Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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第三回戦決戦 開幕の刻、来たれり

 

 凛と別れ、私は一階にやってきた。

 ロックされているエレベーターの前では、例の如く言峰神父が決戦へと向かうマスターを待ち構えるようにして待機していた。

 

「ようこそ、決戦の地へ。身支度は全て整えたかね?」

 

 無論だ。先程の彼の忠告に従い、購買部でアイテムも揃え、教会で魂の改竄も済ませてきた。マトリクスもさっきの考察で既に埋まっている。

 あとは、この扉をくぐるだけ。

 

「扉は一つ、再びこの校舎に戻るのも一組。覚悟を決めたのなら、闘技場(コロッセオ)の扉を開こう」

 

「お願いします」

 

「いいだろう、若き闘士よ。決戦の扉は今、開かれた。ささやかながら武運を祈ろう、麻婆の同志よ。君が再びこの校舎に戻れる事を。そして───存分に、殺し合い給え」

 

 私は扉へと端末をかざす。手に入れたトリガーにより、エレベーターが開いた。

 唇をきゅっと結び、私は足を踏み入れる───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレベーターに乗ってすぐは視界を闇で覆われていたが、次第に明るさが戻ってくる。

 そして、ファイアーウォールで阻まれた正面。私たちの反対側に、変わらぬ姿でありすとアリスは立っていた。

 向かい合い、幼い笑顔を互いに交わす少女たち。凛が言っていたおかしな様子など、これといって見受けられないのだが……。

 

「きょうもまた遊べるね」

 

「きょうはなにをして遊ぶの? かくれんぼ? オニごっこ? おままごと?」

 

 二人のありすが、私に問うてくる。今挙げたうちのどれかを選べ、という事らしい。

 

「それじゃあ……おままごと、とか?」

 

 これから殺し合うというのに、何故私はそんな平和的な遊びをあえて選んでしまったのか。

 ありすは私の選択が不服だったようで、小さく頬を膨らませて反対した。

 

あたし(ありす)はオニごっこがいいな。お姉ちゃんをおいかけるの」

 

「うん。にげてたらおいかけたくなっちゃようよね。ウサギとか」

 

「にげられちゃったらさびしいもの」

 

「にげられないように、いっぱい走らなきゃ」

 

 くるくるくるくる。二人は決して広くはないエレベーター内で、円を描くようにして行進する。そこには、まるでマーチングバンドのような可愛らしさがあった。

 

あたし(ありす)、走るのって大好き」

 

あたし(ありす)はずっとずっと、走ったり出来なかったもんね」

 

「走るの楽しいけど……お姉ちゃん、つかまるかなぁ」

 

「つかまるよ。そしたら首をちょんぎっちゃうの」

 

 黒いアリス───キャスターは、笑顔でそれを口にした。物騒にも程がある言葉を、幼い容姿をした少女は事も無げに語っているのだ。

 子どもの無邪気さとか、そんな次元ではない。顔を見れば分かる。キャスターは本気で、私の首を胴体から切り離すつもりだ。

 

「ちょんぎっちゃうってこわくない? ……でもオニだもんね」

 

「うん。女王さまとかオニとかってこわくなきゃ」

 

 どうやら、オニごっこのオニは、彼女らで確定しているらしい。それにしても、なんと子どもらしくない会話内容だろうか。いや、言っている事が極めて物騒なだけで、話し方はまるっきり子どものそれなのだが。

 もはや私の意思など関係なく、話は少女たちだけで進行していく。

 

「じゃあ、いっぱいこわがってもらわないといけないのかなぁ」

 

「うん。なみだで池が出来ちゃうくらいにいっぱいこわがってもらおうね」

 

 子どもはその無邪気さゆえに、時に残酷であるというが、これはどう見てもキャスターがそれを助長させている。ありすは上手く誘導され、ありす自身がそれを拒んでいないため、なおのこと(たち)が悪い。

 

「ゴメン。首をちょんぎるのは勘弁して?」

 

 最初に私に話を振られた事もあり、同じように私は口を挟んだ。だが、予想外の反応が返ってくる事となる。

 

「じゃましないでよ。お姉ちゃんとは話してないよ」

 

「ええ。あたし(アリス)あたし(ありす)と話しているのだもの」

 

「そうだよ。あたし(ありす)あたし(アリス)だけと話すの」

 

 これまでとは真逆の、冷たく突き放すが如く、ありすの態度が豹変する。キャスターは、ありすの言葉を嬉しそうに肯定していた。

 

 凛が様子が変だったと言っていたのは、キャスターだろう黒いアリスのほうだったのに、今やありすまでもがいつもとは完全に違っていた。

 

「せっかく、おなじだとおもったのに。ようやく、おなじひとだとおもったのに。やっとやっと、さみしくなくなるとおもったのに! わたしのコトをきらうなら、お姉ちゃんなんていらないの」

 

「そうよ。あたし(ありす)あたし(アリス)だけいればいいの。だってあたし(アリス)あたし(ありす)だけのあたし(アリス)だもの」

 

 ありすの笑顔は既に消え、私を見つめる瞳には、私への一切の関心も興味も失せていた。

 

「お姉ちゃんはあたし(ありす)だけのあたし(アリス)じゃない。だからお姉ちゃんはもういらないの」

 

「もうじゃまなの」

 

 冷たい顔をしたありすとは対照的に、キャスターは笑顔に満ちていた。ありすの答えを、その選択を、ずっと待っていたとばかりに。

 

 ありすの変貌ぶりに、ずっと黙って聞くだけだったアヴェンジャーも、ようやく重い口を開く。

 

「清々しいまでに二人だけで完結してるわね。あそこまで行くと、もう何を言ってもこちらの言葉なんて響きもしないか。……でも、哀れなものですね。どれだけ夢に焦がれようと、所詮は死者の妄念でしかないのだから」

 

 ……そうだ。これまで、ありすとは何度も遊んできた。けど、それは私にとっても、ありすにとっても、泡沫の夢でしかない。

 既に肉体を持たず、魂だけが電子の世界を宛てもなくさまよい続け、その果てに摩耗し消えていく。

 放っておいても、いずれは消え行く哀れな存在。

 

 それでも、このまま怪物と化して消えていくより、まだ完全に狂ってしまう前に昇天させてやりたいとも思ってしまう。

 

 ───いや。それは綺麗事に過ぎない。

 

 ここで負ければ、私が死ぬ。慎二とダンの命を奪ってでもここまで勝ち進んできたのは何のため? 

 本当のところ、ありすの境遇云々ではなく、私の生存本能が勝っているだけでしかない。だから、私は死なぬためには、ありすに勝つしかない。たとえ、それで彼女を殺す事になったとしても。

 

 ただ、ありすの魂を救済したいという想いは、紛れもなく真実である。

 

 

 

 ありすは変わらず、無機質な表情のまま私を見ていたが、その口元が微かに綻ぶのを私は見逃さなかった。

 

「……でも、お姉ちゃんが遊びたいって言うんなら、きょうだけはいっしょに遊んであげるね」

 

「やさしいね、あたし(ありす)。だからあたし(アリス)も遊んだげる」

 

「いっぱい遊ぼうね。もうにげだしちゃイヤだよ」

 

 まだ、ありすにとってこの殺し合いは遊びの感覚でしかない。そして、それはこの先も変わらない。

 

 もう、戯れは終わりにしよう。いつまでも遊び気分だと、決心が鈍ってしまう。だから、私はハッキリと彼女の言葉を拒絶する。

 

「遊ばない。私はもう、あなたとは遊んであげられない」

 

「え……? そんないじわる言っちゃイヤだよ、お姉ちゃん」

 

「お姉ちゃんおこってる? なんでかな。コショウでもすいこんじゃった?」

 

「コショウでおこっちゃうんだ。じゃあ、なになら楽しくなるのかな」

 

「きっとサトウだよ。あたし(アリス)たちはサトウをなめて楽しく遊ぼ」

 

「うん。あたし(アリス)あたし(ありす)といっぱい遊ぶの。いつまでも遊ぶの。とっても楽しい。とってもしあわせ」

 

「きょうはお姉ちゃんもまぜてあげる。とっても楽しい。とってもしあわせ」

 

 何を言ったところで、やはりありすの心に私の声は届かない。会話すら成り立たない。

 

 結局最後までまともな話すら出来ぬまま、エレベーターの発する控えめな電子音が現実へと意識を引き戻す。それにわずかな振動が、戦場への到着を伝える。

 

 間もなく開かれる扉。ありすたちは一目散に外へと駆け出していく。

 私たちも、二人を追うように決戦場へと降り立った。目の前に広がる光景は、やはり第二層でも遠くに見えていた、あの氷の城のお膝元とでも言うべき場所だった。

 

 先に降りていたありすたちは、後から降りた私たちの周りを、大きくグルリと互いに交差するように周回し始める。

 

「ありがとね、お姉ちゃん。あたし(ありす)、お姉ちゃんと遊ぶの、とっても楽しかったよ」

 

「ええ、いままでのだれよりも楽しかった。ありがとう。あたし(アリス)もうれしいな」

 

「でも、もうお姉ちゃんとはいいの。あとはあたし(アリス)とだけで遊ぶね」

 

「お姉ちゃんはもういらない。なごりおしいけど、さよならのじかんなの」

 

 一見、グルグルと回る彼女たちの遊びのようにも見える動きだが、見方を変えれば私たちを取り囲む動きともとれる。

 油断は出来ない。アヴェンジャーに念話で戦闘態勢に入るように指示を出しておく。

 

「こういうときは……なんて言うんだっけ?」

 

「わすれちゃったの? こう言うの」

 

 二人は周回をやめ、私たちの正面で並んで立つと、小さな体に相応な小さな両腕を精一杯に広げて言葉を紡ぐ。

 

「“あわれで可愛いトミーサム、いろいろここまでご苦労さま。でも、ぼうけんはおしまいよ。だってもうじき夢の中。夜のとばりは落ちきった。アナタの首も、ポトンと落ちる”」

 

 そして、最期の言葉を皮切りに、急速にキャスターへと魔力が収束していく。……来る!!

 

「“さあ───嘘みたいに殺してあげる。ページを閉じて、さよならね!”」

 

 言い終わると同時、キャスターの指先から真空の刃が放たれた。空を裂き、鋭い風の刃が、アヴェンジャーの首を目掛けて真っ直ぐに飛来し───、

 

「……そうね。何事にも終わりは等しくやってくる。でも、」

 

 真空の刃は、アヴェンジャーの首を落とす事もなく、より強い力によって掻き消される。アヴェンジャーの手にした、大鎌の一振りによって。

 

「まだ、マスターの番じゃないわ。ここで終わるのは、あなたたちの脆き夢。どうせいつか壊れてしまうのなら、今ここで儚く無惨に散らせてあげましょう。それでこそ、竜の魔女たる私に相応しい悪道ってものでしょう?」

 

 久しぶりに見る、アヴェンジャーの邪悪な微笑み。魔女に笑みを向けられて、ありすは少しすくんでいるが、キャスターは平気な顔でアヴェンジャーと視線を交わしていた。

 

「やだわ。魔女だなんてこわいもの。こわいものには、ふたをしてあげなくちゃ!」

 

 ありすを後ろに下がらせると、キャスターは手を真上に掲げた。何かをしてくるのは分かるが、一体何を……。

 

(ふたをして………、!! アヴェンジャー、上!)

 

 さっきのキャスターの言葉をヒントに、私は上を見上げる。が、間髪入れず上空から巨大な金属製の鍋の蓋のようなものが、アヴェンジャーを押し潰さんと急速に落下してきていた。

 

「チッ!」

 

 とっさに回避するには、蓋が大きすぎて避けきれない。回避するのではなく、両手で炎を最大出力で蓋に向けて噴出させ、落下の勢いを殺すと、即座に片手を真横に向けて自身も炎の噴出の勢いを利用して一気に蓋の範囲外へと脱出する。

 

 童話自体が英霊と化した存在であるキャスター。その攻撃手段は、通常の戦闘とはまるで異なる。予想外な攻撃が幾つも出てきても、何ら不思議ではない。

 

「“さあみんな、女王の敵がやってきた。みんなで女王を守るんだ。てごわい敵でも、みんなでかかればこわくない!”」

 

 こちらの態勢が整う前に、キャスターの次の詠唱が終わる。すると、いつの間にか彼女の手にはトランプの束が握られ、それを一枚一枚バラバラに地面へと投げていく。

 地面に落ちたトランプはみるみるうちに巨大化し、人と同じサイズに───いや、これは、それどころではない。人間と同じサイズのトランプの兵士の軍勢が、瞬く間に構築されている!

 

「ハートの女王のトランプ兵……!?」

 

 体はトランプに手足が生えた程度のものだが、一体一体の魔力量は並のエネミーを遥かに凌駕している。手にした剣、槍、斧は飾りではなく、間違いなく殺傷能力を備えているだろう。

 

「さあ、行ってきて、あたし(アリス)のたくさんのおともだち!」

 

 それを合図に、トランプ兵が一斉にアヴェンジャーへと詰め寄せる。トランプ兵の出現が完了するまでに、幾ばくかの猶予を得たアヴェンジャーは、既に態勢を直し、襲い来る雑兵の大群を迎撃する。

 両手を使ってトランプ兵を次々と葬っていく。片方の手の大鎌で斬り裂き、片方の手の旗で凪ぎ払う。時には足で地面を踏み鳴らして炎を撃ち出し、敵の全身を焼き尽くす。

 紙の体を持つトランプ兵は、アヴェンジャーとの相性がすこぶる悪かった。紙は刃物や火に弱いもの。その両方の攻撃手段を持つアヴェンジャーにとって敵ではない。

 数は多いが、確実に対処しきれている。

 

 トランプになぞらえてか、トランプ兵の数は全部で52体ほど。まさかこれ以上は増えないだろう。

 

「私もナメられたものね。この程度の雑魚で私が抑えられると思われているなんて!」

 

 実際、アヴェンジャーは余裕を崩していない。嬉々としてトランプ兵は討ち取っていた。エネミーよりは強いが、知能は同程度らしく、連携も無ければ搦め手も使ってこない。

 

 ものの数分と掛からず、残り10体にまで数を減らしたところで、私はようやくトランプ兵に隠れて見えなくなっていたキャスターの姿を再度視認した。

 

「え……?」

 

 次々と倒されていくトランプ兵たち。自身の駒を潰されているというのに、キャスターは微笑んでいる。

 何故……、そう思った時、私は見落としがある事に気付いた。

 

(トランプは()()()()()を入れると53枚……。という事は、あと一体まだ存在する!?)

 

 すぐに周囲を確認するが、それらしき姿は見当たらない。だが、キャスターの様子から察するに、何か隠し玉を持っていてもおかしくない。

 

 アヴェンジャーにも念話で伏兵の可能性を伝える。私の懸念を否定せず、残ったトランプ兵に異物が交ざっていないか注意深く観察するアヴェンジャー。しかし、やはりそれらしきモノは居ない。

 

(……あれ? アヴェンジャーの影が濃いような……?)

 

 ふと、周囲を観察していて違和感を覚える。自分の影やトランプ兵の影と見比べてみても、明らかにアヴェンジャーの影だけ色が濃い。

 と、その時だった。

 

「なっ!?」

 

 唐突に、アヴェンジャーの動きが止まったのだ。いや、()()()()()。自分で止まったのではなく、不自然に動きが阻害されたかのように見えたが……。

 

「つーかまーえた!」

 

 クスクスと楽しげに笑うキャスター。彼女の視線を追ってアヴェンジャーの足元を見れば、その影から彼女の足首を掴むように、真っ黒な手が伸びているのが分かる。

 伏兵であろうジョーカーを冠するトランプ兵は、他のトランプ兵の軍勢に紛れてアヴェンジャーの影へと潜んでいたのだ。

 

「まさか、そんな所に……!」

 

 足を引っ張られ、思うように動けないアヴェンジャー。それどころか、姿勢を崩された彼女の元に、倒しきれていないトランプ兵が殺到する。

 

 取るに足らない敵とはいえど、その場から動けないのであってはアヴェンジャーであっても全ての攻撃を捌ききれない。ダメージを負うのは覚悟の上で、アヴェンジャーは旗を地面に突き立て、自身を中心とした炎のサークルを作り上げる。

 無論、アヴェンジャーが起点となる炎の円陣であるが故に、アヴェンジャー自身も炎のダメージは負うのが必定だった。

 

 防御も兼ねた攻撃は、アヴェンジャーの足首を掴んでいた黒い手にも及び、手は影の中へと引っ込んでいく。迫っていたトランプ兵も、ほとんどが炎の餌食となり、残ったのはたったの3体のみ。

 影に隠れた敵への追撃として、影に向かって炎を撃ち出すが、その寸前でアヴェンジャーの影から何かが飛び出し、トランプ兵の背後へと位置取る。

 

「仕留め損ねたけど、やっと影から出てきたわね。隠れて攻撃するしかないような情けないヤツなんて、軽く捻ってやるわ」

 

 さっきの妨害から、おそらくはジョーカーを冠するであろう影の存在が雑魚だと判断したアヴェンジャー。だが、影は思わぬ形へと転じていった。

 形を何度も変えながら、ぐねぐねと蠢いていた黒い物体は、やがて人型へと形状が整えられていき、その姿は私たちのよく知るものへと変貌する。

 

 肌も、髪も、衣服も、全身余すところ無く真っ黒だけれど、その姿は紛れもない()()()()()()()()()()()だった。

 

「“変身するわ、変身するの。私は貴方、貴方は私。変身するぞ、変身したぞ。俺はおまえで、おまえは俺だ。”……こっちのお姉ちゃんはあたし(アリス)あたし(ありす)のおともだち。だから、そっちのお姉ちゃんももういらないわ!」

 

 キャスターが宣言するや否や、黒塗りのアヴェンジャー?らしきモノがトランプ兵を押し退けて突進してくる。大鎌も、旗も、どちらもアヴェンジャーと全く同じ武装で。

 

「贋作の贋作とか、反吐が出るわ。その上、武器まで真似るとか。……虫酸が走る!!」

 

 ジョーカーのトランプ兵が自分の似姿をとった事に憤怒するアヴェンジャー。これまでに見たどんな顔よりも、その表情は憎悪に満ちていた。

 アヴェンジャーは真っ向から、偽物の振り下ろした大鎌を、同じく大鎌で受け止める。力もアヴェンジャーと同等なのか、押さず引かずの攻防を繰り広げていた。

 姿や武装だけでなく、ステータスまで同じだというのだろうか。それではまるでコピーだ。

 まるっきり同じ姿と同じ能力をコピーする。それもサーヴァントに対しての行使すらも可能とするキャスター。はっきり言って、キャスターの能力は度を越えている。並の範疇の域を遥かに逸している。

 存在そのものが英霊として異質なのは承知していたが、その能力までも常識の外にある。

 

 このコピーを倒すには、アヴェンジャー自身が己を越えるしかない。もしくは、マスターの私が頑張らなければならない。

 なら、やることは決まっている。少年漫画みたいにそう簡単に自分を越えられるものではない。故に選ぶのは後者。アヴェンジャーへの魔力供給を増加するのだ。私の負担は大きくなるが、ジョーカーを倒すためには仕方ないだろう。

 

(アヴェンジャー、魔力多めに送ってパワーをブーストするよ)

 

(良い判断です。さあ魔力をもっと寄越しなさい?)

 

 途端、私が魔力を送るよりも早く、アヴェンジャーから急激に魔力を吸い上げられていく。その吸引力は、ダイ◯ンもかくやというものすごい勢いで、私の魔力が急速に減っていくのが分かる。

 一気に魔力を持っていかれたので、ドッと疲労感が押し寄せてくるが、その甲斐あってか、吸い上げた魔力量に比例して、アヴェンジャーの出力も強大なものへと変化する。

 

「力が滾る……! そぉら!!」

 

 アヴェンジャーは偽物押し返すと、その腹に容赦なく旗の柄を叩き込む。ブーストされた筋力から繰り出された一撃は、偽物をキャスターのすぐ隣にまで吹っ飛ばした。

 ただ、やはり元がアヴェンジャーのコピーであるためか、ダメージはあるが倒すまでには及ばなかったらしく、受け身を取ってすぐに立ち上がる。

 表情がまるで変わらないので、どれほどのダメージを与えられたのか判別できない。

 

「まあ! 乱暴なヒトね? そんなひとには、女王さまのオシオキがひつようだわ!」

 

 アヴェンジャーが攻撃の全てに対処できているのが面白くないのだろう。キャスターは、その容姿のために決して恐くないが、こちらに睨みを利かせると、ジョーカーと並び立ち、詠唱を始める。

 

「“寒い寒い冬の国。積もった雪、広がる一面の白い世界。ペタペタ形を整えて、真っ白な雪の像の出来上がり!”」

 

 詠唱が終わると同時、キャスターが両手を前に押し出すように掲げると、その動きに応じるように、猛烈な吹雪がアヴェンジャーへと吹き寄せる。

 氷雪は刃となり、無数のダイヤモンドカッターが襲い来る。

 

「炎を操る魔女に吹雪で攻撃とか、バカなのかしら?」

 

 だが、アヴェンジャーは炎で壁を形成し、難なく吹雪を防いでみせた。……でも、腑に落ちない。アヴェンジャーが炎を使うのは分かっていたはず。なのに、何故キャスターは分かった上で吹雪を放った?

 

 私の疑念は、悪い形で現実のものとなる。

 キャスターの隣に立っていたアヴェンジャーのコピー体が、パチンと指を鳴らした。その直後、突如としてアヴェンジャーの背中辺りで小さな爆発が起き、爆風はアヴェンジャーを自らの作り出した炎の壁へと押し出したのだ。

 

「ぐ、ああああ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 

 炎を操るとはいえ、アヴェンジャー自身に完全な炎の耐性が備わっているわけではない。不意打ちでまともに防御する余裕があるはずもなく、無防備のままに肌を焼かれるアヴェンジャー。

 

 吹雪による攻撃は、アヴェンジャーがそれを炎で防ぐと読んでいたから。炎の壁は吹雪を防ぐにはもってこいだったが、同時に視界もそれに遮られる。その隙を、キャスターは突いてきたのだ。

 彼女自身が作り出した炎で、アヴェンジャーを自滅させるために。

 

 言動も容姿も幼い彼女(キャスター)だが、やはりサーヴァント。見た目にそぐわぬ計算高さを、あのキャスターは備えている。

 

「アヴェンジャー!」

 

 炎の壁を突き抜けたアヴェンジャーは、そのまま吹雪に身を晒される。極寒の刃が、焼かれた肌を切り裂いていく。

 

「あ、がッ……、アアアアアアァァァァ!!!!」

 

 アヴェンジャーの凄絶な絶叫が響く。しかし、それは耐え難い苦痛から来るものではない。

 雄叫びを上げながら、アヴェンジャーは火傷で痛み、吹雪に凍える体に鞭打ち、再び炎で吹雪を掻き消す。今度は壁ではなく、放射する形でキャスターに反撃したのである。

 

「きゃっ!?」

 

 さっきはアヴェンジャーの行動を読んだキャスターも、流石に意図せぬ反撃には対応が遅れ、回避する間もなく眼前にまで炎が迫る。

 一矢報いたかと思われた、アヴェンジャーの決死の反撃。だがしかし、思わぬ妨害により妨げられる。

 キャスターの隣に居たジョーカーが、彼女の代わりに炎をその身で受け止めたのである。

 ジョーカーの全身を一瞬で炎が包みこんでいく。がむしゃらに放ったであろうアヴェンジャーの全力による火炎放射は、すぐさまジョーカーを完全に燃やし尽くし、後に残ったのは灰だけだった。

 

「あーあ。せっかくの新しいおともだちが消えちゃった。つまんないつまんない! せっかく楽しく遊んでるのに、お姉ちゃんたらじゃまばっかり! そんなわるいおとなは騎士さまに成敗してもらわなくちゃ。“二人の女王が白黒マス目の陣取り合戦。勝つのはどっち? あっち、こっちに行ったり来たり。頭を使って追い詰めろ! ”」

 

 戦いが始まってまだ数分、既にアヴェンジャーは傷だらけのボロボロで満身創痍だというのに、キャスターは傷一つ負うことなく、ケロッとした顔でもう次の手を打ってくる。

 

 詠唱の後に、彼女の前に降り注ぐのはおよそ10体程のチェスの駒。それも、先程のトランプ兵同様、信じられないくらい巨大化している兵隊として、だ。

 

「はあ…はあ……。一体いくつ、手駒を隠し持ってんのよ……!?」

 

「うふふふふ!」

 

 にこやかに、和やかに、朗らかに、キャスターは笑う。さしずめ彼女は獲物をいたぶって楽しむ狡猾な猛禽類。そしてアヴェンジャーは否応なく弄ばれるしかない小動物───今や、そんな構図が出来上がりつつあった。

 

「アリスのお茶会は始まったばかり。もっともっと、楽しみましょう?」

 

 それは決して参加すべきではないパーティーへの誘い。それすなわち、死への(いざな)いである───。

 

 

 

 


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