緋眼の裔   作:雪宮春夏

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こんばんわ。雪宮春夏です。
この話から、この物語初の、「続き物」となります。
三話完結予定ですが、予定は未定です。いつも通りに。
更にいろいろ伏線をばらまく予定なので、どうぞよろしくお願いします。


第ⅩⅢ話 体育祭

あの後未だに雲雀からの接触はない。

リボーンの言うように、積極的に俺を殺さなければいけないという、緊迫した状況にあるわけではないと証明されたと言うことだろうか。

しかし再び彼らに注視されているのが確かなら、下手に目立つことは避けるべきだろう。

リボーンが来る以前のようにひっそりと、学校生活を送るのが確実に……。

「総大将は……沢田ツナだ!!」

安全な道なのだが……それが難しい。

「分かってんじゃねぇか!芝生頭」

それまでこの集まりに乗り気で無かった獄寺が、この言葉を聞いて目の色を変える。

俺至上主義は健在であった。

「おおっ!凄ぇな!ツナ!!」

獄寺ほどでは無いが、何故か山本も自分の事のように喜んでいる。

この二人もあの事件に関わっていたのだが、俺に対する態度はあれからも変化は無い。

リボーンがうまく誤魔化してくれたのか。それとも……。

(それとも?……もしそうじゃなかったら、俺はどうするつもりなんだろう?)

思わずその先を考えて、俺は自ら考えを打ち消した。

あり得ないし、気付かれているわけは無い。……よしんばリボーンが気づいていたとしても、話している筈はないのだ。

敢えて主語を頭に浮かべないようにして考えていた俺の耳に、壇上から声が響いた。

「賛成の者は手を上げろ!」

その声の主は笹川了平。

俺と同じクラスである笹川京子の兄で、紆余曲折あり、俺とも親好を持った人物である。

「……って、何の話?」

思考を明後日の方向に飛ばしていた俺は、咄嗟に把握できずに呆けた声を上げた。それに苦笑を零した山本はにへらと顔を緩める。

「また飛んでたのなぁ。ツナは」

「流石です!十代目!気にするまでもないという余裕っすね!!」

何故か感心の色の濃い二人に首を傾げると、再び了平の怒号が響く。

「手を上げんかぁ!!」

その迫力に負けたのか、一気に周りにいた子供達の手がばっと上がった。因みにその表情は恐怖からか引きつっているものが多い。

(会議って、なんだっけ……)

その様子に独裁者の三文字が脳裏を掠め、俺は頭を抱えていた。

「うむ。この様子なら、すぐに過半数だな」

満足げに頷く了平をよそに、そもそもの議題を聞き流していた俺が問いかけるように二人に眼を向けると。

「……十代目(ツナ)を総大将にするか、どうかって会議ですよ(なのな)」

「……ねぇ。それ、俺の意志は?」

思わず問いかけた俺の反応は普通な物である……はずだ。おそらく。

 

「総大将って、言ったらボスだな」

帰り道。どこから聞きつけたのか、本日俺の意見の酌量無しで可決された議案を持って、リボーンは含み笑う。

「勝てよツナ。これも組の繁栄を取り戻す第一歩だぞ」

思わず返す言葉に困る。…本当にこいつはどこまで知っているんだろうか。

結局あれ以降、リボーンからも雲雀との一件についての話題は無い。

あの直後の苦し紛れの言い訳で納得してくれると思うほど、俺は楽天家のつもりは無い。しかし下手な爆弾を出したく無い以上余計な事を言えないのも、また確かだった。

結果として俺が出来るのは無言を貫くことだけ。リボーンもそこまで読めているのか、いつものように笑みを浮かべるだけで、それ以上は突っ込んでこない。

無言に満ちた帰り道に終止符を打ったのは、何とも気の抜ける呼び声だった。

「ツーナさーん!」

それは少し前に俺に惚れたと宣言した、三浦ハルと言う少女のもの。しかし見晴らしの良いはずの道の真ん中でありながら、彼女の姿は見えない。彼女の声が聞こえるのみである。

どうしたことかときょろきょろ辺りを見回すと……再び。

「ここでーす!助けて下さーい!!」

何とも切羽詰まった内容……ながらも間延びした声の影響か、全く危機感の感じにくい救命要請が聞こえる。

「あそこだぞ」

一足先に見つけたのか……もしやはじめから分かっていたのか、リボーンが指し示したのは電柱だった。

「………へ?」

一見どこにでもあるありふれた電柱である。

しかし根元から視線を上に向けていくと……件の少女がしがみついていた。

「……何やってるの?」

呟いた声は呆れも混じり、かなり冷たいものだっただろう。

少女の方もそれには気付いたのか、萎れた様子で事情を話した。

「すいません。ツナさんが棒倒しをやるって聞いて。その大変さを知るために、ハルも登ってみようと思ったんです」

なるほど。百聞は一見にしかず。その考え方は間違っていないだろう。

(だけど……それでも電柱って、危なくない?)

下手をすれば感電死である。

表面上にも呆れは見て取れたのだろうが、ハルが降りてくる気配は無い。俺に見つかった……というよりは自ら声をかけたのだから、俺を見つけた、だが。それ以上、電柱に登り続けるメリットはないはずである。

ふと頭をある可能性が過ぎったが、子供といえども既に妖怪で言えば成人間近の年、いくら何でもそれは無いだろうと否定しつつ、その可能性を否定して貰うためにもハルに向けて問いかけていた。

「降りられなくなったなんてこと、ないよね?」

「……すいません。降ろしてください」

……返ってきたのは肯定だった。

 

 

「おめぇら、夫婦になっちまったらどうだ?似たもの同士で気が会うかもしれねぇぞ」

手を貸すわけでもなく、俺がハルを助ける一部始終をただ見ていたリボーンの、開口一番がこれである。

「はぁっ?! お前冗談も大概にしろよ!」

「そんなぁ。ハル、照れちゃいますよぅ」

返ってきた答はまるで真逆。見ていて面白いなと、ひっそりとリボーンが考えたことを、綱吉はまだ知る由もない。

「あっ!十代目ぇ~!!」

「ツーナーっ!見つけたのなぁ!!」

悪気の無さそうなリボーンの様子に、溜息をついていると、今度は聞き覚えのありすぎる声が背後からかかる。

(いや、疫病神とまでは言う気は無いけどさ)

しかしながら彼らとリボーンの組み合わせは、今の所俺にとってはトラブルの要因にしかなっていない様な気がする。

二人ともリボーンの言動にのせられやすく、俺の制止は聞きにくい。

いつもならば、二人の時は獄寺が一方的に山本へ突っかかっているという構図がほとんどなのだが、今回は表面上は二人仲良く歩いている。

(あれ?)

その本来ならばあり得ない光景に、思わず固まりかけた俺の耳に、三人目の声が飛び込んできた。

「そこにいたか~っ!沢田ぁ!!」

現れたのは件の独裁者。しかも。

「何あれ」

何故か大きな木の棒を、脇に抱えて歩いている。

最初に会ったときと同じようにキラキラと輝く目は、寧ろ苦手意識を通り越し、おかしな怒りを覚えかねない。

「何でいるんですか。お兄さん」

思わず呟いた声は相手にしっかりと届いたのだろう。

「当たり前だろう!極限に、棒倒しの練習だ!!」

……聞かなきゃ良かった。

思わず俺は後悔の念に襲われた。

 

37度8分。体温計が示した数字に、俺の表情は明るくなった。

「助かった」

思わず安堵の溜息を吐き出した俺の心情は、どうか察して欲しい。あの後やる気に燃える3人に連れられ、河原で練習を試みるも、チームワークもバラバラで、満足に棒を支えることも出来ない彼らによって、俺は川に落下した。

怪我の功名と言うべきか、発熱の原因となったそれには感謝くらいはしたいところだ。

あのチームワークで他者と戦うとなれば、単に転ぶ云々では済まない気がする。

早速母さんに頼んで欠席の連絡を入れてもらおうと、ゆっくりとした足取りで階段を降りていく。

(あれ?……なんか妙に騒がしい?)

体育祭が行われる本日は休日だが、この家に暮らしていて学校へ行っているのは俺だけなので、普段と変わらないはずだ。それなのに普段にはない賑やかさに首を傾げて、俺は台所へ顔を出し……叫んだ。

「何してんの~っ!!」

台所に立っていたのは母……沢田奈々……そこまでは良い。

しかしその横でポイズン・クッキングを作っているビアンキ、母さんとビアンキの料理を区別せずに重箱に詰めるハル。

居候になって何日か経つランボは流石に学習したのか、目敏く安全なものだけを選んで摘まんでいるが……。

(いやいや、そうじゃなくて!!)

あまりの信じがたい光景に思考を明後日の所へ飛ばしていた俺は改めて現実を確認して、頭を抱えた。

「あら?やっと起きたの。総大将さん!」

俺の心情など露知らず。朗らかな笑顔を浮かべながら、彼女は追い討ちをかける。

「今日は特別な日だから、奮発したのよ!楽しみにしていてね!!」

浮かべられた本当に嬉しそうな笑みに、俺の中からこみ上げるのは罪悪感だ。本来ならば彼女はこんな日常を「本当」の綱吉と送っていた筈なのに……その僅かな後ろめたさから、俺は言葉を零せなくなる。

「じゃあ、ハル達も後から行きますからね!また会いましょう!!」

そんなひと言と共に、着替えさせられた俺は玄関から外へ追い出されていた。

強く抵抗することも出来なかった俺は、ぼんやりとした思考のままはぁっと溜息をこぼす。

(仕方ない……奈々さんには悪いけど、保健室で休んでよう。先生にちゃんと伝えていれば、そこまで強くは言われないはずだし)

まとまらない思考でそう結論づけ、俺は覚束無い足取りで、学校へ向かい出す。

後から思えばこの時、俺はとんでもない道を選択してしまっていた。

妖怪である俺は、川に落ちた程度では風邪などひかない。そんな当然のことさえ失念していたのだ。

この選択がどんな結果を招いたのかは、この一日が全て終わった時に明らかになるだろう。

 

 

(あぁ……俺は間違えていたんだ)

熱でまとまらない思考までもこれだけは分かった。

獄寺と山本、リボーンの組み合わせが悪いなんてとんでもない。

(それ以上に怒った獄寺君とお兄さんの組み合わせは拙すぎた…!)

はじまりが先ず何かと聞かれたら、保健室へ向かう前に笹川京子に会ってしまったことだろう。

彼女は中学になって初めての、それも兄と共に過ごせる学校行事を楽しみにしていたのか、態々総大将とされた俺に必勝のはちまきをつくってきてくれたのだ。

「頑張ってね」

満面の笑みは、ぼやけた意識も手伝って、記憶の中の彼女と判別が出来なくなっており……。

「お任せ下さい!」

明らかに現在と異なる口調で、即答してしまった。……後悔しても既に遅い。

その後の時間の流れは酷く曖昧だが、いつの間にか体育祭は始まっていて、俺の調子の悪さを体力温存と解釈して好意的に受け止める獄寺君と、同じ解釈で怒りを露わにするお兄さんがぶつかり、C組の総大将を伸してしまったのが現在。

「何やってんだよ……」

いつものように、叫ぶ気力もない。

(この風邪……明日には悪化しているんじゃなかろうか)

現状の悪さも手伝い、既に心は諦観の境地だ。

しかし現実は、俺の心情など見向きもせずに進んでいく。

B組の総大将が、俺に頼まれたある生徒によって襲撃されたのだという。因みに目撃者は、老人に扮したリボーン。……自作自演百%。

(あれ、なんだか頭痛までしてきた)

「見たか!これがうちのやり方だ!!」

頭を抑える俺の横で、お兄さんが堂々と公言している以上、どんな言い訳も通らないだろう。

(全校生徒の恨みを買って、なにがしたいんだ?この人達)

ついそう思ったのは、他人事の様な感覚があるからか。

現実味を感じられない思考に、俺の容態は思った以上に悪いのかもしれない。

 

 

俺以外の二クラスの総大将が出場不可になっている現状で、さて棒倒しはどうするのかと、昼食時間に会議が行われるらしい。

その最中でも、俺の周りには騒ぎが起きていた。

「A組総大将、沢田が今度は毒を盛ったぞー!!」

どこから出したのか、拡声器を片手に、言いふらすリボーンに、是非とも訂正したい。

毒を盛ったのはビアンキだと。ビアンキのポイズン・クッキングだと。

「お前……もういい加減にしろよ……っ?!」

頭痛、立ちくらみ、耳鳴り等々、朝からどんどん体調の悪化が増していた俺は敵を煽り続けるリボーンに、怒鳴ろうとして……くらりと、一瞬意識を飛ばした。

「……ツナ?」

思わず立ち上がろうとしていた俺は、そのまま蹲る様に敷物の上へと座り込んだ。

「あら、つっ君大丈夫?」

俺の異変に気付いたのか、近寄ろうとする奈々さんに、咄嗟に、「平気!」と答を返す。

しかしまだ、心臓の鼓動は早いし、頭の痛みは治まらない。これ以上下手にここに留まれば、ハル達にもボロが出そうで、俺は慌てて立ち上がった。

いっそのこと、倒れた方が楽な可能性もあるが、そうなったとき、リボーン達が撒き散らした、このA組チームへの敵意はどうなるのだろう。

その行き先が分からない以上、俺が抜けるのは危険だろう。いろいろな意味で。

 

フラフラと歩いていくツナの背中に、まさか本当に体調が悪いのかと、リボーンは危惧を抱いた。

沢田綱吉。表向きでは沢田家の一子として暮らしている彼だが、その実際はおそらく人間ではない。

妖怪。そう呼ばれる類の生き物だろう。

「緋眼」「コロウリ」……それらが種族を表す名前なのか、当人の名前なのか、それともなんらかの称号なのかは知らないが、未来の当人から聞いた名前は「ツキ」だという。

前者二つとは異なり、人として名乗ってもおかしくない名前に、現代のあいつも反応していたから、咄嗟のでっち上げのせんはすぐに消えた。

前者二つに対しては雲雀の「緋眼」には反応したものの、未来のランボが漏らした「コロウリ」という言葉には本気で首を傾げる始末。

己の中にいる他の人格にも、気づいていない様子から考えても、この子供は自分自身のことさえ満足に理解していないのではないかと言うところが、現在のリボーンの結論だった。

そんな己の状態も満足に把握できないあいつをもって、体調が悪いとくれば、その状態は決して軽いものではないだろう。

(それとも……死ぬ気弾の影響か?あいつは何度か、死ぬ気弾を受けて体調を崩したことがある。いくらボンゴレといえども人外に打ち込んだ前例はねぇ……。もう少しばかり慎重に行くべきだったか)

九代目は体調は今の所万全ではあるが、かなりの高齢に達している。本部の連中が手塩にかけて育ててきた十代目候補が次々と倒れ、それまで日の当たるところにいなかった綱吉を引っ張ってきた時点で、時間などあまり残されてはいないというのが正直なところだ。

(できる限り駆け足でやって来た分、あいつ自身の体質のことやらをおざなりにしちまったことは確かだ。……もう少し余裕を見るべきだったか)

ボンゴレ崩壊の足音に、余裕を持てていなかったのは己も入るのかもしれないと、自覚を抱きながら、リボーンは、目下の問題に思考を移す。

午後一番に始まる棒倒しは既に棄権する方が危ない情勢と言っても良い。

敵意を散々集めたリボーンが、言える言葉ではないが、それは綱吉も分かっているのだろう。

闇に乗じた闇討ちまでは、リボーンの対処のしようもなくなるからだ。

(しかし、ツナの体調が思わしくねぇ以上、何とか負担の少ないやり方で勝つしかねぇな。……確かこの時間の間に代表者による話し合いがもたれる筈だ)

本来ならこの話し合いの代表者も、総大将が務めるのが筋ではあるが、周知の通りA組の総大将は、他クラスの敵意を一身に集めている身の上である。

一応話し合いを円滑に進めるために教師がいるからと言っても、相手はどちらも三年生。

一年である綱吉では、袋だたきか、つるし上げが関の山である。

だからこそ、話し合いには三年相手でも対等にやり合える了平が向かった筈だが……。

(あいつは人のことよりも己の燃える状況になることを優先する性質がある。それがどんな方向にいくかだな……)

仕方ないと溜息をついて、リボーンは物陰に隠れ、素早く着慣れた衣装を身に纏う。

綱吉にはすぐにバレるが、了平の敬愛するパオパオ老師だ。

(少しばかりツナにやりやすいように、誘導するしかねぇか)

 

「協議の結果、棒倒しはA組対B組とC組の選抜合同チームによる実施が決定しました」

放送を耳にしながら、A組の面々はそのあまりに大きな不利を背負うことになる決定に戸惑いの声を漏らす。

「選抜って、要するに数は同じでも強い奴らばっかりって状況だろ?」

「何でそんな……笹川先輩、数で押し切られたんですか……!」

「そうなんですか!先輩!!」

影を背負って戻ってきた了平に、事情を聞こうと何人もの生徒が取り囲んでいる。

笹川了平は滅茶苦茶な所が多いが、それ以上に人望も厚い人物なのだ。それを俺は、周りを囲む人々の数に確信していた。

「お前達…」

次に来るのは謝罪だろうか。皆そう考え込んでいた。

「それは違うぞ……極限に、俺が提案し!押し通してやったのだぁー!!」

チーム全員に打ち明けた了平の独断決定に、彼らは一様に驚愕の声を上げた。

思わずその声に耳鳴りを感じて、俺は顔をしかめる。

(何でそんな面倒なことを……!)

「一回で敵全てを倒した方が、手っ取り早いからに決まってんだろ?」

俺と同じことを問うた者がいたのか、棒倒し用の棒から何故か、リボーン扮するパオパオ老師が滑り降りた。

「流石師匠!俺もそう思っていた所です!!」

極限!と声を上げる彼は、リボーンにうまくコントロールされているように見える。

「まぁ……合同なだけよりはマシだよな?数は俺らと変わんねぇ訳だし」

山本は二人のフォローを入れようとしているようだが、俺は全く擁護する気にはなれない。

ここまで敵意を集めたのはリボーンで、元を正せば俺を総大将に指名したのは了平だ。

文句を言う気力は無いが、礼を述べる筋合いも無い。

一方この提案を無理矢理押し通された他チーム二組も、困惑していた。

選抜なのは良い。

強い精鋭達を憎きA組に送り込めるからだ。

しかしその中から総大将をたてるとなると難しい。

文句なしに強かった二人が二人とも倒され、それと同じ未来になるかもしれないと思いながら総大将に立候補するだけの度胸のある人物はが居なく、推薦と言う形にしても、実力が拮抗している者が多いので決めきれないというのが現状だ。

「どうするよ?」

誰にいうとも無しに呟いた言葉に、答えが返ってくるとは誰も思わなかったが。

「それ……僕がやるよ」

思いがけない相手から、その答えが返ってきた。

 

棒倒しの所定の位置……総大将である俺が棒の上に上がると、何故か向き合う棒の上に、近頃一度相まみえた、出来れば二度と会いたくなかった人が微笑を浮かべて見つめていた。

「ヒ……ヒバリサン」

「やぁ、数日ぶりだね。緋眼。相変わらず派手に動いている見たいじゃない」

きみ、反省って言葉知ってるかい?と、笑顔で尋ねる彼の目は全く笑っていない。あの時と同じ絶対零度だ。

しかし出来ることなら弁明させて欲しい。やったのはリボーンだと。俺自身は派手に動くつもりは全くないのだと。……多分聞く耳さえもってくれないだろうが。

(嘘だろ……本当に……どうすれば……!!)

ただでさえ酷い頭痛に、集中力など有って無きが如しだ。グルグルと無駄に回転する思考は、混乱状態一歩手前と言って良く、また進行の早さもまた無情だった。

準備が出来れば始まる。それが自然の摂理である。

「それでは……棒倒し。開始!」

アナウンスの号令と同時に、展開は早かった。

まるで砂糖に集る蟻。えさに群がる獣。……言い方は多々あるが、つまりはそう言うことである。

大群衆は守備と言う言葉を忘れたかのように、雪崩となって俺の座する棒へ突撃していく。

その勢いにA組の面々は及び腰がほとんどで、獄寺達でさえ、そんな人々に押され自由に動けない。

『戦いにビビっちゃあいかんぞ』

ふと遠い昔に、義理の祖父に言われた言葉を思い出す。

あの時は当たり前じゃないかと返した気がするが、ことは人と人の争いでも同じなのかもしれない。

特にこのような同規模、短時間の戦いにおいては……気後れした方が、圧し負ける。

つかの間、鮮明になった思考に、グラリと震動が重なる。

目眩や頭痛の類では無い。棒が人の波に押され、不安定に揺れているのだ。

(ちょっと待って……ここから落ちたら単なる怪我じゃ済まないんじゃ)

今まで鮮明な意識を保てなかったが故に、気づかなかった危険に、俺も顔色を変えた。

無論妖怪化すれば可能だろう。

死ぬ気弾無しでやることは、その後の問題を棚に上げればだが、山本を助けようとしたあの時に出来たのだ。今になって出来ないという道理はない。

しかし現状は目前に奴良組の関係者と思われる雲雀、周りに何もしらない一般人。……更に周囲には全く関係の無い大勢の観客。

……そんな状態で暴露できるほど、俺は考え無しにはなれない。

「十代目っ!」

「ツナ!無事か!?」

下の方では何とか棒に登ろうとする相手の数を減らそうとしているのか、棒にくっつく相手をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す二人の姿が。

「……マジか」

二人の協力はありがたいが、焼け石に水。ほんの一時しのぎにしかならない。

負ければ引きずり下ろされるか、落とされるか。

前者ならまだ良いが、現在の相手からの恨まれ具合なら突き落とされる可能性が圧倒的に高い。

ここで、いくら総大将を不意打ちで襲われたチームのメンバーでも、死ぬかもしれない高さから突き落とすというリスクの高い、下手をすれば殺人にとられかねないことを迷いも無く行うことはない。……それが一般人なら尚更、道徳観念から可能性は薄いということを、完全に失念している辺り、やはり俺はどこかおかしかった。

それに気付くことの無いまま、さっきからやけに研ぎ澄まされた思考能力で、何とか勝つための道を模索する。

しかし、俺が頭を悩ませている間でも、棒から登る者達は着々と俺との距離を詰めており、遂に俺の足首にまで手を伸ばした。

「うわっ?!」

寸でで気づいた俺は咄嗟に、足をずらして相手の手から逃れようとした。しかし、それとほとんど同時に、棒を掴んでいた手を別の人間手に捕まれる。

(落ちる……!)

グラリと、重力に引かれて落下する感覚……それを知覚した時、何故か時間の流れがゆっくりになったように感じた。

(なんかおかしい……ずっと感じていた痛みが、何もない)

心臓の鼓動も聞こえない。周りの音も、何もかも。開いているはずの瞳にも、何も見えない。

落下のショックで気を失ったのか。それも俺の中の何かが否定する。それならばここまで意識がはっきりしている筈がない。

「仕方ねぇな。手ぇ貸すぞ」

何もない空間の中で、はっきりと聞こえた声。

知っている。この声は、リボーンだ。

(だけど……)

言いようのない不安を、この時俺は感じた。

明らかに俺の何かがおかしかった。しかしそれを相手に伝える術は、俺には無く……。

ズガンと脳天に届く衝撃。しかしいつものように意識が遠くへ行く感覚はない。いつもなら微かに聞こえる周りの音は何もきこえない。

(どう……なって)

明らかにいつもと違う状況に、俺の中の不安はどんどん大きくなっていく。ドクドクと鼓動がやけに。

…………ドク

やけに。

……ドク

やけ……に。

ドク…………っ!

体を突き破るかのような鼓動の強さに、俺は体を仰け反らせた。ガクリと押し上げられた首筋が、マグマを押しつけられたかのように熱い。声なき悲鳴をあげた瞬間……俺は意識を失った。

 

 

ビクンと体を震わせた綱吉に、リボーンは違和感を覚えた。敵に引きずり下ろされようかとした綱吉に死ぬ気弾を放った直後の事である。

「……ツナ?」

咄嗟に呟いたリボーンの声が震えた。

体に氷の塊を押しつけられたかのように、ブルリと体が震える。周囲にいた生徒……山本や獄寺、笹川も違和感に気づいたのか、思わず手を止める。

「きみ……なんだい?」

図らずもグラウンド全体が無言に支配された瞬間、雲雀の声がいやにはっきりと響いた。

その時雲雀が何を思い、感じたかはリボーンには分からなかった。分かるのは起きた事象だけだ。

トンと沢田綱吉は、自ら棒の上から飛び降りたのだ。

「……ツナ!?」

咄害に自害かと焦ったがすぐさま否定する。

確かに綱吉はリボーンを好いては居ない。

しかしそれを理由に自ら命を絶とうとするほど、追い詰められても居ない筈だ。

その答は飛び降りた当人の口から発せられた。

「ゴクデラ」

しかしそれは。

「ヤマモト」

その声は明らかに綱吉のものとは違った。

声音は同じだ。しかしそこに込められている感情が、その存在から発せられる気配が、まるで違う。

まるでよく似た別人が、声を借りて喋っているような。

(そんな……気持ち悪さが……!)

ただ聞いているだけのリボーンでさえ、顔を青ざめた。

それに認識され名を呼ばれた二人には、どれほどの衝撃が走ったのかは分からない。

しかしそれは構うこと無く……続けた。

「カタ、カセ」

ダァンと鳴る音だけでも、衝撃が分かる。その中に二人がいたのかは分からないが、周囲の数十人の生徒たちが、グラウンドに力なく転がっている。

周りの被害に見向きもせず、ソレは口元に笑みを浮かべた。近くにいたら棒に突き刺さる音さえ聞こえたかもしれない。それほどの勢いがあったことは傍目にも分かった。

「ニゲンナヨ?……キョウヤ」

それが褐色の肌の上に浮かべたのは獣の笑みだった。

むき出しになった歯。そこにくっきりと見える、鋭く尖った犬歯を煌めかせ。

切れ長の瞳はまるで愉悦を感じているかのように、爛々と輝いている。

「っ……!!?」

遠目でもなまじ五感が優れる為にはっきりと認識したリボーンは、原状も忘れて魅入りかけ。

ビシリ……!

耳に届いたのか、切れ長の瞳を僅かに眇めたそれが、先ずそこを見た。その動きに、リボーンと同じように固まっているようだった雲雀が何かに気づいたかのように目を瞬かせた。

ビシリ……ビキッ……!!

次いで現状を正しく理解したのだろう雲雀が、勝利の笑みを浮かべ呟いた。

「…………きみ、やっぱりバカだよね」

バキィン……!!

フワリと、両者が宙を舞った。

結論を言ってしまえば、棒の方が耐えきれずに砕けたのだ。勿論審判もまた他の誰も、このような展開など予想していなかっただろう。

「……へ?」

投げ出された直後……切れ長だった瞳が、まん丸に見開かれた。両者が対峙した不穏な空気の中、何故か褐色に見えていた肌が、いつの間にか元に戻っている。

それと同時に周囲に漂っていた不穏な空気も霧散していた。

最も目を見開いた綱吉自身には、何が何だかも分からなかっただろう。

ドォンと衝撃と共に、地面が揺れた。

 

 

結局何だったのか。

そう思いながら雲雀は己の下敷きになった少年を窺い見る。先刻のこちらが怖気を感じるほどの威圧感は、見たところもう無い。

(もしかして……あれが本性?)

そう考えながらも、とりあえず土煙が晴れるまで、もうしばらくこれを足蹴にしていようと思い始めた時……漸くそれに気がついた。

「なに……」

良く見れば、死ぬ気弾とやらの効力が解けているはずの姿の中で、瞳だけは妖怪時の代赭色から戻っていない。

その上見開かれた目も焦点が合っていなく、体も小刻みに震えている。

(意識が無い……それだけ?いや……これは……!)

息が荒く、それに合わせて大気も僅かに歪むそれは、普通の人間ならば。……いや、万全ならば妖怪でもこうはならない。

(無自覚の……畏れの放出……!!)

奴良組本家が危険視する妖怪だ。長じれば、「ぬらりひょん」を凌駕する可能性を秘めているとも言われていた。

そんな畏れを、この全校生徒及びその関係者がいるグラウンドで放てばどうなるか。

……雲雀の行動は迅速だった。

 

土煙が晴れるその瞬間を棒倒しに注目していた全員が待っていた。

試合の途中で感じた訳の分からないおかしな感覚のせいか、A組と他クラスの間の蟠りはもう無いあるのは純粋な勝負に関する結果への関心だった。

僅かな風と共に土煙が晴れた瞬間、その光景を見た面々は、目を丸くし首を捻った。

A組総大将であった沢田綱吉と、B組とC組の選抜合同チーム総大将となっていた雲雀恭弥、どちらも地面に足を付けていたのである。

(……引き分けか?)

これがそれを見た面々の偽らざる本音だった。

「並盛の秩序」と呼ばれる風紀委員長と引き分けたのだ。沢田綱吉の勇姿を褒めこそすれ、恨み嫉む者などいない。

二人を褒め称える為に近付こうか、雲雀恭弥に群れと認識されないように離れようか、周囲の生徒が迷い、身動ごうとした瞬間。

「動くな……!」

常の雲雀とは異なる、切羽詰まった声。

そこまで気付けたのは、リボーンや了平を含め、ごく僅かだっただろう。

しかしそれにも関心を示さず、雲雀は傍らに倒れる沢田綱吉をそっと抱き上げていた。

横抱きにされた綱吉は意識が無いのか、手が力なくされるがままに揺れている。それが和やかな空気で行われた物なら、どこかから悲鳴が上がっていただろう。

しかし雲雀から発せられる気迫がそんなものを一切許さない空気をつくっていた。

「命が惜しかったらどきな。……僕は急いでる」

雲雀がそのまま一歩踏み出すと、まるでモーセの十戒の光景そのままに、人の波が引いていく。雲雀に抱かれたままの綱吉の表情は窺えないが、まるで人形のようにピクリとも動かない。

「つ……な……雲雀!待て」

はっと我に返った山本が、駆け寄ろうと足を踏み出した直後、雲雀の目がひたと見据えられる。

「動くな。君たちは役に立たない。赤ん坊もね」

切り捨てられるかのような言い方に、息をのんでいた。

そのまま振り向くこともせず、雲雀はまっすぐと応接室へ歩いて行った。

 

 

「カラス!」

雲雀が声を上げたのは、何とか雲雀の傍らに行こうとして、彼を含め何人たりとも校内に入れるなと命じられ見事に追い払われた草壁が、彼の命令通り学校を封鎖した直後の応接室においてである。

「すぐに本家へ飛んで!薬師一派をこちらへよこせ!!早くっ!!!」

最後は殺気をお見舞いしてやると、ビクリッと体を震わせて一斉に全羽が飛び立っていく。

ギリと歯噛みしながら、乱暴にソファーに腰を降ろした時、己以外誰も入れない筈の応接室の中から含み笑いが聞こえた。

「随分殺気だっているな。雲雀」

笑みを浮かべたリボーンに、ギロリと雲雀の目は鋭い。

「ここに入ってくるなと、言われなかった?」

「生憎、ここに来るまで誰にも会ってねぇな」

暗に風紀委員如きには見つからないと示すリボーンに、雲雀は沸き上がる怒りを抑え、歯をかんだ。

「貴方は役に立たない。……出ていきな」

「それは出来ねぇ。俺はツナの家庭教師(かてきょー)だからな」

きっと睨んだ雲雀に、引く気は無いと言うようにリボーンの眼は揺るがない。

「……死にたいの?」

「死なねぇぞ。ツナは俺を殺さねぇ」

迷い無く断言する……「ツナ」とやらを迷い無く信じるその姿を滑稽に思い、笑った。

「随分な信頼だね。しかも一方的な。……本当のあの子も知らないで」

その笑みは勝ち誇るようなものではない、嘲笑。しかしそれでも、この赤ん坊は揺るがなかった。

「知ってるぞ」

まっすぐと雲雀を見つめた瞳を、次いで反対側のソファーに寝かされた子どもに向けて、リボーンは続けた。

「こいつは秘密主義で人間不信で人懐っこい癖に臆病で自分の望むことも言えないダメダメな……だが絶対に自分に好感情を寄せる奴らを無碍には出来ない、俺の生徒だ」

はっきりとした断言。引く気の無い相手に溜息をはきかけ……再び変わった気配に、綱吉の方へ視線を転じる。

見ると、綱吉の表情は、僅かに歪んでいる。

発熱があるのか、息は荒いが、それ以上に蜷局を巻くように立ち上がる妖気を雲雀の妖怪の眼は捕らえた。

「もしかしなくても、原因はこれか?」

カチャッと、リボーンが手を添えるのは拳銃。正確にはそこに装填された死ぬ気弾。

何を今更と鼻をならし、しかし雲雀は、それだけであれ程までの変容を遂げるだろうかと不信感を募らせる。

(まさか……七年前に施した封が、解けているの?)

七年前、奴良組二代目総大将、奴良鯉伴が死亡した同日、緋眼は覚醒を迎え、妖怪の姿となったのだと言われている。

その場に居合わせた鯉伴、リクオの両名を、本能のままに襲いかかり、鯉伴を殺しリクオを食い殺そうとしたところを本家の妖怪に発見され、そのまま。

(こちらへ移送される前に、再び妖怪の力が暴走することのないよう初代総大将によって、きつく封じられたというが……先ずその話が胡散臭すぎる)

この話をされた直後、多くの幹部格が異議申し立てを起こしたという。

あまりにも簡潔な事実のみのそれ。何かを隠された確信しか抱けなかった者も多かっただろう。

あの当時、渦中のうちの一人だったリクオはまだ齢三つ。人間であることを考慮しなくても、まともな言質を取れるわけがない。

ぬらりひょん達は安全のためと言っていたらしいが、それ以上に綱吉の口から情報が発せられることを恐れたのだろう。

だが幸か不幸か、精神をすり減らしていた綱吉自身もあの当時のことは朧気になっているのではないかというのが雲雀の持論である。

でなければ七年間、茫洋とこの町に留まり続けた理由が分からない。

だがそのせいで雲雀も綱吉に施されたというそれが何なのか、まるで分からないのである。

(牛鬼を呼ぶべきか?でもこれ以上ここへ莫大な畏れを集めれば、余計な刺激になりかねない。かといって捩れ眼山に連れて行くには距離と時間が圧倒的に足りないし……)

綱吉の体から目線を逸らさずジッと思案し続ける雲雀は、その体の傍らにいつの間にかリボーンがいたことに気づいた。しかし勝手をした相手に苦言を呈する前にリボーンは口を開けた。その顔色はすこぶる悪い。

「まさかこのアザは……バカな。早すぎる……!!」

リボーンが見たそれは……掌。そこにあったのは、黒い髑髏模様のアザ。

「何それ」

雲雀が目を眇めたのは、その奇特なデザインからではない。蜷局を巻く畏れの終着点がそこであったからだ。

しかしそれを知ることはできない赤ん坊にとっては、尋ねられることも予想外だったのだろう。

彼は僅かに眉をひそめて……気にしない事に決めたのかそのまま続けた。

「これはドクロ病……死ぬ気弾を10回受けた者がかかる、死に至る病だ」

「……ふぅん」

興味が無いという風を装いつつ、雲雀は一向に呼吸が安定しない綱吉に視線を投じる。

それだけが理由とは思えない。

だがそれもまた、理由の一端であることは疑いようもないだろう。

(やはり……牛鬼も呼んだ方が良いかな?)

その答を、組の重鎮である彼の介入を嫌う雲雀はまだ出せないでいた。

この時点で雲雀も、そしてリボーンも、どこか物事を軽視していたのかもしれない。

リボーンは、ドクロ病を治すアテを知っていることから。

雲雀は前回の手合わせで、己の力がまだ、沢田綱吉よりも勝っていることが分かっているから。

その油断が後にとんでもない事態を招くことなど、二人は知る由もなく。

「はっ……ああっ……」

微かに零れた苦しげな吐息は、既に何度も零れていたもので……だからこそ見過ごされた。それと共に僅かに首を揺らした綱吉の首筋に、見慣れないアザが浮き出ていた事実を。

横に五本、縦に四本の直線が作り出す、格子模様。

そのアザが何かを知るものは、まだこの部屋の中にはいない。

 

 

 

 




原作はそこまで逸脱してはいない筈です……多分。
次はご存じの通り、あの方々が出る予定ですので、どうぞお楽しみに!

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