前回よりも今回は少し長いです。
俺たちが目を開くと、巨大な広間にいた。
いや、広間と言ったが、そんなもので済ませて良いのか分からない。車が余裕で入れそうなぐらい大きな窓がずらりと並び、1つ1つに細かい衣装が施されている。
巨大な像がその側に大量に配置されていて、全部金色だ。純金じゃないよな……
天井にも所狭しとデカい絵が描かれている。芸術家じゃないが、人間何人分の1枚絵を明くというだけでも超人レベルだろう。
そしてそこにも金の装飾。
目に映る全てに金色が光る。まさに財を誇示するかのような黄金色。それはまさしく王権の象徴だ。俺の想像力ではここから思い当たる建物は1つしかなかった。
「ここは……城?」
「なんで疑問系なんだよ、当たり前だろうが!」
すかさずモードレッドがツッコミを入れる。そうか。なんだかんだ王城にいた騎士だし、こういう装飾は見飽きてるのかも。
「……で、なんでこんなに金ぴかなん……ですかね? ええっと……」
「リリィでいいですよ。モードレッドさん」
「あ、ありがとうございます」
「そんな感謝されることなんてありませんよ。というか確かに謎ですね。なんでこんなに金があるんでしょうか?」
リリィが質問に答えられないとシュンとすると、モードレッドが見るからに慌てだした。
なるほど、リリィは普通に会話してくれるのか。まぁ、他のアルトリアとは事情が違うからな。ってかこんな金ぴか城はやっぱりおかしいのか。
そこに補足してくれたのはマシュ先生だ。
「私は映像ですが、見たことがあります。この黄金を過剰に使用するのは財政の潤った王家がよくするもの。さらにここは鏡の回廊……かの有名なベルサイユ宮殿です!」
「ベル……ああ、フランスのオ○カルの」
「せ、先輩の中ではそれぐらいの印象なんですね……」
興奮ぎみだったマシュが俺の台詞に撃沈された。ううむ、余程俺の歴史観は薄いらしい。いや世界史苦手だったけど……
「チッ、フランスだとぉ? ブリデンと敵対していた土地の奴らの子孫が作った国だろ? そいつらこんなに金持って……胸くそ悪ぃぜ」
「あんまり悪口は禁物ですよ、モードレッドさん。彼らとは敵対してないのですから」
「あ、はい。いや……分かりました」
慣れない敬語まで使うモードレッド。多分あと数回で元の口調に戻るだろうが、余程アルトリアと会話できるのが嬉しいらしい。隠そうとして隠せない頬の緩みがそれを物語っている。
「そうね、私もやりすぎとは思うけど人を恨まないのは素晴らしいと思うわ」
突然、奥の方から透き通るような声が届いた。それは、誰かの心に無意識にいすわり、そして追い出そうという気を失わせる。自然と溜飲が下がり、寝起きのようにゆっくりとした雰囲気が包み込み拳を握ることさえおっくうになる。
種類は数あれど、まさに人の心を掴むカリスマを表す声だった。
マシュに揺さぶられる感触と共に慌てて見やると、そこにいたのはマリー・アントワネットその人……そこになぜか片膝立ちをするランスロットだった。
「あら貴方は……」
「麗しの王妃。その見目を汚すような鎧を晒してしまった非礼を詫びさせて頂きたい」
「な、なんだ貴様!?」
側にいた近衛のような男たちの1人がうなり声を上げるが、ランスロットは意を返さない。恐らく、彼らも今この鎧騎士の姿を見たのだろう。
「ふふ、なるほど。噂、というより想像通りというべきかしら。素晴らしいですわね」
「王妃の笑顔。それは大輪の花束を咲き誇らせ、太陽すら嫉妬させるでしょう。今この場においてその美しさを代弁させて頂いても?」
「ええ、でもどうやって?」
すると、アホは鎧を一瞬で脱ぎ去りそれを壊す。鎧は用済みとばかりに抵抗なく斬り裂かれ、細かい粒子となり辺りに反射光をまき散らす。その下には湖の騎士に相応しい白を基調とした明るい鎧が……ってか鎧の上に鎧を着てたのかよ。
「アホだ……」
「えっ」
モードレッドとリリィがどん引きの声を出す。だがそのパフォーマンス(?)に我らがお姫様はさらに笑顔を見せる。
「確かにこれは綺麗ね」
「お褒めに預かり恐悦の至り。王妃の美しさは我々騎士という存在をさらに華々しくさせるものです。私たちはその恩をこの剣と誇りにかけて返していく。……これはその証です」
と言って、バカはマリーの手を取ってその甲にすっと口づけをする。理想の騎士の想像するイメージ通りだが、忠誠誓ってるお前がやってもええんか……?
「き、貴様ァ。こんなことしてタダで済むと……ヒエッ」
近衛が恐怖したのはそこにいる騎士ではなく鬼がいたからだ。
マリーの声で弛緩した雰囲気がそこだけには伝わっていない。歩く度に大理石の床に物を砕くかのような怪音が響く。ゆらりと不規則な歩き方をする彼女はそれでも首だけを下げ、肩と腕を強ばらせている。空気すら怯えるのか微かな冷気すら感じ、産毛が立つ。
なにかと湖の騎士だけには厳しい彼女。不思議と触れるのが怖いのに、触れてしまいそうになるぐらい心配させるのは俺がこの後の未来が分かるからだろうか?
マシュは彼女以外時間がとまった世界を歩き、バカ親父の前に立つ。そして盾を持ち上げて、それを回転させる。驚くべきことに先が見えないぐらいの高速回転なのに、音がでてない。
「おおお、落ち着こう、まずは深呼吸から……」
「ではそちらは土下座からでは?」
無慈悲な鉄槌は容赦なく当たり前に執行され、最強の騎士は無様に土下座するハメになった。
「で、先輩も知っていたんですね」
「ああ。そう、なるな……」
「まったくそろいもそろって……狂化したフリなどしても私と会話できるわけないじゃないですか」
「いやー、そうなんだけどホラ、マシュが怒るだろ?」
「なにを言ってるんですか。事実をいってるだけですよ。それで相手がへこたれるなら非があるのはそちらです」
いつも通りのキチンとした口調で容赦ない追い打ちをかける我が相棒。メンタル弱いコイツはそれが一番効くのに……
ダウィンチちゃんがいれば少しは違うのだろうが(ちなみにダウィンチちゃんが協力していたこともバレた)、少し俺が無力感を感じてると、マリーが笑いながら俺たちの会話に割り込んだ。
「ウフフ。やっぱり面白いわね」
「事情、知ってるんですね」
「ええ、これでも私サーヴァントだから」
なんでもサーヴァントとしての知識や能力を授かった状態なのだという。ここは紛れもない18世紀フランスで生前の時代だと言うのに。
近衛は追い払って俺たちだけにしたマリーは俺たちを控え室に運んだ。それでも金がそこらに装飾されたとてつもなく広い部屋で、マリー以外はほとんど入ってこれないのだと言う。
「ここなら大丈夫よ。私としても今の状況は変えたいわ。未来が分かるというのは良いことばかりじゃないから」
「貴方の未来は、私と同じ滅びの道だからですか?」
「そうね。実感は沸かないけれど。そこの騎士の姫さまも同じじゃない?」
リリィは少し考えて、うなずく。
未来を知るサーヴァントにとっても、絶望はそれを超えたものにしか分からないものなのだ。
「それで、心当たりがあるのか、ここから出る」
「ええ、そうね。私がこの状態になったときに突然匿って欲しいという人が現れたの。話から貴方たちとも関係があると思うわ」
地下水路から出てきたんでしょ? と確信した呟きを出したマリーに俺たちは驚く。間違いない、その匿った人物があのメローラという女とも関係している。いや、メローラ本人かもしれない。
「そうだよなぁ、アレぐらいでくたばっちまったらオレが困る。アイツはオレを侮辱した罪で首を刎ねなきゃならねぇ」
「そのような罪があるなら、この世界は罪人だらけだろう」
「んだと」
「お前が関与する人間でお前の罪に引っかかり続けない気丈な人間がいるとは……」
「うるせぇ、二股変態野郎」
「なっ、誰が二股と」
「じゃあ、人妻好きとでも言ってやろうかぁ!?」
ヒートアップする2人を尻目にリリィとマシュが止める。マシュは一方的な制裁であることには目を瞑るとしても、主戦力の2人がこれでホントに大丈夫かな。
匿っているという人物は王妃の寝室という場所にいるという。確かにそれなら王様も入って来られはしないだろう。
と、そこで突然回線が開き、ロマンが飛び出してきた。
『大丈夫かい、状況は?』
「全員ほぼ大丈夫。ただランスロットが……」
『ダウィンチから聞いたよ』
「じゃあ、ダウィンチちゃんは……」
『ほとぼりが冷めるまで連絡は控えるってさ』
「…………」
『そういう人さ、彼女は。ところで観測地点は18世紀フランスのベルサイユ宮殿。マリー・アントワネットとルイ16世の最盛期。それでいいかな?』
「ああその通り。なんでかマリーがサーヴァント化してるようだけど」
『前回といい、今回も裏で手を引く者がいるみたいだ。こちらもなんとか観測してみるよ』
「頼む」
それを機に一度回線が切られ、俺たちは寝室の前へと到達した。
「それで、匿っている人ってメローラって人?」
「うーん、多分貴方たちが地下水路で会った人とは別人だわ、ルイズは」
「る、ルイズ?」
「ええ」
そういってドアを開けて入ると、そこには確かに騎士ではなく姫がいた。
弓を背中にかけて、1人本を読んで佇む。光に反射して舞っている埃さえ、彼女を歓待する花吹雪に見える。その薄く開けられた瞳とどこまでもなめらかな生地のような肌が薄幸を連想させる。
すぐにでもランスロットが口説きそうな雰囲気をもってるので慌てて探すと、案の定そちらへと向かっていた。
「失礼、貴方が」
「二度はさせませんよ」
マシュの盾がランスロットの身体を数度叩く。軽そうな動きだったが、空き缶がへこむような音とランスロットが口説きをやめて顔を歪ませていることから、その攻撃力はお察しである。
そんなどん引き光景を見ても、姫は一向に我関せずといった趣で本をゆっくりと閉じる。
立ち上がり、ふらつきながら前へと進む。
その一歩が踏まれる度に誰もが彼女へしか視線を向けなくなる。
手を出したくなるが、なぜだろうか。マシュとは違い気丈とも言える気迫がその身体から溢れ出ていた。
ついにランスロットが前にたった時、ランスロットの表情は歓喜ではなく、微笑みでもなく、まるで自分が体感してきたかのような、恐怖だった。
その青く、蒼く、碧い瞳で1人の騎士を飲み込みながら彼女は呟いた。
「私の名はルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。ランスロット卿、貴方の愛は砕けましたか?」
ルイズは桃色髪でもなくツンデレでも(多分)ないですが、実在します。
あ、あと騎士の手の甲の口づけって親愛というより尊敬とかの意味があるそうなので……う、浮気じゃないよ(説得力ZERO)