狂愛闘乱――Chaos Loving――   作:のれん

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また更新が遅れました。
一週間に一回のペースとか作ったほうがいいかな……

まぁ、でもなんだかんだジークフリート編完結です。


第五話 正義の味方の妻

 無骨な剣の軌跡。

 それを目で追うことは常人には到底叶わず、切り裂かれた感触すらもないだろう。

 それほどその剣は美しく、それでいて機械のように無感情だった。

 多分、クリームヒルトにおけるジークフリート()以外の男に向ける思いとはその程度なのだ。

 

 感情の欠片もない斬撃。俺を真っ二つに裂く未来を受け止めたのは細く輝く銀の刀だった。

 

「疾ッ」

 

 鉄同士が奔る音が響く。

 一泊おいて大剣の勢いが緩み、そこに数本の黒い短剣が風のように音も無く降り注ぐ。

 

「……はっぁ!」

 

 クリームヒルトがバックしながら大剣を振りかぶり短剣を弾く。しかしまるで弾丸のように放たれた短剣の衝撃は激しく、彼女の後退を大きくさせていく。

 再び暗闇に入った彼女を見ることは俺にはムリだった。

 

「ありがとう2人とも」

「なんのこれしき。此度のは主殿に怪我程度では済まされんからな」

「しかし魔術師殿。厄介な剣のようです」

「厄介?」

 

 俺が怪訝に訪ねると、ハサンは愛用の黒い短剣、ダークを見せた。彼がその性能を信頼するために、1つずつ自作するほどの徹底ぶりを見せる武器。

 本来なら彼が珍しく誇らしげに見せるものだが、それは今無残に打ち砕かれていた。

 

「これは……」

「彼奴に放ったものの1つです。はじき飛ばされたので回収しておきましたが……これでは拾い集めても使うことはないでしょうな」

「私の刀も同じく少々曲がってしまった」

 

 そういって小次郎も長い刀身を上に上げる。確かにいつも見る一直線の反射光が揺らいでる(言われなきゃ分からないが)。

 

「秘剣が使えなくなるほど腕が鈍くなるわけではないが、隙間が出来るかもしれんな」

「……私が先輩を守ります。お二人は迎撃を」

 

 マシュがそう言いながら俺の前に身体を置き、盾を構える。彼女の宝具でもある盾の防御力は折り紙付きだ。だがマシュの目からはいつもの冷静さが感じられない。

 

「マシュ?」

「……私はあの奇襲に対応できませんでした。気配遮断を使った形跡もなくただの奇襲に。常に防御態勢を維持しなければ、私は先輩を守り切れません」

「マシュ殿よ。それは違う」

「えっ?」

「要人を警護しながらの戦闘となしとではまったく違う。己ではなく警護対象への奇襲を防ぐことは暗殺側であった私でも難しい」

 

 だから己を責めるな。

 そんな直接の言葉は言わない慰めはマシュの険を少し取っ払ったようだった。

 

「しかしどうするのだ? この暗闇に加え敵は複数ときている。……正直得意の戦場とはいかないようだが」

「ふ、複数?」

 

 クリームヒルトに仲間が? そんなそぶりはなかったけど、と俺が小次郎に尋ねる前に答えは地響きを鳴らして、地面から生えてきた(・・・・・)

 竜。それも先ほど倒した肉が1つもついていない白骨の身体で。

 暗闇に溶け込んでもなお、その巨大さは身にしみる圧迫感を放つ。

 俺が頬に流れる汗に気づいた時、回線が急に開く。ロマンだ。

 

『さっき倒した竜の正体が分かったぞ! あれはネクロマンシー、死霊術の1つだけど、精神系は全て除いて死体の肉体部分のみを操るモノだ。どちらかというと糸で人形を操るようなものだけど、操ってる対象が問題だ。アレは……』

「ファヴニール」

 

 自然と口に出していた。前に会ったことがある、いわゆる既視感を得たのはそのせいだ。名有りの竜の知り合いなんてそうそういない。

 

『そ、そうなんだよ…………で、なんでまたいるんだい!?』

「それはこっちが聞きたいです、ドクター!」

 

 俺の気持ちを高速で代弁してくれるマシュ。最高だ。

 ロマンは表情で分かるぐらい慌てていて、俺たちと同じ情報量しかもっていないことが丸わかりだ。この人絶対ポーカーとか弱いだろうな。

 

「本人に覚悟の了承があるならともかく私的に墓を荒らし、そればかりか文字通り粉骨砕身……その身体が朽ちるときまで利用する。外道の極みよのぉ」

「同意だ。我らサーヴァントが生者のまがい物とはいえ、生者が殺すのは生者のみ。決して死者を愚弄していいわけがない」

 

 ハサンと小次郎。生まれ、時代、生き方全てが違えど、2人には妙に共通する死生観がある。

 だからこそ彼らは断定する。これは戦いでも決闘でもない。ただの作業だと。

 戦士の一括に答えられぬ竜に代わり、竜の頭骨の部分に立ったクリームヒルトが喋った。

 

「どうでもいい。戦う動機はあれど、妙なこだわりなど本当にどうでもいいです。それにこれの理屈は知りませんよ。私は貰っただけですから」

「貰った? 竜を」

「ええ、正確には竜の蘇生方法を。私の魔力を吸って勝手にここから生えてくれるのです。私の言うことはなんでも聞いてくれますし、重宝します」

「誰にだ? それにこんな方法で……」

「はて、言いませんでしたか?」

 

 クリームヒルトが会話を打ち切る。彼女の瞳には相手の俺たちなど入っていない。心が、身体が、摩耗してなにもかもが彼女には届かないと彼女は言外で伝えているのだ。

 

どうでもいい(・・・・・・)。私のジークの生活。歴史になど断片すら刻まれることは永劫ないであろう単純で明快で普通の生活。それ以外なにをしようと、なにを失おうと……構わない」

 

 彼女がふっ、と力を抜いて前方に倒れる。そのまま空中に身を躍らせると同時に竜は身体をバネのように一瞬縮め、弾丸の如く俺たちに向かって発射した。

 

「マシュ殿が動かず、支えに集中を! 私たちは……」

「いかにも、竜退治に専念あるのみ!」

「みなさん、私だけでは……」

 

 マシュの言いかけた懇願はクリームヒルトの大剣が奏でる一撃に阻まれた。

 楽器を吹くのではなく叩きつけたような音楽の幅を超えた爆音。一般的な日本人なら聞くことはないであろう、でも最近聞き慣れてきた、戦場の音だ。

 

「はぁ!」

「斬れませんね、頑丈な盾です。ではその頭を狙いましょう」

 

 クリームヒルトは今の一撃を防いだことで戦い方を変えてきた。動くことで盾から少しでもはみ出るところを突いてくる。動かないようにすればすぐさま剣の連撃。筋力からしてマシュとは自力の差があるようで、マシュの腕が痺れて取り落としてしまうだろう。

 宝具の解放ならともかく、相手の宝具の効果が分かるまでできれば使いたくない。マシュの宝具は攻撃系ではないのだ。

 

「グッ……先、輩。このまま、じゃ、保たな……あぁっ!」

「マシュ!」

 

 銀髪の髪が健気に揺れる。少し抉られた脇腹は失血は少ないようで盾の防御は続けているが、時間の問題だ。

 俺は彼女の宝具を使うように指示しようとした瞬間、クリームヒルトがバックステップを踏む。

 一瞬後、彼女がいた地面を陥没させる戦乙女、ブリュンヒルデ。

 だが、その顔はいつもの物憂げな表情だけでなく、焦りの色があった。

 

「だ、大丈夫か」

「敵の……宝具を受けました。治療が、困難です」

 

 そういってブリュンヒルデは俺たちに身体を向けた――右上半身を赤く染める肩を裂く傷跡を見せて。

 しかも、その傷は見える速度にだんだんと広がっていった。血がでるといういみではなく、文字通り傷口が広がっていく(・・・・・・)のだ。今も見えない剣で切られているかのような光景に俺は息を呑むしかなかった。

 

「バルムンク。その能力は死ぬまで永遠に命を削り続ける……同名の宝具とは全く違うようです」

「呪われた聖剣は持ち主によってその在り方を変える。じゃあブリュンヒルデさんは……」

「少しでも手伝えればと……でも私の槍が通じなくなってしまったので」

 

ブリュンヒルデはそれだけ言うと、身を崩す。怪我の惨状を見るとおり、限界だったようだ。

 

「マシュはブリュンヒルデを看ててくれ。彼女にルーンを使うように」

「でもそれは力を使いすぎる可能性が……」

「ここじゃ、頼れるのはそれしかない」

「先輩は!? 誰が守るんですか!」

「大丈夫。俺を守るのも、ここでのケリをつけるのも、適任がいる」

 

 マシュは最初から気づいてたようだった。言われた通りブリュンヒルデを担いでいった。

 

少しだけ慣れた暗闇を見る。白骨の竜と侍と暗殺者の影がちらつくだけで肝心の大剣を背負う彼女は見えない。だが構わない。どこにいたって大事な言葉は届くから。

 俺は腕を上げる。そこには英霊たちを隷属させる印はもうない。でもだからこそ言葉は正しく彼に伝えられる。

 

「人の願いを叶えるのは英雄の仕事だからな」

 

 俺がそう言った瞬間、震えた。

 地面が、空間が、魔力が、心臓が……そして彼と彼女が。

 

「来てくれ」

「呼ばないで、呼ば……」

「ジークフリートッ!」

「呼ぶなぁああああああ!!」

 

 クリームヒルトが叫ぶ。願いを叶える。人では叶えきれない大きな願い。

その代償として英雄は倒れ、そして未来に語り継がれる。

 終わらない道を望んだ夫と見えない結末を拒絶した妻。

 

 瞬間、俺の目の前にあったのは同じ聖剣を重ねる夫婦だった。

 

「ジーク」

「クリームヒルト……俺たち(・・・)の望みを叶えよう」

 

 

 

 

 

「どうして……そこまでして見ず知らずの人を……同じ結末を、見たいの!?」

 

クリームヒルトが開口一番、張り裂けそうな悲痛さを伴った声を上げながら、剣を切り上げ、右に重心をずらす。

 それに合わせてクリームヒルトを正面に捕らえるようジークフリートが流麗な動きで続く。

 まるで手の代わりに剣を使ったダンスのようにさえ見える、完璧に追随していて、どちらも斬りかかる仕草は見受けられなかった。

 

「俺は世界を救えるほど強くはない。だが幾多の怪物を、呪われた邪竜を倒した俺は手で抱えられる人間だけ、助けていればいいわけではない。少しだけ、少しだけ人に貸せる余力が俺にはある。……だから、俺は」

「誰? あなたは誰を助けたいの?」

「山ほどの人々に……俺は目に見える願い全てに力を貸したい。それだけだ」

「それじゃ……」

 

 ジークフリートは剣を下げる。きっと彼の願いはそれだけなのだ。

 だから今度は、彼女の願いを受け取る番だ。

 

「ジークの願いも! 私の願いも! 何1つ、叶わないじゃない!」

 

 互いが円を描くのを止め、クリームヒルトが渾身の突きを放つ。

 ジークフリートの胸を狙った一撃。迷い1つない、だが素人目でもわかる技術などない激情に任せた突き。

 それでもその膂力は常識では考えられぬ風を生み、周囲の岩石を破壊し、洞窟の壁に穴を開け、地形を変える。

 だがそれだけだ。

 彼女がなによりも届けたい彼を覆う鱗には傷1つなかった。

 

「どうし、て……」

「すまない。今の君の力はとてつもないが、力のみで貫けるほど竜の鎧はやわではない」

 

 ジークフリートの胸の鱗。

 そこで彼女の聖剣の切っ先は止まっていた。

 前回彼女が刺せたのは、唯一鎧で防げない背中の部分だったからだ。

 サーヴァントというクラス、スキルなど特殊な事情があるとはいえ、一介の姫と正当な英雄では自力が違う。

 真正面から戦えば2人の相性は最悪だった。

 

 少しの間をおいて、再びクリームヒルトが攻撃を重ねる。振り上げるままに切り上げと先ほど以上に雑な連撃。もちろん竜殺しは傷1つなく避けることも無く受け続ける。

 

「ずっと嫌いだった、あなたのその言葉が」

 

 彼女が剣を振りながら呟く。それを聞いて、受けるのもジークフリートただ1人だった。

 

「誰かのために剣を振らなければ。請われた願いを叶えなければ。そんな勝手な願いのために戦った。人は疑いなく頼ってあなたが叶える。それが当然のようになった時……きっとあなたは『願いを叶える道具』に成り下がった」

 

 彼女の言葉は夫が思う言葉だ。

 彼は耐えてはいけない。我慢してはいけない。戦ってはいけない。

 

「でも、結末は変わらない。運命はあざ笑い、王と女王は狂い、英雄は死に至り、英雄の周りは悲劇に終わる。救われるのは普通の人だけ。……あなたの望みはそうなの? 自分だけ不幸になって、知りもしない覚えてもいかない誰かを救っていって……!」

 

 彼女の連撃が統一されていく。雑多な金属音が消え去り、少しずつ明瞭になっていく。

 彼は見据えていく。忘れていった誰でもない、彼女の真意を。

 

「謝罪はいらない。言わなくたっていい。だから、あなただけを覚えてる私を……おいてかないで」

「……ぁ」

 

 ジークフリートは小さく息を吐いたとき、彼女の剣は再び胸を突いた。

 結果は変わらない。いつまでも真名を解放しないままの彼女の剣では鎧を裂くことは到底叶わない。

 だが、言葉は届いていた。

 彼女のささやかな願い。英雄などという大層な代物に願うにはあまりにちっぽけな願い。でもお互いを愛した者たちにとって何より大事な暖かいもの。

 

「クリームヒルト」

「ジーク」

「俺は俺の願いを諦めない」

 

 謝罪はない。

 彼の願いは彼しか持っていない曲げられないもの。

 そしてそれは大切な妻だからこそ遠慮する事じゃない。

 

「……ずっと知らない誰かの、奴隷なのよ?」

「違う。俺は君と山ほどの人を救いたい。それはきっと……正義の味方と言うだろう」

 

 多分な、と彼が付け加える。

 それは竜殺しには珍しい微笑みだった。

 

「……ジークは少し変わったわね」

「俺からすれば君の方が変わった。料理も家事も出来る上、俺の呼び方も……」

「そうじゃない。ただ、あなたはちゃんと言えるようになったのね」

「……クリームヒルト。カルデアへ行こう。そこでならお互いの願いを」

「でもダメだわ。私はあなたの願いが嫌いだもの」

 

 クリームヒルトは言うやいなや、大剣を横一文字になぎ払う。そのエネルギー自体を吸収できるわけではない鎧はそのままジークに距離を取らせた。

 インパクトの瞬間、ジークフリートは彼女の表情を見ることはなかったが、体制を整えながら、自分の状態について察知していた。

 彼女の聖剣の呪いをその身に受けたことを。

 

「ジークフリートさん!」

 

 マシュの叫び声が聞こえる。呪いを受けたジークフリートを心配すると同時に、なにかを伝えようとする気配を感じる。

 目の端で傷を癒やしているブリュンヒルデを見て、ジークフリートは右手を上げて察した合図を送る。

 神代において神々そのものが使用した原初のルーンならばエーテル体であろうと干渉は可能だろう。時間はかかる上、長時間身動きはとれないだろうが。

 

「ジーク」

 

 クリームヒルトの言葉に意識を集合させる。今の彼女にとってはブリュンヒルデもマシュも世界最後のマスターもどうでも良い存在だ。

 

「あなたが私の願いを叶えきれないように、私もあなたの願いを叶えに行って欲しくないわ」

「どうしても耐えられないか?」

「ええ……でもあなたの言葉も分かったわ。だから私自身も治療できない宝具まで使った。……もう後戻りはできない。だからお互い証明しましょう」

 

 正義の味方の妻か、家庭を守る夫か。

 叶えきれない小さな願い、拒絶したい大きな願い。

 どちらも大事でどちらも優しい思い。

 

 だから不器用な誰かのために剣で伝えるのだ。

「ああ」

 

 紡ぐ。竜を打ち倒す聖剣。運命を辿る呪い。

 

「「幻想大剣(バル)・――――」」

 

全てを塗り替えて、2人は叫ぶ

 

「天魔失墜《ムンク》―――――!」 

「怖姫堕落《ムンク》―――――!」

 

 命の灯火消えゆくまで呪う聖剣と邪竜を倒す呪いの聖剣。

 

 2つの切っ先は触れ合うことなどない。

 竜殺したるジークフリートの一撃は遙か後方まで轟き、彼女の霊核すら砕く。

 同時に消滅する僅かな隙間を使い、クリームヒルトは己が宝具を投げつける。その狙いすら曖昧な攻撃はしかし、ジークフリートの肩を貫く。

 だがそれで終わりだ。致命傷には至らない。

  

 互いの攻防は並の英雄すら見切れぬ瞬きの間に起こり、そして終わった。

 音も聞こえぬ世界で、クリームヒルトは空中へと身を躍らせる。身体は既に魔力の光へとなり消えていこうとしている。地面に叩きつけられる前に消えてしまうだろう。

 

伝えたかった。誰よりも頑張って、誰よりも誇り高くて、誰よりも優しい人が救われないなんて馬鹿げている。そんな世界は、そんな運命は狂っている。

だから剣に込めたのだ。休んでもいい、平凡な愛を受けて欲しい、と。

クリームヒルトの思いはただそれだけだった。

 

でも、結局自分は、なにも叶えられなかっ……

 

「必ず、お前の願いも叶える」

 

 目の前に生涯愛した夫(ジーク)がいた。

 人よりも剣を抱えた時間が長い英雄の腕も、今はただ1人の妻を抱えていた。

 生前、唯一愛したお互い。言葉も重ねることもなく、ただ別れた2人。たとえ足りずとも全てを一瞬に込める。

 言葉と抱擁に全て。

 

「妻の願いを忘れることはない」

「ええ、待ってます。正義の味方の、妻として」

 

 それが最後だった。

 一方が光りとなり、もう一方は暗闇に墜ちる。

 その瞬間、轟音と共に白骨の竜が倒れる。供給源だった彼女が消えたからだろう。

 

『急速に特異点反応が薄まっていく。……任務完了だ。レイシフトの準備をするよ』

 

 ロマンの台詞が虚空に響く。

 それとほぼ同時、真っ先に動いたのはブリュンヒルデだった。

 向かう先はジークフリートだ。

 

「傷を治します。こちらも完治していませんが、一緒に治癒する方が効率、良いので……」

「あ、ああ。……頼む」

 

 ジークフリートが少し遅れた返事を返す。

 マシュも動こうとするが、侍と暗殺者が2人してそれを制止する。

 マシュは一瞬抵抗しようとするが、すぐに押しとどめ、託すように己がマスターを見つめる。

 

「ジークフリート」

「マスター」

「俺ら待ってるからさ。落ち着いたら戻ってきて」

「俺は……そうだな、そうさせてもらう」

「うん、オッケー」

 

 マスターが腕を振ると、ロマンは呆れ顔で了承したと合図を送った。

それにマシュと一緒に苦笑する姿を見て、ジークフリートは後ろから声をかけた。

 

「……マスター」

「ん?」

「すまな……………………いや、ありがとう」

「おう」

 

 短く、しかし珍しい会話。

 謝るな。今日だけはそうしようと感じたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 後日、カルデア。英霊召喚システムにおける召喚は今日も実施される。

 通常は霊装発生が多いのだが、今回は時々ある英霊召喚の可能性が高まる日なんだそうだ。

「まぁ、ロマンが言うことはあんまり真に受けちゃダメだね」

「さらっと、ひどいこというなぁ!」

 

 我らがカルデアのサーヴァント召喚、強化システム管理全てを把握する英霊ダウィンチちゃん。カルデアでの生活はマロンとの2人で纏められているようなものだ。

 

「ダウィンチちゃん? 召喚される英霊の予測ってできないの?」

「そればっかりはムリだね。はっきり言ってこのシステム自体がとてつもない『曖昧さ』を利用して召喚させてるんだ。呼ばれる方も分からないまま来てるのに、こっちから予測なんて完全に不可能さ」

 

 ダウィンチちゃんの説明は簡潔だ。

 完全なランダム召喚。ここから俺は絆を結ばなくてはならない。

 

「主殿の重責。私には到底理解できぬもの。生来上に立ったことこともない故手伝えぬ事が心苦しいことよ」

「……心配してくれるのはいいんだけど、なんでいんの? 呼んでないぞ」

 

いつもマシュと2人だけなのだが、たまに他の英霊も付き添うことがある。だがハサンと小次郎は前回で竜を倒しきれなかったといって落ち込んでいたはずなのだが。

 

「前回の戦いで役に立たなかったのは事実です。というか前座どころか毛ほどにも役に立っていなかったので、身の回りの世話と警護で少しでも挽回を、と」

「そんな、お二人がいなければ先輩は命が危なかったですし、私もとても助けられました」

 

 すかさず的確なフォローはさすがマシュだ。というか本当に他人を素直に持ち上げるのが得意だなぁ、と見ながら感心する。が、2人の気は休まらない。

 

「いやいや、竜退治と洒落込んだにも関わらず、秘剣も宝具も出せず、時間稼ぎのみで終わったのだぞ? ……少なくともあの墓荒らしをされた竜の供養はこの手でしてやりかったものよ」

「私どもめも課題が多く残る戦いでした。いくら格の高い正当な英霊がいるとはいえ、我らも力を尽くして……」

「すまない、大したこともない竜殺しが皆を不安にさせてしまって」

 

 ハサンががくり、と肩を落とす。俺は気づかなかったが彼もいたようだった。

 

「ジークフリートを責めてるわけじゃないぞ」

「しかし、俺が彼らの動きを圧迫してしまったのは事実だ」

((夫婦喧嘩(アレ)に入り込めるか……!))

 

 2人のアサシンがなにか言いたげな顔してるか、とりあえずスルーしよう。すまないさんがさらに頭を下げるハメになる。

 

「話題は変わるが、召喚は今しているのだろうか?」

「あ、そうだなぁ。ドクター、システムの状況は?」

「作動しているよ、正常にね。あと五秒もしないうちに……アレ?」

 

 また、なんかやらかしたの? と質問すらよりも早く異変は起きた。

 召喚の奔流が光ると同時に召喚場から何かが飛び出し、俺たちの立っていた場所に風穴を開けた。

 

「うわぁあ!」

 

俺は叫びながらもマシュに肩を貸して貰いなんとか立てたが、なんとなく嫌な予感がする。

 俺の不安を感じ取ってくれたのか、マシュが代わりにロマンに訪ねる。

 

「ドクター! 召喚された英霊の観測をお願いします」

「いや、分かってるよ? ただ、急に数値が振り切れたからビックリしただけで……これは、アヴェンジャーだね……英霊の名は、その……」

「あ、ハイ。今、目の前にいます」

 

 マシュと俺の目の前にいるのはジークフリートに抱きつく、真っ黒な喪服に身を包む女性、クリームヒルトだった。

 恐らく、きっと、あの時よりも悪化してる。

 ハッ、と周りを見渡すと、小次郎とダウィンチちゃんの姿は既に見えず、ハサンだけ部屋の隅で『いつでも助けますぞー!』みたいなファイティング・ポーズをとってる。

 なめてんのか。

 

「クリームヒルト……」

「……ずっとずっとずっとずっとこの日を待っていました。伝えたいこと。あなたに叶えて欲しい私の願い。この出来事は死後での奇跡。ならば……」

「大丈夫だ、今のこの俺はその気持ちを受け取った」

 

 クリームヒルトが紡ぐ言葉を遮ってジークフリートは肩を抱く。両手で両肩に添えて、だ。半分抱きしめてる光景は戦闘でもない今はかなり見てても恥ずかしい。……マシュ、顔手で隠したかったら、指の隙間も埋めような。

 

「受け取る……私と会ったと?」

「ああ、同時に俺の思いも伝えた。今の君はなにも覚えていないだろうが。俺は君の思いをしかとぶつけられた」

「なるほど。私、ジークと会ったら1部屋に閉じこもって、ジークの鱗を剥いで腕と足を縛って落として、消えるまで一緒にいようとしたんですが……」

「…………」

「あなたの瞳と私の肩を持つ手の感触を感じた瞬間、急にする気が削がれました。その必要がないと私の感触が覚えていたのでしょうか?」

「サーヴァントとしての記憶は英霊の座へは持ち込めない。だが、それでも忘れることのない感触が残ることがあると聞いている」

 

 それはロマンからも聞いたことがある。記憶はないけれど、既視感にも近い「なんとなく」ではあるが、忘れないモノもあると。

 

「そうですか、泡沫の夢であってもユメの続きを見ることが私にも……」

「ああ、ここなら叶える道を互いに歩めるだろう」

「それはそうとして」

「む?」

 

 クリームヒルトが無言でジークを持ち上げる。

 正確には喉元と股間部を掴んでるだけなのだが、男子勢は見ているだけで、地面に立っている気がしなかった。タマヒュンとまではいかないけど……空間を圧迫する迫力がここまで来ている。

 

「く、クリームヒルト?」

「たとえ私だとしても私以外の女と思いを伝え合ったと聞いて嬉しい妻はいません」

「いや、それは……」

「話しましょう、ゆっくり」

「A、い……移動しよう。俺自身の個室があるから、2人で」

 

 その言葉を聞いて、クリームヒルトは瞬きを数回繰り返し、それからクスッと可愛く笑った。端から見ていればかわいいが、旦那さんの心境を鑑みて俺は無言の敬礼を心の中でしておく。

 ごめん、ジークフリート。痴話どころじゃないけど、痴話喧嘩は専門外だ。

 そんなことを思っているうちに2人はもうゲートまで移動し始めていた。

 

「一件落着なのでしょうか?」

「いや、記憶自体はないし、これから前途多難ってやつじゃ……」

「でも、すごく、その……楽しそうです」

 

 マシュの感想は素直で当たり前のものだ。俺は同意して言ってみる。

 

「そりゃ、そうさ。一途な夫婦なんだぜ」

 

 

 

「変わりましたね」

「……同じ事を言われた。そこまで変わったか」

「ええ、とっても」

 




ジークフリート編これにて完結です。
課題も残りましたが、頑張っていきたいです。

というか文字数、いつもの三倍って赤のイメージカラーはないんだけどなぁ

あと、1時間後にクリームヒルトの設定(マテリアル)も投稿します。

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