緋眼の裔   作:雪宮春夏

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2日ほど早いですが、メリークリスマス!
クリスマスプレゼントがわりに投稿します!雪宮春夏です。
いろいろ暴走した感はありますが、最後はまとまってくれたので、こちらとしてはホッとしております。
また、報告に書いたとおり、しばらく更新停滞しますが、どうぞご了承ください。

盛大な書き漏らしを発見したので修正しました。
その間、完全非公開にしてしまいましたこと、お詫び申し上げます。
(2016/12/23)


第ⅩⅥ話 仲間

「発動条件……ね」

ガリッと、頭をかきむしり、シャマルは溜息をついた。触れたくないからはぐらかしていたと言うのに、一つの町を支配する精神は伊達では無いということか。率直に聞いてくるとは思わなかった。

(しかも逃げ道も無いと来ている)

はぁっと、長い溜息を零して、そもそもの敗因を考えれば、考え無しにリボーンの要求を承諾し、この並盛町に来たところだろうか。

(いやだけど……こんな可能性普通は考えねぇだろ?)

ケガレ堕ちの儀を受けたものが、その後普通に人間として生活しているという話は聞いたこともない。

しかも、専門家である()()の監視も無しにだ。

(その挙げ句に……妖怪だぁ?!どう考えてもおかしいだろうが……!)

全てが全て規格外。だからこそシャマルは伝えたくなかったのだ。

「……人間だよ」

「何だと?」

リボーンが眉を寄せ、聞き返す。

それはそうだろう。シャマルとて、聞き返すに決まっているのだ。前提から間違っているとは、誰が思おうか。

「ケガレ堕ちの儀が適応するのは……陰陽師の資質を持つ人間だけの筈なんだ!」

己の中に渦巻く鬱憤を払うように叫んだシャマルに、その言葉にほとんどのものが反応した。……だからこそ、誰も気づかなかったのだ。

「獄寺っ!?」

シャマルが言い放ったのと被さるように、山本の悲鳴が響いた。

「なっ!?……あれは……!」

悲鳴に咄嗟に目を向けたリボーンが、拳銃を構えるより先に、獄寺がリボーンの元へ叩きつけられる。

「おめぇら!離れろ!!」

状況が分からぬまま、後退ったシャマルの視界には、鮮やかな羽根が舞った。

「……起きた、と言うわけでは無いみたいだね」

冷や汗を浮かべながらも、雲雀の声には、どこか浮かれた様子がある。

「……旨そうな、匂いがするなぁ」

ソファーに横たわっていた筈の沢田綱吉は、そこにはいなかった。そこに立つのは、褐色の肌に、黒い瞳孔。代赭の瞳の……おそらく、ケガレと呼ばれる存在。

だがそれを見た瞬間、シャマルは腰を抜かしていた。

「嘘だろう……あれは!」

ガタガタと、震えを隠そうともしないシャマルの様子に、全員が目を見開いた。

「シャマル!どうしたんだ!?」

リボーンの問いかけにも反応せず、シャマルはその存在を……己が予想した以上に厄介な相手に、悲鳴を上げた。

「あれは!……ケガレじゃねぇ!!……婆娑羅じゃねぇかっ……!!!」

「……旨そうだなぁ。お前ら……!」

焦るシャマルとは対照的にそれは、欲望の籠もった目でここにいる全員を見回した。

 

目の前にある力の塊達を眺めながら、内心、俺は舌なめずりしたい気分だった。七年間も押し込められていたことには腹は立つが、その報復はこれらを食べてからの方が良いだろう。七年の絶食の後であろうが関係は無い。豪勢な食事を何故ためらう必要があろうか。

周りを囲む者達の中には、昔食べたあれとよく似た力の気配がある。

もしやあれの関係者だろうか。七年を経てなお、こんなご馳走を吊り上げることが出来るとは、もう一人の俺は、生き餌としてはかなり優秀らしい。

「ふふ」

零した笑いは無自覚に声に出てしまっていたようだ。

彼らが一様にこちらへ向く。眼の奥に浮かぶのは、恐怖。

「さて…そろそろ決めておこうか」

その感情に心を踊らせながら、婆娑羅は言い放つ。

「どいつから喰われてほしい?」

 

喰われる……至極あっさりと言い放たれた言葉は、まるでどれからでも良いと言葉がついてくる風にも感じられた。

(ここにいる全員を……喰らうつもりなのか……!)

シャマルの言葉を聞いてから、頭のどこかでは考えていた可能性。

然し、それの言葉以上にリボーンを戦慄させたのは、そうなってもおかしくないと思ってしまった己自身である。

吞まれている、その事実はもう疑いようも無い。

己自身が認識しているのだから当然である。

(やっぱりシャマルは役にたたねぇ、かといって……俺の拳銃や獄寺のボムはリスクが高すぎる。……こっちは肉体の構造さえ分かってねぇんだ。……変じた時点で人間との差違が生まれてもおかしくねぇって言うのに……)

自分達のあまりの情報不足に悪態をつきたくなるが、そうも言っていられない。

相手の土俵で戦うのはあまりにも不利だが、果たして話し合いが通じるかと問うなら否と答えるべきだろう。

人を喰らうことに迷いが無いと言う点は確かにシャマルの言うように化け物なのかもしれない。

「答えないのか?……なら」

笑みを浮かべたまま、飄々と紡ぐ言葉が不自然に途切れる。

薄らと笑みを浮かべていた少年は次の瞬間、その場にいた他の全員の視界から消えていた。

「どこだ!?」

咄嗟に叫んだ声が誰のものかは分からない。

だが、全員の持った危機感は同じものだったのだろう。

一斉に警戒を高め、視線を方々に向けるが、それは全て無駄な足搔きだった。

「俺が決めよう」

 

 

応接室が緊迫した空気に包まれていた頃、笹川了平は憤慨していた。

「どういうことだ草壁っ!!何故俺が応接室へ行ってはいかんのだぁ!?」

対峙するのは風紀副委員長、草壁哲矢である。

「ですからっ!委員長の命令なんですっ!!何人たりとも応接室へは近づけさせるなと!聞き分けて下さい!笹川さんっ!!」

ぐいぐいと入り口を越えようと身を乗り出す笹川に合わせて、右へ左へ体を動かす草壁の動きは隙が無い。

並盛中学二年の笹川と雲雀が出会ったのは、彼が入学してきた二年前からであるが、ほとんどの人間が雲雀を恐れ距離を開ける中、笹川だけが周りの思惑などきにすることなく積極的に……少々積極的すぎる気もしたが、雲雀に関わろうとしてきた。

勿論群れ嫌いを豪語する彼からすれば、迷惑極まり無かっただろう。現在も彼が来ると、決まって滅多に薄ら笑いから変わらない表情が渋面になる。

それでも草壁はそんな彼等の関係を見ていると安心できた。

草壁が惹かれたのは並盛を愛し風紀を尊びながらも、孤高に一人立つ絶対的な姿の雲雀である。

しかし同時に彼は、雲雀とて一人の人間なのだという確証が欲しかった。

人と関わらない彼は、自分達との間にも大きな壁を築いており、まるで……別次元にいるような、そんな心許ない不安を与えてくるのだ。

無論所詮手足でしか無い自分達が、取るに足らない存在であることは自覚している。

個人として雲雀に認識して貰いたい等という欲望が、身の程知らずである自覚もある。

草壁達風紀委員会一同は、自分達が雲雀に認識されて欲しいという訳では無かった。

ただ……彼が好いている並盛の中に、無数の意志が存在していること、その存在のことにも興味を持って欲しい、それだけが願いだった。

(……今思えば、何とも厚かましいものだったが)

嘗てのことを思い出し、草壁はふと懐かしさに遠くを眺める。

この緊迫した事態に、昔の出来事につい浸ってしまった。それが草壁の失態であった。

「沢田ー!雲雀ぃー!!極限に、今行くぞぉー!!」

こうして、雲雀に個人として認知される数少ない並盛の住民、笹川了平は、その勢い衰えぬまま、まっすぐに応接室へと走って行ったのである。

 

 

婆娑羅とケガレ。

この世界とは鏡あわせのように接し、通常ならば交わることのない異境、禍野(まがの)に住まう二つの種族の見分け方は簡単だと、嘗てシャマルはその当時付き合っていた彼女……美玖(みく )から聞いた。

「島」の陰陽師だと名乗った彼女とシャマルがあったのは、本土と呼ばれる日本のある地域だ。シャマルも美玖も仕事できており、彼女を口説いたシャマルを美玖が手酷く痛めつけたのがそもそもの始まりだった。

あの当時美玖にその話を振れば、「しつこい主が悪いのだ」と、か細い声で鋭く言い放った。

端的に言ってしまえば、どちらにとっても仕事が終わるまでの関係だった。

身体を重ねた数とて片手で足りるほどしかない。だがシャマルは彼女を愛していたし、シャマルの視点から見れば、おそらく美玖も、己を憎からずは思っていてくれただろう。

しかし自分達は同時に似たもの同士だった。

己は殺し屋としての、医師としての己に誇りを持ったし、彼女も一族から与えられた使命、その役割をたった一人の男の為に捨てられるほどでも無かった。

別れれば二度と会うことも無いだろう。それを分かっていて敢えて、シャマル達は互いに痕跡を残すこと無く別れたのだ。

(……やっぱり、連絡先ぐらいは聞いておくべきだったか)

走馬灯のように浮かび上がった過去の記憶に、思わずシャマルは笑みを零した。

息は荒い。首筋を抉られたのか、手を当てていても、一向に血が止まる気配は無かった。

一目見て「沢田綱吉」だった者が、ケガレではなく婆娑羅なのだと分かった理由は、以前彼女から聞いた見分け方を思い出したからである。

聞けばなるほどと、納得する認識方法は至って簡単。

それは……言語だ。

(婆娑羅は言語を理解し操るが、ケガレはその力の大きさによって、理解するものと、しないものとの差が激しい。また理解していても、操ることは出来ない)

禍野もケガレも彼女たちに取っては、悪霊でありそれを生み出す忌み場に過ぎない。

それは嘗ての彼女の言である。

下級のケガレは力も大した事は無く知能も無い。あるのは食欲と単純な喜怒哀楽だといった。

しかし力をつければつけるほど、上級になればなるほど知能は上がり、僅かだが意味ある言葉を喋るようになる。

しかし……。

(婆娑羅は別格だ……特異な肌の色以外は、見た目ほとんど人間だが、己の欲望に忠実で、食欲も強く……)

荒く息をつきながら見つめる先では、小さな鴉が錫杖片手に婆娑羅となった子供に向かっていく光景が見えた。

リボーンの早撃ちの弾と同等のスピードとなっているそれを、まるでハエを叩くかのように……。

(一欠片の、情も無い……!)

叩き落とし、床にへこみを作った。

「嘘だろう……!カラスを……!?」

目の前の光景が信じられないのか、あの鳥と連れだって、ここへ来ていた青年が棒立ちとなって、婆娑羅を見つめている。

隙のありすぎる姿に、シャマルは内心舌打ちした。

(拙いな。……良い的だぞ……!?)

無論自己保身を考えるならば、一人でも相手に取っての標的が多い今のうちに、彼の餌場となっている領域……現状では応接室全域がこれに当たりそうだが、そこから逃げるべきである。

シャマルとて普通ならそうする。

しかし彼等を呼んだのはリボーンだと言うし、彼等はそもそもリボーンを含め、ケガレがどういう生き物なのか知らなかった可能性が高い。

「島」の陰陽師たちなら無知もまた罪と言うのかもしれないが、シャマルはそこまで切り捨てることが出来なかった。

(でも……ダメだ……間に合わねぇ……!)

無情なことに、戦闘経験の豊富さ故に、シャマルには計れてしまう。あの鳥を叩き落としたスピードから、彼の出せる速さを。己のいる地点と、彼のいる地点。そこまで辿り着くために必要な時間。

(足りねぇ……!やられる……?!)

大きく見開かれた青年の目が、やけに大きく感じられて。

ガキィインと、響いたのはその直後だった。

「あっぶね!折れたのな!!」

バックステップの要領で、青年を連れて飛び退ったのは、山本武で。

「野球バカ……!」

どこからか聞こえた獄寺の声は、呆然としている風に感じた。

「こりゃあ……ゾクゾクってレベルじゃねぇのな」

そう呟きながらも、山本は不敵に微笑んでいた。

 

山本武は、野球が好きな少年である。

特に一番好きなのは、ホームランを打つ瞬間と、もう一つ圧倒的な実力者を追い詰め……若しくは追い詰められ、さよなら逆転のチャンスを掴んだあの瞬間。……たった一球の球に、観客全員の視線が集まるあの感覚。それはまるで、己が世界の中心になったかのような気持ちよさを山本に与えていた……が。

(あの時よりもゾクゾクすんのって、初めてなのな……!!)

心中で、そう思いながらも、実際に声には出さない……出せなかった。

褐色の肌になった綱吉が目を向けた瞬間、身体の体温が一気に二、三度下がったかのような、そんな感覚を覚えた。

そしてそれは多分、間違った認識では無かった。

少しでも油断すればやられる。戦いに身を置いた事のない常人ならば恐怖で叫びだしていただろう状況でも、山本は息を潜めて、彼の出方を窺った。

怖くないわけではない。

(でも、もう怖がらないって、決めたのな)

自らを奮い立たせるように、笑みを浮かべて、山本は改めて、心に決めた。

あの時……己は恐れ、手を出せなかったのだから。

「なぁ。棒倒しの時……俺と獄寺を呼んだの。あんただろ?」

何気ない様子で確かめるように問いかけた時、目を向けたそれは、折れているの一言で片付けて良い損傷具合ではなかった。

元はおそらく応接室に飾られていた並盛中学の校旗だったのだろうが、婆娑羅となった綱吉の一撃によって旗の持ち手であるプラスチックの棒は粉々に砕けており、校旗自体もこのゴタゴタの間にバラバラと言って良いほどまで破れている。

今は綱吉の急変に意識が向かっているために何も言われていないが、雲雀が我に返った時は間違いなく山本は八つ裂きにされる可能性大である。

図らずもこのタイミングでその現実に気づいてしまった山本は思わず薄ら寒さを感じて……声を出して笑ってしまった。

「……何がおかしい?」

突然笑い出した山本に不信感を抱いたのか、尋ねる綱吉の声は冷たい。山本はしかしそんな事に構うつもりはなかった。

「悪ぃな」

眉を寄せる綱吉にカラッと笑って、山本は素手で構えた。

「俺さ。あんたより……雲雀の方が怖ぇわ」

「……はぁ?」

全員が息を詰めて見つめていた現状で、真っ先に我に返ったのは、獄寺だった。

「……だからどうした?お前達の命運がそれで変わるわけでもない」

淡々と言葉を続ける綱吉を見つめて、山本は二カッと笑ってみせる。

「そうかもな。でも俺ほっとしてんだぜ」

言葉に出して更に自覚が深まる。そう自分は再び同じ間違いを犯さなかった事に安堵したのだと。

「あんたがツナなのか、それ以外の何なのかも知らないし、あんたがいきなり出てきた原因とか、何も知らねえけどさ」

ポリと頭をかいて山本は思案する。思っていた事をそのまま言葉にするのは意外と難しいことに今更気づいた。

しかしこのままなかったことにするのも抵抗があるため、取りあえず言えることだけでも言っておこうと思う。

「俺は俺が知っているツナが良い奴だって、ちゃんと知ってる。だからあんたの声聞いた時ツナを怖がっちまったこと、ずっともやもやしてたんだ。それをもう一度、あんた相手に繰り返しちまうとこだった」

あの時怖がらないと決めたと思いつつ、内心山本はビビっていたのだ。

だからシャマルに深手を負わせるまで動けなかった。

「……言いたいことはそれで終わりか」

無言を貫いていた婆娑羅が歪な笑みを浮かべる。その姿に怖気を感じ、掠れた声でシャマルが叫んだ。

「バカ!小僧……逃げろっ……!!」

しかしその声が届くか否かの内に、強靱的な身体能力を持つ婆娑羅の腕が山本に伸びて……手が触れるか否かで婆娑羅の足下が爆発した。

「助けに来たぞーっ!沢田ぁ!!」

それと同時に応接室の扉が音をたてて壊れた。

 

 

(野球バカが……無茶しやがって!)

山本と婆娑羅の足下にカウントほぼゼロの爆弾を投げ入れたのは獄寺だった。あの距離で二人の間に割りこむことは不可能と瞬く間にはじき出し、行動に移していたのである。

最もその後に室内に駆け込んだ現状を理解していないバカに制止をかけることも忘れるつもりはない。

「芝生頭!迂闊に近付くんじゃねぇ!!今すぐここから」

……最も相手がそれを聞き入れるか否かは全く意味合いが異なってくるのだが。

「雲雀ィ!貴様……沢田に何をしたっ!!」

発言の意図が分からずに思わず眉を寄せる雲雀に対して、笹川了平は勢いのままに言葉を紡ぐ。

「体中の皮膚の色が変わるまで袋叩きにするとは……貴様には血も涙も無いのかぁ!?」

熱く語る所は悪くは無いが根本的な何かが激しく間違っていた。

「バカが増えた……」

目に見えて憔悴する雲雀の後ろで呆然と現状を見つめていたシャマルが「嘘だろ……」と小声で呟いた。

(空気が……一瞬で変わった?あんなに「陰気」に満ちてたって言うのに、あの坊主が現れた途端に、一気に「陽気」に転じやがった……!)

信じられないが現実に起きているその事実に、シャマルが感じたのは歓喜だった。

(俺は専門家である「島」の陰陽師じゃないし、妖怪のことも詳しいとは言い難い。だが……)

その瞬間シャマルの中を駆け回ったのは、どのような感情か、それはシャマル自身にも分からない。

しかしこの時シャマルは光明を見たのは確かだった。

「おい、坊主!リボーン!」

小声でなるべく早い口調で、シャマルは二人に言い募った。

「耳貸せ。あの婆娑羅。どうにかできるかも知れねぇ……!」

 

「言っとくが殺すのは無しだぞ」

開口一番に言い放ったリボーンに、当たり前だろうとシャマルは頷いた。

「あそこまで強い力持った婆娑羅を殺したら、何が起きるか分からねぇ。迂闊に殺す事なんて出来るか……!」

「おめぇ、さっきまでと意見が逆転してんじゃねぇか」

即答でリボーンの言葉に同意したシャマルは、事が起きるまでは殺すことを推奨する立場だったはずだ。どんな心変わりだと疑念の眼差しを向けるリボーンの考えを察したのか、シャマルは苦い表情で続ける。

「婆娑羅、だからだ」

「なぁ、さっきから聞きてぇんだが、ケガレと婆娑羅?……その違いってのは、一体何なんだ?」

シャマルとリボーンの会話に入り込んできたのは、同席していた雲雀では無い。婆娑羅の綱吉に殺されそうになっていた所を山本に救われた鴆だった。

「……君、何でここにいるの?あれは?」

会話に入り込んできた鴆を目敏く見つけた雲雀に、あいつはあの二人に夢中。こっちに目なんてくれちゃいないぜと、訳の分からない答を返してくる。

「……いや。正格に言えばあいつがひかれてんのは、途中から入ってきたあの男の方だと思うぜ」

訂正を入れたシャマルに詳しく話せと言うように、リボーンは銃をちらつかせている。

「俺も一目見て驚いたんだが……あの小僧、かなり強い陽の力の塊だぞ」

「……へぇ」

「なっ……何だと?!」

リボーンにはよく理解できなかったが雲雀と鴆には伝わったらしい。

詳しく説明しろと目で雲雀に促すと、溜息を一つ零して、雲雀は口を開いた。

「“陽“の力。使えるものは昨今じゃ滅多にいないからね。分からないのも無理ないけど。妖怪の「妖気」や「畏れ」なんて物とは対極に位置する力だよ」

「そしてその関係は婆娑羅やケガレにも言える。あいつらは広義でいやぁ「悪霊」なんだ。そういう意味では妖怪と同類とも言える。そういう理由もあって、妖怪を退治する奴らもケガレを祓う奴らも皆一緒くたで「陰陽師」なんて呼ばれてんのさ」

雲雀に続けて微かに笑みを浮かべながらシャマルが続けると、話を聞いていた鴆が一人納得したように頷いている。

「なるほどな。陰陽師の話は置いとくとして、つまりその坊主の“陽“の力で婆娑羅とやらを殺そうってことか?」

「……いや、無理だ」

自信満々で出した答をすぐさまシャマルに否定され鴆は僅かに眉を寄せるが、気にすることなくシャマルは続けた。

「俺には婆娑羅の殺し方は分からん。確か特殊な武器がいるって聞いた覚えがあるがそれだけだ。第一あの坊主の力はあの婆娑羅にはほとんど効果は無いと言って良い。せいぜい出来て戸惑わせることぐらいだ」

そして……戸惑っているが為に今あれは動きを止めている。その状態をどうにか維持できている間に動かなくてはいけないのは確かだ。

「じゃあどうする?あいつをあのままにしていたら、いつかは喰われんのは分かっているぞ?」

リボーンが声に苛立ちを滲ませて銃を構える。その様子をじっと見ながら……シャマルは覚悟を決めた。

「死ぬ気弾を使うしかねぇ」

 

シャマルの発した言葉に、リボーンは気づけば、シャマルの額に銃を押し当てていた。

「シャマル。おめぇふざけてんのか?」

リボーンから見れば、死ぬ気弾によって綱吉は婆娑羅になったと言っても良い。

いつから彼が婆娑羅だったのかは分からないが、死ぬ気弾の潜在能力の制御を取り外す作用が、綱吉の中にあった妖怪の力を目覚めさせ、婆娑羅の力にまで作用した。それがリボーンの見立てだった。

「違ぇんなら答えやがれ」

「……相変わらず、すげぇ考察力だな」

率直な言葉はまごう事なき肯定だ。そこまで理解していてしかし、シャマルはそれ以外の方法は考えられなかった。

「俺達じゃあ、婆娑羅には手も足も出ねぇ。それはあの早さを見りゃあ分んだろ。力だって圧倒的な差がある。あいつ自身に抑えさせるにしても、まともなやり方じゃあ、婆娑羅を抑える事は無理だ。力の大きさも向こうが上。……人だろうが妖怪だろうが、そこはあまり関係無い。婆娑羅は間違いなく、妖怪よりも上位な存在だからな」

惑うこと無く言い切り、彼等の表情を見渡してから、更にシャマルは言い放った。

「だからこそ、死ぬ気弾を使って妖怪の力の制御を取り外す。もうそれしか方法はねぇ」

「バ……バカを言うなっ!!」

その答えに異を唱えたのは潰れた鴉。荒い息を吐き出しながら、それは体を震わせる。

「あやつの力を解放するなど……制御出来る訳が無い!何の為に牛鬼が封をしたと思っているのだ!?止めさせろ!雲雀っ!殺されるだけだっ!?」

「心配ねぇ。このままじゃどっちにしろ、やられるだけだ」

鴉からすればその言葉は全く理解できない論理だったのだろうが、雲雀はその答えに同調した。

「なるほど。まぁ……そうだね」

自然と一致してしまったその場の意見に、そうでなくとも時間はない。選択肢が無い現状で、リボーンは確かめるようにシャマルに問うた。

「元のツナに戻れる可能性は……どれぐらいある?」

「暴走した妖怪の力が、婆娑羅の力を上回り、かつ、それを制御することが出来れば……或いは、な」

それは明確な予測。何一つ、確定などない。

それでもやるしか無いほど、追い詰められている。それが現実だった。

 

 

『助けに来たぞーっ!』

扉を破って男が入ってきた瞬間、俺の中に、何かが駆け巡ったような気がした。

(まさか……まだ残っているのか?)

僅かな逡巡の間に一つの可能性に辿り着いて、俺は顔を歪める。

「もう一人の俺」。虎狼狸(ころうり)、緋眼と呼ばれる妖としての俺の人格。そんな塵芥と同等の物は目が醒めた直後に消し去った筈だったが……。

(この男の言葉に、反応して……いや!)

チラリと男と並びそこに立つもう一人の男。まだ幼さの残る顔立ちながらも、精悍な面差しのそれもまた、俺に不可解な言葉を投げつけた存在だった。

『俺さ。あんたより……雲雀の方が怖ぇわ』

人を喰らう婆娑羅である俺を目の前にして、からりと笑った男の顔を思い出すだけで、肌をゾワゾワと粟立つような不快な感覚がある。

(この男、()()()()()()!?)

理解できないそれらに眉を寄せながらも、俺はふとここにいる三人以外の人間が目の届く場所にいないことに気づいた。この部屋から出て行ったわけではない。

臆して物陰にでも隠れたのか。

(それとも……)

ぐるりと視線だけで部屋を見回す。人の視点では部屋全体を見ることは出来ないだろうが、婆娑羅である身には関係は無い。

見つけた。端の方に一塊になり、何かを話し込んでいるようだ。話の内容まで聞き取ろうかと耳をすます。

しかし意識を向こう側へ転じたその隙を突くかのように、視界の端に駆け出す少年が入った。

「……っ、果てろ!」

銀髪の少年がこちらに向けて何かを放り投げた。

鼻につく火薬の匂いにその用途を悟り、溜息をつく。

自分には脅威にはならない。三人いる子どもの内、最も遅くに部屋に入ったあの不可解な少年に向けて、素手で投げ渡す。知能が低そうな言動はするものの、その危険度は理解できたのか、咄嗟に躱そうと大きな隙が出来る。その瞬間俺はその懐に入り込み、貫手で心臓を貫こうとした。

「しまった!先輩!?」

「芝生頭っ!!」

傍にいた二人の子どもの悲鳴という極上のスパイスに、俺は先ほどまでの違和感を忘れ、歓喜の笑みを浮かべた。

(これだけの強い力、さぞかし美味いだろうなぁ)

その瞬間を思い、血肉を抉り出そうとした耳に。

 

ドンと、その音は届いた。

 

ここで話は少しそれるが、理科の授業でこんなことを聞いたことはないだろうか。

音が伝わる早さは、一秒間で300メートルほどであると。

分かり易いのが落雷である。

遠くで起きた落雷の場合、光ってから音が鳴るまで僅かな間が出来るのだ。

その間の時間を計ることで、大体の落雷地点との距離が分かるという話である。

 

今回、この場で起こったことはそれとよく似ていた。

「沢田!手加減はせんぞ!!」

高速の早さで了平に向かった死ぬ気弾は、その着弾音との間に時間を作るほどの早さで了平を射貫いていた。額と、拳の二カ所を。

「拳に打てば、ゲンコツ弾だ」

後方からリボーンの声が届いたが、この時の綱吉にはその声に構う暇はなかった。

死ぬ気になった笹川了平は迷うことなく、巨大化した拳で綱吉に一撃を入れたのである。

無論その一撃は、綱吉には脅威とはなり得ない。僅かにその変化に動揺はしたものの、平然と拳を受け止めていた。

「ぬうっ?!」

悔しそうに歯噛みする男に笑みを浮かべ、更に力を込め、拳を破壊しようとした。

後方のリボーンから……完全に注意を逸らし。

 

 

「死ぬ気で戻ってこい……!“ツキ“……!!」

その瞬間を……リボーンは待っていた。

ズドンと後方から額へ死ぬ気弾が撃ち込まれた。

その場にいた者達が、息をのんだ。

 

前後左右上下。全ての感覚がない空間にいた俺は、何かの音を聞いた気がして、目を開いた。

その眼に飛び込んできたのは、禍々しいほどの赤。

白い石畳に生えた赤色と、黒い空間の中に静かに積もる山吹に、俺は自然と顔を険しくさせた。

この色の配色はもう見たくなかった。己の罪だと分かっていても。

「……いいや、分かっちゃいないさ」

耳に飛び込んできた声に、顔を上げた。石畳の先の石段の上。そこに座りこむ一つの影に、俺は知らず知らずに息をのむ。

「これに、罪悪感を感じている時点で、お前は俺を分かっちゃいない……そうだろう?」

にやりと嗤うのは、変化を解いた俺と全く同じ顔。

ただその髪は薄金の中に所々黒い部分が斑のように混じり、まるで虎柄のような配色となっていた。

頬には三本の髭。目は鋭くつり上がり、代赭色に輝いている。大層愉快だと言うことを隠しもせず嗤う口元の犬歯は牙のように鋭く、人とはかけ離れた姿はまるで獣。……いや、「虎狼狸」と呼ばれるその姿は、紛れもなく獣だった。

「全くみっともねぇな……失望させんなよ「俺」」

足を組む動作に合わせて、ユラリと彼に付き従うように揺れるのは彼自身から出る三本の尾。

それぞれ、虎、狼、狸のそれが、バラバラに絡まり合い、地を撫でる。

「また、助けて欲しいのか?」

小馬鹿にするような態度に、俺は静かに言い返した。

「俺はお前に助けを求めたことなんて、一度もない」

俺の返答が気にくわないのか、僅かに彼は鼻をならし、俺を睨みつける。

だがこの空間ではそもそも、俺とこいつは勝負にならない。それをこいつも知っているのだろう。

殺気を飛ばすことはせず、ククッと、笑い出した。

「助けを求めた事は無い。確かにそうだな。……だが、俺が助けなければ死んでいた。忘れたとは言わせないぞ?」

その言葉に、今度は俺が唇をかんだ。確かに俺はリボーンが来てから二度、こいつの力を借りている。

一度目は自発的に、二度目は無意識に。

それを一番分かっているのは使われたこいつ自身だ。

恩着せがましく、言い聞かせるこいつの声が俺の頭を譲った。

「ひでぇよなぁお前も。俺を出すのは拒むくせに、必要なときは俺の力を振るおうとする。たかが人間を助けるために?自分の命まで盾にして脅迫するなんざ、見てて哀れみさえ湧いてくるぜ」

「たかがなんかじゃない……!」

せせら笑う存在に言い返せば、ダハッと息を吹き出して、続けた。

「たかがだろ?どうせ百年かそこらだ。弱い上に短い。それが人間さ。お前だって分かってんだろう?」

立ち上がったそれは次の瞬間、俺の目の前にいた。その早さに思わず息をのむが、吞まれる訳にはいかなかった。

ここで吞まれたらどうなるか、それは俺がよく分かっている。こいつに表層意識を乗っ取られたら、己が化け物だとバレる……それだけでは絶対に済まない。

「それに今のままならどうせ、化け物に変わった「人間」のお前に喰われる……なぁ、そうだろう?」

その言葉に俺は応えられなかった。何一つ間違ってはいない。

このまま俺が何もしなければ、彼らは「人間」の俺からあの時変じた化け物に……婆娑羅に喰われる。

彼らを助けるには俺の力だけでは足りない。……分かってはいるのだ。彼に助けてもらわなければならない現状も。

「それでも…皆を傷つけようとする、お前を出すことだけは出来ない!」

「随分と烏滸(おこ)がましいな。また力だけを貸せと言うことか?」

くくっと笑い声を上げる獣を、俺はジッと見つめた。

勝機はきわめて薄い。それでもやるしかなかった。

無言を貫く俺に、尚もそれは続ける。

「力を貸して得になることもない。そんな頼み事を聞いてやるほどの優しさが「俺」にあると、本気で思うのか?」

代赭色の瞳が縦に伸びる。虎狼狸としての本能が牙をむいた瞬間だった。

「……グアッ?!」

首筋に走った焼けるような痛み。それに必死に耐え、俺は己に言い聞かせていた。

(現実じゃない……!)

ここは、俺の……嘗てツキと呼ばれた、緋眼の精神世界だ。嘗てはこいつの他に、人の俺ともこの場所で会えたのだが、七年前からは降りてもこいつにしか会えなくなった。

俺とこいつはお世辞にも仲が良いとは言い難く、合う度に喧嘩が起こるので、鯉伴にであってからこっちは、滅多に訪れることがなかった。しかしこの一年……正確にはリボーンが来てから、俺はこいつに二度助けられている。

一度目は山本が自殺しようとした時、俺は俺の体の死を盾に脅迫して、こいつの爪を借り受けた。

二度目はビアンキが初めて家に来た日。

俺はビアンキを畏れ、血を騒がし……咄嗟にここへ逃げ込んだ。それと入れ替わるように、こいつは俺の表層意識を一時的に手に入れた。

下手に入れ替わればあの時と同じ結果になると思うつもりはない。

上下関係が形成されれば俺がずっとここへ閉じ込められるという選択肢もうまれるのだ。

「なぁ答えろよ。「理性」の俺」

淡々と続ける俺の姿に、叫びたくなるような恐怖を感じる。しかし俺は必死に悲鳴を噛み殺した。

「確かに……得なんか、何もないのかもしれない。……でも!」

はっと息を吸い込む。

頭に浮かんだのは、幼い記憶だ。もうほとんどの人の顔は思い出せない。奴良組に来る()()の記憶。

「俺は守りたいんだ!皆が俺を守ってくれたように!()()が俺を、守ってくれたように!!」

『いつか会えるよ。護りたいと思うだけじゃない。護りたいと思ってくれる、そんな家族(ファミリー)が、きっと、君にも出来るから』

幼い俺に向けて、コザが俺の最初の育ての親が言ってくれた言葉。あの頃はまだ人間と妖怪の違いなど、俺は知らなかった。だから……俺が思っている以上に、彼らとの別れが早いなどと俺は思いもしなかったのだ。

あの人の顔ももうほとんど思い出せない。覚えているのは、夕日のような赤い髪と瞳。そしてその瞳の中におかしな模様があったことだけ。

「鯉伴様が……俺に言ったあの言葉を裏切りたくないんだ……!」

『大事な仲間(百鬼)の為なら命をはれる、俺は、お前もそうだと思っている』

薄らと笑みを浮かべて、頭を撫でてくれた大きな掌。そこに包まれる事はもう出来ない。分かっている。だからこそ。

「俺は皆を守りたい!皆が俺を守ろうとしてくれているように!!」

気付かないはずが無いという、確信はあった。なぜなら。

「だから……力を渡せ!!「本性」の俺!!!」

こいつは俺なのだから。

痛みて滲んだ視界の中で、「本性」の俺が顔を歪めた気がした。

 

 

 

死ぬ気弾が撃ち込まれた体は普通ならば、一度死に、後悔とともに復活するのだ。後悔した内容をやり遂げる為に。

しかし、死ぬ気弾を撃たれた婆娑羅は最初の最初でその常識を覆してきた。蹈鞴を踏んで、耐えたのである。

「グッ?!……貴様らっ!」

しかし、明らかにその後の様子には変化が現れていた。

ぶわりと、風の流れの無いはずの部屋の中で!突如突風が巻き起こる。その発生源である婆娑羅の足下には、赤い光源が現れていた。

(なにが起きてやがる……!?)

確かめようと目を開こうとしても、後方のリボーン達では突風が視界を阻み、細部を見通す事が出来ない。前方の山本達は逆に強い光に目が眩んでいるのか、まともに目を開けられていないようだった。あれでは相手が攻勢に出たときに逃げることも出来なくなるだろう。

(まじぃな……!)

その現状に危機感を抱くも、リボーンに出来ることは何もない。……信じて見守ることだけだ。

婆娑羅はまるで苦しんでいるかのように、体を丸め、切れ切れに苦悶の声を漏らす。ガクガクと震えを走らせる度に、目に見えて体に変化が生じた。

一度目の震えで、褐色の腕空鋭利な爪が伸び、二度目の震えで口元に鋭い牙が覗く。

それが何を表しているのか、婆娑羅の綱吉も気づいたのだろう。怒りを隠しもしない声音で、怨嗟を撒き散らした。

「死に……損ないのっ……塵芥が……オノレッ……!!」

ビクンと、三度目の震えで目の瞳孔が白に変わった。代謝の瞳は猫のように縦に鋭くつり上がり、頬には三本の髭が伸びる。大きく見開かれた瞳は虚空を彷徨っていたが、再び大きく震えた瞬間、ざわりと空気を揺らしていた。光源が、それに合わさるかのように見る見るうちに収束していく。

「……虎狼狸」

いみじくも、最初に声を上げたのは鴉天狗だった。

薄金の髪には、斑模様に黒色が混じっている。ぼんやりと周囲を見渡すその目が焦点を結ぶ瞬間を、リボーン達は息をのんで待っていた。

この姿の彼が、自分達の知る彼という確証は無い。

もしかしたら、婆娑羅以上の危険な存在である可能性もあるのだ。

ドクンドクンと彼らが心臓を高鳴らせる中。

「十代目ぇー!!」

「ツナァッ!!」

「極限に心配したぞ沢田ぁ!!」

後先を考えないバカ三人が見事に暴走した。

「………え?  うぎゃあーっ!!」

焦点が合い、意識を取り戻した瞬間に、比喩ではなく、人間の波に溺れた彼は悲鳴と共に…耳と尾を表出させていた。

 

「ねぇ。虎狼狸って確か、残虐非道で、情の欠片も無い生き物じゃなかったっけ?」

三人にもみくちゃにされ、混乱のあまり泣き始めた妖怪である筈の少年を見ながら、雲雀は一気に肩の力が抜けるのを感じた。

「……そうなのか」

思わず合いの手を入れたリボーンも同じ心境だったのだろう。そう……。

(馬鹿馬鹿しい……!!)

「どうやらドクロ病は、見事に完治しちまったみてぇだなぁ?……これも妖怪の力なのか」

若しくは婆娑羅の力の影響か。

敢えて後ろのその部分は口には出さず、すっかりお役御免となったシャマルは、さて帰るかと踵を返す。

おそらくリボーンにかかれば、町からは出して貰えないだろうが、何はともあれ、この混沌とした空間から早いところ抜け出してしまいたかった。

そんな彼らと同じように、すっかり脱力してしまった鴆と鴉天狗もまた、これからのことを話し合っていた。

「あの様子を見るに、牛鬼の術は解けているのか……しかし、本性が現れているにしては、性格がまるで変わっていないのはおかしな物だが……」

「どちらにしろ、何の報告もしないって訳には行かねぇんだろう?どうすんだよ」

泣き出した虎狼狸に慌てふためき、代わる代わるに声をかけ始める人間の子供達の姿を横目に見ながら、無論と、鴉天狗は続けた。

「報告はする。あやつにかけられた術が解けた事実も、ケガレ堕ちの儀とやらのことも、あの婆娑羅と言う姿の危険性もな。……但し、総大将と達磨を含む、一部の幹部にのみじゃ」

暗に、総会で取り上げる気は無いという鴉の言葉の続きには、彼なりの慎重な姿勢があった。

「我々は知らねばなるまい。七年前のあの日、誰がどのような目的を持って動いていたのか。知らぬうちは、あれを処刑することは組にとっても損害にしかならん」

あくまで冷静に物事を見極めると続ける鴉天狗の背後で、ついに虎狼狸が声を上げた。

「どうしよう!耳と尾が消えない……っ!」

感情の振り幅が制御できなくなっているのか、おかしなテンションで泣き続ける子どもの泣き声に、我慢の限界が振り切れたのか、ついにきょうやが立ち上がった。

「……おとすよ赤ん坊。いいね?」

トンファーを構えながら問う姿は、問いかけよりも確認に近い。リボーンも、宥めるよりはそうした方が早いと判断したのか、一もにも無く頷いた。

「あぁ。良いぞ。……責任を持って連れて帰る」

 

……こうしてこの一件は、俺が意識を失うことによって、最後は幕を閉じたのである。

 




……あれ?
なんかおかしくね?(苦笑)
そう思った方すいません。
ツッコミどころも色々あるかもしれませんが、今は詮索しないでくれると嬉しいです。

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