予定より長くなってしまい話を分けました。ご勘弁。
ブリタという女がいた。
彼女はエ・ランテル所属の鉄級冒険者。
化粧っ気も無く男勝り。
その赤毛の髪は「鳥の巣」と言われるほど乱雑に切られている。
身につけている装備は至って普通であり、どこにでもいる鉄級冒険者の一人である。
ただし胸はそれなりにデカい。
そのブリタはたった今、絶対絶命の危機に瀕していた。
主な仕事は街道の警備。
だが周辺に野盗がアジトを構えているという情報を入手した為、急遽様子を見に行くこととなった。
野盗の数が不明なので、チームを陽動をかける強行偵察隊と罠を仕掛け待ち伏せる隊に二分し、強行偵察隊が罠を仕掛けているエリアまで誘き寄せるという作戦をとった。
強行偵察隊はブリタ含め7名。
うち1名は緊急事態に備え、エ・ランテルまで救援を求めるためのレンジャーが後方に伏せている。
計画として落ち度は無く、作戦も悪くない。
だが野盗の規模が想定外だった。
この野盗、傭兵団『死を撒く剣団』の総員は70人程。
中には数多の戦場を潜り抜けてきた古強者もおり、決してただの野盗と断じていい相手ではない。
対してブリタ達鉄級は冒険者として最底辺である銅の次のランクである。
はっきり言ってしまえば弱い。
もちろん冒険者としての経験や強みはあるのだがその実力差を埋めるには至らない。
そして運も悪かった。
野盗達がちょうど仕事をして帰ってきたところに正面から鉢合わせてしまったのだ。
その数、およそ60人。
流石に10倍近い数をさばくことは出来ず、難なく囲まれることとなってしまった。
レンジャーはすぐに離脱しエ・ランテルまで向かったが、残りの六人はまともな戦闘にもならず取り押さえられた。
ブリタ以外の冒険者は袋叩きにされ、あげく逃げられないよう順番に足を折られていく。
装備や金目の物も奪われてしまい、まともな反撃をするチャンスも無い。
そして最後に別の意味でブリタへ野盗達の手が伸びる。
「おお、割と悪くない女じゃねぇか。犯っちまうか?」
「おいおい、女ならアジトにもいるだろ?」
「あいつらはもう飽きちまったよ、それに俺はこんぐらい気の強そうなほうがいいね」
「物好きが」
「へっへっへ、お、結構いい体してんじゃねぇか」
男達の下卑た会話と視線がブリタを襲う。
そのうちの一人が舌なめずりしながらブリタの胸へと手を伸ばす。
その手が触れた瞬間、生理的な嫌悪感と恐怖にブリタは思わず近くの石を掴み、その石で男の頭を殴る。
「ぐあっ!」
血を出しよろける男。
だがその目に宿ったのは怒り。
「このクソアマがぁ! 女だからって大目に見てやってりゃあいい気になりやがって!」
男は反射的にブリタの顔を殴った後、剣を抜き放ちブリタの肩へと突き立てる。
「ぎゃあっ!」
そして次に足を上げるとブリタの膝へ向けて落とす。
「あがぁあああ!!!!」
鉄で作られたサバトンを装備していた男の一撃は難なくブリタの膝を粉砕した。
「別に五体満足じゃなくたってこっちはいいんだぜ!?」
「や、やめっ…やめて…!」
もう抵抗する気力も無く、ただただ痛みと恐怖、恥辱に震えるブリタ。
気が晴れなかったのか、その後も男の暴行は続く。
片目は潰れ、鼻も折られた。
だがしばらくして気が済んだのか男はブリタの装備を引きちぎると、自分の服を脱ぎ始める。
犯される。
ブリタはそう覚悟した。
もう体の感覚も無く、血が流れすぎたのか意識も遠くなってきた。
だがブリタはふと、服の内側に入れていたポーションの存在を思い出す。
これは昨日、宿屋で謎の男が連れている魔獣から貰った赤いポーションだ。
必死に貯めたお金で買ったポーションの代わりであり、大事なものだ。
鑑定には出しておらず効果は不明。
だがそれでも何故このポーションを貰った時、渋々ながらも納得したのか。
それは単純に珍しかったからだ。
偽物という疑問はさほど湧かなかった。
単純にあの謎の男が持っていた強者の気配と第四位階の魔法を行使したという事実だけで信用するには十分のような気がしたのだ。
そんな経緯で入手したポーションだがこのままだと野盗に盗まれて終わるだろう。
こみ上げる悔しさからせめてこれだけでも渡すものかとブリタはかろうじて動く右腕でポーションを取り出し一気に飲み干す。
その瞬間、魔法が起きた。
潰れていた片目は視界を取り戻し、鼻は再び空気を通し、肩の傷や砕けた膝も元通りになった。
散々殴打された痕もすぐに痛みとともに消え去った。
運良くそれを見ていたのはブリタとその仲間達のみ。
野盗達はもうブリタから視線を外しており、犯そうとしていた男も装備と服を脱ぐことに必死でその瞬間を見逃していた。
仲間達は状況が飲み込めないものの、ブリタへ視線で逃げろと告げる。
ブリタは仲間達を置いていけないという葛藤に駆られるがすぐにそれを振り払う。
それは保身ではなく仲間の為。
後方のレンジャーはエ・ランテルまで戻っている為、本格的な救援が来るまで時間がかかる。
それならば近くに罠を仕掛けて待っているもう一つのチームへ助けを求めにいくのが最も現実的な案。
ブリタは野盗達の隙を突き、一気に駆けだす。
近くにいた野盗達全員の反応が遅れた。
それもそうだろう。
先ほどまで瀕死の一歩手前で、膝も砕かれていた女なのだ。
動けるはずがないのだ。
ブリタの姿が見えなくなった頃、ようやく逃げられた事実に気付く。
「女が逃げたぞ、追えっ! 追えぇええ!」
すぐに野盗達の一部がブリタを追いかけ始める。
その後、ブリタはなんとかもう一つのチームが待機している場所まで逃げる事に成功する。
「どうした!? ブリタだけか! 他の皆は!?」
「み、皆捕まった! 敵もすぐそこまで来てる!」
ブリタのその声に反応し、待機していた冒険者達がすぐに臨戦態勢に入る。
そしてブリタを追ってきた野盗達はブリタの仲間が仕掛けた罠に次々とかかっていく。
その合間を縫って冒険者達も攻撃を仕掛け、形勢逆転なるか、と思われたが。
やはり数が違った。
最初の追っ手達10人前後は罠で足止め、負傷させるのに成功したが、その野盗達はすぐに異変に気付き応援を呼ぶ。
冒険者達を捕えていた野盗達も合流し、あっという間に残りの約50人に冒険者達は囲まれた。
仕掛けた罠もほとんどが使用済みか看破されてしまっている。
もはや打つ手なく、絶望に染まる冒険者達。
ブリタは自分の行動に激しい後悔を覚える。
自分はここへ敵を連れてくるべきではなかった、と。
咄嗟のことで冷静な判断が出来なかったが、残りのチームを合わせても対処できる数ではないのは明白。
自分がここに来たことで残りのチームも道連れにすることになる。
情けなくて涙が出てきた。
「み、皆っ、ごめん…。わっ、私が、私がここに来なければ皆まで…!」
ブリタの鳴き声が仲間達の耳へと届くが誰もブリタを責めない。
「馬鹿野郎、謝るなよ。最初からこういう作戦だったろ?」
「それに仲間を見捨てるのは冒険者の間じゃご法度だからな」
仲間達はこの状況にも関わらず、ブリタへそんな言葉をかけていく。
別に深い間柄ではない。
今回たまたま一緒に仕事をすることになっただけの者もいる。
それでも同じ冒険者というだけで、命を預ける仲間としてこれだけ頼りになる。
それが誇らしかった。
仲間達のためならここで死んでもいい。
そう本心から思えた。
ブリタは自身を鼓舞し仲間から受け取った剣を構える。
死を覚悟し、敵陣へ自ら斬り込もうとする直前。
「わん」
突然、犬の鳴き声が聞こえた。
ブリタ含め冒険者達はこのことを後にこう語る。
自分達は伝説を見た、と。
◇
(しかしどうするか…)
名犬ポチは困っていた。
エ・ランテルで一夜を過ごしたはいいものの、次にするべき目標が決まっていなかった。
自分の探し人や物は直接他人に聞くことはできない。
かといって冒険者にもなれず、有力な情報を入手する手段も無い。
ただ一つラッキーだったのは昨夜泊まった宿屋で乱闘を起こし宿を破壊したにも関わらず、なぜか一切金を請求されなかったことだ。
全く太っ腹な店主だぜ!
「神、ここはやはり一度法国に赴くのが、ぶふっ!」
ビンタしてやった。
この男ニグンは隙を見せるとすぐに法国へ向かおうとする。
全くもって油断ならない男だ。
しかし、かといって何か手があるわけでもない。
(うーん、このまま何も進展しないようじゃ法国へ行くのを嫌がってる場合じゃないかもなぁ。少なくともプレイヤーの存在を知っているわけだから完全な無駄足にはならなそうだし…)
名犬ポチが考え込んでいるとニグンが。
「ならば神、ここは実力を示してみる、というのはどうでしょう?」
「わん? (どゆこと?)」
「つまりですね、この周辺の雑魚を狩りその証拠を持ち帰ればよろしいかと。手土産があれば冒険者ギルドも我々を無下には扱えますまい」
ニグンの語るプランに名犬ポチは体に稲妻が走ったかのような衝撃を覚える。
だがそれと同時に理性が名犬ポチを押さえつける。
「わ、わん(な、なるほど…、い、いやでもお前…、そんなの人道的に許されるのか…?)」
「全く問題ありません、我々も普段から行っておりますゆえ」
「わん(普段からやってんのか。ならいいか)」
名犬ポチはほくそ笑む。
(くくく、冒険者狩りか…、それも悪くない! いいぞ、くだらぬ冒険者達なぞ一掃してくれる! そして我が元に屈するがいい下等勢物共よ…!)
なぜか冒険者を狩ることを決意する名犬ポチ。
もちろんニグンはそんなことを提案してはいない。
彼がしたのは雑魚の討伐。
つまりは周辺にいるモンスターを狩ってはどうかという提案だったのだ。
だが名犬ポチの頭の中では、雑魚=人間、つまり冒険者という図式である。
(確かに現役の冒険者を狩ればギルドも反論できる余地など無いだろう。その時点でその冒険者達より優れていることを証明できるからな。全くニグンめ、キレる奴だぜ…!)
だがもちろん都市内で騒ぎを起こすわけにはいかない。
なので外で活動する冒険者達を狩っていくつもりである。
ユグドラシル時代もそうだったな、と名犬ポチは昔を懐かしむ。
ギルドによってはPVPで団員を負かさないと入れないとかいう所もあった気がする。
都市内はPVP出来ないので大抵、外でやったりしたのだ。
(こっちの世界だと簡単に蘇生できないみたいだからPVP系はマズイかなと思ったがニグンの話を聞く限りは大丈夫そうだ。なんだ案外ユルいな。拠点もペナルティで異形種は入れないとか無かったしな)
微妙なユグドラシル脳の名犬ポチ。
仮に何か言われても蘇生すりゃ大丈夫だろ、とタカを括っている。
普通に考えれば事件になるのだが彼は気づかない。
「そうと決まればどうしましょうか? すぐに行きますか?」
「わん(いやその前に冒険者の事を調べとかなきゃダメだろ。誰がどこに行くとか)」
「え、冒険者…ですか?」
なぜモンスターを狩りに行くのに冒険者の事を調べるのだろうとニグンは疑問符を浮かべる。
だが彼はすぐに神の意図に気付く。
(なるほど…! 証拠だけ持ち帰っても場合によってはいちゃもんを付けられる可能性もあるということか。確かにどこかで誰かの手柄を横取りしてきたなどと疑われることもあり得るな。冒険者登録もしてないのだからモンスターを討伐したと言っても怪しまれるか。その為にあえて冒険者の目につくところで狩りをするのだな。流石神、抜かりが無い!)
「分かりました神! 私がすぐにめぼしい冒険者達をリストアップして参ります!」
「わん(うむ、くるしゅうない)」
そして駆けていくニグン。
名犬ポチはそれを見送った後、特にすることもないのでエ・ランテルを散歩することにする。
(ニグンいないと不便ではあるが気楽は気楽だな)
そうしてしばらくエ・ランテルの街並みを楽しんでいると正面から4人の男女が近づいてきた。
「やりましたねペテル!」
「うむ、なにせあのンフィーレア氏の依頼であるからな」
「全くだぜ! これで俺らのチームもちったぁ箔が付くってもんでしょ!」
「ハハハ、皆大げさだよ。別に名指しの依頼でもないんだし」
「バッカ、そんなの関係ねぇって! こういう所で実力示せば評判になるかもだろ?」
「そうであるな。それにンフィーレア氏から評価されれば間違いなく将来に繋がるのである!」
「それに懐も余裕が無くなってきたところだったのでラッキーでしたね!」
「ああ、全くだよ。出発は明後日の予定だけど明日またンフィーレアさんの所で詳しい話をすることになっているからよろしく頼むよ」
「はい」
「承知したのである」
「了解~っと」
どうやらこの4人組は冒険者のチームらしい。
なにやら凄い楽しそうに会話しているのが名犬ポチの勘に触る。
少しアインズ・ウール・ゴウンの皆との冒険を思い出してしまったのだ。
(こいつら狩りてぇ…)
完全にジェラシーである。
そんな名犬ポチと目があった4人組の短髪の女が声を上げる。
「わぁっ! 可愛い! 皆見て下さいよ、この子凄い可愛いです!」
短髪の女は名犬ポチに近寄ると頭を撫で始める。
「わん!(なんだ急に! 離せやぁ!)」
名犬ポチはバタバタと暴れるが、周りからはこの女の手にジャレついてるようにしか見えない。
「お~、よしよし。そうだ、何か食べ物ないかな。ねぇダイン、こういう生き物ってどういうもの食べるのか知りませんか?」
「うむ、詳しくは分からぬが肉などであろうな。もしかすると骨もいいかもしれぬ」
「肉と骨かぁ、持ってないなぁ」
短髪の女がしょんぼりしていると横にいた軽薄そうな男が小ぶりの骨を女へと手渡す。
「ニニャ、骨ならあるぜ~、こんなのだけど」
「わぁルクルットありがとうございます!」
短髪の女は受け取った骨を名犬ポチへと差し出す。
「ほら、ご飯だよ~、お食べ」
「わ、わん…!(うわ、貴様何をするやめ…!)」
突如、見すぼらしい骨を差し出され困惑する名犬ポチ。
それに下等生物からの施しなど屈辱的で受け取る気にさえならないのだが…。
「わ、ん…(な、なんだ抑えきれぬ何かがこみ上げてくる…)」
「ほらほら食べていいんだよ~」
「わわん!!!(あぁああああぁぁぁああああ!!!!!)」
自分をコントロールできなくなり名犬ポチは女の差し出す骨へとしゃぶりついた。
骨を奪い取り、両手で抱えながらペロペロ舐める姿に女はご満悦だった。
(なんだこれ、なんだこれ! すっごい屈辱的! でも抗えない! なんだこの不思議な気持ち! くそ、俺はどこまで犬に近づいていってしまってるんだ! 骨うめぇえぇえええ!)
冷静さを失った名犬ポチ。
心の隅でここにニグンがいなくて良かったと嘆息する。
しばらくの時が経ち、完全に骨を舐め終わったときにはすでに4人組はどこかへ消えていた。
(しまった、俺としたことが失態を演じてしまった…!)
謎の敗北感に包まれている名犬ポチへ遠くから声がかけられる。
「ああ神! ここにいらっしゃいましたか!」
名犬ポチを見つけたニグンが走り寄ってくる。
そしてニグンが纏めたと思しき冒険者のリストへ目を通していく。
「わん(どうせなら強い奴と思ったけどミスリルまでしかいないじゃん。オリハルコンとアダマンタイトは?)」
「ああ神よ、ここエ・ランテルは冒険者のレベルが低くミスリルが最高なのです。それにミスリルも現在はこの都市内にいるようでして外出する予定はないかと」
「わん(ふーん、じゃあしょうがないか。じゃあどうすっかなぁ、今近くで仕事してる奴とかこれから予定ある奴とかいないの?)」
「現在調べが付いている限りだと2日後に護衛の仕事が入っている銀級のチームが一つ。それと鉄級になりますが14人ほどの人数で徒党を組み、近場の街道の夜間警備にあたっているとか。今夜も警備の予定のようです」
「わん(お、今夜か。それに鉄級といえど数がいるのは魅力だなぁ。やりがいがある)」
「ええ、全くその通りです。数が多い方が効果は高いかと」
中身は嚙み合っていないのに会話は噛み合ってしまう二人。
そして歯車は廻り出す。
◇
そしてその日の夜。
名犬ポチが夕食を食べすぎて寝てしまったのでニグンが抱え、走り回り一人で冒険者達を探す。
ここでニグンも、冒険者を見つけてもモンスターの取り合い等になったら面倒くさいな、と今頃になって計画の問題性に気付くが考えないことにしてとりあえず探す。
そしてニグンがやっと目当ての冒険者らしき者達を見つけた頃、ニグンの腕の中にいた名犬ポチが目覚めた。
「わん(んんん? 見つかった?)」
「はい、例の鉄級冒険者らしき者達は見つけたのですが…」
歯切れの悪いニグン。
どうしたのかと名犬ポチも視線を向ける。
そこにはここから見えるだけでもかなりの数の人間がいた。
「わん?(なにごと? 冒険者って14人くらいじゃなかったっけ?)」
「はい、そうなのですが…あれはどうやら襲われているようですね。相手は野盗か何かでしょう。数的にも状況的にもこのままでは全滅しますね」
「わぉん!?(なにぃ! それじゃ予定が狂うじゃねぇか! 冒険者がやられちまったら本末転倒だよ!)」
そうして名犬ポチはニグンの腕の中から飛び出す。
「ああ神! お待ちを!」
(ちっきしょう! 俺の獲物取られてたまるか! あいつらは俺が殺るんだからよぉ!)
制止するニグンを振り払い、名犬ポチは野盗達の中へと飛び込んでいく。
この時ニグンは名犬ポチのその姿に人類を救うために舞い降りた神の意思を確かに感じていた。
(ああ神よ、私の全てを捧げます…)
次回こそ『名犬と爪切り』ホントにホントだよ!
次回はすぐ上げます。
自分としては話を淡々と進めていきたいのですが、どんどん余計なとこが長くなってしまってる気がします。
コンパクトに話を纏める能力が欲しい。
難しい。