エ・ランテルより東北に位置するカルネ村に向けて馬車で進むルートは大きく分けて2つ有る。一つ目は森の周辺に沿って東に進むルート。
それと、まずは東に進み、そこから北へ進路を変えるルートだ。
今回撰んだのは前者のルートで有る。森に沿って進むのはモンスターとの遭遇率が若干上がり警護という観点からすると間違っているのだが、ペテル達との仕事もまとめてやってしまおうという、アインズの提案だった。
ペテル達も最初は心配していたようだが街の外で見せたナーベラルの電撃〈ライトニング〉により、安心感を持ってくれたようだ。
今、アインズ達一向はそのルートを進んでいる。あの後、ンフィーレア君の話を聞き、アインズはペテルの依頼と平行してやりましょうと提案し、ンフィーレア君もペテル達も快諾してくれたのだ。
尚出発するときに
「バジーナさん?出発出来ますか?」
「いつでも大丈夫です。それと…ンフィーレアさん、頼むからモモンと呼んで下さい…。」
というやり取りはもう済んでいる。アインズは相変わらずバジーナと呼ばれても反応出来なかった。
道中、ナーベラルがルクルットを下等生物呼ばわりしたりしたが、それ以外は特に問題は無かった。ナーベラルもどうやら特定人物(ルクルット)以外には虫けら呼ばわりしないようだった。
その間、アインズは1人でニニャやンフィーレア君に魔法の事や、トブの大森林には『森の賢王』という魔獣がいることなどの情報収集をしていた。
(ナーベラルは何も聞いてくれないな…。この子をセバスに付けなくて良かった…。セバス1人で情報収集しなくちゃならない所だったよ。やる気は有るんだが空回りしてしまうんだよな…。)
「動いたぜ。」
そんな時、突如ルクルットの緊迫感を含んだ声が飛ぶ。
「どこだ?」
「あれだよ。あれ。」
ルクルットが指差す方向は森の一角、
見通しが悪く何かがいるような気配も無かった。
「どうするよ?」
「森から出てこないなら無視だな。」
「ではンフィーレア氏には下がってもらうのが得策であるな!」
そんな話をしている間にモンスター達が姿を見せる。
小さな子供のようなモンスター、ゴブリンが十五体。装備はどれも棍棒と小型の盾。
数の少ない方は、巨大な、ニメートル後半から三メートルは有るだろうオーガが六体。装備は木からそのまま毟り取ったような棍棒を持っている。
理解していたし、実感もしたがゲームとはまるで違うなとアインズは首をかしげた。
オーガもゴブリンもそれぞれが特徴が有り、同一個体はいない。未知のモンスター二十一体を相手に回すような気分だった。
(現実はゲームとは違うな。…もし、この中に我々より強い奴がいたらと思うと寒気がする。まあアウラの調査で有り得ないのは分かっているが…。)
「モモンさん?半分受け持って貰えるという話でしたけど、どうします?」
「おっと。皆さんは馬車に乗ったンフィーレアさんを守っていただけますか?壁役は私が1人で受け持ちましょう。」
「モモンさん…」
「オーガ如きに苦労していたら単なる大口叩きになってしまいます。オーガを軽く屠る所をお見せしましょう。」
「だ、大丈夫なんですか?」
そう、心配そうに聞いてくるニニャにアインズは親指を立てて、大丈夫です。と言おうとしたが口からは全く違う言葉が出てくる。
「ニニャ、私を誰だと思っている。」
(だから何でタメ口なんだよ!…あ!でも…この台詞カッコいい…かも!)
アインズは今の台詞を心のメモ帳に書き留めて置くことにした。
ペテル達はどうやら今の言葉で納得してくれたようで、
「モモンさん…!分かりました!お任せします!」
と言ってくれた。
「さて、ナーベ!行くぞ!」
「畏まりました。アイ__モモンさーーん!」
「…。」
ナーベさんはまだ慣れてくれないようだった。
戦闘が始まった。アインズは漆黒の剣の戦闘風景を眺めながら前に出る。
1人1人が自分の役割を理解し、こなしている。レベルは当然アインズ達より低いが、それでも
「良いチームだ。」
とアインズが呟く程、彼らは良く纏まっていた。
「まぁ、かつての我々程では無いがな。」
そう呟くとアインズは背中のグレートソードの柄に両手を伸ばし、二本のグレートソードを交差するように背中から引き抜く。
それはペテル達、普通の人間からすると巨大に過ぎ、かなりの重量を感じさせた。
しかし…アインズは今までマントに隠れて見えなかったそれを棒きれのように振り回し、構える。
真っ赤な、真紅のグレートソードを。
「モモンさん…あなたはなんという…!」
ペテルの喘ぎながらの声を聞きながらアインズは目の前のオーガを見やる。
「さて、現実の…なっ!……見せて貰おうか。現実のモンスターの……実力とやらを!」
(おお!この台詞もカッコイいい!)
いきなり自分の話しているところに割り込まれ、一緒イラッとしたアインズだったが、この台詞も心のメモ帳に書き留めた。
「ゴオオオオ!」
オーガが棍棒を振り上げる。先手はオーガだと思われたその時、アインズが踏み込む。それは疾風の如き速さだったが、更にそれ以上の速さで剣が振られ、赤い剣閃が走る。
その赤い剣閃の凄まじさは、遠くにいたペテル達も切り裂かれたかと思う程だった。
アインズは既に次のオーガにターゲットを移している。
オーガはアインズが立ち去るのを待っていたかのようにズルリと上半身と下半身に分かれ、上半身が地面にドボリと落ちる。
「すげぇ…」
「オリハルコン…いや、アダマンタイト!?」
アインズがそのまま歩を進めると、オーガ達が怯えの表情を浮かべ、一歩後退する。
「どうした?かかってこないのか?」
その静かな問いに更に表情に恐怖を浮かべるオーガ。
アインズがそのオーガに神速の踏み込みで迫る。そのまま振り払うように左手のグレートソードが赤い剣閃を走らせる。
オーガの上半身がくるんと空中で回転し、下半身とは違う所に落ちた。
これまた一刀両断。
「さて残りは…」
アインズは回りをぐるりと見回す。どうやら漆黒の剣達は結構苦戦しているようだ。
「さっさと片づけるか。」
その言葉と共にアインズは走り、二匹を切り裂く。
アインズのヘルムが残った二匹を向く。ダインの魔法で縛られているのと、自由なのが一匹。アインズからしたらどちらも変わらないが。
その自由な方がアインズに見られたと同時に武器を捨て背中を見せて走りだした。
「…ナーベ、やれ。」
その静かな声にナーベラルが軽く頷き前に出る。
そして逃げるオーガに指を差し、
「落ちろ!カトンボ!」電撃〈ライトニング〉
と言い放った。それと同時に雷光がオーガを撃ち抜き、そのまま後ろの縛られているオーガにも雷光が殺到し、二匹のオーガが崩れ落ちる。
「……うん?」
(…ナーベラルは敵のモンスターも虫の名前で呼ぶの?というか凄いプレッシャーだったんだが…。怖っ!……ストレスが溜まっていたんだろうか…?)
一瞬アルベドに匹敵するプレッシャーを感じたアインズ。
とはいえ、今のでオーガ二匹が片付き、モンスター達の陣形は崩れ、戦闘らしい戦闘はそこで終わった。後は戦意を失ったゴブリンを掃討するだけだった。
その後はペテル達から賞賛を貰い、モンスターの一部を切り取る。これを組合に提出する事で報酬が出るらしい。
その日はその近くで野営を行い、1日目が終了した。
その後は特に問題らしい事も無く、順調にカルネ村に近づいて行った。
問題が有ったとすれば、ナーベラルが皆の前でアルベドの名前を出すという大技を披露した事だった。大問題だった。
だがこれは半分以上ルクルットのせいでも有るのでアインズは多目に見る事にした。
(多分初めての外出で緊張してるし、ストレスも凄いんだろうな。…多分。俺がしっかり見ていてやらないと。)
それにアインズも楽しかったのだ。
何も問題無い旅よりやはりユグドラシルの時のように、アインズ・ウール・ゴウンの時のように、誰かと誰かがいきなり喧嘩しだしたり、誰かがやらかす旅の方が楽しいのだ。
この辺りはアウラ達の調査により、強敵もいない事が分かっていたため何も無ければアインズ達からすればただ歩いているのと同じだ。
後は漆黒の剣のメンバーやンフィーレア君が良い人間というのも大きいだろう。ナーベラルも特定人物(ルクルット)以外は何とも思っていなさそうだし。
そしてカルネ村まであと少しという所で最後の野営をする事になった。
「しかし、宗教とは言え大勢で食事出来ないなんて不便だなー。」
「昔からの習慣ですのでもう慣れていますから。」
「ルクルット、人の宗教に口を出すのは失礼ですよ!」
そのままガヤガヤと騒ぎ出す漆黒の剣の面々。本当に仲が良いチームだ。それに上手く溶け込むンフィーレア君もかなり話のスキルが高いのだろう。
「皆さんは本当に仲が良いんですね。」
「やっぱり、異性がいないしな、いると揉めたりするって聞くぜ。」
「いたらルクルットが問題を起こしたりしそうですしね。それにチームとしての目標もはっきりしたものが有るからじゃ無いですかね。」
彼等は昔の英雄『黒騎士』が振るっていたという4本の漆黒の剣を手に入れるのが目的だと言っていた。その内の一本は蒼の薔薇というアダマンタイトチームのリーダーが既に所持しているらしいので三本しか無いらしいのだが。
「そうですね。皆の意志が纏まっていると全然違いますね。」
「あれ?モモンさんも昔はチームを組んでいたんですか?」
アインズは別に隠す事でも無いのでかつての仲間たちの事を彼等に話してやることにした。素晴らしい仲間たちだったこと、彼等に救われた事。
そしてもう誰もいないこと。
聞き終えたニニャがぽつりと
「モモンさんならいつの日かまたその方々に匹敵するような仲間が出来ますよ。」
と言ってきた。
ニニャの慰めるような言葉に、アインズの心は一瞬ドス黒い感情に支配される。
だが、これをニニャに吐き出すのはギリギリ踏みとどまる
(俺は社会人なんだ。こんな事を仕事仲間にぶつけるのは有り得ない。……というのも言い訳だな。今、ニニャに何も言わなかったのは『お前』が目に入ったからだ…、なぁAOG-01S。)
たまたま下を向いたアインズの目にかつての仲間がプレゼントしてくれたリストバンドが嵌まった左腕が目に入ったのだ。
勿論、アインズはフルプレートを身にまとっているので、それそのものは見えなかったが、それでもそこにかつての仲間たちの存在を感じさせる物が有るだけで情けない真似をさせないのには十分だった。
「済まない、では私はあちらで食事をしてくる。」
とはいえ、その言葉になんと答えていいか分からなかったので、アインズは席を立つ。ナーベラルもアインズに付いて来た。
「アインズ様、どうされたのですか?」
恐らく、席を立ち、大きめな石に腰掛けてから何も言わなかったので心配したのだろう。ナーベラルが声を掛けてくる。
(…こいつ、迷わずアインズ様と呼んだな。全く…。)
「…ナーベよ、心配するな。それとどこに耳が有るか分からんのだ!モモンさんだ!」
「申し訳有りません、モモンさーん!」
「…実はこのリストバンドにはな、素早さを上げる効果が有るらしいのだが先程の戦闘でも、冒険者になる前の軽い訓練でもその効果が実感出来なかったのだ。」
これは言い訳だ。しかし、事実でも有る。どうせ他の皆から離れたのだからもう一度鑑定の魔法をかけてみよう、と思ったのだ。あの時は焦りから良く見ていなかった。そしてすぐアルベドが部屋に来てしまい、タイミングも悪かったのだ。
「おお…!なる程。流石は至高の御方々。そのような素晴らしい物をアイ__モモンさんに残されるとは。」
アインズはその言葉に若干苦笑した。相変わらずなアインズ呼びと…残すというナーベラルの言葉の選択に。
「まあそう言うことだ。ではナーベラル。私は一旦不可視化して消え、鑑定の魔法を掛けるのでお前はラビッツイヤーで周りに誰も来ないか注意してくれ。」
「畏まりました。」
アインズは不可視化の魔法を自らにかけ、鎧を消す。そして鑑定の魔法を発動する。
〈道具上位鑑定〉
(やっぱり、前見た時と一緒だ。物理攻撃少し上昇、素早さ大幅上昇、『通常の三倍』で切れてる。…あれ?)
アインズは見た。その情報は更に下にスクロール出来るのを。余りにもスクロールバーが小さく、見つけられなかったのだ。
アインズは白紙のページを送っていく。たっぷり改行したっぷりスペースを開けてかなりの情報が書き込まれていた。
「な!?やられた!」
『通常の三倍は素早さ大幅上昇、物理攻撃少し上昇ですが、戦士系の職業しかその効果は発揮しません!モモンガさんざまあ!!』
とまず書かれていた。
これはフレーバーテキストを自ら書き込める課金アイテムの効果だろう。
「本当に意味無えじゃねーか!いや、戦士化の魔法を使えば!…ん?まだ有るのか。」
そしてその下に
『happy birthday!モモンガさん! たっち・みー 死獣天朱雀 餡ころもっちもち ヘロヘロ ペロロンチーノ ぶくぶく茶釜……』
全員分の名前が署名されていた。
「…何だよ…。俺はこんな凄い物を装備するのが勿体無いからって…永らくあの宝箱の中に仕舞いっぱなしだったのか……?言ってくれれば…いや、彼等だったらそんな事言わないだろうな。」
彼等だったら、モモンガが勿体無いから装備出来ないと言えば、その意志を尊重し、意を汲んでくれただろう。
「…でも気づけたよ、今更だけど。皆、ありがとう…。」
アインズは、アンデッドでなければ泣き出していただろうな、と思う。ナザリックでなく、ここで良かったとも思った。
同時に、その仲間たちが残してくれたものを絶対に守り抜いて見せると決意を新たにした。
アインズは先程ニニャに言われた事を思い出す。
(新しい仲間…ね。…そもそも俺達は異形種PKから異形種を救う為のギルドだったんだ。だったらナザリックの最終目標はそれにしても良いんじゃないか?異形種も人間も分け隔て無く暮らせる世界に!…なんて流石に志がデカすぎるか。でもまずは!)
「ナーベよ。戻るぞ。」
「畏まりました。モモンさん。」
アインズは不可視化を解除すると再び鎧を纏う。そして旅の仲間達の元へ戻った。
だが戻る途中でニニャが此方に歩いて来る所だった。
「あ!モモンさん!」
「ニニャさん?流石に暗くなってきた道を1人は危ないですよ。でも丁度良かった。」
「え?」
「先程は少々、大人気なかった!済まない!」
そう言い頭を下げるアインズ。視界には入っていない物の、ニニャとナーベラルから驚愕の感情が伝わってくるのを感じた。
「い、良いんです!私の方こそ謝ろうと思っていたんですから!」
「君が謝る必要は無いとも。それに私は気付いたんだ。かつての仲間はいないが、彼等が残してくれたものが有るんだと言うことに。」
NPC達もそうだし、このリストバンドもそうだ。他にも沢山有る。
チラッとナーベラルを見る。お前もそうなんだぞ?という意味を込めて。ナーベラルは可愛く小首を傾げてこちらを見ていた。
「間接的とは言え君のお陰だ。ありがとうニニャ。」
「は、はい!」
そうして、往路最後の夜は更けていった。
リストバンドの制作者、誰か1人にヘイト集めるんじゃなく、全員共犯にしてみました。