Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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真名開示:アヴェンジャー

 

 敵の出方を窺うまでもなく、アヴェンジャーは走り出す。エンシェントゴーストはリーチが長い分、間合いさえ詰めればそのリーチを活かせず、体当たりや頭突き、のしかかりといった風に攻撃方法が単純化する。ならば、防御に回るよりも攻めに徹した方が、アヴェンジャーに分がある。

 

 走り迫るアヴェンジャーに、衝撃波や腕を薙いで応戦するエンシェントゴーストだったが、アヴェンジャーは既にそれらを見切っていた。

 走る足は止めずに衝撃波を旗で強引に打ち払い、押し寄せる骨腕には炎を放射する事で勢いを殺し、速度が落ちたところを弾き返す。

 アヴェンジャーの猛追に、エンシェントゴーストは後退しながらの迎撃を余儀なくされるが、それはイコールとして、こちらが敵を追い込めているという事に他ならない。

 

「炎が怖いか! 自らは異端者にそれを強いておきながら、いざ己が身にそれが迫れば、お前はそれに恐怖するのか! ふざけろ、どれだけ度しがたいというのか、この愚者が!!」

 

 怒りの咆哮と共に旗を振るうアヴェンジャーの姿は、まさに復讐に猛る悪鬼のようだ。迫力だけで言えば、おそらくこれまでの戦いでは、これが一番かもしれない。

 彼女にとって、過去と相対するという事は、それほどまでに重きがあるのだろう。

 

 アヴェンジャーが指摘したように、エンシェントゴーストは炎を恐れている節があった。炎、とりわけ痛みに対し、強い忌避が見られるのだ。

 悪霊でありながら、痛みを恐れるあまり攻撃も雑多になりつつあり、アヴェンジャーはそれを見逃すはずもない。

 大雑把な攻撃を次々と軽くいなし、かわし、受け流し、弾き───着実に距離を詰める。もはや敵に彼女を止める術はなく、瞬く間にエンシェントゴーストの懐に入ると、旗の乱打を全身へと打ち込む。

 息もつかせぬ連続攻撃。しかし、連撃でありながらも威力はまるで落としていない、全力の、渾身の重撃連打が、エンシェントゴーストの全身を砕いていく。

 霊体でありながら、骨の砕ける音を響かせるゴーストは、あっという間にバラバラに分解されていき、最後には頭蓋のみを残す事となった。

 

「……呆気ない。たとえどれ程の違法強化をされても、所詮お前はこの程度って事」

 

 ───痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!

 ───助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたく死にたく死にたく死にたく死にたく

 

「死ね」

 

 エンシェントゴーストの命乞いが叶う事はなかった。アヴェンジャーはその頭蓋に旗を突き刺し、紅蓮の業火で焼き尽くす。

 悲鳴が木霊する。絶望が霧散していく。恐怖は掻き消される。憎悪は沈殿する。

 

 パチパチ、と火花が散ったのを最後に、炎の柱は消失した。後に残ったのは黒く焦げた岩盤と、何か模様が刻まれた円盤らしきものだけだった。

 

「……英雄の証、ね。魔女を殺して英雄にでもなったつもりだったのか。はたまた、単なる偶然か。今となってはどうでもいい事だけど」

 

 感情の籠らない言葉を紡ぐアヴェンジャー。円盤を拾い上げたと思ったら、それを私に向かって投げつけてくる。

 慌ててキャッチするが、なんとか落とさずに済んだ。

 改めて手に持った円盤を見ると、不思議な感覚がこの円盤からは伝わってくる。持っているだけで、私自身が英雄と認められたような、何とも言えぬ感覚だ。

 

「それが霊基再臨の素材よ。虚影の塵は、教会に居る姉の方から前に貰ってるけど、必要数があとどれくらいなのかが分からないわね」

 

 霊基再臨、か。魂の改竄と同じようなものなのだろうか?

 前に説明された気がするが、まったくこれっぽっちも覚えていないです、ハイ。

 

 結局、貰ってから他の素材を手に入れる機会が無かったから、私たちには縁がないものとばかり思っていた。

 けど、面倒な事をさせられたおかげで、途絶えたと思っていた強化への道が僅かながら繋がった。

 その点に関してだけは、言峰に感謝しておくとしよう。

 

 忌々しげに焦げた地面を見つめるアヴェンジャーを尻目に、私は暗号鍵(トリガー)の収められた緑色のアイテムフォルダを開く。

 

 中から現れたのは『トリガーコード シータ』。手を翳すと、端末へと取り込まれていく。

 

 これでついに、聖杯戦争の前半から後半へと、完全に足を踏み入れた事になる。折り返しは終わり、より険しく厳しい戦いが待つスタート地点を、踏み切ったのだ。

 

「……存外に疲れたわ。今日はもう探索だなんて気分じゃないし、リターンクリスタルで校舎に帰りましょう。今、()()()()と鉢合わせるのだけは勘弁だし」

 

 アヴェンジャーはこれ以上の探索は気分が乗らないようだ。多分、疲れだけが理由ではないだろうけど、それをここで追及すべきではない。あのエネミーとの戦闘に込み入った事情があったのは、考えるまでもなく分かる。

 

 ……この四回戦では、アヴェンジャーの過去に関わる事柄が多く見受けられている。何の根拠も無いが、アヴェンジャーの真名が分かる日が、そう遠くない───いや、もうすぐなのではないか。そんな期待と希望に満ちた予感があった。

 

 

 

 アヴェンジャーの要望通り、リターンクリスタルを使用して私たちはアリーナから帰還した。

 いつもより切り上げるのが早かったためか、時刻はまだ16時と、夕方に差し掛かった頃。この余った時間をどうしようかと考えていると、アヴェンジャーから意外な提案があった。

 

「……アンタにちょっと話があるわ。さっさとマイルームに戻るわよ」

 

 話とは多分、さっきの事なのだろう。

 込み入った話なら、マイルームでするべきは当然。私は黙って、先を歩くアヴェンジャーについて行く。マイルームに戻るまでの間、一言も交わさない私たち。そのため、緊張感も比例するように高まっていた。

 

 長かったようで短い道のりも終わり、マイルームへと入る私たち。アヴェンジャーはいつものように装備を外そうとはせず、そのままで机で作った壇上に腰を下ろした。

 私もいつもの場所に座り、自然と彼女に正面から対面する形となる。

 暫しの沈黙の後、とうとうアヴェンジャーはその重い口を開いた。

 

「今日倒したあのエンシェントゴースト、アレが私の真名に関与してるって事は……もう分かってるわよね」

 

「……うん。あなたと何か因縁めいたものがあるように見えた」

 

「因縁、ね……。あながち間違いじゃないでしょう。アレはかつて私が殺した、とある人間の怨念みたいなもの。いいえ、多分それだけじゃない。その人間の魂を核に構成された、()()()()()()者たちの集合体とも言えるでしょうね。まあ、データによる再現でしかないけど」

 

 ……アヴェンジャーの過去に何があったのか、彼女が何者であるのかさえ私は知らない。けれど、私は彼女がこう自称しているのを知っている。

 

 ───竜の魔女。

 

 自らを異端者であると自嘲する彼女は、復讐者のクラスとして現界を果たした。それが意味するのは何か。

 文字通り、何かへの復讐を望む者。もしくは、それを成し遂げた者こそ、そのクラスに分類されるのだろうか。

 あくまで予測の範疇を出ない。だって詳しい事は分からないのだから。

 なにぶん、『アヴェンジャー』は既存七つのクラスのどれにも当てはまらないからこそ割り当てられる、例外中の例外とも言うべきクラスだ。

 どのマスターも口を揃えて、「エクストラクラスとは何なのか。どのような英霊が、そこに分類されるのか」と疑問を上げる存在。それがエクストラクラスなのだ。

 

 『復讐者』はそのエクストラクラスの中でも特に異例だと、いつだったか私のアヴェンジャーが言っていた気がする。

 

 ともあれ、アヴェンジャーが復讐者のクラスであり、あのエンシェントゴーストが関係しているというのなら、アレこそが彼女にとっての復讐の対象であったのかもしれない。

 それを伝えたところ、彼女は否定するでもなく、どこか他人事のように続けた。

 

「そうね。確かに、アイツも私の復讐の対象だったのかもね。今となっては、私自身ですらよく分かってないけど」

 

「それは、どういう……」

 

「私の復讐は、一個人に対するものじゃない。―――私は憎む。フランスという国を。そこに住む人々を。神なんてあやふやなものに救いを縋る人間どもを! ……なんて、それが私の存在意義だった。でも、今となっては私でも分からない。私がサーヴァントとして成立してから、色々な事があったりしたけど、その上で私は改めて思うのよ。私は何故生まれ落ちたのか。何のために存在するのか。私という個に意義なんてあるのか……」

 

 ……約一ヶ月の間、彼女と一緒に過ごしてきたが、ここに来て初めて、私はアヴェンジャーの抱える苦悩と葛藤を知った。

 何かしら抱えているとは思っていた。だが、それがまさか自分の存在そのものに対する事だとは露ほども思わなかった。

 

 アイデンティティに疑念を覚えたアヴェンジャー。そして、アイデンティティを喪失した状態で目覚めた私。

 私たちには、どこか似通った点があったのだ。その点とは、己という存在への問いかけ、という事だったのだろう。

 

「サーヴァントとなった時、自らの在り方を結論付けたつもりだった。でも、こうして私だけの、唯一のマスターを得た上で聖杯戦争を勝ち進んでいくうちに、私はその在り方を見失っていた。フランスという国、神を信じる人間たちへの憎悪と憤怒、絶望で構成されたはずの私だったのに、今の私はそれが二の次になってる。……白状するけど、今の私が最も優先するのは、アンタにこの聖杯戦争で最後まで勝たせる事」

 

 どこか悟ったような顔をする彼女は、とても穏やかに見えた。魔女などではなく、聖女が如き慈愛を感じられた。彼女の根底を垣間見たような。

 

「これも良い機会なのかもね……。もう、ここまで来たら言ってしまいましょう。あのゴーストの元となった男の名は『ピエール・コーション』。そして、その男により異端の烙印を押されて火刑に処された女―――それが私です、マスター」

 

 ピエール・コーション……。

 かつてのフランスで異端審問官として、世界で最も高名な聖女を火炙りにしたとされる聖職者の名前だ。

 

 ならば、つまり、アヴェンジャーの真名は―――!!!!

 

()()()()()()()()……! 貴方が、あの救国の聖女!?」

 

 驚愕に震える私を、アヴェンジャーは真っ直ぐ見つめている。私の反応が予想通りだとでも言うように。さりとて言葉にはせずとも、彼女の目がそう語っていた。

 

 オルレアンの乙女。二十にも満たぬ歳で軍を率い、旗を掲げて味方を鼓舞した救国の英雄。その最期はあまりに悲しいが、その死後に聖人として認められ、フランスはおろか、世界で知らぬ者は居ない程の聖女。

 

 ……、でも、腑に落ちない。

 アヴェンジャーを信じていない訳ではない。今更、彼女が嘘をつく必要なんて無いし、真名の開示は私を信頼した上での事だろう。

 なのに、頭に引っ掛かる違和感がある。それは彼女が『ジャンヌ・ダルク』であるという事に他ならない。

 

「ジャンヌ・ダルクがこんな邪悪な魔女である筈が無い……。そう思ったんでしょう、マスター」

 

 私が抱いた違和感に気付いたのだろう。アヴェンジャーは自嘲の笑みを浮かべていた。

 

「そうよ。私は世界に名高い聖女様なんかじゃない。清廉でもなければ、善良でもない。神への信仰など、とうの昔に捨て去った。けれど、私が『ジャンヌ・ダルク』である事もまた事実。その点について話すのは……またの機会にしましょうか」

 

 アヴェンジャーはそう言って、それ以上は口を開こうとしなかった。まだその段階ではない、という事なのだろう。

 

 でも、今はそれでも良い。だって彼女は私に真名を明かしてくれた。この真名開示は、私たちが築き上げた絆の証と言える。

 アヴェンジャーの正体についての謎は深まりはしたが、大きな進展があったのは間違いないのだ。

 

「分かった。その時が来るのを待ってるね。()()()()()()()

 

「……!」

 

 私が彼女を真名で呼ばなかった事に、今度はアヴェンジャーが驚いた顔をした。まあ、そりゃあ呼ばないだろう。自分の名前なのに、あんなに嫌そうな顔で話すんだから。

 しばらく面食らった顔で固まっていたアヴェンジャーだが、動き出したかと思うとすぐに顔を背けてしまう。

 

「あっそ。まあ、呼び方なんてアンタの好きにしなさい。確かにこれまで通りのほうが、敵の前で真名を呼ばれるなんてヘマをされなくて済むでしょうからね。さ、疲れてるんだし早く寝るわよマスター」

 

 そう言って鎧を速攻で脱ぎ捨て、寝入ってしまうアヴェンジャー。だが、私は見逃さなかった。一瞬だけだったが、彼女の口元が綻んでいた事を。

 

 

 

 

 

 アヴェンジャー程ではないにしても、私も多少なりとも疲れが溜まっていたようで、気付けば次の日になっていた。アヴェンジャーの姿を探すが、彼女の寝床に「教会に行ってくる」とだけ書かれたメモが残されていた。けっこう達筆だなぁ、と思いつつ、何故アヴェンジャーは一人で教会に行ったのだろうかという疑問が浮かぶ。

 昨日の気恥ずかしさから、朝一番で顔を合わせ辛いのかもしれないが。それにしたってアヴェンジャーは教会を嫌っていたというのに、何の用があったのだろうか?

 

 アヴェンジャーは一人で行ったのだし、私が付いて行く必要は無いという事だろう。私も、アヴェンジャーと合流する前にラニの所に寄って行くとしよう。

 

 四回戦も五日目となり、校舎内の空気もピリついている感じがする。どのマスターも、来たるべき戦いに備え何かしら戦略を練っているのだろう。すれ違うマスターのほとんどが、目付き鋭く端末とにらめっこをしていた。それらを目にすると、決戦が近付いてきているのが、如実に感じられる。

 

 保健室に入ると、ラニは既に起きており、まるで私を待っていたとばかりに視線を向けてきた。

 桜に軽く挨拶を済ませ、ラニの元へと向かう。

 ラニとここ数日話をしていて、明らかに彼女の声が明るくなったのが、密かに嬉しかった。

 初めは「自分が助けた」などと思ったりもしたが、実のところは、こうして話をする事で、救われたのは私かもしれない。

 

「どうかしたのですか?」

 

 黙っていた時間が思ったより長かったのだろう。ラニは心配そうにこちらを見ていた。

 そういえば、ラニはレティシアの情報を探ってくれると言っていたが、危険は無かっただろうか?

 まだ、身体も万全ではないのだ。

 

「対戦相手の件、ですね。私は大丈夫です。ですが―――やはりまだ情報が足りず、これと言い切るには難しい。幾らかアトラスの書庫内から該当する者を候補に挙げられたのですが……」

 

 それはすごい……!

 実のところ、対戦相手の調査はほとんど進んでいない。それをラニはこの短期間で候補を挙げるにまで至るとは。さすが、アトラス院が聖杯戦争に送り出すだけの事はある。とんでもなく才女すぎる。

 それを素直に伝えると、ラニにしては珍しく頬をほんのりと染めて、恥ずかしそうにしていた。

 

「い、いえ。私はただ、岸波さんの得た情報を元に調べ上げたに過ぎません。それで、候補なのですが、まず鬼を基軸として情報を集めました。その結果、絞り込めたのは4名の鬼です」

 

 

 第一候補:茨木童子

 これに関しては私も最初に思ったが、ラニの調べでは、茨木童子は变化の術を使う事ができ、普段から角を隠せていたのはそれが理由ではないか、という事。高貴な生まれであるという説もあるらしく、気品のある口調なのも頷ける。ただ、呪術を扱えるのかという点については怪しいのだそう。もしかしたら、史実に残っていないだけで、呪術を扱えたのかもしれない。

 

 

 第二候補:鬼女・紅葉

 私としては最有力候補なのではないかと思う人物だ。その生い立ち、逸話から呪術を扱ってもおかしくない。今のところ、キャスターの真名は紅葉なのではないかと、私も怪しんでいる。だが、まだ決め付けて掛かるには早いだろう。

 

 第三候補:鈴鹿御前

 第四天魔王の娘であり、伝説では天女や鬼、盗賊など数々の姿を持ち、非業の死を遂げる事でも知られる有名な女傑だ。大嶽丸を討つ為に妻となって潜り込んだはいいが、そのために最愛の人、坂上田村麻呂に誤解の末に殺されてしまう。

 彼女ならば、呪術を扱えなくもない気がするが、果たして……。

 

 

 第四候補:橋姫

 呪術という点で見れば、可能性としてはかなり高いかもしれないのが橋姫か。丑の刻参りは代表的な呪術の一つで、そのルーツが彼女にあるという説だ。源平盛衰記などにその存在を記されているそうだが、私も読んだ訳では無いので詳しくは知らない。

 

 

「―――と、これらが現在候補として挙がっているのですが、如何ですか?」

 

 どれも可能性としてはあり得る。しかし、これと決め打つにはどれも決定打に欠ける。

 猶予は今日、明日だけだから、この二日間で更に情報を集める必要がある。

 

「……決め手に欠けるというのは、私も同意します。実際、鬼をピックアップはしてみましたが、それらが巫女でもあるかと問われると、首を縦に振る事は出来ません。そもそも、魔の象徴たる鬼である事、魔を払う象徴たる巫女である事が、互いに相反し合っています。それらを同時に満たす過去の人物となると……私では見当がつかないのです」

 

 すみません、と項垂れるラニに、私は顔を上げるよう伝え、お礼を言う。ここまで調べてくれただけでも、私にとっては御の字なのだ。橋姫や鈴鹿御前など、私では候補にも挙げられていなかったのだから。

 

 ラニはこの結果に若干だが不服そうにしつつも、メガネをクイッと上げると、

 

「ところで、岸波さんの方はどうなのでしょうか。記憶に関する手掛かりなど、アレから何か進展はありましたか?」

 

 進展か……。無い、けどアヴェンジャーの真名なら判明した。というか教えてくれた。でも、本人がここに居ないのに、真名を無断で他者に伝えるべきではないだろう。

 

「進展はしてないよ。何か取っ掛かりさえ見つかればいいんだけど」

 

「そうですね。そちらも私の方で考えておきます」

 

 何から何までラニに頼りきりで申し訳ない気持ちになるが、彼女の事を思えばこそ、その厚意に甘えるのが正解なんだと思う。

 

 そのまま他愛ない話をしていると、不意にアヴェンジャーからパスを通して連絡が入った。

 

(マスター、もう起きてるわね? こっちの用は済んだから、合流するわよ。聞いて驚きなさい、そして喜びむせび泣くが良いわ! とっておきの朗報があるわよ)

 

(いつになく機嫌がいいね。分かった、すぐ行く―――)

 

 不意打ちとは、意図せぬ方向から来るからこそ。念話を切ろうとした瞬間、保健室に来訪者があった。

 コン、コン、コンと小気味よいノックの後、聞き覚えのある声がして、その声の主が入ってくる。

 

「失礼します。ここにいらしたんですね、岸波さん」

 

 それは、二日ぶりに聞くレティシアの声だった。といっても、アヴェンジャーと声の質すら寸分違わず、ある意味聞き慣れているので二日ぶりに感じられなかったが。

 

「先日はご迷惑をお掛けし、本当にすみませんでした。キャスターの暴走は私の未熟さ故。言い訳にしかなりませんが、アレは決して私たちの本意では無かったのです。それだけはお伝えしたくて。私は正々堂々と、あなたとアヴェンジャーに向き合いたいと思っています」

 

 律儀にも、それを伝える為だけに私を探していたのか。別に私も、アレが意図的なものだったとは思っていない。コントロール出来なかったからこその暴走だろう。

 

(なに? どうしたのよマスター。何かあったワケ?)

 

 アヴェンジャーとの念話を切り損ねた事もあり、こちらで何かあったと思ったらしいアヴェンジャー。

 

(ちょっと。今レティシアが目の前に居る。多分、物騒な事にはならないと思う)

 

(ふーん。どうせアンタが居るのは保健室でしょ。私も向かうわ)

 

 今度こそ念話が切れた。教会からなら、そう時間は掛からないだろう。

 ん? 何か違和感がある。何に? それは、アヴェンジャー……。そしてレティシア。

 

 ―――そうだ、そうだった! 何故最初に思い至らなかったのか。アヴェンジャーとレティシアは知り合いだった。アヴェンジャーの真名はジャンヌ・ダルクだった。

 なら、ジャンヌ・ダルクと瓜二つであるレティシアは何者だ?

 そもそもサーヴァントと知り合いの魔術師(ウィザード)ってどういう事なんだ。普通に考えておかしいだろう。

 レティシアがジャンヌと縁深い事はまず確実だ。でなければ、細かな違いはあれど、ここまで容姿が同じなんて有り得ない。

 

「……どうかしましたか」

 

 つい凝視していたようで、レティシアが居心地悪そうに尋ねてくる。聞くなら、今なんじゃないのか?

 ここでなら、戦闘になる事は絶対にない。管理側のAIである桜の目の前で、まさか襲ってくるなどという無謀な真似は出来ないはずだ。

 

「初めて会った時に聞くべきだった。レティシア、あなたは()()アヴェンジャーの何? どうして英霊と同じ姿なの? 今を生きる人間のはずのあなたが!?」

 

 私の問いに、レティシアは答えない。微笑みを以て返すのみだった。

 保健室を静寂が支配する。奇しくもこの現場に居合わせてしまった桜は、私とレティシアを交互に見て困惑している。

 ラニは、私同様、静かにレティシアを見つめていた。

 

 いつまで経っても問いには答えず、かつ微笑みを崩さないレティシア。加えて問い質そうとしたその時、ようやくアヴェンジャーが遅れて到着した。

 

「マスター!」

 

 アヴェンジャーはすぐさま私の前に立ち、ちょうどレティシアと私の交差する視線を遮る形になる。

 

「……」

 

 ただならぬ緊張感が漂い始める。まさに一触即発、何か些細な切掛でもあれば、地獄の蓋を開けかねない程に。

 空気が重い。全身を水に包まれたかのような錯覚さえした。

 アヴェンジャーとて、ここで戦闘を開始する事が愚行であると理解しているはず。それでも、一抹の不安が拭えない。それほどの圧力を、アヴェンジャーはレティシアに対して放っていた。

 

 先に痺れを切らしたのは、意外にもレティシアだった。

 

「……ふぅ。慣れない事はするものではありませんね。私に隠し事は向いていないというのに。ですが、こればかりは私の口から伝える事は出来ません。私がそれをするのは筋違いというもの。筋を通すべきは貴方ですよ、アヴェンジャー」

 

「……分かってるわよ。真名を伝えただけじゃ、ダメなんだって事くらい」

 

「! 真名を……。そう、ですか。伝えたのですか」

 

 何故だろう。優しい目でアヴェンジャーを見つめるレティシアが、なんだか急に彼女の姉であるかのように見えてきた。

 

「では、後は貴方の気持ち次第。私としては見守りたい気持ちではありますが、それとこれとは話が別。私本来の目的とは関係ありませんから。岸波さん、貴方の質問に答えられないのは残念ですが、これで失礼しますね。()()()()()()()()()()()

 

 一礼をして、彼女は去って行った。続きはアリーナで、という事なのだろう。

 結局聞き出す事は出来なかった。かといって、アヴェンジャーから聞き出すにしても、彼女のタイミングを待つと決めたばかり。謎は謎のまま。いずれ明らかになるのを待つしかないだろう。

 

 ようやく保健室がいつもの穏やかな空間へと戻る。桜も肩を撫で下ろし、ホッと一息ついていた。

 

「あの女性が岸波さんの対戦相手なのですね」

 

 展開を見守っていたラニが口を開く。そういえば、助けてからずっと保健室に居たから、ラニがレティシアを見たのは初めてなのか。いや、でも対戦相手でなくても、それ以前に見かけた事があってもおかしくない。

 

「いいえ。少なくとも、私は彼女を校内で見た事はありません。無論、すれ違ったりといった事も無いはずです」

 

 それはどういう事だろう。四回戦まで残っているのなら、有力なマスターの一人に違いないと思うが……。

 

 凛やレオにも聞いてみようか……。

 とにかく、私たちもアリーナへ向かおう。アチラが待ち構えているのなら、情報を得るまたとない機会なのだから。

 

「行こう、アヴェンジャー」

 

「……そうね。鬱憤晴らしをしてやるわ」

 

 あまり派手にやらないように、目を走らせておかないと。

 保健室を後にし、私たちはレティシアの待つアリーナへと一路向かうのだった。

 

 







 あとがき。(※重要ではありません)

 自分で書いてて頭の中がこんがらがってきた……。
 アヴェンジャー、ようやく真名開放ですが、まだ完全な開放ではないので悪しからず。
 書いてると自信が無くなっていきますね。文才と発想力がもっと欲しいなと思う今日このごろでした。


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