単細胞な山本はあまり心配はしていないが、頭脳明晰な獄寺はおそらくかなりの量の可能性を既に考えてしまっているだろう。

(一度あいつ自身の為にも……何らかのケアは必要だな……!)

先のことを考えながらも、ここで答えないという選択肢はリボーンにはなかった。

目の前にいるのはこの町で、この一帯を支配する者達から妖怪としての綱吉を一切を任されている雲雀なのだ。

傍らにいる牛頭丸とやらが若頭を務める牛鬼組とやらが、どれほどの組織かは知らないが、どちらにしろ信頼は得ておいて損はない。

(だいたい……まだ聞きたいことは聞けてねぇしな)

己を鼓舞するかのように、いつものニヒルな笑みを浮かべ、リボーンは、改めて名乗った。

「俺はイタリアンマフィア、ボンゴレファミリーの現ボス、ボンゴレ九代目から依頼を受けて沢田綱吉……テメェらのいう「ツキ」を一人前のマフィアのボスにするために来た」

(……マフィア?)

海外の事情に疎い牛頭丸はまずマフィアというのが何かが分からず首を傾げたが、敢えて口には出さなかった。

奴良組への関わりは短いものの、悔しいことに、人から生まれた先祖返りという形で妖怪としての生を受けた雲雀の方が人間達の現代の情勢に通じている。それは間違いないことである。

(ここはあいつに任せた方が良いか……)

断るが、断じて丸投げではない。

牛頭丸の思惑通り、きょうやは「マフィア」がなんたるかを理解できている様だった。

「ふぅん……それって人間の組織?」

やけに人間と言う言葉に強調を置いたきょうやに、牛頭丸も懸念材料としてあげられていた報告を思い出した。

(あいつの周りに妖怪が増えた……百鬼を作ろうとしているかもって話か……)

自然とその視線も、問いかけに答えるだろう赤ん坊に向けられる。二対の眼差しを受けた赤ん坊は、しかし笑みを崩すことなく、こちらに向けて、何とも掴みづらい言葉で返した。

「表向きは、な」

「その言い方じゃあ、裏が有りますって白状するようなものだよ?赤ん坊」

「問題ねぇぞ。気づかれる様に話してんだ」

きょうやは表面だけの微笑を貼り付け、赤ん坊も笑みを崩すことなく。……ここで起きているのは外面だけの睨み合いだと嫌でも分かる。

「……つまりおめぇは、百鬼を作るって認めるって事か?」

明らかな外面の戦いを見る気にも起きずに、牛頭丸は口を挟んだ。

断じて外面で毒を吐き続ける二人が怖かったわけではない。

「百鬼?」

聞き慣れない言葉に誰何の声をあげる赤ん坊に、俺は分かりやすいように言葉を加える。

「妖怪の軍団を作ろうとしてんだろ?お前は」

「違ぇぞ」

「そう。ちげぇ……は?」

肯定の形が入ってくると思い込んでいた牛頭は訳が分からないというように、目を見開いた。 

きょうやの方もその言葉は予想外だったらしく、薄笑いを外し、目を瞬いている。

「俺はあいつのファミリーをそんな下らねぇもんで分類するつもりはねぇ。あいつを慕う奴は誰でも、あいつについてくる気のある奴は誰でも、……それ以上に」

勝ち誇るように、ニンマリと赤ん坊は笑う。

「俺が気に入った奴はたとえどんな奴でも、あいつのファミリーに引き入れる。それが俺のやり方だぞ」

 

 

事情を聞いた獄寺達は何とも微妙な表情をしていた。

「落ち着けよ。まだツナがやったって決まったわけじゃねぇんだろ?」

「そっすよ。大体こいつ、本当に死んでいるんすか?」

因みに、何とも悲しいことだが、これは綱吉に全幅の信頼を寄せているからこそ出た言葉というわけではない。

彼らの心中は次のとおりである。

(殺した?……って、あの婆娑羅ってのが出てきたら、ツナって人を食べるんだろ?人の体って、残ってなくね?)

山本の頭に浮かんだのは、ニット帽や服ごと、大口を開けて、褐色の肌の彼がバクバクと食べていくイメージで。

(本能的に殺したとなると、出て来るのはあの神々しいお姿の筈……爪で裂いたにしろ、あの尻尾で叩きつけたにしろ……ここまで外傷がないというのはおかしな話……)

獄寺の脳裏に蘇るのは、あのユラユラと揺れ動く三本の尾。しかしあの当時、獄寺はあの尻尾と雰囲気に完全に吞まれていたため、その容貌に関しては朧気である。

しかしそんな彼らの内心を知る由もない綱吉は、そんな彼らの反応に、感極まっていた。

(獄寺君……山本……俺は昨日、あんなことに巻き込んだのに……!)

それでも己を信じてくれるのかと。

昨日の応接室では、死ぬ気弾を連続で何度も撃たれた影響か、それとも一部とはいえ、「本性」の力を受け渡され、理性に揺らぎが生じたためか、何ともおかしな調子のまま、躁状態に達してしまっていたといえるだろう。

客観的な視点で、物事を理論立てで考えられるようになったのは、何者かの一撃によって気を失い、自室で目覚めた深夜の時分からであった。

当然昨日は、山本とも獄寺ともまともに話など出来なかったのである。

そんなこんなで、この三者の間では何ともおかしな考えの食い違いが発生していた。

「でも、死んでないってどうやって確かめるんですか?」

この場で唯一、昨日の一件に関わりを持たないハルだけは、表面上の言葉のみで受け取り、怖々と男の遺体に目を向けた。

「その方法に悩む必要はないわ」

その一言と共に、綱吉の私室に足を踏み入れた人物に、すぐさま獄寺は反応した。

「ふがぁっ?!」

奇声を上げて、気を失ったのである。

「全く、隼人ったら相変わらず病弱なんだから……」

扉を開けて入ってきたビアンキの言葉に、山本も綱吉も一歩退く。

(あ……そういう所は変わらないのか……)

お決まりともいえるやりとりにホッとしたのは、ここだけの話である。

 

「……あの婆娑羅は?そう言えば、君の所の医者はいないみたいだね」

突飛なリボーンの宣言に言葉を失う牛頭丸に見向きもせず、会話を続ける雲雀の姿に、彼らの関係を垣間見た気がした。

配下の関係ではないそれは、よく言えば悪友の関係が最も近いのかも知れない。

「今日は別件でな。後で合流するつもりなんだが、良ければ一緒に行かねぇか?」

「……嫌だといったら?」

「話はここでお開きだな。俺はこれ以上聞くことがねぇ」

暗に、情報収集は十分だと言い切る姿に迷いはない。

その姿にきょうやは違和感を覚える。

きょうやの憶えている限り、彼が満足するまでの情報が提示されたという覚えがないのだ。

(待て……そもそもこの赤ん坊。何を知りたくて来た?)

あの子どもが何者か……妖怪だ。それはおそらく見ていれば分かる。

自分達が何者か……己はともかく、この一帯が奴良組のシマだと分かった以上、その関係者に絞り込めるだろう。

(そうだ……おそらく最初から……)

ここで漸く雲雀は、自分達がとんでもない思い違いをしていたことに気づいた。

(彼は()()()()()()()()()()………!!)

「どうした?雲雀」

再度問いかけた赤ん坊の顔幼く見えはするものの、中身は真逆で……。

「良いよ。赤ん坊。行ってあげる」

最後の問いをするために、雲雀は唇を湿らせた。

「君の今日の、()()()()()って何だったの?」

とりとめの無い話題のように繰り出した言葉を正格にくんだのだろう彼は、踵を返して答えた。

「俺がやろうとしていることに口だすってんなら、一言言っとこうと思っただけだ……後」

僅かな間。音こそしなかったが、笑ったのは見なくても分かった。

「……話が出来る相手で、良かったぞ」

「………なるほどね」

漸く事の大筋を理解して、雲雀は溜息をつきつつ、リボーンの後を追うために立ち上がった。

「……きょうや?……わっ!何しやがるっ!!」

その際、未だ呆けている牛頭丸に軽く一撃入れるのも忘れない。

(……つまり僕も組の連中も、まんまと乗せられた訳か)

リボーンが欲しかったのは、話し合いに応じた。要求を吞んだという()()

それさえ有れば、この先何かあったとしても、それを口実に介入できるという先の事象への布石。

(…そう言えば、結局はぐらかされたな)

リボーンの後を追い、騒ぐ牛頭丸を引き摺りながら校門へ向かった雲雀は、己がした問いの一つを、敢えて除外されたことに気づいた。

(婆娑羅って奴のこと……もしかして赤ん坊もまだ……詳しくない?)

その真相はまだ、リボーンの胸の中である。

 

 

「ビアンキちゅわーん!」

扉に寄りかかっていたビアンキに、いきなり飛びつこうとした男は、ビアンキの放った鋭い蹴りによって、廊下の壁に叩きつけられていた。

(な……なんだこの人!?)

突然の出来事に俺は言葉を失ったが、獄寺と山本は驚いた様子で、その男に目を向けていた。

「シャマルさん!」

「スケコマシ……!」

どうやら乱入者と面識があるらしい二人に誰かと問いかけると……何故か二人とも口ごもった。

「……へ?」

明らかに何かありましたというような空気を作る二人を無視するかのように、その乱入者当人から声をかけてきた。

「俺の名はドクターシャマル。死体の確認の為に呼ばれたんだ。噂はいろいろ聞いてるぜ。よろしくな。ボンゴレ坊主」

「あ……はい。よろしくお願いします」

その一言で、この人は単なるマフィア関係者だろうと、いや。

(マフィア関係者って、単なるですませて良いんだろうか……しかも)

『ボンゴレ坊主』その呼び方は、穿ち過ぎかもしれないが、ボンゴレファミリー関係者ですと断言する呼び方の他ない気もする。

(訂正した……方が良いのかな?)

そう思考の海に沈みかけた俺だったが、ハルの悲鳴で我に返った。

「……って、悲鳴!?」

「何するんですか!?」

バシンという鋭い音と共に、ドクターシャマルは再び一撃入れられていた。しかしそこは腐ってもマフィア関係者。一般人のハルの平手程度ならば、掠り傷程度の認識しかないのが、手で軽く押さえながらも言葉を紡ぐ。

「この元気の良さなら問題はない。しかも可愛いときている!」

言動から察するに、本人としては診察のつもりだったのか。……そもそも。

「あんた死体の確認にきたんじゃ無かったのか!?」

この時には俺は、先刻の会話で感じた違和感を綺麗に忘れてしまっていた。

 

思わず突っ込む綱吉の後ろで、獄寺と山本は呆気に捕らえていた。

「変わってねぇなあいつ……昨日のあれは何だったんだ……!」

不覚にも、昨日は少し彼を格好いいと思ってしまった己を律するように、獄寺はギリッと唇を噛む。

「……っていうかよ。あの人、婆娑羅になったツナのことは怖がってたのに、今は何ともないのな……」

ツナも憶えてないみたいだしと、首を傾げる山本をよそに、シャマルからもっともな言葉が飛んだ。

「死体の確認如きにそもそも俺は要らねぇだろ。瞳孔開いてて、息止まっていて、心臓止まってりゃあ、そいつは仏だぜ?」

 

 

「なるほどね」

彼らが現状にて虎狼狸……沢田綱吉に企てている悪戯を聴いて、雲雀はふふっと声をあげた。

「良いよ。赤ん坊。その芝居協力してあげる」

その傍らで、雲雀が走らせているバイクと、()()()()()()で走る牛頭丸は、引きつった目で二人を見比べている。

「その代わり、さっきはぐらかした質問、答えてよ」

「良いぞ。それはそうと雲雀」

雲雀のバイクの後部座席に座して、シルクハットを手で抑えて飛ぶのを防いでいる赤ん坊は、風圧を物ともしない様子で、言葉を吐いた。

「本当のところ、おめぇはそれ、出来るのか?」

「……さぁね」

その問いを煙に巻いた所で、雲雀は目的地へ到達していた。

 

その部屋にいる四人は、一様に言葉を失っていた。

瞳孔は開き、息は止まり、心臓も動いていない。

改めて確かめたそれは確かに仏だったのである。

「俺らで騒いでいる間に仏になっちまったんだろうな。仏にはようはねぇわ。じゃあな」

ヒラヒラと手を振りながらシャマルが退出したときも、反応を返せないほどである。

「ど……どうしよう……もうお終いだぁ……!!」

悲嘆に暮れながら、俺は泣くことしか出来なかった。

獣としての本能を律せられても、人としてまで道を踏み外してしまっては最早自分には救われる価値さえ無い。

いっそ自害した方が世のため人のためになるのではないかと思い始めたとき、俺の手を握る誰かに気づいた。

「ハル……!」

俺の手を握りしめて無く彼女は、涙でぐしょぐしょの顔ながらも、どこか切羽詰まったもので。

「ツナさん!自首しましょう!!」

その言葉は、やけに現実味を帯びて、俺の中に届いた。

「ハル待ってますから!一杯お手紙出しますから!!」

その言葉にまるで張り合うかのように、獄寺もまた声を上げる。

「諦めるのは早いです!十代目!!裁判で勝てれば!無実を証明することも可能なはずです!!」

「そうだぜ。ツナ!もしかしたらツナが寝ている間に誰かと争って死んだって可能性も有るんだしさ!」

必死の形相の獄寺と、苦笑いの山本に、俺は自然と項垂れていた。

その可能性は限りなく低いからだ。

己の記憶が確かならば、己が目覚めたその時は、まだ彼は動いていた。

銃声によって目が醒めたのだから、うめき声などは聞こえなかったが、体もまだ温かかった。

死んでから、時間は経っていなかったのだ。

(やっぱり無意識にしろ、俺が殺したってことに……)

導き出された答に、俺が意気消沈した時。

「チャオっす」

外から聞き慣れた声が入った。

 

「やるじゃないか。心臓を一発だ」

笑う雲雀の姿はどう見ても手慣れているようで違和感が無い。

「うん。これはこっちで揉み消してあげても良いよ」

その言葉にツナを含め子供達は全員絶句している。

この言葉をリボーンが言っても、おそらくここまでの反応は得られなかっただろう。

見た目は自分達と年の変わらない、彼らからしてみれば、まだ同格と思えなくも無い雲雀の言葉だからこそ、驚きが先に立つのである。

「おい……マジであいつ。俺の事に気づいてないのか」

隣家の庭先に植えられている樹木の上で気配を消す牛頭丸を連れだって、綱吉達の様子を見ていたリボーンは、顔を引きつらせる牛頭丸を横目に、雲雀が舵を切る芝居の観客に徹していた。

「風紀委員で揉み消してんのぉ~!?」

部屋の中で騒ぐ子供達の様子に「単純な……」と嘆きの声を上げる牛頭丸の言葉が被り、そう言えばとリボーンは、ふと思い出した、以前から感じていた疑問を口にした。

気になった程度だったので、優先順位としては下の方だったと言うことがその疑問を忘れていた理由である。

「あいつ……よく今までバレずに成り代われてたな」

会ってからまだ数ヶ月しか経っていないが、どう考えても嘘が得意とは言い難い。

「あぁ?あいつだけの功績な訳ねぇだろ?きょうやが裏で手ぇ回してなけりゃあ、数日でばれてんぞ!あのヘボ演技……」

全く、曲がりなりにも牛鬼組預かりの癖して……と、後に続いた愚痴の意味は分からなかったが、なるほどなと、呟いたリボーンは、密かに牛頭丸を口が軽い奴と目をつけた。

それに気づく事無く、牛頭丸は言葉を続ける。

「七年前だって、きょうやがいきなり子どもの遺骨を牛鬼組屋敷で安置しろって、こっちは神社仏閣じゃねぇんだって言ったって言うのに……」

「……子どもの遺骨?」

リボーンが尋ね返したことで、漸く己の失言に気付いたのか、口をつぐむが、既に時は遅く。

七年前にきょうやがと来れば、その遺骨が、誰のものかも自然と分かるというものだ。

(なるほど。それが「本来の」沢田綱吉って訳か……)

考えれば予想はつくことだ。

あの当時のツキ……今、沢田綱吉を名乗る彼の心理状態では、そこまで気にする余裕は無かったのだろう。

(しかし実の母まで現状も騙せているって所は気になるが……そこはあいつに聞いても分からないんだろうな)

分かっているとしたら、雲雀の方だろうが、さてあの相手からどうやって聞き出すべきかと、頭を働かせている間に舞台は急展開を迎えていた。

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ…………!!!!」

特大の悲鳴が聞こえた瞬間、ヒラリと雲雀が屋根から飛び降りた。

「よぉ。たいした猿芝居だな」

リボーン達も雲雀を追って降りると、家の表札前に見知った顔があった。

「シャマルか」

リボーンが確認の意味も込めて尋ねると、煙草をくわえた男はリボーンを含む三人を眺めて溜息をついた。

「変な奴らに目ぇ付けられたくねぇからな」

暗に後ろ盾になれと言う要求に応じたのは付き合いの長いリボーンだけで無い。

「婆娑羅とやらに関しては君しか情報源は無い。死なれたら厄介だからね」

太鼓判を押す雲雀は、無言で話せと催促すると、シャマルは玄関先から動く様子も無く早口で始めた。

「昨日も言ったが、俺は婆娑羅を殺す方法は知らない。殺してぇなら専門の奴らに頼むしかねぇが、奴らも婆娑羅とそれ以外を区別して殺す方法なんざ持たねぇだろう」

「つまり殺すときは「あの」沢田綱吉共々ってこと?」

雲雀の確認に頷いて、シャマルは続ける。

「それが奴らのやり方だ。元々ケガレ堕ちの儀は奴らにとっても禁忌の術式、更に婆娑羅になっちまったんなら、殺す以外の選択肢はねぇ」

「つまり元に戻す方法は、専門家ですら確立できてねぇって訳か……」

舌打ちを零しそうなリボーンの呟きに漸く煙草に火を付けたシャマルが呟きと共に返す。

「あるかどうかも分からねぇがな……」

「現状はこのまま放置するしか無いとして……また婆娑羅が出て来る可能性は?」

雲雀の核心ともいえる問いに、鋭い睨みをリボーンに向ける。

「死ぬ気弾を使い続けりゃあ……遅かれ早かれ同じことは起こる……」

微かに息をのむ牛頭丸に見向きもせず、シャマルは続けた。

「一時的に抑えただけで、蓋はもう外れてんだ。いつ爆弾が弾けるかは分からねぇ……それに」

そこで一度言葉を切り、煙と共に溜息を吐き、シャマルは続けた。

「島の奴らも馬鹿じゃねぇ。感づくぞ」

下手をすれば、専門家との間で諍いになりかねないと言うそれは警告だった。

「あいつをやらせる訳にはいかねぇ……ボンゴレにはもう、あいつしかいねぇんだ……!」

リボーンの言葉にシャマルは遠くの景色を眺めるだけだった。

シャマルとてリボーンの立ち位置は分かる。しかしその事情を奴らが考慮してくれるかは、彼らの上層部と面識を持つわけでは無いシャマルではどうとも答えることは出来なかった。

「……目立つ行動は避けるこったな。今回の関係者の全員に伝えとけ」

結局それだけ言い残して、シャマルはそこから立ち去る。僅かに耳を傾けると、二階の部分からは笑い声が溢れていた。

(このまま何事も無く終わるって言うのは……些か楽観的すぎるわな……)

胸に去来する感情を打ち消しながら、シャマルは前を向いた。

あの組織と何の繋がりも作らなかった自分に出来る事など、結局は何もない。

(第三者として……しばらくは留まってみるか……)

しかしそれは、何もしない言い訳には出来なかった。

 




次の更新は……いつもと似たり寄ったりのペースと言うことで(-ω-;)
書き溜めとかしているわけではないので悪しからず。

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