シャルティアはアルベドが部屋から出て行ったのを見届けると横にいる
「すぐに出るぞ。領域守護者とその眷属を除き、レベル30以上の配下を連れていく。すぐに集めろ。それと雑魚殲滅用に
「はっ!」
シャルティアの声に反応し
自身もすぐに完全武装し、鎧に身を包みスポイトランスを装備する。
そして集まった配下を《ゲート/異界門》で次々と評議国へと送り込む。
部下に下した命令はシンプル。
この国の生あるもの全てに死を。
◇
ドラゴンの鋭敏な知覚能力は人間を遥かに凌ぐ。
幻術も不可視化も、遠距離の気配さえ即座に感じ取る。
たとえ眠っていようとも。
アーグランド評議国永久評議員の5匹のドラゴンのリーダーであるツァインドルクス=ヴァイシオン。
通称、ツアー。
竜王たる彼の知覚はそんな一般的なドラゴンの知覚を大きく上回る。
その彼が突如、眠りから覚醒する。
自身の知覚は、このアーグランド評議国に大量のアンデッドが出現したことを感じ取っていた。
突如、現れた大量のアンデッド。
強さ的にはまばらだがかなり強い者もいる。
しかもその数はどんどん増えていく。
(一体、どこから…?)
だが最後に現れたアンデッドの気配にツアーは身を固くした。
それはこの世界で個としてなら間違いなく最強の存在であるツアーを脅かせられる存在。
(世界を汚す力が動き出したか…!)
ツアーは知っている。
ユグドラシルから百年毎に訪れるプレイヤーの存在を。
今度の訪問者は世界に協力的な者であることを祈りながら遠隔操作の白金の鎧を動かす。
だがその淡い期待はすぐに裏切られることになる。
白金の鎧が向かった先でツアーの目の前に広がったのは地獄。
至る所から火の手が上がり、虐殺行為が繰り広げられていた。
まさか現れて間髪入れずにここまでの破壊行動に出るとは考えていなかったツアー。
(なんてことだ…、話し合いの余地すらないのか…!? 八欲王どころの騒ぎじゃないぞ…!)
ツアーは敵の首謀者らしき存在へと白金の鎧を走らせる。
最悪の結末を予想しながら。
◇
アーグランド評議国は、リ・エスティーゼ王国の北西に存在する山に囲まれた都市国家である。
複数の種族の亜人によって作られた都市であり、多くの種類の亜人が共存している。
そのため都市の中は多種多様な建築物や自然物が入り乱れるように乱立する。
その国のど真ん中から突如大量のアンデッドが沸いて出た。
そのアンデッド達は周囲の者に襲い掛かり一瞬で国を混乱に陥れた。
数千にも及ぶ配下を送り出し、自身も《ゲート/異界門》を抜けるシャルティア。
先に送り込んだ部下はすでに各地へ散り任務を遂行しているようだ。
シャルティアは《ゲート/異界門》の先で高レベルの配下に命じる。
「
シャルティアの命令に配下たちはすぐに行動へ移す。
ナザリックのシモベ達の行動は早い。
圧倒的力とその数で止まることなくこの国を侵略していく。
国中が混乱し何も機能しなくなる。
兵士達は連絡がとれず、冒険者達も連携をとれないまま為すすべなくアンデットの波に飲まれていく。
現地で最高クラスの戦力とも言われているアダマンタイト級の冒険者やそれに匹敵する数多くの強者達もゴミのように死んだ。
最後まで残ったのはツアー含めわずか5匹の竜のみ。
シャルティア率いるシモベ達が評議国に現れてからわずか一時間弱。
それだけの短い時間でアーグランド評議国は死の都と化した。
近くにあった一番高い建物の屋根の上からシャルティアはこの国を見下ろす。
「上出来でありんす」
上機嫌なシャルティアの元にシモベからの報告が告げられる。
「シャルティア様! 4匹の
「ほう? それはそれは…。なかなかやるでありんすね。流石はこの世界で最強クラスの国家といったところでありんしょうかぇ。それで? 倒した奴らは?」
「はっ! この国の永久評議員である5匹のドラゴンと思われるうちの4匹と交戦した為とみられています! しかしご安心を! 相手もかなりの深手を負ったため周囲にいた中位のシモベ達によってすでに仕留めております!」
部下の発言にシャルティアはさらに気をよくする。
「んん~、上出来上出来(これは間違いなくモモンガ様からお褒めの言葉を頂ける!)」
心の中でガッツポーズを取るシャルティア。
「裏は取れていないのですが、ニューロニスト拷問官にあった報告と現地でも殺す前に何人かに尋問をしたところ永久評議員5匹のドラゴンのリーダーなる者がおり、その者が頭一つ抜けて強いという話なのですが現在そのような者は確認できておりません。探知に特化した配下の者によればもうこの国には生命はいないという報告を受けています」
その報告にシャルティアは複雑な思いを抱く。
下等な存在がナザリックでも最高位のシモベをわずか4匹とはいえ仕留めたという驚き。
だが自分が出るまでもないというあっけなさ。
もしかすると我々守護者に届くような存在がいたかもしれないという興味。
フタを開けてみれば結局大したことなかった。
「神をも上回る至高の41人によって創造された我々ナザリックの前に敵になるような存在がいないのは当然のこと。こんなもんでありんしょうか。全くアルベドも心配性でありんすねぇ、わざわざわたしを動かすなんて。まぁ、それでも手柄は手柄。早く帰ってモモンガ様に報告するでありんす」
そしてシャルティアが《ゲート/異界門》を開こうとした瞬間、部下から追加報告が入る。
「シャルティア様っ! 生命感知に引っかからない鎧を来た者が出現! 現在近くにいる部下が仕掛けましたがことごとく返り打ちにあったようです。最高位クラスのアンデットも倒されたのが確認されています!」
「ほう…?」
シャルティアの顔に笑みが浮かぶ。
正直退屈を持て余していたのだ。
相手になるような者がいるなら直々に倒してやってもいい。
何より、強い奴であればあるほどモモンガ様からの評価も上がるだろうと考える。
「こちらへまっすぐと向かってきております!」
「好都合でありんす。部下に攻撃させるのをやめさせなんし。わたしが直接やるわぇ」
シャルティアの言葉に頷くとシモベは攻撃をやめるように指示をする。
やがて白金の鎧を身に纏った者がシャルティアの元へやってきた。
「ようこそ、いらっしゃいんした」
「……」
白金の鎧は答えない。
白金の鎧ことツアーの目的はこのアンデッド達の長たる者と交渉し引いてもらうことだった。
だがアンデッドの群れは強すぎた。
ツアーがここに来るまでのわずかな時間でこの国の生きとし生けるもの全てが葬られた。
もうツアーがこの国のためにできることは何もない。
思わず口から呪詛が漏れる。
「悪魔め……!」
「ん? 違うでありんすよ? わたしは残酷で冷酷で非道で‐そいで可憐な吸血鬼でありんす」
そう言い放ち、屈託無く笑うシャルティアにツアーは愕然とする。
国一つを、我々の生きる場所を奪っておいて何の負い目も無く笑えるのか、と。
「何故こんなことをする!? この者たちが何をした! 金や食料を奪いに来るならまだ分かる! 力を誇示するのなら理解もできよう! だがこれはなんだ!? 略奪ですらない! アンデッドは生あるものを憎むというがここまでやるのか!?」
激高するツアーにシャルティアは淡々と答える。
「はぁ? なぜわたしたちが下等生物を憎まなければならないでありんす?」
「…ならば何故?」
現状に思わず激高してしまったツアーだがわずかに冷静さを取りもどす。
そして自分の予想していたことが当たりかもしれないという想いを抱く。
「命令だからでありんす」
「は…?」
「わたしはただこの国が邪魔だから滅ぼすよう命令を受けただけでありんす。それ以上でも以下でもありんせん」
シャルティアの言葉にツアーは唖然とする。
その言葉によってとてつもなく恐ろしい可能性に思い至ったからだ。
「命令…? 命令だと! 誰が何のために、このようなっ、ぐっ!?」
ツアーの右肩をシャルティアのスポイトランスが貫く。
「さっきからうるさいでありんすねぇ、もういい。さっさと消えなんし」
シャルティアによるスポイトランスの連撃。
「……っ!?」
戦闘状態に入っていないのもあったが、ツアーの白金の鎧は遠隔操作のためレベル的には数段落ちる。
シャルティアの本気の攻撃の前には耐えられるはずもなく、一瞬にして粉々に砕け散った。
「あら? 中身が無いでありんすね?」
鎧の中が伽藍洞だったことに不思議そうな顔をするシャルティア。
だがその疑問はすぐに氷解する。
遠くで突如、巨大な気配を纏う存在が出現したのだ。
この距離でも強者だということが伝わる。
シャルティアはすぐに気付く。
「なるほど、遠隔操作か! あっちが本体! 何らかの力で隠れていたんでありんすね!」
わずかにシャルティアの目が据わる。
この強大な気配、悔しいがこれは我々守護者と同格といっていい存在だ。
ナザリックに属さぬ下等なる存在がナザリックの最高戦力たる守護者と肩を並べるだと…?
期待していた気持ちはあったものの、実際目の前にそれを確認するとシャルティアは怒りを隠せない。
「くそが…! わたしが直々にブチ殺してやるぞ、下等生物…!」
◇
まだツアーが白金の鎧を送り出した直後の事。
彼は自分の周囲に反応する新たな存在に気が付く。
それはツアーにとって懐かしい気配。
感じた気配の先に立っていたのは人間の老婆だ。
それは200年前に魔神たちと戦った伝説の存在、十三英雄の一人。
死者使いのリグリット・ベルスー・カウラウ。
「まさか君の仕業じゃないだろうね?」
ツアーが開口一番、冗談交じりに語り掛ける。
「アホぬかせ、儂が使役できるレベルを遥かに超えておるわ。全く、久しぶりに会いにきた友人にいきなり何たる言い草じゃ。儂は悲しい、悲しいぞ」
対するリグリットもやれやれとオーバーリアクションで返してみせる。
だがその目は真剣そのものである。
軽口を叩いたものの今はそんな状況ではないのはツアーもリグリットも承知しており、状況も把握している。
色々と話したいことはあったがすぐに本題に入る。
「で、どう思う? やはり百年の揺り返しか…。時期的にもそろそろじゃろう」
「ああ、間違いなくぷれいやーかその関係者だと思う。でも今回は酷い、少なくとも協力的ではないと思う。一応、鎧を使って様子を見に行っているけどね」
「ふむ、リーダーのようにはいかんか…。さてどうする? 昔も聞いたが誰か手を貸してくれるものに当てはあるのか?」
リグリットの問いにツアーは首を横に振る。
戦力的にプレイヤー級と戦える者などほぼ存在しない。
いたとしても200年前の戦いに協力してくれなかった者達だ、今回も協力はしないだろう。
「ま、そうじゃろうなぁ。儂もリーダーの知恵を全部引き継げれば違ったのかもしれんが…」
わずかな沈黙が場を支配した後、リグリットが切り出す。
「で、どうじゃ? 正直あのアンデッドの首魁はお前さんの手に負えるレベルか?」
「一対一なら可能性はあるかもしれないけど、手下もいるし無理だと思う」
その答えに絶望や諦念、負の感情を纏わせたため息をリグリットが吐く。
「…お前さんで無理ならもうこの世界は終わりじゃろ。何か手は無いのか?」
「手はあるよ、例の
「な…! しかしそれではこの国が滅ぶぞ!?」
直接見たわけではないがリグリットはその強大な魔法のことを知っている。
しかもここでツアーが言っているのは彼の持つ最大最高の魔法のことだ。
聞いた話に間違いが無ければ倒せるかもしれないがこの国が吹き飛ぶ。
「最終手段だけどね、でも使う可能性は高いと思う。すでにこの国の被害は甚大なものだし、敵も止められそうにない。世界が滅ぼされる前に、国一つで済むなら安いと考えるべきだよ」
ツアーの言葉にリグリットは返す言葉が見つからない。
平気なはずがない。
このドラゴンは誰よりもこの国を愛している。
種族の垣根を超え、多くの者達を愛している。
まだ全てではないし完全でもないがこの国は多くの異なる種族が暮らしている。
ツアーはこの国の発展に多くの力を使ってきた。
平和を愛するツアーにとってかけがえのない宝のようなものだ。
それを世界のためとはいえ、犠牲にするという。
生半可な覚悟ではないしリグリットは自分がもう口を挟むべきではないと考える。
「……。儂に何かできることはあるか?」
リグリットはツアーに問いかける。
ツアーもその言葉だけでリグリットが全てを察してくれたのを理解する。
本体では無かったとはいえ長年共に旅をしたこともあるのだ。
互いにそのくらいは分かる。
「他のぷれいやーを探してくれ」
「他のぷれいやー…? いるのか、本当に…?」
可能性はある。
今までも同時期に複数のプレイヤーを確認したこともある。
だが確証も何もない上、希望的観測に過ぎないのも事実だ。
「絶対とはいえないけど…、可能性は高いと思う。この国を攻めてるアンデッド達は行動が早すぎるし躊躇もない、逆に言えば慎重さに欠けると言ってもいい。事実、強大な力を持っているのだからその判断は間違っていないのだけれど普通ならばもっと他にやりようがあると思う」
「つまりじゃ…、何らかの理由でこの国を排除したいと思っている? しかもなるべく早く。例えば、敵対者がいるとして、その戦力になりそうな存在を消しておきたい、とかか?」
「うん、それは十分にあり得ると思う。まぁそれはそれで色々と別の問題が起きるんだけど…」
ツアーがその手の爪で頭をポリポリとかく。
「とりあえずここで話しててもこれ以上はどうにもならないと思う。ドラゴンの知覚に気付かれず至近距離まで近づける君ならこのアンデッドの大群を振り切り逃げるのは難しくないだろう。だから、もし僕が死んだら他のぷれいやーを探して協力を仰いでくれ」
ツアーの言葉にリグリットはしばらく沈黙する。
深いため息を吐き、口を開く。
「はぁ、責任重大じゃの。ああ、なぜ儂は今日ここに来てしまったんじゃろう…」
「そのおかげで世界を救えるかもしれないだろ?」
「大体、他のぷれいやーが存在しなかったらどうするんじゃ? そうなれば打つ手なしじゃろ? 第一いても協力的でないかもしれん」
「そうなったら世界が滅ぶね」
ツアーがケラケラと笑ってリグリットに言う。
リグリットは知っている。
目の前のドラゴンは死を覚悟しているのだ。
きっとこれが最後に見る彼の姿になるだろう。
こちらを悲しませないように少しでも明るく振舞っているのだと。
(全く不器用な奴じゃ、そんなもんで誤魔化されるほど浅い付き合いじゃなかろうて…)
「分かったわい、もし他にぷれいやーがおるなら絶対に儂が見つけてやろう」
「ありがとう、リグリット」
ツアーは知っている。
老いは彼女を細く、弱くしたが、心までは変えられなかった。
記憶の中にある彼女と変わらず、高潔で人情味溢れ優しく茶目っ気のある女性だ。
彼女なら絶対にこう答えてくれると分かっていた。
「だがギルド武器はどうするんじゃ? それがあるからおぬしはここから動けなかったんじゃろ」
リグリットの視線の先に一つの剣がある。
八欲王の残したギルド武器と呼ばれるもの。
これこそがツアーがこの場所から離れることができない理由だ。
「もうそういうレベルの話ではないからね。それにこういう時の為に地下深くに保管できる場所を作ってある。
「そうか、それならいい。時間も無いことだし儂は行くぞ。またの、ツアー」
そう言い残してリグリットは去っていった。
「また、だなんて…。最後まで意地悪な人だなぁ…」
ツアーは誰もいないこの場所で一人ごちる。
ただその表情は少し嬉しそうに笑っていた。
次回こそ『鮮血の戦乙女VS白金の竜王』今度こそがんばれひんぬー!
ごめんなさい。
思ったより長くなってしまって話を分けることにしました。
名犬ポチの出番がどんどん遠のいていく…。