Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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猶予期間最終日、突入──

 

 新しい朝を迎え、私は「ん~っ」と身体を伸ばして目覚めた。

 どうやら知らぬ間に寝てしまっていたらしく、そういえばアヴェンジャーは……と、横を向いたところで気がついた。

 私の寝ていたすぐ隣に、昨日アヴェンジャーが急拵えしたものとは少し違った、きちんと整備の行き届いたチェーンベルトがちょこんと鎮座していたのだ。

 次に、私はその作者であるアヴェンジャーの姿を探して、彼女の専用スペースへと目を向けると、

 

「……すぅ」

 

 静かに寝息を立てて、横になっている彼女が居た。

 多分、夜通しで昨日は作業に当たっていたのだろう。私に、「明日までには出来る」と言ってしまった手前、完徹で完成と決め込んだらしい。

 手先は器用だけど、そういうところは不器用だなぁ、なんて思ってみたり。

 

 寝ているアヴェンジャーを起こすのも悪いので、私はこっそりと部屋を後にする。一仕事終えてくれたのだから、労いの意味も込めて、朝食の買い出しにでも行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 購買へ来てみると、そこには何故か一成と桜、そして言峰神父の姿があった。それにしても、不思議というか珍しいというか、とにかく変わった組み合わせだな。

 

「あ、岸波さん」

 

「ん? おお、岸波ではないか」

 

 と、どうやら桜が私が来た事に気付いたらしく、他の二人も私へと視線を向けてくる。

 運営に携わるAIの三人がこんな朝から揃っているのだ。私は何かあったのかと疑問に思い、彼らに問うてみる。

 

「何か問題でも?」

 

「問題……という程の事でもないのだがね。購買のデータに軽い異常が見られたのだよ」

 

 言峰神父にしては珍しく、困ったように──本当にほんのわずかだが、顔をしかめて私の問いに答える。

 

「うむ。何故か、購買に『あんみつ』が入荷されていてな。購買のNPCから俺の元に報告が来たので、調査の後に応援として上位AIの二人を呼んだという訳だ」

 

 おっと、聞かなくても一成が私の聞きたい事を全て話してくれた。なるほど、だからこの三人がここに一堂に顔を合わせている、と。

 そしてその購買に起きたという異常。何故にあんみつ……?

 

「分かりません。私達NPCやAIの誰も、そんなデータの追加はしていませんし、もししたとして、それをする理由がありません」

 

 ふーむ、桜の意見はもっともだ。確かに、NPC達がこんな事をする意味が見出せないし。

 ならタイガーは? 藤村先生なら、案外やってもおかしくないし怪しくない。現に、私も意味不明な頼まれ事をされたし。

 

「いや、俺も真っ先に藤村女史に訊ねたのだ。だが、彼女も何ら一切の関与は無いと証言していてな……」

 

「はい。藤村先生は確かにそういうところがありますが、嘘はつかない人ですので、信じて良いと思います」

 

 うむむ……。桜の太鼓判もあるし、私もそこら辺はタイガーを信用しているので、タイガー犯人説の線は切れたか。

 でも、他に心当たりは無いのだろうか?

 

「無いな。聖杯戦争の運営責任者として、ハッキングを受けたか私直々に調査、確認したが、それらしき痕跡はまるで見つけられなかったのだ」

 

 言峰神父が仕事の手を抜くとも考えられないし、この人も嘘は言わないタイプの人間っぽいし、ならば購買に起こった不具合とは何なのか。

 

「まあ、聖杯戦争に実害が有るでも無し。実際にこのあんみつを購入しているマスターも存在しているらしいので、現状の処置としては黙認、ないし放置といったところだろう」

 

「俺も、それで良いかと思っている。買う者がいる以上、利益として運営に還元されているのだ。他に異常も無いようだし、様子見だな」

 

「はい。私もそれで異論ありません。聖杯戦争が命懸けとはいえ、マスターの健康管理の面からも、少しは嗜好品も精神衛生上はあった方が良いですから」

 

 どうやら結論が出たらしい。最高責任者である言峰神父が放置すると断言したのだ。問題無ければ二人にも反論の必要も意味も無いだろう。

 

「マスターである君がそこまで案ずる必要もない、という事だ。さあ、気兼ねなく購買を利用するがいい。さて、私は私で購買に新しく入荷予定の商品を開発中なので、これで失礼するとしよう」

 

 それだけ言って、言峰神父は食堂の奥の部屋へと消えて行った。あんみつの謎も気になるが、言峰神父が開発中という新商品も気になる。というか、そちらの方が気になるのだが。

 だって、()()言峰神父だよ? 何か奇想天外なモノを売り出すに違いない。そして、買った者を愉悦の笑みを浮かべて眺めるのだろう。

 ……まあ、そもそも買う人が居るのか分からないのだけども。

 

「では、俺も戻るとするか。まだ他に仕事が残っているのでな。それでは失礼するぞ、岸波。壮健にな!」

 

 一成も、私に励ましの言葉を掛けて、食堂から出て行った。やっぱり、運営のAIともなると忙しいのだろう。何か謎なモノを開発しているような一部例外を除いて、の話だが。

 

「えっと、それでは私も失礼しますね。もし保健室に用事のあるマスターさんが居たら、困るでしょうから……。岸波さんもまた是非、保健室にいらしてくださいね」

 

 ペコリ、と桜は一礼し、パタパタと小さく駆けながら食堂を後にした。いやはや、桜はやっぱり健気な後輩キャラだ。その一挙手一投足が見ていて癒される。

 ……多分、急がなくても誰も保健室には来ないだろうが、それを口にするのは酷というものだろう。

 桜もそれが分かっているから、謙虚気味に言っていたのだろうし。

 

 さあ、私も用事を済ませてマイルームに帰るか。朝ご飯食べない派のアヴェンジャーには、手軽でお腹にも重くないゼリーでも買っていこう。

 あ、お礼も兼ねてプリンも追加。この

 

『産地直送! ~口の中に刺すような甘味を貴方に~』

 

 という謳い文句のプリンを手に取る。生産元は『YARIO村』で、コカトリスの卵を使用している……らしい。

 怪しい。怪しい…のだが、販売している以上、歴とした商品なのだろう。多分、アヴェンジャーはこの怪しいプリンをすぐに口にしないだろうから、同じものを私が毒味用として食べるとするか。

 

「お姉さん、このプリン二つください」

 

「はいはいっと……、プリン二つにゼリー一つ、それと焼きそばパン二つで合計1100PPTですね」

 

 むぅ、結構な額になったが、仕方ない。ここは素直に支出する。

 

「はい。ありがとうございましたー。またどうぞー」

 

 購買のお姉さんからのセールススマイルを受け、買ったものを端末に転送してもらった私は、謎のあんみつの事も忘れてマイルームへと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マイルームへと戻ってくると、アヴェンジャーは既に起きていたようで、

 

「あら、朝から元気だこと。一体どこへ行っていたのかしらね……?」

 

 扉を開けて入ってきた私を見るや、彼女はいやらしい笑みを浮かべてからかってくる。

 残念ながら、キミが期待するような事は何もなかったとだけ言っておこう。

 

「あっそ。それは残念。これからネタにして弄ってやろうかと思っていたのに」

 

 アヴェンジャー、あなたはもしかしておバカなの? 第一、相手が居ないし、居たとして何時殺し合いをする敵同士になるかも知れないのに、そんな呑気な恋愛ごっこなんてしてられない。

 

「ふーん。弁えるところはしっかりと弁えているようですね。ま、私がマスターの色恋なんて許す訳も無いんだけど。アンタは聖杯戦争だけに集中すればいいのよ。脇目も振らず、ただ生き残る事だけに執着すれば……それだけでね」

 

 結局のところ、今のもいつものアヴェンジャーの挑発的な態度からによるものだった…と。そういう事なのか。

 まあ、心配しなくても大丈夫だよ。私は、生き残る事だけに必死なんだから。寄り道も脇道にも逸れたりする余裕はないし。

 

「分かっているのならいいわ。……それで? 結局どこにほっつき歩いてた訳?」

 

 つまらないとでも言いたげな顔をして、アヴェンジャーが私の先程までの行動について詮索してくる。いや、別に隠すつもりもないので、素直に白状するけども。

 

「購買へ行ってたんだ。アヴェンジャー、昨夜は頑張ってくれたみたいだし、朝食の調達も兼ねて何かお礼にと思って。はい、どうぞ」

 

 私は端末から、購買で買ってきたプリンとゼリーを取り出すと、彼女へと手渡す。

 アヴェンジャーは、ゼリーこそありきたりな栄養補給系の商品と一目見て分かるので、普通に受け取るが、プリンの方は手を伸ばしかけたところで動きがピタリと停止した。

 ジーッと、訝しむように怪しげなプリンを見つめるアヴェンジャー。しばらくそうして見つめていた後に、ゆっくりと口を開いた。

 

「……何ですか、ソレ?」

 

「プリン」

 

「いや、それは分かってるわよ。だから、何でそんなゲテモノみたいなプリンを買ってきたのかって聞いてるの」

 

「だって、美味しそうだったんだもん」

 

 コカトリスの卵とか、気になるよね。食べてみたいと思うのが人間の(さが)というものでしょう?

 

「んなの、物好きか頭がトんでる連中だけだっつの。私だって全うな英霊じゃないけど、そんな変なモノ好き好んで食べたくないし」

 

「まあまあ。そう仰らずに、グイッと一口、行っとく?」

 

 そう言いつつ、私はプリンのカップをアヴェンジャーの頬にグリグリ押し付ける。カップ越しでも分かるアヴェンジャーの頬の感触。プニプニしてて、柔らかくて気持ちいい……。直で突っつきたいな……。

 

「ぐっ……し、仕方ないわね。だけど、アンタは私が拒否するのを見越してもう一つ買ってきてるみたいだし、予定通りアンタ自身が先に食べて感想を言いなさい。それ次第で、食べてあげない事もないわ」

 

 結局そうなるよね。というか、目聡いアヴェンジャーは、私がその事を伝える前に袋の中身から、私がプリンをもう一つ買っていて、それが何のためかを先読みしたらしい。

 スキルの直感Aでも持ってるんじゃないの貴方……?

 

 

 

 

 

 結論から言って、アヴェンジャーはプリンを食べました。それはもう、ペロリと底まで綺麗に平らげて。

 

「い、意外と味わい深いのね、コカトリスの卵って。濃厚だけど後を引く程でも無く……なんというか、素材そのものの良さがあるというか」

 

 たいへん満足していただけたようで。というか、私も食べたのだが、めちゃくちゃ美味しかったです。

 侮り難し、YARIO村……。他にもアイスクリームやバター、野菜なんかも作っているらしく、それらも食べてみたいと思った程である。

 残念ながら、購買ではプリンとアイスクリームしか仕入れていないそうなので、アリーナで拾える事に期待しつつ、新しく入荷されるのを希望したい。

 

 そんなこんなで、私達は朝食を済ませてマイルームを出る。とりあえず日課となりつつある隣教室へ向かうため、足を運ぶとしよう。

 

 中に入ると、ほとんど誰も居ない状態で、僅かにマスターが作業や会話をしている程度。それ故か、アヴェンジャーは珍しく教室で霊体化を解いて現界していた。

 

「朝からバカみたいに騒いでいたけど、いよいよ明日が決戦ですね。やり残した事はありませんか? 相手のマスターはよく分からないワカメですが、サーヴァントはそれなりの使い手でしょう。初戦の腕ならしには丁度良いですね」

 

 この数日で、慎二達と何度かの小競り合いがあった。それらを経て、アヴェンジャーの中では慎二が『よく分からない』と印象付けられたらしい。

 だけど、彼のサーヴァントであるライダーは別のようで、実力に関しては認めているようだ。その人となりを気に入っているかは別として、だが。

 

 そして、この聖杯戦争がトーナメント形式である事を忘れてはならない。勝ち進む、という事はつまり、他の参加者(マスター)も同じく勝ち進んでいくのだ。

 ならば自然と強者ばかりが残っていくのは自明の理。最弱の私は、そんな荒波の海を渡らねばならない。勝っても、それ以上に強い相手が次に待ち構えている……。私は、本当に、生き残れるのだろうか……。

 

 そんな弱気な思考をしていたからか、女性マスター同士の会話がふと耳に入ってきた。

 

「明日……か。一回戦も、とうとう終わるんだねぇ~……」

 

「だね。そして明日を過ぎれば、この校舎にいるマスターは半分も消えちゃう。負けたら死ぬ──って噂だけどさ、まあ、所詮ゲームだし…。負けたら退場するだけだもんね。ヤバそうなら接続を切ればいいんだし。私は気楽に行くことにしたわ。悩んでても仕方ないしね」

 

「そうなんだ。じゃあ私は──私、この聖杯戦争が終わったら、好きだった子に告白するんだ」

 

「…………うわぁ」

 

「……なによその目は! 死なないって! 決意表明だって!」

 

「あからさまな死亡フラグありがとうございます。ま、それが現実にならないように頑張ってね? あ、これもフラグか…」

 

「もー!!」

 

 プンスカ怒っている女性マスターの片割れ。そんな事よりも、私はもう一人が口にした「所詮ゲームだし。負けたら退場するだけ」という言葉が気になった。いや、引っかかった。

 

 これは本当にゲームなのか? そんな確信を私は持てない。それに、負けたら死ぬ……まだ本当かどうかも分からないし、もしかしたら本当は死ななくて、そのまま現実世界に送り返されるだけ───とは、私にはどうしても、そんなに甘くは到底思えない。

 エネミーやライダーとの戦いは、ゲームなんて優しいものじゃなかった。あの臨場感、命の危機感、死と隣り合わせな感覚……。あれらは全て、ホンモノだった。どうしようもなくリアルそのもの。

 ここが電脳世界だとしても、感じる全てが作り物ではない現実。感情も、感覚も、出逢いも別れも、全て。

 

 そう、アヴェンジャーとの出逢いは、決して作り物なんかじゃない。確かなものが、そこにはあったはずだ。

 

「……」

 

「……マスター?」

 

 アヴェンジャーの声に、私は現実に引き戻される。少しボーッとしていたらしい。

 大丈夫、大丈夫だ。内向き思考はいけない。泥沼にハマりかねないから。

 

「そう……シャキッとしなさいよね。ほら、“お友達”も心配そうに見てるわよ?」

 

 皮肉げにそう言って姿を消したアヴェンジャー。私は疑問に思いながら、彼女が示した方へと顔を向けると、そこには私を友達と呼ぶあのマスターが居た。

 

「よう。邪魔したみたいで悪いな」

 

「ううん。別にそんな事ないよ」

 

 悪い事をした、と謝るように声を掛けてきた彼に、実際そんな事はなかったので無難に返事をする。

 

「…いよいよ明日だな、白野。調子はどうだ?」

 

「良くはないけど、悪くもない…かな」

 

 うん、嘘は言ってない。実際のところ、なんとも言えないし。

 私の曖昧な答えにも、彼は気遣うような笑みを浮かべて、あははと軽く笑った。

 

「そうか。俺も同じようなものさ。……もし二人とも勝ったら、次は俺らで勝負するのかもしれないんだよな。ま、そん時はよろしくな。正々堂々と戦おうな!」

 

 それだけ言い残して、彼は教室から出て行った。アリーナにでも行くのか、それとも対戦相手の情報を集めに行ったのか。

 そういえば、彼もトリガーは揃っていると言っていたし、後は戦闘に備えるだけなのか。

 

 さっきの彼の言葉。彼にしてみれば、それは励ましのつもりだったのかもしれない。だけど、私には再会の約束のように聞こえてならなかった。

 どちらかが負ければ、どちらも負けても、ああして話すのはあれで最後となる。だからこそ、再び会えるという事を前提にあんな事を言ったのだろう。

 

『戦う事になるかもしれないけど、また会おう』

 

 そんな風に言っているように思えてならなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 彼の後を追う訳ではないが、私も教室を後にした。じっとしていると、なんだか周囲の全てに置いていかれてしまうような錯覚を覚えたからだ。

 そして、階段の前にまで出た所で、私は“彼女”と遭遇した。

 

 

「ご機嫌よう」

 

 

 陶器の如き透き通った声音に、私はそれが自分に向けられたものだと少し遅れて気付く。

 視線を向ければ、褐色の肌に、淡い紫の髪をした女の子の姿があった。羽織った白衣と、胸元が大きく開けたインナーはスカートも兼ねており、ワンピースのようにも見える。

 眉間の辺りには仏陀のようなホクロみたいなものが。色違いでありながらデザインが同じニーハイ。そして少し大きめの眼鏡。全体的に解放感に溢れた姿は、彼女の容姿によく似合っている。

 なんというか、こういうのをエキゾチックビューティーというのだろうか。

 その容姿と身に付けたアクセサリーの類から、エジプトを連想させるので、もしかしたら彼女はエジプト出身なのかもしれない。

 

「ご機嫌よう……?」

 

 挨拶には挨拶で。小さい頃にお母さんから教わらなかった? と言っても、私は覚えていませんが。

 まあ礼儀だよね、うん。

 

「明日が決戦なのですね。水辺で睦み合う二頭の一角獣。象牙の岸辺に踏み入り、王冠を頂くのは一体どちらか」

 

「え……? うん……?」

 

 ごめんなさい、何が言いたいのか、まるで理解出来ません。

 と、私が混乱していると、今度は言葉はなく、一礼だけして彼女は階段を上へと消えてしまう。結局何だったんだ……。というか、名前も分からないままなんだけど。

 でも、一目見て濃いキャラだったので、もしかしたら今後関わり合いになる事もあるのだろうか。いけない、自分でフラグを立ててどうするというんだ、私……。

 

 

「なーに黄昏てんのよ、ひよこさん?」

 

 

 次から次へと、全く以て忙しない事この上ない。今度の声には聞き覚えがある。『あかいあくま』こと、遠坂凛その人だ。

 

「悪魔とは失礼な言い草ね? そんな事を言われたら、物理的に潰したくなっちゃうわ~」

 

 怖!? すっごくにこにこしてるのに、笑いながら本気で指をパキポキ鳴らしてるんですけど!?

 これはアレだ。冗談抜きで悪魔みたいな暴力マスターに違いない……!!

 

「……ハア。無駄に元気なようで、ちょっと安心したわ」

 

 さっきのはただのフリだったらしく、けっこう本気の溜め息を吐く凛。これは呆れられてるのか、それとも安堵から来るものなのか。多分、前者だろうなぁ……。

 

「いよいよ明日決戦ね。どうやら見たところ、まだ記憶は戻っていないみたいね。あいつも聖杯戦争に参加している以上、魔術回路を備えたマスターだから、油断はしない方がいいわよ。記憶のないお人形さんが、天才ゲームチャンプ『マトウシンジ』にどう立ち向かうか、楽しみにしてるわ」

 

 じゃあね、と軽い別れの挨拶を告げて、彼女も上へと消えて行った。また屋上にでも行くのだろう。何故か、凛のお気に入りスポットらしいし。

 私は私で、とりあえず一階に行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

「きっしなっみさーーーーん!!!!!」

 

 

 

 あ、これデジャびゅりっぷぅゥゥ!!??

 

 ズドーーン!! と盛大に音を立てて跳ね飛ばされた私は、いつかのようにゴロゴロと廊下を何度か回転するように転がりながらスライドし、徐々に失速していき、悠に一クラス分の距離まで転がったところで停止した。

 

「ごめーん! 急に止まれなかったのぉ!!」

 

 ゴフッ……。お、お腹と胸を中心にダメージが……!!

 な、なんとか致命傷は受けずに済んだが、これは後々響きそう……。

 

「あのゲッホ、藤村先生ゴッホ、みかん、取ってひゅう、来ました」

 

 私は息絶え絶えに、端末を操作してみかんを取り出す。

 

「あ、みかん! 取ってきてくれたのね。ありがとー!」

 

 みかんを受け取ったタイガーは、それはもう、たいそう喜ばれたそうな。

 …何故、こんな語り口調かというと、私はダメージが酷かったのでそれを確認出来ていなかったのでした。後からアヴェンジャーに聞いて、タイガーのあまりの喜びっぷりに若干微笑ましくも引いた私なのだった。

 それはそうと、タイガーは相当嬉しかったようで、倒れる私を抱き起こすと、そのままギューッと締め上げてきた。……っていうかぐるじい!!

 

「ホント、ありがとうね! じゃあ、約束通り、インテリアをあげるわ。大事にしてね」

 

 締め上げという名の抱き締めからようやく解放された私に、タイガーが何かのデータを渡してきた。受け取り、端末に転送して何かを確認すると、『タイガーライト』なる家具のようだ。

 

「ところで、そのみかんは何に使うんですか?」

 

 頼まれた時、そして拾った時にも思った事を率直に聞いてみる。タイガーは嘘はつかないし、言葉通りの意味で信じていいはずだ。

 

「え? あ、別に道場とか、魔法陣とかは、関係ないわよ。本当に」

 

「あの、じゃあ何に……」

 

 使うのか、そう聞こうとしたのだが、タイガーも暇ではないのか、それだけ短い答えを残して、「それじゃあねーー!!」と元気よく職員室へと帰ってしまった。

 結局何に使うんだ、あのみかん……。

 

 

 

 

 

 気を取り直し、私はアリーナ入り口前へと向かっていた。校舎で得られる情報はもう無さそうだったし、無駄に時間を潰すよりアリーナで鍛えた方が幾分マシだからだ。

 

 そして、角にさしかかった所で、私は人の気配がある事に気付く。

 瞬間、立ち止まり、向こうから見えないギリギリの所で耳を澄ますと、話し声が聞こえてくる。これは───

 

「シンジぃ~。最初に言ったはずだねぇ? アタシを働かせるには何が必要かってさあ」

 

「な……まだ金が要るのかよ!? この強欲女!」

 

 ッ!! これは慎二とライダーの声だ! 思わぬところで遭遇……いや、まだ向こうはこちらに気付いていない。これはチャンスか……?

 私は息を殺して、二人の会話に耳を傾ける。他の雑音はなるべくシャットアウトして、彼らの会話だけに集中して傾聴する。

 

「そうとも。アタシは雇われ海賊だからね。積まれた金が多ければ多いほど、やる気が出るってもんさ!」

 

「──ちっ、分かったよ。ちょっと待ってろ!」

 

 隠れているので表情までは分からないが、慎二は怒りながらも、ライダーの頼みを聞く事にしたようで、何か作業をする音が聞こえてくる。

 むむ、一体何をしているんだ……?

 

「………。──また、アリーナにハッキングして、財宝を増やしてやったから……」

 

 どうやらアリーナへハッキングをしたらしい。そういえば、昨日の聞き込み調査の時に、それっぽい話を聞いたような……、

 

 

 

「おや、お嬢ちゃん。奇遇だねぇ」

 

 

「!!?」

 

 ば、バレた!? というか、私知らない間に前に出ちゃってるぅ!?

 何をしているのか気になったあまり、身を乗り出してしまっていたのだが、そこをバッチリとライダーに見つかったらしい。

 

 ライダーの言葉に、慎二も私の存在を察知したようで、一瞬ビクッと固まり、すぐに振り向いてギョッとした顔になる。

 

「──岸波! お、お、お前……盗み聞きなんて卑怯だぞ!」

 

 えー? それを慎二が言う? 言っちゃう?

 そっちだって、航海日誌隠したりとか、アリーナに入れないよう細工とかしたのに。

 

「……い、いや、まあいいや。聞いての通りさ。アリーナの第二層に財宝を出現させたんだよ。僕のサーヴァントは、()()()()()()()()()()()()()()からね!」

 

 図星を突かれ、いっそ吹っ切れたのか、慎二は頼んでもいないのに、ベラベラと自分から白状した。チョロい、流石ワカメチョロい。

 

「まあ、財宝が欲しかったら、君も取りに来ていいんだぜ」

 

「へえ、ずいぶん余裕じゃないかシンジ。そいつの目の前で、財宝を全部取っちまおうって算段かい? いや、もうどうしようもないねじ曲がりっぷりだ! 小悪党にもほどがある!」

 

「小悪党って言うな! この性悪サーヴァント!」

 

 なんという漫才。なんという茶番。いっそのこと、芸人になれば良いのではないだろうか、この海鮮主従は。

 

「じゃ、じゃあな。岸波。何なら、待っててやってもいいぜ。同時に取り始めたって、財宝はきっと、僕らが全部取っちゃうに決まってるからさ! あっははははは!」

 

 終始しどろもどろ感の否めない慎二だったが、ライダーの言葉よろしく、小悪党のような高笑いを見せてアリーナへと消えて行った。ライダーもまた、呆れたようなジェスチャーを私にして、その後を追う。

 

 それにしても──財宝、ねぇ……。

 

「聞きましたかマスター? あの女、財宝を手に入れるほど、力を発揮するとか。まったく海賊様々って訳ね。お宝で強くなるとか」

 

 彼らが居なくなり、アヴェンジャーが現界する。確かに、財宝で強くなるとは、海賊らしいと言えばらしい。

 

「でも、敵の意気が上がるのを傍観するのは、こちらとしてもムカつくしツマらないわね。逆に、こちらが奴らから財宝を横取りして、敵の意気を削いでやろうじゃない」

 

 ああ…また邪悪な笑みを浮かべて、良からぬ事を考えておられるわ、この竜の魔女様は。

 まあ確かに、彼らの得るはずだった財宝をこっちが確保すれば、敵の弱体化に繋がるというのなら、やらない手はないか……。

 

 図らずも、こうして私達はお宝争奪戦に参加する事になるのであった。

 よし、やるからには、勝ってやろう!

 海賊王に、私はなる!!

 

 

 ──なんちゃって。

 

 




 
 
次回、海賊『アメ好きのハクノン』爆誕───しません。

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