Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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初めての前書きです。
なんとなく書いてみたら、まさかこんなに読んでもらえるとは思いませんでした。

気ままに書いていこうと思いますので、しばしのお付き合いをいただければ……。

 


私には覚悟が足りない───

 

 遠坂凛と別れてからその後、結局夕方になっても言峰神父に会う事が出来なかった。

 彼女とのやりとりで、精神的に打ちのめされた私は、言峰神父を探しはしたものの、その足取りは重く、思うように校舎を回れなかったのだ。

 

 気付けば、私は教室に居た。予選の時の自分のクラスだった2-Aの教室。昼間は何故か入れなかったが、いつの間にか開放されていたらしい。

 私以外にもチラホラと生徒の姿がある事から、彼らもまた、ここで休息をとっているのだろう。

 

 男子生徒が二人、たむろしてだべっているのが自然と耳に入ってくる。

 

「試しにアクセスしてみたら、予選を突破しちゃってさー。やっぱ俺って天才ハッカーなのかもな」

 

「俺も興味本位で参加してみたけど、まさか本戦に行けるとは思ってなかったぜ」

 

「俺の対戦相手はあの遠坂らしいんだけど、ま、軽くひねってやるぜ!」

 

「お、言うね~! 俺なんて変なガキだぜ? 見た目なんてまんま幼女だし。こりゃ楽勝かな?」

 

 ゲラゲラと呑気に笑う二人に、私は頭が痛くなる。先程見た遠坂凛……彼女はその纏う空気も、その中身も、彼らとは違う一流のそれだった。

 そんな彼女に、興味本位程度で参加した彼が勝てるとは到底思えない。

 もう一人の男子生徒が言う幼女とは、まさか三階で見かけたあの子の事だろうか……? やはり、本当にマスターだったという事か……?

 

 考えたところで、仕方ないとは分かっている。今の私は、自分の事だけで手一杯なのだ。無闇に悩んでばかりいられない。

 そんな悩める私に、教室の隅の方から声が掛けられる。あまり聞き慣れない男の声だ。

 

「よう、白野。予選でも同じクラスにいたんだけど、俺の事は覚えてるかい?」

 

 にこやかに笑いかけてくる彼ではあるが、あいにく、私は彼に覚えがまるでない。記憶喪失うんぬんとか関係なく、普通に知らない。

 

「ごめん、ちょっと……」

 

 申し訳ないが、私は率直に謝罪と事実を述べた。これはいわゆる、『あの子を俺は知ってるけど、あの子は俺を知らない』というやつだ。うん、なんだかライトノベルのタイトルのような文面に見えなくもないが、そんなところだろう。

 男子生徒は私の言葉に少しだけ残念そうな顔をするが、すぐに爽やかな笑顔へと戻る。

 

「仕方ないさ。みんな似たようなアバターを使ってアクセスしてるわけだしね。遠坂や慎二みたいに、俺もカスタムアバターを使ってみたいよ」

 

 カスタム……アバター?

 ここで聞き慣れない単語に、私は知らずのうちにその単語をリピートする。私の言葉に、目の前の男子生徒は変わらずの好青年ぶりで、言葉の意味を説明してくれた。

 

「ん……? 白野はカスタムアバターを知らないのか? いや、そんなに可愛い見た目してるから、てっきり白野もカスタムアバターなもんだとばかり……。あ、いや、うん。えっと、つまりカスタムアバターってのは、要するに自分専用に改造したアバターって事さ。本来なら俺やお前みたいに、普通のアバターを使うと一般生徒の学生服がデフォルトなんだけど、腕のいい奴らはセラフが用意したアバターを自分自身と瓜二つに設定し直しちまうのさ。それがカスタムアバターって事かな」

 

 ……さりげなく可愛いとか止めてほしい。照れる……。

 まあ、だいたいは分かったけど、私自身は決してそのカスタムアバターとやらでない事だけは断言しておく。

 だって、さっき凛に完全にモブ扱いされてたし。記憶が皆無だが、おそらく私は一流の魔術師ではなかったに違いない。

 

「ところで、お前はもう言峰神父には会ったか?」

 

 と、彼が問いを投げかけてくる。言峰神父にはまだ会っていないと、素直にそう告げると、彼はそれならと、私にアドバイスをくれた。

 

「言峰神父だけど、さっき一階の廊下で会ったよ。なんでも、夕方まで運営NPC専用の控え室で自家製麻婆を煮込んでたから、来るのが遅れたんだってさ。今なら会えるから、白野も行ってくるといいよ」

 

 な、なんだその微妙すぎる理由は……。あれだけ探して見つからない理由が、まさか料理していたからだなんて。

 どっと気が抜けると、私は彼に礼を言って教室を後にする。真剣に悩んでいたのがバカバカしくさえなってきた。

 

 しかし、麻婆を煮込んでいて遅れるとは、一体どんな人物、もといNPCなのか。少し前情報を集めておいた方が良いかもしれない。適当に、そこらに居る生徒達に聞いてみるか。

 

 

「え? 言峰神父がどんな人かって? えっと、そうね……言峰神父は、システムNPC…黒服達の統括者、みたいな感じなのかな。なんか、人間ぽくなくて、ちょっと怖かったけど…」

 

 

「言峰神父? ああ、さっき校内をウロウロしてたよ。なんかすごく刺激的な匂いがしてたけど……。まだ居るんじゃないかな」

 

 

「言峰神父……? ああ、さっき一階で話したよ……。なんか麻婆を凄くイイ笑顔で勧めてきたんだけど……あんなの人が食べるもんじゃなウボロロロロロ……」

 

 

 なんだろう。そこはかとなく、関わってはいけないような危険臭がプンプンする。あまつさえ、尊い犠牲───被害者も出ているようだし。

 でも、会って話さない事にはどうにもならないし……。

 

「あら、誰かと思えば、記憶喪失のひよひよマスターさんじゃない」

 

 と、悩める私の少し前方上方より声を掛けられる。チラリと目を向けると、階段の上から降りてきたらしい凛の姿が。

 その際どすぎるミニスカで階段はいかがなものかと思わなくもないが……。まあ、ヤブヘビだろうし言いはしないが。

 さすがに丸一日、屋上で過ごす訳もないのだろう。彼女も落ち着ける場所を探して降りてきたのかもしれない。

 

 そうだ。今ならさっきよりは気が紛れているので、彼女に色々と教えを請えるかもしれない。この聖杯戦争についても詳しい様子であったし。言峰神父に会うのはそれからでも良いはずだ。

 別に、あぶない感じがするからと言う理由で、接触を避けている訳では決してない。

 とまあ、言い訳がましくもそう思い、私は凛にご教授願ってみた。

 

「まだ何かあるの? あの時も言ったけど、これは戦争で、わたしとあなたは敵なのよ。あんまり馴れあってほしくないけど……。……まあ、記憶がないんだからしょうがないか。少しでも情報が欲しいんだろうし……」

 

 なんだかんだで、遠坂凛という少女はお人好しなのだろう。先程は突き放した私に、こうして温情を掛けてくれようかと迷っているのだから。

 それを迷う時点で、彼女はお人好しなのだ。

 

「…………。はあ、仕方ないわね。基本的な知識だけなら教えてあげる。それでいいでしょ? それ以上は自分で取得するコト。セラフにだって情報検索出来る場所はあるし、ま、リハビリと思いなさいな」

 

 結局は、教えてくれる事にした凛に、私は感謝の意を込めて、満面の笑顔で尋ねた。

 

「そのセラフがもう分かりません」

 

「……そっか、そこから分からないのね」

 

 若干の諦めた顔、もしくは何かを悟ったような顔でため息を吐くと、凛は心を入れ替えたと言わんばかりに、態度をキリッと切り替える。教師の格好が似合いそう、などという感想が思わず浮かんだ。

 

「『霊子虚構世界(セラフ)』。わたし達が今居るこの仮想世界の事よ。電脳世界って言い方もあるわね。とはいっても、そこらのスパコンやら、有機ネットワークやらのとは、それこそ桁が違うわよ。普通なら英霊の再現なんて、1体でもリソースを使い果たして即ダウン。それが、ここでは、100を越す数が存在している。予選での学校や、NPC───システム側の管理するAIキャラの作り込みを見ただけでも予想はつくでしょ?」

 

 言われてみれば、確かに……。この自分の体ですら、現実感(リアリティ)しか感じないのに、それに加えてエネミーやらサーヴァントやら、更には人間のような精度を持つNPCが、これだけの数も存在して容量過多(キャパオーバー)にならないのは凄まじい。何から何まで、リアルに出来ているのに、正常を保てているのだから、そのスペックは計り知れないものだ。

 

「何もかも規格外の代物だから、ここにはAクラスのハッカーでないと、アクセスする事すら出来ない。そう、わたし達のような、魂を霊子(データ)化して送り込める、ウィザード級のハッカーでないとね。とりあえずここまではいいわよね?」

 

 ……少し頭がパンクしそうだが、とりあえずはついて行けている。では、そもそもそのウィザードとは一体どんな存在か。アヴェンジャーからはその辺、詳しく聞いてはいなかったし。この機会に聞いておこう。

 

「はいはい……そういえば、予選からまだ学生気分が続いてる状態で記憶喪失なんだから、それも知らなくて当たり前か。……そうね。この霊子虚構世界(セラフ)が仮想空間である以上、わたし達が実体でない事くらいは分かるわよね」

 

 それはそうだろう。だって、さっきからNPCやらデータやらリアリティやら、VRゲームの話でもしているような感覚なのだから。アバターとか、正にそうだし。

 

「あら、ヒヨコにしては飲み込みが早いコト。教える身としては楽で助かるわ。普通のハッカーは、仮想世界への侵入はプログラムを組んでの間接介入になるけど、わたし達霊子ハッカーは違う。魂そのものをプログラム化して、仮想世界へ直接に介入出来るのよ。あらゆる情報をダイレクトに摂取でき、即座に出力できるから、その能力は普通のハッカーとは比べ物にならない」

 

 ……イメージとしては、ネットという電脳空間に、『ナビ』というAIを送り込んで情報のやりとりをする───といったゲームがあったが、そんな感じだろうか。

 

「□ックマンEXEの事? うーん、そうね……。そのナビと自分自身とを置き換えた感じかしら?」

 

 通じた……!? まさかこの知識を共有出来るなんて思いもしなかったので、少し感激してしまう。

 しかし、何故記憶は無いのに、こんなしょうもない情報は頭にあるのだろうか。疑問である。

 

「そして、これは誰にでも出来る事じゃない。生まれつきの才能が必要よ。生まれつき体に、──そう、“回路(サーキット)”を持っている者。それがウィザードよ。世に聞く第三魔法が魂の物質化なら、ウィザードが行うのは魂のデータ化。“魔術師(ウィザード)”の現代版ってとこね」

 

 なるほど……。たいへん分かりやすい説明だった。これでウィザードがなんたるかは、だいたい理解出来た。

 だが、ウィザードが才能が無ければなれないのなら、私にはその才能があったという事か?

 ……まるで実感が湧かない。そんな才能(もの)、到底あるようには思えないからだ。なんたってヒヨコマスターだし……。

 

「……なによ、そのアヒル口ならぬヒヨコ口。……ちょっと可愛いじゃない。で、それで他に聞きたい事は?」

 

 少し拗ねていると、凛が私から目を反らしながら、次の質問はないかと尋ねてくる。

 ならば、聖杯そのものについて聞いてみようか。()()戦争なんて、名前に付くくらいだし。詳しく知っておいて損はないだろう。

 

「そうね、この聖杯戦争の優勝商品だし、気になるのも当然よね。ま、わたしも実物を見た訳じゃないから、詳しい事は口に出来ないわ」

 

 なんだ……凛でも詳しくは知らないのか。少し残念だ。なんでも知ってる物知り博士みたいだったのに。

 

「な、なによ。わたしだって万能って訳じゃないんだからね。そりゃあ、なんでもは知らないわよ。知ってる事だけ。それしか教えられないもの」

 

 それもそうか。高望みしすぎるのもよくはない。私なんて、凛よりももっと何も知らないのだから。それに私は教えてもらっている身。凛を責めるのは筋違いというものだ。

 

「けれど、その実在と、願望機としての力は間違いない、と言っていいでしょうね。何しろ西欧財閥がわざわざ封印指定にした、ってくらいだから。結構な大物も、この聖杯戦争に参加してるし。噂の尾ひれ……を割り引いて考えてみても、聖杯に眠っている力は計り知れないわ。世界を容易に変え得るほどの物よ」

 

 そんなに凄いのか……。まあ、それも当たり前と言える。こんなに凄まじい性能を持つセラフが用意した賞品だ。おかしな話でもないだろう。

 

「───ただし、このセラフの深層に至り、聖杯を手に出来るのは、勝ち残り、最後に残ったただ一人のマスターのみ。だから全てのマスターは敵同士なの。勿論あなたとわたしもね」

 

 やはり、お人好しであれど、その辺の線引きは出来ている凛。それこそが一流たる所以の一つなのかもしれない。

 では、そんな凛自身の事を聞いてみようか。予選の時から、噂の美少女について気になってはいたし。

 

「……わたしの事なんか聞いてどうするのよ。予選のあの学校じゃあるまいし、友達ごっこしても仕方ないでしょ。あ。もしかして、わたしの情報を集めて、対戦した時に優位に立とうってわけ? ふーん、意外と考えてるじゃない」

 

 いや、別にそんな気はありませんが……。

 

「でもムダよ。あなたは次の相手に勝てないもの。実力も低いし、闘いへの姿勢もなってない。……そんなあなたに色々教えてるわたしも、ひどくムダな事をしてるのよね。はぁ……考えると鬱だわ」

 

 く……やはり凛は一言多い! せっかく紛れていたのに悪い気分が甦りそうだ!

 でも、あらかた聞きたい事は聞けたような気がする。そろそろお開きで良いだろう。あ、言峰神父の事だけ最後に聞いておこう。

 

「言峰神父……? あの外道麻婆神父なんて知らないわよ。あのヤロウ、麻婆を世界破壊兵器にでもしようとしてるのかは知らないけど、中華が得意なわたしとしてはアレを麻婆だなんて認められるかっての! そのクセ、八極拳なんて身に付けてるから更正しようにも返り討ち……(たち)が悪いったらないわよ!」

 

 何を思い出したか、荒れてきた凛に、私はお礼を言って逃げるように一階へと退散した。このままでは、要らぬとばっちりを受けそうな気がしたからだ。

 

『藪蛇という奴ね。せっかく綺麗に終わろうとしていたのに、あの女を怒らせてしまったみたい。ふふ……我がマスターにしてはなかなかやりますね。褒めてあげましょう。あの女のあの姿、少し気分がスッとしたわ』

 

 アヴェンジャーが姿を消したまま話しかけてくる。どうにも、アヴェンジャーは凛が気に入らないらしい。本人の前でそれを言わないでくれただけ、まだ良かったものを……。まったく、扱いに困ったサーヴァントである。

 

『……ちょっと待って。なんですか、この鼻を抉るかの如き強烈な香りは。まるで竜の胃酸のような刺激臭……』

 

 途端、アヴェンジャーの声が不快感一色に染まる。彼女の言うように、確かに強い香辛料の香りが私の方にもプンプン漂ってくるが、そこまで強烈ではないような……。

 むしろ、香ばしいとさえ思うのだが、気のせいなのだろうか。

 

 その匂いの発生源はすぐに私の知れる事となる。階段を降りてすぐの所、そこに、カソックを纏った長身の男が立っていた。胡散臭さはあれど、彼が件の言峰神父に違いない……そんな直感が、私にはあったのだ。

 

 神父は私の姿を見つけるや、不敵な笑みを浮かべて拍手で称える。

 

「本戦出場おめでとう。これより君は、正式に聖杯戦争の参加者となる。私は言峰。この聖杯戦争の監督約として機能している、NPCだ」

 

 やはり、彼が言峰神父……。しかも、この声……予選の最後の間で聞いた声と全く同じだ!

 散々人を馬鹿にした天の声、その本人が目の前に居る……。

 

「今日この日より、君達魔術師はこの先にあるアリーナという戦場で闘う事を宿命付けられた。この闘いはトーナメント形式で行われる。一回戦から七回戦まで勝ち進み、最終的に残った一人に聖杯が与えられる」

 

 それは、つまり……一回戦を終える毎に、この校舎から半数ものマスター達が脱落していくという事だ。そして七回戦まであるのなら、この聖杯戦争に参加しているマスターの数は───。

 

「ほう、察しがついたかね。その通り。つまり、128人のマスター達が毎週殺し合いを続け、最後に残った一人だけが聖杯に辿り着く。非常に分かりやすいだろう? どんな愚鈍な頭でも理解可能な、実にシンプルな殺し合い(システム)だ」

 

 そんなシンプルなシステムなんて、理解したくもない。だが、理解しなければ、この先を生き残っていくなんて不可能であろう。そう、凛が私に言っていたように、覚悟を持たねば、簡単に駆逐されてしまうだろう未来が目に見えている。

 

「闘いは一回戦毎に7日間で行われる。各マスター達には1日目から6日目までに、相手と闘う準備をする猶予期間(モラトリアム)がある。君はこれから、6日間の猶予期間で、相手を殺す算段を整えればいい。そして最終日の7日目に相手マスターとの最終決戦が行われ、勝者は生き残り、敗者にはご退場いただく、という具合だ」

 

 それが、聖杯戦争の大まかな流れ……。対戦者同士は互いに殺し合うために牙を研ぎ、弱点や付け入る隙を嗅ぎ回る、という事か。それを、平然と言ってのけるこの神父もそうだが、私は寒気を禁じ得ない。

 だって、あの凛だって人を殺すと当たり前のように言った。ここでは、『殺す』という行為が平然と認められているのだ。それも、当然だと言わんばかりに、ごく自然に。

 そんな中に馴染めなんて、岸波白野(わたし)には無茶なオーダーというものだ。

 

『貴方が記憶の不備において、現在はただの女子高生であっても、この現実を受け入れなければ死が待っているだけです。死にたくないのなら、諦めて殺し合いに興じなさい? 興が乗らないのだとしても、せめてマスターを演じなさい。そうでなければ私の邪魔でしかないのだから。貴方が私のマスターとしての役割を演じている限りは、私も貴方のサーヴァントとして、仇なす敵の一切を屠りましょう』

 

 姿の見えないアヴェンジャーからの言葉。それは私の身を案じているようで、まるでその真逆。存外に、『マスターとして役割を果たさないのなら、その時は殺す』という意志が明確なまでに見え隠れしている。

 アヴェンジャーにとって、私はこの聖杯戦争へ参加する為の切符でしかないのだ。それは、彼女と契約した時の言葉からも分かっている。

 

 アヴェンジャーは、少しでも私がマスターとして失格だと判断したなら、私では勝ち進めないと確信したなら、即座に私を排除しようとするだろう。

 

 それがアヴェンジャー……復讐者たる彼女の在り方なのだ。復讐という、憎悪と憤怒にまみれた、邪悪な魔女。それが、彼女なのだ。

 

「……」

 

「いささか顔色が悪いようだが、何か聞きたい事があれば伝えよう。最低限のルールを聞く権利は、等しく与えられるものだからな」

 

 ……。とても気分が悪いが、聞けるうちに聞いておいた方がいいだろう。情報は有るだけ有った方がいいのだから。

 

「……じゃあ、聖杯戦争で生き残るには?」

 

「今言った通りだ。6日間の準備の末に、相手を首尾良く殺せばいい。そのために、サーヴァントという強靭な剣が与えられただろう? そうだな、助言するならば、6日あるとはいえ、計画は入念に立てておく事を推奨しよう。逆に言えば“6日しかない”のだからな」

 

 それは自分だけでなく、対戦相手にも同じ事が言える。その6日の間に、相手よりも準備の質も速度も劣れば、それがそのまま敗北に繋がるからだ。

 

「端末にメッセージって聞いたのは?」

 

「その端末はこの聖杯戦争システムからのシステムメッセージを受けるものだ。配信されるメッセージは、注意深く見ておくといいだろう」

 

 あと聞かなければならない事。それは、私の対戦相手についてか。まだ覚悟の持てない私だけど、このまま闇雲に進むのだけは避けたい。それだけは、してはいけない。

 

「私の対戦相手がまだ決まってないけど……?」

 

「何? 一回戦の対戦者が、まだ、決まっていないだと? ふむ……少々待ちたまえ」

 

 言峰神父は私の言葉に、訝しげに目を閉じて、祈るように黙りこくる。そして少しの沈黙の後、

 

「───妙な話だが、システムにエラーがあったようだ。君の対戦組み合わせは明日までに手配しよう」

 

 まさか、まだ知らされていないだけ……ではなく、本当にまだ決まってすらいなかったのか……。

 だが、明日には対戦相手が決定する。そして、第一回戦が始まってしまう。

 私は、それまでに少しでも心構えを持てるだろうか……。

 

「それから、最後にもう一つ。本戦に勝ち進んだマスターには、個室が与えられる。これを受け取りたまえ」

 

 そう言って、言峰神父が差し出してきた手に、私は出す。すると、光る何かが私の手元に落とされ、それはポケットに入れていた私の端末へと自然と吸い込まれていった。

 

「これは……?」

 

「それはマイルーム認証コードだ。君が過ごしたクラスの隣、2-Bが入り口となっているので、認証コードのインストールされたその端末を扉に翳してみるといい。さて、これ以上長話をしても仕方あるまい。アリーナの扉を開けておいた。具合が悪かろうと、今日のところはまず、アリーナの空気に慣れておきたまえ。君は言わば、他のマスター達よりも出遅れている」

 

 それは……確かに、そうだ。覚悟も、記憶も、対戦相手も……全てにおいて、私は他のマスターに比べて遅れている。しかも、私が最後の本戦に選ばれたマスター。少しでも遅れを取り返さねばなるまい。

 

「アリーナの入り口は、予選の際、君も通ったあの扉だ。では、健闘を祈る。そして失礼する。私はこれから自作麻婆の製作に戻らねばならんのでね。アリーナから戻った頃にでも、君にもご賞味いただこう。なに、遠慮は要らない。これから始まる君の聖杯戦争、その餞別だ」

 

 言うだけ言うと、言峰神父は地下の食堂へと姿を消していった。あれで、彼なりの私への気遣いだったのだろうか。

 

『言っておきますが、私は絶対に食べないから。貴方が無理と言っても、私は知りません。その時は、嫌がる貴方の口に無理にでも突っ込んで食べさせるから、そのおつもりで』

 

 そんなに言峰神父の作る麻婆を食べたくないのか、アヴェンジャー。

 まあ、少しは気分がマシになった。今のはアヴェンジャーなりに、私の聖杯戦争への気負いを紛らわす為の嫌味だったのだろう。

 ……気を紛らわせるのに嫌味とは、いかがなものかと思うのだが。

 

 そして、私は廊下を進む。予選の時とは違う、本戦としては初めての、エネミーが闊歩するであろう戦場へ───。

 

 今度は、アヴェンジャーと一緒に。

 

 


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